エコー・ヴェイルの陰謀
その写真は、三十一年前に撮影されたものだった。
四隅は黄ばみ、下部には斜めに長い折り目が走っていた。色はすっかり褪せ、市営技術本部の前に立つ人々は、まるで幽霊のように見えた。
写っているのは十一人。
技術者たち。
行政職員たち。
政府関係者たち。
そして、中央付近に立つ二人の男。
一人はダニエル・リヴァース。
もう一人はエイドリアン・ヴォスだった。
レイモンド・ハリソンは、モニターに映し出された写真を見つめていた。
ダニエルの顔を見るのは、何年ぶりだろう。
写真の中の男は、レイモンドの記憶よりも若かった。黒い髪に細面の顔、そして、十分な人々が協力し合えばどんな難題でも解決できると信じている者特有の、自信に満ちた笑顔を浮かべていた。
レイモンドは、その笑顔を覚えていた。
深夜の会議で、ひどいコーヒーを飲みながら笑っていたダニエルを覚えていた。
技術や政府の監督権限、そして、自分たちが十分に理解していない道具を権力者に与えることの危険性について、何度も議論したことを覚えていた。
そして、最後に交わした会話も覚えていた。
あのとき、ダニエルは怒っていた。
仕事で嫌なことがあったときの、ありふれた怒りではなかった。
彼は恐れていたのだ。
レイモンドは画面に身を乗り出した。
「この写真、どこで見つけた?」
ナサニエル・ブルックスは、ギアの工房で彼の向かいに座っていた。
「市の記録保管庫だよ。エコー・ヴェイル計画の最初の発表資料に添付されてたんだ」
レイモンドは写真を指さした。
「これがダニエルだ」
ナサニエルはうなずいた。
「そして、こっちがエイドリアン・ヴォス」
レイモンドの表情が暗くなった。
「わかってる」
ギアは作業台の横に立ち、MACH-01Aから取り外した損傷した冷却部品を調べていた。
「二人は一緒に仕事をしてたの?」
レイモンドはゆっくりとうなずいた。
「しばらくの間はな」
キラン・キリアンは、一時的に借りた電動車椅子からその様子を見ていた。MACH-01Aの修理が終わるまで、彼の姿勢保持や操作上の必要に合わせて調整された代替機だった。
座り心地は悪くなかった。
しかし、紫色の戦闘用マシンと比べると、あまりにも普通に感じられた。
プラズマ砲はない。
装甲シールドもない。
飛行システムもない。
操作装置に組み込まれた、皮肉屋のAIさえいなかった。
現在、マッハはキランの横に取り付けられた携帯通信ディスプレイを通じて活動していた。
キランはレイモンドを見た。
「二人の間に何があったの?」
レイモンドはしばらく黙っていた。
そして答えた。
「ダニエルは、ヴォスを信用しなくなったんだ」
午後四時十二分。
工房は、非公式の捜査本部と化していた。
三台のモニターには古い市の記録が表示されていた。
別の一台には、第二パージ制御装置の所在地が映っていた。
五台目には、エコー・ヴェイル施設から届いた最新の偵察写真が表示されていた。
ナサニエルは文書を開いた。
【プロジェクト・エコー・ヴェイル】
【初期認証体系】
【目的:地域緊急時の継続運用】
【主要署名者:A・ヴォス/D・リヴァース】
「もともとエコー・ヴェイルは、大規模災害が発生した際にも緊急インフラを稼働させ続けるためのものだったんだ」
ナサニエルは説明した。
キランはうなずいた。
「それ自体は悪いことじゃなさそうだね」
「必ずしも悪い計画ではなかったんだよ」
ナサニエルは画面をスクロールした。
「緊急通信、交通機関の調整、病院の支援システム、公共安全インフラ。最初はそういうものが優先されていた」
ギアは作業台にもたれかかった。
「じゃあ、何が変わったの?」
ナサニエルは別のファイルを開いた。
【改訂第07版】
【中央認証権限の拡大】
【遠隔遵守管理インターフェース】
【ローカル操作優先権――条件付き】
キランは眉をひそめた。
「遠隔遵守管理?」
マッハのアバターが現れた。
「中央管理者が、接続された機器に対して運用上の制限を強制できる仕組みです」
キランは目を見開いた。
「つまり、政府が人々の車椅子に命令できるようにしようとしたってこと?」
ナサニエルは首を振った。
「元の文書だけでは、車椅子が対象だったとは断定できないよ。もっと広い意味で書かれているんだ」
彼は別の文章を強調表示した。
「でも、この仕組みは対応する認証命令を受け入れる機器に応用できる」
レイモンドは腕を組んだ。
「そして、誰かが実際に応用した」
ナサニエルはうなずいた。
「クリーン・スレートはエコー・ヴェイルの一部を取り込んだ。その後、純化協定が安全装置を取り除いて悪用したんだ」
キランは写真を見た。
「ダニエルは知ってたの?」
レイモンドは息を吐いた。
「何かがおかしいとは気づいていた」
少し間を置いた。
「だが、ここまでひどいことになるとは思っていなかっただろうな」
三十一年前。
ダニエル・リヴァースは、大勢の人が集まる会議室で、座ることを拒んでいた。
テーブルの反対側にはエイドリアン・ヴォスが座っていた。
二人の間には、技術文書が山のように積み重ねられていた。
ダニエルは一枚の書類を手のひらで叩いた。
「これは、我々が合意したものではない!」
ヴォスは眼鏡を直した。
「ダニエル、落ち着きたまえ」
「断る!」
数人の職員が気まずそうに顔を見合わせた。
ダニエルは続けた。
「元のシステムは、インフラが故障したときに緊急サービスを維持するために設計されたものだ。個人の操作権を奪うためではない!」
ヴォスは両手を組んだ。
「地域規模の災害には中央からの調整が必要だ」
「調整と強制は違う!」
「君は大げさに考えすぎている」
ダニエルは文書を指さした。
「ならば説明してくれ。なぜ改訂第七版では、管理者が現場の承認なしに遵守命令を出せるようになっている?」
ヴォスは冷静なままだった。
「緊急対応者が、すべての機器から一つ一つ許可を得るまで待っているわけにはいかないからだ」
ダニエルは首を振った。
「君は機械の話をしているが、その機械に頼って生きている人間がいることを忘れている!」
ヴォスはため息をついた。
「君は仮定上の悪用ばかりを心配して、現実的な安全対策を妨げている」
ダニエルは身を乗り出した。
「そして君は、誰かにシステムを悪用する力を与えても、実際に悪用されるまでは問題にならないと思い込んでいる!」
会議室は静まり返った。
ヴォスの表情が険しくなった。
「言葉に気をつけたまえ、ダニエル」
ダニエルは彼を見つめた。
「だからこそ、私はこうして警告しているんだ」
レイモンドはモニターから目をそらした。
キランは彼を見た。
「その会議にいたの?」
レイモンドは首を振った。
「いや。あとでダニエルから聞いたんだ」
「何て言ってた?」
レイモンドはかすかに微笑んだ。
「ヴォスは独裁を行政上の便利な仕組みに聞こえさせる方法を発見した、とな」
キランは一度笑った。
「うまい表現だね」
レイモンドの笑みが消えた。
「ダニエルは心配していた。誰かが緊急システムを、人々の生活を支配できるものに変えようとしていると考えていたんだ」
ナサニエルは改訂履歴を調べた。
「この記録によると、リヴァースは三回、正式な異議を申し立ててる」
ギアが顔を上げた。
「どうなったの?」
「二件は却下された」
「三件目は?」
ナサニエルは別のページを開いた。
【異議申立03――安全装置の設置要求】
【処理結果:条件付き承認】
【実装:リヴァース二地点認証取消システム】
キランは微笑んだ。
「僕たちが使った安全装置だ」
マッハが答えた。
「そのとおりです」
レイモンドはうなずいた。
「ダニエルは議論には勝てなかった。だが、抵抗する手段だけは残したんだ」
ナサニエルの表情が変わった。
「待って」
彼は承認履歴を開いた。
「ほかにもある」
ギアが近づいた。
「何?」
ナサニエルは署名記録を拡大した。
【改訂第07版――承認】
【幹部承認:A・ヴォス】
【技術的異議:D・リヴァース】
【最終配備承認:保留】
その下には別の記録があった。
【改訂第08版――承認】
【幹部承認:A・ヴォス】
【技術審査:免除】
【最終配備承認:許可】
レイモンドは目を見開いた。
「ヴォスは技術審査を飛ばしたのか」
ナサニエルはうなずいた。
「記録上はそうなってる」
キランは彼を見た。
「それって違法なの?」
「それだけでは何とも言えないよ。当時、彼にどんな権限があったのか、その免除が有効だったのかを調べる必要がある」
レイモンドは歯を食いしばった。
「だが、ダニエルが反対していたことは証明できる」
「そうだね」
ナサニエルは最後の承認記録を見た。
「それでもヴォスは、次の改訂版を承認したんだ」
シトロンシティ警察署では、マーラ・エリソン刑事が別の証拠を調べていた。
コバルトの装甲から回収された損傷した通信モジュールは、密閉された証拠保管容器に収められていた。
机の向こうでは、鑑識分析官が最新の調査結果を表示していた。
「モジュールの内部記憶から、さらに一つの断片を復元できました」
エリソンは身を乗り出した。
「何が書いてあるの?」
分析官はファイルを開いた。
【外部幹部通信回線】
【命令権限:EV-PRIORITY】
【指令:パージ起動猶予時間を維持】
【第二指令:リヴァース安全装置の実行を阻止】
エリソンは眉をひそめた。
「誰が発令したの?」
「まだ不明です」
「発信元は追跡できる?」
「通信経路をエコー・ヴェイル継続運用ネットワークまで絞り込めました」
エリソンは腕を組んだ。
「またそのネットワークね」
分析官はうなずいた。
「もう一つあります」
二つ目の文書が現れた。
【認証プロファイル:エコー・ヴェイル幹部継続運用】
【初回登録年:1995年】
エリソンは目を見開いた。
「三十一年前じゃない」
「はい」
「今でも有効なの?」
「そのようです。誰かが維持、あるいは更新し続けています」
エリソンは椅子にもたれた。
「元のアカウント所有者は特定できる?」
分析官はためらった。
「残っている記録には幹部管理者への言及がありますが、氏名は暗号化されています」
エリソンは画面を見た。
「復元できる?」
「可能性はあります。元のエコー・ヴェイル認証記録へのアクセスが必要です」
エリソンはうなずいた。
「なら、入手しましょう」
午後四時三十八分。
エイドリアン・ヴォスは、カメラに囲まれた演壇へ上がった。
報道陣が会場に詰めかけていた。
演壇にはマイクが並んでいた。
背後には大きな横断幕が掲げられていた。
【公共安全・移動保障構想】
ヴォスは眼鏡を直した。
そしてカメラを見た。
「シトロンシティの市民のみなさん」
会場が静かになった。
「本日、我々の地域社会は、決して容認できない技術的暴力行為に見舞われました」
カメラのシャッター音が響いた。
「何千もの人々が生活に欠かせない移動機器の機能停止を経験し、今なお多くの方々が、機器を安心して利用できない状況に置かれています」
彼は少し間を置いた。
「被害に遭われた方々に、心よりお見舞い申し上げます」
一人の記者が手を挙げた。
「ヴォス氏、純化協定を非難しますか?」
ヴォスは厳粛にうなずいた。
「目的を達成するために暴力や許可のない干渉を用いる、いかなる組織も非難します」
別の記者が質問した。
「それは純化協定そのものも含むのですか?」
ヴォスはかすかに微笑んだ。
「純化協定が公に行っている主張活動と、暴力的過激派の行動は区別しなければなりません」
記者は眉をひそめた。
「つまり、組織には責任がないと?」
「責任の所在は捜査によって明らかにされるべきだと言っているのです」
彼は書類を整えた。
「しかし、本日の事件は、高度な移動技術に対する監督を強化する必要性を明確に示しました」
会場にざわめきが広がった。
ヴォスは続けた。
「弱い立場に置かれた市民を技術的な搾取から守るため、包括的な認証・登録制度を確立しなければなりません」
一人の記者が立ち上がった。
「中央集権的な登録制度を作れば、また悪用される可能性があるのでは?」
ヴォスは微笑んだ。
「適切に規制された制度は、人々を守ります」
記者は食い下がった。
「ですが、今日の攻撃には中央からの制御が使われていました」
その日初めて、ヴォスの笑顔がわずかに弱まった。
「だからこそ、責任ある中央監督が必要なのです」
シトロン・アカデミーで、セリーナ・チョウは信じられない思いで記者会見を見ていた。
マイケイラが隣に立っていた。
近くではマーガレット・ホロウェイが腕を組んで座っていた。
テレビの中でヴォスは演説を続けていた。
『適切な安全装置があれば、移動機器が統一された安全基準に従って動作することを保証できます』
セリーナは画面を見つめた。
「やってるわ」
マイケイラは眉をひそめた。
「何を?」
「この攻撃を利用して、もっと支配しようとしてるのよ」
マーガレットは首を振った。
「やっぱりね」
セリーナはテレビを指さした。
「誰かが私たちの車椅子を遠隔操作でロックしたのに、その解決策が、当局にもっと大きな権限を与える制度を作ることなの?」
マイケイラはゆっくりとうなずいた。
「そう聞こえるね」
セリーナはスマートフォンを手に取った。
「こんなの、黙って見ていられない」
マーガレットは微笑んだ。
「その意気よ」
マイケイラは彼女を見た。
「何をするつもり?」
セリーナは文字を入力し始めた。
「反論するのよ」
ギアの工房でも、キランは同じ記者会見を見ていた。
彼はヴォスを見つめた。
「あの人、本当にひどい考えをもっともらしく聞こえさせるのが上手だね」
マッハが答えた。
「彼の説明は、提案する制限を保護措置として位置づける手法に大きく依存しています」
キランはうなずいた。
「うん。『君たちのために自由を取り上げます』って言うのが、すごく上手なんだ」
レイモンドは腕を組んだ。
「ダニエルが聞いたら激怒しただろうな」
ナサニエルは別の古い文書を開いた。
「ダニエルといえば……」
彼はスキャンされた手紙を表示した。
【個人書簡】
【差出人:ダニエル・リヴァース】
【宛先:マーカス・ヘイル】
【件名:エコー・ヴェイル認証権限】
レイモンドは身を乗り出した。
「何て書いてある?」
ナサニエルは声に出して読んだ。
「マーカス、最新の認証変更を確認した。現在の条件では、私は配備を支持できない」
彼は少し間を置いた。
「幹部継続運用プロファイルは、もはや災害復旧だけに限定されていない。市の監督を受けずに運用権限を確立できるようになっている」
ギアは眉をひそめた。
「第二制御装置のことだね」
ナサニエルは続けた。
「私は独立監査を要求した。監査が完了するまで、外部認証機能をすべて停止することを強く勧告する」
キランはレイモンドを見た。
「聞き入れられたの?」
ナサニエルはスクロールした。
下部にはマーカス・ヘイルからの返信があった。
【ダニエル、私も君の懸念を共有している。しかし、幹部委員会はすでに継続運用機能の拡張を承認してしまった。私は緊急安全装置を残そうと努力している】
レイモンドは手紙を見つめた。
そして静かに言った。
「その週のことを覚えている」
キランは彼を見た。
「何があったの?」
レイモンドは黙った。
そして答えた。
「ダニエルが俺に会いに来たんだ」
その記憶は、痛いほど鮮明によみがえった。
その夜は雨が降っていた。
ダニエル・リヴァースは、上着の下に書類の入ったフォルダーを抱え、レイモンドのアパートの前に立っていた。
顔色は青白かった。
レイモンドは扉を開けた。
「ダニエル?」
「話がある」
レイモンドは脇へ寄った。
ダニエルは中へ入った。
そして、キッチンのテーブルにフォルダーを置いた。
レイモンドはそれを見た。
「どうした?」
ダニエルは額をさすった。
「連中は配備を強行するつもりだ」
「エコー・ヴェイルを?」
ダニエルはうなずいた。
「ヴォスが押し通した」
レイモンドは眉をひそめた。
「認証権限の拡大は止めたんじゃなかったのか?」
「一部は止めた」
ダニエルはフォルダーを開いた。
「だが、別の制御装置がある」
レイモンドは目を見開いた。
「別の?」
「独立したインフラだ。市のネットワークの外にある。災害時に引き継ぐためのものらしい」
「それ自体は理にかなってるだろう」
ダニエルは首を振った。
「与えられている権限が問題なんだ」
レイモンドは書類を調べた。
「何が言いたい?」
ダニエルは彼をまっすぐ見た。
「もし誰かがこのシステムを支配したら、命令を出す前に誰の許可も取る必要がなくなるということだ」
レイモンドは眉をひそめた。
「なら、なぜ作る?」
ダニエルの表情が暗くなった。
「エイドリアン・ヴォスは、安全とは自分のような人間が全員の代わりに決断する力を持つことだと信じているからだ」
レイモンドは彼を見つめた。
「俺に何をしてほしい?」
ダニエルはフォルダーを閉じた。
「もし俺に何かあったら、この書類が消されないようにしてほしい」
レイモンドは胃の奥が冷たくなるのを感じた。
「ダニエル……」
「本気だ」
レイモンドはうなずいた。
「わかった」
ダニエルはかすかに微笑んだ。
「ありがとう」
レイモンドは現在へ意識を戻した。
顔色が悪くなっていた。
キランは彼を見た。
「レイモンド?」
レイモンドはナサニエルを見た。
「ダニエルからフォルダーを預かったんだ」
ナサニエルは背筋を伸ばした。
「え?」
「エコー・ヴェイルの資料が入ったフォルダーだ」
ギアが近づいた。
「まだ持ってる?」
レイモンドはためらった。
「わからん」
キランは眉をひそめた。
「どういうこと?」
「ダニエルが亡くなったあと、あいつの書類の一部を保管したんだ。全部は確認していない」
ナサニエルは身を乗り出した。
「どこに?」
レイモンドは床を見た。
「昔の家だ」
沈黙。
そしてキランが口を開いた。
「なるほど」
レイモンドは顔を上げた。
キランは微笑んだ。
「宝探しに出かけることになりそうだね」
マッハが答えた。
「文書が現在も無事に残っていると仮定すれば、ですが」
レイモンドはゆっくりとうなずいた。
「確かめる方法は一つしかない」
午後五時二分。
エリソン刑事は偵察班から新たな報告を受け取った。
エコー・ヴェイル施設は稼働を続けていた。
警備員たちは建物間で機材を移動させていた。
複数の車両が敷地に入っていた。
そしてマーカス・ヘイル博士は、施設の地下区画へ連れていかれていた。
エリソンは写真を調べた。
「何をしているかわかる?」
部隊長が答えた。
『中央通信棟の近くで大型機材の移動を確認しています。追加の設備を準備している可能性があります』
エリソンは眉をひそめた。
「確認できる?」
『もっと近づかなければ無理です』
彼女は考えた。
そして答えた。
「監視を続けて。交戦は禁止」
『了解しました』
エリソンは通信を終えた。
施設の地図を見た。
赤い表示が現れた。
【第二再認証――31%】
エリソンはため息をついた。
「進んでいるわね……」
午後五時十九分。
レイモンドは昔の家に到着した。
建物はシトロンシティ西部の静かな住宅街にあった。
窓には埃が積もっていた。
庭の手入れも必要だった。
郵便受けは少し傾いていた。
キランはナサニエルと一緒に、アクセシブル仕様のバンで同行していた。マッハの携帯端末も持ってきていた。
ギアは工房に残り、MACH-01Aの修理を続けていた。
レイモンドは玄関の鍵を開けた。
蝶番がきしんだ。
キランは周囲を見回した。
「居心地よさそうだね」
レイモンドは首を振った。
「もう何年も住んでいない」
ナサニエルは廊下を見た。
「保管場所はどこ?」
「奥の部屋だ」
レイモンドは二人を家の中へ案内した。
家具には埃が積もっていた。
段ボール箱が壁沿いに並んでいた。
古い写真が傾いて飾られていた。
奥の部屋には、保管箱がぎっしり詰め込まれていた。
キランは目を見開いた。
「うわあ」
ナサニエルはため息をついた。
「すごい数の箱だね」
レイモンドはうなずいた。
「ああ」
マッハのアバターが現れた。
「整理された目録があれば便利だったでしょう」
レイモンドは画面を見つめた。
「ありがとうよ、マッハ」
「どういたしまして」
キランは微笑んだ。
「気にしないで。誰に対してもこうだから」
三人は四十分近く探し続けた。
レイモンドは古い警察関係の記録や写真、本、私物が詰まった箱を開けていった。
ナサニエルはフォルダーを調べた。
キランは代替車椅子で通れる通路を移動しながら、箱のラベルを確認して捜索を指示した。
マッハは携帯カメラを通じて文書の表題を読み取っていた。
やがて、レイモンドが動きを止めた。
手には古びた段ボール箱を持っていた。
側面には二つの単語が書かれていた。
【D. RIVERS】
レイモンドは目を見開いた。
「見つけた」
ナサニエルが近づいた。
キランは箱を見た。
「開けて」
レイモンドはテーブルに置いた。
中にはいくつものフォルダーがあった。
ノート。
写真の束。
そして、封のされた封筒。
レイモンドは封筒を持ち上げた。
表には彼の名前が書かれていた。
【RAYMOND HARRISON】
彼は唾を飲み込んだ。
「ダニエル……」
キランの表情が和らいだ。
「大丈夫?」
レイモンドはゆっくりとうなずいた。
「ああ」
彼は封筒を開けた。
中には手書きの手紙があった。
レイモンドはそれを広げた。
そして読み始めた。
レイモンドへ。
もし君がこの手紙を読んでいるなら、私はおそらく連中を止められなかったのだろう。
エコー・ヴェイルに関わった人々が、自分たちの作っているものを理解していたと言えればよかった。
理解していた者もいた。
だが、それによって自分たちが何を得られるかしか考えていない者もいた。
エイドリアン・ヴォスは、自由を危険な厄介事だと考えている。自分のような人間が代わりに決断したほうが、人々は安全になると信じているのだ。
私はそうは思わない。
技術は人々の人生に対する支配権を増やすべきであって、奪うべきではない。
そして、誰かの自立を奪うことのできるシステムは、安全だと証明されるまで脅威として扱わなければならない。
委員会には伝えていないことがある。
第二制御装置には、文書化されていない認証経路が存在する。
最終審査の際に発見した。
承認された設計には含まれていなかった。
誰かが後から追加したのだ。
特権を持つ管理者が通常の安全装置を迂回できるように設計されたものだと、私は考えている。
私は、その改造の証拠を保存しておいた。
青いフォルダーの中にある。
調査できる人の手に渡るようにしてほしい。
それから、レイモンド……。
人々を守るためには支配しなければならないなどと、連中に信じ込まされないでくれ。
君の友人、
ダニエルより。
レイモンドは手紙を下ろした。
しばらく、誰も何も言わなかった。
キランは彼を見ていた。
レイモンドの目には涙が浮かんでいた。
彼は箱を見た。
そして、底に置かれた青いフォルダーに目を向けた。
ナサニエルが慎重に近づいた。
「レイモンド……」
レイモンドはうなずいた。
「開けてくれ」
ナサニエルはフォルダーを持ち上げた。
中には技術図面があった。
内部文書。
そして、小さなデータ記憶装置。
最初のページには見覚えのある表題があった。
【エコー・ヴェイル】
【幹部継続運用アクセス】
【未承認の設計変更】
ナサニエルは目を見開いた。
「これだ」
マッハのアバターが明るくなった。
「内容を表示してください」
ナサニエルは記憶装置を、ネットワークから隔離された鑑識用コンピューターに接続した。
画面は古いシステム記録で埋め尽くされた。
その中で、一つのファイルが目を引いた。
【EV-EXEC-ROOT】
【特権認証プロファイル】
【作成者:A・ヴォス】
【保存時点の状態:有効】
キランは目を見開いた。
「ヴォスが作ったの?」
ナサニエルはうなずいた。
「この記録によればね」
レイモンドは拳を握りしめた。
「ダニエルは知っていたんだ」
マッハは解析を続けた。
「このプロファイルは、第二制御装置を通じて幹部級の権限を確立できるようです」
ナサニエルは別のファイルを開いた。
【安全装置要件の上書き】
【ローカル同意確認――任意】
【市営監督――迂回可能】
【幹部承認――それのみで十分】
通信回線からギアの声が聞こえた。
『スナット……』
キランは画面を見た。
「これが、人々の操作権を上書きできるシステムを作った仕組みなんだ」
ナサニエルはうなずいた。
「少なくとも、その一部だよ」
レイモンドは文書を見つめた。
「ヴォス……」
低い声だった。
「あのクソ野郎……」
そのとき、マッハが割って入った。
「少々お待ちください」
新たなファイルが現れた。
【第二制御装置の所在地】
【エコー・ヴェイル災害復旧施設】
【主要入口:中央通信棟】
【緊急隔離装置:地下第三階層】
ナサニエルは身を乗り出した。
「待って」
キランは顔を上げた。
「何?」
ナサニエルは図面を拡大した。
「ダニエルが、第二施設の内部にある緊急隔離装置を記録していたんだ」
マッハが構造を解析した。
「リヴァース安全装置とは異なり、この装置は完全に物理的な仕組みです」
レイモンドは眉をひそめた。
「つまり?」
ナサニエルは図面を指さした。
「誰かが施設の中へ入って、制御装置を直接切り離さなければならない」
キランはモニターに映る遠方の施設を見た。
「遠隔操作で解決する近道はないってことだね」
「そのとおり」
レイモンドは腕を組んだ。
「なら、中へ入るしかない」
午後六時十一分。
エリソンは証拠一式を受け取った。
彼女はダニエル・リヴァースの手紙を調べた。
技術記録。
認証プロファイル。
そして緊急隔離装置の図面。
レイモンドは向かいに座っていた。
キランとナサニエルは安全なビデオ通話で参加していた。
エリソンは認証記録をもう一度読んだ。
【作成者:A・ヴォス】
彼女はレイモンドを見た。
「これは重要な証拠よ」
彼はうなずいた。
「ダニエルが残したのには理由がある」
エリソンは両手を組んだ。
「でも、慎重に進めなければならないわ」
キランは眉をひそめた。
「どうして?」
「これで証明できるのは、ヴォスが何十年も前に特権認証経路を作ったということ。今日の攻撃を命令したことまで、自動的に証明されるわけではないの」
ナサニエルはうなずいた。
「そうだね」
エリソンは続けた。
「ファイルの真正性を確認して、現在のシステム記録と照合し、必要な令状を取得するわ」
レイモンドは身を乗り出した。
「施設のほうは?」
エリソンは地図を見た。
「作戦を準備している」
キランはかすかに微笑んだ。
「よかった」
エリソンは彼をまっすぐ見た。
「それから、あなたは損傷した車椅子で戦闘作戦に参加しないこと」
キランはため息をついた。
「みんな、必ずそれを言わなきゃいけないの?」
マッハが答えた。
「どうやら、そのようです」
エリソンは続けた。
「あなたのシステムに関する知識が必要なの。前線に出る必要はないわ」
キランはナサニエルを見た。
それから施設の図面を見た。
彼はうなずいた。
「わかった」
エリソンの表情が和らいだ。
「よかった」
彼女はレイモンドに向き直った。
「ダニエルが何を心配していたのか、覚えていることを全部教えて」
レイモンドはうなずいた。
「喜んで」
午後六時三十四分。
エコー・ヴェイル施設は、新たな活動段階に入っていた。
中央通信棟の地下深くで、マーカス・ヘイル博士は補強された部屋に座っていた。
両手首は拘束されていた。
扉の外には二人の警備員が立っていた。
大型モニターには、第二制御装置の進行状況が表示されていた。
【第二再認証――42%】
ヘイルは画面を見つめた。
彼は何十年もの間、人々を守るためのシステムを設計してきた。
そして今、そのシステムの一つが、本来守るべき人々を脅かすために使われていた。
扉が開いた。
ヴェイン司令官が入ってきた。
手にはタブレットを持っていた。
「博士」
ヘイルは顔を上げた。
「今度は何だ?」
ヴェインが近づいた。
「問題が発生しました」
彼はかすかに微笑んだ。
「それは結構」
彼女はその言葉を無視した。
「第二制御装置が大規模な命令を出すには、追加の旧式認証が必要なのです」
ヘイルは眉をひそめた。
「それで?」
「あなたは元の設計を知っています」
「知っているとも」
「ならば、協力できるでしょう」
ヘイルは首を振った。
「断る」
ヴェインはため息をついた。
「また同じ会話を繰り返さなければならないのですか?」
「どうやらな」
彼女はタブレットをテーブルに置いた。
技術図面が現れた。
ヘイルはそれを調べた。
表情が変わった。
図面には特権認証経路が示されていた。
ダニエル・リヴァースが警告していた、まさにその経路だった。
ヘイルは目を見開いた。
「これをどこで手に入れた?」
ヴェインは微笑んだ。
「作った人々からです」
ヘイルは彼女を見た。
「ダニエルはこれを作っていない」
「ええ」
彼女は身を乗り出した。
「彼は止めようとしたのです」
ヘイルは目を細めた。
ヴェインは続けた。
「ですが、エイドリアン・ヴォスはその価値を理解していました」
ヘイルは彼女を見つめた。
「つまり、ヴォスも関わっているんだな」
ヴェインはかすかに微笑んだ。
「ヘイル博士、あなたは頭のいい方です」
少し間を置いた。
「知っていることと、それを証明できることを混同しないようにしてください」
午後六時四十九分。
エイドリアン・ヴォスは私室へ戻ってきた。
記者会見は成功だった。
補佐官たちは満足していた。
複数の評論家が、移動技術に対する監督強化を求める彼の主張をすでに称賛していた。
しかし、ヴォスは笑っていなかった。
彼は専用端末の前に立っていた。
暗号化されたメッセージが届いていた。
【幹部継続運用通信回線】
【セキュリティ警告】
【保存された認証記録へのアクセスを検出】
ヴォスは目を見開いた。
机の端をつかむ指に力が入った。
彼はメッセージを開いた。
【発信元:リヴァース旧式記録】
【状態:機密性侵害】
その日初めて、彼の冷静さが崩れた。
「ダニエル……」
彼は、はっきりとした苦々しさを込めてその名をつぶやいた。
すると、もう一つ通知が現れた。
【第二制御装置――稼働中】
【再認証――45%】
ヴォスは目を閉じた。
数秒間、黙っていた。
そして、安全な通信回線を起動した。
歪んだ声が応答した。
『何でしょう?』
ヴォスは静かに言った。
「ヴェイン司令官は、足手まといになりつつあります」
声は少し間を置いた。
『どうなさいますか?』
ヴォスは机の上の写真を見た。
それは、レイモンドが見つけたものと同じ、古い計画の集合写真だった。
中央付近にはダニエル・リヴァースが立っていた。
笑っていた。
自分たちの計画が、最終的にどんなものになるのかも知らずに。
ヴォスは写真を伏せた。
「作戦は続行してください」
声が答えた。
『ヴェインは?』
ヴォスの表情が険しくなった。
「本当の指揮権が誰にあるのか、理解させなさい」
通信が切れた。
ギアの工房で、キランは最新の偵察画像を見ていた。
第二制御装置の施設は、依然として厳重に警備されていた。
再認証処理は進み続けていた。
そして警察は、ヘイルを救出し、システムを隔離するための共同作戦を準備していた。
ギアはMACH-01Aの横に立ち、交換用の冷却装置を締め付けていた。
ナサニエルは緊急隔離装置の図面を調べていた。
レイモンドは無線でエリソンと話していた。
マッハの紫色のアバターが携帯ディスプレイに輝いていた。
キランはダニエル・リヴァースの写真を見た。
何十年も前にエコー・ヴェイルを止めようとした男。
彼らに必要な証拠を残してくれた男。
そして、その警告がついに正しかったと証明された男。
キランはかすかに微笑んだ。
「ねえ、マッハ……」
「はい?」
「ダニエルって、きっといいウィーラーになったと思うんだ」
マッハは少し考えた。
「個人の自己決定権を守ろうとする彼の姿勢は、チームの理念と一致しています」
キランは笑った。
「ずいぶん難しい言い方で『そうだね』って言うんだね」
「そうですね」
キランは第二施設を見た。
「じゃあ、彼が始めたことを終わらせよう」
マッハのアイコンが明るくなった。
「賛成です」
モニターに新たな警告が現れた。
【第二再認証――47%】
【推定認証安定性――上昇中】
【外部幹部制御――確認済み】
キランの表情が引き締まった。
街の外のどこかで、純化協定は再び攻撃を仕掛けようとしていた。
しかし、今度はヒーローたちも、その兵器がどこに隠されているのかを知っていた。
仕組みもわかっていた。
そして、誰がその開発に関わっていたのかも知っていた。
陰謀は、もはや過去の中に埋もれてはいなかった。
今や、彼らの目の前に立ちはだかっていた。
止められるのを待ちながら。




