覚醒
時間はゆっくりと流れていた。
病室には、医療機器の規則正しい音だけが響いている。
モニターが鳴る。
機械が低く唸る。
人工呼吸器が静かに役目を果たしていた。
すべてが穏やかだった。
穏やかすぎるほどに。
壁のモニターに表示された時間経過のテロップには、一言だけ記されていた。
**《その後》**
キランはまだ意識を失ったままだった。
顔にはいくつもの痣。
切り傷には包帯が巻かれている。
ベッドの隣には――
スザンヌ・キリアンが座っていた。
息子の手を握りながら。
待っている。
祈っている。
見守っている。
部屋の反対側では、レイモンドが壁にもたれていた。
その近くには、腕を組んだギア。
どちらも――
決して明るい表情ではなかった。
やがて。
スザンヌが沈黙を破った。
「どうして……こんなことになったの?」
その問いが部屋に残る。
重く。
痛々しく。
レイモンドは俯いた。
「わかりません。俺は……」
最後まで言葉が続かなかった。
なぜなら。
真実は単純だったから。
彼は――
自分を責めていた。
そして。
この部屋にいる全員が、それをわかっていた。
スザンヌが彼を見る。
怒っているわけではない。
少なくとも――
完全には。
それよりも。
もっと辛い表情。
失望。
「あなたの仕事は、私の息子を守ることでしょう」
レイモンドの表情が僅かに歪んだ。
「それすらできないの?」
その言葉は――
どんな拳よりも強く突き刺さった。
なぜなら。
彼自身も心のどこかで――
そう思っていたから。
病室は再び静かになった。
そして。
スザンヌの視線がギアへ向かう。
メカニックは即座に理解した。
次は――
自分。
「それから、ジェラルド」
ギアが露骨に顔をしかめた。
レイモンドは危うく笑いそうになる。
危うく。
「あなたがお兄さんを助けたかっただけなのはわかってる」
スザンヌの声が少しだけ柔らかくなる。
ほんの――
少しだけ。
「でも、キランが望むことなら何でも叶えていいわけじゃないでしょう」
ギアは目を逸らした。
完全に間違っているとは――
言えなかった。
「あなたが危険なことをできる装備を与えたせいで、あの子は死んでいたかもしれないのよ」
返事はない。
本当の意味で――
返せる言葉などなかった。
「マッハ一人にキランの面倒を全部任せることだってできないでしょう」
スザンヌはポータブルパックへ視線を向けた。
損傷したヴェントは――
いつもより小さく見えた。
どこか。
脆く。
「この子は、ただのヴェントなんだから」
マッハが目を伏せる。
悪意のある言葉ではなかった。
それでも――
傷ついた。
その時。
一つの声が病室の空気を切った。
弱い。
掠れている。
それでも――
聞き間違えるはずのない声。
「二人を怒らないでよ、母さん」
全員が固まった。
スザンヌが勢いよくベッドを見る。
ギアは転びそうな勢いで一歩前へ出た。
レイモンドの目が見開かれる。
そして――
マッハの表情が一気に明るくなった。
キランがゆっくりと目を開ける。
何もかもがぼやけている。
身体が重い。
遠く感じる。
それでも。
目を覚ました。
スザンヌは即座に立ち上がった。
その顔いっぱいに安堵が広がる。
マッハは今にも興奮で爆発しそうだった。
『キラン!』
ヴェントのアイコンが文字通り震えている。
キランは小さく笑った。
そして――
顔をしかめる。
今のは失敗だった。
痛い。
全部。
本当に――
全部が痛い。
「笑うと痛い」
『それは残念ですね』
「ありがとう、マッハ」
『できる限りのことをしています』
こんな状況なのに――
その冗談で全員の緊張が少しだけ和らいだ。
スザンヌさえも。
キランは病室を見回す。
ギア。
レイモンド。
母親。
マッハ。
そして。
視線を落とした。
「全部……俺のせいだ」
静かな言葉。
それでも――
全員に聞こえた。
スザンヌは即座に首を横に振る。
「あなたのせいじゃないわ」
「もう大丈夫よ」
「ただ……二度とこんな心配させないで」
キランは弱々しく笑った。
「努力するよ」
そして。
その表情が変わる。
「でも……俺は何かしなきゃいけないと思う」
スザンヌの顔から笑みが消えた。
即座に。
なぜなら。
この話がどこへ向かっているのか――
もうわかっていたから。
「……わかってるわ」
スザンヌは椅子へ座り直す。
「でも、もう外には行ってほしくない」
病室が静まり返る。
キランは目を逸らした。
考える。
言葉を選ぶ。
慎重に。
これは――
大切なことだから。
「母さん」
声は穏やかだった。
敬意もある。
それでも――
決意は揺らいでいない。
「愛してるのはわかってるよね」
スザンヌは頷く。
「でも、俺はまた行かなきゃいけない」
その言葉が――
ハンマーのように落ちた。
また。
病室が静まり返る。
「ザイラとジャリックが偽物のヒーローだってわかった以上……」
キランの手が毛布を強く握る。
「……見過ごすわけにはいかない」
スザンヌは息子を見つめた。
理解しようとしている。
キランに見えているものを――
自分にも見ようとしている。
「どうして?」
その声は――
囁くほど小さかった。
「あなたの責任じゃないでしょう」
キランは窓の外へ目を向けた。
その先に広がる街。
シトロン・シティ。
まるで――
自分にしか見えない何かを見つめるように。
そして。
静かに答えた。
「俺の責任だと思うんだ」




