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ヴェンティックスの亡霊

レイモンド・ハリソンが警察署に入って最初に耳にしたのは、誰かが言い争っている声だった。

声はエリソン刑事の事務室から聞こえていた。

「おっしゃることは理解しています、中佐。しかし、実際に交差点の真ん中で移動支援機器を遠隔停止させられた市民がいるんです。これは単なる軍の記録をめぐる問題ではありません」

少し間があった。

「いいえ。機密情報を一般公開しろと言っているのではありません」

再び沈黙。

「現在進行中の刑事捜査に、そちらが協力する意思があるのか確認しているんです」

レイモンドは扉の前で立ち止まった。

エリソンはガラス越しに彼に気づき、入るよう手招きした。

「はい。では、ご返答をお待ちしています」

彼女は通話を切った。

レイモンドは片眉を上げた。

「朝から景気のいい声だな」

エリソンは椅子にもたれた。

「ウォード中佐からです」

「元気にしてたか?」

「ご機嫌斜めでした」

「お前に対して?」

「制限付きの軍事技術を、民間の移動支援機器に干渉できるシステムへ改造した人間がいるという事実に対してです」

レイモンドはうなずいた。

「そりゃ、誰だって朝から気分が悪くなるな」

エリソンはモニターを彼に向けた。

画面いっぱいにシトロンシティの地図が表示されていた。

赤い印は、昨夜発生した機器停止の場所を示している。

四十七秒。

純化協定の試験が続いた時間だ。

一分にも満たない。

それでも、そのわずかな時間に、人々は自宅の中を移動し、道路を横断し、日常生活を送るために必要な機器の制御を失った。

レイモンドは地図を見つめた。

「けが人は?」

「緊急救助の際に二人が軽傷を負い、治療を受けました。重傷者は確認されていません」

「神に感謝だな」

エリソンは腕を組んだ。

「運がよかっただけです」

レイモンドはうなずいた。

「次もそうとは限らん」

「ええ」

彼女は別の書類を開いた。

「だから、こちらも動きます」

レイモンドは画面を見た。

【ハルシオン・ディフェンス・システムズ――捜索許可】

彼は背筋を伸ばした。

「令状が取れたのか?」

「敷地内の立ち入り可能な区画と、装備移管の捜査に関係する特定の記録については。地下区画は、発見したものによって追加の許可が必要になる可能性があります」

レイモンドはかすかに笑った。

「何もないよりはずっといい」

「そのとおりです」

エリソンは身を乗り出した。

「ただし、誰かが残した手がかりを追って、無計画に廃工場へ突入するつもりはありません」

レイモンドは眉をひそめた。

「罠だと思うか?」

「ヴェイン司令官は、こちらの行動を先読みする傾向があります」

「確かにな」

「統制された突入班を使います。技術支援班、証拠収集担当、それに緊急医療要員も待機させます」

レイモンドはハルシオンの写真を見た。

「俺は?」

エリソンは彼を見た。

「顧問として同行してもらいます」

彼は片眉を上げた。

「一人で敵をなぎ倒す役じゃないのか?」

「特に、それはやめてください」

レイモンドはため息をついた。

「本当に面白みのない女だな」

「だからこそ、人が生きて帰れるんです」


ギアの工房では、キラン・キリアンが興奮を抑えるのに苦労していた。

残念なことに、ギアもまた、いら立ちを抑えるのに苦労していた。

「キラン」

「何?」

「じろじろ見ないで」

「見てないよ」

「見てる」

「監督してるんだ」

ギアはゆっくりと彼へ向き直った。

「監督?」

キランは微笑んだ。

「士気を高めるための応援だよ」

頭上のモニターにマッハの紫色のアバターが現れた。

「キランは四十二分間連続で修理作業を観察しています」

キランは画面を指さした。

「裏切り者」

「正確な証人と呼んでいただきたいですね」

ギアは笑った。

MACH-01Aは整備台の上に置かれていた。

後部装甲は再び取り付けられている。

破壊された推進用配電装置は、独立した遮蔽回路を備える新しいものへ交換されていた。

後部装甲の下には、いくつかの新しい冷却装置が見えている。

二日前と比べれば、車椅子の状態ははるかによくなっていた。

しかし、主スラスターはまだ接続されていなかった。

キランはそれを見た。

「それで……」

ギアは振り向かなかった。

「ダメ」

「まだ何も聞いてないよ」

「飛べるかどうか聞こうとしたでしょ」

「……たぶん」

「ダメ」

キランはため息をついた。

ギアは新しい配電装置に診断用プローブを当てた。

「でも、地上での移動なら話は別だよ」

キランは背筋を伸ばした。

「本当?」

「本当」

マッハが最新の結果を表示した。

【地上走行システム――94%】

【操舵応答――正常】

【プラズマ兵装予備出力――31%】

【主飛行システム――停止中】

【補助スタビライザー――限定稼働】

キランは微笑んだ。

「それだけでも大きいよ」

ギアはうなずいた。

「大きいどころじゃない。地上走行用モーターは正常に動いてるし、通常の走行負荷なら新しい配電装置も過熱しない」

「武器は?」

「プラズマ出力は制限付き。グラップラーは一基。防御シールドも出力を落とした状態なら使える」

キランはにやりと笑った。

「十分スーパーヒーローらしいじゃない」

ギアは彼へ向き直った。

「安全管理の下で試験中の試作機らしい、の間違いでしょ」

「同じことだよ」

「違う」

マッハが付け加えた。

「私もギアに同意します」

キランはうめいた。

「二人とも面白くないなあ」

ギアは整備台にもたれた。

「いいかい。安全確認が終われば、MACH-01Aを地上で使ってもいい。でも飛行は禁止。即興のジャンプも禁止。グラップラーを使えばヘリコプターになれる、なんて考えるのも禁止」

キランは瞬きをした。

「そんなことしたことないよ」

マッハは少し間を置いた。

「映像を再生しましょうか?」

キランは心外そうな顔をした。

「あれは一回だけだって!」

ギアは声を上げて笑った。


街の反対側では、マイケイラ・マッキントッシュがシトロン・アカデミーの講堂に立っていた。

座席の配置は変更されていた。

各区画の間には、車椅子でも通れる通路が確保されている。

持ち運び式のマイクは動作確認済みだった。

イベントの途中で休憩が必要な参加者のために、静かな部屋も用意されていた。

入口付近のテーブルには、障害者の権利、アクセシブル技術、自主的な安全対策に関する資料が並んでいた。

マイケイラはセリーナ・チョウと一緒に会場を確認していた。

「どう?」

セリーナは講堂を見回した。

「率直に言うと、かなりいいです」

マイケイラは微笑んだ。

「それならよかった」

セリーナはステージを指さした。

「スロープは本当に安定してますか?」

「今朝、確認したわ」

「マイクは?」

「正常よ」

「非常口は?」

「二回確認した」

セリーナはにやりと笑った。

「先生、だんだん慣れてきましたね」

マイケイラは笑った。

「優秀な助言者がいるからね」

マーガレット・ホロウェイが横の扉から入ってきた。

彼女の車椅子が通路をゆっくりと進む。

「あらまあ、見てちょうだい」

マイケイラは振り向いた。

「マーガレット!」

年配の女性は会場を見回した。

「車椅子用の場所が、ちゃんと後ろの隅以外にもあるじゃない」

セリーナは微笑んだ。

「驚きですよね」

マーガレットはうなずいた。

「しかも、スロープの前に花を飾って塞いだりもしてない」

マイケイラは笑った。

「今のところは、ですけどね」

マーガレットは横断幕を見た。

【ヴェントの権利に関する市民フォーラム】

【安全・自己決定・選択する権利】

彼女は二度読んだ。

それからうなずいた。

「いいわね」

マイケイラは彼女の表情に気づいた。

「緊張していますか?」

マーガレットは鼻を鳴らした。

「この歳で?」

少し間を置く。

「ええ、してるわ」

マイケイラは優しく微笑んだ。

「無理もありません」

マーガレットは空席を見た。

「私は何年もの間、他人が勝手に決めた援助を、ありがたく受け取るべきだと言われてきたの」

彼女の表情が険しくなった。

「それからゼロ病棟では、私から操作権を奪うのは安全のために必要だと、何日も言い聞かされた」

セリーナは静かになった。

マーガレットは続けた。

「残りの人生まで、自分の選択肢を奪う人間に感謝して過ごすつもりはないわ」

マイケイラはうなずいた。

「では、その思いを伝えてください」

マーガレットは彼女を見た。

「もちろん、そうするわよ」


午前十一時十六分。

警察の車列がハーバー工業地区へ入った。

三台の覆面車両が、ひび割れた道路を進んでいく。

その後ろには技術支援車両が続いていた。

レイモンドはエリソンの車の助手席に座っていた。

フロントガラスの向こうには、錆びたフェンスの先に古いハルシオン施設がそびえていた。

建物は廃墟にしか見えなかった。

割れた窓。

色あせた警告標識。

舗装の割れ目から伸びる雑草。

川の近くには、荷役用クレーンが動かずに立っていた。

レイモンドは施設を見つめた。

「やっぱり見覚えがあるな」

エリソンは彼をちらりと見た。

「具体的には?」

「荷下ろし場だ」

彼は指さした。

「あの入口」

本館の東側には、幅の広い金属製の扉があった。

レイモンドは軍の輸送トラックがそこへバックで近づいていく光景を覚えていた。

密閉されたコンテナ。

その一つのそばで、民間の技術者と言い争うリヴァース。

そして、なぜその納入が通常の補給記録から除外されているのか、質問しなかった自分自身。

エリソンは車を停めた。

「レイモンド」

彼は彼女を見た。

「何だ?」

「必ずチームと一緒に行動してください」

彼はかすかに微笑んだ。

「はいはい、刑事さん」

「本気で言っています」

「俺も本気だ」

彼女は彼をじっと見た。

それからうなずいた。

二人は車を降りた。

戦術班の警官が近づいてきた。

「刑事、周辺の安全は確保しました」

「動きは?」

「目視では確認できません」

「熱探知は?」

「限定的です。コンクリートの壁が一部の測定を妨げています」

エリソンは建物を見た。

「慎重に進んでください」

レイモンドは警官たちに続いて入口へ向かった。

金属製の扉には鍵がかかっていた。

技術担当者が調べた。

「最近、無理にこじ開けられた形跡はありません」

エリソンはうなずいた。

「記録して」

チームは令状に基づいて扉を開けた。

中の空気には、埃と錆と古い機械の臭いが漂っていた。

割れた窓から日光が差し込んでいる。

放置された設備が何列も並んでいた。

レイモンドは周囲を見回した。

一瞬、過去へ戻ってきたような感覚に襲われた。

そのとき、あるものに気づいた。

埃の上に残る新しい足跡。

彼は立ち止まった。

「エリソン」

彼女が近づいた。

「何ですか?」

レイモンドは指さした。

「誰かがここに来てる」


施設の地下深くで、ヘレナ・ヴェインは警察の侵入を監視していた。

複数の監視映像には、廃工場の製造フロアを進む捜査員たちが映っていた。

コバルトが彼女の隣に立っていた。

「到着しました」

ヴェインはうなずいた。

「そうだな」

「ヌリファイアーを投入しますか?」

「まだだ」

コバルトは眉をひそめた。

「我々の施設に侵入しています」

「私が調べさせたい場所に入っているだけだ」

彼はモニターを見た。

「証拠を収集させるのですか?」

「選ばれた証拠をな」

ヴェインは別の画面へ向き直った。

地下のいくつかの区画が表示されていた。

設備が作業通路を通って運び出されている。

技術者たちはケーブルを外し、密閉ケースを自動搬送台に積み込んでいた。

コバルトは作業状況を確認した。

「下層区画の退避は二十分以内に完了します」

「よろしい」

「ハリソンは?」

ヴェインはレイモンドの映像を見た。

「彼はリヴァースを理解したがっている」

コバルトは腕を組んだ。

「それで?」

彼女はかすかに微笑んだ。

「ならば、手助けしてやろう」


捜査員たちは旧管理棟へ入った。

ほとんどの事務室は空になっていた。

机は倒されている。

書類棚は空っぽだった。

古い紙が床一面に散らばっていた。

証拠収集担当者が書類棚を調べた。

「刑事?」

エリソンが近づいた。

「何か見つかった?」

「フォルダーがいくつかあります。エコー・ヴェイル計画に関係するもののようです」

レイモンドは顔を上げた。

「もう見つかったのか?」

担当者は一つを開いた。

書類は古かった。

黄ばんだページもあれば、軍の書簡の写しと思われるものもあった。

エリソンは眉をひそめた。

「都合がよすぎるわね」

レイモンドはうなずいた。

「まったくだ」

彼女は担当者に、書類を動かす前の状態を撮影するよう指示した。

それから先へ進んだ。

廊下の突き当たりには、補強された扉が半開きになっていた。

その向こうには、暗闇へ続く階段があった。

入口の上には色あせた標識が掲げられていた。

【許可された関係者以外立入禁止】

レイモンドはそれを見つめた。

あの標識を覚えていた。

まったく同じものではない。

だが、似たようなものなら何度も見てきた。

セクション12。

立ち入りが制限された研究棟。

兵士たちが疑問を持つことすら許されなかった扉。

エリソンが近づいた。

「レイモンド?」

彼は彼女を見た。

「近づいてる気がする」

彼女は階段を調べた。

「許可と安全条件を確認するまでは進めません」

レイモンドはうなずいた。

「そうだな」

技術担当者が入口を走査した。

「下の階には通電中の配線があります」

エリソンの表情が険しくなった。

「通電中?」

「はい」

レイモンドは暗闇を見下ろした。

地上の建物は何年も放置されている。

しかし、その地下では、まだ何かが生きていた。


ギアの工房では、最初の地上走行試験が始まろうとしていた。

キランはMACH-01Aに乗っていた。

両脚は装甲に覆われた車体の内部で、完全に保護されている。

慣れ親しんだ操作装置が手の届く位置にあった。

ヘルメットの表示装置が点灯した。

【MACH-01A――地上運用モード】

【飛行システム無効】

【安全制限装置作動中】

コックピットにマッハの声が響いた。

「お帰りなさい、キラン」

キランは微笑んだ。

「戻ってこられて嬉しいよ」

ギアは補強された観察窓の向こうに立っていた。

「ルールを忘れないでよ」

キランはため息をついた。

「地上移動だけ」

「ジャンプは禁止」

「ジャンプは禁止」

「グラップラーを使った曲芸も禁止」

「グラップラーを使った曲芸も禁止」

「僕が許可するまでプラズマ砲も使わないこと」

キランは少し間を置いた。

「……すごく小さいプラズマ砲なら?」

「キラン!」

彼は笑った。

「わかったって!」

マッハが地上走行用モーターを起動した。

車椅子が前進した。

最初はゆっくりと。

それから、試験フロアを滑らかに進んでいく。

キランは左へ曲がった。

次に右へ。

標識のある区間へ向かって加速した。

モーターは即座に反応した。

マッハが結果を表示した。

【走行応答――正常】

【電力分配――安定】

【熱負荷――許容範囲内】

キランはにやりと笑った。

「ああ、これが恋しかったんだ!」

ギアは測定値を見ていた。

「いい感じだよ」

キランはコースを一周した。

それから観察窓のそばで停止した。

「どう?」

ギアは微笑んだ。

「地上走行機能、復旧完了」

キランは拳を上げた。

「やった!」

マッハが付け加えた。

「予備試験は成功です」

キランは天井を見上げた。

工房の上部にある窓から、細長く切り取られた青空が見えていた。

一瞬、スラスターが点火する光景を想像した。

それから視線を下ろした。

まだだ。

でも、もうすぐ。


ハルシオンでは、捜査員たちが通電中の設備と継続的な犯罪活動を示唆する証拠を記録したことを受け、エリソンが立ち入り可能な地下階への捜索許可を得ていた。

チームは階段を下りた。

レイモンドは二人の警官の後ろに続いた。

懐中電灯がコンクリートの壁と露出した配管を照らした。

空気が冷たくなっていく。

階段の下には、密閉された扉が並ぶ廊下があった。

ほとんどの部屋は空だった。

一つには壊れた実験装置があった。

別の部屋には、分解された通信機器が置かれていた。

しかし、三つ目の部屋は違っていた。

中央に金属製のテーブルがあった。

壁際には古いコンピューター端末が置かれていた。

その隣には、色あせた軍の識別ラベルが貼られた鍵付きの保管庫があった。

【第816大隊】

【セクション12】

レイモンドは立ち止まった。

「うちの部隊のものだ」

エリソンは彼を見た。

「間違いありませんか?」

「ああ」

証拠収集担当者が保管庫を撮影した。

それから開けた。

中には数個の記録媒体と、少量の書類が入っていた。

一つのフォルダーには、見覚えのある名前が記されていた。

【リヴァース、ダニエル】

レイモンドは胃の奥が締めつけられるのを感じた。

エリソンは彼を見た。

「レイモンド」

彼はうなずいた。

「わかってる」

彼女は慎重にフォルダーを開いた。

最初の書類は移管承認書だった。

二枚目は内部で提出された異議申立書。

三枚目は、氏名が記載されていない上級将校宛ての覚書だった。

エリソンは声に出して読んだ。

「『エコー・ヴェイルの制御構造は、利用者本人の直接的な同意なしに民間の移動支援インフラへ適用された場合、容認できない危険性を生じさせる』」

レイモンドは凝視した。

「リヴァースが書いたのか?」

エリソンは署名を確認した。

「彼の名前があります」

彼女は続けた。

「『現在の認証方式では、影響を受ける操作者による実質的な確認を経ずに、遠隔からの介入が可能となっている』」

レイモンドは目を閉じた。

記憶の中にリヴァースの声が響いた。

与えられた説明を信じていたからです。

エリソンはページをめくった。

次の段落は、さらに重い内容だった。

「『これらの懸念がある一方、私は最初の移管を承認した自らの役割を認め、その結果生じた危険について責任を受け入れる』」

レイモンドは目を開けた。

数秒間、何も言わなかった。

それから、ささやいた。

「自分が間違えたって、わかってたんだな……」

エリソンは彼を見た。

レイモンドは署名を凝視した。

「それで、何とかしようとした」

彼は唾を飲み込んだ。

「でも、間に合わなかったんだ」


地下の司令室では、ヴェインが捜査員たちの書類調査を監視していた。

コバルトが隣に立っていた。

「リヴァースのファイルを発見しました」

「そうだな」

「警備システムを起動しますか?」

ヴェインは首を振った。

「まだだ」

コバルトはいら立った様子だった。

「司令官、彼らはエコー・ヴェイルとパージ・プロトコルのつながりに気づき始めています」

「我々が気づかせた範囲だけだ」

彼女は別の画面を開いた。

【パージ・プロトコル――展開準備状況】

【ネットワーク到達率――39%】

【市全域への認証経路――未完成】

ヴェインは数値を確認した。

「過去の記録など、失っても構わん」

「運用装備は?」

「すでに移動中だ」

コバルトは警察の監視映像を見た。

「下層通路へ到達したら、どうします?」

ヴェインは微笑んだ。

「そのときは扉を閉める」


レイモンドが別の書類を調べていたとき、最初の警報が鳴った。

低い機械音が廊下に響き渡った。

エリソンは顔を上げた。

「今のは?」

照明が明滅した。

技術担当者が測定器を確認した。

「電力の急変です」

レイモンドの表情が変わった。

「全員、外へ出ろ」

エリソンが彼を見た。

「レイモンド?」

「今すぐだ!」

廊下の奥で重い金属製の扉が閉まった。

ドォォォン!

警官たちが武器を構えた。

背後でも別の扉が下り始めた。

「急いで!」とエリソンが叫んだ。

チームは階段へ向かって走った。

レイモンドは証拠運搬用の台車を脇へ押しやり、通路を空けた。

降下してきた扉が床に激突した。

ガァン!

閉じ込められた。

赤い警告灯が廊下を照らした。

【封鎖システム作動中】

エリソンは無線機をつかんだ。

「指揮所、こちらエリソン。地下階で自動封鎖が発生しました」

雑音だけが返ってきた。

彼女はもう一度試した。

「指揮所、応答してください」

何も聞こえない。

レイモンドは天井を見た。

「通信妨害装置だ」

技術担当者が機器を確認した。

「その可能性が高いです」

エリソンはチームへ向き直った。

「全員、落ち着いて。出口を確認してください」

レイモンドは補強された扉を調べた。

そのとき、あるものに気づいた。

廊下の上部にある換気ダクトだ。

彼は不敵に笑った。

「なるほどな」

エリソンが彼を見た。

「何ですか?」

「この建物、俺たちを帰したくないらしい」

彼は腰の拳銃へ手を伸ばした。

「残念だったな」


ギアの工房では、マッハが最初の緊急信号を検出した。

「キラン」

キランは地上走行試験の結果を確認していた。

「何?」

「エリソン刑事のチームが、指揮車両との通信を失いました」

キランは顔を上げた。

「何だって?」

「最後に位置が確認されたのはハルシオン施設です」

ギアがモニターへ向き直った。

「レイモンドは?」

「彼の携帯端末も応答していません」

キランの表情が険しくなった。

「まずいな」

マッハは続けた。

「接続が途絶える直前、自動緊急信号が送信されています」

ギアは位置情報を開いた。

「ハルシオン……」

キランはMACH-01Aを見た。

車椅子は試験フロアに置かれていた。

地上走行機能は復旧している。

しかし、飛行機能はまだ使えない。

彼はギアへ向き直った。

「行ける?」

ギアはためらった。

「キラン……」

「レイモンドが危ないんだ」

「わかってる」

「エリソン刑事も」

ギアは診断モニターを見た。

【地上システム――稼働可能】

【飛行システム――停止中】

【武器出力――制限あり】

【シールド容量――低下】

ギアは息を吐いた。

「地上運用だけだよ」

キランはうなずいた。

「地上運用だけ」

「飛行を前提にした無茶な行動は禁止」

「了解」

マッハが口を開いた。

「緊急対応機関へ連絡し、現場の警察と連携してから接近することを推奨します」

キランは微笑んだ。

「賛成」

ギアは驚いたようだった。

「ずいぶん素直だね」

キランはにやりと笑った。

「僕も成長してるんだよ」

ギアは首を振った。

「スナット!」


ハルシオンの内部では、レイモンドとエリソンが脱出方法を探していた。

技術担当者は、封鎖システムにつながる保守用パネルを発見していた。

残念ながら、頑丈なカバーで保護されている。

レイモンドはそれを調べた。

「開けられるか?」

「工具がなければ無理です」

エリソンは警官たちを見た。

「携帯用の切断工具を持っている人は?」

一人の警官がうなずいた。

「あります、刑事」

作業が始まった。

レイモンドは廊下を見張っていた。

何かが気になっていた。

扉は閉じられた。

通信は妨害された。

しかし、武装した敵は一人も現れない。

彼は眉をひそめた。

「エリソン」

彼女は顔を上げた。

「何ですか?」

「これは待ち伏せじゃない」

彼女は彼を見つめた。

「では、何です?」

レイモンドは回収した書類を見た。

「時間稼ぎだ」

エリソンの表情が変わった。

「何かを移動させている……」

「そのとおり」

技術担当者は切断作業を続けていた。

火花が床に散った。

レイモンドは天井を見た。

「地下にある何かを、俺たちに見せたくないんだ」


地下の司令室で、コバルトは報告を受けた。

「司令官、移送が完了しました」

ヴェインはうなずいた。

「よろしい」

「捜査員たちは依然として閉じ込められています」

「今のところはな」

コバルトはモニターを見た。

「排除しますか?」

ヴェインは少し考えた。

それから首を振った。

「いや」

コバルトは眉をひそめた。

「知りすぎています」

「我々が用意した筋書きを追うには十分な情報を得ただけだ」

彼女は、回収した書類を調べるレイモンドの映像へ向き直った。

「ハリソンは、リヴァースの真実を暴いていると思っている」

「実際、そうでは?」

ヴェインは微笑んだ。

「その一部はな」

彼女は最後のファイルを開いた。

【エコー・ヴェイル計画――民間応用審査】

【顧問:エイドリアン・ヴォス】

【移管承認者:ダニエル・リヴァース】

【補足指令:機密指定】

コバルトは書類を見た。

「補足指令には何が?」

ヴェインはファイルを閉じた。

「ハリソンには、まだ理解する準備ができていないことだ」


ついに保守用パネルが開いた。

技術担当者は内部に手を入れ、最初の扉のロックを手動で解除した。

重い金属音が廊下に響いた。

エリソンは息を吐いた。

「よくやりました」

警官たちは階段へ向かった。

レイモンドは一瞬、その場に残った。

リヴァースの書類が見つかった部屋を見る。

それから、さらに地下へ続く封鎖された通路へ目を向けた。

施設の構造に、何か引っかかるものがあった。

書類は簡単に見つかった。

封鎖が始まったのは、彼らがその部屋へ到達したあとだった。

そして警備システムは、彼らを傷つけようとせずに閉じ込めただけだった。

レイモンドはエリソンを見た。

「待ってくれ」

彼女は立ち止まった。

「何ですか?」

「あの書類を見つけさせたかったんじゃないか」

エリソンは眉をひそめた。

「なぜ?」

レイモンドは首を振った。

「わからん」

彼は封鎖された通路を見た。

「だが、連中が隠していたのは、リヴァースの書類じゃない」


施設の外には、警察の増援部隊が到着していた。

警戒線を守る警官の一人が、進入路を近づいてくる見覚えのある装甲車椅子に気づいた。

紫色の装甲。

後部に並ぶ二基のスラスターは、暗いまま停止している。

ヘルメットを装着した操縦者。

MACH-01A。

警官は無線機を持ち上げた。

「指揮所、ウルトラヴァイオレットが接近しています」

キランは検問所の近くで停止した。

マッハが通信回線を開いた。

「ウルトラヴァイオレットです。現場指揮官との連携を要請します」

警官が近づいた。

「飛行システムは故障中なんだろう?」

キランはかすかに微笑んだ。

「完全にね」

「じゃあ、何をしに来た?」

キランは工場を見た。

「手伝いに」

警官は彼を見つめた。

それからうなずいた。

「エリソン刑事のチームがまだ中にいる。通信を回復させようとしているところだ」

キランは建物を見た。

「何が妨害してるかわかる?」

「電波干渉だ」

マッハが答えた。

「技術班が関連する診断データへのアクセスを許可してくれれば、妨害源の特定を支援できます」

警官は指揮車両へ連絡した。

数分後、許可が下りた。

キランは技術支援車両へ向かった。

今回は屋根から派手に突入することもない。

空を横切る紫色の光跡もない。

開いた窓へ高速で飛び込むこともない。

代わりに、彼は技術者の隣に車椅子を停め、通信妨害の分析を始めた。

そして不思議なことに、それがまさに自分のやるべきことだと感じられた。


施設の内部で、レイモンドはエリソンの無線機から微かな雑音を聞いた。

『エリソン……刑事……応答……』

彼女は無線機をつかんだ。

「指揮所、こちらエリソン。聞こえています」

信号が途切れた。

それから戻った。

『刑事、技術支援によって通信を復旧中です』

レイモンドは微笑んだ。

「当ててやろうか」

エリソンは彼を見た。

「何ですか?」

「紫色の車椅子だろ?」

無線機が雑音を立てた。

『ウルトラヴァイオレットが外周警戒線で支援しています』

レイモンドは笑った。

「やっぱりな」

エリソンは首を振った。

「あの子は本当に……」

レイモンドは階段を見た。

「さあ、ここから出よう」


二十分後、レイモンドは日光の下へ出てきた。

キランが技術支援車両の近くで待っていた。

「レイモンド!」

レイモンドは立ち止まった。

それから微笑んだ。

「坊主」

キランは彼へ近づいた。

「大丈夫?」

「もっといい日もあったな」

「もっと悪い日も?」

レイモンドは考えた。

「間違いなくな」

キランはにやりと笑った。

エリソンが近づいた。

「ウルトラヴァイオレット」

キランは少し姿勢を正した。

「刑事」

「協力に感謝します」

「どういたしまして」

レイモンドはMACH-01Aを見た。

「その車椅子に戻ったんだな」

キランはうなずいた。

「地上モードだけどね」

「飛行は?」

「まだ無理」

レイモンドは微笑んだ。

「それでいい」

キランは心外そうな顔をした。

「いいって?」

レイモンドは腕を組んだ。

「空に頼らず戦う方法を、ようやく学び始めたってことだ」

キランは笑った。

「そうみたいだね」

エリソンは、警察車両へ積み込まれていく証拠ケースを見た。

「書類をいくつか回収しました」

キランの表情が真剣になった。

「リヴァースについて?」

レイモンドはうなずいた。

「ああ」

「何がわかったの?」

レイモンドは廃工場を見た。

しばらく答えなかった。

それから口を開いた。

「あいつは、あとになって止めようとしたものを、自分で始める手助けをしていたんだ」

キランは彼を見つめた。

「純化協定と協力してたの?」

レイモンドは首を振った。

「まだわからん」

彼は証拠ケースを見た。

「だが、誰かがあいつの関わった技術を兵器に変えた」

キランの表情が険しくなった。

「分散型コンプライアンス・ネットワーク……」

「そのとおりだ」

ヘルメットのスピーカーからマッハの声が響いた。

「でしたら、残る展開用インフラの特定を最優先すべきです」

エリソンはうなずいた。

「同感です」

レイモンドは最後にもう一度、工場を見た。

「リヴァース……」

声はほとんど聞こえないほど小さかった。

「お前は一体、何に俺たちを巻き込んだんだ?」


その夜、チームはギアの工房に集まった。

レイモンドは発見したことを説明した。

エコー・ヴェイルの元々の計画。

中央集権型の制御構造。

リヴァースによる承認。

その後の異議申立て。

エイドリアン・ヴォスの過去の関与。

ハルシオンで不自然なほど簡単に見つかった書類。

キランは注意深く聞いていた。

ギアは設計端末のそばに立っていた。

マイケイラはフォーラムの準備を終え、安全なビデオ回線で参加していた。

別のモニターにはナサニエルが映っていた。

レイモンドが説明を終えると、室内は静まり返った。

やがてナサニエルが口を開いた。

『つまり、純化協定がネットワークを発明したわけじゃないんだね』

レイモンドは首を振った。

「違う」

『既存の技術を改造したんだ』

「そういうことらしい」

ギアは眉をひそめた。

「だったら、元の構造に古い脆弱性が残ってる可能性があるね」

マッハが答えた。

「可能性はあります。ただし、現在のシステムには大幅な改造が施されています」

ナサニエルはうなずいた。

『元の設計と、実地試験で使われた命令の特徴を比較する必要がある』

マイケイラはレイモンドを見た。

『ヴォスは?』

エリソンが答えた。

「過去に契約業者のネットワークへ関与していた証拠はあります。ただし、最近の襲撃事件に直接関わったと立証するには、まだ足りません」

マイケイラは腕を組んだ。

『それでも、彼は登録義務化を推進し続けているわ』

キランはうなずいた。

「一方で純化協定は、中央管理を悪用できるネットワークを作ってる」

ギアの表情が険しくなった。

「そんな偶然、僕は信じたくないね」

レイモンドは室内を見回した。

「俺もだ」


その夜遅く、レイモンドは工房の外に一人で立っていた。

空気は冷たかった。

遠くから車の走行音が聞こえていた。

彼は古い写真を手に持っていた。

リヴァース。

ヴォス。

懇親会。

誰も理解していなかった何かの始まり。

キランが車椅子で外へ出てきた。

「やあ」

レイモンドは顔を上げた。

「よう、坊主」

キランは隣で止まった。

「大丈夫?」

レイモンドは嘘をつこうかと考えた。

それからため息をついた。

「いや」

キランは続きを待った。

レイモンドは写真を見た。

「俺は何年も、リヴァースを殺した日のことを考えてきた」

その声は静かだった。

「ほかに方法がなかったのかってな」

キランは黙って聞いていた。

レイモンドは続けた。

「それなのに今になって、ずっと前からいろんなことが起きていたとわかってきた。しかも俺は、そのすぐそばにいたんだ」

彼は写真を見た。

「ハルシオンへの装備輸送を手伝った。リヴァースが通常の記録に残したがらなかったことも知っていた」

キランは眉をひそめた。

「何を運んでたか知ってた?」

「いや」

「それが何になるか、わかってた?」

「いや」

レイモンドは彼を見た。

「だが、質問もしなかった」

キランは少し黙った。

それから言った。

「今なら質問できるよ」

レイモンドは瞬きをした。

キランは続けた。

「過去に戻って、起きたことを変えることはできない。でも、あの技術がどう使われたのか、今から調べることはできる」

レイモンドは彼を見つめた。

「歳を取って、賢くなったな」

キランは微笑んだ。

「三十年の経験があるからね」

レイモンドは笑った。

「まったく、先が思いやられる」

キランは空を見た。

「MACH-01Aが墜落したときのこと、ずっと考えてるんだ」

レイモンドはうなずいた。

「そうか」

「飛べなくなったら、もう何もできないと思ってた」

彼は工房をちらりと見た。

「でも今日、レイモンドたちが建物から脱出するのを手伝えた」

「ああ」

「しかも、飛ばずにね」

レイモンドは微笑んだ。

「そうだな」

キランは彼を見た。

「レイモンドも、同じことをしてるのかもしれない」

レイモンドは眉をひそめた。

「何がだ?」

「昔できなかったことばかりが、大事だと思ってるんじゃないかな」

レイモンドは写真を見下ろした。

長い間、何も言わなかった。

それから慎重に写真を折りたたんだ。

「……そうかもしれんな」


シトロンシティの地下深くで、ヘレナ・ヴェインが厳重に警備された作戦室へ入った。

壁一面を巨大なデジタル地図が覆っていた。

赤い印が街の各所へ広がっている。

【分散型コンプライアンス・ネットワーク】

【到達率――44%】

【パージ・プロトコル――展開準備中】

コバルトが近づいた。

「ハルシオン施設の撤収は完了しました」

「よろしい」

「警察は指定した書類を回収しました」

「予定どおりだ」

「ウルトラヴァイオレットは?」

「まだ地上に縛りつけられている」

コバルトはうなずいた。

「飛行システムは依然として停止中です」

ヴェインは微笑んだ。

「ならば、空へ昇れなくなったとき、世界がどれほど小さくなるか学ぶことだろう」

彼女は地図へ向き直った。

コバルトはためらった。

「司令官、ハリソンはリヴァースがエコー・ヴェイルに異議を唱えていたことを知りました」

「そうだな」

「補足指令を探し始めるかもしれません」

ヴェインの表情がわずかに変わった。

「ならば、こちらの準備が整うまで見つけさせるわけにはいかん」

コバルトは中央ディスプレイを見た。

「パージ・プロトコルは?」

ヴェインは操作端末へ近づいた。

一人の技術者が室内に入ってきた。

「司令官、次の段階の承認準備が整いました」

ヴェインは数値を確認した。

ネットワークはまだ完成していない。

安定して到達できない地区も、いくつか残っている。

しかし、インフラは拡大し続けていた。

そして最初の実地試験は成功していた。

彼女は認証パネルに手を置いた。

「フェーズ4の準備を開始しろ」

技術者はうなずいた。

「了解しました、司令官」

新しいメッセージが表示された。

【オペレーション・クリーン・スレート】

【フェーズ4――市全域への展開準備】

ヴェインは微笑んだ。

「連中には過去を調べさせておけ」

彼女は光り輝く地図を見つめた。

「すべてを理解する頃には、未来はすでに我々のものになっている」


ギアの工房では、マッハが新たなシミュレーションを完了した。

モニターに新しい推進システムが表示された。

三つの独立した電力経路。

個別の緊急遮断回路。

改良された熱保護機構。

ギアは結果を調べた。

「おお……」

キランが近づいた。

「何?」

マッハが最終結果を表示した。

【推進系統の冗長性試験――成功】

【単一回路の故障――隔離成功】

【補助スラスターの動作――維持】

キランは微笑んだ。

「それって、つまり……?」

ギアはにやりと笑った。

「完成に近づいてるってこと」

「どれくらい近い?」

ギアはMACH-01Aを見た。

「僕もわくわくしてくるくらいにはね」

キランは笑った。

「今週聞いた中で、一番いい知らせだよ!」

マッハのアバターが明るくなった。

「ただし、飛行に関する安全認証はまだ完了していません」

キランはため息をついた。

「やっぱりね」

ギアは微笑んだ。

「焦らないこと」

キランは修復された装甲を見た。

静まり返ったスラスター。

再び空へ昇る日を待つ翼。

街のどこかでは、純化協定が都市全体を支配しようとしていた。

だが、ソニック・ウィーラーズの戦いはまだ終わっていない。

終わるどころか、これからだった。

そして、その時が来たら。

キランは必ず、準備を整えているつもりだった。

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