失われた記憶
病院から戻る道中は静かだった。
静かすぎるほどに。
誰も――
何を言えばいいのかわからなかった。
スザンヌは自宅へ戻った。
レイモンドは書類の処理をしている。
そしてキランはマッハの隣に座りながら、損傷したコアを調べ続けるギアを見守っていた。
何時間も経っていた。
診断結果に改善はない。
ギアの機嫌も――
良くなってはいなかった。
それはかなり珍しいことだった。
なぜなら。
ギアは普段から不機嫌そうな顔をしている。
でも今は――
心配そうだった。
キランは不機嫌なギアのほうが好きだった。
不機嫌なら――
いつも通り。
心配しているということは。
何かがおかしい。
とても――
おかしい。
「ちゃんと話して」
ギアはため息をついた。
「話してるだろ」
「違う。避けてる」
メカニックは呻いた。
残念ながら――
キランは間違っていなかった。
またしても。
腹立たしいほど――
よくあることだった。
「損傷が複雑なんだ」
「どのくらい複雑?」
ギアはいくつかのホログラム画面を拡大した。
記憶領域が表示される。
緑色の部分。
黄色の部分。
そして――
赤。
いくつもの領域が完全に破損していた。
読み取り不能。
消失。
失われている。
キランの胃が締めつけられた。
「直せる?」
ギアは躊躇した。
その一瞬の躊躇が――
答えだった。
「一部は」
キランの表情が変わる。
「一部?」
ギアは頷いた。
「コアが緊急バックアップを作ってた」
「それはいいことだよね」
「そのバックアップの一部も壊れてる」
「それは悪いことだよね」
「かなりな」
マッハが首を傾げた。
『わかりやすい説明をありがとうございます』
「どういたしまして」
ヴェントは少し間を置いた。
そして――
眉をひそめる。
『……たぶん』
全員の視線がマッハへ向いた。
「たぶん?」
マッハは困惑していた。
『いえ……』
少し間が空く。
『わかりません』
部屋が静まり返った。
また。
なぜなら。
それは――
マッハらしい答えではなかったから。
キランは近づいた。
「どうした?」
マッハが彼を見る。
『わかりません』
「何が起きたかわからないってこと?」
『はい』
ヴェントはさらに眉をひそめた。
まるで。
存在しない記憶を――
無理やり引きずり出そうとするように。
『知っているはずなんです』
『そこに何かがあるはずだということは、わかるんです』
『でも……思い出そうとすると……』
言葉が止まる。
『……何もありません』
その言葉が――
空気の中に残った。
重く。
居心地が悪く。
そして――
現実として。
ギアはスキャンを続けた。
探す。
調べる。
損傷した記憶アーカイブの奥深くまで――
潜っていく。
その時。
小さな領域が表示された。
**一部復元。**
ギアは即座に画面を拡大する。
「待て」
全員が顔を上げた。
ほんの小さなデータの断片が再生された。
記憶。
古い。
とても――
古い記憶。
ギアのワークショップで笑っている幼いキラン。
マッハが初めて起動した日。
二人が――
出会った日。
映像はほんの数秒しか続かなかった。
そして。
途切れた。
残りを――
破損したデータが飲み込んでいた。
マッハは映像を見つめた。
何も言わずに。
数秒間。
そして――
微笑んだ。
『覚えています』
キランも笑った。
「よかった」
『あなたと出会った日のことは覚えています』
部屋中に――
安堵が広がった。
残っているものがある。
消えなかったものがある。
生き残った記憶がある。
でも。
その安堵は――
長くは続かなかった。
別の復元データが現れた。
そして。
また一つ。
さらに一つ。
正常に再生できるものもあった。
できないものもあった。
何年分もの記憶が――
ほとんど完全に残っている場所もあった。
その一方で。
穴だらけになっている場所もある。
失われた会話。
失われた瞬間。
失われた経験。
まるで――
パズルのピースを誰かが抜き取って。
風の中へばら撒いてしまったかのように。
キランは流れていく診断結果を見つめた。
胸が締めつけられる。
なぜなら。
欠けている一つ一つが――
記憶だった。
一つの瞬間。
一つの人生の一部。
一つの友情の一部。
それが――
消えていた。
「取り戻せる?」
その質問は――
小さな声で漏れた。
ギアはすぐには答えなかった。
答えられなかったから。
正直には。
完全には。
やがて――
「……たぶん」
キランは頷いた。
前と同じ答え。
たぶん。
「はい」ではない。
「いいえ」でもない。
ただ――
「たぶん」。
マッハは最後にもう一度、損傷した記憶領域を見た。
そして。
画面を閉じる。
『でしたら……やることは一つしかありませんね』
キランが眉を上げた。
「何?」
ヴェントが笑った。
見慣れた――
あの笑顔。
それを見ただけで。
キランは少しだけ――
安心できた。
『新しい思い出を作りましょう』
沈黙。
そして――
キランが笑った。
ギアも微笑んだ。
ちょうどワークショップへ戻ってきたレイモンドさえ――
呆れたように首を振った。
なぜなら。
何もかもが変わってしまった後でも。
その言葉だけは――
間違いなく。
いつものマッハだった。




