巡回
街は平和に見えた。
道路には車が行き交う。
歩道は人々で溢れている。
店が開き。
そして閉まる。
日常は続いていた。
まるで――
何も起きなかったかのように。
昨夜、街の空を引き裂くような戦いがあったことなど。
まるで――
三人の人間が死にかけたことなど。
最初からなかったかのように。
ザイラも――
同じように日常へ戻れたらよかった。
残念ながら。
無理だった。
「犯罪は予定表に合わせて起きてくれるわけじゃないのよ」
彼女の視線は眼下の街へ向けられたままだった。
探す。
監視する。
待つ。
その隣で。
ジャリックが大げさに呻いた。
「もう何か起きてくれよ」
ジャリックは車椅子の上で身体を伸ばす。
「暇すぎて頭がおかしくなりそうだ」
ブレイズが即座に頷いた。
危険な兆候だった。
ブレイズとジャリックの意見が一致すると――
大抵。
問題が起きる。
『街を一周して、どっちが速いか競争しない?』
ジャリックがニヤリと笑った。
「これ以上時間を無駄にしなくて済むってことか?」
『やろうぜ』
ブレイズは即答した。
ザイラは二人を睨みつけた。
「ダメ」
「必要とされるまでは、どこにも行かないわよ」
ジャリックは目を回した。
もちろん。
そう言うと思った。
いつもそうだ。
責任。
義務。
規律。
予定。
ルール。
ザイラはルールが大好きだった。
ジャリックがルールを破るのが大好きなのと――
ほとんど同じくらい。
ほとんど。
「お前、どうしたんだよ?」
やがてジャリックが尋ねた。
「いつも以上にピリピリしてるぞ」
少し間を置く。
「それって相当だからな」
いつもなら。
少しくらいは反応したはずだった。
でも今日は――
何もない。
「ベリゼールとの取引で、あなたがしたこと……」
ザイラの声は落ち着いていた。
冷静に。
慎重に。
「二度と繰り返さないで」
ジャリックの笑みが消えた。
完全にではない。
でも――
十分だった。
その言葉が彼に届いたとわかる程度には。
何を言われているのか――
理解しているとわかる程度には。
次に口を開いたのはブリザードだった。
ザイラより直接的。
ザイラより容赦がない。
遥かに――
容赦がない。
『あなたの行動のせいで、私たちはボスから罰を受けました』
AIは腕を組んだ。
『少しでもブレイズのことを大切に思っているのなら――』
『待てよ』
ブレイズが即座に遮った。
ヴェントは本気で困惑しているようだった。
『いつからお前が俺をかばうようになったんだ?』
ブリザードが固まる。
ブレイズが大げさに指を差した。
『俺の記憶が正しければ、ビリビリにされたのは俺だけじゃなかったはずだけど?』
ほんの一瞬――
誰も何と答えればいいのかわからなかった。
『だから引っ込んでろ!』
『何ですって!?』
口論は一瞬で激しくなった。
ヴェント同士の喧嘩では――
よくあることだった。
ブレイズが腕を組む。
ブリザードも腕を組む。
どちらも引く気はない。
どちらも冷静になる気はない。
そして残念ながら――
二人とも。
相手が間違っていると証明することに全力を注ぐつもりらしい。
声が遠ざかっていく。
街も遠ざかる。
すべてが――
遠ざかっていく。
最後に残ったのは。
たった一つ。
口論。
絶え間ない口論。
終わらない騒音。
終わらない重圧。
そして――
あの日の出来事を思い出させる、終わらない声。
自分が何をしたのか。
ボスが何をすると脅したのか。
ジャリックは拳を握りしめた。
呼吸が速くなる。
顎に力が入る。
ブレイズはまだ喋っている。
ブリザードもまだ喋っている。
そしてついに――
何かが切れた。
「静かにしろ!!」
叫び声が空に響き渡った。
全員が固まった。
一瞬で。
ジャリックは目を逸らした。
恥ずかしさ。
苛立ち。
怒り。
でも――
一番怒っていた相手は。
自分自身だった。
「俺は……」
今度の声は小さかった。
ずっと――
小さかった。
「……耐えられないんだ……」
少し間が空く。
「……言い争う声が」
誰も何も言わなかった。
ブレイズも。
ブリザードも。
ザイラさえも。
なぜなら――
あの罰を受けて以来。
初めて。
彼がどれほど深く傷ついていたのかを――
全員が理解したから。




