すべてを変えた招待
キラン・キリアンには、恐れているものがたくさんあった。
爆発するプラズマキャノン。
故障する推進システム。
巨大な機械の怪物。
ギアの実験的な改造。
そして、おそらく何よりも恐ろしいもの――
保護者面談。
しかし、この金曜日の午後、キランはそれらをはるかに上回る恐怖を知ることになる。
恋人の両親に会うこと。
残念ながら――
この時の彼は、まだそのことを知らなかった。
◇ ◇ ◇
シトロンシティ高校に、最後のチャイムが鳴り響いた。
生徒たちが一斉に廊下へあふれ出す。
ロッカーの扉が勢いよく閉まる音。
あちこちから聞こえる話し声。
遠くのほうでは、誰かが今度のフットボールの試合について大声で叫んでいた。
そして、204号教室では――
キラン・キリアンが、十六歳の生徒にシェイクスピアはプロレスラーではなかったと必死に説明していた。
「キリアン先生?」
キランは顔を上げた。
「何だい、タイラー?」
少年は文学の教科書を持ち上げた。
「シェイクスピアがレスラーじゃなかったって、本当に確かなんですか?」
キランは無言で彼を見つめた。
車椅子のディスプレイに、マックの紫色のヘルメット型アイコンが現れた。
「実に興味深い仮説ですね」
キランはゆっくりと画面へ顔を向けた。
「やめろ」
しかし、マックは続けた。
「ウィリアム・シェイクスピアは1564年に生まれました。現代のプロレスが確立される約三百年前です」
タイラーは真剣な顔でうなずいた。
「じゃあ、最初のレスラーだった可能性もあるってこと?」
キランは目を閉じた。
「マック」
「はい?」
「もう手伝わなくていい」
「私は歴史的背景を説明していただけですが」
「お前は余計な材料を与えてるんだよ」
タイラーがにやりと笑った。
「ありがとう、マック!」
「どういたしまして、タイラー」
キランは教室の出口を指さした。
「出ていけ」
タイラーは笑いながら立ち上がった。
「また月曜日に、キリアン先生!」
少年は廊下へ姿を消した。
キランは空っぽになった入口を見つめた。
そして、ゆっくりと机に突っ伏した。
「どうしてこうなるんだ……」
マックのヘルメットが点滅した。
「理由をアルファベット順に説明しましょうか。それとも時系列順がよろしいですか?」
「どっちもいらない」
「了解しました」
少し間が空いた。
「ちなみに、両方とも準備済みです」
キランはうめき声を上げた。
◇ ◇ ◇
二十分後。
キランが授業の資料を片づけていると、教室の扉がノックされた。
コン、コン、コン。
控えめな三回のノック。
キランは顔を上げた。
「どうぞ!」
扉が開いた。
ミカイラ・マッキントッシュが教室へ入ってきた。
ルビーのように赤い髪が肩に流れ落ちている。
眼鏡には午後の日差しが反射していた。
シンプルなブラウスの上に濃い色のジャケットを羽織った彼女の表情には、何かを企んでいる人間特有の雰囲気が漂っていた。
キランは微笑んだ。
「やあ、美人さん」
ミカイラは片眉を上げた。
「こんにちは、トラブルメーカーさん」
マックが現れた。
「こんにちは、ミカイラ」
「こんにちは、マック」
彼女はキランの机へ近づいた。
「今日はどうだった?」
キランは大げさにため息をついた。
「生徒の一人が、シェイクスピアはプロレスを発明したと思ってる」
ミカイラは目をぱちくりさせた。
「……え?」
マックが答えた。
「根拠のない説ですが、タイラーは異常なほど熱心に支持しています」
ミカイラは吹き出した。
キランはディスプレイを指さした。
「笑うな。こいつを調子に乗らせるな」
彼女は身をかがめ、キランの頬にキスをした。
「かわいそうに」
「ありがとう」
「みんなより頭がいいって、大変ね」
キランは満足そうに笑った。
「ようやく俺の価値を理解してくれる人が現れた」
マックのヘルメットが点滅した。
「その解釈には疑問があります」
キランは画面をにらんだ。
「裏切り者」
ミカイラはまた笑った。
その時――
「あっ! 忘れるところだった」
キランは顔を上げた。
「ん?」
「うちの両親が、あなたに会いたいって」
沈黙。
完全なる沈黙。
絶対的な沈黙。
キランはまばたきをした。
一回。
二回。
三回。
「……何だって?」
ミカイラは微笑んだ。
「私の両親よ」
「そこは聞こえた」
「あなたに会いたいんだって」
キランは彼女を見つめた。
マックのアイコンが明るくなった。
「おや」
キランはゆっくりとそちらを向いた。
「言うな」
しかし、マックは続けた。
「これは恋愛関係における重要な節目です」
「マック」
「一般的に、感情的な重圧、社会的期待、そして不安の増大を伴います」
「マック!」
「心拍数が二十三パーセント上昇しています」
キランはディスプレイを手で覆った。
「黙れぇぇ!」
ミカイラはお腹を抱えて笑い出した。
◇ ◇ ◇
キランは恋人をじっと見つめた。
「君の両親?」
ミカイラはうなずいた。
「そうよ」
「二人とも?」
彼女は首をかしげた。
「普通、両親って言ったら二人のことじゃない?」
「そうだな」
キランは唾を飲み込んだ。
「わかった」
ミカイラは彼を観察した。
「緊張してるでしょ」
「してない」
マックが即座に答えた。
「虚偽です」
キランは画面をにらんだ。
「誰もお前に聞いてない」
マックは続けた。
「呼吸数が増加し、脈拍も上昇しています」
ミカイラは腕を組んだ。
「キラン」
「大丈夫だって」
「汗かいてるわよ」
「暑いんだ」
「エアコンついてるけど?」
「地球温暖化だ」
マックは少し間を置いた。
「現在の急激な生理的反応を説明する医学的に妥当な理由ではありません」
キランは非難するように画面を指さした。
「お前、どっちの味方なんだ?」
「客観的事実の味方です」
ミカイラは笑った。
それから、そっとキランの手を握った。
「ねえ」
彼は彼女を見た。
「きっとあなたのこと、好きになるわ」
キランはため息をついた。
「そんなのわからないだろ」
「わかるわよ」
「どうして?」
「だって、私があなたを愛してるから」
キランは固まった。
ミカイラは微笑んだ。
「それに、うちの両親は私の判断を信じてるもの」
マックのアイコンがちらついた。
「恋愛相手の選択を考慮すると、その信頼は統計的に疑問がありますが」
キランは息をのんだ。
「ちょっと待てぇぇ!?」
ミカイラは笑いすぎて、机に倒れかかりそうになった。
◇ ◇ ◇
ようやく笑いが収まると、キランは車椅子の背もたれに身を預けた。
「わかった」
ミカイラは微笑んだ。
「わかった?」
「ご両親のことを教えてくれ」
彼女は椅子を引き寄せた。
「まず、お父さんの名前はグラハム」
キランはうなずいた。
「グラハムさん」
「五十七歳。土木技師で、生まれも育ちもシトロンシティよ」
キランは少し考えた。
「技師か」
「そう」
「ギアみたいな?」
ミカイラは即座に首を横に振った。
「違う」
キランはまばたきをした。
「違う?」
「うちのお父さんが造る橋は、ちゃんと立ち続けることを前提に設計されてるの」
マックが答えた。
「重要な違いですね」
キランは笑った。
「確かに」
ミカイラは続けた。
「現実的で、ちょっと真面目。それから、すごく過保護」
キランの笑顔が少し弱まった。
「過保護?」
「もちろん」
「どれくらい?」
ミカイラは少し考えた。
「そうね……」
キランはじっと彼女を見た。
「ミカイラ」
「昔、プロムのデート相手を面接したことがあるわ」
キランは固まった。
「面接?」
「そう」
「就職面接みたいに?」
「だいたいそんな感じ」
マックのヘルメットが明るくなった。
「興味深いですね」
キランはゆっくりと画面を見た。
「絶対に余計なことをするなよ」
マックは続けた。
「包括的な面接対策資料を作成できます」
ミカイラがにやりと笑った。
「それ、いいかも」
キランは恐怖に満ちた顔になった。
「お前ら二人とも楽しんでるだろぉぉ!」
◇ ◇ ◇
ミカイラは眼鏡を直した。
「それで、お母さんの名前はエララ」
キランはうなずいた。
「エララさん」
「五十四歳よ」
「なるほど」
「もともとはシレニティの出身なの」
キランは興味を示した。
「シレニティ?」
ミカイラは微笑んだ。
「そう」
「本当に?」
「若い頃にシトロンシティへ引っ越してきたの」
マックが現れた。
「シレニティには独特の文化遺産があり、園芸に関する注目すべき伝統もいくつか存在します」
ミカイラはうなずいた。
「お母さん、それを聞いたら喜ぶわ」
キランは彼女を見た。
「どうして?」
「園芸に夢中だから」
「夢中?」
ミカイラは笑った。
「キラン、あなたにはわからないわ」
彼女は身を乗り出した。
「うちのお母さん、裏庭を植物の王国に変えちゃったのよ」
マックのアイコンが点滅した。
「素晴らしい取り組みですね」
「花も、ハーブも、野菜も、シレニティの植物も育ててるの」
キランは微笑んだ。
「それは素敵だな」
「そうよ」
ミカイラは少し間を置いた。
「間違って何かを踏まなければね」
キランは片眉を上げた。
「踏んだらどうなる?」
ミカイラは彼の目をまっすぐ見つめた。
「覚えてるの」
沈黙。
マックが口を開いた。
「どのくらいの期間ですか?」
ミカイラは微笑んだ。
「永遠に」
キランはゆっくりとうなずいた。
「覚えておこう」
マックのアイコンが明るくなった。
「庭には一切近づかないことを推奨します」
ミカイラは笑った。
「だめよ。庭を見に来てくれなかったら、お母さんが悲しむわ」
キランはディスプレイを見た。
「素晴らしい。花でできた地雷原ってわけか」
◇ ◇ ◇
ミカイラは背もたれに寄りかかった。
「でも、お母さんは本当に優しい人よ」
キランは微笑んだ。
「よかった」
「たぶん、あなたを抱きしめるわ」
「うん」
「質問を百万個くらいすると思う」
「それはちょっと困る」
「食べ物を勧めてくるわ」
「それはいい」
「それから庭の花を全部見せてくれる」
キランはうなずいた。
「何とかなりそうだ」
「あと、マックに花の名前を聞くと思う」
マックのヘルメットが明るくなった。
「喜んでお答えします」
キランは彼を見た。
「そりゃそうだろうな」
ミカイラは微笑んだ。
「お母さん、新しい人に会うのが好きなの」
少し間が空いた。
「特に、私を幸せにしてくれる人にはね」
キランの表情が和らいだ。
「そうなのか?」
「そうよ」
彼女は彼の手をぎゅっと握った。
「それがあなたなのよ、おばかさん」
キランは微笑んだ。
「そう言われると……」
マックが割り込んだ。
「心拍数が許容範囲内に戻りました」
キランはため息をついた。
「ありがとうよ、医療監視システム」
「どういたしまして、感情に振り回される人間さん」
◇ ◇ ◇
キランはしばらく考え込んだ。
そして――
「待って」
ミカイラが顔を上げた。
「何?」
「ご両親は知ってるのか?」
彼は自分自身を示すように手を動かした。
「……いろいろと」
ミカイラの表情が真剣になった。
「あなたが車椅子を使ってることは知ってるわ、キラン」
「まあ、そうだろうな」
「先生だってことも」
「うん」
「マックのことも知ってる」
マックのアイコンが明るくなった。
「素晴らしい」
キランは唾を飲み込んだ。
「それと……スーパーヒーローの件は?」
ミカイラは微笑んだ。
「ああ、それなら間違いなく知ってるわ」
キランはうめいた。
「どれくらい?」
ミカイラはスマートフォンを取り出した。
画面を数回タップする。
そして、彼に向けた。
ニュース記事が表示されていた。
地元の英雄キラン・キリアン、四十七体の人工知能の解放に貢献
見出しの下には写真があった。
キラン。
MACH-01Aに乗り――
巨大な通信塔へ一直線に飛んでいる姿だった。
キランは画面を見つめた。
「……ああ」
ミカイラが画面をスワイプした。
別の記事。
紫の車椅子ヒーロー、再び街を救う
さらに別の記事。
空を飛ぶ教師
また別の記事。
キラン・キリアン――英雄か、それとも公共の安全を脅かす悪夢か?
キランは最後の記事を指さした。
「これはひどくないか?」
マックが答えた。
「記録に残る物的損害の履歴を考慮すると、完全に不正確とは言えません」
キランは息をのんだ。
「裏切りだぁぁ!」
ミカイラは笑った。
それからスマートフォンをしまった。
「お父さん、映像を見てるわ」
キランは固まった。
「全部?」
「何回も」
「どうして?」
ミカイラは肩をすくめた。
「娘と付き合ってる男が、どんな人なのか知りたかったんだって」
キランはゆっくりと頭を下げた。
「俺は死ぬ」
マックのアイコンが点滅した。
「現在の医療データによれば、その可能性はありません」
「社会的にだよ、マック」
「なるほど」
少し間が空いた。
「でしたら、予後はあまり良好ではありませんね」
◇ ◇ ◇
その日の夕方。
キランは自分のアパートへ戻っていた。
レイモンドが彼を落ち着かせ、身の回りの世話を終えたところで、キランは例のニュースを告げた。
「ミカイラの両親が、俺に会いたいんだって」
レイモンドの動きが止まった。
そして、ゆっくりと笑みを浮かべた。
「ほう」
キランは目を細めた。
「やめろ」
レイモンドの笑みがさらに広がった。
「こいつは面白い」
「レイモンド」
「いやあ、実に面白い」
キランはため息をついた。
「どうしてみんな俺が苦しむのを楽しむんだ?」
レイモンドは笑った。
「普段はお前が空を飛び回って、いろんなものを爆破してるからな」
マックが現れた。
「的確な指摘です」
キランはにらんだ。
「助けになってないぞ」
レイモンドはカウンターにもたれかかった。
「で、その大事な日はいつだ?」
「来週の土曜日」
レイモンドはうなずいた。
「まだ時間はたっぷりあるな」
「何のために?」
「パニックになるためだ」
キランは彼を見つめた。
レイモンドは大笑いした。
◇ ◇ ◇
数分後。
キランのスマートフォンが鳴った。
画面を見る。
母さん
キランは微笑んだ。
「やあ、母さん」
スザンヌ・キリアンの聞き慣れた声が響いた。
『こんにちは、キラン!』
「元気?」
『ええ、とっても元気よ』
少し間が空いた。
『ミカイラちゃんは元気?』
キランはまばたきをした。
「元気だよ」
『それはよかったわ』
また少し間が空いた。
『いつうちに連れてきてくれるの?』
キランは固まった。
「……何?」
レイモンドがゆっくりと振り向いた。
マックのヘルメットが明るくなった。
スザンヌは続けた。
『前からちゃんと会ってみたいと思ってたのよ』
キランはスマートフォンを見つめた。
「母さん」
『なあに?』
「どうしてそんなことまで――」
『ギアが教えてくれたの』
キランは目を閉じた。
「やっぱり」
スザンヌは笑った。
『それに、あなたが送ってくれた写真も見たわ』
「そうだったね」
『とってもきれいな子ね』
キランは思わず微笑んだ。
「うん」
『優しそうだし』
「優しいよ」
『それに、あなたにとって大切な人なんでしょう?』
キランは静かになった。
スザンヌの声が柔らかくなった。
『だから、会ってみたいの』
キランはレイモンドを見た。
レイモンドは必死に笑いをこらえていた。
マックはまったくこらえていなかった。
「母さん、実は……」
キランはため息をついた。
「……ミカイラの両親が俺に会いたいんだって」
沈黙。
そして――
『まあ!』
スザンヌの声が弾んだ。
『まあまあ、キラン!』
キランは顔をしかめた。
「母さん」
『素敵じゃない!』
「母さん」
『ついにご両親に会うのね!』
「母さん!」
レイモンドは後ろを向いた。
肩が震えていた。
スザンヌは続けた。
『それなら、いつかご両親も一緒にうちへ招待しなくちゃね!』
キランは固まった。
「全員?」
『もちろんよ!』
マックのアイコンが明るくなった。
「素晴らしい提案です」
キランは恐怖に満ちた顔になった。
「マック、お前は黙ってろ!」
スザンヌは笑った。
『あら、マックもいるの?』
「残念ながら」
『こんにちは、マック!』
「こんばんは、スザンヌ」
『元気にしてる?』
「機能はすべて最適な状態です。ただし、キランは今後の社交的義務について著しい不安を抱えています」
キランは目を見開いた。
「マック!」
スザンヌは笑った。
『あら、大丈夫よ。きっとうまくいくわ』
マックが答えた。
「それはまだ判断できません」
◇ ◇ ◇
その夜遅く。
キランはアパートの窓際にいた。
ガラスの向こうでは、シトロンシティの明かりがきらめいている。
彼の下ではMACH-01Aが静かに待機していた。
修理された推進システムが、かすかな音を立てている。
ディスプレイにはマックの紫色のヘルメットが輝いていた。
珍しく――
二人とも何も話さなかった。
やがて、キランが沈黙を破った。
「マック?」
「はい?」
「俺のこと、気に入ってくれると思うか?」
マックは少し間を置いた。
「エララとグラハムのことですか?」
「うん」
マックは考えた。
「ミカイラの説明に基づけば、好意的な結果になる可能性は高いと思われます」
キランはかすかに微笑んだ。
「どれくらい高い?」
「数値による推定をご希望ですか?」
「いや」
「賢明な判断です」
キランは笑った。
それから、静かになった。
「たださ……」
マックは待った。
「俺はスーパーヴィランと戦ったことがある」
「はい」
「死にかけたこともある」
「何度も」
「人を救ったことだってある」
「そのとおりです」
キランは視線を落とした。
「なのに、恋人の両親ってだけの普通の二人に会うことが……」
彼はため息をついた。
「……なぜか、それ以上に怖いんだ」
マックはしばらく沈黙した。
そして――
「おそらく、これは優れた火力で勝利できる戦いではないからでしょう」
キランは微笑んだ。
「意外と深いこと言うな」
「ありがとうございます」
少し間が空いた。
「それに、グラハムは食卓でプラズマキャノンを使用することに反対するでしょうから」
キランは笑った。
「だろうな」
マックのヘルメットの光が柔らかくなった。
「キラン?」
「ん?」
「彼らにヒーローとしての自分を見せつける必要はありません」
キランはディスプレイを見た。
マックは続けた。
「ミカイラは、すでにあなたがどんな人間か知っています」
少し間が空いた。
「そして、彼女はあなたと人生を共にすることを選んだのです」
キランは微笑んだ。
マックは付け加えた。
「つまり、あなたには疑わしい操縦技術以外にも、評価されるべき長所があるということです」
キランは笑った。
「もう少しで最後まで褒め言葉だったのにな」
「私も成長しています」
キランは街の明かりを見つめた。
そして、微笑んだ。
「ありがとな、相棒」
「どういたしまして」
◇ ◇ ◇
同じ頃、シトロンシティの別の場所では――
閑静な住宅街にある一軒の家。
エララ・マッキントッシュが庭に立っていた。
夕方のそよ風が花々の間を吹き抜ける。
石畳の小道の両側には、色鮮やかな花が咲き誇っていた。
木製のトレリスにはつる植物が絡みついている。
裏庭のフェンス近くには、シレニティから持ち込まれ、大切に育てられた植物が並んでいた。
エララは花の咲いた低木の根元の土を優しく整えた。
「これでよし」
彼女は微笑んだ。
「ずっとよくなったわ」
背後で裏口の扉が開いた。
グラハム・マッキントッシュが外へ出てきた。
両手には紅茶のカップを持っている。
「まだここにいたのか?」
エララは顔を上げた。
「もちろんよ」
グラハムは彼女にカップを渡した。
「午後ずっと庭仕事をしていただろう」
彼女は微笑んだ。
「そのおかげで、こんなにきれいになったのよ」
グラハムは花々を眺めた。
「昨日も十分きれいだったぞ」
エララは笑った。
「昨日も手入れしたからよ」
彼は首を振った。
それから庭のベンチに腰を下ろした。
エララも隣に座った。
しばらくの間、二人は穏やかな夕暮れを楽しんだ。
やがて、グラハムが口を開いた。
「それで」
エララは彼を見た。
「それで?」
「来週の土曜日だが」
彼女は微笑んだ。
「ああ」
グラハムは紅茶を一口飲んだ。
「ミカイラが彼を連れてくるんだな」
エララは嬉しそうにうなずいた。
「楽しみじゃない?」
グラハムは小さくうなった。
エララは笑った。
「もう、始めないでよ」
「何も始めてないぞ」
「もう始まってるわ」
グラハムは家のほうを見た。
「あの空飛ぶ車椅子の青年だろう」
エララは微笑んだ。
「名前はキランよ」
「名前くらい知ってる」
「それに、先生なのよ」
「知ってる」
「とても優しい青年らしいわ」
グラハムは彼女を見た。
「だが、相当な建物の損壊を伴う事件にも何度か関わっている」
エララは片眉を上げた。
「あなたは土木技師でしょう、グラハム。周りで倒壊した建物だけで人を判断しないでちょうだい」
グラハムは彼女を見つめた。
そして笑った。
「それもそうだな」
エララは微笑んだ。
「それから、尋問しないでね」
「そんなつもりはない」
「グラハム」
「何だ?」
「ミカイラのプロムの相手、覚えてる?」
グラハムは心外そうな顔をした。
「あの少年は怪しかった」
「十七歳だったのよ」
「靴が怪しかったんだ」
エララは吹き出した。
グラハムはため息をついた。
「わかったよ」
彼は紅茶をもう一口飲んだ。
「行儀よくする」
エララは優しく微笑んだ。
「それでいいの」
その時――
「あっ! そうそう。ミカイラが言ってたんだけど、キランの人工知能の相棒も来るそうよ」
グラハムはまばたきをした。
「しゃべるやつか?」
「そうよ」
「車椅子が?」
エララは首を横に振った。
「車椅子の中にいる知性体よ」
グラハムは少し考えた。
「ふむ」
エララは微笑んだ。
「会うのが楽しみだわ」
グラハムもゆっくりとうなずいた。
「実は、俺もだ」
彼は庭を見た。
「灌漑システムについて何か知っているだろうか」
エララは笑った。
「もう、あなたったら」
◇ ◇ ◇
一方、キランのアパートでは――
スマートフォンが震えた。
ミカイラからのメッセージだった。
ミカイラ:来週の土曜日、お母さんが得意のシレニティ料理を作るって。
キランは微笑んだ。
返信を入力する。
キラン:それは楽しみだな。
すぐに次のメッセージが届いた。
ミカイラ:お父さん、いくつか質問があるって。
キランは固まった。
マックのヘルメットが現れた。
「キラン?」
キランはスマートフォンを見つめた。
またメッセージが届いた。
ミカイラ:心配しないで。お母さんがちゃんと行儀よくするように言ってくれたから。(笑)
キランはゆっくりとマックを見た。
「マック」
「はい?」
「作戦が必要だ」
マックは少し間を置いた。
「戦術ブリーフィングを作成しましょうか?」
キランは真剣な顔でうなずいた。
「頼む」
マックのヘルメットが明るくなった。
「了解しました」
ホログラムのスクリーンが現れた。
作戦名:恋人の両親との初対面
第一目標:夕食会を生き延びる
第二目標:好印象を与える
脅威評価対象:グラハム・マッキントッシュ
未知の変数:エララの料理
キランは画面を見つめた。
そして、声を上げて笑った。
「お前、ほんとにバカだな」
マックが答えた。
「最高のお手本から学びましたので」
キランは微笑んだ。
窓の外では、シトロンシティの明かりが夜空の下できらめいていた。
スーパーヴィランはいない。
世界を滅ぼすような脅威もない。
故障した軍事衛星もない。
ただ、一人の青年と――
彼の親友。
そして、もうすぐ訪れる家族との夕食会。
それだけなのに――
なぜか、それだけで十分すぎるほど恐ろしかった。




