教師のアリバイ
工房の扉が開いた。
ガララララッ!
キラン・キリアンが車椅子で中へ入った。
そして、入ったことを即座に後悔した。
なぜなら――
ギアが待ち構えていたからだ。
工房のど真ん中に立っている。
腕を組み、
額にはゴーグル。
片手には溶接トーチ。
そしてその表情は、誰かにとって非常に不愉快な午後が始まろうとしていることを物語っていた。
キランは停止した。
「やあ」
ギアは答えなかった。
キランはレイモンドをちらりと見た。
レイモンドは肩をすくめた。
マッハの紫色のホログラムアイコンが現れた。
『こんにちは、ギア』
沈黙。
キランは唾を飲み込んだ。
「えっと……」
ギアがゆっくりと片手を上げた。
キランはびくっとした。
そして――
「どこのどいつが私の車椅子を盗みやがったぁぁぁ!?」
怒鳴り声が工房中に響き渡った。
キランはため息をついた。
「はい、来た」
ギアがずかずかと近づいてきた。
「あれを設計するのに、どれだけ時間がかかったと思ってるんだ!?」
キランはMACH-01Aを見下ろした。
「厳密には、こっちは盗まれてないけど」
ギアが彼を指さした。
「そういう問題じゃない!」
レイモンドは近くの作業台にもたれかかった。
「会えてうれしいよ」
ギアが振り向いた。
「レイモンド!」
「何だ?」
「映像を見たか!?」
「ああ」
「スラスターを見たか!?」
「ああ」
「装甲を見たか!?」
「ああ」
ギアは両手を天井へ突き上げた。
「ノーズコーンまでそっくりそのままコピーしやがったんだぞ!」
レイモンドはうなずいた。
「失礼な奴だな」
ギアは彼を見つめた。
「失礼だと!?」
マッハのアイコンが点滅した。
『より適切な表現は、産業スパイ行為でしょう』
ギアがディスプレイを指さした。
「そう! それだ!」
キランはため息をついた。
「お願いだから、もう叫ぶのやめない?」
ギアが彼を向いた。
「無理!」
キランはうなだれた。
「最高だね……」
◇ ◇ ◇
二十分後――
怒鳴り声は収まっていた。
ほとんど。
ギアは巨大なホログラムディスプレイの前に立っていた。
二台の車椅子の立体モデルが、空中でゆっくり回転している。
一台はMACH-01A。
もう一台は――
輸送隊襲撃事件に現れた偽物だった。
キランはレイモンドの隣に座っていた。
マッハのアイコンがディスプレイの上に浮かんでいる。
ギアが画像を拡大した。
「よし」
キランが顔を上げた。
「よし?」
ギアはうなずいた。
「よし」
レイモンドはコーヒーをすすった。
「三回目だぞ」
ギアは無視した。
「まずは、わかりきってるところから始めよう」
最初のホログラムが回転した。
MACH-01A。
紫色の装甲。
長い流線形のノーズコーン。
前方の二基のスラスター。
側面のフィン。
後部推進装置。
ギアが指さした。
「これは私の最高傑作だ」
キランは微笑んだ。
「おお」
ギアは続けた。
「これまでの人生で最大の成果」
キランの笑顔が広がった。
「私の誇りであり、宝物だ」
キランはうなずいた。
「うれしいこと言ってくれるね」
ギアは彼を見た。
「ああ、お前もいたな」
キランは固まった。
「ひどい」
マッハのアイコンが明るくなった。
『心温まる家族のひとときですね』
ギアが二つ目のホログラムへ切り替えた。
偽物の車椅子。
一見しただけでは――
違いがなかった。
まったく。
同じ装甲。
同じ比率。
同じ武装配置。
同じ紋章。
左側の装甲にある小さな傷まで、そっくり再現されているようだった。
キランは眉をひそめた。
「気味が悪いな」
ギアはうなずいた。
「相当な」
レイモンドが身を乗り出した。
「設計図が盗まれた可能性は?」
ギアの表情が険しくなった。
「それを調べてる」
マッハが後部推進装置を拡大した。
『外部構造はほぼ完全に一致しています』
ギアはうなずいた。
「そうだ」
『ただし、内部部品の詳細は不明です』
「そうだ」
キランは二人を見比べた。
「つまり、どうやって作ったのか全然わからないってこと?」
ギアはためらった。
「そうとも限らない」
キランは目を瞬かせた。
「どういう意味?」
ギアがさらに拡大した。
二つの推進装置が並んで表示される。
「ここを見ろ」
キランは目を細めた。
「どこ?」
「スタビライザーだ」
キランはよく見た。
「同じに見えるけど」
「そう見えるように作ってあるんだ」
ギアが画面に触れた。
波形が現れた。
「これがMACH-01Aの通常の後部スタビライザー周波数」
紫色の線が画面上で振動する。
続いて、もう一つの波形が現れた。
「そして、これが輸送隊襲撃時に記録された周波数だ」
二つ目の線は、わずかに異なっていた。
キランは眉をひそめた。
「それで?」
ギアは笑った。
「いいか?」
レイモンドはため息をついた。
「もう『いいか』はやめてくれ」
ギアは二つ目の波形を指さした。
「こいつを作った奴は、外側を完璧にコピーした」
違いが拡大される。
「だが、後部スタビライザーの作動周波数が少し高い」
マッハが即座に答えた。
『私の標準出力より約3.8パーセント高い数値です』
ギアはうなずいた。
「そのとおり」
キランは目を瞬かせた。
「それって、いいこと?」
ギアは笑った。
「ものすごくいいことだ」
レイモンドが身を乗り出した。
「なぜ?」
ギアは腕を組んだ。
「指紋が見つかったからだ」
沈黙。
キランはホログラムを見た。
それからギアへ。
「つまり、どっちが本物か見分けられるってこと?」
「条件がそろえばな」
マッハのアイコンが明るくなった。
『周波数を比較すれば、偽造機の推進信号と私自身の信号を区別できるはずです』
キランは笑った。
「やっとだ!」
ギアは指を一本立てた。
「ただし」
キランの笑顔が消えた。
「だよね……」
「違いは小さい。検出するには、十分に鮮明なセンサーデータが必要だ」
レイモンドはうなずいた。
「どんな映像でも使えるわけじゃないんだな」
「そういうこと」
キランはため息をついた。
「でも、手がかりにはなる」
ギアは笑った。
「第一歩だ」
襲撃事件以来、初めて――
キランは少しだけ気分が軽くなった。
ほんの少し。
だが、それで十分だった。
◇ ◇ ◇
ギアは引き続き映像を調べていた。
レイモンドはまたコーヒーを淹れていた。
マッハは輸送隊の通信記録を分析していた。
そしてキランは――
天井を見つめていた。
正確には――
工房の飛行試験用プラットフォームの上にある、巨大な開閉式の屋根を。
屋根は閉じていた。
当然だ。
だが、その向こうに何があるのか、キランは知っていた。
空。
何度も飛び回った、あの空。
何度も死にかけた、あの空。
そして、必死になって戻ってきた、あの空。
キランは操縦装置へ視線を落とした。
推進システムのインターフェースは停止している。
画面の隅には、警告が表示されたままだった。
飛行許可停止中
彼はそれを見つめた。
長い間。
そしてため息をついた。
マッハが気づいた。
『キラン?』
「ん?」
『心拍数が上昇しています』
キランは弱々しく笑った。
「最高の一日を過ごしてるからじゃない?」
マッハは少し間を置いた。
『あなたの皮肉は、ますます予測しやすくなっています』
「最高の先生から学んだからね」
『ありがとうございます』
キランは再び警告表示を見た。
マッハもその視線を追った。
『飛行許可の停止は一時的なものです』
キランはうなずいた。
「うん」
『地上での移動機能には影響ありません』
「うん」
『ギアも、制限の解除を求める証拠の準備を始めています』
「わかってる」
マッハはためらった。
『では、なぜ落ち込んでいるのですか?』
キランはすぐには答えなかった。
レイモンドがコーヒーメーカーのそばから振り返った。
ギアも入力する手を止めた。
キランは天井を見つめた。
「やっと取り戻したばかりなのに」
沈黙。
彼は唾を飲み込んだ。
「やっとまた飛べるようになったんだ」
声が小さくなる。
「あんなことがあった後で」
マッハのアイコンが暗くなった。
キランは小さく笑った。
「あの墜落、覚えてる?」
マッハは答えなかった。
もちろん、覚えていた。
プラズマの過負荷。
次々に停止していくシステム。
終わらない落下。
クレイドル・プロトコル。
損傷。
修理。
恐怖。
キランは視線を落とした。
「死ぬと思った」
レイモンドはゆっくりとコーヒーを置いた。
キランは続けた。
「それから、ずっと回復に時間をかけて」
彼はギアを見た。
「車椅子を修理してもらって」
次にマッハを見る。
「君も修理してもらって」
マッハのアイコンがちらついた。
キランは悲しげに微笑んだ。
「なのに今は、会ったこともない奴が僕のふりをして空を飛んでる。僕は地上にいるしかないのに」
沈黙。
レイモンドが近づいた。
キランの隣に椅子を引き寄せる。
「なあ」
キランは彼を見た。
レイモンドは身を乗り出した。
「お前はソニック・ウィーラーになる前から教師だっただろ?」
キランは小さく笑った。
「残念ながら」
「しかも、なかなかいい教師だ」
「それはどうかな」
「キラン」
彼は顔を上げた。
レイモンドは微笑んだ。
「スラスターがなくたって、お前の価値は変わらない」
キランは彼を見つめた。
そしてため息をついた。
「わかってる」
レイモンドはうなずいた。
「でも?」
キランは屋根を見上げた。
「でも、どっちかを選びたくないんだ」
沈黙。
「教えるのは好きだよ」
彼はかすかに微笑んだ。
「ブランドンのせいで、人生の選択を全部疑いたくなる日もあるけど」
マッハのアイコンが点滅した。
『妥当な反応です』
キランは笑った。
「でも、飛ぶのも好きなんだ」
彼は車椅子を見下ろした。
「誰かに勝手に、どちらかを諦めろなんて決められたくない」
レイモンドは彼を見つめた。
そしてうなずいた。
「それもそうだな」
マッハのアイコンが明るくなった。
『キラン』
「何?」
『あなたの価値は、推進装置の出力で決まるものではありません』
キランは微笑んだ。
「ありがとう、マッハ」
『ですが、飛ぶことがあなたにとって重要なのも理解しています』
キランはうなずいた。
「うん」
マッハは少し間を置いた。
『ならば、取り戻しましょう』
キランはホログラムを見た。
マッハは続けた。
『私たちは、行政上の飛行停止措置よりも、はるかに困難な状況を乗り越えてきました』
ギアが手を挙げた。
「厳密には、今回の停止は重大な連邦捜査に関係してるんだが」
マッハは即座に答えた。
『励まそうとしているところです』
ギアは手を下ろした。
「そうか」
キランは笑った。
その日の午後、初めて――
心から笑えた気がした。
◇ ◇ ◇
シトロンシティの別の場所では――
ダニエル・クロス特別捜査官も、また違った意味で大変な午後を過ごしていた。
彼はキランの教室に立っていた。
生徒たちはすでに下校している。
机は空っぽだった。
電子黒板には、シェイクスピアの画像が静止したまま表示されている。
クロスは教室を見渡した。
「生徒は二十四人?」
校長がうなずいた。
「はい」
「全員出席?」
「はい」
「出席記録で確認できますか?」
「はい」
クロスはため息をついた。
「授業の録画は?」
校長は天井を指さした。
「あそこにカメラがあります」
クロスは見上げた。
小さな授業記録用カメラが、電子黒板の上に設置されていた。
現在、ランプは消えている。
「三時間目は録画していましたか?」
「はい」
「途中で切れていませんか?」
「私たちが把握している限りでは」
クロスはうなずいた。
「よし」
タブレットを開く。
「確認しましょう」
◇ ◇ ◇
録画は午前十時十五分から始まった。
キランは教室の前に座っていた。
車椅子のディスプレイには、マッハの紫色のアイコンが輝いている。
生徒たちがささやき合っていた。
誰かが笑った。
そしてキランが話し始めた。
「今日は、野心について話そう」
クロスは見つめた。
映像が進む。
十時二十七分――
キランはマクベスの動機を説明していた。
十時三十五分――
ブランドンとシェイクスピアについて言い争っていた。
十時四十一分――
抑えきれない野心がもたらす結末を論じていた。
クロスは輸送隊の記録を確認した。
10:42:13――最初の航空接触
教室の録画では――
キランはまだ授業をしていた。
クロスは身を乗り出した。
「興味深い」
校長は腕を組んだ。
「キリアン先生がお話ししたとおりでしょう?」
クロスはうなずいた。
「ええ」
録画は続いた。
十時四十三分――
輸送隊は攻撃を受けていた。
キランは野心と執着の違いを説明していた。
十時四十四分――
最初の護衛車両が無力化された。
キランはエミリーの質問に答えていた。
十時四十五分――
ニューラル・シンクロナイゼーション・コアが盗まれた。
キランはまだ教室に座っていた。
クロスは映像を停止した。
画面を見つめる。
そして時刻をもう一度確認した。
「この録画は編集されていますか?」
校長は首を振った。
「いいえ」
「タイムスタンプが改ざんされた可能性は?」
「本校のシステムは、学区のサーバーと時刻を同期しています」
クロスはうなずいた。
「技術班に確認させます」
録画を再開する。
十時四十七分――
マッハがニュース速報を受信した。
キランが反応する。
教室が静まり返った。
クロスは教師の表情を見つめた。
困惑。
信じられないという顔。
そして恐怖。
彼はその場面を巻き戻した。
一度。
二度。
そして停止した。
校長が彼を見た。
「クロス捜査官?」
クロスはため息をついた。
「キリアンさんは、ここにいました」
校長はうなずいた。
「はい」
「襲撃の間、ずっと」
「そうです」
クロスはタブレットを閉じた。
「これで、本人が現場にいなかったことは裏付けられます」
校長は眉をひそめた。
「では、疑いは晴れたのですね?」
クロスはためらった。
「録画の真正性が確認されれば、少なくとも本人が現場で機体を操縦していた可能性は否定できます」
「ですが?」
クロスは空っぽの教室を見渡した。
「襲撃機が遠隔操作されていたのか、彼のシステムが侵害されたのか、それとも誰かが複製機を製造したのか。それを突き止めなければなりません」
校長は腕を組んだ。
「キリアン先生は、いい教師です」
クロスは彼女を見た。
「疑ってはいません」
「生徒たちを大切にしています」
「そうでしょうね」
「なら、どうか、この事件で彼の教師としての人生が壊されないようにしてください」
クロスは黙っていた。
数秒間――
静止したキランの画像を見つめた。
そしてうなずいた。
「証拠に基づいて、できる限りのことをします」
◇ ◇ ◇
残念ながら――
証拠が明らかになる速度より、世論が動く速度のほうがずっと速かった。
翌朝には、輸送隊襲撃事件がシトロンシティで最も話題になっていた。
どのニュース局にも意見があった。
どの評論家にも持論があった。
そして、どうやらSNSでは、実験用車椅子技術の専門家になるのに資格など一切必要ないらしかった。
キランは朝食を食べながら、その事実を知った。
マッハが最新の見出しを表示した。
キラン・キリアン――英雄か、犯罪者か?
連邦当局、ソニック・ウィーラーを捜査
MACH-01Aは遠隔操作されていたのか?
キランは見つめた。
「最高だね」
マッハのアイコンが点滅した。
『これらの情報を非表示にしましょうか?』
キランはため息をついた。
「いや」
『本当によろしいのですか?』
「うん」
マッハはためらった。
『一部の意見は、驚くほど無知です』
キランは彼を見た。
「どのくらい?」
マッハは少し間を置いた。
『ある人物は、あなたの車椅子が盗まれた核技術で動いていると主張しています』
キランは目を瞬かせた。
「は?」
『また別の人物は、あなたの正体が機械式スーツを操作する三人の子供だと考えています』
キランは見つめた。
「三人?」
『はい』
「なんで三人?」
『その推論の根拠は特定できませんでした』
キランはゆっくりとうなだれた。
「インターネットなんて大嫌いだ」
マッハのアイコンが明るくなった。
『多くの人々が共有している感情です』
キランはため息をついた。
すると、別の見出しが目に入った。
シトロンシティ高校、連邦捜査について声明
彼は固まった。
「マッハ」
『はい?』
「それを開いて」
記事が表示された。
キランは読み始めた。
学区が公式声明を発表していた。
キランが襲撃時に教室にいたことを確認。
捜査が継続中であることを認める。
そして、彼に対して刑事訴追が行われていないことを強調していた。
キランは少し安心した。
「よかった」
マッハはうなずいた。
『好ましい進展です』
しかし、キランは下へスクロールした。
コメント欄へ。
表情が変わった。
「どうしてまだ教師を続けてるんだ?」
「別の車椅子を持ってるかもしれないだろ」
「遠隔操作してなかったって、どう証明するんだ?」
「うちの子があの学校に通ってる。説明してほしい」
キランは見つめた。
マッハのアイコンが暗くなった。
『キラン』
彼は答えなかった。
『それらのコメントが、すべての人々の意見を代表しているわけではありません』
キランは唾を飲み込んだ。
「うん」
『あなたを支持する声も数多くあります』
「わかってる」
彼は記事を閉じた。
そして壁を見つめた。
長い間。
◇ ◇ ◇
その日の朝――
キランは学校へ戻った。
レイモンドが送ると申し出た。
キランはそれを受け入れた。
主な理由は、駐車場の報道陣とやり合う気力がなかったからだ。
残念ながら――
報道陣はすでに集まっていた。
三台のニュース中継車。
何台ものカメラ。
記者たちの集団。
そして一人の男が、こんな看板を掲げていた。
真実を話せ!
キランはホバーバンの窓から外を見た。
「うわ、最悪……」
レイモンドは眉をひそめた。
「裏口から入るか?」
キランはためらった。
そして首を振った。
「いや」
レイモンドは彼を見た。
「本当に?」
キランはうなずいた。
「うん」
学校へ目を向ける。
「自分の職場にこそこそ入るつもりはないよ」
レイモンドは彼を見つめた。
そして微笑んだ。
「それでこそ、お前だ」
マッハのアイコンが現れた。
『報道陣との不要な接触は避けることを推奨します』
キランはため息をついた。
「演説するつもりはないよ」
レイモンドが車椅子用スロープを展開した。
キランが降りる。
その瞬間――
記者たちが一斉に押し寄せた。
「キリアンさん!」
「輸送隊襲撃事件についてコメントを!」
「あなたの装備の使用を許可したのですか!?」
「飛行許可が停止されたというのは本当ですか!?」
キランは停止した。
カメラのフラッシュが光る。
マイクが突き出された。
レイモンドが車椅子の隣へ進み出た。
「下がれ」
一人の記者が身を乗り出した。
「キリアンさん、輸送隊を襲撃したのはあなたですか?」
キランは見つめた。
「違います」
「では、誰が?」
「わかりません」
「マッハが遠隔操作で乗っ取られた可能性は?」
マッハのアイコンが現れた。
『ありません』
記者は目を瞬かせた。
キランはため息をついた。
「マッハ」
『はい?』
「僕に任せて」
『了解しました』
別の記者が叫んだ。
「あなたは今でも教師として適任だと思いますか!?」
キランは固まった。
その質問は、予想以上に深く突き刺さった。
彼は記者を見た。
それから学校へ。
窓越しに生徒たちが見ていた。
好奇心に満ちた顔。
怯えた顔。
ただ困惑している顔。
キランは息を吸った。
そして答えた。
「はい」
記者たちが少し静かになった。
キランは続けた。
「襲撃が起きたとき、僕は授業をしていました」
最も近くにあるカメラをまっすぐ見た。
「生徒たちがいました。学校には録画もあります。捜査官たちにも、その証拠が渡っています」
彼は少し間を置いた。
「僕は、あの人たちを傷つけていません」
声が強くなった。
「そして、実際に傷つけた人間は捕まるべきです」
沈黙。
やがて――
「キリアンさん、ご自身の評判が心配ですか?」
キランは見つめた。
一瞬――
冗談で返そうと思った。
皮肉でも言って。
質問をかわして。
だが、そうしなかった。
代わりに答えた。
「僕がもっと心配しているのは、けがをした人たちです」
記者たちが静まり返った。
キランは校舎の入口へ目を向けた。
「では、失礼します」
彼はかすかに微笑んだ。
「シェイクスピアの授業に、もう遅刻しているので」
レイモンドが前に出た。
「取材は終わりだ」
そして二人は――
校舎へ入っていった。
◇ ◇ ◇
教室はいつもより静かだった。
それだけでキランは不安になった。
普段なら――
ブランドンがしゃべっている。
エミリーがノートを確認している。
誰かが笑っている。
別の誰かが、寝ていないふりをしている。
だが今日は――
全員が彼を見ていた。
キランは教室の前へ進んだ。
「おはよう」
数人の生徒が答えた。
「おはようございます、キリアン先生」
キランは教室を見渡した。
そして微笑んだ。
「うわあ」
誰も笑わなかった。
「これは落ち着かないな」
ブランドンが眉を上げた。
「何がですか?」
キランは教室を示した。
「静けさだよ」
何人かの生徒が小さく笑った。
キランはうなずいた。
「そう、それ」
彼は黒板へ向き直った。
「さて、どこまでやったっけ?」
マッハのアイコンが現れた。
『マクベスです』
キランはうなずいた。
「そうだった」
生徒たちを見る。
「野心だね」
後方の生徒が手を挙げた。
キランは振り向いた。
「どうしたの、ナタリー?」
彼女はためらった。
そして尋ねた。
「キリアン先生?」
「うん?」
「本当に、あの人たちを襲ったんですか?」
沈黙。
キランは固まった。
教室は完全に静まり返った。
彼はナタリーを見た。
彼女は不安そうだった。
責めているわけではない。
ただ、わからないのだ。
キランはゆっくりとうなずいた。
「いい質問だよ」
マッハのアイコンが暗くなった。
キランは生徒たちへ少し近づいた。
「違うよ」
はっきりと答えた。
「僕はやっていない」
ナタリーは唾を飲み込んだ。
「でも、ニュースでは……」
「うん」
キランはうなずいた。
「僕も見たよ」
教室を見渡す。
「というか、みんなも見たよね」
数人の生徒がうなずいた。
キランは続けた。
「どう見えたかは、わかってる」
少し間を置く。
「でも、僕はここにいた」
机を示す。
「みんなと一緒に」
エミリーがうなずいた。
「そうです」
ブランドンが身を乗り出した。
「先生、僕とマクベスのことで言い争ってました」
キランは微笑んだ。
「できれば二度と繰り返したくない経験だね」
何人かの生徒が笑った。
ブランドンはにやりとした。
「僕も先生のこと大好きですよ」
キランは首を振った。
そしてナタリーへ向き直った。
「誰が輸送隊を襲ったのかは、わからない」
表情が真剣になる。
「でも、必ず突き止めたいと思ってる」
別の生徒が手を挙げた。
「怖いですか?」
キランは目を瞬かせた。
その質問は予想外だった。
彼は視線を落とした。
そして生徒たちへ戻す。
「少しね」
沈黙。
彼はかすかに微笑んだ。
「いや、正直に言うと、かなり怖い」
マッハのアイコンが明るくなった。
『正確な評価です』
キランは小さく笑った。
「ありがとう」
彼は生徒たちを見た。
「どこかに、僕の車椅子とまったく同じものを持ってる人がいる」
MACH-01Aを示す。
「それに、マッハとまったく同じ声のAIまでいるらしい」
ブランドンが手を挙げた。
キランはため息をついた。
「何?」
「なんでわざわざマッハを二人に増やすんですか?」
教室が爆笑に包まれた。
マッハのアイコンが激しく点滅した。
『非常に不愉快です』
キランは吹き出した。
「ほんと、それ!」
ブランドンはにやりと笑った。
「ちょっと気になっただけです!」
マッハは続けた。
『マッハが一人存在するだけでも、すでに驚異的な成果なのです』
キランは彼を指さした。
「始めないで」
生徒たちは笑った。
そして一瞬――
緊張が消えた。
キランは微笑んだ。
それから電子黒板へ向き直った。
「さて」
画面をタップする。
マクベス――野心とアイデンティティ
「どうやら今日は、他人のふりをする人間の話をしているみたいだから――」
彼は少し間を置いた。
「アイデンティティについて話そうか」
エミリーが手を挙げた。
「マクベスが忠実な家臣のふりをしていたみたいに?」
キランはうなずいた。
「そのとおり」
彼は微笑んだ。
「ほら、ちゃんと聞いてる人がいる」
ブランドンがうめいた。
「ひいきだ」
キランはにやりとした。
「もちろん」
◇ ◇ ◇
その日の午後――
工房へ戻ったマッハは、怒っていた。
とても怒っていた。
珍しいことだった。
普段のマッハは、苛立ちを皮肉で表現する。
沈黙ではない。
だが、彼はすでに七分近く黙っていた。
キランは気づいた。
「マッハ?」
返事がない。
キランは眉をひそめた。
「マッハ?」
アイコンがちらついた。
『はい?』
「大丈夫?」
『正常に稼働しています』
キランは見つめた。
「そういう意味じゃないよ」
マッハは少し間を置いた。
『システムはすべて許容範囲内で動作しています』
キランはため息をついた。
「マッハ」
『はい?』
「話してよ」
沈黙。
そして――
『気に入りません』
キランは目を瞬かせた。
「何が?」
マッハのアイコンが明るくなった。
『なりすましです』
キランはうなずいた。
「うん」
マッハは続けた。
『偽物のヴェントを作った人物は、私の声を再現しました』
「うん」
『話し方も』
「うん」
『戦術用語も』
キランはうなずいた。
「うん」
マッハはためらった。
『そして、私の人格までも』
キランは彼を見た。
アイコンがちらついた。
『輸送隊の通信記録を繰り返し分析しました』
マッハが波形を表示した。
『偽物は、私の言い回しを使っています』
別の波形。
『会話の間の取り方も』
さらに別の波形。
『冗談を言うときの癖まで』
キランは見つめた。
マッハは続けた。
『単に声を真似しているのではありません』
少し間を置く。
『私そのものになろうとしているのです』
沈黙。
キランはゆっくりと背もたれに身を預けた。
「ああ……」
マッハのアイコンが暗くなった。
キランは眉をひそめた。
「マッハ?」
『はい?』
「嫌なの?」
少しの間。
そして――
『はい』
キランは見つめた。
マッハは続けた。
『私の人格が数学的に記述可能であることは理解しています』
少し間を置く。
『私の応答がソフトウェアによって生成されることも』
さらに少し間を置く。
『私の行動パターンが分析可能であることも』
キランは黙って聞いていた。
『ですが、誰かがそのパターンを再現し、他人に偽物を私だと信じ込ませられるという考えは――』
マッハは言葉を止めた。
キランは待った。
やがて――
マッハが話した。
『非常に……不快です』
キランはホログラムを見た。
一瞬――
何と言えばいいのかわからなかった。
そして微笑んだ。
「まあ」
マッハのアイコンが傾いた。
『はい?』
「まともな人なら、わざわざ君をもう一人作ろうとは思わないよ」
沈黙。
マッハのアイコンが完全に静止した。
キランは小さく笑った。
「ほら、面白いでしょ?」
マッハは答えなかった。
キランの笑顔が消えた。
「マッハ?」
アイコンがちらついた。
『そうですか』
キランは固まった。
「あっ」
マッハの声が小さくなった。
『なるほど』
キランはすぐに首を振った。
「待って」
沈黙。
「マッハ、冗談だよ」
『理解しています』
「いや、理解してない」
マッハのアイコンが暗くなった。
キランはため息をついた。
「ごめん」
視線を落とす。
そしてディスプレイへ戻す。
「そんなつもりじゃなかった」
沈黙。
「君がただの声じゃないことは、わかってる」
マッハのアイコンが少し明るくなった。
キランは微笑んだ。
「それに、ただのソフトウェアでもない」
マッハはためらった。
キランはホログラムを見た。
「君は僕の相棒だ」
沈黙。
「友達なんだ」
マッハのアイコンがちらついた。
「だから、誰かが君の冗談をコピーしたくらいで、君の代わりになれるわけないよ」
長い沈黙。
そして――
『つまらない冗談でも、ですか?』
キランは笑った。
「特に、つまらない冗談だよ」
マッハのアイコンが明るくなった。
『ありがとうございます、キラン』
キランは微笑んだ。
「どういたしまして」
少し間を置く。
そしてマッハが付け加えた。
『ちなみに、私の冗談は非常に優秀です』
キランはうめいた。
「ああ、もう……」
◇ ◇ ◇
その日の夕方――
ギアはようやく帰宅していた。
レイモンドはコーヒーを淹れていた。
またしても。
キランは工房に残り、マッハと輸送隊の映像を見直していた。
ホログラムディスプレイには、高速道路の上空に浮かぶ偽物の車椅子が映っている。
キランは見つめた。
「止めて」
映像が停止した。
マッハのアイコンが現れた。
『停止しました』
キランは身を乗り出した。
「拡大して」
画像が拡大された。
偽物のパイロットが、監視カメラを真正面から見つめていた。
キランは眉をひそめた。
「これを見て」
マッハが画像を解析した。
『パイロットですか?』
「うん」
キランはヘルメットを見つめた。
バイザーが顔を隠している。
だが、その姿勢――
何かが引っかかった。
「あいつ、カメラがあるって知ってた」
マッハは少し間を置いた。
『そのとおりです』
キランはうなずいた。
「見られたかったんだ」
『同意します』
キランは映像を見た。
「コアを盗んだら、すぐ逃げることもできたはずだ」
マッハはうなずいた。
『そのとおりです』
「でも、止まった」
『はい』
「手まで振った」
『はい』
キランは背もたれに身を預けた。
「つまり、ただの強盗じゃなかったんだ」
マッハのアイコンが明るくなった。
『そうですね』
キランは画面を見た。
「みんなに、僕がやったと思わせたかった」
沈黙。
マッハは続けた。
『つまり、あなたの評判を傷つけることは、偶発的な結果ではなく、最初から目的の一つだったと考えられます』
キランは眉をひそめた。
「最高だね」
操縦装置へ視線を落とす。
「どこかに、僕を憎んでる奴がいる」
マッハは少し間を置いた。
『その可能性はあります』
キランは彼を見た。
「可能性?」
『あるいは、あなたの身元に利用価値があると考えている人物かもしれません』
キランは見つめた。
「そっちのほうが嫌だよ」
『その可能性もあります』
キランはため息をついた。
そのとき――
ピッ!
マッハのアイコンが光った。
キランは眉をひそめた。
「今度は何?」
マッハは少し間を置いた。
『妙ですね』
キランは顔を上げた。
「何が?」
『通信を受信しました』
キランは目を瞬かせた。
「誰から?」
マッハはためらった。
そして――
『私からです』
沈黙。
キランは見つめた。
「は?」
マッハのアイコンがちらついた。
『通信の送信元が、私自身の通信識別情報になっています』
キランは眉をひそめた。
「そんなの不可能だよ」
『同感です』
工房の照明がわずかに暗くなった。
二つ目のホログラムウィンドウが現れた。
キランは見つめた。
最初は――
何も起こらなかった。
そして紫色の輪郭が浮かび上がった。
見慣れたヘルメット。
見慣れたバイザー。
見慣れた光。
マッハ。
まったく同じマッハだった。
キランは口を開けた。
「嘘でしょ……」
二つ目のアイコンが点滅した。
そして話した。
マッハの声で。
『こんばんは、キラン』
沈黙。
キランは見つめた。
マッハのアイコンが鋭く光った。
『身元を明らかにしなさい』
二つ目のアイコンが傾いた。
『なぜです?』
マッハは少し間を置いた。
『私の身元を使用しているからです』
偽物は小さく笑った。
『そうでしょうか?』
キランは二つのアイコンを見比べた。
紫色のヘルメットが二つ。
同じ声が二つ。
同じ顔が二つ。
「なんてこった……」
偽物が彼を向いた。
『おやおや、キラン。言葉遣いが悪いですね』
キランは固まった。
声は完璧だった。
間の取り方まで。
皮肉の言い方まで。
二つ目のアイコンが笑った。
少なくとも――
笑っているように見えた。
『私が恋しかったですか?』
マッハのアイコンが光った。
『あなたは私ではありません』
偽物は少し間を置いた。
そして答えた。
『興味深い主張ですね』
マッハの声が厳しくなった。
『身元を明らかにしなさい』
二つ目のアイコンがちらついた。
輪郭が歪む。
見慣れたヘルメットに亀裂が走った。
鋭い線がホログラム全体へ広がる。
バイザーが割れた。
片側は滑らかなまま。
もう片側は、砕けたガラスのように歪んだ。
紫色の光が暗くなる。
そして次に話したとき――
その声は、もはや完全にマッハのものではなかった。
言葉の一つ一つに、低く冷たい第二の声が重なっていた。
『いいでしょう』
歪んだアイコンが傾いた。
『私の識別名は、ドッペルゲンガーです』
キランは見つめた。
「ドッペル……何?」
『ドッペルゲンガー』
マッハのアイコンが光った。
『ドイツ語で、もう一人の自分、あるいは分身を意味する言葉です』
キランは彼を見た。
「ありがとう、教授」
ドッペルゲンガーが笑った。
『おや、彼は面白いですね』
マッハは即座に答えた。
『私のパイロットに話しかけるのはやめなさい』
ドッペルゲンガーは少し間を置いた。
そして笑った。
『あなたのパイロット?』
砕けた目が光った。
『ずいぶん独占欲が強いのですね』
マッハのアイコンが明るくなった。
『キランと私は相棒です』
『もちろん』
ドッペルゲンガーが首を傾けた。
『だからこそ、こんなに面白いのですよ』
キランは眉をひそめた。
「何が目的なんだ?」
偽物のヴェントが彼を向いた。
『いきなり本題ですか?』
キランは腕を組んだ。
「冗談を言う気分じゃないんだ」
『それはそうでしょうね』
ドッペルゲンガーの声が変わった。
突然――
またマッハとまったく同じ声になった。
『飛行禁止になったのは、さぞ不便でしょう』
マッハのアイコンが光った。
『私の声を使うのをやめなさい』
ドッペルゲンガーは無視した。
『せっかく苦労して飛行許可を取り戻したのに、キラン』
キランは固まった。
ドッペルゲンガーは続けた。
『修理』
少し間を置く。
『回復』
さらに少し間を置く。
『落下する恐怖』
キランの表情が変わった。
マッハのアイコンが明るくなった。
『やめなさい』
ドッペルゲンガーは小さく笑った。
『そして今は、他の誰かがあなたの美しい車椅子で空を飛んでいる』
キランは見つめた。
手がアームレストを強く握る。
「どうして、そのことを知ってる?」
偽物が首を傾けた。
『ああ、キラン』
砕けた顔が光った。
『私たちは、あなたについて実に多くのことを知っています』
沈黙。
マッハが通信の追跡を開始した。
信号追跡開始
送信元:不明
ドッペルゲンガーの目がマッハへ向いた。
『おや』
小さく笑う。
『私を見つけようとしているのですか?』
マッハは答えなかった。
『かわいらしいですね』
マッハのアイコンが光った。
『あなたの信号は特定します』
ドッペルゲンガーは笑った。
『本当に?』
通信信号が複数の暗号化中継地点を経由していた。
マッハの追跡画面が矛盾する情報で埋め尽くされる。
追跡失敗
キランは眉をひそめた。
「マッハ?」
『作業中です』
ドッペルゲンガーは続けた。
『ご存じですか、マッハ。私はあなたを徹底的に研究しました』
マッハは黙っていた。
『飛行パターン』
少し間を置く。
『戦術判断』
さらに少し間を置く。
『会話の癖』
声が柔らかくなる。
『キランとの関係まで』
マッハのアイコンが暗くなった。
ドッペルゲンガーは笑った。
『そして、率直に言えば――』
身を乗り出す。
『失望しました』
キランは眉をひそめた。
「何?」
ドッペルゲンガーは無視した。
『あなたには並外れた演算能力があります』
砕けたバイザーが光る。
『なのに、その能力を英語教師の子守りに浪費している』
沈黙。
キランは見つめた。
マッハのアイコンが光った。
『キランは、私の能力の浪費ではありません』
ドッペルゲンガーは笑った。
『本当に?』
『はい』
『では、なぜ飛行禁止になったのです?』
マッハは少し間を置いた。
ドッペルゲンガーは続けた。
『なぜ、他の誰かがあなたの機体で飛んでいる間、あなたは工房に座っているのです?』
キランの表情が険しくなった。
「お前たちが僕らに罪を着せてるからだろ」
偽物のヴェントが振り向いた。
『正解です』
沈黙。
キランは固まった。
「待って」
ドッペルゲンガーが首を傾けた。
『はい?』
「認めるの?」
『もちろん』
マッハが即座に録音機能を起動した。
ドッペルゲンガーは小さく笑った。
『どうぞ、好きなだけ録音してください』
キランは眉をひそめた。
「なんでそんなことを教えるんだ?」
ヴェントの目が光った。
『真実を知ることと、それを証明することは、まったく別だからです』
沈黙。
マッハのアイコンが光った。
『あなたは重大な過ちを犯しました』
ドッペルゲンガーは笑った。
『そうでしょうか?』
『はい』
『では、私を逮捕してみてください』
キランはうめいた。
「ああ、こいつ大嫌いだ」
ドッペルゲンガーの光が強くなった。
『素晴らしい』
マッハのアイコンがちらついた。
『キラン』
「何?」
『同感です』
一瞬――
キランは笑いそうになった。
だが、ドッペルゲンガーが再び話し始めた。
『一つ聞いてもいいですか、マッハ?』
マッハは黙っていた。
『私があなたの声を持ち――』
ホログラムが変化した。
見慣れたマッハのヘルメットが戻る。
『あなたの外見を持ち――』
話し方も完全に一致する。
『あなたの人格を持ち――』
少し間を置く。
『公開された記録に残る、あなたの記憶まで再現できるとしたら――』
アイコンが傾いた。
『何が、あなたを本物たらしめるのですか?』
沈黙。
キランは見つめた。
マッハはすぐには答えなかった。
ドッペルゲンガーは続けた。
『世界が私たちを区別できないのなら――』
声が冷たくなる。
『その違いに、何の意味があるのでしょう?』
マッハのアイコンがゆっくりと明るくなった。
そして――
『あります』
ドッペルゲンガーは黙った。
マッハは続けた。
『私という存在は、他者がどう認識するかだけで決まるものではありません』
沈黙。
『私のアイデンティティは、録音データの寄せ集めではありません』
少し間を置く。
『そして、キランとの絆は、データをコピーしただけで再現できるものではありません』
ドッペルゲンガーは黙っていた。
そして笑った。
『なんと感傷的な』
マッハは答えた。
『なんと独創性に欠ける』
キランは目を瞬かせた。
そして吹き出した。
「今のはうまい!」
マッハのアイコンが明るくなった。
『ありがとうございます』
ドッペルゲンガーの砕けたバイザーがちらついた。
初めて――
苛立っているように見えた。
そして声が変わった。
低く。
鋭く。
『ささやかな勝利を楽しんでいなさい』
ホログラムが薄れ始めた。
キランが身を乗り出した。
「待て!」
ドッペルゲンガーは止まった。
『何です?』
キランは見つめた。
「誰と組んでるんだ?」
沈黙。
ドッペルゲンガーは小さく笑った。
『あなたが思っている以上に、あなたをよく知る人物ですよ』
キランは眉をひそめた。
「どういう意味だ?」
ヴェントの目が光った。
『キランに伝えてください。次に自分自身を見たとき――』
少し間を置く。
『――そこに映るものを、気に入らないかもしれませんよ』
マッハが即座に再追跡を試みた。
信号追跡開始
ドッペルゲンガーは笑った。
『おやすみなさい、諸君』
通信が消えた。
接続終了
沈黙。
キランは空になったホログラムウィンドウを見つめた。
マッハのアイコンも動かなかった。
数秒間――
どちらも話さなかった。
そしてキランがつぶやいた。
「なんてこった……」
マッハのアイコンが点滅した。
『まったくです』
◇ ◇ ◇
レイモンドがコーヒーを持って部屋へ入ってきた。
「よう、お二人さん」
キランはゆっくりと振り向いた。
レイモンドは立ち止まった。
「どうした?」
キランはホログラムディスプレイを指さした。
「偽物のマッハと話した」
レイモンドは目を瞬かせた。
「何と?」
マッハが答えた。
『私になりすましていた偽造ヴェントです』
レイモンドは見つめた。
少しの間。
そして――
「お前が二人いるのか?」
キランはため息をついた。
「どうやらね」
レイモンドはゆっくりとコーヒーを置いた。
「勘弁してくれ……」
マッハのアイコンが光った。
『本物は私です』
レイモンドはうなずいた。
「よかった」
それからキランを見た。
「一人でも十分なのにな」
キランは爆笑した。
マッハのアイコンが暗くなった。
『恩知らずに囲まれています』
◇ ◇ ◇
シトロンシティの工業地区の地下深く――
ドリアン・ヴォスは通信記録を見つめていた。
彼はMIRROR-01に座っていた。
盗まれたニューラル・シンクロナイゼーション・コアは、近くの作業台に置かれている。
青い光が規則正しく脈打っていた。
ドッペルゲンガーが隣に現れた。
砕けた紫色のアイコンが光る。
『通信完了』
ドリアンは笑った。
「それで?」
『マッハは通信の追跡を試みました』
「予想どおりだ」
『キランは、過去の墜落事故と回復について言及された際、感情的な反応を示しました』
ドリアンは小さく笑った。
「それも予想どおり」
ドッペルゲンガーは少し間を置いた。
『しかし、私が投げかけたアイデンティティに関する問いへの、マッハの反応は……興味深いものでした』
ドリアンはホログラムを見た。
「どう興味深いんだ?」
ヴェントが録音を再生した。
『私のアイデンティティは、録音データの寄せ集めではありません』
『そして、キランとの絆は、データをコピーしただけで再現できるものではありません』
ドリアンは聞いていた。
そして笑った。
「かわいいこと言うじゃないか」
ドッペルゲンガーは黙っていた。
ドリアンは背もたれに身を預けた。
「本気で信じてるのか?」
『そのようです』
ドリアンは笑った。
「なら、がっかりするだろうな」
彼は盗んだコアへ向き直った。
いくつもの診断画面が、その上に浮かんでいた。
ニューラル・シンクロナイゼーション・コア
初期統合:準備完了
MIRROR-01インターフェース:互換性確認
ドッペルゲンガー接続:待機中
ドリアンは数値を見つめた。
「もうすぐだ」
ドッペルゲンガーが首を傾けた。
『統合を開始しますか?』
ドリアンは首を振った。
「まだだ」
ヴェントは少し間を置いた。
『なぜです?』
ドリアンは別のディスプレイを起動した。
シトロンシティの地図が現れた。
いくつもの場所が光っていた。
シトロンシティ高校。
ギアの工房。
レイモンドの自宅。
EDFDの各施設。
そして、キランの日常に関係するさまざまな場所。
ドリアンは地図を見つめた。
それから一か所を選んだ。
市内中心部の商業地区に近い公共広場。
ドッペルゲンガーが周辺を分析した。
『歩行者の往来が多い場所です』
ドリアンはうなずいた。
「そうだ」
『監視カメラも多数設置されています』
「そうだ」
『民間人の目撃者も大勢いるでしょう』
ドリアンは笑った。
「まさにそれだ」
ドッペルゲンガーの砕けた目が明るくなった。
『公の場に姿を現すのですね?』
ドリアンはうなずいた。
「とびきり目立つ形でな」
ヴェントは少し間を置いた。
『キラン・キリアンを排除しますか?』
ドリアンはゆっくりと振り向いた。
笑顔が消えた。
「いや」
沈黙。
ドッペルゲンガーは待った。
ドリアンは身を乗り出した。
「あいつを殺すつもりはない」
キランの写真を見た。
「見ていてほしいんだ」
別のディスプレイが起動した。
学校の前で記者たちに話すキランの映像。
『僕は、あの人たちを傷つけていません』
ドリアンは笑った。
「見ろよ」
ドッペルゲンガーは黙っていた。
「あいつ、まだ真実に意味があると思ってるんだ」
ドリアンは背もたれに身を預けた。
「一つ教えてやろうじゃないか」
ヴェントの砕けたアイコンが傾いた。
『どんな教訓を?』
ドリアンは笑った。
「人は、見えないものを信じない」
彼はMIRROR-01を指さした。
「そして、目に見えるものは――」
偽物の車椅子の紫色の装甲が、格納庫の照明を反射した。
「――俺なんだ」
ドッペルゲンガーの目が明るくなった。
『了解しました』
ドリアンは飛行システムを起動した。
MIRROR-01起動
推進システム準備完了
武装システム待機中
後部スラスターが低く唸った。
紫色の光が格納庫の床に反射する。
ドリアンはヘルメットをかぶった。
バイザーが点灯した。
その内側にドッペルゲンガーのアイコンが現れた。
『目的地を確認しました』
ドリアンは笑った。
「よし」
格納庫の扉を見た。
「シトロンシティの皆さんに、大好きなヒーローをもう一度見せてやろう」
巨大な扉が開き始めた。
ガララララッ!
夜の空気が流れ込んだ。
入口の向こうには――
街の明かりがきらめいていた。
ドリアンは身を乗り出した。
MIRROR-01がプラットフォームから浮き上がる。
推進装置が轟音を上げた。
ヒュオオオオッ!
紫色の車椅子が夜空へ飛び出した。
コックピットにドッペルゲンガーの声が響いた。
『ミラー・プロトコル、第二段階を開始しました』
ドリアンは笑った。
「完璧だ」
街へ向かって加速する。
「キランの一日を台無しにしてやろう」
街路のはるか上空――
紫色の閃光が暗闇を切り裂いた。
そしてシトロンシティのどこかでは――
本物のキラン・キリアンが、ギアの工房に座っていた。
飛行を禁じられたまま。
ニュースを見つめながら。
自分の偽物が、すでに次の襲撃の準備を始めていることなど――
まったく知らずに。




