目覚め
病室が静まり返った。
スザンヌは待った。
レイモンドも。
ギアも。
マッハさえ――
何も言わなかった。
なぜなら。
キランの話がまだ終わっていないことを――
全員がわかっていたから。
キランはしばらく天井を見つめた。
考えをまとめる。
今まで誰にも、きちんと説明したことのなかった気持ちを――
どうにか言葉にしようとしていた。
「母さんとギアは知ってると思うけど……」
声が少し柔らかくなる。
「子供の頃は……大変だった」
その言葉には――
自分が思っていた以上の重みがあった。
なぜなら。
それは事実だったから。
痛いほどに。
「病院で過ごす時間があまりにも長くて……もう頑張るのをやめたほうがいいんじゃないかって、そう思い始めてた時期もあった」
スザンヌは目を伏せた。
ギアも何も言わない。
二人とも――
あの頃を覚えていた。
恐怖。
不安。
終わることのない治療。
終わることのない待ち時間。
そして。
いつか普通の生活を送れる日が来るのだろうかと――
一人で考えていた小さな少年。
その時。
キランが笑った。
今度は――
心からの笑顔だった。
「マッハを手に入れた日は、人生で一番幸せな日の一つだった」
記憶が鮮明に蘇る。
ワークショップ。
メカニックたち。
興奮。
期待。
真新しい車椅子に座る――
幼いキラン。
そして。
初めて聞いた声。
マッハ。
ただの機械じゃない。
ただのヴェントでもない。
友達。
相棒。
他の誰にも理解できなかったことを――
理解してくれる存在。
ギアが腕を組む。
「あれ作るの、何週間も手伝ったんだからな」
「その間ずっと文句言ってたけどね」
「お前が毎日『まだ完成しないの?』って聞いてきたからだよ」
「正当な質問だった」
「正当じゃない」
キランの笑みが――
少しだけ薄くなった。
「学校は……もっと大変だった」
視線を落とす。
適切な言葉を探しながら。
「いつも、自分だけ違う気がしてた」
その記憶は――
今でも痛かった。
周りのみんなは、とても自然に見えた。
普通に。
何の苦労もなく。
そこにいることが当たり前のように。
それに比べて――
キランにとって毎日は。
自分だけ群れの外側に立っているような感覚だった。
みんなが当たり前のように居場所を見つけていくのを眺めながら。
自分にも――
いつかそんな場所ができるのだろうかと考えていた。
「まあ……要するに、ずっと自分はよそ者なんだって思ってたんだ」
スザンヌが静かに息子の手を握った。
彼女も――
覚えていた。
「休み時間が一番嫌だった」
キランは小さく笑う。
面白かったからではない。
今となっては――
少し馬鹿らしく感じるから。
「休み時間の半分くらいは、『どうせ誰も俺と一緒にいたくない』って自分に言い聞かせてた」
マッハが即座に反応した。
『公平を期すために申し上げますと、当時のあなたの社交能力にはかなり問題がありました』
病室にいる全員がマッハを見る。
マッハは続けた。
『初対面の相手に、呼吸器の話をして自己紹介したことがあります』
キランは呻いた。
「緊張してたんだよ」
『変な子供でした』
「子供だったんだぞ」
『変な子供でした』
レイモンドが笑った。
ギアも笑う。
スザンヌさえ――
笑みを浮かべた。
病室に張りつめていた空気が。
ほんの少しだけ――
和らいだ。
キランはマッハを見る。
そして。
微笑んだ。
「正直に言うとさ」
ヴェントが首を傾げる。
『何ですか?』
「お前だったんだよ」
マッハが瞬きをする。
『私が?』
「俺が人と話すようになった理由」
沈黙。
全員が――
耳を傾ける。
「俺の背中を押してくれたのはマッハだった」
「隠れてばかりいるなって、ずっと言ってくれたのもマッハだった」
「人を信じてみろって言ってくれたのも――
マッハだった」
ヴェントは――
本当に驚いているようだった。
『それは無責任に聞こえますね』
「でも、うまくいった」
『なるほど。一理あります』
そして。
また記憶が蘇る。
学校の校庭。
緊張しながら交わした会話。
何人かの子供たち。
そして――
予想もしていなかったもの。
受け入れてもらえたこと。
「みんな……俺を怖がらなかった」
キランは微笑んだ。
「気まずそうにもしなかった」
「車椅子のことだって、別に気にしてなかった」
「ただ――
友達になりたかっただけだった」
その事実に気づいた瞬間。
キランの中で――
何かが変わった。
結局。
ずっと抱えていた恐怖のほとんどは――
現実には存在していなかった。
自分の頭の中だけで。
勝手に作り上げていたものだった。
「子供たちは……俺が思ってたよりずっと受け入れてくれた」
スザンヌが頷く。
「子供って、そういうものよ」
キランは笑った。
「うん」
「そういうものなんだよ」




