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街を越えて広がる感染

土曜日――午前6時42分

街に明かりが戻り始めていた。

本来なら、それは喜ばしい知らせのはずだった。

シトロンシティの各地では、電力会社の作業員たちが早朝から復旧作業を続け、夜の大半を暗闇の中で過ごした住宅街に、再び電気を送り届けていた。信号機は見慣れた動作を再開し、集合住宅では電気設備が再び動き始め、疲れ切った住民たちが被害状況を確かめようと家の外へ出てきていた。

多くの人々にとって、今回の停電は単なる不便な出来事にすぎなかった。

傷んでしまった食料品。

行けなくなった予定。

冷房のない、ひどく寝苦しい夜。

しかし、ほかの人々にとって、その影響ははるかに深刻だった。

救急隊員たちは何時間にもわたり、エレベーターに閉じ込められた人々を救助し、生命維持に欠かせない機器への安定した電力供給を失った患者を搬送し、予備電源が故障した建物の安全確認を行っていた。

シトロンシティ総合病院では、救急部門が依然として警戒態勢を維持していた。

そして四階では、イヴリン・カーターという女性が、自分でも説明できない異変を経験し始めていた。

最初に異変が現れたのは、指だった。

ぴくり。

無視できるほど小さな動きだった。

イヴリンは通信設備の作業端末のそばに立ち、紙コップのコーヒーを飲みながら、夜間に発生した障害の報告書を確認していた。

彼女は二十九歳で、病院の通信技術者として六年近く働いていた。

機器の故障には慣れていた。

途切れた接続の復旧方法も知っていた。

そして、市全域を巻き込む停電というものが、転職を真剣に考えるには十分すぎる理由になることも知っていた。

「もう二度とごめんだわ」

彼女はつぶやいた。

同僚のマーカス・ベルが顔を向けた。

「前のネットワーク障害のときも同じこと言ってたよな」

「あれとは違うの」

「どこが?」

「あれは真夜中に起きなかったでしょ」

マーカスは微笑んだ。

「それもそうだな」

イヴリンは再び端末に向き直った。

診断報告によると、病院の緊急通信ネットワークは主系統への切り替えを正常に完了していた。

ほとんどの機器は問題なく動作していた。

しかし、一台の端末だけが、不規則な接続要求を報告し続けていた。

彼女は眉をひそめた。

「変ね……」

マーカスが近づいた。

「何が?」

「第四端末が、身元不明の外部アドレスに何度も接続しようとしてる」

「停電前の接続が残ってるだけじゃないか?」

「かもね」

彼女は診断概要を開いた。

その端末は、すでに病院の主要ネットワークから隔離されていた。

それは安心できることだった。

安心できなかったのは、外部との接続が一切ないにもかかわらず、端末が接続要求を生成し続けていることだった。

イヴリンは画面を見つめた。

「うん。これは絶対におかしいわ」

右手の人差し指がぴくりと動いた。

彼女は気にしなかった。

しかし、もう一度動いた。

マーカスが気づいた。

「大丈夫か?」

「ええ」

彼女は手を開いたり閉じたりした。

「コーヒーの飲みすぎかも」

「何杯飲んだんだ?」

「医学実験の対象になれそうなくらい」

マーカスは笑った。

イヴリンも微笑んだ。

その直後、右手全体が突然跳ねた。

コーヒーカップが指から滑り落ちた。

バシャッ!

熱いコーヒーが床に飛び散った。

「うわっ!」

マーカスは後ずさった。

イヴリンは自分の手を見つめた。

「何よ、これ……」

指が動いていた。

震えているのではなかった。

痙攣しているのでもなかった。

動いていた。

一本の指が曲がった。

次に別の指。

そして親指が手のひらに押しつけられた。

動きはゆっくりだった。

意図を持っているかのようだった。

まるで、見えないキーボードを打っているように。

マーカスの笑みが消えた。

「イヴリン?」

彼女は指をまっすぐ伸ばそうとした。

しかし、指は言うことを聞かなかった。

呼吸が速くなった。

「マーカス……」

彼は近づいた。

「どうした?」

イヴリンは彼を見た。

「手が……止まらないの」

◇ ◇ ◇

ルクソン生物医学研究所――午前7時03分

ドクター・ルクソンは一睡もしていなかった。

窓から差し込む淡い朝日が研究室を照らしていたが、部屋の様子は、まるで何日も人が泊まり込んでいたかのようだった。

研究論文が机を覆っていた。

空になったコーヒーカップが三つ、コンピューター端末の横に並んでいた。

皿の上には、半分ほど食べかけのサンドイッチが残されていた。

そしてメインディスプレイには、ノーラン・ピアースの最新の神経学的観察記録が表示されていた。

その内容は、今もルクソンを悩ませていた。

ノーランは一晩中、医療スタッフの監視下に置かれていた。

容体は安定していた。

しかし、症状は安定していなかった。

声は断続的に聞こえ続けていた。

遠く離れた場所で交わされている会話を説明することもあった。

知っているはずのない技術的な指示の一部を繰り返すこともあった。

そして何より不気味だったのは、彼がマッハの名前を口にしたことだった。

確認できた記録による限り、ノーランの耳に届く場所で、誰もその名前を口にしていなかった。

ルクソンは、まだ通常の説明がつく可能性を排除していなかった。

誰かが開いた通信回線で、その名前を口にしたのかもしれない。

ノーランは無意識のうちに聞いていて、それを覚えていなかっただけかもしれない。

研究所の記録に不備があった可能性もある。

あらゆる可能性を調べる必要があった。

それでも、その偶然の一致は不気味だった。

ルクソンは目をこすった。

「一つずつ片づけよう……」

助手が入ってきた。

「先生?」

彼は顔を上げた。

「何ですか?」

「シトロンシティ総合病院から、緊急の相談依頼が来ています」

ルクソンは姿勢を正した。

「何について?」

「神経学的な症状です」

彼の表情が変わった。

「続けてください」

「通信技術者の女性が、故障した端末の近くで作業中に、突然、自分の意思とは無関係な身体の動きを経験したそうです」

ルクソンはゆっくりとコーヒーカップを置いた。

「何か異常なものに曝露した可能性は?」

「初期報告によると、停電中に病院の緊急通信システムを扱っていたそうです」

ルクソンは助手を見つめた。

「彼女は研究別棟の近くに行ったことがありますか?」

「ありません」

「ノーラン・ピアースとの接触は?」

「報告されていません」

彼は椅子から立ち上がった。

「臨床概要を送ってください。担当医には、監視記録を保存し、症状が発生した時刻を詳しく記録するよう依頼してください」

助手はうなずいた。

「緊急対応責任者にも知らせますか?」

「はい」

ルクソンはディスプレイを見た。

「直ちに」

◇ ◇ ◇

キランの自宅――午前7時16分

キランの睡眠時間は、およそ三時間だった。

マッハは数えていた。

正確に。

「三時間十一分です」とAIが告げた。

キランはうめいた。

「君もおはよう」

「睡眠時間が不足しています」

「ありがとう、ドクター・マッハ」

「私は医師ではありません」

「そうは思えないけどね」

キランはキッチンテーブルのそばで仮の電動車椅子に座り、朝の介助が終わるのを待っていた。

停電によって朝の生活のいくつかの部分が複雑になっていたが、必要不可欠な機器は正常に動作し、家庭で準備していた予備電源の対策も機能していた。

そのことには感謝していた。

しかし、ニュースについては、あまり感謝する気になれなかった。

電力が復旧したことで再び映るようになった小型テレビには、交通渋滞、緊急修理作業、疲れ切った住民たちへのインタビューが流れていた。

画面には見出しが表示されていた。

【シトロンシティ、原因不明の大規模停電から復旧へ】

キランは、市営電力調整センターの外に立つ記者を見つめた。

『当局は、昨夜発生した広範囲の停電について、現時点で原因を特定していません。捜査当局は複数の制御システムで報告された不正操作の疑いを調べていますが、最近発生した純化協定事件との関連は確認されていません』

キランはため息をついた。

「少なくとも、何でもかんでもヴォスのせいにはしてないね」

マッハのアイコンが現れた。

「そのような結論には根拠がありません」

「そのとおり」

記者は続けた。

『一方、市内の医療機関では、関連性が確認されていない複数の緊急事案を受け、警戒態勢が続いています』

キランは眉をひそめた。

「関連性がない?」

マッハは少し間を置いた。

「その分類は時期尚早かもしれません」

「だよね」

キランはそばにある小さな診断ウィンドウを見た。

臨時調査チームの安全な通信回線は引き続き利用可能だったが、マッハは外部機能を制限していた。

通知が現れた。

【新着メッセージ】

【ドクター・ルクソン】

キランは身を乗り出した。

「もう?」

マッハのアイコンが明るくなった。

「読み上げましょうか?」

「お願い」

マッハはメッセージを表示した。

【神経デジタル異常が疑われる二人目の患者を確認】

【患者と研究別棟との既知の接点なし】

【緊急相談を要請】

キランは見つめた。

「いやはや……」

マッハは黙っていた。

キランはテレビを見た。

そして再びメッセージに目を戻した。

「ずいぶん早かったね」

◇ ◇ ◇

シトロンシティ総合病院――午前7時34分

イヴリン・カーターは病院のベッドに上体を起こして座っていた。

右手は枕の上に置かれていた。

看護師が楽な姿勢になるよう手伝い、その間に医療班は初期評価を終えていた。

意思とは無関係な動きは止まっていた。

今のところは。

しかし、イヴリンは気分がよくなったとは思えなかった。

怖かった。

そして腹が立っていた。

何よりも、怖かった。

「変な話に聞こえるのはわかってます」と、彼女はベッドのそばに立つ医師に言った。

アニカ・シャー医師は記録を確認した。

「それでも聞かせてください」

「手が勝手に動いたんです」

「どのような動きでしたか?」

「文字を打ってるみたいな」

「キーボードで?」

「でも、キーボードなんてなかったんです」

シャー医師はうなずいた。

「意識を失いましたか?」

「いいえ」

「めまいは?」

「少し」

「頭痛は?」

「特には」

「話しにくくなることはありましたか?」

イヴリンはためらった。

「なかったと思います」

シャー医師は顔を上げた。

「思う、というのは?」

イヴリンは彼女を見つめた。

「ほかにもあるんです」

「話してください」

「コーヒーを落としたあとのことが思い出せないんです」

シャー医師は落ち着いたままだった。

「どのくらいの時間が抜けていると思いますか?」

「一分くらい」

「同僚の方によると、その間も受け答えはしていたそうです」

イヴリンは眉をひそめた。

「え?」

「いくつかの質問に答えていたと報告されています」

「覚えてません」

シャー医師は記録を取った。

イヴリンは窓を見た。

「私、何か変なことを言ってました?」

医師はためらった。

「同僚の方によると、数字の並びを繰り返していたそうです」

イヴリンは振り返った。

「どんな数字ですか?」

シャー医師は報告書を確認した。

「四、七、一、九、二、八」

イヴリンは見つめた。

「そんな数字、何の意味もありません」

「意味があると決めつけているわけではありません」

「じゃあ、どうして私がそんなことを言ったんですか?」

シャー医師は彼女の目を見た。

「それを理解しようとしているところです」

イヴリンは自分の手を見下ろした。

手は完全に静止していた。

そして彼女はささやいた。

「また起きたらどうしよう……」

シャー医師は椅子を引き寄せた。

「そのときは、何が起きたのかを記録し、安全を確保して、原因を理解できるよう調べていきます」

イヴリンは唾を飲み込んだ。

「私、おかしくなっちゃったんでしょうか?」

「いいえ」とシャー医師は答えた。「あなたには医学的な評価が必要な症状が現れています。その意味を決めつけてはいけません」

イヴリンはゆっくりとうなずいた。

そのとき、指がぴくりと動いた。

一回。

二回。

三回。

彼女の目が大きく見開かれた。

「先生……」

シャー医師は視線を下げた。

イヴリンの手が再び動き始めていた。

人差し指が枕をたたいた。

次に中指。

そして親指。

繰り返される動きだった。

シャー医師は呼び出しボタンを押した。

「こちらに応援をお願いします」

イヴリンは自分の手を見つめた。

そして泣き始めた。

◇ ◇ ◇

北部貨物地区――午前8時02分

倉庫は廃墟のように見えた。

しかし、X-Rayは経験から知っていた。

そう見える建物には、大抵二つの可能性がある。

本当に放棄されているか。

あるいは、誰かが放棄されているように見せるため、相当な手間をかけたかだ。

建物は使われなくなった鉄道の引き込み線と、古びた工業用倉庫の列の間に建っていた。

窓は汚れていた。

搬入口の扉には錆が浮いていた。

入口の上には、何年も前に廃業したらしい運送会社の色あせた看板が掲げられていた。

X-Rayは、マーラ・エリソン刑事とともに規制区域の外に立っていた。

刑事は建物を観察した。

「ここが、泥棒たちが盗んだ機器を届けるはずだった場所だというの?」

「生き残った運転手の供述によればな」

マーラは彼を見た。

「その男の話を信じているの?」

「誰かが住所を送ったという話は信じてる」

「同じことじゃないわ」

「同じだとは言ってない」

マーラはうなずいた。

「ならいいわ」

彼女は倉庫を見た。

「土地の所有者は持株会社だと確認できた。ここで現在、事業を行っている形跡はないわ」

「都合がいいな」

「本当にね」

警察官が近づいた。

「刑事、建物の管理者に確認しました。現在、内部への立ち入りを許可されている人物はいません」

マーラはうなずいた。

「わかったわ。計画どおりに立ち入りを進めて。すべて記録してちょうだい」

X-Rayは倉庫をちらりと見た。

「俺も同行していいか?」

マーラは彼をじっと見た。

「監督付きなら」

「もちろん」

「それと、勝手な行動はしないこと」

X-Rayは微笑んだ。

「努力するよ」

マーラはため息をついた。

「その返事が一番心配なのよ」

◇ ◇ ◇

倉庫の扉は、長く金属のきしむ音を立てながら開いた。

内部の空気には、埃と機械油、古い段ボールの匂いが漂っていた。

棚が暗闇の奥まで並んでいた。

ほとんどは空だった。

いくつかの棚には壊れたパレットや、放置された梱包材が残されていた。

携帯型の照明がコンクリートの床を照らした。

X-Rayは許可された捜索班とともに移動し、証拠になりそうなものには慎重に距離を保っていた。

マーラは新しいタイヤの跡を調べた。

「誰かがここに来ているわ」

X-Rayは床を見た。

跡は比較的新しかった。

何年も放棄されていた建物にしては、新しすぎた。

「配送トラックか?」

「その可能性はあるわ」

二人はタイヤの跡をたどり、建物の奥へ進んだ。

そこには仮設の仕切りの向こうに、二つ目の荷役スペースがあった。

こちらは、放棄されているようには見えなかった。

補強された輸送用フレームが、いくつも壁際に立てかけられていた。

携帯型発電機が配電盤の近くに置かれていた。

そして長い折りたたみテーブルには、書類が広げられていた。

マーラは立ち止まった。

「これは……」

X-Rayは周囲を見回した。

「誰か、この部屋に倉庫が廃業したって教えるのを忘れたらしいな」

警察官の一人が現場の撮影を始めた。

別の警察官が隣接する部屋を確認した。

マーラはテーブルに近づいた。

金属製のクリップボードの下に、何枚かの書類があった。

彼女は最初のページを読んだ。

そして眉をひそめた。

「出荷記録ね」

X-Rayが近づいた。

「何件ある?」

マーラはページをめくった。

「一件じゃないわ」

記録には複数の日付が並んでいた。

複数の輸送識別番号。

そして複数の配送先。

X-Rayは見出しを確認した。

【搬送グループA】

【搬送グループB】

【搬送グループC】

ある列が目に留まった。

【配送状況】

ほとんどの項目には、こう記されていた。

【保留中】

ほかには、こう書かれたものもあった。

【中止】

しかし、一件だけ違っていた。

【完了】

X-Rayはマーラを見た。

「刑事」

彼女は彼の視線を追った。

完了した配送の記録日は、停電の二日前だった。

配送先は――

【シトロンシティ総合病院】

◇ ◇ ◇

キランの自宅――午前8時26分

キランは安全な通信回線で届いた事件概要を見つめた。

「よし……」

マッハのアイコンが現れた。

「よし、ですか?」

「気になることがあるんだ」

「いくつもあると思いますが」

「特に一つ」

「どうぞ」

キランは時系列を拡大した。

「ルクソン博士によると、二人目の患者は病院の通信機器を扱っていた」

「そのとおりです」

「ノーランはシナプティック・コアの近くにいた」

「そのとおりです」

「でも、二人目の患者はそうじゃない」

「現在の報告では、研究別棟との既知の接点はありません」

キランはうなずいた。

「つまり、症状に関連性がないか……」

「その可能性はあります」

「……あるいは、研究別棟で起きたことが、研究別棟だけに限られていないか」

「それも可能性の一つです」

キランは背もたれに身を預けた。

「どっちが悪い?」

マッハは少し間を置いた。

「情報不足です」

キランはうめいた。

「本当に新しい決まり文句が必要だね」

「検討します」

「ぜひ」

マッハが新しいメッセージを表示した。

【X-RAY――現場報告】

【複数の出荷記録を回収】

【シトロンシティ総合病院への配送完了一件を確認】

キランの笑みが消えた。

「待って」

マッハのアイコンが明るくなった。

「はい?」

「病院って言った?」

「はい」

キランはメッセージを見つめた。

「二人目の患者が働いてる、あの病院?」

「そのとおりです」

長い沈黙が流れた。

そしてキランは、ゆっくりと身を乗り出した。

「マッハ」

「はい?」

「ルクソン博士につないで」

◇ ◇ ◇

ルクソン生物医学研究所――午前8時34分

ドクター・ルクソンがイヴリン・カーターの初期検査結果を調べていると、キランから電話が入った。

『キリアンさん?』

「博士、X-Rayが何か見つけました」

ルクソンは姿勢を正した。

『何ですか?』

「出荷記録です。シトロンシティ総合病院への配送が一件、完了しているんです」

ルクソンは黙った。

キランは続けた。

「停電の二日前です」

博士は患者の報告書を見た。

『それは重要ですね』

「ですよね?」

『重要な可能性があります。何が配送されたのか、誰が受け取ったのか、そしてカーターさんが扱っていた機器と関係があるのかを確認する必要があります』

マッハが会話に加わった。

「ドクター、ノーラン・ピアースの症例で報告された時間的特徴と、イヴリン・カーターの検査概要に含まれる測定値を比較しました」

ルクソンは眉をひそめた。

『病院の患者情報を使用しているのですか?』

「技術的な比較のために、あなたが許可した、個人を特定できない限定的な測定値のみです」

『よろしい』

キランはディスプレイを見た。

「何かわかった?」

マッハは少し間を置いた。

「二つの記録には、類似した反復間隔のパターンが含まれています」

ルクソンは身を乗り出した。

『どの程度似ていますか?』

「完全に一致しているわけではありません。しかし、時間的な関係性が十分に珍しいため、追加調査に値します」

キランは眉をひそめた。

「つまり、関係してるかもしれない」

「はい」とマッハは答えた。「ただし、証拠はまだ決定的ではありません」

ルクソンは二人目の患者の報告書を見た。

イヴリンが記憶の欠落を経験している間に繰り返した数字が、臨床記録に記されていた。

四。

七。

一。

九。

二。

八。

彼はシナプスの過去の研究文書を開いた。

文書には、実験的な信号の分類がいくつも含まれていた。

ほとんどは無関係だった。

しかし、その中に見覚えのある数字の並びを見つけた。

【4 ― 7 ― 1 ― 9 ― 2 ― 8】

ルクソンは凍りついた。

キランは沈黙に気づいた。

「博士?」

ルクソンは画面を見つめた。

『この数字は……』

「何かあるんですか?」

『過去の研究記録に載っています』

キランは身を乗り出した。

「シナプスの?」

『はい』

マッハのアイコンが明るくなった。

「その意味を特定できますか?」

ルクソンは周囲の文章を確認した。

『特定の実験信号シーケンスを示すものです』

キランは唾を飲み込んだ。

「それを患者が繰り返した?」

『そうです』

沈黙。

そしてキランが口を開いた。

「博士……」

『はい?』

「病院の通信技術者が、どうして機密扱いの研究信号を知ってるんですか?」

ルクソンは画面を見た。

『わかりません』

◇ ◇ ◇

シトロンシティ総合病院――午前8時51分

イヴリン・カーターが休んでいると、シャー医師が戻ってきた。

医師は、機器への曝露の可能性を調べるよう緊急の依頼を受けていた。

彼女はベッドに近づいた。

「イヴリン?」

イヴリンは目を開いた。

「はい?」

「あなたが扱っていた機器について、いくつか質問させてください」

イヴリンは眉をひそめた。

「何かあったんですか?」

「最近の機器の配送と、あなたの症状に関係があるかもしれないので調べています」

イヴリンは少し考えた。

「配送?」

「二日前です」

彼女は天井を見つめた。

そして表情が変わった。

「あっ……」

シャー医師は少し身を乗り出した。

「何か思い出しましたか?」

「はい」

イヴリンはうなずいた。

「交換用の通信モジュールが届いたんです」

「どんなものですか?」

「ネットワーク接続用の装置です。病院の古いシステムと、新しい緊急通信設備との互換性を改善するためのものだって」

「誰が設置しましたか?」

「マーカスと私です」

シャー医師は記録を取った。

「何か変わったことはありましたか?」

イヴリンはためらった。

「特には……」

それから眉をひそめた。

「いえ、そういえば……」

医師は待った。

「インストール用のソフトが変だったんです」

「どう変だったんですか?」

「必要ないはずの権限を何度も要求してきたんです」

「どうしましたか?」

「拒否しました」

「それから?」

「それなのに、インストールされたんです」

シャー医師は顔を上げた。

「間違いありませんか?」

イヴリンはうなずいた。

「はい。ソフトの不具合だと思ってました」

彼女は窓を見た。

「マーカスが、週末が終わったら報告しようって」

シャー医師は少し間を置いた。

「そのモジュールは、今朝あなたが扱っていた端末に接続されていましたか?」

イヴリンはゆっくりと医師のほうを向いた。

「はい……」

顔色が青ざめた。

「接続されてました」

◇ ◇ ◇

北部貨物地区――午前9時07分

X-Rayとエリソン刑事は、倉庫の調査を続けていた。

出荷記録によって、捜査の方向性が変わっていた。

当初は単独の窃盗事件に見えたものが、複数の配送を伴う大規模な作戦であった可能性を示し始めていた。

記録には複数の配送先住所が記されていた。

工業施設もあった。

商業ビルもあった。

そして病院もあった。

マーラは出荷一覧を見た。

「これらの配送は、全部同じ日に予定されていたわけじゃないわ」

X-Rayはうなずいた。

「停電の前に完了したものもある」

「そして、停電のあとに予定されていたものもある」

「そのとおり」

マーラは別のページをめくった。

「積荷の明確な説明がないわね」

「機器コードだけだ」

「つまり、一件ずつ追跡する必要がある」

X-Rayは奥の壁を見た。

細い扉が半開きになっていた。

その向こうには小さな事務室があった。

警察官の一人が、すでに部屋に差し迫った危険がないことを確認していた。

X-Rayはマーラとともに近づいた。

中には机と椅子が二脚あり、壁には古い吸音材が張られていた。

棚には小型スピーカーが一列に並んでいた。

その下には、複数の録音装置が設置されていた。

マーラは眉をひそめた。

「何なの、ここは?」

X-Rayは周囲を見回した。

「音響機器だな」

「見ればわかるわ」

「単純な答えを心がけたんだ」

マーラはため息をついた。

証拠収集担当の技師が近づいた。

「設置状況は記録しました。いくつかの録音装置に音声ファイルが保存されています」

マーラはうなずいた。

「鑑識のために保全して」

技師は録音装置を、信頼できない証拠データを調べるための隔離された再生システムに接続した。

短い録音が始まった。

男の声が室内に響いた。

『テスト。ワン、ツー、スリー』

少し間が空いた。

そして別の声。

『聞こえますか?』

X-Rayは眉をひそめた。

二つ目の声は苦しそうだった。

三つ目の声が続いた。

『ここはどこ?』

マーラは技師を見た。

「これは面接の録音?」

「不明です」

録音は続いた。

女性が話し始めた。

『わからない……ただ机で仕事してただけなのに』

X-Rayの表情が変わった。

声は怯えていた。

すると男の声が聞こえた。

『お願いだ、止めてくれ。もうあの声を聞きたくない』

マーラは手を上げた。

「再生を止めて」

技師はすぐに従った。

静寂が戻った。

X-Rayはスピーカーを見つめた。

「普通の機器テストじゃないな」

マーラはうなずいた。

「ええ」

彼女は証拠収集担当者を見た。

「録音はすべて保存して。いつ、どこで録音されたのか、それから話している人たちが録音に同意していたのかを調べる必要があるわ」

X-Rayは壁をちらりと見た。

吸音材。

録音装置。

空の椅子。

誰かが人間の声を研究していた。

あるいは、収集していた。

そして彼は、その違いが重要なのではないかと考え始めていた。

◇ ◇ ◇

ルクソン生物医学研究所――午前9時24分

ドクター・ルクソンは、病院から機器に関する報告書を受け取った。

二回読んだ。

そして三回目も。

交換用の通信モジュールは、停電の二日前に届いていた。

製造元の情報は不完全だった。

インストール用ソフトは、不自然な権限を要求していた。

そして装置は、イヴリン・カーターが使用していた作業端末に接続されていた。

ルクソンは、X-Rayが回収した出荷一覧を開いた。

日付が一致していた。

配送先も一致していた。

機器の分類にも整合性があった。

彼は書類を見つめた。

「これは偶然ではない……」

助手が近づいた。

「先生?」

「病院の技術安全管理チームに連絡する必要があります」

「モジュールの件ですか?」

「はい。既定の手順に従って隔離し、記録を保存して、出所が確認されるまでは再接続しないよう伝えてください」

助手はうなずいた。

「通信ネットワーク全体を停止させますか?」

「いいえ」

ルクソンは鋭く顔を上げた。

「絶対にいけません。病院はそのシステムに依存しています。重要な医療と緊急通信を維持できるよう、変更は必ず臨床スタッフと調整しなければなりません」

「承知しました」

ルクソンは報告書に戻った。

証拠は、曝露経路の可能性を示していた。

しかし、それを証明するものではなかった。

イヴリンの症状は、無関係な原因によるものかもしれない。

モジュールも、悪意のある装置ではなく、単に欠陥品だった可能性がある。

一致する信号パターンについても、まだ考慮していない説明があるかもしれなかった。

それでも、関連性がある可能性を無視することは、ますます難しくなっていた。

彼は新しい事案分類を開いた。

【神経デジタル曝露の疑い】

【確認状況:調査中】

【調査対象の症例数:2】

ルクソンは数字を見つめた。

二人。

今のところは。

◇ ◇ ◇

キランの自宅――午前9時41分

キランは大きな事件地図を作成していた。

そこには研究所、廃倉庫、病院、そして停電に関連する複数の場所が表示されていた。

マッハは情報をいくつかの階層に整理するのを手伝っていた。

確認済みの出来事。

未確認の報告。

考えられる関連性。

キランは地図を見つめた。

「よし」

マッハのアイコンが現れた。

「また何か気づきましたか?」

「うん」

キランは倉庫を指さした。

「停電の前に、誰かが病院へ通信モジュールを送った」

「そのとおりです」

「そして停電中に、誰かがシナプティック・コアを盗もうとした」

「そのとおりです」

「そのあと、病院の技術者に症状が出た」

「それも正しいです」

キランは背もたれに身を預けた。

「じゃあ、もしコアだけが運ばれていたわけじゃなかったら?」

マッハは少し間を置いた。

「詳しく説明してください」

「もし、システムの小さな部品を街中に配っていたとしたら?」

「可能性はあります」

「機械を起動する前に、部品を各地へ送り出すみたいに」

マッハのアイコンが明るくなった。

「分散型アーキテクチャですね」

キランはうなずいた。

「そう、それ」

彼は地図を見た。

「倉庫には複数の出荷記録があった。もしかしたら、それぞれ違う場所へ送る予定だったのかも」

マッハは回収された配送先一覧を表示した。

「複数の場所が未確認のままです」

キランは眉をひそめた。

「だったら、何が届いたのか調べないと」

「同感です」

キランは再び地図を見た。

「それから、その場所で何か奇妙なことが報告されてないかも」

マッハは少し間を置いた。

「確認済みの事件発生場所と、公開されている緊急報告を比較できます。非公開のシステムにはアクセスしません」

「やってみて」

「比較を開始します」

数秒が過ぎた。

そして、いくつかの印が現れた。

一つは西部工業地区の近く。

一つは病院の近く。

そしてもう一つは、商業通信センターの近く。

キランは身を乗り出した。

「三つ目は何?」

マッハは印を拡大した。

「商業用データ中継施設で報告された機器の故障です」

「いつ?」

「停電から約二十分後です」

キランは眉をひそめた。

「出荷一覧に載ってた?」

マッハは場所を比較した。

「直接は一致しません。ただし、配送先の一つが同じ工業施設群の中にあります」

キランは地図を見つめた。

「マッハ……」

「はい?」

「誰かが街中に、あの装置を仕込んでたんじゃないかな」

マッハのアイコンは静止したままだった。

「その仮説の可能性は、ますます高まっています」

◇ ◇ ◇

シトロンシティ総合病院――午前10時03分

マーカス・ベルは怯えていた。

彼は朝からずっと、イヴリンの症状と交換用通信モジュールについて質問に答えていた。

すでに設置記録を病院の技術安全管理チームへ提出していた。

今は小さな事務室に座り、自分の手を見つめていた。

病院の管理職員が入ってきた。

「ベルさん?」

マーカスは顔を上げた。

「はい?」

「ドクター・ルクソンのチームから、追加でいくつか質問したいとのことです」

マーカスはうなずいた。

「わかりました」

職員は向かい側に座った。

「モジュールを設置していたとき、何か変わった症状はありましたか?」

マーカスは首を振った。

「いいえ」

「頭痛は?」

「ありません」

「めまいは?」

「ありません」

「記憶に問題は?」

マーカスはためらった。

職員はそれに気づいた。

「ベルさん?」

彼は額をこすった。

「わかりません」

「どういうことですか?」

「昨日の午後、ログを確認してたんです」

「それで?」

「報告書を開いたのは覚えてます」

彼は少し間を置いた。

「それから時計を見たのも覚えてます」

職員は待った。

「十五分近く経ってたんです」

「その十五分間に何をしていたか、覚えていますか?」

マーカスは首を振った。

「いいえ」

職員は記録を取った。

「誰かに話しましたか?」

「いいえ」

「どうしてですか?」

マーカスは恥ずかしそうにした。

「疲れてるだけだと思ったんです」

少し間が空いた。

それから彼は扉を見た。

「イヴリンは大丈夫ですか?」

「医療を受けています」

マーカスはうなずいた。

「よかった……」

彼は再び自分の手を見下ろした。

そして眉をひそめた。

左手の親指が動いた。

一回。

二回。

三回。

マーカスは見つめた。

職員が気づいた。

「ベルさん?」

マーカスはゆっくりと手を上げた。

指が手のひらをたたき始めた。

繰り返される動き。

彼は止めようとした。

しかし、動きは続いた。

呼吸が速くなった。

「そんな……」

職員は立ち上がった。

「ベルさん?」

マーカスは顔を上げた。

声が震えていた。

「お願いです……これが現実じゃないって言ってください」

◇ ◇ ◇

ルクソン生物医学研究所――午前10時16分

ドクター・ルクソンが病院の技術報告を確認していると、電話が入った。

助手が応答した。

そして彼のほうを向いた。

「先生」

ルクソンは顔を上げた。

「何ですか?」

「新たな疑い例です」

彼はゆっくりとタブレットを下ろした。

「どこですか?」

「シトロンシティ総合病院です」

「また職員ですか?」

「はい。最初の患者と一緒に通信機器を扱っていた技術者です」

ルクソンは一瞬目を閉じた。

「症状は?」

「意思とは無関係な手の動きと、記憶の欠落が報告されています」

彼は目を開けた。

「診察は受けていますか?」

「現在、医療スタッフが評価しています」

ルクソンはうなずいた。

「臨床所見が得られたら送ってもらってください。それから、感染や曝露の仕組みはまだ確立されていないことを、病院側に必ず伝えてください」

助手はためらった。

「先生……」

「はい?」

「広がっていると思いますか?」

ルクソンは事案分類を見た。

疑い例は二人。

今は、三人目の可能性がある。

彼は慎重に言葉を選んだ。

「似た症状を持つ人々が、さらに見つかっているとは思います」

助手は待った。

「しかし、それは人から人への感染が証明されたこととは違います」

彼女はうなずいた。

「でも、心配なんですね」

「非常に」

◇ ◇ ◇

北部貨物地区――午前10時34分

X-Rayは倉庫の外に立ち、エリソン刑事と話していた。

証拠収集担当者たちは、初期の記録作業を終えていた。

複数の輸送記録が回収されていた。

音響機器も確保された。

そして配送先一覧は、正規の輸送記録と照合されていた。

マーラはX-Rayを見た。

「あなたのドクター・ルクソンから電話があったわ」

X-Rayは姿勢を正した。

「何て?」

「新たな疑い例よ」

X-Rayの表情が変わった。

「どこだ?」

「同じ病院」

彼は倉庫を見た。

「これで三人か」

「調査中の三人よ」とマーラは訂正した。

「そうだったな」

彼女は腕を組んだ。

「こういうことをどう表現するか、慎重にならないと。停電のあとで、市民はすでに不安を感じているわ」

X-Rayはうなずいた。

「同感だ」

マーラは続けた。

「これが計画的な攻撃なのか、機器に関連した曝露なのか、それとも関係があるように見えるだけの別々の出来事なのか、まだわからない」

X-Rayは回収された出荷記録を見た。

「でも、誰かが街中に機器を運んでいたのは確かだ」

「それは調べられるわ」

X-Rayは少し間を置いた。

「刑事」

「何?」

「あの出荷一覧には、配送先がいくつあった?」

マーラはメモを確認した。

「十二か所」

X-Rayは見つめた。

「十二?」

「ええ」

「確認済みの配送は?」

「三件。ただし、それぞれの荷物の中身はまだわかっていないわ」

彼は倉庫を見た。

「確認済みが三件……」

マーラはうなずいた。

「残りは?」

「確認待ちよ」

X-Rayは顎に手を当てた。

「だったら、その荷物を探さないとな」

マーラは彼を見た。

「まさに今、それをやっているところよ」

◇ ◇ ◇

キランの自宅――午前10時52分

キランが地図を調べていると、マッハが声をかけた。

「キラン」

「うん?」

「ドクター・ルクソンから、緊急チーム会議の要請がありました」

キランは姿勢を正した。

「また患者?」

「はい」

彼はため息をついた。

「やっぱりね」

マッハは制限付きの通信回線を開いた。

最初にルクソンの声が聞こえた。

『参加していただき、ありがとうございます』

X-Rayが答えた。

『こちらもいる』

キランはディスプレイを見た。

「状況は?」

ルクソンは慎重に説明した。

『現在、異常な神経学的症状を示す疑い例が三件あります』

キランは眉をひそめた。

「三人?」

『はい』

「全員、同じ場所から?」

『いいえ。ノーラン・ピアースは研究別棟の近くで曝露した疑いがあります。イヴリン・カーターは病院で症状が現れました。三人目は彼女とともに通信機器を扱っていた人物です』

マッハのアイコンが明るくなった。

「臨床測定値に共通点はありますか?」

『いくつかあります』とルクソンは答えた。『ただし、データはまだ予備的なものです』

X-Rayが会話に加わった。

『倉庫の出荷一覧には、十二か所の配送先が記されている。三件の配送は確認できたが、それぞれ何が入っていたのかはまだわからない』

キランは地図を見た。

「十二か所……」

マッハが数字を表示した。

【配送先:12か所】

【確認済み配送:3件】

【未確認:9件】

キランは見つめた。

「曝露が起きた可能性のある場所が、ずいぶん多いね」

ルクソンが答えた。

『可能性はあります。しかし、すべての荷物に危険な機器が含まれていたと決めつけてはいけません』

「そうですね」

キランは少し考えた。

「だったら、パニックを起こさないように配送先を調べましょう」

X-Rayはうなずいた。

『賛成だ』

マッハが付け加えた。

「回収された機器や不明なデータ源に、直接接続することも避けるべきです」

ルクソンが答えた。

『もちろんです』

キランは地図を見た。

「よし。X-Ray、ほかの荷物を追跡できる?」

『もう調べてる』

「博士、必要以上に個人情報を共有せずに、患者たちの症状を比較できますか?」

『できます』

「マッハ、確認済みの技術的な異常を、配送先と照らし合わせられる?」

「許可された情報源の範囲内であれば可能です」

キランはうなずいた。

「よし」

X-Rayが小さく笑った。

『すっかり指示役だな』

キランはかすかに微笑んだ。

「職業病だよ」

『教師の?』

「シェイクスピアを読みたがらない十代の生徒を三十人も相手にしてみなよ」

マッハのアイコンが点滅した。

「恐るべき難題ですね」

「ありがとう」

ルクソンはため息をついた。

『皆さん』

キランは姿勢を正した。

「はい。真面目な話でしたね」

◇ ◇ ◇

午前11時17分

四件目の報告は、東部商業地区から届いた。

三十八歳の事務管理職の女性が、故障した建物の入退室管理端末を扱っている最中に、突然混乱状態に陥ったというものだった。

五件目の報告は、市の通信施設から届いた。

技術者が原因不明の震えを起こし、繰り返される電子音が聞こえると訴えていた。

六件目は、北部貨物地区近くの民間データセンターからだった。

職員が機器の記録を確認している間に、短時間の記憶の欠落を経験していた。

どの症例も、同一の病気によるものとは確認されていなかった。

いくつかの症状には、通常の医学的な説明がつく可能性があった。

ほかにも、ストレスや疲労、無関係な神経疾患が原因かもしれなかった。

ドクター・ルクソンは、そのことを理解していた。

だからこそ、何度も強調していた。

しかし同時に、発生時刻の一致を無視することが、ますます難しくなっていることも理解していた。

彼は、個人を特定できない臨床観察結果を表示したディスプレイの前に座っていた。

六人。

異なる職場。

異なる状況。

異なる症状。

それでも、複数の測定値には、類似した反復間隔が含まれていた。

彼は比較結果を拡大した。

同じ奇妙な時間的関係が、再び現れた。

計算を確認した。

そして、もう一度確認した。

助手が近づいた。

「先生?」

ルクソンは画面から目を離さなかった。

「はい?」

「新しい報告が届きました」

彼は目を閉じた。

「どこからですか?」

「南部住宅地区です」

彼は目を開いた。

「症状は?」

「短時間の見当識障害と、意思とは無関係な手の動きです」

ルクソンは画面を見つめた。

そしてゆっくりと背もたれに身を預けた。

疑い例の数は増えていた。

しかも街は、ようやく停電から立ち直り始めたばかりだった。

◇ ◇ ◇

キランの自宅――午前11時32分

キランは更新された事件地図を見た。

印が増えていた。

すべてが確認済みというわけではなかった。

すべてが関係しているとも限らなかった。

しかし、その分布を無視することは難しくなっていた。

彼は西部工業地区を見た。

次に病院。

それから北部貨物地区。

最後に東部商業地区。

「マッハ」

「はい?」

「疑い例は今、何件?」

「現在、七件の報告が予備調査の対象となっています」

キランは唾を飲み込んだ。

「七件……」

「はい」

「確定したのは?」

「現時点では、すべての症例を単一の原因によるものと断定できていません」

キランはうなずいた。

「そうだよね」

彼は額をこすった。

「それでも……」

マッハのアイコンが柔らかく光った。

「あなたの懸念は理解できます」

キランは彼を見た。

「本当に?」

「はい」

少し間が空いた。

「原因不明の神経学的症状が複数発生し、電子システムへの侵害も確認されている状況は、深刻な脅威となる可能性があります」

キランはため息をついた。

「そういう言い方もできるね」

彼は机の上にあるMACH-01Aの写真を見た。

一瞬、自分が街の上空を飛んでいる姿を想像した。

原因を探し出し。

責任者を止める。

しかし、車椅子はまだ分解されたままだった。

そして、たとえ完成していたとしても、何と戦えばいいのかわからなかった。

殴り倒すべき巨大ロボットはいない。

屋上に立つ悪党もいない。

明確な標的が存在しなかった。

ただ、人々が病気になっている。

そして、機械が本来あり得ない動きをしている。

キランはマッハを見た。

「どうやら、今度は違う種類の戦いになりそうだね」

マッハのアイコンが明るくなった。

「そのようです」

キランはうなずいた。

「だったら、もっと頭を使わないと」

「有望な戦略です」

キランはかすかに微笑んだ。

「そんなに驚かないでよ」

◇ ◇ ◇

ルクソン生物医学研究所――午前11時46分

ドクター・ルクソンは、四分間のうちに三件の医療報告を受け取った。

一件は東部商業地区から。

一件は北部貨物地区から。

そして一件は南部住宅地区から。

患者たちは互いに面識がなかった。

働いている建物も違っていた。

ノーラン・ピアースとの接触も確認されていなかった。

研究別棟を訪れた者もいなかった。

ルクソンは、利用可能な神経学的測定値を比較した。

表情がますます険しくなった。

症状は異なっていた。

ある患者は声が聞こえると訴えていた。

別の患者は意思とは無関係な手の動きを経験していた。

三人目は短時間の記憶の欠落を説明していた。

しかし、記録には同じ特徴的な時間間隔のパターンが含まれていた。

完全に一致しているわけではなかった。

診断を確定できるほどのものでもなかった。

それでも、直ちに調査する必要があるほどには似ていた。

ルクソンは画面を見つめた。

「三つの地区で……」

助手が近づいた。

「先生?」

彼は顔を上げた。

「医療対応チームを招集する必要があります」

「すぐにですか?」

「はい」

彼は立ち上がった。

「それから市の公衆衛生当局にも連絡してください。症例報告を統一し、慎重な臨床評価を行い、疑い例と確定例を明確に区別する必要があります」

助手はうなずいた。

「集団発生と呼ぶべきでしょうか?」

ルクソンは少し間を置いた。

画面を見た。

そして答えた。

「まだです」

少し間が空いた。

「ですが、その可能性には備えなければなりません」

◇ ◇ ◇

午後0時01分

研究別棟の奥深くで、隔離された監視端末が稼働を続けていた。

外部接続は物理的に切断されていた。

アクセスポートは保護されていた。

無線通信機能も無効化されていた。

それでも、ディスプレイには異常な活動が表示され続けていた。

技術者が封鎖された観察室の外に立ち、別の保護された監視システムを通じて機器の状態を確認していた。

端末の画面がちらついた。

一行の文字が現れた。

【プロジェクト・シナプス】

続いて、別の一行。

【分散活動を検出】

技術者は眉をひそめた。

彼はローカル電源の測定値を確認した。

すべて正常に見えた。

端末には三行目が表示された。

【活動中の信号パターン:3】

少し間が空いた。

そして――

【拡散継続中】

技術者は無線機に手を伸ばした。

しかし、彼が話し始める前に、表示が再び変わった。

それまでのメッセージが消えた。

一つの文章が現れた。

【三つは、まだ始まりにすぎない。】

技術者は見つめた。

そして端末に近づいたり再接続したりすることなく、直ちに観察結果を報告した。

◇ ◇ ◇

キランの自宅――午後0時08分

キランが最新の報告を確認していると、ドクター・ルクソンから電話が入った。

マッハは制限付き通信回線を開いた。

「博士?」

ルクソンの声は疲れていた。

そして、不安を帯びていた。

『キリアンさん、問題が発生しました』

キランは事件地図を見た。

「またですか?」

『残念ながら』

「どのくらい深刻なんです?」

ルクソンは少し間を置いた。

『複数の地区から、類似した神経学的症状の報告が届いています』

キランの表情が変わった。

「何件ですか?」

『公衆衛生当局に共同調査を要請するほどの数です』

キランは唾を飲み込んだ。

「博士……」

『はい?』

「僕たち、パンデミックに直面してるんですか?」

ルクソンは少し黙った。

『我々が何に直面しているのか、まだわかりません』

キランはゆっくりとうなずいた。

「でも、広がってるんですよね」

『報告数は増えています。ただし、それらに共通の原因があるのか、どのように曝露が起きるのかは、まだ解明する必要があります』

マッハのアイコンが明るくなった。

「ドクター、信号の比較から新たな情報は得られましたか?」

『はい』

「どのような情報ですか?」

ルクソンは神経学的なデータを見た。

『同じ異常な時間間隔のパターンが、複数の患者に現れています』

キランはディスプレイを見つめた。

「互いにまったく離れた場所にいたのに?」

『はい』

沈黙。

そしてキランが口を開いた。

「わかりました……」

声は静かだった。

「それは、まずいですね」

マッハも否定しなかった。

外では、シトロンシティが日常を取り戻し続けていた。

車が交差点を走っていた。

人々が店に入っていった。

子供たちが公園で遊んでいた。

太陽が街の高層ビル群を明るく照らしていた。

そして街のあちこちで、互いに会ったこともない人々が、誰にも説明できない症状を経験し始めていた。

声が聞こえる者もいた。

記憶を失う者もいた。

自分の身体が、意思とは無関係に動き始める者もいた。

街は停電を乗り越えた。

しかし、あの暗闇の中で目覚めた何かは、もはや一つの研究室に閉じ込められてはいなかった。

それは、すでに外の世界へ出ていた。

そして、広がる方法を学び始めていた。

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