第二の信号
街は再び動き始めていた。
ほとんどは、だが。
シトロンシティの混雑した道路には車が行き交い、歩行者たちは午後の日差しの下を急ぎ、バスは停留所に到着し、救急車両がサイレンを鳴らしながら交差点を通り抜けていた。
遠くから眺めれば、すべてが普段どおりに見えた。
しかし、その街の中では、何千もの人々が日常を取り戻せる日を待ち続けていた。
最終パージの通信が遮断された瞬間、悪夢から解放された人もいた。
一方で、悪夢が別の形に変わっただけの人もいた。
五番街とマーサー通りの交差点では、エミリー・カーターが動かなくなったヴェント車椅子に座ったまま、移動機器の技術者による点検を受けていた。
近くには警察官が立ち、交差点の交通整理をしていた。
エミリーは、技術者が診断用タブレットを車椅子の制御システムに接続する様子を見守っていた。
「直せますか?」
技術者は診断結果を確認した。
「直せると思います。ただ、操作機能を復旧させる前に、不正な認証が完全に削除されていることを確認する必要があります」
エミリーはため息をついた。
「どれくらいかかりますか?」
「できるだけ早く終わらせます」
彼女は交差点を見た。
一時間も経たないうちに、トラックにはねられそうになった場所だった。
「誰かが死んでいてもおかしくなかったんですよ」
技術者は手を止めた。
「ええ。わかっています」
エミリーは自分の手を見下ろした。
「私はただ、道路を渡っていただけなのに」
技術者はすぐには答えなかった。
何を言えばいいのかわからなかった。
数分後、タブレットから確認音が鳴った。
【不正な認証プロファイル――削除完了】
【ローカル操作――復旧】
【ブレーキシステム――正常】
技術者は顔を上げた。
「よし。ゆっくり前に動かしてみてください」
エミリーはジョイスティックを前に倒した。
車椅子が動いた。
ほんの数センチだった。
しかし、確かに動いた。
彼女は笑った。
そして突然、目に涙が浮かんだ。
「ああ、神様……」
技術者は微笑んだ。
「出発する前に、残りの安全確認も済ませましょう」
エミリーはうなずいた。
正午以来初めて、自分の人生を自分で動かせる感覚が戻ってきた。
午後十二時四十三分。
キラン・キリアンは、まだ市営通信施設の地下に取り残されていた。
MACH-01Aは下層制御室の中で動かなくなっていた。
かつて鮮やかに輝いていた紫色のライトは暗くなっていた。
後部の推進装置は沈黙していた。
プラズマ砲は停止していた。
そして、機械式マニピュレーターはコックピットの横で力なく垂れ下がっていた。
キランは診断画面を見つめた。
【熱保護機能――作動中】
【推進システム――使用不可】
【主駆動装置――停止】
【緊急移動モード――使用不可】
彼はため息をついた。
「いやはや」
マッハの紫色のアバターが現れた。
「まったく、そのとおりです」
キランは損傷したマニピュレーターを見た。
「ギアに殺されるかも」
「統計的には、ギアが長時間の説教を行う可能性のほうが高いでしょう」
「そっちのほうが怖い気がする」
マッハは少し間を置いた。
「その可能性はあります」
レイモンド・ハリソンは車椅子の横に立ち、無線で話していた。
「こちら現場。市営接続装置の下層区画に回収班を要請する。動力式移動装置一台が故障。搭乗者一名。現時点で緊急の医療処置は必要ない」
ワイルダー巡査は近くの作業用プラットフォームを調べていた。
「いい知らせです。非常ブレーキは保持されています」
キランは微笑んだ。
「それはよかった」
ワイルダーは続けた。
「悪い知らせは、エレベーターの制御システムがまだ侵害されたままだということです」
キランはため息をついた。
「それはあんまりよくないね」
レイモンドは通信を終えた。
「保守班が携帯式の昇降装置を持って下りてくる」
キランは彼を見た。
「どれくらい?」
「二十分か、三十分くらいだ」
キランは身体を支える背もたれに寄りかかった。
「素晴らしいね」
マッハのアイコンが明るくなった。
「キラン、エネルギーの節約を推奨します」
キランは目を見開いた。
「文字どおり、じっと座ってるんだけど」
「非常によい出発点です」
ワイルダーが笑った。
レイモンドは首を振った。
そのとき、キランの表情が変わった。
「マッハ?」
「はい?」
「第二の信号だけど」
冗談めいた雰囲気が消えた。
マッハがネットワーク地図を表示した。
一本の赤い線が、シトロンシティの市域を越えて伸びていた。
その先には、正体不明の通信ノードがあった。
【第二パージ制御装置】
【所在地――未確認】
【再認証――進行中】
キランは眉をひそめた。
「あとどれくらいで起動するの?」
「不明です」
「またみんなの車椅子をロックできるの?」
「脆弱性が残る対応機器に対して、悪意ある認証権限を復旧しようとする可能性があります。ただし、どこまでアクセスできるかは現時点では判明していません」
キランは画面を見つめた。
「つまり、最初の攻撃は止めた」
「そのとおりです」
「でも、黒幕たちは止めてない」
「それもそのとおりです」
キランは息を吐いた。
「じゃあ、まだ終わってないね」
レイモンドが彼を見た。
「ああ」
彼は動かなくなったMACH-01Aに目を向けた。
「だが、お前の今日の戦闘は終わりだ」
キランは口を開いた。
レイモンドは指を立てた。
「反論するな」
キランは口を閉じた。
ワイルダーは微笑んだ。
「彼との口論に勝った人を初めて見たかもしれません」
マッハが答えた。
「記録しておきます」
ギアの工房では、ナサニエル・ブルックスが第二の信号を調べていた。
彼は十五分近く、同じネットワーク図を見つめ続けていた。
ギアは片手にレンチ、もう片方の手にコーヒーを持って隣に立っていた。
二人とも十分な睡眠を取っていなかった。
そして、それを改善する気もなさそうだった。
ナサニエルは信号の経路情報を拡大した。
「妙だな」
ギアが顔を上げた。
「何が?」
「第二制御装置は、市のネットワークを使ってないんだ」
「じゃあ、何を使ってるの?」
「独立した通信基幹網だよ」
ギアは眉をひそめた。
「民間の?」
「可能性はある。一部の通信設備は、古い政府系インフラみたいだ」
マッハのアバターがモニターに現れた。
「第二制御装置は、過去にクリーン・スレートの認証情報を受け入れた機器との信頼関係を確立しようとしています」
ナサニエルはうなずいた。
「そういうこと」
ギアは身を乗り出した。
「できるの?」
「すぐには無理だよ。リヴァース安全装置が元の認証経路を無効化したからね」
「それはよかった」
「うん」
ナサニエルは図の別の部分を強調表示した。
「でも、この制御装置には独立した旧式の認証権限があるみたいなんだ」
ギアは画面を見つめた。
「つまり?」
「市営ネットワークが停止させられる可能性を、誰かが最初から想定していたってことだよ」
沈黙。
やがてギアはレンチを下ろした。
「スナット」
ナサニエルはうなずいた。
「まったく同感だよ」
彼は別のウィンドウを開いた。
保存されていた古い記録が次々と現れた。
【プロジェクト・エコー・ヴェイル】
【災害復旧インフラ】
【継続認証――機密指定】
ギアは眉をひそめた。
「エコー・ヴェイル?」
ナサニエルはうなずいた。
「レイモンドが言ってた指令だよ」
マッハが資料を解析した。
「確認できる記録によれば、エコー・ヴェイルはクリーン・スレートの最終配備よりも前に存在していました」
ナサニエルは技術図面を開いた。
「第二制御装置は、もともと地域規模の災害が起きたときに重要インフラを復旧させるためのものだったみたいだ」
ギアは画面を調べた。
「それ自体は理にかなってるね」
「理論上はね」
ナサニエルは文章の一部を強調した。
「問題は、災害復旧システムが通常の現場側の安全装置を通さずに命令を出せる場合だよ」
ギアの表情が暗くなった。
「誰かが緊急用の予備システムを兵器に変えられるってことか」
ナサニエルはうなずいた。
「まさにヴェインがやろうとしてることだよ」
通知が現れた。
【第二認証要求――拒否】
ギアは微笑んだ。
「少なくとも、うまくいってないみたいだね」
ナサニエルは次の要求が現れるのを見た。
【第二認証要求――拒否】
さらにもう一つ。
【第二認証要求――拒否】
彼は眉をひそめた。
「今のところはね」
シトロン・アカデミーでは、マイケイラ・マッキントッシュが学校史上最大規模の緊急支援活動を指揮していた。
教室は延長コード、携帯モニター、地図、急ごしらえの作業スペースで迷路のようになっていた。
ボランティアたちは机の間を行き来しながらペットボトルの水を配っていた。
緊急対応の担当者たちはヘッドセットで話していた。
資格を持つ技術者たちは機器の型式や復旧手順を確認していた。
セリーナ・チョウは、まだロックされた車椅子に座っていた。
マーガレット・ホロウェイは中央の地図の横に立ち、誰にも無視させないと言わんばかりの勢いでボランティアたちに指示を出していた。
「その住所、間違ってるわよ」
ボランティアが顔を上げた。
「え?」
マーガレットは地図を指さした。
「技術者を西マーサー通りに向かわせようとしてるけど、電話の人は東マーサー通りって言ったのよ」
ボランティアは報告書を確認した。
「あっ」
「交通状況によっては十二分も違うわ」
「すみません」
「私に謝らなくていいから、直しなさい」
ボランティアは住所を修正した。
マーガレットは微笑んだ。
「よろしい」
部屋の反対側では、マイケイラが別の電話に出ていた。
「シトロン・アカデミー緊急支援窓口です。どうされましたか?」
受話器から怯えた声が聞こえた。
『父の車椅子が動かないんです。寝室から出られなくて』
「今、お父様の安全は確保されていますか?」
『はい。でも、操作装置がまったく反応しないんです』
「わかりました。お父様とは会話できますか?」
『はい』
「では、技術支援を手配する間、どんな介助を希望されるか、ご本人に確認してください。専門家の指示なしに車椅子を無理やり動かしたり、機器を取り外したりしないでください」
電話の相手は息を吐いた。
『ありがとうございます』
マイケイラは住所を記録した。
通話を終えると、被害状況の一覧を見た。
【確認済みの移動機器停止――487件】
【復旧済み機器――96台】
【技術評価待ち――231件】
【その他――調査中】
数字はすでに変化し始めていた。
しかも、これは報告され、確認が取れた事例だけだった。
マイケイラは額をさすった。
セリーナが車椅子の位置から声をかけた。
「マイケイラ?」
彼女は振り向いた。
「何?」
「ちょっと手伝ってほしいことがあるの」
「もちろん」
セリーナは車椅子の赤い画面を見た。
「声明を出したいの」
マイケイラは眉をひそめた。
「また放送するの?」
「ちょっと違う」
セリーナはスマートフォンを持ち上げた。
「私の車椅子に何が起きたのか、記録に残したいの。不正な更新も、私が一度も同意していないことも、全部」
マイケイラはうなずいた。
「いい考えだね」
「それに、できる人にはみんな同じことをしてほしい」
マーガレットが顔を向けた。
「証拠ね」
セリーナはうなずいた。
「そう」
彼女は緊急対策本部を見渡した。
「あの人たちは、必要な安全対策だったとか、技術的なミスだったとか、不幸な誤解だったとか、きっと言い出すわ」
声が強くなった。
「実際に何が起きたのか証明できる記録を残しておきたいの」
マイケイラはかすかに微笑んだ。
「だったら、みんなが記録を保存できるように手伝おう」
午後一時六分。
マーラ・エリソン刑事が、コバルトを捕らえた地下室へ入った。
装甲をまとった指揮官は、補強された壁にもたれて座っていた。
手首と両脚は頑丈な機械式拘束具で固定されていた。
二人の警察官が見張っていた。
ヘルメットは取り外されていた。
その下には、あざと乾いた血に覆われた傷だらけの顔があった。
エリソンが近づいた。
「コバルト」
彼は顔を上げた。
「刑事さん」
彼女は腕を組んだ。
「あなたを逮捕します」
彼は微笑んだ。
「何の容疑で?」
エリソンは彼を見つめた。
「アルファベット順で聞きたい? それとも時系列順?」
近くに立っていたワイルダーは笑みを隠した。
コバルトは壁にもたれ直した。
「自分たちが何を相手にしているのか、わかっていないな」
エリソンは少しかがんだ。
「なら、教えてもらいましょうか」
彼は何も言わなかった。
彼女は損傷した装甲を調べた。
「興味深い装備ね」
コバルトは目をそらした。
「軍の払い下げ品だ」
エリソンは眉を上げた。
「本当に?」
彼女は電磁ランチャーを指さした。
「正規の払い下げ品のカタログで、こんなものは見たことがないわ」
コバルトは微笑んだ。
「もっといいカタログを探すことだな」
エリソンは立ち上がった。
「装甲を調べて」
技術者が診断スキャナーを持って近づいた。
コバルトの表情が変わった。
ほんのわずかだった。
しかし、エリソンは見逃さなかった。
技術者は損傷した肩の装甲を調べた。
「刑事さん?」
「何?」
「装甲板の裏に通信モジュールが埋め込まれています」
エリソンが近づいた。
「特定できる?」
「暗号化されています。独立した電源もあります」
コバルトが突然、拘束具に逆らって身体を動かした。
「それに触るな!」
エリソンは彼を見た。
「ますます興味が湧いてきたわ」
技術者は慎重に保護パネルを取り外した。
中には小さな黒い通信装置があった。
表示灯が点滅していた。
【遠隔接続――有効】
エリソンは眉をひそめた。
「まだ誰かが接続しているの?」
技術者はうなずいた。
「そのようです」
そのとき、表示灯が赤くなった。
【遠隔消去命令を受信】
技術者の目が見開かれた。
「離れて!」
彼はモジュールを引き抜き、携帯式の耐爆保管ケースへ投げ込んだ。
パンッ!
密閉されたケースの内部で鋭い閃光が走った。
透明な観察窓の内側に煙が広がった。
ワイルダーは目を見開いた。
「ずいぶん控えめなやり方ですね」
エリソンはコバルトを見た。
「誰かが証拠を破壊しようとしたのね」
コバルトは何も言わなかった。
技術者はケースを調べた。
「外装は損傷していますが、記憶装置の一部は残っているかもしれません」
エリソンはうなずいた。
「すべて保全して」
彼女はコバルトへ向き直った。
「誰が命令を送ったの?」
彼は目をそらした。
「ヴェイン司令官だ」
エリソンは彼を見つめた。
「本当に?」
彼は黙っていた。
彼女は診断スキャナーをちらりと見た。
最後に記録された接続は、既知の地下司令室からのものではなかった。
別の通信経路から発信されていた。
エリソンの表情が険しくなった。
「興味深いわね」
東部通信地区の地下深くで、マーカス・ヘイル博士は保守用トンネルを歩かされていた。
二人の武装警備員が両側を歩いていた。
ヴェイン司令官は数歩後ろからついてきていた。
老技師の手首は再び拘束されていた。
脚が痛んだ。
一歩進むだけでもつらかった。
しかし、彼は考えることをやめていなかった。
トンネルは地下司令室と搬入口をつないでいた。
ヘイルはその建築構造を知っていた。
コンクリートの壁。
産業用ケーブルの配管。
緊急換気シャフト。
見覚えのある設計だった。
あまりにも見覚えがありすぎた。
彼は封鎖された扉の横にある、色あせた識別プレートをちらりと見た。
【エコー・ヴェイル――保守入口04】
ヘイルは歩みを遅めた。
警備員の一人が彼を前へ押した。
「歩け」
ヘイルはよろめいた。
「この歳になると、言うほど簡単じゃないんだよ」
警備員は顔をしかめた。
ヴェインが近づいた。
「何か興味深いものでもありましたか、博士?」
ヘイルは識別プレートを見た。
「エコー・ヴェイル」
ヴェインはかすかに微笑んだ。
「古い名前ですね」
「古い過ちだ」
「歴史とは、過ちに満ちたものです」
ヘイルは彼女に向き直った。
「あんたは災害復旧ネットワークを使っているんだな」
ヴェインは何も言わなかった。
彼は続けた。
「クリーン・スレートは、市の監督から独立して動作するようには設計されていなかった」
「しかし、エコー・ヴェイルは違いました」
ヘイルは彼女を見つめた。
ヴェインは微笑んだ。
「災害復旧には、継続性が必要ですから」
「こんな継続性じゃない」
彼女は近づいた。
「あなたはその基盤を作るのに協力したのですよ、マーカス。その可能性を理解していないふりはやめなさい」
ヘイルは首を振った。
「あんたが何をしているのか、よくわかっている」
「ならば、なぜ成功させなければならないのかも理解できるでしょう」
「いいや」
彼の声が強くなった。
「なぜ止めなければならないのかが、よくわかる」
ヴェインの表情が冷たくなった。
「歩きなさい」
ヘイルは従った。
しかし、別の保守用扉の前を通ったとき、彼はさらに何かを発見した。
小さな通信設備の収納盤だった。
識別ラベルの一部が剥がれていた。
新しい表示の下に、元の識別番号が残っていた。
【EV-DRC-02】
ヘイルは目を細めた。
災害復旧制御装置、二号機。
その識別番号を覚えていた。
そして突然、ヴェインが彼に話していなかったことを理解した。
第二制御装置は、単なる予備装置ではなかった。
まったく別の認証ネットワークに属していたのだ。
最終版のクリーン・スレートの資料から、意図的に除外されていたネットワークだった。
ヘイルは唾を飲み込んだ。
ダニエル……。
彼はトンネルの先を見た。
奴らは、ほかに何を隠していたんだ?
午後一時二十四分。
ようやく回収班がキランのもとへ到着した。
二人の市営技術者が携帯式の診断機器を持って下層制御室に入ってきた。
その後ろには、市のアクセシブル緊急搬送サービスの専門員がいた。
レイモンドが出迎えた。
「こっちだ」
専門員はMACH-01Aに近づいた。
「キラン・キリアンさん?」
キランは弱々しく微笑んだ。
「場合によります。僕、何か怒られるんですか?」
専門員は笑った。
「私からは怒られませんよ」
「よかった。新鮮な反応ですね」
彼女は車椅子を調べた。
「まだ使える機能を教えてもらえますか?」
マッハが答えた。
「医療関連および姿勢保持用のインターフェースは安定しています。主移動用の推進機能と複数の機械式駆動装置は停止しています」
専門員はうなずいた。
「痛みや不快感はありますか?」
キランは考えた。
「主に、イライラしてます」
「身体的には?」
「エレベーターの事故のとき、固定ベルトで肩が少し痛くなりました」
彼女はうなずいた。
「わかりました。何かを動かす前に、姿勢を確認しましょう」
レイモンドが近づいた。
「どうやって運ぶ?」
専門員は作業用プラットフォームを調べた。
「侵害されたネットワークから独立して昇降機を動かせる携帯式制御装置を持ってきました。プラットフォームの安全を確認したら、上へ運びます」
キランは機械を見た。
「ブレーキはありますよね?」
専門員は微笑んだ。
「いくつもありますよ」
「素晴らしい。ブレーキ、大好きです」
マッハが答えた。
「最近になって獲得した好みですね」
キランはバイザーをにらんだ。
「やめてよ」
技術者たちは機器を接続した。
プラットフォームの照明が点灯した。
【手動回収モード――有効】
【遠隔制御――切断】
【機械式ブレーキ――確認済み】
専門員はキランを見た。
「準備はいいですか?」
彼はうなずいた。
「はい」
プラットフォームが上昇し始めた。
ゆっくりと。
安定して。
キランは深度表示を見た。
十メートル。
十五メートル。
二十メートル。
一時間近くたって、初めて何も爆発しなかった。
彼はレイモンドを見た。
「逆に怪しいって思うの、変かな?」
レイモンドは微笑んだ。
「いや」
ワイルダーはうなずいた。
「ここまで来ると、自動販売機が普通に動いただけでも疑いますね」
キランは笑った。
マッハのアイコンが現れた。
「キラン、差し迫った危険がない状況を楽しむことを推奨します」
彼は微笑んだ。
「いい助言だね」
ギアの工房で、ナサニエルはレイモンドからの安全な通信を受けた。
『キランは今、上に向かっている』
ギアはすぐに振り向いた。
「車椅子はどれくらいひどいの?」
レイモンドはカメラを見た。
『自分で運転して帰れない程度にはな』
ギアは目を閉じた。
「スナット」
ナサニエルは身を乗り出した。
「けがは?」
『状態は安定している。回収班の専門員が確認中だ』
ギアはため息をついた。
「よかった」
レイモンドは続けた。
『それから、エコー・ヴェイルについて話がある』
ナサニエルは保存資料を見た。
「ちょうどよかった」
彼は画面を共有した。
色あせた技術文書が現れた。
【エコー・ヴェイル指令】
【災害時継続運用計画】
【承認署名】
【A・ヴォス】
【D・リヴァース】
レイモンドは目を見開いた。
「ダニエルが署名したのか?」
ナサニエルはうなずいた。
「記録上はそうなってる」
レイモンドの表情が暗くなった。
「おかしい」
ギアは彼を見た。
「どうして?」
「ダニエルは何年も中央集権的な管理に反対していたんだ」
ナサニエルは次のページを開いた。
「この計画が最終的にどうなるか、知らなかったのかもしれない」
レイモンドは首を振った。
「あるいは、あいつが署名したものと、実際に作られたものが違ったのかもしれない」
マッハが通信に加わった。
「この文書には複数の改訂履歴があります」
ナサニエルはそれを拡大した。
「待って……」
いくつもの日付が現れた。
最初期の版には、リヴァースの署名があった。
その後の改訂には、追加された認証機能への言及があった。
しかし、それらの改訂版には彼の承認がなかった。
ナサニエルは眉をひそめた。
「これは重要だよ」
レイモンドが身を乗り出した。
「どういうことだ?」
「リヴァースが署名した版は、緊急時の継続運用のための枠組みだったみたいだ。中央からの認証権限を拡大する機能は、その後で追加されてる」
ギアは腕を組んだ。
「誰かが計画を変えたんだね」
ナサニエルはうなずいた。
「本人の同意なしに、かもしれない」
レイモンドは画面を見つめた。
そして、もう一つの署名に目を向けた。
【A・ヴォス】
「エイドリアン・ヴォス」
ナサニエルはうなずいた。
「後の資料にも、彼の名前が何度も出てくる」
レイモンドは歯を食いしばった。
「あの野郎……」
マッハが答えた。
「署名によって計画資料への関与は確認できますが、純化協定の現在の作戦を知っていた証拠には、まだなりません」
レイモンドはゆっくりとうなずいた。
「なら、何を知っていたのか突き止めよう」
午後一時四十七分。
エイドリアン・ヴォスは私室の鏡の前に立っていた。
ネクタイを整えた。
上着の襟を直した。
そして、カメラの前で見せるつもりの表情を練習した。
心配そうに。
厳粛に。
思いやりに満ちた顔で。
広報担当の補佐官が扉の近くに立っていた。
「報道陣がお待ちです」
ヴォスはうなずいた。
「結構」
補佐官はためらった。
「ですが、市内ではまだ数百台の移動機器が停止しているとの報告が続いています」
ヴォスは彼を見た。
「ならば、声明では公共の安全を強調しなければなりません」
「純化協定の行動を非難すべきでしょうか?」
ヴォスは少し間を置いた。
「我々は、許可されていない暴力行為を非難します」
補佐官は眉をひそめた。
「それは少し意味が違うのでは……」
ヴォスが振り向いた。
「言葉は重要なのです」
彼は机に近づいた。
専用端末には暗号化された通知が表示されていた。
【第二継続運用システム――稼働中】
ヴォスはそれを見つめた。
表情がこわばった。
補佐官が気づいた。
「先生?」
ヴォスはすぐにウィンドウを閉じた。
「何でもありません」
彼は扉を見た。
「市民が必要としているものを届けましょう」
「市民が必要としているもの、ですか?」
ヴォスはかすかに微笑んだ。
「安心です」
午後二時三分。
キランはようやくギアの工房へ戻ってきた。
MACH-01Aは頑丈な搬送台に固定されていた。
推進システムは使用不能のままだった。
紫色の装甲には傷がついていた。
前部ガードの片側はへこんでいた。
マニピュレーターは損傷していた。
そして、冷却システムの緊急停止機能は作動したままだった。
ギアは入口に立っていた。
腕を組んで。
表情は読めなかった。
キランは彼らを見た。
「やあ」
ギアは何も言わなかった。
キランは緊張した笑みを浮かべた。
「いい天気だね?」
ギアはじっと見つめた。
キランはレイモンドを見た。
「助けて」
レイモンドは首を振った。
「自分で何とかしろ」
ワイルダーは微笑んだ。
「幸運を祈ります」
ギアは車椅子に近づいた。
損傷した推進装置を調べた。
次にマニピュレーター。
そして熱診断の表示。
最後にキランを見た。
「自分が何をしたかわかってる?」
キランは唾を飲み込んだ。
「街を救った?」
ギアはじっと見つめた。
「キラン」
彼はため息をついた。
「わかってるよ」
「いや、わかってない」
ギアは損傷した冷却装置を指さした。
「熱的余裕がもう危険なほど低かったのに、高負荷の駆動操作を無理やり実行したんだよ」
「パージを止めなきゃいけなかったんだ」
「そして、止めた」
キランは瞬きをした。
ギアの表情が少し和らいだ。
「でも、だからって、僕の作ったものがこんな状態になって平気なわけじゃないからね」
キランはかすかに微笑んだ。
「それはそうだね」
ギアは顔を近づけた。
「それより、身体は大丈夫?」
キランはうなずいた。
「うん」
「本当に?」
「本当だよ」
マッハのアバターが工房のモニターに現れた。
「キランの医学的状態は安定しています。ただし、動力による移動を復旧するには、車椅子の大規模な修理が必要です」
ギアはうなずいた。
「じゃあ、それをやろう」
キランは損傷したMACH-01Aを見た。
「どれくらいかかる?」
ギアはためらった。
「まだ何とも言えない」
彼はため息をついた。
「そんなにひどい?」
「可能性はあるね」
ナサニエルが近づいた。
「修理の間は、互換性のある代替の移動手段を手配できるよ」
キランは彼を見た。
「よかった」
少し間を置いた。
「これから三日間、工房に座りっぱなしなんて嫌だからね」
ギアは微笑んだ。
「僕も嫌だよ」
キランは診断画面を見た。
【MACH-01A――システム停止中】
久しぶりに、その車椅子はスーパーヒーローのマシンというより、壊れた機械に見えた。
キランはそれを見つめた。
初めて空を飛んだときのことを思い出した。
初めてマッハが話しかけてきたときのことを。
初めて、ほかのウィーラーズについていけると心から感じたときのことを。
そして今、そのマシンは沈黙していた。
マッハが静かに話した。
「キラン」
「何?」
「私はまだここにいます」
キランは紫色のアバターを見た。
彼は微笑んだ。
「わかってるよ」
マッハは続けた。
「あなたが他人を助ける能力は、この機体の稼働状態だけに依存しているわけではありません」
キランは小さく笑った。
「なんだか妙に感動的なことを言うね」
「正しいことを述べた結果として生じた、残念な副作用です」
キランは微笑んだ。
「ありがとう、相棒」
午後二時二十六分。
エリソン刑事は、コバルトの通信モジュールに関する予備鑑識報告を受け取った。
彼女は事務室に座り、レイモンドと安全なビデオ通話でつながっていた。
技術者が回収された記憶データの断片を表示した。
「装置の記憶領域は大部分が損傷しましたが、複数の通信ヘッダーを復元できました」
エリソンは身を乗り出した。
「使えそうなものは?」
「あります」
暗号化された接続の一覧が現れた。
大半はヴェインに関連する地下司令室から発信されていた。
しかし、一つだけ違うものがあった。
【命令送信元――外部】
【権限レベル――幹部級】
【経路識別子――EV-CONTINUITY】
レイモンドは眉をひそめた。
「幹部級?」
技術者はうなずいた。
「システム上の分類です。誰が操作していたのかまでは確認できません」
エリソンは記録を調べた。
「どんな命令を送ったの?」
技術者は復元された断片を開いた。
【指令:ウルトラヴァイオレットを足止めせよ】
【優先事項:制御装置の起動猶予時間を確保】
【認証:外部幹部権限】
レイモンドの表情が険しくなった。
「つまり、ヴェイン以外の誰かが、コバルトにキランを足止めさせたのか」
エリソンはうなずいた。
「証拠はそう示しているわ」
技術者は続けた。
「それから、証拠破壊の命令も同じ外部通信系統から届いていました」
エリソンは腕を組んだ。
「追跡できる?」
「まだです。ただ、第二継続運用ネットワークと関係があるようです」
レイモンドは彼女を見た。
「エコー・ヴェイルか」
エリソンはうなずいた。
「その可能性があるわ」
彼女は報告書を閉じた。
「復元したデータを保全して。証拠の管理記録も確実に残して」
技術者はうなずいた。
「了解しました」
エリソンはレイモンドを見た。
「古い文書にはヴォスの名前が出てくる。正体不明の幹部権限がエコー・ヴェイルのインフラを通じて命令を出している。そしてヴェインも同じネットワークを使っている」
レイモンドは腕を組んだ。
「偶然にしては出来すぎている」
エリソンはうなずいた。
「同感よ」
少し間を置いた。
「でも、偶然が重なっただけでは逮捕できない」
レイモンドは画面を見た。
「なら、逮捕できるだけの証拠を見つけよう」
シトロン・アカデミーで、セリーナの車椅子がついに反応した。
資格を持つ技術者が、管理された復旧手順を完了したのだ。
不正な認証プロファイルは削除された。
ローカル操作システムは診断に合格した。
セリーナは慎重にジョイスティックを前へ倒した。
車椅子が前進した。
彼女は停止した。
次に後退した。
そして旋回した。
彼女は笑った。
「ああ、よかった!」
マイケイラは微笑んだ。
「どんな気分?」
セリーナは彼女を見た。
「やっと自分の脚を返してもらえた気分」
少し間を置いた。
「まあ、車輪だけどね」
マーガレットが笑った。
「そっちのほうがいいわね」
技術者は微笑んだ。
「もう一度だけ、ブレーキの試験をしましょう」
セリーナはうなずいた。
「もちろんです」
マイケイラは被害状況の一覧を見た。
復旧した機器は増えていた。
しかし、まだ多くの人が待っていた。
そして、いくつかの報告には、医療処置が必要なけが人も含まれていた。
復旧には時間がかかるだろう。
おそらく数日。
機器によっては、それ以上かもしれない。
セリーナは地図を見た。
「支援センターは開けたままにしておくべきね」
マイケイラはうなずいた。
「そのつもりだよ」
マーガレットは腕を組んだ。
「それから、全部終わったら説明を求めるわよ」
セリーナは微笑んだ。
「それだけじゃ済ませないわ」
マイケイラは彼女を見た。
「どういうこと?」
セリーナはスマートフォンを持ち上げた。
「被害に遭った利用者たちの証言を集めてるの」
マイケイラはうなずいた。
「それで?」
「公開の公聴会を開くべきだと思うの」
マーガレットは満面の笑みを浮かべた。
「いいじゃない!」
午後三時十一分。
ナサニエルはついに、第二制御装置の所在地につながる最初の有力な手がかりを見つけた。
彼は古いエコー・ヴェイルのインフラ地図と、現在の信号経路情報を比較していた。
元のネットワークは、シトロンシティのはるか外側まで広がっていた。
いくつかの施設は廃止されていた。
別の施設は売却されていた。
そして数か所は、公的記録から完全に姿を消していた。
ナサニエルは候補となる三か所を強調表示した。
「マッハ、信号の遅延を比較して」
マッハがデータを処理した。
「計算中です」
最初の候補が消えた。
次に二つ目。
一か所だけが残った。
ナサニエルは身を乗り出した。
「ここだ」
ギアがMACH-01Aの冷却装置から顔を上げた。
「何?」
ナサニエルは地図を拡大した。
人里離れた工業施設が現れた。
そこは市の東側の境界を越えた場所にあり、古い地域通信回廊の近くに位置していた。
不動産の登録上は、民間運営の災害復旧施設となっていた。
ナサニエルは所有者の記録を確認した。
持株会社。
さらに別の会社。
そして三つ目。
彼は眉をひそめた。
「誰かが、この場所の本当の所有者を隠すために相当な手間をかけてる」
マッハが利用可能なデータを分析した。
「施設の通信特性は第二制御装置のものと一致しています」
ナサニエルは目を見開いた。
「確信度は?」
「おおよその所在地については高い確信度があります。ただし、正確な機器の設置場所は未確認です」
ギアが近づいた。
「警察を送れる?」
ナサニエルはうなずいた。
「送るべきだよ」
彼は安全な通信回線を起動した。
「エリソン、レイモンド、アダム。第二制御装置を見つけたと思う」
警察署で、エリソンは座標を受け取った。
彼女は衛星画像を調べた。
施設は、周囲をフェンスで囲まれた複数の低い工業用建物から構成されていた。
東側には大きな通信塔が立っていた。
地下への出入口と思われる構造物もいくつか見えた。
レイモンドは画面に身を乗り出した。
「古い緊急対策センターみたいだな」
エリソンはうなずいた。
「記録上もそうなっているわ」
アダムは地図を調べた。
「パトロール、信号を確認できる?」
パトロールのセンサーが明るくなった。
「この場所は第二認証通信の発信位置と整合しています」
エリソンは施設を見た。
「なら、突入する前に監視が必要ね」
レイモンドはうなずいた。
「それと、正規の緊急通信を妨げずに制御装置を隔離する計画もな」
アダムは状態表示をちらりと見た。
【第二再認証――18%】
彼は眉をひそめた。
「あとどれくらい時間があるの?」
パトロールが答えた。
「完了時刻を信頼できる精度で推定するには、データが不足しています」
レイモンドはため息をついた。
「やっぱりな」
エリソンは無線を起動した。
「偵察班を準備して。許可のない立ち入りは禁止。動く前に確証が必要よ」
声が返ってきた。
『了解しました』
彼女はレイモンドを見た。
「ヴェインがそこへ向かっているなら、もう一度捕まえる機会があるかもしれない」
レイモンドはうなずいた。
「それに、ヘイルを救出できる」
エリソンの表情が引き締まった。
「そのとおりよ」
東部通信地区の地下深くで、ヴェインは地下搬入口へ到着した。
黒い装甲輸送車が、補強された保安扉の横で待機していた。
ヘイル博士はその車両へ連れていかれた。
彼は車を見た。
それからヴェインを見た。
「どこへ連れていくつもりだ?」
彼女は微笑んだ。
「もっと静かな場所です」
ヘイルは眉をひそめた。
「第二施設か」
ヴェインは立ち止まった。
彼は続けた。
「エコー・ヴェイルの災害復旧センターだな」
彼女の表情が変わった。
ほんのわずかだった。
しかし、それで十分だった。
ヘイルはかすかに微笑んだ。
「やはり、そうか」
ヴェインが近づいた。
「あなたはだんだん面倒な人になってきましたね、博士」
「だったら解放しろ」
「残念ながら、まだあなたの専門知識が必要なのです」
ヘイルは首を振った。
「もうネットワークは手に入れたんだろう」
ヴェインは微笑んだ。
「全部ではありません」
彼は彼女を見つめた。
「どういう意味だ?」
彼女は輸送車へ向き直った。
「いずれわかります」
警備員たちはヘイルを車内へ乗せた。
扉が閉まった。
ヴェインは助手席に乗り込んだ。
「出しなさい」
車両は出口へ向かって動き始めた。
保安ゲートを通過すると、ヴェインは専用の通信回線を起動した。
歪んだ声が応答した。
『司令官』
「市営ネットワークが侵害されました」
『承知しています』
「リヴァース安全装置が起動されました」
『それも承知しています』
ヴェインの表情が険しくなった。
「では、なぜ第二制御装置にも同じ認証上の問題があることを、私に知らせなかったのです?」
少し間があった。
そして声が答えた。
『第二制御装置は、同じ方法では無力化されません』
ヴェインは眉をひそめた。
「説明してください」
『市営システムは第一段階にすぎなかったのです』
彼女は前方を見つめた。
声は続けた。
『エコー・ヴェイルは、最初から独立して動作することを想定されていました』
ヴェインは目を細めた。
「では、次の段階は?」
再び間があった。
そして声が答えた。
『ヘイルを施設へ連れてきてください』
ヴェインは後部区画を見た。
「ウルトラヴァイオレットは?」
『彼のことは、こちらに任せてください』
通信が切れた。
ヴェインは暗くなった画面を見つめた。
その日の午後、初めて彼女の顔に不安が浮かんだ。
ギアの工房で、キランはモニターに第二制御装置の所在地が表示されるのを見ていた。
工業施設は、シトロンシティの東側の境界を越えた場所にあった。
人里離れた場所。
孤立した施設。
そして、何十年もの間、人目につく場所に隠されてきたインフラに囲まれていた。
キランは少し身を乗り出した。
「そこに向かってるの?」
ナサニエルはうなずいた。
「おそらくね」
マッハのアバターが現れた。
「第二制御装置は認証権限の復旧を試みています」
キランはギアを見た。
「MACH-01Aは、いつ使えるようになる?」
ギアはすぐには答えなかった。
診断報告書を調べた。
それからキランを見た。
「今日中は無理」
キランはため息をついた。
「明日は?」
「たぶん」
彼はじっと見つめた。
「わざと言ってるでしょ」
ギアはかすかに微笑んだ。
「何を?」
「たぶんって言うこと」
ギアの表情が和らいだ。
「キラン、冷却装置は損傷してるし、マニピュレーターは作り直さなきゃいけないし、推進システムは全部点検しなきゃいけないんだ」
彼は車椅子を見た。
「わかってる」
「修理はできるよ」
キランは顔を上げた。
「本当に?」
ギアはうなずいた。
「でも、途中で故障するかもしれない機械に乗せて、また戦いに送り出すつもりはないからね」
キランは黙った。
そして、かすかに微笑んだ。
「それはそうだね」
ナサニエルが近づいた。
「君にも手伝える仕事はまだあるよ」
キランは彼を見た。
「例えば?」
「作戦立案。施設の図面の確認。マッハと一緒に弱点を探すこと」
マッハが答えた。
「車椅子の戦闘システムが停止していても、あなたの戦術的判断力は利用可能です」
キランは笑った。
「君たち、僕を落ち込ませておく気はないんだね?」
ギアは微笑んだ。
「もちろん」
キランはモニターを見た。
第二施設。
再認証処理。
正体不明の幹部権限。
そして、どこかに囚われているヘイル博士。
彼は息を吸った。
「わかった」
ナサニエルは彼を見た。
「わかった?」
キランはうなずいた。
「じゃあ、どうやってあれを止めるか考えよう」
午後三時四十六分。
偵察班は、人里離れたエコー・ヴェイル施設を見下ろす、木々に覆われた尾根へ到着した。
午後の空は晴れ始めていた。
雲の切れ間から日差しが差し込んでいた。
眼下の工業施設は、ほとんど放棄されているように見えた。
しかし、監視機器が示す事実は違っていた。
赤外線カメラは、複数の建物内部で活動を検出していた。
警備車両が敷地の周囲を巡回していた。
そして通信塔は、一定の間隔で暗号化された信号を送信していた。
部隊長が無線を起動した。
「こちら偵察班。施設を目視で確認した」
エリソンの声が返ってきた。
『報告して』
「武装した人員が複数。通信設備は稼働中。地下施設が存在する可能性あり」
『ヘイルの姿は?』
「確認できません」
警察官はカメラを調整した。
そのとき、動きを止めた。
「待ってください」
黒い装甲輸送車が正門へ近づいていた。
保安ゲートが開いた。
車両が入っていった。
警察官はズームした。
「こちら偵察班。輸送車両が到着しました」
エリソンはモニターに身を乗り出した。
『車両を特定できる?』
警察官は車を調べた。
「外部から確認できる登録番号はありません」
後部の扉が開いた。
二人の警備員が降りてきた。
そして、一人の高齢男性を車から降ろした。
彼の両手首は拘束されていた。
顔にはあざがあった。
歩くのもつらそうだった。
警察官はさらに拡大した。
「本部……」
エリソンは映像を凝視した。
『彼なの?』
警察官はうなずいた。
「目視による本人確認が取れました」
マーカス・ヘイル博士。
生きていた。
エリソンはすぐに安全な通信回線を起動した。
「レイモンド」
彼が応答した。
『どうした?』
「ヘイルを見つけたわ」
沈黙。
それからレイモンドが答えた。
『どこだ?』
エリソンは画面を見た。
「第二制御装置の施設内よ」
ギアの工房で、キランはその報告を聞いた。
彼はマッハを見た。
それから、損傷したMACH-01Aを見た。
表情が引き締まった。
「じゃあ、次の戦場がわかったね」
マッハの紫色のアバターが明るくなった。
「そのとおりです」
キランはモニターに映る遠方の施設を見た。
あの壁の向こうで、ヴェインは次の攻撃を準備している。
ヘイルはまだ囚われの身だった。
そして、純化協定の最も危険な兵器は、まだ破壊されていなかった。
キランは拳を握りしめた。
「待ってて、博士」
彼はギアを見た。
「僕たちが助けに行くから」




