↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
26/228

許可

しばらく――

誰も口を開かなかった。

病室の窓の向こうでは、街の明かりが輝いている。

空には――

朝の気配が少しずつ現れ始めていた。

金色の朝日が、遠くの屋根を照らしていく。

新しい一日。

新たな始まり。

いつものキランなら――

きっとその景色を眺めていただろう。

でも今日は。

ほとんど目に入らなかった。

彼の意識は――

母親だけに向けられていた。

なぜなら。

彼女の答えは重要だったから。

誰の答えよりも。

ギアより。

レイモンドより。

自分自身よりも――

ずっと。

スザンヌは自分の手を見つめた。

考えている。

思い返している。

そして――

決めようとしていた。

今、自分は母親として話すべきなのか。

それとも――

息子を理解する一人の人間として話すべきなのか。

残念ながら。

その二つが――

いつも同じ答えになるとは限らなかった。

「私は……嫌よ」

その言葉は静かだった。

正直で。

迷いがない。

キランは頷いた。

「わかってる」

「何もかも嫌」

「うん」

「あなた……死ぬところだったのよ」

病室が静まり返った。

それについては――

返す言葉がなかった。

本当に。

キランにも反論できない。

言い訳もできない。

違ったことにすることもできない。

彼は――

本当に死にかけた。

スザンヌはゆっくり息を吐いた。

そして。

息子をまっすぐ見る。

「それでも……続けるつもりなのね」

質問ではなかった。

キランは頷いた。

「うん」

躊躇はない。

迷いもない。

疑いもない。

ただ――

確信だけがあった。

スザンヌは悲しそうに微笑んだ。

親だけが浮かべるような――

そんな笑顔。

答えを聞く前から。

もうわかってしまっている時の笑顔。

現実と戦うことをやめた時の笑顔。

そうしたかったからではない。

そうするしか――

なかったから。

「昔から頑固だったものね」

キランは笑った。

「ギアにも言われるよ」

「あなたたち二人とも手に負えないもの」

ギアが即座に不満そうな顔をした。

「ちょっと待て。俺は――」

「いいえ」

「……はい」

レイモンドまで笑った。

張りつめていた空気が――

ようやく少しだけ和らいだ。

そして。

スザンヌは身を乗り出した。

優しく。

キランの肩へ手を置く。

「もし本当にやるつもりなら……」

キランは息を止めた。

「……正しいやり方でやりなさい」

キランの目が見開かれた。

病室が静まり返る。

とても――

静かに。

誰も。

そんな答えを予想していなかった。

キラン自身でさえ。

いや。

キランこそ――

一番予想していなかった。

「それって……」

スザンヌは頷いた。

「あの二人の正体を暴くつもりなら……」

その表情が厳しくなる。

「……あなたが正しいということを、ちゃんと確かめなさい」

その言葉は――

これまで彼女が言ったどんな言葉よりも強く響いた。

なぜなら。

本当に大切なのは――

そこだったから。

勇気ではない。

決意でもない。

責任。

真実。

証拠。

「誰かを怪物だと告発するなら……」

スザンヌの視線は息子から離れない。

「……本当にその人が怪物なのか、確信を持ってからにしなさい」

キランはゆっくりと頷いた。

「わかった」

倉庫での出来事以来――

初めて。

キランは少しだけ肩の荷が下りたように感じた。

嬉しいわけではない。

安心したわけでもない。

ただ――

少しだけ。

軽くなった。

なぜなら。

ようやくわかったから。

母親は――

理解してくれた。

完全ではないかもしれない。

すべてを理解したわけでもないかもしれない。

それでも。

十分だった。

息子を信じるには。

挑戦することを許すには。

そして今のキランにとって――

それは何よりも大きな意味を持っていた。

部屋の反対側では。

マッハが珍しく静かにしていた。

とても珍しい。

むしろ――

怪しいほどに。

普段のヴェントなら。

どんな会話にも最低三つくらいは口を挟む。

大抵は皮肉。

大抵は余計。

そして大抵――

その両方。

でも今日は。

何もない。

キランはすぐに気づいた。

「マッハ?」

ヴェントが瞬きをする。

ゆっくりと。

『……はい?』

「静かだな」

『現在、回復中ですので』

「そういう意味じゃない」

マッハは目を逸らした。

普段なら――

まずしない仕草。

だからこそ。

余計に気になった。

損傷したヴェントは診断ディスプレイへ視線を向ける。

画面の一部が――

今も赤く表示されていた。

破損。

欠損。

消失。

マッハは何時間も――

そこを見続けていた。

誰も見ていない時に。

誰にも気づかれていないと思っている時に。

残念ながら――

キランは気づいていた。

「どうした?」

ヴェントが躊躇する。

マッハにしては――

珍しい。

そして。

ようやく答えた。

『何かを……失ったような気がします』

病室が再び静かになった。

恐怖ではない。

パニックでもない。

ただ――

心配。

「どういう意味?」

マッハは破損した領域を見る。

失われた記憶の部分を。

そして――

キランへ視線を戻した。

『空白があります』

声が小さくなる。

『本来なら、そこに何かがあるはずだとわかるんです』

少し間を置く。

『でも……何もない』

キランの胃が締めつけられた。

突然――

問題が現実になった。

診断結果ではない。

パーセンテージでもない。

コンピュータ上のデータでもない。

現実。

「どんな記憶?」

マッハは目を閉じた。

探す。

思い出そうとする。

必死に。

そして――

失敗する。

『……わかりません』

その答えは。

なぜか――

何よりも恐ろしかった。

もし何を失ったのかわかっていれば。

取り戻せるかもしれない。

修復できるかもしれない。

でも。

失ったものが何なのかさえ――

思い出せないのなら。

どうやって。

何が消えたのかを知ればいい?

目を覚ましてから初めて――

キランは再び恐怖を感じた。

ホイーラーズに対してではない。

オーガニゼーションに対してでもない。

未来に対してでもない。

忘れてしまうことに――

恐怖を感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。