扉の向こうにいた者
ノックは三回だった。
一回目は静かに。
二回目は少し強く。
そして三回目は、まるで中にいる人物が逃げ出す時間を計っているかのように、ゆっくりと。
エヴリン・マーサーはノートパソコンの画面を見つめていた。
プロジェクト・エコーミラー
オブザーバー・ゼロ――元の認証モデル
彼女は急いでファイルを閉じた。
廊下から男の声が聞こえた。
「マーサー博士。中にいることはわかっています」
エヴリンは返事をしなかった。
机の上には、数か月分の記録が積まれていた。
手書きのメモ。
印刷された設計図。
認証履歴の写し。
そして、彼女が何度も読み返した一枚の文書。
参加者の拒否:上書き不可
彼女はそれを手に取った。
廊下の男が続けた。
「話し合うだけです」
エヴリンは小さく笑った。
乾いた、喜びのない笑いだった。
「それなら、どうして名前を名乗らないの?」
沈黙。
それから――
「博士。ドアを開けてください」
エヴリンは答えなかった。
代わりに、ノートパソコンから小さな記憶媒体を取り外した。
それを封筒に入れる。
封筒には、すでに名前が書かれていた。
ダニエルへ
彼女は一瞬ためらった。
そして、その下に一行追加した。
今度こそ、正しいことをして。
◇ ◇ ◇
シトロンシティ警察本部では、マーラ・エリソンが三杯目のコーヒーを飲んでいた。
正確には四杯目だった。
だが三杯目ということにしておきたかった。
彼女は証拠ボードを見つめていた。
EM-07
エヴリン・マーサー博士
現在の所在:不明
エコーミラーとの関連:確認された記録あり
拒否保護機能の変更への関与:未確定
机の上で電話が鳴った。
マーラは受話器を取った。
「エリソンです」
「刑事さん、ダニエル・マーサーです」
彼女は姿勢を正した。
「マーサーさん」
「姉のことで、もう一つ思い出したことがあります」
「聞かせて」
ダニエルはためらった。
「姉はノースブリッジを辞めたあと、ある場所を使っていました」
マーラはペンを手に取った。
「どこ?」
「古い研究員用の宿泊施設です。市の北側にあります」
「住所は?」
ダニエルが答えた。
マーラは書き留めた。
「そこにいると思う?」
「わかりません。でも、姉は昔から、誰にも邪魔されずに考えたいとき、あそこへ行っていました」
「最後に連絡を取ったのは?」
「停電の夜です」
マーラは少し黙った。
「そのとき何を話したの?」
ダニエルの声が沈んだ。
「姉は、何かを止めなければならないと言っていました」
◇ ◇ ◇
ギアの工房では、キラン・キリアンが非常に重要な仕事をしていた。
待つことだ。
本人にとっては、ほとんど拷問だった。
MACH-01Aは整備用フレームに固定されていた。
改良された推進装置マウントは、前段階の構造試験を通過していた。
だが、追加の高サイクル疲労試験と詳細点検が残っていた。
電気系統の確認も必要だった。
アクチュエーターの応答試験も。
緊急安定化機能の検証も。
そして、統合システム試験。
つまり――
まだ飛べない。
まったく。
一ミリも。
キランはため息をついた。
ギアが顔を上げた。
「何だ?」
「何でもない」
「そのため息は何でもない人間のため息じゃない」
「じゃあ、何のため息?」
「飛びたい人間のため息」
キランは目を細めた。
「お前、俺の心が読めるのか?」
ギアはにやりと笑った。
「いや。お前の顔に書いてある」
マッハの紫色のアイコンが、キランの仮設電動車椅子のディスプレイに現れた。
「正確には、あなたは過去二十分間に七回、MACH-01Aを見つめながらため息をついています」
キランは画面を見た。
「数えてたの?」
「はい」
「ほかにやることないの?」
「あなたの忍耐力を観察することは、現在の状況において非常に有益です」
ギアが吹き出した。
キランは天井を見上げた。
「俺はどうして、こんな連中に囲まれているんだろう」
レイモンドがコーヒーを持って通りかかった。
「自分で選んだんだろ」
「それが一番腹立つ!」
◇ ◇ ◇
警察の捜査員たちは、ダニエルから聞いた建物の前に到着した。
古い三階建ての施設だった。
外壁は色あせていた。
窓のいくつかにはカーテンが掛かっていた。
駐車場には車が二台。
一台は長い間動かされていないようだった。
もう一台は比較的新しかった。
マーラは現場責任者から報告を受けた。
「建物の管理者とは連絡が取れました」
「入居者は?」
「一室について、契約名義が確認できました」
「誰?」
責任者は書類を見た。
「エヴリン・マーサー」
マーラの表情が引き締まった。
「現在も有効な契約?」
「はい」
「中にいるかどうかは?」
「未確認です」
マーラは建物を見上げた。
「安全確認を優先して。本人に接触できたら、まず保護が必要か確認して」
責任者はうなずいた。
「了解です」
マーラは続けた。
「それから、ここはまだ犯罪現場と確定していない。勝手に決めつけないこと」
「はい」
彼女は玄関を見つめた。
エヴリン・マーサー。
ようやく名前がわかった女性。
だが、名前がわかることと、その人が何をしたか知ることは、まったく違う。
◇ ◇ ◇
二階の廊下は静まり返っていた。
警察官がエヴリンの部屋の前に立った。
ドアは閉まっていた。
室内から物音はしない。
警察官がノックした。
「マーサー博士。シトロンシティ警察です」
返事はなかった。
もう一度。
「安全確認のために来ました。お話できますか?」
沈黙。
マーラはドアの下を見た。
わずかな光。
そして、紙の端。
彼女は眉をひそめた。
「待って」
警察官が振り向いた。
「何です?」
マーラは床を指さした。
ドアの下から、白い封筒が半分だけ突き出ていた。
封筒には手書きの文字があった。
ダニエルへ
マーラはそれを見つめた。
そして小さく言った。
「ここにいたのね」
◇ ◇ ◇
数分後、管理者から提供された情報と現場の状況を確認したうえで、捜査員たちは緊急性の有無を慎重に評価していた。
そのとき――
廊下の奥から声がした。
「警察の方ですか?」
マーラが振り向いた。
年配の男性が立っていた。
建物の管理人だった。
「何か見ましたか?」
男性はうなずいた。
「昨夜、あの部屋に男が来ていました」
マーラの表情が変わった。
「どんな男?」
「背が高くて、黒っぽい上着を着ていました」
「名前は?」
「わかりません」
「顔は?」
「よく見えませんでした」
「何時ごろ?」
男性は考えた。
「夜の十時を少し過ぎたころです」
マーラはメモを取った。
「その男は部屋に入った?」
「わかりません。でも、ドアの前で話していました」
「声は聞こえました?」
男性はうなずいた。
「少しだけ」
マーラは身を乗り出した。
「何と言っていました?」
男性は眉をひそめた。
「確か……『もう時間がない』とか」
マーラは動きを止めた。
「それだけ?」
「あと……『記録を渡せ』とも言っていた気がします」
廊下が静まり返った。
マーラはドアを見た。
そして無線機を手に取った。
「昨夜の出入りを確認して。建物のカメラと周辺の映像も保全して」
◇ ◇ ◇
そのころ、ルクソン博士の研究室では、エリアス・レンが古い設計図を調べていた。
エックスレイのアイコンがモニターに表示されていた。
「イーストリッジ公共設備別館に関する設計資料を照合しています」
ルクソンは腕を組んだ。
「何かわかったか?」
エリアスはうなずいた。
「少し」
彼は図面を拡大した。
第二調整ノード――予備設計
目的:主要拠点の通信喪失時におけるセッション状態の保持
実装状況:未確認
ルクソンは眉をひそめた。
「ホローポイントが切り離されても、処理が続く可能性があるわけか」
「設計上は、そうです」
エックスレイが補足した。
「ただし、この資料は配備や稼働の証拠ではありません」
エリアスはうなずいた。
「だから現地確認が必要なんです」
ルクソンは椅子に座った。
「警察は?」
「令状に基づく確認を進めています」
「鍵は?」
「まだ使っていません」
ルクソンは安心したように息を吐いた。
「よかった」
エリアスは画面を見た。
「でも、もう一つ問題があります」
ルクソンは顔を上げた。
「何だ?」
エリアスは図面の一部を指さした。
冗長化制御:管理者承認
監督者例外:有効化可能
認証参照:EM-07
ルクソンの表情が硬くなった。
「またその識別子か」
エリアスはうなずいた。
「はい」
◇ ◇ ◇
ギアの工房では、高サイクル疲労試験が続いていた。
機械が低い音を立てていた。
モニター上の数値は安定していた。
キランは目を離さなかった。
試験進捗:63%
応力分布:許容範囲内
変位:安定
ナサニエルが測定値を確認した。
「順調です」
ギアはにやりと笑った。
「当然だ!」
レイモンドがコーヒーを飲んだ。
「まだ終わってないぞ」
「わかってる!」
数分後。
試験進捗:78%
キランは小さく笑った。
「前回より先に進んだな」
ナサニエルはうなずいた。
「はい」
ギアは画面を見つめた。
「頼むぞ……」
さらに数分。
試験進捗:89%
キランの表情が引き締まった。
以前の試験では、92%で問題が発見された。
彼はその数字を覚えていた。
あまりにもよく。
90%
91%
工房が静まり返った。
92%
誰も何も言わなかった。
93%
キランの目が大きくなった。
94%
ギアは拳を握りしめた。
95%
ナサニエルは慎重に測定値を確認した。
96%
レイモンドがコーヒーを置いた。
97%
98%
99%
そして――
100%
機械が停止した。
キランは息を吐いた。
「やった……」
ギアは両手を突き上げた。
「スナァァァット!」
ナサニエルは微笑んだ。
「試験サイクルは完了しました」
キランは笑った。
「合格?」
ナサニエルは手を上げた。
「まだです。試験後の詳細点検が必要です」
キランは一瞬固まった。
それからうなずいた。
「そうだよな」
マッハが言った。
「慎重な判断です」
キランはアイコンを見た。
「わかってる」
少し間が空いた。
「でも、今のはすごかった」
「同感です」
◇ ◇ ◇
警察はエヴリン・マーサーの部屋について、適法な立ち入りの根拠と手続きを確認したうえで内部を調べた。
部屋は空だった。
だが、誰かが最近まで使っていたことは明らかだった。
机の上にはノートパソコンが置かれていた。
電源は切られていた。
無線通信機能も無効になっていた。
紙の資料が積まれていた。
飲みかけの水。
椅子の上の上着。
そして、開いたままのノート。
マーラは部屋を見渡した。
「争った形跡は?」
鑑識担当者は首を振った。
「現時点では確認できません」
「本人の所在は?」
「不明です」
「ノートパソコンには触れないで。状態を記録してから専門チームに引き継いで」
「了解です」
マーラは机の上の写真を見た。
若い男女がノースブリッジの前で笑っていた。
ダニエル。
そしてエヴリン。
彼女はしばらく写真を見つめた。
その横には、手書きのメモがあった。
私は命令を出していない。
でも、止めることもできなかった。
マーラは目を細めた。
そして、その下の一文を読んだ。
あの人は私の認証を使った。
◇ ◇ ◇
「刑事」
鑑識担当者が声をかけた。
マーラは振り向いた。
「何?」
「別のメモがあります」
彼は机の端を指さした。
紙には、三つの識別子が書かれていた。
A. KESSLER
EM-07
CD-PRIORITY-01
その下には矢印があった。
技術承認
↓
第二認証
↓
経営幹部指令
マーラは眉をひそめた。
「これは……」
担当者はうなずいた。
「認証の流れを整理したものかもしれません」
「誰が書いたかは?」
「筆跡を確認する必要があります」
マーラは紙を見た。
「この順番が正しければ、ケスラーの署名だけでは変更できなかったことになる」
「可能性はあります」
「EM-07も必要だった?」
「そのように読めますが、技術仕様と照合しないと断定できません」
マーラはうなずいた。
「なら照合して」
彼女はもう一度メモを見た。
CD-PRIORITY-01
経営幹部の認証。
最後の指令。
その正体はいまだ不明だった。
◇ ◇ ◇
エレナ・モリスは、警察から新しい情報を聞いたあと、しばらく考え込んでいた。
彼女は自分の意思で、追加の声明を出すことにした。
レイチェルは隣にいた。
エレナはタブレットに入力した。
「私の名前を使った人を見つけてほしい」
少し間が空いた。
「でも、私の人生を捜査の道具にしないでほしい」
マーラはうなずいた。
「もちろんよ」
エレナは続けた。
「私は証拠ではあるかもしれない」
そして一文追加した。
「でも、私は人間でもある」
マーラは静かに答えた。
「そのとおりよ」
エレナは少し笑った。
「それと、私の名前を使った人には言いたいことがある」
マーラは顔を上げた。
「何?」
エレナは入力した。
「自分の言葉を使いなさい」
レイチェルが吹き出した。
マーラも思わず笑った。
「それはいいわね」
エレナは満足そうにうなずいた。
◇ ◇ ◇
その夜、ホローポイントの監視室では、中央モニターが再びちらついていた。
外部通信経路は制限されたままだった。
新たな接続は確認されていなかった。
システムの表示内容は、依然として信頼できる情報源とは見なされていなかった。
だが――
画面に文字が現れた。
プロジェクト・シナプス
コンティニュイティ・アンカー
オブザーバー・ゼロ
同期率:83%
少し間が空いた。
EM-07
第二認証:確認
次に――
主要承認:A.ケスラー
経営幹部指令:CD-PRIORITY-01
カーソルが点滅した。
参加者の拒否:確認済み
継続指令:有効
新しい文章が現れた。
彼女は止めようとした。
少し間が空いた。
彼は続けるよう命じた。
さらに――
だが、最後の鍵を回したのは誰か?
画面が暗くなった。
◇ ◇ ◇
警察本部では、マーラがエヴリンの部屋から押収された記録を確認していた。
ノートパソコンの内容は、まだ鑑識処理中だった。
だが、紙のメモだけでも重要な手がかりになっていた。
彼女はダニエルに連絡した。
「マーサーさん」
「はい」
「お姉さんの部屋を確認したわ」
ダニエルは息をのんだ。
「姉は?」
「まだ見つかっていない」
沈黙。
マーラは続けた。
「部屋には、あなた宛ての封筒があった」
ダニエルの声が震えた。
「僕に?」
「ええ」
「中身は?」
「まだ適切な手続きのもとで確認中よ。あなた宛てであることは記録してある」
ダニエルはしばらく黙っていた。
それから――
「刑事さん」
「何?」
「姉は悪い人じゃありません」
マーラは静かに答えた。
「まだ何が起きたのか調べているところよ」
「でも、姉は……」
彼の声が途切れた。
「姉は、いつも人を助けようとしていたんです」
マーラは少し間を置いた。
「それなら、その事実もきちんと調べるわ」
◇ ◇ ◇
ギアの工房では、MACH-01Aの試験後点検が続いていた。
ナサニエルは取り付け部分を調べていた。
ギアは固定具を確認していた。
キランは静かに見守っていた。
珍しく。
非常に珍しく。
レイモンドが彼を見た。
「今日は静かだな」
キランは笑った。
「集中してるんだ」
マッハが言った。
「彼は現在、結果が発表されるまで質問を控えるという自己課題に取り組んでいます」
ギアが顔を上げた。
「マジか?」
キランはうなずいた。
「うん」
ギアは目を細めた。
「何分もつと思う?」
レイモンドは時計を見た。
「三分」
マッハが答えた。
「私の予測では二分四十秒です」
キランは画面をにらんだ。
「おい!」
ギアが笑った。
「ほら、もうしゃべった!」
キランはうめいた。
「ずるい!」
◇ ◇ ◇
点検が終わった。
ナサニエルは結果を確認した。
そして笑った。
「よし」
キランは顔を上げた。
「よし?」
ギアはにやりと笑った。
「よし!」
ナサニエルはうなずいた。
「今回の高サイクル疲労試験と、その後の点検は合格です」
数秒間、誰も動かなかった。
そして――
「スナァァァァァット!」
ギアが叫んだ。
キランは笑った。
レイモンドは拍手した。
マッハのアイコンが明るく輝いた。
「素晴らしい結果です」
キランはMACH-01Aを見た。
胸が熱くなった。
「本当に?」
ナサニエルはうなずいた。
「本当に」
キランはゆっくり笑った。
「戻ってこられるんだな」
マッハが答えた。
「まだ複数の安全試験が残っています」
キランはうなずいた。
「わかってる」
少し間が空いた。
「でも、戻ってこられるかもしれない」
マッハは静かに答えた。
「その可能性は、以前より確かに高くなっています」
◇ ◇ ◇
その夜遅く、マーラは一人で証拠ボードの前に立っていた。
エヴリン・マーサー。
エイドリアン・ケスラー。
アメリア・ヴォス。
CD-PRIORITY-01。
そして、姿を消した研究者の部屋から見つかったメモ。
私は命令を出していない。
でも、止めることもできなかった。
マーラはその言葉を見つめた。
エヴリンが本当に止めようとしていたのなら――
誰が彼女を止めたのか?
ケスラーか?
アメリアか?
それとも、まだ名前の出ていない誰かか?
彼女は机の上の電話を見た。
そしてダニエルから聞いた言葉を思い出した。
姉は、何かを止めなければならないと言っていました。
マーラは小さく息を吐いた。
「だったら、あなたが止めようとしたものを見つけるわ」
◇ ◇ ◇
街の外れ。
窓のない部屋で、エヴリン・マーサーは椅子に座っていた。
両手は自由だった。
だが、ドアには鍵が掛かっていた。
部屋の隅には小さな監視カメラがあった。
彼女の前にはテーブル。
その向こうに、一人の男が座っていた。
顔は影に隠れていた。
男は静かに言った。
「警察があなたの部屋を見つけました」
エヴリンは何も答えなかった。
「記録も」
彼女は男を見つめた。
「もう終わりよ」
男は小さく笑った。
「終わり?」
「そう」
エヴリンの声は震えていた。
だが、言葉は明瞭だった。
「あなたたちが何をしたか、いずれわかる」
男は椅子にもたれた。
「誰が信じると思う?」
エヴリンは答えなかった。
男は続けた。
「あなたの認証が使われた。あなたの名前が記録に残っている」
彼女の表情が硬くなった。
「あなたが使ったのよ」
男は肩をすくめた。
「証明できるかな?」
エヴリンは彼をにらんだ。
「あなたは人間の声を奪った」
男は黙っていた。
彼女は続けた。
「本人が『ノー』と言ったのに、あなたは『イエス』を作り出した」
男はゆっくり身を乗り出した。
「私たちは可能性を広げただけだ」
エヴリンは首を振った。
「違う」
彼女の声が強くなった。
「あなたたちは、同意を邪魔なものとして扱ったのよ」
男はしばらく彼女を見つめた。
そして静かに言った。
「まだ理解していないようだね」
エヴリンは眉をひそめた。
「何を?」
男は立ち上がった。
ドアへ向かった。
そして振り返った。
「オブザーバー・ゼロは、もう単なる監督プログラムではない」
エヴリンは凍りついた。
男は続けた。
「私たちは、あれに会話を終わらせない方法を教えた」
少し間が空いた。
「そして今――」
彼はドアノブに手をかけた。
「誰も、あれを終わらせる方法を知らない」
ドアが開いた。
男は廊下へ出た。
そして鍵を掛けた。
エヴリンは一人残された。
しばらく、動かなかった。
やがて彼女は天井の監視カメラを見上げた。
そして小さく言った。
「それなら……」
彼女は目を閉じた。
「もう一度、教え直すしかないわね」




