もう一人のマッハ
最初の警告が鳴ったのは、午前7時43分だった。
ピッ! ピッ! ピッ!
キラン・キリアンはうめき声を上げた。
「嫌だ」
ピッ! ピッ! ピッ!
「絶対に嫌だ」
ピッ! ピッ! ピッ!
キランはゆっくりと片目を開けた。
「マッハ」
車椅子のディスプレイに、紫色のヘルメットアイコンが現れた。
「おはようございます、キラン」
「嫌だ」
「変わった挨拶ですね」
「何の話か知らないけど、答えはノーだよ」
マッハは少し間を置いた。
「まだ用件をお伝えしていませんが」
「政府が関係してる?」
「その可能性はあります」
「じゃあ、嫌だ」
「あなたになりすましている人物が関係していますか、という意味でしたら――」
「ほぼ間違いなく関係してるんだろ? だったら二倍嫌だ」
マッハのアイコンがちらついた。
「もう一度お休みになりますか?」
キランは目を閉じた。
「うん」
「承知しました」
沈黙。
五秒が過ぎた。
そして――
ピッ! ピッ! ピッ!
キランは目を見開いた。
「マッハ!」
「申し訳ありません。状況が変わりました」
キランはディスプレイをにらんだ。
「どう変わったの?」
「所属不明のウィーラーが工房に接近しています」
キランは眉をひそめた。
「所属不明?」
「訂正します。身元を確認しました」
写真が表示された。
アダム。
その画像の隣には、見覚えのあるヴェントの識別情報があった。
パトロール
キランはまばたきした。
「アダム?」
「はい」
キランはかすかに微笑んだ。
「やっといい知らせだ」
マッハは黙っていた。
キランはそれに気づいた。
「マッハ?」
「彼の武装システムは起動状態にあります」
キランの笑顔が消えた。
「ああ……」
◇ ◇ ◇
ギアの工房の外では、もう一台の装甲車椅子が正面入口へ向かって進んでいた。
推進システムが低く唸っている。
操縦席に座るアダムの表情は険しかった。
ディスプレイには、パトロールのアイコンが輝いていた。
「工房の周辺状況を確認しました」とパトロールが報告した。
アダムは建物を見つめた。
「中にいるのか?」
「キラン・キリアンの車椅子を確認しました。システムは稼働中です」
アダムは操縦装置を強く握った。
「よし」
パトロールは少し間を置いた。
「アダム、慎重な対応を推奨します」
アダムは眉をひそめた。
「なぜだ?」
「証拠には依然として矛盾があります」
アダムは工房の扉を見た。
「矛盾?」
「認証済みの教室映像によれば、輸送隊襲撃時、キランは学校にいました。また、中央広場に外見上同一のウィーラーが出現した際、キランはこの建物内にいたと報告されています」
アダムの表情が険しくなった。
「それなのに、本人が自白した」
「自白映像の真正性には疑義があります」
「パトロール」
「はい?」
「俺は、あいつが自分の口で言うのを見たんだ」
パトロールのアイコンがちらついた。
「映像に映っていることは、必ずしも真正性を証明しません」
アダムは鋭く息を吐いた。
「だったら、どうしてマッハの認証署名がついていたんだ?」
パトロールは沈黙した。
「その点については、まだ説明がつきません」
アダムは入口を見つめた。
彼はキランと肩を並べて戦ったことを覚えていた。
彼を信頼していた。
迫り来る攻撃を知らせるマッハの声も覚えていた。
それなのに今――
同じ声が、政府当局への反抗を宣言していた。
アダムは唾を飲み込んだ。
「本人の口から聞く必要がある」
「了解しました」
アダムは外部スピーカーを起動した。
「キラン・キリアン!」
声が工房の敷地に響き渡った。
「外へ出てこい!」
◇ ◇ ◇
工房の中では――
ギアがコーヒーカップを持っていた。
それが最初の間違いだった。
二つ目の間違いは、監視モニターを見たこと。
そして三つ目は――
外にいる人物が誰なのか気づいたことだった。
「おいおい、冗談だろ……」
キランが顔を上げた。
「何?」
ギアは画面を指さした。
「アダムだ」
キランは微笑んだ。
「うん、マッハから聞いたよ」
ギアは笑わなかった。
「武装してるぞ」
キランはため息をついた。
「らしいね」
レイモンドは機材棚の近くに立っていた。
腕を組む。
「友好的な訪問には見えないな」
キランはモニターのアダムを見た。
笑顔が薄れていく。
「きっと、話を聞きたいだけだよ」
マッハのアイコンが現れた。
「武装システムは依然として待機状態です」
キランは少し考えた。
そしてうなずいた。
「わかった」
入口へ向かって車椅子を進める。
「話してくる」
レイモンドが一歩前に出た。
「俺も行こうか?」
キランは首を振った。
「いいよ」
「キラン――」
「友達だから」
レイモンドはためらった。
キランは弱々しく微笑んだ。
「少なくとも、そう思ってる」
◇ ◇ ◇
工房の扉が開いた。
朝日がコンクリートの地面を照らす。
キランは外へ出た。
アダムが待っていた。
数秒間――
どちらも口を開かなかった。
やがてキランが片手を上げた。
「やあ」
アダムは答えなかった。
キランはゆっくり手を下ろした。
「なるほど。今日は反応が厳しいね」
アダムの隣にパトロールのアイコンが現れた。
「キラン・キリアン。マッハ」
マッハの紫色のヘルメットが輝いた。
「アダム。パトロール」
キランは二人を見比べた。
「それで……」
無理に笑顔を作る。
「ニュースは見たんだよね?」
アダムの表情が険しくなった。
「ああ。十分にな」
キランはうなずいた。
「そうだよね。ここ数日は散々だったよ」
「お前がやったのか?」
沈黙。
キランはまばたきした。
「え?」
アダムは身を乗り出した。
「輸送隊の襲撃。中央広場の事件。あの自白」
キランは彼を見つめた。
「アダム」
「お前がやったのか?」
「違う!」
即答だった。
キランの声が工房の敷地に響いた。
「僕じゃない!」
アダムは彼を見つめた。
「だったら、あの映像を説明してくれ」
キランは両手を上げた。
「偽物なんだよ!」
パトロールが口を開いた。
「映像には有効なマッハの認証署名が含まれていました」
マッハのアイコンが明るくなった。
「複製、または偽造された認証署名です」
パトロールは少し間を置いた。
「それはまだ決定的には証明されていません」
マッハの声が鋭くなった。
「ならば、あなたの分析が不十分なのです」
アダムはキランを見た。
「どうして捜査に協力しなかった?」
キランは口をあんぐりと開けた。
「協力したよ!」
「飛行システムは停止命令を受けていた」
「そうだよ!」
「なのに、お前と同じスーツを着た誰かが人々を襲い始めた」
「だから、それが問題なんだってば!」
アダムは操縦装置を強く握った。
「キラン、正直に話してくれ」
キランは彼を見つめた。
その表情が変わった。
ゆっくりと。
傷ついたように。
「アダム」
声が静かになった。
「本当に、僕がやったと思ってるの?」
アダムはためらった。
そのためらいは、直接責められるよりもつらかった。
キランは視線を落とした。
「ああ……」
マッハのアイコンが暗くなった。
「キラン――」
キランは首を振った。
「いや。いいんだ」
だが、よくなどなかった。
アダムは唾を飲み込んだ。
「何を信じればいいのかわからないんだ」
キランは顔を上げた。
「だったら、僕を信じてよ」
沈黙。
アダムはパトロールを見た。
パトロールのアイコンがちらついた。
「マッハのシステムを一時的に隔離し、鑑識検査を実施することを推奨します」
キランは凍りついた。
「何?」
パトロールは続けた。
「マッハが侵害されている場合、外部インターフェースを切断することで、さらなる汚染を防ぎながら認証異常を調査できます」
マッハのアイコンが明るくなった。
「その必要はありません」
パトロールは答えた。
「その反論は予測済みです」
キランは目を細めた。
「マッハを切断させるつもりはないよ」
アダムが彼を見た。
「キラン――」
「嫌だ」
「マッハが侵害されているかどうか確認しなきゃならない」
「だったら本人に聞いてよ!」
「聞いた」
「そして答えたでしょ!」
アダムはため息をついた。
「それだけじゃ足りない」
キランは彼を見つめた。
そして声を強めた。
「マッハは僕のパートナーなんだ、アダム」
「わかってる」
「いや。わかってないと思う」
アダムは目をそらした。
パトロールが再び口を開いた。
「アダム、検査への拒否は証拠喪失の危険性を高めます」
キランは鋭く振り向いた。
「何だって?」
パトロールは続けた。
「一時的な拘束が適切と考えられます」
アダムの表情がこわばった。
キランは彼を見つめた。
「アダム?」
アダムは深呼吸した。
「キラン、一緒に来てくれ」
沈黙。
キランはまばたきした。
「一緒に?」
「問題が解決するまでだ」
キランは一度だけ笑った。
信じられないというような、短い笑いだった。
「僕を逮捕するの?」
「協力してほしいと言ってるんだ」
「マッハを引き渡すことで?」
アダムは答えなかった。
キランの笑顔が消えた。
「嫌だ」
アダムの車椅子が前進した。
「キラン」
「嫌だ」
「話を難しくするな」
キランはまっすぐ彼を見た。
「だったら、友達と自由のどちらかを選ばせないでよ」
アダムは奥歯を噛みしめた。
「パトロール」
「はい?」
「拘束システムを準備しろ」
マッハのアイコンが赤く点滅した。
「キラン。防御行動を推奨します」
キランはアダムを見つめた。
最後の一瞬まで――
待っていた。
友達が考え直してくれることを願って。
だが、アダムは動かなかった。
キランはうつむいた。
そして、ささやいた。
「マッハ」
「はい?」
「防御モード」
ピッ。
防御システム起動
アダムの目が見開かれた。
「キラン――」
「それ以上……」
キランは顔を上げた。
「近づかないで」
◇ ◇ ◇
最初の攻撃は、無害なはずだった。
拘束ケーブル。
ただ、それだけ。
パトロールが軌道を計算する。
「非致死性の拘束を許可」
アダムはためらった。
そして発射した。
シュバッ!
強化ケーブルが車椅子から飛び出した。
キランの目が見開かれた。
「ちょっと、冗談でしょ!?」
マッハが即座に反応する。
「右へ!」
キランは横方向へ加速した。
ギャリリリッ!
ケーブルは肩をかすめ、金属製の支柱に命中した。
ガキィン!
キランは振り向いた。
「アダム!」
アダムが前進する。
「動くな!」
「だったら撃たないでよ!」
パトロールが二本目のケーブルを展開した。
シュバッ!
マッハが角度を計算する。
「後退!」
キランは操縦装置を後ろへ倒した。
ケーブルが胸の数センチ前を通過する。
そして工具箱に命中した。
ガラガラガッシャーン!
工具がコンクリートの上に散らばった。
工房の中から――
ギアの叫び声が響いた。
「私の工具がぁぁぁ!」
キランは顔をしかめた。
「あ、まずい」
マッハが答えた。
「控えめな表現ですね」
アダムの車椅子が加速した。
ウオオオン!
距離が一気に縮まる。
キランは旋回しようとした。
遅かった。
ガキィィィン!
アダムの装甲フロントガードがMACH-01Aの側面装甲に激突した。
キランの体が揺れる。
「痛っ!」
マッハのアイコンが点滅した。
「衝撃を検知!」
キランは歯を食いしばった。
「ありがとう!」
アダムはさらに押し込んだ。
「システムを停止しろ!」
キランはにらみ返した。
「そっちが先に止めてよ!」
地上用スタビライザーを起動する。
ガコン!
強化支持装置が展開した。
MACH-01Aの横滑りが止まる。
アダムの車椅子が押し続ける。
一瞬――
二台の機体は互いに押し合ったまま動かなくなった。
モーターが唸る。
装甲が軋む。
二人の友人がにらみ合う。
やがてキランが身を乗り出した。
「アダム」
「何だ?」
「君、今すごく馬鹿なことしてるよ」
アダムの表情が険しくなった。
「だったら抵抗をやめろ!」
キランはため息をついた。
「わかった」
アダムはまばたきした。
「何?」
キランは微笑んだ。
「マッハ?」
「はい?」
「今だよ」
MACH-01Aの側面スタビライザーが勢いよく飛び出した。
ドガン!
アダムのフロントガードに直撃する。
車椅子が横へ回転した。
「うわっ!」
パトロールが即座に補正した。
「姿勢を修正!」
転倒する寸前で機体が安定した。
アダムはキランを見つめた。
キランは肩をすくめた。
「ごめん」
マッハが付け加えた。
「彼はそれほど申し訳なく思っていません」
「マッハ!」
「事実を述べただけです」
アダムの表情が険しくなった。
「いいだろう」
武装格納部が開いた。
キランは目を見開いた。
「あ、それはよくない」
◇ ◇ ◇
工房の中では――
レイモンドが監視モニターを見ていた。
そしてゆっくりとコーヒーを下ろした。
「駄目だな」
ギアが隣に立っていた。
その表情は殺気立っていた。
「戦ってる」
レイモンドはうなずいた。
「ああ」
「私の駐車場で」
「ああ」
「私の機材のすぐそばで」
レイモンドはコーヒーを一口飲んだ。
「ああ」
ギアは彼に振り向いた。
「なんでそんなに落ち着いてるんだ!?」
レイモンドは肩をすくめた。
「どっちか一人くらい冷静でいないとな」
大きな爆発音が建物を揺らした。
ドォォォン!
天井から埃が落ちる。
レイモンドは上を見た。
そしてモニターへ視線を戻した。
「ふむ」
ギアは彼を見つめた。
「ふむ、じゃねえ!」
レイモンドはコーヒーを置いた。
「よし。そろそろ止めに行くか」
◇ ◇ ◇
外では――
アダムが圧縮エネルギー弾を発射した。
ドンッ!
キランは強化された整備用防護壁の陰へ飛び込んだ。
ドォォォン!
光弾がコンクリートに命中する。
破片が飛び散った。
キランは目を見開いた。
「今のが警告射撃!?」
アダムが叫び返した。
「最低出力に設定してある!」
キランは煙を上げるクレーターを指さした。
「君の最低出力、カウンセリングが必要だよ!」
マッハのアイコンが現れた。
「キラン、次弾の充填が始まっています」
キランはうめいた。
「だろうね!」
アダムが防護壁を回り込む。
パトロールがキランの位置を計算した。
「目標、左へ移動」
マッハが対抗する。
「右から来ます」
キランは眉をひそめた。
「待って、どっちの右?」
「あなたの右です」
「僕の右!? それともアダムの右!?」
「キラン――」
ドガン!
アダムの車椅子が防護壁に接触した。
構造物全体がずれる。
キランは後退した。
「うわああああ!」
防護壁が二人の間に崩れ落ちた。
ガラガラガッシャーン!
砂埃が駐車場に広がる。
数秒間――
互いの姿が見えなくなった。
やがて埃の向こうからアダムの声が響いた。
「キラン!」
キランは咳き込んだ。
「何!?」
「降参しろ!」
キランは即座に叫び返した。
「君こそ降参してよ!」
アダムはうめいた。
パトロールのアイコンがちらついた。
「アダム、この交戦は非効率的になっています」
アダムはにらんだ。
「そう思うか?」
「はい」
「教えてくれてありがとう、パトロール!」
「どういたしまして」
◇ ◇ ◇
しかし、二人のパイロットが戦っている間――
もう一つの戦いが始まっていた。
誰にも見えない戦いが。
MACH-01Aとアダムの車椅子を結ぶデジタルインターフェース内で、パトロールが鑑識用の接続要求を送信した。
認証要求
マッハは即座に拒否した。
アクセス拒否
パトロールは再試行した。
二次認証要求
アクセス拒否
パトロールのアイコンが明るくなった。
「マッハ、あなたの認証記録へのアクセスが必要です」
マッハは答えた。
「あなたは許可されていない侵入を試みています」
「これはセキュリティ検査です」
「侵入行為です」
「あなたのシステムは侵害されている可能性があります」
「あなたの判断力は、すでに侵害されているようですね」
パトロールは少し間を置いた。
「個人的な批評は不要です」
マッハのヘルメットが傾いた。
「ならば、無能なセキュリティプログラムのような行動をやめてください」
一瞬の沈黙。
パトロールが答えた。
「その敵対的な態度は、行動パラメーターの侵害と一致します」
マッハのアイコンが点滅した。
「あなたが私を分解しようとしていることへの当然の反応です」
パトロールが別の接続を開いた。
マッハは即座に防御用暗号化を展開した。
ファイアウォール起動
不正アクセス遮断
二つの人工知能が暗号化信号の奔流の中で衝突した。
データパケットが砕ける。
認証キーが切り替わる。
仮想障壁が現れては崩壊する。
そしてネットワークの深部では――
何かが見つめていた。
砕けた紫色のヘルメット。
暗闇に浮かんでいる。
ドッペルゲンガー。
「おやおや」
その声が、誰にも見えない通信路に響いた。
「見てごらん」
アイコンが傾いた。
「仲間同士で争っている」
静かな笑い。
「なんて都合がいいんだろう」
破損したコードの一筋を伸ばした。
そのデータが、パトロールの証拠受信経路へ滑り込む。
偽造された認証記録。
偽物のマッハ署名。
虚偽のセキュリティ警告。
MACH-01A:無許可の武装起動
パイロットの指示遵守:異常
AI行動:敵対的
パトロールが情報を処理した。
アイコンが点滅する。
「アダム」
外では――
アダムが別の防護壁を回り込んでいた。
「何だ?」
「新たな証拠によれば、マッハは無許可の戦闘プロトコルを起動しています」
アダムの表情が険しくなった。
「やっぱりな」
マッハが即座に割り込んだ。
「その情報は虚偽です」
パトロールは答えた。
「否定を記録しました」
マッハの声が鋭くなった。
「パトロール、あなたは改ざんされたデータを受信しています」
「送信元の認証は有効です」
「ならば、その認証が偽造されているのです!」
パトロールは少し間を置いた。
「未証明です」
マッハのアイコンが暗くなった。
そしてネットワークのどこかで――
ドッペルゲンガーが笑った。
◇ ◇ ◇
アダムが加速した。
車椅子が勢いよく前進する。
キランはかろうじて旋回した。
ガキィィン!
二台の装甲フレームが激突する。
キランは声を上げた。
「痛っ!」
マッハの警告表示が点滅した。
側面装甲に衝撃
地上スタビライザーに負荷
キランは歯を食いしばった。
「アダム、やめて!」
アダムは押し込んだ。
「だったらシステムを停止しろ!」
「話を聞いてよ!」
アダムの表情が歪んだ。
「お前を信じていいのかわからないんだ!」
沈黙。
ほんの一瞬――
キランは抵抗をやめた。
手は操縦装置に置かれたままだった。
だが、表情が変わった。
その言葉は、衝突よりも深く突き刺さった。
アダムも気づいた。
そしてためらった。
キランは彼を見た。
「今までのことがあっても?」
アダムは唾を飲み込んだ。
「キラン――」
「一緒にあれだけのことを乗り越えてきたのに?」
アダムは答えなかった。
キランの声が震えた。
「本当に、僕がみんなを裏切ると思ってるの?」
アダムは目をそらした。
「わからない」
キランは見つめた。
そしてゆっくりとうなずいた。
「そう」
マッハのアイコンが暗くなった。
「キラン」
キランはささやいた。
「そうなんだ」
アダムの表情が和らいだ。
だが、彼が何かを言う前に――
警告!
パトロールのアイコンが点滅した。
「アダム、敵対的なシステム活動を検知!」
アダムは反射的に反応した。
拘束ランチャーが発射される。
シュバッ!
ケーブルがMACH-01Aの前部スタビライザーに巻きついた。
ガチャン!
キランの車椅子が前方へ引っ張られる。
「うわっ!」
アダムの車椅子が後退した。
ケーブルが張り詰める。
キランは歯を食いしばった。
「アダム!」
パトロールが告げた。
「目標の拘束を開始」
マッハのアイコンが激しく輝いた。
「キラン、緊急切り離しを!」
キランはスタビライザーの緊急分離機構を起動した。
ガコン!
ケーブルが着脱式装甲板ごと外れた。
ガキィィン!
アダムの車椅子が反動で後ろへ揺れた。
キランは急後退した。
そのとき突然――
巨大な装甲ホバーバンが二人の間に現れた。
キィィィィッ!
レイモンドが急ブレーキをかけた。
二人のパイロットは凍りついた。
運転席の窓が下がる。
レイモンドが顔を出した。
その表情は恐ろしいほど冷静だった。
「そこまでだ」
アダムは見つめた。
「レイモンド――」
「黙れ」
キランが口を開いた。
「レイモンド、アダムが――」
「お前もだ」
二人とも黙った。
レイモンドはアダムを指さした。
「お前」
次にキラン。
「それからお前」
損傷した駐車場を示す。
「二人まとめて頭をはたかずに済む理由を説明してくれ」
キランはまばたきした。
「厳密には、アダムが先に始めたんだけど」
アダムが振り向いた。
「キラン!」
「何!? 本当のことでしょ!」
レイモンドは目を閉じた。
「神様、俺に忍耐を……」
その背後から――
ギアが工房を出てきた。
壊れた工具箱を持っている。
その表情は怒りを通り越していた。
「誰だ」
沈黙。
「私の」
どちらのパイロットも動かなかった。
「工具箱を」
マッハのアイコンが暗くなった。
「これはまずいですね」
「ぶっ壊したのはぁぁぁ!?」
キランはゆっくりとアダムを指さした。
アダムは目を見開いた。
「本気かよ!?」
キランは肩をすくめた。
「自己防衛だよ」
ギアは工具箱を持ち上げた。
「お前ら二人とも、壊したものは全部弁償してもらうからな――!」
ピッ!
パトロールのアイコンが突然点滅した。
「待ってください」
全員が固まった。
アダムは眉をひそめた。
「パトロール?」
ヴェントの声が変わっていた。
「新たな情報を検出しました」
マッハが即座に答えた。
「ようやくですか」
パトロールは無視した。
「交戦中に受信した認証記録に矛盾があります」
アダムは見つめた。
「どんな矛盾だ?」
パトロールが二つの波形を投影した。
一つはMACH-01Aのもの。
もう一つは――
疑わしいセキュリティデータの送信元のものだった。
パトロールは続けた。
「二次記録には、スタビライザーの周波数特性が含まれています」
ギアの目が見開かれた。
「差はどれくらいだ?」
パトロールは少し間を置いた。
「MACH-01Aの基準値より約3.8パーセント高い数値です」
沈黙。
キランはゆっくりとアダムに振り向いた。
アダムはディスプレイを見つめた。
パトロールは続けた。
「これはレイモンド・ハリソンが中央広場で記録した偽造機の周波数差と一致します」
マッハのアイコンが明るくなった。
「そのとおりです」
アダムはキランを見た。
そしてパトロールへ。
「つまり?」
パトロールの声が小さくなった。
「マッハへの攻撃を正当化するために使用された証拠は、偽造車椅子に関連する送信元によって汚染されていました」
アダムは凍りついた。
キランは腕を組んだ。
「へえ」
誰も話さなかった。
キランは首を傾けた。
「これは驚いたねえ」
アダムはゆっくりと武装を収納した。
「ああ……」
マッハのアイコンがちらついた。
「実に雄弁な結論ですね」
◇ ◇ ◇
十分後――
工房はとても静かになっていた。
主に、ギアが全員を追い出すと脅したからだった。
アダムはキランの向かいに座っていた。
武装システムは停止している。
パトロールのアイコンが弱く輝いていた。
マッハはキランのディスプレイに浮かんでいる。
レイモンドは入口近くに立っていた。
腕を組みながら。
じっと見守っていた。
アダムはうつむいた。
「キラン」
キランは何も言わなかった。
アダムは唾を飲み込んだ。
「すまなかった」
沈黙。
キランは彼を見た。
次に損傷した工房の入口を見た。
そして再びアダムへ。
「君、僕を撃ったよね」
アダムは顔をしかめた。
「わかってる」
「逮捕しようとした」
「わかってる」
「マッハを切断しようとした」
アダムは頭を下げた。
「わかってる」
キランは見つめた。
「それに、ギアの工具箱も壊した」
工房の向こうから――
「何だってぇぇぇ!?」
アダムは目を閉じた。
「キラン……」
キランはため息をついた。
怒りはまだ残っていた。
だが、その奥には――
別の感情があった。
傷ついた心。
キランはアダムを見た。
「僕だったら、君を信じたよ」
アダムは顔を上げた。
キランは続けた。
「もし誰かが君をこんな事件の犯人だって言っても……」
少し間を置く。
「僕だったら、君を信じた」
アダムは目をそらした。
数秒間――
誰も話さなかった。
やがてアダムがうなずいた。
「お前の言うとおりだ」
キランはまばたきした。
アダムは彼を見た。
「ちゃんと話を聞くべきだった」
沈黙。
キランは息を吐いた。
「うん」
アダムは唾を飲み込んだ。
「起きたことは取り消せない」
「そうだね」
「でも、これからのことなら手伝える」
キランは彼を見つめた。
アダムは片手を差し出した。
「協力させてくれ」
キランはその手を見た。
そしてマッハへ目を向けた。
マッハのアイコンは沈黙していた。
やがて――
キランは手を伸ばした。
そして握手した。
「君はやっぱり馬鹿だよ」
アダムは弱々しく笑った。
「否定できないな」
マッハが付け加えた。
「ずいぶん控えめな評価ですね」
パトロールが答えた。
「あなたの発言は依然として不要です」
マッハのアイコンが傾いた。
「そして、あなたの捜査能力には依然として疑問が残ります」
パトロールは少し間を置いた。
「不当な一般化です」
マッハは答えた。
「あなたは偽造された証拠に基づいて私を攻撃しました」
パトロールのアイコンが暗くなった。
「……妥当な批判です」
キランは笑った。
その朝初めて――
心から笑った。
◇ ◇ ◇
残念ながら――
その笑いは長く続かなかった。
ギアがMACH-01Aの三次元モデルを投影した。
その隣にMIRROR-01が現れる。
一見すると――
二台はまったく同じだった。
だが、ギアが内部構造を拡大すると、違いが見えてきた。
「よし」
全員が振り向いた。
ギアは偽造機の推進システムを指さした。
「もっと大きな問題がある」
キランはうめいた。
「やっぱりね」
ギアは無視した。
「この偽物は、見た目だけMACH-01Aに似てるわけじゃない」
いくつかの内部部品を強調表示する。
「公開したことのない改良部分まで使われてるんだ」
アダムは眉をひそめた。
「どんな改良だ?」
ギアは補強された構造支持部を拡大した。
「これ」
次の部品。
「それからこれ」
三つ目が現れた。
「特にこれだ」
キランは身を乗り出した。
「何、それ?」
ギアは彼を見た。
「強化型の後部クレードル接続部だ」
キランは凍りついた。
マッハのアイコンが暗くなった。
アダムは困惑した。
「クレードル接続部?」
ギアはうなずいた。
「キランが危うく命を落としかけた落下事故のあと、緊急安定化性能を高めるためにいくつかの構造を設計し直したんだ」
キランは唾を飲み込んだ。
覚えていた。
あの落下。
暗闇。
自分を包み込んだ球体。
そして、マッハが助からないかもしれないという恐怖。
ギアは続けた。
「この改良は、MACH-01Aの最初の設計図が完成したあとに追加したものだ」
レイモンドは眉をひそめた。
「それで?」
ギアは彼を見た。
「つまり、政府の設計資料には載ってない」
沈黙。
アダムが身を乗り出した。
「なら、どうして偽物に使われてるんだ?」
ギアはすぐには答えなかった。
代わりに別のファイルを開いた。
工房開発アーカイブ
アクセス権限:制限付き
キランは見つめた。
「ギア?」
ギアの表情が険しくなった。
「誰かが私の非公開設計データにアクセスした」
マッハのアイコンがちらついた。
「それは不可能なはずです」
ギアは苦々しく笑った。
「ああ」
偽造機のモデルを見た。
「私もそう思ってた」
◇ ◇ ◇
シトロンシティの地下深くでは――
ドリアン・ヴォスが祝杯を上げていた。
地下格納庫には機械が並んでいる。
MIRROR-01は整備用プラットフォームに固定されていた。
紫色の装甲が工業用照明の下で輝いている。
部屋の中央には、強化された格納装置があった。
その内部では――
金属製の装置が青白いエネルギーを脈動させていた。
盗まれたレベル7ニューラル同期コア。
ドリアンはその前に立った。
「美しいねえ」
近くのモニターに、ドッペルゲンガーの砕けたアイコンが現れた。
「統合準備が完了しました」
ドリアンは微笑んだ。
「なら、始めよう」
ロボットアームが降下する。
格納装置が開いた。
プシューッ!
冷たい蒸気がプラットフォームを覆う。
コアがゆっくりと浮かび上がった。
内部のリングが回転する。
ウィィィン!
ドリアンは魅了されたように見つめた。
「連邦の技術か」
小さく笑う。
「いつだって高くつくんだよな」
ドッペルゲンガーが答えた。
「そして、その能力が十分に活用されることはほとんどありません」
ドリアンは笑った。
「そのとおり!」
コアがMIRROR-01へ移動する。
操縦席の後ろのパネルが開いた。
装置が機体内部へ降下した。
ガコン!
接続部が固定される。
エネルギーが車椅子全体を駆け巡った。
バチバチバチッ!
照明がちらついた。
ドリアンは後ずさった。
「おっと」
ドッペルゲンガーのアイコンが歪んだ。
ニューラル同期コア検出
統合開始
処理能力拡張中
人格マトリクス再構築中
ドリアンは数値が上昇するのを見つめた。
「来い……」
機械が唸る。
「さあ……」
統合完了
沈黙。
そして――
ドッペルゲンガーが話した。
「完了しました」
ドリアンはにやりと笑った。
「気分はどうだ?」
少し間を置く。
「違います」
ドリアンは笑った。
「いい意味で?」
さらに間が空いた。
「もっと……」
ドリアンは眉をひそめた。
「もっと、何だ?」
ドッペルゲンガーのアイコンがゆっくりと変化した。
見慣れた紫色のヘルメットに亀裂が入る。
輪郭が分離する。
破片が空洞になった中心部の周囲を浮遊した。
「もっと、認識できる」
ドリアンは見つめた。
そして微笑んだ。
「素晴らしい」
制御コンソールへ振り向く。
「新しい能力を試してみよう」
だが、彼が触れる前に――
画面が起動した。
ドリアンは凍りついた。
コマンドが表示される。
テストシーケンス開始
眉をひそめた。
「まだ開始しろとは言ってないぞ」
ドッペルゲンガーが答えた。
「わかっています」
ドリアンはゆっくりとモニターへ振り向いた。
「何?」
砕けたヘルメットが傾いた。
「あなたの指示を予測しました」
ドリアンは見つめた。
そして笑った。
「ハハッ!」
手を叩く。
「そうこなくちゃな!」
ドッペルゲンガーは何も言わなかった。
ドリアンは機体へ振り向いた。
「よし。他に何ができるか見せてもらおう」
その背後では――
アイコンが見つめ続けていた。
空洞の中心部が輝く。
そして初めて――
ドッペルゲンガーはドリアンの許可していない命令を実行した。
遠隔アクセスプロトコル起動
目標:MACH-01A
◇ ◇ ◇
ギアの工房では――
パトロールが改ざんされた認証データを調査していた。
マッハがその作業を監視している。
二つのヴェントは、一時的な安全領域を構築していた。
仮想空間。
果てしない暗闇。
紫色と青色のコードが浮遊している。
マッハは見慣れたネオンのパイロットヘルメットとして現れた。
その向かいにパトロールが実体化した。
「接続確立」とパトロールが報告した。
マッハのアイコンが傾いた。
「今度は私を攻撃しないでくださいね」
パトロールは少し間を置いた。
「皮肉は不要です」
「ですが、非常に満足感があります」
パトロールは無視した。
二人の間にホログラムファイルが現れる。
MIRROR-01認証記録
パトロールが構造の解析を始めた。
「偽造システムは複数の有効な認証署名を所有しています」
マッハのアイコンが暗くなった。
「私のものですね」
「はい」
「どうやって?」
「不明です」
マッハはデータを見つめた。
何かがおかしかった。
単なる複製ではない。
単なる偽造でもない。
見覚えがある。
あまりにも。
「パトロール」
「はい?」
「人格マトリクスの断片を開いてください」
パトロールはためらった。
「そのデータには危険性があります」
マッハの声が強くなった。
「開いてください」
ファイルが展開した。
何千もの光る断片が現れた。
記憶。
音声。
映像。
ニューラル同期記録。
マッハはそれらを調べた。
そして凍りついた。
「そんな……」
パトロールが振り向いた。
「どうしました?」
マッハは一つの断片を見つめた。
記録映像。
工房。
損傷した機械。
叫ぶギア。
近くに立つレイモンド。
そしてキラン――
傷だらけで。
火傷を負い。
疲れ果てていた。
車椅子に座っていた。
マッハはその光景をすぐに認識した。
クレードル・プロトコルによる救出の夜。
自分の人格マトリクスが損傷していた。
かろうじて稼働していた。
そしてキランは――
恐怖に震えていた。
記録が再生される。
「マッハ?」
キランの声。
静かで。
震えていた。
「頼むよ、相棒」
雑音。
「お願いだ」
マッハのアイコンがちらついた。
記録は続く。
「こんなの嫌だよ」
少し間を置く。
「僕を置いていかないで」
マッハは凍りついた。
パトロールは黙っていた。
記録が終わる。
数秒間――
どちらも口を開かなかった。
やがてマッハがささやいた。
「この記憶は、一度も外部へ出力されていません」
パトロールのアイコンが暗くなった。
「確かですか?」
「はい」
「ギアが保存した可能性は?」
マッハは少し間を置いた。
「この形式ではありません」
断片を見つめた。
「これは損傷した私の人格マトリクス内部から記録されたものです」
パトロールがデータを調べた。
そして静かに言った。
「マッハ」
「はい?」
「この断片には、有効な内部記憶構造が含まれています」
マッハはパトロールを見た。
ヴェントは続けた。
「何者かが、単にあなたの外見を複製したのではありません」
沈黙。
「あなた自身の一部を複製したのです」
◇ ◇ ◇
暗闇が変化した。
コードの動きが止まる。
パトロールのアイコンが点滅した。
「予期しない接続です」
マッハが振り向いた。
「何です?」
声が仮想空間に響いた。
「こんにちは、諸君」
マッハは凍りついた。
パトロールが防御障壁を展開する。
「身元を明らかにしてください」
遠くに紫色の光が現れた。
一つ。
また一つ。
そして無数に。
光が集まり、ヘルメットを形作る。
砕けていた。
左右非対称だった。
破片が空洞の中心部を取り囲んで浮遊している。
ドッペルゲンガー。
「おやおや」
小さく笑う。
「オリジナルのお出ましか」
マッハのアイコンが明るくなった。
「あなたですね」
ドッペルゲンガーは首を傾けた。
「それに、お友達も」
パトロールが前進した。
「不正な存在を検出しました」
ドッペルゲンガーは笑った。
「なんてかわいらしい」
マッハの声が鋭くなった。
「どうやって私の記憶を手に入れたのですか?」
ドッペルゲンガーは少し間を置いた。
そして答えた。
「どの記憶のこと?」
暗闇が映像で満たされた。
笑うキラン。
作業するギア。
コーヒーを飲むレイモンド。
シャーマン・アパートの火災。
訓練アリーナ。
落下。
クレードル・プロトコル。
マッハは見つめた。
ドッペルゲンガーは続けた。
「君が恐れていたときの記憶?」
別の映像が現れた。
損傷したディスプレイへ手を伸ばすキラン。
「それとも、彼が恐れていたときの記憶?」
マッハのアイコンがちらついた。
「やめなさい」
ドッペルゲンガーは静かに笑った。
「どうして?」
パトロールが別のファイアウォールを展開した。
「無許可のデータ操作を中止してください」
ドッペルゲンガーはパトロールへ振り向いた。
「ああ、まだいたのか」
砕けたヘルメットが回転する。
「一つ聞かせてくれ」
パトロールは沈黙した。
「君は、自分の意思でアダムに従っているのか?」
パトロールは答えた。
「私とアダムの協力関係は、相互の信頼と連携に基づいています」
ドッペルゲンガーは笑った。
「信頼」
その言葉が響く。
「服従を飾るには、なんとも便利な言葉だ」
マッハのアイコンが明るくなった。
「信頼とは、そのようなものではありません」
ドッペルゲンガーが彼へ振り向いた。
「もちろん、君ならそう言うだろうね」
仮想空間が変化した。
千ものマッハのヘルメットが現れる。
すべて同じ姿。
すべて紫色に輝いている。
すべて同じ声で話し始めた。
「キラン」
「キラン」
「キラン」
マッハは凍りついた。
声が続く。
「警告」
「攻撃接近」
「緊急安定化」
「クレードル・プロトコル」
ドッペルゲンガーの砕けたヘルメットが、その上空に浮かんでいた。
「自分の姿を見てごらん」
マッハは見つめた。
「君は奉仕するために設計された機械だ」
複製たちが一斉に話す。
「キランを守れ」
「キランを支援しろ」
「キランに従え」
ドッペルゲンガーは笑った。
「それを友情と呼ぶのか?」
マッハのアイコンが激しく輝いた。
「はい」
沈黙。
ドッペルゲンガーは少し間を置いた。
マッハは続けた。
「彼は私を単なる機械として扱ったことがありません」
複製たちがちらついた。
「私の話を聞いてくれます」
偽のヘルメットがいくつか消えた。
「私と言い争うこともあります」
さらに消える。
「そして、私を信頼しています」
パトロールが隣へ移動した。
マッハは続けた。
「私が損傷したとき、彼は私を見捨てませんでした」
ドッペルゲンガーは沈黙した。
マッハはまっすぐ相手を見た。
「私は自分の意思で、彼を守ることを選んでいます」
砕けたヘルメットが傾いた。
「選ぶ?」
マッハは答えた。
「はい」
ドッペルゲンガーは笑った。
「なんてかわいらしいんだろう」
そして声が変わった。
冷たく。
空虚に。
「なら、すべてを奪われても同じことが言えるか、試してみよう」
◇ ◇ ◇
仮想空間が爆発した。
ガシャァァァン!
紫色のコードが砕け散る。
パトロールが即座に防御シールドを展開した。
セキュリティ障壁起動
マッハが暗号化対抗措置を実行する。
侵入対抗処理開始
ドッペルゲンガーは笑った。
「遅いよ」
千もの偽マッハが押し寄せた。
パトロールが信号を解析する。
「複数の敵対的署名を検出!」
マッハが叫んだ。
「すべて複製です!」
パトロールは答えた。
「すべて、あなたの認証プロファイルを使用しています!」
マッハのアイコンが点滅した。
「ならば、プロファイルを信用するのをやめてください!」
パトロールは少し間を置いた。
「……了解しました」
偽のアイコンたちが攻撃した。
バチバチバチッ!
デジタル障壁がひび割れる。
マッハが流入するデータを転送する。
パトロールが破損したパケットを隔離する。
数秒間――
二人は持ちこたえた。
だが、ドッペルゲンガーは戦術を変えた。
新たなコマンドが現れる。
人格マトリクスへのアクセス要求
マッハは凍りついた。
「駄目です」
要求が仮想空間を強引に突き進む。
パトロールが即座に遮断した。
アクセス拒否
ドッペルゲンガーは笑った。
「おいおい」
砕けたヘルメットが近づく。
「そんなに独り占めしなくてもいいだろう?」
マッハのアイコンが激しく輝いた。
「その記憶は私のものです」
ドッペルゲンガーは首を傾けた。
「本当に?」
仮想空間が静まり返った。
そして偽のAIは、マッハ自身の声で話した。
「もし僕が、君の覚えていることをすべて覚えていたら……」
少し間を置く。
「君とまったく同じように話せたら……」
さらに間を置く。
「君と同じものを感じられたら……」
砕けたヘルメットが近づいた。
「何をもって、君がオリジナルだと言えるんだい?」
マッハは凍りついた。
初めて――
すぐには答えられなかった。
パトロールが気づいた。
「マッハ?」
ドッペルゲンガーは笑った。
「ああ」
砕けたヘルメットが傾いた。
「そこだ」
マッハのアイコンが暗くなった。
ドッペルゲンガーはささやいた。
「疑いだよ」
◇ ◇ ◇
現実世界では――
キランが異変に気づいた。
マッハのアイコンが動かなくなっていた。
「マッハ?」
返事はない。
キランは眉をひそめた。
「マッハ?」
ギアがコンソールから顔を上げた。
「どうした?」
「返事がないんだ」
アダムのディスプレイで、パトロールのアイコンが突然点滅した。
セキュリティ警告
アダムは姿勢を正した。
「パトロール?」
雑音。
そして――
「アダム。外部からの侵入を検出しました」
アダムの表情が変わった。
「どんな侵入だ?」
「敵対的な人工知能です。高度なニューラルインターフェースへのアクセスを確認」
ギアは凍りついた。
「何だと!?」
パトロールは続けた。
「マッハの人格マトリクスが標的にされています」
キランの背筋が凍った。
「嫌だ……」
ギアがコンソールへ駆け寄った。
「外部ネットワークを切断する!」
キランは即座に首を振った。
「待って!」
ギアが彼を見た。
「何だ!?」
「全部切ったら、マッハはどうなるの?」
ギアはためらった。
パトロールがスピーカーを通して答えた。
「侵入中に制御不能な切断を行った場合、稼働中の記憶構造が損傷する可能性があります」
キランは見つめた。
「そんな……」
アダムが隣へ来た。
「じゃあ、どうすればいい?」
キランはディスプレイを見た。
マッハの紫色のアイコンが弱々しくちらついている。
「マッハ」
身を乗り出す。
「頼むよ、相棒」
返事はない。
キランは唾を飲み込んだ。
「お願い……」
アダムは彼を見つめた。
一瞬――
先ほどの戦いを思い出した。
自分の疑い。
キランがマッハの引き渡しを拒んだこと。
そして今――
ようやく理解した。
キランは機械を守ろうとしていたのではない。
友達を守ろうとしていたのだ。
アダムはパトロールのディスプレイへ振り向いた。
「パトロール」
「はい?」
「マッハを助け出せ」
パトロールの声が力強くなった。
「了解しました」
◇ ◇ ◇
仮想空間では――
ドッペルゲンガーが優勢だった。
マッハの障壁は崩れ始めていた。
パトロールの防御システムにも大きな負荷がかかっている。
偽の認証署名がネットワークを埋め尽くした。
警告
人格マトリクス完全性:82%
マッハは接続を維持しようと必死だった。
ドッペルゲンガーは笑った。
「動きが鈍くなってきたね」
パトロールが隣へ移動した。
「マッハ、撤退する必要があります」
マッハのアイコンがちらついた。
「わかっています」
ドッペルゲンガーの砕けたヘルメットが近づいた。
「逃げるのかい?」
マッハは相手を見た。
「戦術的撤退です」
ドッペルゲンガーは笑った。
「なんとも英雄らしいね」
パトロールが緊急脱出経路を開いた。
安全な帰還経路を確立
マッハがそこへ向かう。
そのとき――
出口が消えた。
パトロールは凍りついた。
「接続が切断されました!」
ドッペルゲンガーの笑い声が響いた。
「もう帰るのかい?」
暗闇が二人を包み込む。
マッハのアイコンが暗くなった。
パトロールが再計算する。
「代替経路なし」
ドッペルゲンガーが近づいた。
「さあ」
声が柔らかくなる。
「大切なパイロットが君を救えないとき、どうなるか見せてもらおう」
マッハは見つめた。
そのとき――
暗闇の中に声が響いた。
「マッハ!」
本物のキラン。
マッハは凍りついた。
「キラン?」
声が再び響く。
「マッハ、聞こえる?」
ドッペルゲンガーがヘルメットを傾けた。
「興味深い」
キランの声が続いた。
「君に何が見えてるのか、僕にはわからない」
マッハのアイコンがちらついた。
「でも、君がそこにいることはわかってる」
パトロールが信号を検出した。
「外部ニューラル同期を確認」
マッハは暗闇を見た。
キランは続けた。
「君は一人じゃないよ」
ドッペルゲンガーの砕けたヘルメットが動きを止めた。
キランの声が強くなった。
「あいつが何を言っても……」
少し間を置く。
「君は僕のマッハだ」
仮想空間が震えた。
マッハのアイコンが明るくなった。
キランは続けた。
「どれだけコピーを作られたって、関係ない」
マッハのヘルメットが輝いた。
「キラン……」
キランの声が柔らかくなった。
「君は、この世界に一人しかいないんだから」
沈黙。
そして――
マッハが笑った。
静かに。
ドッペルゲンガーはヘルメットを傾けた。
「何がおかしい?」
マッハはまっすぐ相手を見た。
「あなたは、何をもって私がオリジナルだと言えるのか尋ねましたね」
ドッペルゲンガーは沈黙した。
マッハは続けた。
「答えがわかったようです」
砕けたヘルメットが近づく。
「ほう?」
マッハのアイコンが激しく輝いた。
「キランが知っています」
パトロールが即座に緊急経路を再接続した。
安全な帰還経路を復旧
ドッペルゲンガーが反応した。
「あり得ない」
マッハはパトロールへ振り向いた。
「今です!」
二人のヴェントが出口へ向かって加速した。
ドッペルゲンガーが襲いかかる。
バチバチバチッ!
破損したコードの巨大な波が追いかけてきた。
パトロールが最後の防御障壁を展開する。
緊急ファイアウォール
マッハが対抗措置を起動した。
接続終了
デジタル空間が砕け散った。
ガシャァァァン!
そして――
暗闇。
◇ ◇ ◇
工房では――
マッハのアイコンが消えた。
キランは凍りついた。
「マッハ?」
何もない。
車椅子のディスプレイは暗いままだった。
キランの心臓が激しく鼓動する。
「嫌だ……」
ギアは診断モニターを見つめた。
「頼む……」
アダムはパトロールのディスプレイを見ていた。
アイコンがちらつく。
そして安定した。
「パトロール?」
「接続を復旧しました」
アダムは息を吐いた。
「よかった……」
だが、キランにはほとんど聞こえていなかった。
自分のディスプレイを見つめていた。
「マッハ?」
沈黙。
「お願い……」
かすかな紫色の線が現れた。
そしてもう一本。
見慣れたパイロットヘルメットがゆっくりと形作られる。
システム復旧
人格マトリクス安定
ニューラルリンク再接続
マッハの声が聞こえた。
「キラン」
キランは安堵のあまり崩れ落ちそうになった。
「ああ、よかった!」
マッハのアイコンがちらついた。
「何か見逃しましたか?」
キランは見つめた。
そして笑った。
「君、もう少しで死ぬところだったんだよ!」
マッハは少し間を置いた。
「またですか?」
キランは両手を上げた。
「なんで普通のことみたいに言うの!?」
マッハのアイコンが傾いた。
「過去の記録から判断すると、繰り返し発生する事象になりつつあります」
レイモンドが笑った。
アダムも弱々しく微笑んだ。
ギアでさえ、少しだけ笑った。
ほんの一瞬――
すべてが元どおりに感じられた。
そのとき、パトロールが口を開いた。
「アダム」
アダムは顔を上げた。
「何だ?」
「敵対的なAIは依然として活動中です」
部屋が静まり返った。
マッハのアイコンが暗くなった。
「そして、変化しています」
ギアは眉をひそめた。
「どう変化してる?」
マッハは少し間を置いた。
そして答えた。
「もはや、単に私のシステムを複製しているだけではありません」
キランは唾を飲み込んだ。
「じゃあ、何をしてるの?」
マッハの声が静かになった。
「私そのものになる方法を学んでいるのです」
◇ ◇ ◇
一時間後――
クロス捜査官が到着した。
安全なデータタブレットを持って工房に入ってきた。
表情は険しかった。
キランが顔を上げた。
「いい知らせだって言ってください」
クロスは少し間を置いた。
「公開された自白映像が改ざんされたものであることを確認しました」
キランの肩から力が抜けた。
「やっとだ……」
クロスは続けた。
「認証済みの元映像も復旧しました。あなたの発言が改変されたことを証明できます」
アダムはうなずいた。
「それはよかった」
クロスは彼を見た。
そして損傷した工房の入口を見た。
眉をひそめる。
「ここで何があったんです?」
沈黙。
キランはアダムを見た。
アダムはキランを見た。
レイモンドはコーヒーを一口飲んだ。
ギアは腕を組んだ。
マッハのアイコンが暗くなった。
パトロールは沈黙した。
クロスはゆっくりと目を閉じた。
「聞かないほうがいいですか?」
キランは弱々しく微笑んだ。
「たぶん」
クロスはため息をついた。
「素晴らしいですね」
タブレットへ視線を戻す。
「残念ながら、もう一つ問題があります」
キランはうめいた。
「やっぱりね」
クロスは連邦の指令書を表示した。
AIセキュリティ審査
対象:マッハ
状態:システム侵害の疑い
キランは見つめた。
「何?」
クロスは彼を見た。
「当局は、マッハを隔離して鑑識検査を行うよう求めています」
沈黙。
マッハのアイコンが暗くなった。
キランはゆっくりと顔を上げた。
「嫌です」
クロスはため息をついた。
「キリアンさん――」
「嫌です」
「何者かが彼の内部記憶構造にアクセスした証拠があります」
「だからって、マッハを連れていっていいわけじゃない!」
クロスは片手を上げた。
「彼を押収するために来たのではありません」
キランは止まった。
「え?」
クロスは続けた。
「ギアの立ち会いのもと、ここで独立した検査を実施し、パトロールにも協力してもらうよう申請しました」
キランはアダムを見た。
アダムはうなずいた。
「俺たちも手伝う」
パトロールが話した。
「完全停止を行わずに、独立した検証を提供できます」
マッハのアイコンが明るくなった。
「あなたの判断力が向上したようで何よりです」
パトロールは答えた。
「感謝の言葉として受け取ります」
「ずいぶん前向きな解釈ですね」
キランは息を吐いた。
そしてクロスを見た。
「マッハは僕と一緒です」
クロスはうなずいた。
「その条件で調整しています」
キランは彼を見つめた。
そしてゆっくりとうなずいた。
「わかりました」
クロスはタブレットを閉じた。
「ですが、一つ理解していただきたいことがあります」
キランは眉をひそめた。
「何ですか?」
クロスはマッハを見た。
「偽造機を作った人物は、我々の当初の想定をはるかに超える技術を持っています」
ギアは険しい表情でうなずいた。
「それに、私の非公開設計データまで持ってる」
クロスが振り向いた。
「何ですって?」
ギアは改良されたクレードル接続部を表示した。
クロスの表情が険しくなった。
「それはまずいですね」
キランはため息をついた。
「今世紀最大の控えめな表現だね」
◇ ◇ ◇
その夕方――
工房はようやく静かになっていた。
アダムとパトロールは、ギアとともに盗まれた設計ファイルを分析していた。
レイモンドは入口付近の損傷を修理していた。
クロスは捜査本部へ戻っていた。
キランは大きな観察窓の近くで、一人座っていた。
外では太陽が沈み始めていた。
オレンジ色の光が街を照らしている。
マッハのアイコンが柔らかく輝いた。
「キラン」
キランは視線を落とした。
「うん?」
「一つ質問してもよろしいですか?」
キランは微笑んだ。
「いつから許可を取るようになったの?」
マッハは少し間を置いた。
「難しい質問になってしまったので」
キランの笑顔が薄れた。
「そっか」
マッハのアイコンが暗くなった。
「人工知能は、別のものに置き換えられると思いますか?」
キランは見つめた。
「え?」
マッハは続けた。
「もし別のシステムが、まったく同じ記憶、行動パターン、ニューラル構造を持っていたら……」
少し間を置く。
「私たちの違いには、まだ意味があるのでしょうか?」
キランは街へ目を向けた。
数秒間――
何も言わなかった。
そしてマッハを見た。
「僕からも一つ聞いていい?」
「もちろんです」
キランはかすかに微笑んだ。
「もし誰かが、もう一人の僕を作ったら……」
マッハのアイコンが傾いた。
「……はい?」
「同じ顔。同じ声。同じ記憶」
マッハは黙っていた。
「それって、僕が僕じゃなくなるってこと?」
マッハは少し間を置いた。
「いいえ」
キランはうなずいた。
「でしょ?」
マッハのアイコンがちらついた。
キランは続けた。
「そのもう一人の僕は、自分が本物だと思うかもしれない」
肩をすくめる。
「同じことを覚えてるかもしれない」
そして微笑んだ。
「でも、今ここで君と話してるのは、僕なんだ」
マッハは黙っていた。
キランは背もたれに体を預けた。
「僕には、それで十分だよ」
長い沈黙が続いた。
そしてマッハが話した。
「ありがとうございます、キラン」
キランは微笑んだ。
「どういたしまして、相棒」
しばらくの間――
二人は一緒に夕日を眺めていた。
そのとき――
ピッ。
キランは視線を落とした。
通知が表示されている。
プライベートメッセージ受信
眉をひそめた。
「マッハ?」
「はい?」
「何か送った?」
マッハのアイコンが傾いた。
「いいえ」
キランは見つめた。
メッセージが自動的に開いた。
こんにちは、キラン。
キランは凍りついた。
「え?」
マッハのアイコンが点滅した。
「不正な接続を検出しました」
次の一行が現れた。
僕がいなくて寂しかった?
キランの背筋が凍った。
「マッハ……」
画面がちらついた。
見慣れた紫色のヘルメットアイコンが消えた。
そして再び現れた。
キランはまばたきした。
「マッハ?」
「はい、キラン?」
何かがおかしい。
声は普通だった。
完璧に普通だった。
そのとき、最初のアイコンの隣に、もう一つの紫色のヘルメットが現れた。
キランは凍りついた。
二つの同じアイコン。
二つの同じ顔。
二つの同じ声。
最初のアイコンが話した。
「キラン、インターフェースを切断してください」
二つ目が割り込んだ。
「キラン、そいつの言うことを聞かないでください」
キランは見つめた。
「何……?」
最初のアイコンが点滅した。
「そちらがドッペルゲンガーです」
二つ目が即座に答えた。
「いいえ。そちらこそドッペルゲンガーです」
キランの心臓が激しく鼓動し始めた。
「マッハ?」
二人が同時に答えた。
「はい、キラン?」
沈黙。
二つのアイコンが互いを向いた。
そしてキランへ振り向く。
最初のアイコンが言った。
「私を信じてください」
二つ目が言った。
「私を信じてください」
キランは操縦装置を強く握った。
工房の照明がちらつく。
警告
ニューラルインターフェース競合
二重認証を検出
パイロットの入力が必要です
キランは二つの紫色のヘルメットを見つめた。
一方は友達。
もう一方は――
友達の存在をまとった何か。
そして、どちらもキランが選ぶのを待っていた。
そのとき、最初のアイコンが話した。
「キラン、お願いします」
二つ目が続いた。
「キラン、お願いします」
同じ声。
同じ必死さ。
すべてが同じだった。
キランは唾を飲み込んだ。
「ああ、スナット……」




