最後の安全装置
月曜日――午後11時17分
地下通路では、自動封じ込めユニットが完全に停止していた。
装甲に覆われた機体が通路の大部分を塞いでいたが、つい先ほどまでレイモンド・ハリソンと警官たちを押し潰そうとしていた機械の腕は、ようやく下ろされていた。
ここ二十分近くの間で、初めて誰からも攻撃されていない。
レイモンドは、その平穏を少しでも長く味わいたかった。
「全員いるか?」
「はい、隊長」と警官の一人が答えた。
「負傷者は?」
「重傷者はいません」
ワイルダー巡査が、損傷した配電盤の陰から姿を現し、制服についたコンクリートの粉を払い落とした。
「建物の半分くらい飲み込んだ気がします」
レイモンドは彼をちらりと見た。
「まだ呼吸できるか?」
「残念ながら、はい」
「なら、進むぞ」
ワイルダーは心外そうな顔をした。
「僕の健康をそこまで心配してくださるとは、感激です」
マーカス・ヘイル博士が最も近くにある封じ込めユニットへ歩み寄り、停止したセンサー装置を調べた。
「ダニエルは、こんな使い方を想定していなかった」
レイモンドは彼を見た。
「ここで出会ったもののほとんどについて、そう言ってるな」
「事実だからだ」
ヘイルは製造元の識別板に指を滑らせた。
「これらの機械は、産業事故を封じ込めるために設計された。化学物質の漏出、電気火災、建物の損壊。救助隊が到着するまで、整備員を守るためのものだったんだ」
レイモンドは通路に残された衝撃の痕を見た。
「誰かが別の仕事を与えたわけだ」
「誰かが、危険物と人間の区別を無視する許可を与えたんだ」
レイモンドは答えなかった。
純化協定については、もう十分すぎるほど理解していた。
無線機から雑音が響いた。
『レイモンド、エリソンよ』
彼は送信機を起動した。
「どうぞ」
『施設の内部指令ネットワークから通信要求が来ているわ』
レイモンドは眉をひそめた。
「ヴォスか?」
『いいえ。ヴェイン司令官よ』
ワイルダーは制服の埃を払う手を止めた。
「それは素晴らしいですね」
エリソンは続けた。
『作戦を指揮している警官との直接通信を要求している』
レイモンドは前方の暗い通路を見た。
「つないでくれ」
短い雑音が入った。
そして、聞き覚えのある声が響いた。
『レイモンド・ハリソン』
レイモンドの表情が険しくなった。
「ヴェイン司令官」
『どうやら、私たちには共通の問題があるようですね』
レイモンドは停止した機械たちをちらりと見た。
「殺人未遂をそう表現するとは、面白いな」
『非難し合うために連絡したのではありません』
「なら、相手を間違えたな」
沈黙。
やがてヴェインが再び口を開いた。
『エイドリアン・ヴォスは私の指揮権を剥奪しました。部下たちを施設内に閉じ込め、施設の支配権を奪い、シトロンシティの外にまで影響を及ぼしかねないプロトコルを起動したのです』
レイモンドは何も言わなかった。
『私は彼を止めるつもりです』
ワイルダーがレイモンドに身を寄せた。
「隊長、これって悪役が突然味方になる展開ですか?」
レイモンドはマイクを手で覆った。
「違う」
「よかった。混乱していたので」
レイモンドはマイクから手を離した。
「何が望みだ、ヴェイン?」
『一時停戦です。残っている部下たちを使えば、あなた方が第二制御装置に到達するのを支援できます』
「見返りは?」
『私の部下たちの保護です』
レイモンドは奥歯を噛みしめた。
「何から守れと?」
『ヴォスからです。彼が私たちに向けた警備システムから』
「訴追については?」
再び沈黙。
『それは後で協議できます』
「駄目だ」
ヴェインの声が鋭くなった。
『何ですって?』
「免責は約束しない。お前にも、部下にも、パージの実行に関わった誰に対してもだ」
『あなたは私たちの立場を理解していません』
「十分理解している」
レイモンドはヘイルを見た。
「俺は今夜、お前たちの組織が誘拐した男を救出し、お前たちの組織が街中の障害者を立ち往生させるために使ったシステムを止めようとしているんだ」
ヴェインは答えなかった。
「俺が提示できるのはこうだ。部下が投降すれば、不当な危害から保護する。協力すれば、その事実を正式に記録する。それをどう評価するかは検察が判断する」
『私にあなたを信用しろと?』
レイモンドは破壊された壁を見た。
「いや」
彼は少し間を置いた。
「ヴォスに協力し続けるつもりなのか、自分で決めろと言っている」
シトロンシティ警察・移動指揮所――午後11時24分
マーラ・エリソン刑事はヘッドセット越しに、そのやり取りを聞いていた。
周囲では警官たちが施設の地図、緊急対応用の通信回線、地下作戦のライブ映像を監視していた。
指揮車両の中は人でいっぱいだった。
ほとんどの空きスペースにはコーヒーカップが置かれていた。
一時間前に届けられたサンドイッチには、誰も手をつけていなかった。
エリソンは担当検察官との安全な通信回線を開いた。
「エコー・ヴェイル施設内に、協力する可能性のある司令官がいます」
検察官の声が聞こえた。
『ヴェイン司令官ですか?』
「そうです」
『免責を求めていますか?』
「それとなく探ってきています」
『それで?』
「何も約束していません」
『結構です』
エリソンは、幹部認証のライブ記録を表示した画面を見た。
【幹部権限:A・ヴォス】
【第二再認証:82%】
「ヴォスと制御装置を結びつける技術的証拠はあります。しかし、法廷で立証できない告発をする前に、元のログ、認証済みの複製、それにシステムの仕組みを説明できる記録が必要です」
『了解しました』
「それから、地域ネットワークの運営事業者に対する緊急の記録保全命令も必要です」
『手続きを始めます』
エリソンは通話を終えた。
近くではアダムが施設の地図を調べていた。損傷したパトロールの防護装備は、彼の移動式機材ケースの横に置かれていた。
「ヴェインは協力すると思いますか?」とアダムが尋ねた。
エリソンは通信状態の表示を見た。
「自分に利益がある間は協力するでしょうね」
「あまり心強くないですね」
「心強い必要はないわ」
エリソンは無線機に身を寄せた。
「レイモンド、安全な通行と投降手順について交渉する権限を与えるわ。ただし免責は約束しないこと。それから、彼女の部下に制御装置への無制限のアクセスを認めないで」
『了解』
「それと、レイモンド?」
「何だ?」
「突然いい人になったなんて、信じ込まされないでね」
レイモンドは笑いともつかない声を漏らした。
「そのつもりはないさ」
ギアの工房――午後11時29分
キラン・キリアンは施設の図面を見つめていた。
三つの異なる経路が、整備用保管庫の近くで合流していた。
そのうち二つは電子的に封鎖されていた。
残る一つは、新しい警備地図には記載されていない狭い整備通路を通っていた。
ナサニエル・ブルックスは古い技術記録を拡大した。
「ダニエル・リヴァースは、本当に中央集権型のアクセスシステムを信用してなかったんだね」
携帯ディスプレイにマッハの紫色のアイコンが現れた。
「彼の懐疑的な姿勢は、ますます正しかったことが証明されています」
キランはかすかに微笑んだ。
「今世紀最大の控えめな表現だね」
ギアは手についた油を拭き取りながら、二人の後ろに立っていた。
MACH-01Aは整備台の上に置かれたままだった。
冷却マニホールドは完全に取り外され、損傷した内部フレームがむき出しになっていた。
ギアは警察の作戦に必要な機材を準備するため、一時的に修理作業を中断していた。
キランは彼をちらりと見た。
「工房の機材を使って、レイモンドを助けられないかな?」
ギアは眉を上げた。
「場合によるな。また十分で空飛ぶ車椅子を作れって言うつもりか?」
「違うよ」
「よかった」
「小さな空飛ぶ鍵屋なら、お願いするかも」
ギアは彼を見つめた。
「スナット」
ナサニエルは笑った。
キランは整備用保管庫を指さした。
「警察はこの部屋に入らなきゃいけない。ヴェインが協力すれば正面から行けるかもしれないけど、そうじゃなかった場合に備えて別の方法が必要なんだ」
マッハは元の設計図の一部を強調表示した。
「緊急換気通路が、保管庫の外側にある整備区画へつながっています」
ナサニエルは身を乗り出した。
「人が通るには狭すぎる」
「そのとおりです」
キランは偵察ドローンを見た。
「でも、あれなら通れる」
ギアは首を振った。
「点検プローブはもう使っただろ。今度は何をさせるつもりだ?」
キランはにやりと笑った。
「近くから中を見てもらうんだよ」
ナサニエルは図面を調べた。
「保管庫には機械式の施錠装置がある。ドローンが中に入れても、正面の扉は開けられないよ」
「そうかもしれない」
キランは画面を軽くたたいた。
「でも、レイモンドが何に向かって歩いてるのかは教えられる」
マッハのアイコンが明るくなった。
「合理的な目的です」
キランはまばたきした。
「わあ。一晩で二回も褒められた」
「慣れないでください」
エコー・ヴェイル――地下第二階層――午後11時36分
ヴェイン司令官は西側警備連絡路に立っていた。
彼女に忠実な警備員は、四人だけ残っていた。
ほかの二人は、彼女が警察に協力しようとしていると知り、命令に従うことを拒否していた。
彼らは上層階へ撤退していった。
ヴェインはそれを許した。
自分の部下同士で銃撃戦を始めるつもりはなかった。
少なくとも、今のところは。
隣の技術者は携帯端末を調べていた。
「司令官、警察が一時的な通信回線を受け入れました」
「結構」
「本当に協力するのですか?」
ヴェインは彼に向き直った。
「ヴォスを止める別の方法があるのですか?」
技術者はためらった。
「いいえ」
「なら、答えは出ているでしょう」
彼は通路を見た。
「ですが、純化協定は……」
「純化協定は乗っ取られたのです」
「ヴォスに?」
ヴェインの表情が引き締まった。
「組織が自分の所有物だと信じている男によってね」
技術者は何も言わなかった。
ヴェインは拳銃を確認した。
そして部下たちを見た。
「一つ理解しておきなさい。私たちは理念を捨てるわけではありません」
警備員の一人が落ち着かなそうに身じろぎした。
「では、何をするのですか?」
ヴェインは頭上の監視カメラを見た。
「一人の男が、その理念を自分の好きな相手に向けられる武器に変えてしまうのを阻止するのです」
技術者は目を伏せた。
彼は何か月もの間、システムの維持に携わってきた。
パージが何を引き起こしたのかも知っていた。
報告書を見ていた。
制限は必要だという議論も聞いていた。
そして今、上層部が許容範囲だと言ったからという理由だけで、自分がどれほど多くの警告を無視してきたのかと考えていた。
「司令官?」
ヴェインは彼を見た。
「何です?」
「彼を止めたあと、どうなるのでしょうか?」
彼女は答えなかった。
その夜初めて、その先についての計画が何もなかった。
エコー・ヴェイル――整備用保管庫入口――午後11時43分
レイモンドの部隊は、重い鋼鉄製の扉に到着した。
その上には、色あせた識別板が掲げられていた。
【許可された整備員以外立入禁止】
【手動アクセスが必要】
ワイルダーは施錠装置を調べた。
「これにも特別な工具が必要だなんて言わないでくださいよ」
ヘイルが前に出た。
「必要だ」
ワイルダーは目を閉じた。
「やっぱり」
ヘイルは奥まった位置にある差し込み口を指さした。
「さっき回収した緊急解除ハンドルが合うはずだ」
ワイルダーは持ち運んでいた長い鋼鉄製の工具を見た。
それから差し込み口を見た。
もう一度、工具を見た。
「ようやくですね」
彼は工具を差し込んだ。
機構には強い抵抗があった。
ワイルダーはハンドルに体重をかけた。
何も起こらなかった。
もう一度試した。
ガコンッ!
ハンドルが動いた。
「できました!」
レイモンドは片手を上げた。
「待て」
ワイルダーは凍りついた。
「何です?」
レイモンドは扉の枠を調べた。
施錠装置の上で、小さな赤い表示灯が光っていた。
「キラン、これが見えるか?」
工房のモニターにカメラ映像が現れた。
キランは身を乗り出した。
「うん」
マッハは表示灯の解析を始めた。
「元の機械式ロックに、電子式の改ざん検知センサーが追加されています」
ワイルダーはゆっくりとハンドルを見た。
「手を離したほうがいいですか?」
「そうしろ」とレイモンドが答えた。
ワイルダーは即座に手を離した。
ナサニエルは整備記録を調べた。
「認識された認証手続きなしに扉を開けると、幹部システムが新たな封鎖を発動するかもしれない」
レイモンドはため息をついた。
「つまり、手動ロックだけじゃ駄目なのか」
ヘイルは怒りをあらわにした。
「手動ロックの意味がないじゃないか!」
キランは配線図を調べた。
「待って。そのセンサーは新しい警備システムの一部だよね?」
ナサニエルはうなずいた。
「そうだよ」
「ダニエルの機械式解除装置は独立してる?」
「そのとおり」
キランは微笑んだ。
「なら、センサーを無効化する必要はない。緊急整備のために扉を開けるんだって、システムに認識させればいい」
マッハは少し間を置いた。
「それには有効な現地整備認証情報が必要です」
レイモンドの無線機から雑音が響いた。
ヴェインの声が聞こえた。
『それなら提供できます』
全員が黙った。
レイモンドはゆっくりと無線機を持ち上げた。
「聞いていたのか?」
『合意した通信回線に参加していますから』
「都合のいいタイミングだな」
『現地で発行された整備認証情報を持つ技術者がいます。まだ権限は剥奪されていません』
ナサニエルは安全な通信回線を通じて送られてきた認証情報を確認した。
「キラン、本当だ。整備アクセスだけに限定されてる。幹部権限はない」
レイモンドは扉を見た。
「認証情報をエリソンに送って確認してもらえ」
ヴェインは苛立った声を出した。
『すべて、あなたの刑事を通さなければならないのですか?』
「ああ」
少し間が空いた。
『わかりました』
シトロン・アカデミー――午後11時51分
マイケイラはセリーナとマーガレットの隣に立っていた。
ボランティアがノートパソコンを持ってきた。
画面には、その日の早い時間にエイドリアン・ヴォスが行った記者会見の映像が表示されていた。
彼は純化協定の紋章の前に立ち、政府関係者や警備員たちに囲まれていた。
その声は落ち着いていた。
慎重で、自信に満ちていた。
『高度な移動技術の安全性を確保するには、中央集権的な認証制度こそが唯一の責任ある方法なのです』
セリーナは腕を組んだ。
「面白いわね。あの人、『安全』って言葉を魔法の呪文みたいに繰り返してる」
マーガレットが身を乗り出した。
「何度も言えば、みんなが何が起きたか忘れるとでも思ってるんでしょうね」
マイケイラは動画を一時停止した。
「公表する内容には気をつけないと」
セリーナは彼女を見た。
「どういうこと?」
「パージが起きたことはわかってる。人々が被害を受けたことも。ヴォスが登録制度を推進していたことも。でも、警察が確認するまでは技術的な告発を公表するべきじゃないわ」
マーガレットはうなずいた。
「いいわね。私は正確な情報に基づいて怒りたいの」
セリーナは微笑んだ。
「ずいぶん具体的な好みね」
「七十一年かけて磨いてきたのよ」
マイケイラは共有文書を開いた。
「なら、証明できることに集中しましょう」
彼女は入力を始めた。
声明文では、パージに関する独立した調査、被害を受けたVent利用者への緊急支援、認証方針の公開、そして正当な法的根拠と適切な保護措置なしに、製造業者や政府機関が遠隔操作で移動機器を制限することを防ぐ安全対策を求めていた。
セリーナは肩越しに読んだ。
「インフォームド・コンセントも追加して」
マイケイラは入力した。
「追加したわ」
「それから独立した技術監督も」
「もう入ってる」
マーガレットは画面を指さした。
「それに、この修理代を誰かが払わなきゃいけないわ」
マイケイラはうなずいた。
「補償と復旧支援ね」
セリーナは残っている住民たちを見た。
眠っている人もいた。
家族と静かに話している人もいた。
技術者に車椅子を調べてもらうのを、まだ待っている人もいた。
「誰かが逮捕されたからって、これで終わりにはならないわ」とセリーナは言った。
マイケイラは彼女を見た。
「ええ」
セリーナは入口の近くで父親と話しているエリオットを見た。
「みんながまた安心できるようになるまで、長い時間がかかると思う」
マーガレットはテーブルに手を置いた。
「なら、さっさと始めないとね」
エコー・ヴェイル――整備用保管庫――午後11時58分
鋼鉄製の扉が、深い機械音を立てながら開いた。
ギギギギッ!
レイモンドは懐中電灯を上げた。
その先にある部屋は小さかった。
棚には埃が積もっていた。
古い機材ケースが壁沿いに並んでいた。
色あせた整備図面の下には、金属製のキャビネットがいくつも置かれていた。
ヘイルが中へ入った。
その表情がすぐに変わった。
「この場所を覚えている」
レイモンドが続いた。
「ダニエルはここで仕事をしてたのか?」
「ときどきな」
ヘイルは作業台に近づいた。
「上の事務室が騒がしくなると、昼食をここへ持ってきて食べていた」
ワイルダーは周囲を見回した。
「あまり楽しい食堂には見えませんね」
ヘイルはかすかに微笑んだ。
「静かな場所が好きだったんだ」
レイモンドはキャビネットを調べた。
「キーはどこだ?」
ヘイルは奥の壁に埋め込まれた補強保管庫を指さした。
「あそこだ」
保管庫には機械式のダイヤル錠が取り付けられていた。
その下には小さな金属板があった。
【D・リヴァース】
【緊急認証予備保管庫】
レイモンドは近づいた。
「暗証番号は?」
ヘイルはためらった。
「ダニエルは教えてくれなかった」
ワイルダーはため息をついた。
「やっぱり」
レイモンドは金属板を調べた。
そして技術者を見た。
「何か指示を残していないか?」
ヘイルは作業台を探した。
古い整備用バインダーの下に、小さな封筒があった。
紙は年月とともに黄ばんでいた。
表には、丁寧な筆跡で四つの単語が書かれていた。
For Those Who Follow.
――後に続く者たちへ。
ヘイルは封筒を手に取った。
その手がわずかに震えていた。
「彼の字だ」
レイモンドは隣へ移動した。
「開けてくれ」
ヘイルは慎重に紙を広げた。
中には手書きの手紙が入っていた。
彼は声に出して読み始めた。
「もしこの手紙が見つかったのなら、私たちが議論を重ねた安全装置だけでは、誰かによるシステムの悪用を防げなかったということだろう」
レイモンドは耳を傾けた。
ヘイルは続けた。
「私は、どれほど高い地位にある者であっても、説明責任を負うことなく他人の自立を奪う権限を持つべきではないと信じ、これらの仕組みを作った」
技術者は一度言葉を止めた。
その声が少し静かになった。
「このシステムは、緊急時に人々を守るためのものだった。誰が自由に移動する権利を持つのかを決めるためのものでは、決してなかった」
レイモンドは目を伏せた。
ヘイルは続けた。
「もし幹部制御が侵害された場合、緊急認証予備装置を元の機械式隔離手順と併用しなければならない。どちらか一方だけでは不十分だ」
彼はページをめくった。
図面には錠前が描かれていた。
その下には、機械式ダイヤルを合わせる手順が記されていた。
ワイルダーが身を乗り出した。
「それが暗証番号ですか?」
ヘイルは調べた。
「ああ」
レイモンドは保管庫を見た。
「なら、開けよう」
ヘイルは慎重に番号を合わせた。
最初のダイヤルが回った。
カチッ。
次に二つ目。
カチッ。
最後に三つ目。
ガコンッ!
保管庫の錠が外れた。
レイモンドは扉を開いた。
中には小さな保護ケースがあった。
彼はそれを取り出した。
内部の専用収納部には、長方形の金属製キーが収められていた。
表面にはリヴァース・エンジニアリングの紋章が刻まれていた。
その下には、もう一枚のメモがあった。
レイモンドはそれを広げた。
書かれていたのは、わずか二つの文章だった。
技術は、人々が自分の人生をより自由にコントロールできるようにするべきだ。自由を奪うためのものではない。
人々を守るには支配が必要だなどと、誰にも信じ込まされてはいけない。
レイモンドはその言葉を見つめた。
一瞬、地下施設のことが頭から消えた。
混雑した食堂で、自分の向かい側に座っていたダニエルの姿を思い出した。
まずいコーヒーについて笑い合ったこと。
政府との契約について文句を言っていたこと。
未来について語っていたこと。
技術によって、もっと良くできると信じていた未来。
レイモンドは唾を飲み込んだ。
「まだ戦ってるんだな、古い友よ」
ヘイルは彼を見た。
レイモンドは慎重にキーを保護ケースへ戻した。
そして無線機を起動した。
「エリソン。認証キーを確保した」
エイドリアン・ヴォスの執務室――火曜日、午前0時4分
エイドリアン・ヴォスは、モニターが並ぶ壁の前に立っていた。
窓の向こうには、街の夜景が輝いていた。
一つの画面では、ニュース解説者たちが純化協定の緊急登録制度について議論していた。
別の画面には、エコー・ヴェイル施設の地図と警察の移動状況が表示されていた。
三つ目には第二制御装置が映っていた。
【再認証:87%】
ヴォスは数字が増えるのを見つめていた。
そのとき、通知が現れた。
【整備用保管庫へのアクセスを確認】
【現地認証情報:承認】
彼の表情が険しくなった。
「ヴェイン……」
内部警備ログを開いた。
認証情報は、彼女の指揮下にある技術者から発行されていた。
ヴォスは画面を見つめた。
そして冷たく微笑んだ。
「そちら側につくことを選んだか」
彼は安全な管理端末を起動した。
施設の記録一覧が現れた。
【幹部命令履歴】
【認証変更記録】
【継続運用強制記録】
【警備上書き監査記録】
ヴォスはアーカイブを選択した。
【削除要求】
警告が現れた。
【注意:一部の記録は外部保全の対象となっている可能性があります】
彼は無視した。
「実行」
【削除開始】
進行状況を示す表示が動き始めた。
ヴォスは街へ向き直った。
「機械を止めることはできるだろう」
彼は袖口を整えた。
「だが、見つからないものを証明することはできない」
ギアの工房――午前0時7分
ナサニエルが突然身を乗り出した。
「うわっ」
キランは振り返った。
「何?」
「誰かが幹部ログを削除してる」
マッハのアイコンが点滅した。
「確認しました。特権セッションがエコー・ヴェイルのアーカイブから認証記録を削除しようとしています」
キランは目を見開いた。
「ヴォス?」
ナサニエルはうなずいた。
「同じ幹部セッションだ」
キランはモニターへ身を寄せた。
「止められる?」
「ここからは無理。でも、ライブ通信記録の一部はもう保存してある」
マッハが続けた。
「幹部セッション記録の認証済み複製は、エリソン刑事へ送信済みです。追加の複製も、隔離された証拠保管領域に残っています」
キランは息を吐いた。
「よかった」
ナサニエルは首を振った。
「まだ足りない。復旧できるなら、元の記録も必要だ」
彼は作業を始めた。
複数のウィンドウが開いた。
一つにはライブのネットワーク通信。
もう一つにはダニエル・リヴァースの保存資料。
三つ目には、タイムスタンプと認証署名の比較結果が表示されていた。
キランは削除の進行状況を見た。
【アーカイブ削除:23%】
「接続を妨害できない?」
マッハが答えた。
「幹部セッションへの妨害は、施設内で稼働しているほかのシステムに影響を与える可能性があります」
キランは眉をひそめた。
「レイモンドはまだ中にいるしね」
「そのとおりです」
ナサニエルは入力を続けた。
「なら、接続自体は攻撃しない。保存できるものを保存して、削除がまだ及んでいない記録装置を探そう」
キランはうなずいた。
「お願い」
ナサニエルは別の記録経路を分離した。
「複製された監査バッファを見つけた」
マッハは即座に確認した。
「署名付きの認証イベントが含まれています」
キランは微笑んだ。
「コピーできる?」
「できる」
「なら急いで」
【アーカイブ削除:41%】
ナサニエルは証拠の取得を開始した。
【フォレンジック・エクスポート進行中】
マッハは、複製ファイルの取得元識別子、タイムスタンプ、暗号学的ハッシュ値を記録し始めた。
キランは進行状況を示すバーを見つめた。
「頼む……」
【アーカイブ削除:63%】
【証拠エクスポート:72%】
ナサニエルの指がキーボードの上を動いた。
「もう少し……」
【アーカイブ削除:81%】
【証拠エクスポート:94%】
キランは身を乗り出した。
「頼む!」
【アーカイブ削除:完了】
元のアーカイブとの接続が途絶えた。
一瞬、誰も何も言わなかった。
そのとき、別の通知が現れた。
【証拠エクスポート:完了】
【整合性検査:合格】
ナサニエルは椅子にもたれた。
「取れた」
キランは息を吐いた。
マッハのアイコンが明るくなった。
「証拠の保全に成功しました」
ギアが作業台から顔を上げた。
「勝ったのか?」
キランは制御装置の状態を見た。
【再認証:89%】
「まだだよ」
シトロンシティ警察・移動指揮所――午前0時15分
エリソンは新たに保全された記録を調べていた。
ファイルには、幹部認証イベント、タイムスタンプ、セッション識別子、継続運用システムに加えられた変更内容が含まれていた。
いくつかの記録は、ダニエル・リヴァースが保存していた警告と一致していた。
ほかの記録は、現在進行中の作戦に対応していた。
一つの記録が目を引いた。
【幹部セッション:EV-EXEC-ROOT】
【権限:A・ヴォス】
【操作:継続運用強制を承認】
【操作:現地指揮権を剥奪】
【操作:施設警備封鎖】
エリソンは画面を見つめた。
アダムが身を乗り出した。
「彼ですね」
エリソンはうなずいた。
「彼の名前を示す幹部プロファイルね」
「それで十分じゃないんですか?」
「重要な証拠よ。でも、誰が認証情報を管理していたのか、命令がどう発行されたのか、ほかの誰かがそのセッションを使えた可能性はないのか、まだ確認する必要がある」
アダムは残念そうな顔をした。
「まだ決定打じゃないんですね」
「でも、近づいているわ」
エリソンは再び検察官に連絡した。
「署名付きの幹部ログを保全しました。ヴォスの管理者アカウントと、このセッションに関係するインフラ事業者に対して、迅速な法的手続きが必要です」
『了解しました』
「それから、関連記録と機器を対象とした捜索令状の申請準備もお願いします」
『容疑は?』
エリソンはモニターを見た。
「コンピューターシステムへの不正干渉、移動手段への不法なアクセス制限、誘拐の共謀。それから、証拠の精査によって裏付けられるものすべてです」
検察官は少し間を置いた。
『大規模な捜査になりますね』
エリソンは施設のカウントダウンを見た。
「なら、その捜査を始められるよう、生き延びなければなりませんね」
エコー・ヴェイル――西側警備連絡路――午前0時22分
ヴェインの部隊は、最初の抵抗に遭遇した。
三人の純化協定警備員が、補強された検問所の陰に立っていた。
指揮官のソーレン中尉が前へ出た。
「ヴェイン司令官」
ヴェインは足を止めた。
「中尉」
「許可のない人員を中央制御装置に近づけないよう命令を受けています」
「誰から?」
「幹部権限です」
ヴェインの表情が険しくなった。
「その権限は、あなたの司令官からアクセス権を奪ったのですよ」
ソーレンはためらった。
「ヴォス氏は、あなたが危険な状態にあると」
ヴェインは乾いた笑いを漏らした。
「当然そう言うでしょうね」
中尉は武器を握る手に力を込めた。
「拳銃を渡してください」
ヴェインは彼を見つめた。
「断ります」
廊下は静まり返った。
彼女の部下たちは落ち着かなそうに身じろぎした。
ソーレンは武器を少し上げた。
「司令官、難しいことにしないでください」
ヴェインは一歩前へ出た。
「あなたは、パージをシトロンシティの外へ広げようとしている男の命令に従っているのですよ」
「そんなはずはありません」
「なら、本人に聞きなさい」
ソーレンはためらった。
ヴェインは続けた。
「なぜ地域認証ネットワークが起動されたのか。なぜ自分の部下たちを閉じ込めたのか。なぜ緊急安全装置を迂回しているのか。聞いてみなさい」
ソーレンは技術者を見た。
技術者は携帯ディスプレイを掲げた。
【継続運用強制:有効】
【地域認証情報の配布:待機中】
ソーレンは目を見開いた。
「これは……」
「本物です」とヴェインが答えた。
彼の部下の一人が武器を下ろした。
もう一人は動かなかった。
ソーレンは監視カメラを見た。
そしてヴェインへ視線を戻した。
「どうすればいいのですか?」
「道を開けなさい。警察が来たら武器を引き渡すのです。これ以上、事態を悪化させてはいけません」
ソーレンはためらった。
そしてゆっくりと武器を下ろした。
ほかの警備員たちもそれに従った。
ヴェインは息を吐いた。
ほんの一瞬、対立は平和的に終わるかに見えた。
そのとき、頭上の監視カメラが回転した。
合成音声が廊下に響いた。
【許可のない指揮命令からの逸脱を検知】
【人員の命令不服従】
【自動警備対応を開始】
検問所の扉が閉まり始めた。
ヴェインは顔を上げた。
「動いて!」
警備員たちは下降する障壁から逃れようと走った。
ドゴォォン!
扉が勢いよく閉まった。
壁の向こうから重い機械音が響いた。
ヴェインは封鎖された検問所を見つめた。
ヴォスは監視していた。
そして彼女に支配権を奪わせるつもりなど、まったくなかった。
エコー・ヴェイル――緊急隔離区画入口――午前0時31分
レイモンドは、ダニエルの認証キーが入った保護ケースを持っていた。
部隊は地下第三階層へ続く分岐路に到着していた。
壁には大きな機械式の図面が取り付けられていた。
ヘイルはそれを調べた。
「ここだ」
彼は二つの異なる機構を指さした。
「西側隔離制御。東側隔離制御」
レイモンドは眉をひそめた。
「スイッチが二つ?」
「独立した二つの機械操作だ。同じ同期時間内に作動させなければならない」
ワイルダーが身を乗り出した。
「猶予は何秒ですか?」
ヘイルは説明書を調べた。
「十秒だ」
ワイルダーは目を見開いた。
「十秒?」
「ああ」
「それは猶予じゃありません。隙間です」
レイモンドは図面を調べた。
「二つの装置はどれくらい離れている?」
「別々の整備通路を通って、およそ九十メートルだ」
レイモンドはうなずいた。
「なら、部隊を分ける」
ヘイルは中央室を指さした。
「まず認証キーを挿入する必要がある。そのあとで、両方の隔離機構を作動させられる」
レイモンドは警官たちを見た。
「つまり、三か所に人員が必要だ」
「そのとおり」
ワイルダーは腕を組んだ。
「しかも、僕たちを殺そうとしている男が支配する建物の中で、です」
レイモンドは彼をちらりと見た。
「状況の要約がうまくなったな」
「ありがとうございます」
無線機からキランの声が聞こえた。
『レイモンド、両方の通路を地図にしたよ。西側は今のところ安全だ』
ナサニエルが付け加えた。
『東側の通路は、ヴェインの部隊がいる警備連絡路につながってる』
レイモンドは地図を見た。
「なら、東側は彼女たちに任せるしかない」
ヘイルはうなずいた。
「それが最も早いだろう」
レイモンドはエリソンに連絡した。
「隔離室に近づいている。東側の操作はヴェインの部隊に任せる必要がある」
エリソンはすぐに答えた。
『安全な通信回線を通じて調整して。部隊同士は離しておくこと。それから、すべての指示を記録して』
「了解」
ワイルダーは暗闇を見た。
「テロリストとの信頼関係を築く訓練ですか。最高ですね」
レイモンドは首を振った。
「信頼の問題じゃない」
彼は認証キーを確認した。
「全員が、やるべきことを正確に実行するかどうかだ」
ギアの工房――午前0時39分
キランは三つのアクセス経路を監視していた。
ナサニエルは制御装置を追跡していた。
マッハは安全な通信回線を維持していた。
工房は、コンピューターの音と遠くで響く換気装置の低い駆動音を除けば静かだった。
ギアは損傷したMACH-01Aの調査に戻っていた。
交換用の部品をむき出しのシャーシに当ててみた。
そして首を振った。
「スナット」
キランはちらりと見た。
「悪いスナット?」
「高くつくスナット」
「ああ……」
ギアは部品を脇に置いた。
「心配するな。何とかするさ」
キランは紫色の車椅子を見た。
「今夜じゃないけどね」
ギアは少し間を置いた。
「ああ」
キランはうなずいた。
今回は言い返さなかった。
代わりに、モニターへ意識を戻した。
【第二再認証:92%】
ナサニエルは目をこすった。
「進むのが速くなってる」
マッハが確認した。
「制御装置は最終認証処理を加速させています」
キランは通信回線を開いた。
「レイモンド、状況は?」
レイモンドが答えた。
『配置につくところだ』
「あとどれくらい?」
『わからん』
キランはカウントダウンをちらりと見た。
「できるだけ早くお願い」
レイモンドは笑った。
『予定表に書いておこう』
キランは微笑んだ。
そのとき、新しい警告が現れた。
【公共緊急放送――送信待機中】
彼は眉をひそめた。
「何これ?」
ナサニエルはファイルを開いた。
準備済みの緊急声明が表示された。
そこには、独立して運用されるVentシステムに広範囲の不安定性が発生しているという警告が記されていた。
未認証機器の即時使用停止を推奨していた。
そして純化協定の中央管理機関による登録義務化を求めていた。
キランは目を見開いた。
「被害者のせいにするつもりなんだ」
マッハは文書を解析した。
「この声明は、今回の緊急事態が始まる前に作成されています」
ナサニエルは顔を上げた。
「つまりヴォスは、攻撃を利用して登録制度を正当化するつもりだったんだ」
キランの表情が険しくなった。
「保存して」
ナサニエルはうなずいた。
「もうやってる」
「エリソンにも送って」
「送信中」
キランは街の地図を見た。
街のどこかでは、まだ車椅子の修理を待っている人々がいた。
家に帰ろうとしている家族がいた。
また移動機器が止まってしまうのではないかと不安に思う子供たちがいた。
そしてヴォスは、さらに多くの支配権を自分に渡すことこそが解決策だと、人々に信じ込ませるための演説を準備していた。
キランは歯を食いしばった。
「絶対に逃がさない」
シトロン・アカデミー――午前0時47分
マイケイラのスマートフォンが振動した。
キランからのメッセージが表示された。
ヴォスが攻撃前から登録制度の声明を準備していた証拠を見つけた。警察が保全してる。まだ詳しいことは公表しないで。
彼女は二度読んだ。
そしてセリーナを見た。
「何か動きがあったみたい」
セリーナは眉を上げた。
「いい知らせ?」
「たぶんね」
マーガレットがコーヒーを持って近づいた。
「今夜聞いた中で、一番安心できない答えね」
マイケイラはかすかに微笑んだ。
「警察は、誰が黒幕なのかを証明するところまで近づいてるみたい」
セリーナの表情が変わった。
「ヴォス?」
マイケイラはためらった。
「キランによると証拠はあるけど、まだ確認中なんだって」
セリーナはゆっくりとうなずいた。
「なら、待ちましょう」
マーガレットは不満そうな顔をした。
「待つのは大嫌いよ」
「知ってる」
「交換用の車輪のベアリングを三週間も待ってるの。待つことは私の天敵なのよ」
マイケイラは笑った。
セリーナはノートパソコンの声明文を見た。
「なら、これを完成させましょう」
三人は作業に戻った。
アカデミーの外では、街は動き続けていた。
まだ自由に移動できない人もいた。
必要な支援を受けられていない人もいた。
しかし、パージの被害を受けた人々は団結し始めていた。
そして、その声はますます大きくなっていた。
エコー・ヴェイル――中央隔離室――午前0時54分
レイモンドは補強された機械式コンソールの前に立っていた。
部屋は円形だった。
大きな導管が天井から入り、床の下へ消えていた。
中央の柱には、第二制御装置の物理隔離インターフェースが収められていた。
重い機械式レバーが、部屋の反対側同士に取り付けられていた。
ヘイルは認証用の差し込み口を調べた。
「ここだ」
レイモンドが近づいた。
「キーはここに?」
「ああ」
彼は保護ケースを開いた。
金属製のキーが非常灯を反射した。
一瞬、レイモンドはダニエルの手書きのメッセージを思い出した。
技術は、人々が自分の人生をより自由にコントロールできるようにするべきだ。自由を奪うためのものではない。
彼はキーを差し込んだ。
カチッ。
コンソールが起動した。
【物理認証を検知】
【リヴァース安全装置――使用可能】
【二地点隔離が必要】
レイモンドは息を吐いた。
「キラン、中に入った」
工房ではキランが姿勢を正した。
「よかった」
ヘイルは表示を調べた。
「西側と東側の機構が使用可能になった」
レイモンドは無線機を起動した。
「ヴェイン、報告しろ」
彼女の声が戻ってきた。
『東側隔離制御に近づいています』
「抵抗は?」
『多少あります』
レイモンドは眉をひそめた。
「多少とは?」
『ヴォスが背後の通路を封鎖しています』
「機構には到達できるのか?」
少し間が空いた。
『できます』
レイモンドはワイルダーを見た。
「お前は俺と西側へ来い」
ワイルダーはうなずいた。
「了解です」
ヘイルは二人の警官とともに中央コンソールに残った。
レイモンドは図面を確認した。
「配置についたら、マーカスが合図を出す」
ヘイルはうなずいた。
「両方の制御を十秒以内に作動させる必要がある。そのあと中央コンソールで最終確認を行う」
キランの声が聞こえた。
『その最終確認は、制御装置の再認証が完了する前にやらないといけないんだよね』
ヘイルは表示を見た。
【第二再認証:94%】
「ああ」
レイモンドは無線機を握り直した。
「なら、時間を無駄にするな」
エイドリアン・ヴォスの執務室――午前1時1分
ヴォスは隔離室が起動する様子を見ていた。
モニターにはリヴァース安全装置の認証が表示されていた。
彼の表情が冷たくなった。
「ダニエル……」
彼は画面へ身を乗り出した。
「今になっても、まだ……」
ヴォスは何年もの間、リヴァースを理想主義者だと見下していた。
優秀な技術者。
腹立たしいほど頑固な男。
公共インフラは、それに頼る人々のために存在するべきだと信じていた男。
ヴォスは、その思想を甘いものだと考えていた。
権力には統制が必要だった。
統制には権限が必要だった。
そして権限には、ほかの者たちが感傷に流されて下せない決断を下せる人間が必要だと、彼は信じていた。
ヴォスは幹部警備制御を開いた。
警察は最後の安全装置に到達していた。
ヴェインは東側の機構へ向かっていた。
現地の自動ユニットは停止させられていた。
元の記録の一部は保全されてしまった。
あまりにも多くのものが、彼の支配から離れ始めていた。
ヴォスは新しい命令を選択した。
【緊急防衛優先】
【継続運用強制を保護】
【隔離機構へのアクセスを制限】
警告が現れた。
【人員に危険が及ぶ可能性があります】
ヴォスはそれを閉じた。
「許容範囲だ」
彼は命令を承認した。
エコー・ヴェイル――西側隔離通路――午前1時5分
レイモンドとワイルダーは西側の機構に到着した。
それは狭い機械設備用のくぼみに取り付けられていた。
大きな鋼鉄製のハンドル車が、重い隔離レバーにつながっていた。
ワイルダーは装置を調べた。
「潜水艦にありそうな装置ですね」
レイモンドが近づいた。
「操作できるか?」
ワイルダーはハンドル車を試した。
ほとんど動かなかった。
「たぶん」
レイモンドも加わった。
二人で回した。
ギギギギッ!
機構が動いた。
機械式の表示が赤から琥珀色に変わった。
【西側制御――作動準備完了】
レイモンドは無線機を起動した。
「西側、準備完了」
ヘイルが答えた。
『了解』
続いてヴェインの声が聞こえた。
『東側も、もうすぐ準備できます』
レイモンドは通路を見た。
「もうすぐ?」
無線機の向こうから、遠くで金属がぶつかる音が響いた。
ヴェインの声が鋭くなった。
『ヴォスが新たな警備障壁を起動しました』
レイモンドは眉をひそめた。
「突破できるか?」
『今、対応しています』
ワイルダーは西側の機構を見た。
「隊長?」
レイモンドは彼をちらりと見た。
「何だ?」
頭上の照明がちらついた。
警告音が鳴った。
【幹部防衛優先:有効】
【許可のない隔離操作を検知】
ワイルダーは唾を飲み込んだ。
「建物に気づかれたみたいです」
エコー・ヴェイル――東側隔離通路――午前1時8分
ヴェインは下降する防爆扉の前に立っていた。
技術者が整備用パネルを操作していた。
扉は途中で止まり、下に狭い隙間が残っていた。
障壁の向こうには東側隔離機構があった。
ヴェインはしゃがみ込み、隙間を調べた。
「支えられますか?」
技術者は首を振った。
「幹部システムがモーターを強制的に閉じようとしています」
部下の一人が扉の下に機械式の支柱を設置した。
金属がきしんだ。
ギギギッ!
ヴェインは開口部を見た。
「制御装置を作動準備状態にしなさい」
部下はためらった。
「司令官、支柱は長く持ちません」
「なら、急ぎなさい」
技術者は障壁の下を滑り抜けた。
反対側に到着した。
そして隔離機構へ近づいた。
「見つけました!」
ヴェインは無線機を起動した。
「レイモンド、東側の制御装置を確認しました」
レイモンドが答えた。
『操作できるか?』
「できます」
技術者は機械式のハンドル車を回し始めた。
ギギギギッ!
表示が変わった。
【東側制御――作動準備完了】
ヴェインは息を吐いた。
「東側、準備完了」
そのとき、支柱が曲がり始めた。
バキッ!
支えていた警備員が後ずさった。
「司令官!」
ヴェインは振り返った。
防爆扉がさらに数センチ下がった。
技術者はまだ反対側にいた。
「戻りなさい!」と彼女は叫んだ。
技術者は開口部へ走った。
扉は下降し続けた。
ガガガガッ!
技術者が下を滑り抜けた瞬間、ヴェインは彼の腕をつかんだ。
部下たちが彼を引き出した。
防爆扉が勢いよく閉まった。
ドゴォォン!
沈黙。
技術者は床に横たわり、荒い呼吸を繰り返していた。
ヴェインは封鎖された扉を見た。
東側の機構は作動準備状態になっていた。
しかし、もう誰も近づけなかった。
彼女は無線機を起動した。
「レイモンド」
彼の声が返ってきた。
『どうぞ』
「問題が発生しました」
ギアの工房――午前1時12分
キランは施設の地図を見つめていた。
両方の隔離制御は作動準備状態になっていた。
しかし、ヴェインの部隊は東側の機構から締め出されていた。
ナサニエルは警備映像を調べた。
「防爆扉は完全に封鎖されてる」
マッハは機械式の図面を解析した。
「別の緊急アクセス経路が存在する可能性はありますが、到達にはかなりの時間が必要です」
キランはカウントダウンを見た。
【第二再認証:95%】
胃が締めつけられた。
「あとどれくらい?」
マッハが答えた。
「制御装置は最終準備段階に入りました。完了までの正確な時間は依然として不明です」
キランは中央コンソールを見た。
ヘイルが待っていた。
レイモンドとワイルダーも準備ができていた。
ヴェインの部隊は扉の反対側に閉じ込められていた。
安全装置の作動まで、あと少しだった。
本当に、あと少し。
キランは一瞬目を閉じた。
そして開いた。
「考えろ……」
ナサニエルは彼をちらりと見た。
「何?」
「何か見落としてる」
マッハは検索を続けた。
「東側の機構には物理的な操作が必要です」
「わかってる」
「遠隔操作は不可能です」
「わかってる」
「警備障壁が直接アクセスを妨げています」
キランは古い図面を見つめた。
そのとき、東側制御装置と中央室を結ぶ細い線に気づいた。
「待って」
ナサニエルが身を乗り出した。
「何?」
キランは指さした。
「これ、何?」
マッハは図面を拡大した。
細い機械式の連結機構が、東側隔離制御装置と整備点検口をつないでいた。
ナサニエルは眉をひそめた。
「点検用の連結機構だ」
キランはヘイルのカメラ映像を見た。
「マーカス、元の設計図が見える?」
ヘイルが答えた。
『ああ』
「東側隔離制御装置から中央室に向かって、機械式の連結機構が伸びてるんだ」
ヘイルは図面を調べた。
その表情が変わった。
「ダニエルの点検用連結機構だ」
キランは身を乗り出した。
「それで制御装置を作動させられる?」
ヘイルはためらった。
「整備中に機構の動きを確認するためのものだ」
「作動させられる?」
ヘイルは中央コンソールを見た。
「可能性はある。ただし、負荷がかかった状態で使うようには設計されていない」
キランは目を見開いた。
「つまり?」
「連結機構が壊れるかもしれない」
ナサニエルは制御装置を見た。
【95%】
キランは息を吸った。
「安全装置まで壊れる?」
ヘイルは考えた。
「必ずしもそうではない。ただ、制御装置を動かしている最中に失敗すれば、残された唯一の機会を失うかもしれない」
キランはゆっくりとうなずいた。
「なら、試す前に位置が正しく合ってることを確認しないと」
マッハは連結機構の可動範囲を計算し始めた。
「解析中です」
エコー・ヴェイル――中央隔離室――午前1時17分
ヘイルはコンソールの下にある古い点検パネルを開いた。
中には狭い機械式のシャフトがあった。
鋼鉄製のロッドが壁の奥へ伸びていた。
表面には何十年分もの埃が積もっていた。
ヘイルは装置を調べた。
「ダニエルめ、この頑固者が……」
レイモンドの声が聞こえた。
『マーカス?』
ヘイルはかすかに微笑んだ。
「別の方法を残してくれていた」
ワイルダーは安心した声を出した。
『ようやくいい知らせですね』
ヘイルは点検用ハンドルに手を伸ばした。
しかし、そこで止まった。
中央コンソールに警告が現れた。
【幹部防衛優先】
【隔離操作を検知】
【最終警備対応を準備中】
照明が暗くなった。
低い機械音が施設全体に広がった。
レイモンドは通路を見た。
「キラン、何が起きてる?」
工房では、マッハのアイコンが赤く点滅した。
「新たな警備活動を検知しました」
ナサニエルは映像を開いた。
複数の防爆扉が動いていた。
緊急障壁が整備通路を封鎖していた。
そして制御装置は、再び処理を加速させていた。
【第二再認証:96%】
キランは目を見開いた。
「レイモンド、ヴォスがみんなを締め出そうとしてる!」
レイモンドは西側の制御装置を強く握った。
「なら、その前に終わらせるしかないな」
ヘイルは点検用の連結機構を調べた。
ヴェインの声が無線機から聞こえた。
『東側の制御装置は作動準備状態ですが、私の部隊は近づけません』
レイモンドは中央室の映像を見た。
「マーカス、連結機構を操作できるか?」
ヘイルはハンドルを握った。
「やってみよう」
キランが割って入った。
「待って。マッハがまだ位置を確認してる」
レイモンドはカウントダウンを見た。
【96%】
「キラン……」
「わかってる」
マッハのアイコンがちらついた。
「機械的位置合わせを確認しました。ただし、連結機構の構造的な強度は保証できません」
キランはヘイルを見た。
「マーカス、使うなら抵抗が変わるところまでゆっくり動かして。そのあと、レイモンドとヴェインの部隊は同期の合図に備えて」
ヘイルはうなずいた。
「了解した」
レイモンドは無線機を起動した。
「全配置、待機」
ワイルダーは西側のハンドル車を握った。
ヴェインは封鎖された東側の防爆扉の前で耳を澄ませた。
ヘイルは中央コンソールに残っていた。
キランは工房からシステムを監視していた。
カウントダウンは進み続けていた。
【97%】
ヘイルはハンドルを回し始めた。
ギギギギッ!
連結機構が動いた。
機械式の表示が変わった。
【東側制御――遠隔機械点検】
ヘイルは力を込めた。
「頼む……」
ロッドが震えた。
ギギギッ!
警告が現れた。
【機械的負荷が許容値を超過】
キランは身を乗り出した。
「マーカス、止めて!」
ヘイルは動きを止めた。
ハンドルが静止した。
数秒間、誰も何も言わなかった。
そのとき、コンソールに新しいメッセージが現れた。
【東側制御――作動可能】
レイモンドは目を見開いた。
「それでいいのか?」
ヘイルは画面を見た。
「これでいい」
キランは息を吐いた。
「よし……」
彼は通信回線を開いた。
「みんな、よく聞いて。これが最後のチャンスだ」
レイモンドは西側の機構を強く握った。
ヴェインは封鎖された東側の防爆扉の前に立っていた。
ヘイルは中央コンソールに残っていた。
安全装置は準備が整っていた。
制御装置の処理は、もうすぐ完了する。
そしてエイドリアン・ヴォスは、そのすべてを監視していた。
【第二再認証:97%】
【継続運用強制――最終準備】
レイモンドは無線機に向かって言った。
「マーカス」
ヘイルが答えた。
『何だ?』
「お前の合図で動く」
ヘイルはダニエル・リヴァースの認証キーを見た。
そして二つの隔離表示を見た。
息を吸った。
「全配置……」
施設の照明が赤く点滅した。
合成音声が室内に響いた。
【最終幹部命令を受信】
【隔離安全装置の上書きを要求】
ヘイルは画面を見つめた。
新たな認証署名が現れた。
【A・ヴォス】
そして、その下には――
【リヴァース安全装置の終了処理――待機中】
レイモンドの目が大きくなった。
「キラン!」
工房では、キランが警告を見つめていた。
マッハのアイコンが点滅した。
「キラン、ヴォスが安全装置の作動前に、その機能を終了させようとしています!」
キランはマイクへ身を乗り出した。
「マーカス、もう待たないで!」
ヘイルはハンドルを強く握った。
レイモンドは西側の機構に体を預け、力を込める準備をした。
そして、エコー・ヴェイル施設の奥深くで、パージの支配権をめぐる最後の戦いが始まった。




