ギアの工房包囲戦
キラン・キリアンがギアの工房に戻って最初に気づいたのは、焦げたコーヒーの臭いだった。
二つ目に気づいたのは、どうやら兄姉のギアが、睡眠というものを不要な贅沢品だと判断したらしいことだった。
ギアはMACH-01Aの整備台のそばに立っていた。油染みのついたタンクトップの上に作業用ジャケットを羽織り、ゴーグルは額の上で斜めになっている。食べかけのサンドイッチが、工業用潤滑油の容器のすぐ近くに置かれていた。
キランはそれをじっと見つめた。
「ギア」
「ん?」
「それ、マヨネーズだって言ってくれる?」
ギアはキランの視線を追った。
「ああ。違うよ。潤滑油」
キランは瞬きをした。
「なんでサンドイッチの隣にあるの?」
「どっちもまだ終わってないから」
「恐ろしすぎるよ」
「だったら、人の朝ごはんを見ないで」
「もう午前十時だよ」
「だから朝ごはんでしょ」
マッハのアバターが近くのモニターに現れた。
「記録のために申し上げますが、私は工業用化学物質の近くで食事をしないよう、すでに四回忠告しています」
ギアは画面を指さした。
「それと、誰も聞いてないからね」
「あなたが今後も生存していることは、私にとって非常に重要です」
「あら。心配してくれてるんだ」
「残念ながら」
キランは微笑んだ。
ほんの一瞬、工房はいつもの日常を取り戻したように感じられた。
しかし、MACH-01Aの損傷した装甲に目を向けると、その笑みは消えた。
左舷側の装甲には焼け焦げた跡が走っていた。後部スタビライザーは部分的に分解され、配線や油圧部品がむき出しになっている。ひび割れたシールド発生装置が、交換用部品とともに作業台に置かれていた。
ゼロ病棟から十六人を救出した。
十六人が家族のもとへ帰れる。
十六人が、純化協定に自分の一挙手一投足を支配されずに生きる機会を取り戻した。
それでも、ナサニエル・ブルックスは行方不明のままだった。
トーマス・ヴェイルをはじめ、ほかにも救出できなかった人々がいる。
「エリソン刑事から何か連絡は?」
ギアは布で手を拭いた。
「二十分くらい前に電話があったよ。警察はイーストヘイブンの確保を終えたって。鑑識はまだ地下研究室を調べてる」
「何か役に立つものは?」
「機材が少し。記録の断片も。それから、空っぽの保管棚が山ほど」
マッハが報告書を表示した。
「純化協定のデータ消去手順は徹底していました。捜査員はいくつかの物理記憶装置を回収しましたが、大部分は破壊されているか、暗号化されています」
キランは視線を落とした。
「じゃあ、振り出しに戻ったわけだ」
「完全にそうとは言えません。分散制御計画の存在を確認し、技術的な構成要素の一部を特定し、十六人の証人を救出しました」
「でも、救えなかった人たちは?」
ギアもマッハも、すぐには答えなかった。
キランは顔をそむけた。
そのとき、携帯電話が鳴った。
【オリヴィア・ブルックス】
キランは名前を見つめた。
そして通話に出た。
「オリヴィア?」
『キラン?』
彼女の声は張り詰めていた。
『エリソン刑事から聞いたの。ナサニエルが監禁されていた場所を見つけたんですって?』
キランは目を閉じた。
「うん」
『そこにいたの?』
「いたよ」
電話の向こうで、鋭く息をのむ音がした。
『生きてるの?』
「僕たちが居場所を確認したときは、生きていた」
沈黙。
それから、オリヴィアが泣き始めた。
キランは待った。
彼女が必死に言葉を探しているのがわかった。
『やっぱり……』
彼女はささやいた。
『やっぱり、生きてたんだ……』
「オリヴィア……」
『姿を見たの?』
「マッハが診察室にいる彼を確認したんだ。そこへ向かっていたんだけど、施設が封鎖されて……」
『何があったの?』
「僕たちがたどり着く前に、別の場所へ移送されてしまった」
再び沈黙が訪れた。
キランは、その沈黙が嫌だった。
一秒一秒がたまらなく嫌だった。
「ごめん」
オリヴィアは震える息を吸った。
『見つけてくれたことを謝らないで』
「でも、連れて帰れなかった」
『生きてるってわかったのよ』
彼女の声が震えた。
『いなくなってから、初めて確かなことがわかったの』
キランは唾を飲み込んだ。
「これからも探し続けるよ」
『わかってる』
「そして、見つけたら――」
『私が探すのをやめなかったって伝えて』
キランは、以前にも彼女が同じ言葉を口にしたことを思い出した。
「必ず伝える」
『約束してくれる?』
「約束する」
通話が終わっても、キランはしばらく動かなかった。
ギアが静かに近づいた。
「ねえ」
キランは顔を上げた。
「うん?」
「昼ごはんまでに世界中の問題を解決しなくてもいいんだよ」
キランは疲れた笑いを漏らした。
「できたらいいんだけどね」
ギアはMACH-01Aの装甲に手を置いた。
「一つずつ片づけよう」
マッハのアバターが二人の間に現れた。
「非常に優れた原則です。残念ながら、敵は複数の問題を同時に提供することに熱心なようですが」
ギアはうめいた。
「スナット。縁起でもないこと言わないでよ」
正午になる頃、ギアの工房は別の意味で戦場と化していた。
プラズマ砲も電磁ライフルも使われない戦いだった。
その戦場にあるのは、コンピューター画面、回路図、そして公衆衛生上の問題になりそうなほど大量の使い捨てコーヒーカップだった。
ギアは、ゼロ病棟から回収したネットワーク構造のホログラムの前に立っていた。
「さて。問題はこれ」
キランが身を乗り出した。
「一つだけ?」
「期待しないで」
ギアは図面を拡大した。
「純化協定は、個々のヴェントを停止させられるかどうかだけを試していたわけじゃない。複数の機器へ同時に命令を送れるシステムを作っていたんだ」
マッハがいくつかの接続経路を強調した。
「この構造は、中央集権的な認証と分散型の命令伝達に依存しています。回収した断片から判断すると、侵害された保守経路を通じて、対応する移動制御装置を標的にできるようです」
キランは眉をひそめた。
「何人に影響するの?」
「わからない」とギアは答えた。
「数十人?」
「かもしれない」
「数百人?」
「その可能性もある」
「数千人?」
ギアは答えなかった。
キランはギアを見つめた。
「ギア?」
「それが怖いんだよ」
工房が静まり返った。
ギアは腕を組んだ。
「考えてみて。もし純化協定が保守、診断、遠隔更新を扱うシステムに侵入できるなら、一台ずつヴェントを攻撃する必要なんてない」
マッハが続けた。
「多数の機器に共通する脆弱性を悪用できます」
キランは図面を見た。
「イライアスに起きたことみたいに」
「そのとおり」とギアは言った。「でも、大学の建物の外で一人が動けなくなるだけじゃ済まない。街中の人たちが、突然自分の移動機器を使えなくなったらどうなると思う?」
キランは胃のあたりが締めつけられるのを感じた。
「どうすれば止められる?」
ギアは二つ目のモニターへ向き直った。
「機械が遠隔命令に無条件で従わないようにするんだ」
新しい設計図が表示された。
「独立した保護システム。外部からの命令を、移動制御装置へ到達させる前に一つずつ確認する仕組み」
マッハが設計の一部を拡大した。
「私は、主通信ネットワークから独立して動作する二次認証層を提案しました」
キランはかすかに微笑んだ。
「マッハが提案したの?」
「はい」
ギアがうなずいた。
「実はマッハのアイデア。なかなか賢いでしょ」
マッハは嬉しそうだった。
「ありがとうございます」
「調子に乗らないでよ」
「私には生物学的な頭部がありません」
「そういう意味じゃない!」
キランは笑った。
ギアは説明を続けた。
「重要なのは、車椅子を安全に使うためだけに、どこかの中央機関へ登録する必要がないってこと。保護機能は使用者の手元に置くんだ」
キランは設計図を見た。
「ナサニエルも似たものを作っていたんだよね」
「つまり、あの人の考えは正しかったんだ」
マッハのアバターがモニターへ向き直った。
「彼を救出した後、本人の同意を得て共同開発できれば、既存のソフトウェアが有用な基盤になるかもしれません」
キランはうなずいた。
「じゃあ、やることは二つだね」
ギアは眉を上げた。
「二つだけ?」
「ナサニエルを見つけること」
「それから?」
「誰が動いていいかを、純化協定に決めさせないこと」
ギアはにやりと笑った。
「そうこなくっちゃ」
そのとき、画面に警告が現れた。
【外部カメラ接続――喪失】
ギアは眉をひそめた。
「ん?」
続いて別の警告が表示された。
【保守ネットワークへのアクセス要求――拒否】
マッハは即座に診断画面を開いた。
「不正なアクセス試行を検出しました」
キランは姿勢を正した。
「どこから?」
「侵害されたサービスアカウントを経由した外部接続です」
ギアの表情が変わった。
「今日、これで三回目だよ」
キランはギアを見た。
「三回目?」
「うん。前の二回は建物の保守インターフェースからだった。どっちも遮断したけど」
マッハが新しい通知を表示した。
【カメラ映像04――信号途絶】
ギアは画面を見つめた。
「……これは初めてだね」
シトロン学園では、マイケイラ・マッキントッシュが、純化協定の巧妙な政治的手口を目の当たりにしていた。
敵対者が犯罪を暴くと、連中は話題をすり替えるのだ。
職員室のテレビには、エイドリアン・ヴォスの記者会見が映し出されていた。
銀髪の広報担当者は、純化協定の紋章が掲げられた演台の後ろに立っていた。
『我々は、いかなる市民に対する不法監禁も非難します。しかし、今回の痛ましい事件は、高度なヴェント技術に対する監督を強化する緊急の必要性を示しています』
マイケイラはコーヒーを注ぐ手を止めた。
テレビの中で、ヴォスが続けた。
『包括的な登録・検査制度が存在していれば、犯罪者に悪用される前に、こうした危険な脆弱性の多くを発見できたかもしれません』
マイケイラは画面を睨んだ。
「信じられない」
同僚が顔を上げた。
「何が?」
「誘拐事件を利用して、誘拐をもっと簡単にしかねない中央集権的な制度を推進してるのよ」
同僚は肩をすくめた。
「でも、誰かが技術を規制しないといけないでしょう?」
「規制することと、犯罪者の標的になるようなデータベースへ人々を強制登録させることは違うわ」
「でも、本人たちを守るためだったら?」
マイケイラはカップを置いた。
「十六人が違法な監禁施設から救出されたのよ。移動機器を奪われ、医療検査を受けさせられ、本人の意思に反して拘束されていたの」
彼女はテレビを指さした。
「それなのに、あの人の最初の反応は、被害者たちへの管理をさらに強めろってことなの?」
同僚はためらった。
「……そういう考え方はしてなかったわ」
「そこが問題なのよ」
マイケイラはテレビを消した。
その日の午後、彼女は数人の教師や地域の支援活動家たちと会い、公開討論会の開催について話し合った。
目的は、政治家にゼロ病棟の生存者たちを代弁させることではなかった。
生存者自身が、自分の言葉で語れる場を作ることだった。
もちろん、本人が望むならば、だ。
必要な配慮も本人が選べるようにする。
顔にカメラを押しつけたり、記者が監禁中の最悪の経験を無理やり語らせたりすることもない。
マイケイラが招待状の草案を確認していると、携帯電話が震えた。
【キラン】
彼女は電話に出た。
「もしもし」
『やあ。今日はどう?』
「馬鹿なことを言う人ばっかり」
『ああ、いつもの火曜日ってわけだ』
彼女は笑った。
「そんなところね」
しかし、キランの口調が変わった。
『ねえ、エリソン刑事から連絡があったんだ。純化協定は救出作戦に関わった人たちを標的にしているかもしれないって』
マイケイラの表情が引き締まった。
「あなたも?」
『たぶん』
「ギアは?」
『十分あり得る』
「私は?」
キランはためらった。
『マイケイラ……』
「キラン」
彼はため息をついた。
『うん。君もだ』
彼女は教室の窓へ目を向けた。
「わかった」
『それだけ?』
「どうしてほしいの? パニックになればいい?」
『いや。ただ、気をつけてほしいんだ』
「気をつけるわ」
『それと、今夜はなるべく一人で出歩かないで』
「そうするように手配できるわ」
キランは少し黙った。
『ありがとう』
「でも、討論会は中止しないからね」
『中止してほしいなんて言うつもりはなかったよ』
「よろしい」
彼女は微笑んだ。
「少しは学んできたみたいね」
『今週はみんな、僕に何かを教えようとしてるみたいだ』
「あなた、教師でしょう? 職業研修だと思いなさい」
午後六時十八分。
ギアの工房の照明がちらついた。
ギアは、はんだ付けしていた回路基板から顔を上げた。
「スナット」
照明が再びちらついた。
そして、すべてが暗くなった。
半秒ほど、工房は静寂に包まれた。
その直後、非常灯が点灯した。
床下から低い機械音が響き、予備発電機が始動した。
【予備電源――作動中】
キランは周囲を見回した。
「停電?」
マッハのアバターが非常用モニターに現れた。
「通常の停電ではありません」
警備画面に、複数の赤い警告表示が点灯した。
【外部通信――品質低下】
【カメラネットワーク――オフライン】
【電磁干渉――増大】
ギアはメインコンソールへ駆け寄った。
「まずいね」
キランはギアへ向き直った。
「どれくらいまずい?」
マッハが答えた。
「周辺道路に複数の電磁干渉源が出現しました。配置から判断すると、意図的な包囲です」
ギアは地図を見つめた。
「囲まれてる……」
外から大きな金属音が響いた。
ガラァァン!
キランは入口へ振り向いた。
「今のは?」
マッハが生き残っている光学センサーに接続した。
「装甲車両が西側の防犯ゲートに衝突しました」
続いて二度目の衝撃が響いた。
ドォォォン!
天井から埃が落ちた。
ギアは溶接用ヘルメットをつかんだ。
「スナット!」
キランはMACH-01Aの戦闘システムを起動した。
「マッハ、シールド!」
「オンラインです。ただし、修理が完了していないため、最大シールド容量は通常出力の七十八パーセントに制限されています」
「十分だよ」
「それは今後の状況次第です」
新たな警告が表示された。
【外周防衛線――突破を検出】
キランはギアを見た。
「制御室へ行って」
ギアは睨み返した。
「はあ?」
「ギア……」
「ここは自分の工房だよ」
「わかってる」
「それに、この建物のボルトもケーブルも非常装置も、全部把握してる」
キランはためらった。
ギアは警備モニターを指さした。
「皮肉だけでこの場所を守るつもりじゃないなら、自分の仕事をさせて」
マッハが割って入った。
「私はギアの判断を支持します」
キランはため息をついた。
「わかった。でも、補強扉の内側にいてよ」
「了解」
二度目の爆発が建物を揺らした。
カブォォォン!
キランは正面入口へ向き直った。
「よし、マッハ」
「はい?」
「お客さんを歓迎しに行こうか」
西側の防犯ゲートが内側へ倒れ込んだ。
装甲車両が開口部から進入してきた。正面装甲には衝突による傷がいくつも刻まれていた。
その後ろから六人のヌリファイアーが現れた。
全員がすでにライフルを構えていた。
「前進!」
最初の兵士が発砲した。
バヂヂヂッ!
電磁弾が工房の外壁に命中した。
監視カメラから火花が散った。
二人目の兵士が格納庫の入口へ狙いを定めた。
発砲するより早く、紫色の閃光が開口部から飛び出した。
フオォォッ!
MACH-01Aが猛スピードで姿を現した。
キランは鋭く旋回した。
「ごめんね、本日は閉店しました!」
彼はプラズマ弾を二発放った。
ピュン! ピュン!
一発目は装甲車両の前方センサーに命中した。
二発目は前進する兵士たちの足元に着弾した。
ドォォン!
コンクリートの破片が飛び散った。
ヌリファイアーたちは慌てて身を隠した。
マッハが標的情報を表示した。
「歩兵六名。装甲車両一台。北側から接近する航空目標が三機」
キランは上を見た。
三機のハンター・ドローンが周辺の建物の間から降下してきた。
機械式の翼が展開する。
機体の下部では電磁放射装置が光っていた。
キランはうめいた。
「ちょっと待ってよ。あいつらとは、ついこの間戦ったばかりだよ」
「改良型のようです」
「もちろん、そうだよね」
最初のドローンが拘束ケーブルを発射した。
キランは横へ回転した。
ケーブルが金属製の支持梁に命中した。
二機目が電磁パルスを放った。
バヂヂヂィッ!
MACH-01Aが震えた。
【シールド耐久値――69%】
「マッハ!」
「補正しています」
キランはドローンの下へ加速した。
「プラズマ砲!」
「準備完了」
ピュン! ピュン! ピュン!
ドローンの左側スタビライザーが爆発した。
機体は回転しながら工房の外壁に激突した。
ガシャァァン!
「一機撃墜!」
「残り二機です」
工房の制御室では、ギアが工業用の磁力クレーンを起動していた。
「さあて、この巨大なトースターども」
ギアは警備画面上の装甲車両を選択した。
「工業機械の恐ろしさを教えてあげよう」
クレーンの巨大な電磁石が積み込み場を横切った。
ウオォォォン!
電磁石が車両の屋根に衝突した。
磁力が起動する。
ガコン!
車両が横へ大きく傾いた。
車輪が舗装を削った。
ヌリファイアーの一人が叫んだ。
「何だ、これは!?」
ギアはにやりと笑った。
「自分の遊び場へようこそ!」
クレーンが車両を補強コンクリートの障壁へ引きずった。
ギギギギギィィッ!
車両が障壁に激突した。
ドォォン!
キランは通信回線で笑った。
「やるね、ギア!」
『スナット! プロを怒らせるからこうなるんだよ!』
マッハが割って入った。
「追加の敵が接近しています」
キランは振り向いた。
さらに多くのヌリファイアーが東側の外周から進入していた。
その後ろには、二台目の装甲車両が見えた。
キランの笑みが消えた。
「……なるほど」
彼は操縦装置を握り直した。
「ずいぶん大勢のお客さんだね」
三本先の通りで、レイモンド・ハリソンは純化協定が自分の到着を予測していたことを知った。
配送トラックが交差点を塞いでいた。
その後ろには黒いSUVが二台停まっている。
暗色の戦術服を着た武装兵たちが車両のそばに立っていた。
レイモンドは自分のSUVを減速させた。
「へえ。ずいぶん都合のいい場所に停まってるじゃねえか」
無線が鳴った。
『レイモンド、こちらエリソン。南側から接近しています』
「仲間を多めに連れてきた方がいいぞ」
『何が起きています?』
「純化協定の検問だ。武装兵がいる。工房へ誰も近づけないつもりらしい」
エリソンの声が鋭くなった。
『一人で交戦しないでください』
レイモンドは兵士たちを見た。
一人がライフルを持ち上げた。
レイモンドはため息をついた。
「そのつもりはなかったんだがな」
彼はSUVを後退させ、コンクリート製の分離帯の陰へ移動した。
銃弾が、つい先ほどまで車両がいた場所の舗装に命中した。
バンッ!
レイモンドは身をかがめた。
「向こうは、ずいぶん俺と戦いたがってるみたいだ」
彼は後部収納スペースを開き、防弾ベストを取り出した。
軍人として身につけた感覚が、不快なほど自然に戻ってきた。
遮蔽物。
射線。
移動経路。
襲撃者たちは、武器を持っただけの過激派ではなかった。
包囲線の作り方を知っている。
交差点の制圧方法を知っている。
増援を遅らせる方法を知っている。
レイモンドは、遠くに見える工房の警備灯の光を見つめた。
「持ちこたえろよ、坊主」
工房の内部では、ギアが失っても構わない設備が急速になくなりつつあった。
西側の積み込み扉は破壊された。
外部カメラが二台失われた。
磁力クレーンは装甲車両を引きずったことで過熱していた。
そして、予備発電機の負荷は増え続けていた。
ギアは電力配分画面を調べた。
「頼む、頼む……」
コンソールからマッハの声がした。
「第二発電機に異常な変動が発生しています」
「見えてる!」
「第一発電機が現在の負荷の七十三パーセントを担っています」
「それも見えてる!」
「私は関連情報を提供しています」
「こっちは建物が爆発しないようにしてるんだよ!」
「それは私たち共通の目標です」
ギアはスイッチを叩いた。
一連の非常用リレーが作動した。
工房の天井から機械アームが降下した。
「よし。プランBだ」
一人のヌリファイアーが破壊された積み込み口から侵入した。
兵士は制御室へライフルを向けた。
発砲する前に、自動マニピュレーターが武器をつかんだ。
ガシャン!
兵士が叫んだ。
「なっ……!?」
二本目の機械アームが装甲ベストの背中をつかんだ。
ギアはボタンを押した。
「じゃあね!」
アームが兵士を空の輸送コンテナの山へ放り込んだ。
ガシャァァン!
別の兵士が突進してきた。
ギアは工業用の溶接カーテンを作動させた。
厚い耐火性の仕切りが、兵士と制御室の間に落下した。
兵士が発砲した。
バヂヂヂッ!
電磁弾がカーテンの補強枠に命中した。
ギアは顔をしかめた。
「うん、これは想定以上の威力だね」
枠が赤く熱を帯び始めた。
マッハが言った。
「ギア、西側の防衛設備は維持が困難になりつつあります」
「わかってる!」
「キランは現在、ハンター・ドローン二機と歩兵四名と交戦中です」
ギアはモニターを見つめた。
年下のきょうだいが、敵に囲まれながら外で戦っている。
一瞬、ギアの手が止まった。
しかし、すぐに首を振った。
「……駄目だ」
再び操作盤へ向き直った。
「今日は絶対に負けない」
キランは、敵と戦うことと軍隊を相手にすることの違いを理解し始めていた。
ヌリファイアーたちは、単にキランを攻撃しているのではなかった。
建物そのものを攻撃していた。
一つの部隊を迎撃しに行くたび、別の部隊が工房の電力設備を狙う。
ドローンを撃墜するたび、別の兵士が保守用入口を突破しようとする。
そして、敵を建物から遠ざけようとするたびに、追撃するか、工房を守るかの選択を迫られた。
「マッハ、後部スラスター!」
「出力は八十一パーセントまで低下しています」
「また?」
「先ほどの電磁攻撃で、左舷側の調整装置が損傷しました」
キランは二機目のハンター・ドローンの周囲を旋回した。
拘束ケーブルがヘルメットの横をかすめた。
彼はプラズマ弾を発射した。
ピュンッ!
ドローンが回避した。
「本気!?」
「適応型の標的追尾行動を確認しました」
「こっちももっと早く適応できない?」
「試みています」
ドローンがキランへ加速した。
その瞬間、キランは前方推進を停止した。
MACH-01Aが急降下する。
ドローンは彼の頭上を通り過ぎた。
「今だ!」
マッハが独自に射撃解を計算した。
ピュン! ピュン!
二発のプラズマ弾がドローンの下面に命中した。
カブォォォン!
燃える破片が庭へ散乱した。
キランは機体を安定させた。
「二機目!」
「残り一機です」
警告が点滅した。
【内部ネットワーク異常を検出】
マッハが半秒ほど沈黙した。
キランはすぐに気づいた。
「マッハ?」
「異常が発生しています」
「何?」
「工房の内部ネットワークに、新しい機器が接続されたという報告があります」
キランは建物へ目を向けた。
「ギア?」
ギアが答えた。
『何も接続してないよ!』
マッハのアバターが現れた。
「それなら、侵入者がいます」
工房の地下で、保守用ハッチが開いた。
三人の純化協定工作員が設備通路へ降りてきた。
彼らは狭い空間での活動に適した小型装甲を着用していた。
隊長は、補強された接続端子を備えた黒い長方形の装置を持っていた。
「アクセスポイントを確認」
一人が小声で言った。
工作員の一人がサービスパネルへ近づいた。
カバーを外し、ケーブルを接続する。
小さな画面が点灯した。
【ネットワーク接続確立】
隊長は微笑んだ。
「抽出開始」
データが画面を流れ始めた。
工房の設計図。
電力配分図。
整備記録。
そして、装置が二つ目の機能を起動した。
【AI隔離モジュール――初期化中】
工作員たちは、頭上のパネルで小さな赤い表示灯が点滅していることに気づかなかった。
しかし、マッハは気づいた。
工房内で、彼のアバターがちらついた。
「ギア」
「何?」
「設備接続点四番を経由して、許可されていない機器が内部ネットワークに接続されました」
ギアは目を見開いた。
「東側の整備区画の下だ!」
「そのとおりです。装置は私の通信経路を解析し、工房の制御システムへ命令を注入しようとしています」
キランの声が無線に飛び込んできた。
『マッハ、大丈夫!?』
「私は稼働を継続しています」
アバターが再びちらついた。
「ただし、この装置は私が外部の支援基盤へアクセスする経路を妨害しようとしています」
ギアはネットワーク制御盤へ駆け寄った。
「締め出せる?」
「可能です。しかし、そのためには影響を受けたネットワーク区画を隔離する必要があります」
「つまり?」
「複数の自動防衛設備、外部カメラ、工房の主通信中継装置が使用不能になります」
ギアは画面を見つめた。
外では、キランがまだ戦っている。
中では、ヌリファイアーたちが前進している。
そして今、工房そのものが敵の武器に変えられようとしていた。
ギアは息を吸った。
「やって」
マッハはためらった。
「ギア……」
「カメラを失う方が、マッハを失うよりずっとましだよ」
短い沈黙が流れた。
それから、マッハが答えた。
「了解しました」
【ネットワーク隔離――開始】
いくつかのモニターが暗くなった。
自動砲台が停止した。
工房の外部通信中継装置が切断された。
しかし、悪意ある装置は、マッハの稼働中の処理環境へアクセスできなくなった。
設備通路では、工作員が画面を見つめていた。
【接続終了】
「何だ?」
再試行した。
【アクセス拒否】
隊長が悪態をついた。
「物理的なデータ回収に切り替えろ。すでに取得したものだけでも持ち帰るんだ」
ギアがネットワークの隔離を終えた直後、制御室の扉が開いた。
正面の扉ではなかった。
補強された非常用アクセスパネルだった。
誰かが機械式の錠を解除していた。
ギアは振り向いた。
背の高い人物が部屋へ入ってきた。
濃紺の装甲には電磁遮蔽が施されている。
片方の肩には、以前の戦闘で受けた損傷を修理した跡があった。
コバルト。
ギアは彼を見つめた。
「……冗談でしょ」
コバルトは制御室を見渡した。
「ここが噂の技術者の仕事場か」
ギアは腕を組んだ。
「そうだけど。予約はしてる?」
「研究成果を受け取りに来た」
「悪いけど、来客は受け付けてないんだ」
コバルトはライフルを持ち上げた。
「耐妨害技術。ゼロ病棟から回収したデータ。MACH-01Aの改修情報」
ギアは非常用コンソールをちらりと見た。
「ずいぶん長い買い物リストだね」
「アクセス権を渡せ」
「断ったら?」
コバルトは主コンピューター群へ狙いを定めた。
「ならば、設備を破壊し始める」
ギアはコンピューターを見た。
作業台。
工具。
何年もかけて作り上げてきた機械。
自分の工房。
自分の家。
それから、コバルトを見た。
「どうぞ」
コバルトは動きを止めた。
ギアは微笑んだ。
「銃を持った馬鹿が来る可能性も考えずに、これを全部作ったと思う?」
ギアは作業台の下のボタンを押した。
ガコン!
中央のデータ保管棚を覆うように、分厚い鋼鉄製のシャッターが落下した。
コバルトが発砲した。
バヂヂヂッ!
電磁弾がシャッターに命中した。
火花が散った。
しかし、保管棚は封鎖されたままだった。
ギアはコンソールの陰へ身をかがめた。
「スナット!」
コバルトが前進した。
「いつまでも隠れてはいられんぞ」
「誰が隠れるって言った?」
ギアは二つ目の制御装置を起動した。
工業用マニピュレーターが天井から振り下ろされた。
コバルトはライフルを構えた。
バヂヂヂッ!
電磁弾がアームに命中した。
モーターが停止した。
しかし、アームは勢いを失わずに動き続けた。
ドガンッ!
アームがコバルトの肩に激突した。
彼はよろめいた。
ギアは保護された保管棚へ急いだ。
中には、小型の頑丈なデータモジュールがあった。
最新の研究成果。
ゼロ病棟から回収した記録の断片。
マッハと共同開発していた独立型保護システムの設計情報。
ギアはモジュールを独立型の保管装置に挿入し、機械式の錠を作動させた。
【安全保管――施錠完了】
コバルトが体勢を立て直した。
「保管棚から離れろ」
ギアは振り向いた。
「力ずくでやってみなよ」
彼が近づいた。
ギアは溶接設備の方へ後退した。
コバルトが武器を構えた。
「最後の警告だ」
ギアは背後へ手を伸ばした。
指が大きな非常用レバーをつかんだ。
「奇遇だね」
ギアはレバーを引いた。
「こっちも同じことを言おうとしてた」
重い耐火性の仕切りが二人の間に落下した。
ガラァァァン!
コバルトがそれを撃った。
バヂヂヂッ!
仕切りが震えた。
ギアは第二出口へ走った。
そのとき、天井が揺れた。
頭上から凄まじい爆発音が響いた。
カブォォォォン!
換気口から埃が降り注いだ。
ギアは立ち止まった。
「……まずい」
外では、キランが工房の上部構造が折れ曲がるのを見ていた。
最後のハンター・ドローンが、爆発物を抱えたまま屋根に突っ込んだのだ。
支持梁の一本が破断した。
屋根の東側部分が崩れ始めた。
「ギア!」
マッハが即座に構造破壊を計算した。
「主要支持構造に致命的な損傷を検出!」
キランは建物へ加速した。
「全速力!」
「左舷側の調整装置が不安定です!」
「やって!」
MACH-01Aは破壊された格納庫入口を飛び抜けた。
内部では、中央の工学作業区画が埃に包まれ始めていた。
鋼鉄製の支持梁が上部通路へ落下していた。
頭上では電線から火花が散っている。
キランは必死に探した。
「ギア!」
内部スピーカーから声が返ってきた。
『ここだよ!』
「どこ!?」
『制御室! コバルトがいる!』
キランの血の気が引いた。
「マッハ、経路を!」
ナビゲーション経路が表示された。
彼は加速した。
フオォォッ!
角を曲がったところで、コバルトが損傷した仕切りから姿を現した。
ギアは作業台の後ろに立っていた。
コバルトがライフルを構えた。
キランの方が先に撃った。
ピュン! ピュン!
プラズマ弾がコバルトの補強された胸部装甲に命中した。
彼は後ろへよろめいた。
キランはMACH-01Aを、コバルトとギアの間に割り込ませた。
「僕のきょうだいから離れろ」
コバルトは姿勢を立て直した。
「ウルトラヴァイオレット」
キランの目が細くなった。
「君は本当に、襲う建物を間違えたね」
コバルトが発砲した。
バヂヂヂッ!
電磁弾がMACH-01Aのシールドに命中した。
【シールド耐久値――19%】
キランは顔をしかめた。
マッハが即座に応答した。
「シールド出力が危険域に接近しています!」
キランは磁力グラップラーを発射した。
コバルトは装甲された前腕でケーブルを受け止めた。
そして、電磁カウンターパルスを起動した。
ヂヂヂィィッ!
グラップラーの磁力クランプが外れた。
キランは目を見開いた。
「へえ、それは新しいね」
コバルトが突進した。
補強されたガントレットでMACH-01Aの側面装甲を殴りつけた。
バキィィッ!
キランの機体が横へ回転した。
【左舷装甲――損傷】
「マッハ!」
「補正しています!」
MACH-01Aは壁の数センチ手前で安定した。
キランはプラズマ弾を撃った。
コバルトは身をかがめた。
弾は背後の鋼鉄製支持材に命中した。
ドォォン!
すでに損傷していた天井が不気味にきしんだ。
ギアが見上げた。
「キラン!」
巨大な支持構造が頭上でずれた。
ボルトが次々と折れた。
ピン! ピン! ピン!
天井が落ち始めた。
コバルトは非常口へ向かって後退した。
キランは彼を見た。
追いかけることはできた。
自分たちの家を襲った指揮官を止めることもできた。
しかし、ギアは崩落する構造物の真下に立っていた。
「ギア!」
同時にマッハが叫んだ。
「構造物の崩落が迫っています!」
キランはコバルトから背を向けた。
「マッハ! 梁を支えて!」
「使用可能な推進エネルギーを再配分します!」
MACH-01Aが上昇した。
キランは落下する支持梁へ、二本の磁力グラップラーを撃ち込んだ。
ガシュン! ガシュン!
ケーブルが張った。
それでも梁は下降し続けた。
キランは歯を食いしばった。
「頼む!」
【推進出力――112%】
【警告:熱限界を超過】
マッハの声は落ち着いていた。
「キラン、重要度の低いシステムから予備電力を転送します」
「やって!」
スラスターが轟音を上げた。
紫色の光が工学作業区画を満たした。
恐ろしく長い数秒間、MACH-01Aは崩れ落ちる梁を支え続けた。
ギアは頭上を見つめた。
「キラン!」
「逃げて!」
ギアは走った。
梁がずれた。
一本のグラップラーケーブルがほつれ始めた。
マッハが残りの負荷を計算した。
「キラン、ケーブルが破断するまで約四秒です」
「じゃあ、その四秒を無駄にしないで!」
ギアは補強された出入口へ到達した。
「行って!」
キランはグラップラーを解除した。
MACH-01Aが後方へ加速した。
ガラァァァァァァン!
梁が床に激突した。
コンクリートが爆ぜた。
埃が工学作業区画を飲み込んだ。
数秒間、何も見えなかった。
やがて、粉塵の向こうにかすかな紫色の光が現れた。
MACH-01Aが瓦礫の上で不安定に浮かんでいた。
キランは咳き込んだ。
「マッハ?」
少し間があった。
そして――
「私は、まだここにいます」
キランは弱々しく笑った。
「よかった」
「ただし、今の行動を繰り返すことは避けていただきたいです」
「約束はできないな」
「残念な回答です」
ギアが駆け寄ってきた。
「キラン!」
「大丈夫だよ!」
ギアは瓦礫を見た。
それから損傷した車椅子を見た。
そして、キランを見た。
「この大馬鹿者!」
キランは微笑んだ。
「僕も大好きだよ」
ギアは彼の肩をつかんだ。
しばらく、何も言わなかった。
それから、キランを抱きしめた。
外では、パトカーのサイレンが通りに響き渡っていた。
レイモンドとエリソン刑事が、ついに純化協定の包囲線を突破したのだ。
複数のヌリファイアーがすでに撤退を始めていた。
包囲されたことに気づき、投降する者もいた。
レイモンドはライフルを低く構えたまま、損傷した工房へ入った。
「キラン!」
中から声が返ってきた。
「こっち!」
レイモンドは工学作業区画へ急いだ。
破壊の跡を見て、足を止めた。
「……なんてこった」
ギアはMACH-01Aのそばに立ち、損傷した推進装置を調べていた。
キランは疲れ切っていた。
マッハのアバターが携帯モニターでちらついていた。
レイモンドは崩落した天井を見渡した。
「何があった?」
ギアは瓦礫を指さした。
「招かれざる客が来たんだよ」
レイモンドはキランを見た。
「全員、生きてるか?」
「うん」
「よし」
彼は肩の力を抜いた。
「もう少しで、こっちの頭がおかしくなるところだったぞ」
エリソンが後ろから入ってきた。
「周辺の安全は確保しました。数人の容疑者を拘束しています。残りの襲撃者は撤退中です」
キランは非常口へ目を向けた。
「コバルトは?」
エリソンは首を振った。
「身柄を確保したという報告はありません」
キランはため息をついた。
「逃げられたか」
マッハが言った。
「残念ながら、工房の技術設計図の一部も持ち去られました」
ギアが固まった。
「何だって?」
「私がネットワークを隔離する前に、侵入部隊が保存済みのファイルをいくつか抽出しました」
ギアは動いている端末へ急いだ。
「どれくらい?」
マッハがアクセス記録を表示した。
「電力配分図。保守通路の配置。MACH-01Aの旧型部品の設計図です」
ギアは一覧を調べた。
それから息を吐いた。
「……よし」
キランはギアを見た。
「よし?」
「最新の改良部分は盗られてない」
マッハが確認した。
「そのとおりです。最新の耐妨害システムの設計情報は、独立型の記憶装置に保管されていました」
ギアは不敵に笑った。
「つまり、昨日の宿題を盗んでいったってわけだ」
レイモンドは破壊された工房を見渡した。
「それでも、ずいぶん派手にやられたな」
ギアの笑みが消えた。
「……うん」
ギアは工学作業区画へ向き直った。
損傷した機械。
壊れた作業台。
粉々になった窓。
崩落した屋根。
何年もの努力が、床一面に散らばっていた。
その夜初めて、ギアは本当に疲れ切った表情を見せた。
真夜中になる頃、工房は静かになっていた。
警察は立ち入り可能な区域の証拠収集を終えていた。
緊急作業員たちは、建物の最も危険な部分を補強していた。
崩落した工学作業区画の周囲には、仮設の障壁が設置されていた。
焦げた配線の臭いが、まだ空気に残っていた。
キランはMACH-01Aの整備台のそばに座っていた。
ギアは損傷した中央コンソールの近くに立っていた。
マッハのアバターが携帯画面に現れていた。
しばらく、誰も話さなかった。
やがて、キランが沈黙を破った。
「……ごめん」
ギアは彼を見た。
「何が?」
「これ」
キランは瓦礫を示した。
「全部」
ギアは眉をひそめた。
「キラン……」
「連中は、僕のせいでここに来たんだ」
「違う」
「ソニック・ウィーラーズを止めたかったんだ。マッハが欲しかった。ギアが僕のために作ってくれた技術が欲しかった」
ギアは近づいた。
「キラン」
彼は顔を上げた。
「僕のせいだよ」
ギアは腕を組んだ。
「絶対に違う」
キランは瞬きをした。
「ギア……」
「違うったら」
ギアは損傷した工房を指さした。
「ここを襲うと決めたのは純化協定だよ。人を傷つけると決めたのも連中。自分たちのものでもない設備を壊すと決めたのも連中なんだ」
キランは視線をそらした。
ギアは続けた。
「キランがそうさせたわけじゃない」
「でも、もし僕が――」
「もし何? ヒーローにならなかったら? 人を助けなかったら? 秘密の監禁施設から十六人を救わなかったら?」
キランは黙った。
ギアはMACH-01Aのそばにしゃがんだ。
「聞いて」
キランはギアを見た。
「自分がこの工房を作ったのは、ものを作るのが大好きだから。MACH-01Aを作ったのは、キランにすごいものを使ってほしかったから。そして、マッハを助けたのは、マッハには自分自身として成長する自由があるべきだと思ったから」
マッハのアバターがギアへ向き直った。
ギアはかすかに微笑んだ。
「そのどれも、間違いじゃなかった」
キランは唾を飲み込んだ。
ギアは壊れた工学作業区画を示した。
「機械は修理できる。建物は建て直せる」
ギアはキランの肩に手を置いた。
「でも、ファシスト気取りの連中に、年下のきょうだいを助けたことが間違いだったなんて思わされるつもりはないよ」
キランは震えるように笑った。
「本当に頑固だね」
「家系だよ」
マッハが割って入った。
「確かに。その性質はお二人に共通して観察されています」
ギアはにやりと笑った。
「ほら、マッハも認めてる」
キランはモニターを見た。
「マッハはどう? 大丈夫?」
「機能面では安定しています。複数の外部インターフェースが損傷していますが、私の独立処理システムは侵害されていません」
「よかった」
マッハは少し間を置いた。
「ただし、一つお伝えしたいことがあります」
ギアは首をかしげた。
「何?」
「敵の装置が私を隔離しようとしたとき、あなたは私の自律性を危険にさらすよりも、工房の防衛設備を犠牲にすることを選びました」
ギアは肩をすくめた。
「当たり前でしょ」
「その判断によって、施設への危険は増大しました」
「うん」
「それでも、あなたはためらいませんでした」
ギアはアバターを見た。
「マッハ」
「はい?」
「家族なんだから」
数秒間、マッハは何も言わなかった。
やがて、アバターの紫色の輪郭がわずかに明るくなった。
「ありがとうございます、ギア」
キランは微笑んだ。
「みんなでハグする?」
ギアは笑った。
「ホログラムをどうやって抱きしめるの?」
マッハが答えた。
「創造的な解決策を歓迎します」
街の反対側で、ヘレナ・ヴェインは盗み出された工房のファイルを調べていた。
コバルトが彼女の前に立っていた。
「施設には重大な損害を与えました。主要な機械を複数破壊し、主通信設備も停止させました」
「技術者は?」
「生存しています」
「ウルトラヴァイオレットは?」
「同じく生存しています」
「マッハは?」
「稼働中です」
ヴェインは彼を見つめた。
「ならば、支援ネットワークの無力化には失敗したわけだ」
コバルトの身体が強張った。
「相当な損害は与えました」
「損害を与えることと、成功することは違う」
彼女は盗まれた設計図を開いた。
いくつかの図面が現れた。
旧型の推進システム。
シールドの構成。
整備用の経路。
ヴェインは特定の部分を調べた。
そして、別の部分を見た。
彼女の表情が変わった。
「興味深い」
コバルトが近づいた。
「何でしょう?」
「この設計図は古い」
「はい。最新の改良情報にはアクセスできませんでした」
「だが、古いシステムには、新しいシステムの基礎となった設計思想が表れていることが多い」
彼女はいくつかの接続部分を強調した。
「ここだ」
コバルトは図面を調べた。
「推進用の電力配分構造ですか?」
「そのとおり」
彼女は画像を拡大した。
「新しい対抗措置によって、ナビゲーションシステムは電磁干渉から保護されているかもしれん。しかし、物理的な構造上、推進装置へ電力を届ける必要があることは変わらない」
コバルトはゆっくりとうなずいた。
「その配電経路を遮断すれば……」
「ナビゲーションなど意味をなさなくなる」
ヴェインは椅子にもたれた。
「どれほど知能の高い機械でも、推進装置が機能しなければ飛べない」
コバルトは画面を見た。
「専用兵器を開発しますか?」
「まだだ」
彼女は図面を閉じた。
「まず、現在の構成がこの旧型とどう違うのかを把握する必要がある」
「その後は?」
ヴェインはかすかに微笑んだ。
「その後は、ウルトラヴァイオレットの足元から空を奪ってやる」
工房では、ギアが破壊された工学作業区画の中央に立っていた。
天井の一部は完全になくなっていた。
開口部から冷たい夜風が吹き込んでくる。
壊れた支持梁の向こうには、いくつかの星が見えた。
キランは傷だらけのMACH-01Aでギアのそばに浮かんでいた。
レイモンドは無事だった作業台にもたれかかっていた。
マッハのアバターが携帯画面で光っていた。
ギアは破壊の跡を見渡した。
長い間、何も言わなかった。
それから、大きく息を吸った。
「よし」
キランはギアを見た。
「よし?」
ギアは振り向いた。
「これからやることを説明するよ」
「おっと」
「まず、この惨状を片づける」
レイモンドはうなずいた。
「妥当だな」
「次に、壊れた設備を修理する」
マッハが答えた。
「再建計画の作成を支援できます」
「三つ目。次に侵入しようとする馬鹿が、ここへ来るまでの人生の選択を全部後悔するくらい、過剰設計の警備システムを作る」
キランは笑った。
「やっといつものギアらしくなってきたね」
ギアはにやりと笑った。
「そして、四つ目……」
そこで言葉を切った。
ほかの三人は待った。
ギアは壊れた屋根を見上げた。
それから損傷した機械へ目を向けた。
最後に、年下のきょうだいを見た。
「純化協定が、二度と誰にもこんなことをできないようにする」
キランの笑みは、決意を込めた表情へ変わった。
「うん」
マッハのアバターが明るくなった。
「壮大な目標ですね」
ギアは彼を指さした。
「マッハにも手伝ってもらうからね」
「もちろんです」
レイモンドは腕を組んだ。
「俺も数に入れとけ」
キランはみんなを見渡した。
家族。
友人。
すべてが崩れ落ちそうになったときも、自分のそばに立ち続けてくれた人々。
工房は損傷した。
MACH-01Aには修理が必要だった。
ナサニエル・ブルックスは、まだ行方不明だった。
そしてシトロンシティのどこかで、純化協定は次の一手を準備していた。
それでも、ソニック・ウィーラーズはここにいた。
キランは微笑んだ。
「さて、ギア」
「何?」
「どうやら、やることが山ほどあるみたいだね」
ギアは床からレンチを拾い上げた。
それを眺めた。
そして、破壊された工房を見渡した。
いたずらっぽい笑みが顔いっぱいに広がった。
「スナット!」
ギアはレンチを高く掲げた。
「あの馬鹿ども、人生最大の間違いを犯したね!」
頭上では、壊れた屋根の向こうに星々が輝いていた。
その下では、砕けた機械と、かろうじて生き延びた戦いの残骸に囲まれながら、ソニック・ウィーラーズが再び立ち上がるための計画を練り始めていた。




