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忍び寄る敵

キラン・キリアンがシトロン学園に到着する頃には、すでに十七件のメッセージを受け取り、三件のインタビュー依頼を断り、さらに自分の顔が六つもの朝のニュース番組に登場したことをマッハから知らされていた。

まだ午前八時にもなっていなかった。

「僕、どうして教師になろうと思ったんだっけ?」

「文学を愛し、思春期の若者の行動に対して並外れた忍耐力を持ち、さらにシェイクスピアについて語っても周囲の人々に露骨に避けられない唯一の職業だと、かつておっしゃっていたからです」

キランは少し考えた。

「最後の理由は、今となっては怪しいね」

MACH-01Aが学園の正面玄関を滑らかに通り抜け、紫色の装甲が頭上の蛍光灯を反射した。前日の屋上からの襲撃によって受けた損傷は、ギアが昨夜の大半を費やして修理してくれたものの、シールド関連の交換部品はまだ届いていなかった。

車椅子は問題なく動いていた。

しかし、キラン自身については、同じことが言えるかどうか疑わしかった。

昨夜の睡眠時間は、およそ三時間。

目を閉じるたびに、歩行者たちの頭上へ崩れ落ちてくる巨大な広告看板が見えた。

シールドにのしかかった凄まじい圧力。

バイザーの中で鳴り響く警告音。

そして、看板の下にいた人々を助けるのが間に合わないかもしれないという、恐ろしい可能性。

しかし、彼の心に最も強く残っていたのは、落下する金属の塊ではなかった。

助けられたデモ参加者が、地面に落とした看板だった。

【この街にヴェントはいらない】

キランは人生の大半を、障害があるという理由だけで他人から過小評価されながら生きてきた。

働けないと思い込む者もいた。

彼が自立して生活していることを、まるで他人の承認を必要とする偉業のように扱う者もいた。

そうした態度には、ある程度慣れていた。

しかし、自分を公共の場から排除しろと要求していた人間が、その直後に自分の助けを必要とする光景は、彼の心に不快な疑問を残していた。

もし、あの場所に自分がいなかったら?

「キリアン先生!」

キランは顔を上げた。

ロッカーの近くに、生徒たちの一団が立っていた。

そのうちの一人が興奮した様子で手を振った。

「動画、見ました!」

キランはため息をついた。

「どの動画?」

「先生がみんなを助けたやつです!」

「ああ。そっちね」

「めちゃくちゃかっこよかったです!」

別の生徒が身を乗り出した。

「本当にあの巨大な看板を支えたんですか?」

「正確には、重さがかかる方向を変えたんだよ」

「じゃあ、やっぱり支えたんじゃないですか!」

「私も多大な貢献をしましたが」

マッハが付け加えた。

キランは微笑んだ。

「そうだね、マッハ。君は最高だったよ」

「評価していただき、光栄です」

生徒たちが笑った。

ほんの一瞬、キランは安堵に似たものを感じた。

しかし、その背後から別の声が聞こえた。

「うちの父さんは、全部やらせだって言ってたけど」

ロッカーの横に立つ男子生徒が、疑わしそうな表情を浮かべていた。

「あそこにいた人たちは、みんな役者だったって」

笑い声が止まった。

キランは彼に向き直った。

「それは、かなり重大な主張だね」

少年は肩をすくめた。

「父さんがそう言ってたんです」

「少なくとも、あの広告看板が崩れたのは間違いなく本当だよ」

「どうしてわかるんですか?」

キランは少年を見つめた。

質問には、明らかな悪意があるわけではなかった。

彼は本当に、何を信じればよいのかわからなくなっているようだった。

そのことが、かえってキランを不安にさせた。

「何十人もの目撃者がいたし、救急隊や消防隊が被害状況を記録している。それに警察も、事件を起こした人間を捜査しているからだよ」

少年は視線をそらした。

キランは教室へ向かって進み始めた。

「マッハ?」

「はい?」

「僕があの広告看板を自分で作ったって言われ始めるまで、あとどれくらいかな?」

「現在の偽情報の拡散速度から推測すると――」

「やっぱりいいや」


午前中の休み時間、マイケイラ・マッキントッシュがキランの教室を訪れた。

キランは採点の終わっていない作文の山を前に、降伏を検討している兵士のような表情を浮かべていた。

マイケイラは開いた扉を軽くノックした。

「今、大丈夫?」

キランは顔を上げた。

「君ならいつでも」

彼女は教室に入り、キランのキーボードの横に紙コップを置いた。

「コーヒー」

キランはそれを見つめた。

「結婚してくれない?」

マイケイラは笑った。

「まず作文の採点を終わらせてからね」

「残酷だなあ」

「昨夜、どれくらい寝たの?」

キランはためらった。

「睡眠の定義によるかな」

「キラン」

「三時間。たぶん」

マイケイラは隣に椅子を引き寄せた。

彼女はキランの目の下に浮かぶ薄い隈と、じっとしていても緊張が抜けない肩を見つめた。

「こんなこと、いつまでも続けられないわよ」

「教師の仕事?」

「街全体を一人で背負おうとすること」

キランは窓の外に目を向けた。

「街を背負うつもりはなかったんだけどね。広告看板だけだよ」

「笑えないわ」

「ちょっとくらいは?」

「駄目」

キランはため息をついた。

マイケイラは机越しに手を伸ばし、彼の手にそっと重ねた。

「何が起きたかは見たわ。あなたはあの人たちを救った。でも、知らない人たちがあなたをどう思っているのか、一日中調べ続ける必要なんてないのよ」

「わかってる」

「本当に?」

キランは彼女を見た。

その瞬間、いつもの冗談めいた態度が消えた。

「誰かが、ヴェントを停止させるためだけの兵器を作ってるんだよ、マイケイラ。街の真ん中で人を襲ってるのに、街の半分は、僕たちが公共の場にいる資格があるかどうかを議論することに夢中なんだ」

彼女は黙って聞いていた。

「どうやって無視すればいいのかわからないよ」

「無視してほしいわけじゃないの」

マイケイラの声が優しくなった。

「ただ、それと戦うこと以外にも、あなたには人生があるって思い出してほしいの」

キランは視線を落とした。

彼女は彼の手を軽く握った。

「あなたは教師で、私の恋人で、誰かの弟で、誰かの息子なのよ。それに、その紫色の装甲の中には、睡眠を必要とする一人の人間がいるんだから」

マッハのアバターが現れた。

「私も以前から、十分な睡眠の重要性を繰り返し説明しています」

キランは彼を見た。

「ブルータス、お前もか?」

「シェイクスピアも、私の意見に賛成するでしょう」

マイケイラは微笑んだ。

「今夜は一緒に夕食。ニュースも、SNSもなし。できれば爆発もなしね」

キランは提案を検討した。

「生徒の作文について愚痴を言うのは?」

「ほどほどなら」

「交渉成立」


街の反対側では、ギアが朝からノーススター総合警備について調べていた。

工房の中は、機械たちが反乱を起こしたあとのような有様だった。

一つの作業台には回路基板が散乱し、別の台には分解された推進装置の部品が並んでいる。食べかけの麺料理の容器が、高価な診断装置のすぐ横で危ういバランスを保っていた。

ギアは三台のモニターの前に座り、企業情報を次々と表示していた。

「スナット……」

中央のモニターにマッハのアバターが現れた。

「何か見つかりましたか?」

「ものすごく不気味な偶然を、発見と呼ぶならね」

「私は通常、そのように呼びます」

ギアはノーススターの取引先一覧を拡大した。

同社はシトロンシティ各地の数十の施設に、監視カメラ、電子式入退室管理装置、ネットワーク接続型の警備システムを提供していた。

病院。

官公庁。

企業のオフィスビル。

介護施設。

医療機器の販売会社。

ギアは椅子の背にもたれかかった。

「これを見て」

画面に地図が現れ、ノーススターが公開しているサービス提供先が表示された。

マッハは、その所在地をヴェント使用者に関する入手可能な情報と照合した。

「複数の施設が、移動支援に関する専門サービスを提供しています」

「そのとおり」

ギアは別の資料を開いた。

「ノーススターは集中監視サービスも提供してるんだ。監視カメラ、扉の制御、訪問者の記録、緊急通報。全部が一つのシステムにつながってる」

マッハは情報を分析した。

「十分な管理権限を持つ人物なら、機密性の高い情報にアクセスできる可能性があります」

「例えば、誰がどこに住んでいるか」

「はい」

「誰がヴェントを使っているか」

「その可能性があります」

「どんな機器に頼って生活しているかも」

マッハは少し間を置いた。

「接続されたデータベースと、与えられたアクセス権限によります」

ギアは額をこすった。

「それでも、適切な権限を持っている人間なら、相当な情報を手に入れられる」

ギアは、警察が襲撃者たちによる作成を疑っているデータベースのことを思い出した。

特殊な兵器。

組織的な待ち伏せ攻撃。

そして今度は、街でも特に支援を必要とする住民が利用する施設とつながった警備会社。

ギアは携帯電話に手を伸ばした。

「キランに知らせないと」

しかし、電話をかける前に、工房の通信システムが鳴った。

【着信――マーラ・エリソン刑事】

ギアは画面を見つめた。

「……ちょうどいいね」


キランがエリソン刑事から連絡を受けたのは、授業と授業の合間だった。

『キリアンさん、お話があります』

刑事の声には疲労がにじんでいた。

キランは時計を見た。

「昨日の事件についてですか?」

『関係があるかもしれません。行方不明者が出たんです。あなたなら、状況に心当たりがあると思います』

キランは姿勢を正した。

「何があったんですか?」

『名前はナサニエル・ブルックス。二十九歳のソフトウェアエンジニアです。昨日の夕方、仕事から帰宅する途中で行方がわからなくなりました』

「襲われたんですか?」

『まだわかりません』

エリソンは少し間を置いた。

『ただ、彼の車椅子が見つかりました』

キランの表情が変わった。

「どこで?」

『商業地区の地下駐車場付近です』

「怪我は?」

『本人はまだ見つかっていません』

キランはマッハのアバターを見た。

AIはすでに会話を聞いていた。

エリソンは続けた。

『車椅子の電子制御システムが、意図的に停止させられていました。衝突による明らかな損傷も、通常の機械的故障の痕跡もありません』

「何か盗まれていましたか?」

『そこが妙なんです。財布は近くで見つかりました。身分証明書もそのまま。車椅子自体も高価なものなのに、犯人は置き去りにしています』

キランの胃が締めつけられた。

「純化協定だと思っているんですね」

『少なくとも、特殊な移動装置を破壊せずに停止させる方法を知っていた人間が関わっていると考えています』

短い沈黙が流れた。

『街まで来てもらえますか?』

キランは机の上に置かれた、まだ完成していない授業計画を見た。

それから時計を確認した。

「放課後に向かいます」


ヘレナ・ヴェイン司令官は、無駄な会話を嫌っていた。

遅延は、それ以上に嫌いだった。

そして何より、政治的な影響力と作戦遂行能力を混同する人間を嫌悪していた。

残念ながら、純化協定にはその三つすべてがあふれていた。

彼女は立入制限の設けられた作戦指揮室に立ち、前日の報告書を確認していた。

背が高く、厳格な雰囲気をまとったヴェインは、目立つ階級章のない黒い戦術服を着用していた。黒髪は後頭部で固くまとめられ、左のこめかみから頬骨にかけて細い傷痕が走っている。

組織に加わる前、彼女は民間警備会社で長年にわたり危険度の高い警備作戦を指揮してきた。

監視を理解していた。

拘束を理解していた。

そして何より、作戦の成功を左右するのは熱意ではなく準備であることを理解していた。

「司令官」

部下が近づいてきた。

「ヴォス氏から、広報活動について再度会議を開きたいとの要請がありました」

ヴェインは報告書から目を離さなかった。

「断れ」

「最近の襲撃事件が、組織の評判を傷つけていると懸念しているようです」

「ならば演説の質を上げればいい」

部下はためらった。

「民間人の目撃者が多いことも問題視しています」

ヴェインはようやく顔を上げた。

「その目撃者の中に、我々の隊員の身元を特定した者はいるか?」

「いいえ、司令官」

「警察は主要施設を危険にさらす情報を回収したか?」

「我々の把握する限り、ありません」

「ならば作戦は続行可能だ」

彼女は報告書に視線を戻した。

画面にキランの写真が表示される。

【ウルトラヴァイオレット――最優先妨害対象】

ヴェインはその顔を見つめた。

過去二回の交戦からは貴重な情報が得られたが、同時に厄介な事実も明らかになっていた。

キラン・キリアンは、状況への適応能力が高い。

そして、彼のAIは情報資料に記載されていた以上に高度だった。

「ヌリファイアーズを準備させろ」

彼女は命じた。

部下の表情が強張った。

「全隊ですか?」

「一個戦術班でいい」

「ウルトラヴァイオレットに対して?」

「奴の思い込みに対してだ」

ヴェインはファイルを閉じた。

「奴は機動力を生かせる開けた場所での戦闘に慣れている。戦場そのものが我々の支配下にあるとき、どこまで戦えるか見せてもらおう」


地下駐車場には、湿ったコンクリートと機械油、古い排気ガスが混ざった臭いが漂っていた。

キランはエリソン刑事に続いて狭い通路を進み、レイモンドはMACH-01Aの横を歩いていた。

駐車場は一時的に一般の利用が禁止されていた。

業務用エレベーターの近くにある駐車スペースは、黄色い警察の規制テープで囲まれている。

「ここで車椅子が見つかりました」

エリソンは説明した。

彼女は写真を見せた。

ナサニエル・ブルックスの車椅子が、コンクリートの柱の近くに置かれていた。

操作パネルは完全に暗くなっている。

キランは写真を調べた。

「意図的にやったように見えますね」

「そのとおりです。鑑識の調査では、電磁波による攻撃と一致する損傷が確認されています」

マッハが現場の三次元再現図を投影した。

レイモンドは周囲の構造を調べた。

「監視カメラはどこだ?」

エリソンが天井を指さした。

「入口に一台。駐車階を監視するものが二台。エレベーター付近にもう一台です」

「映像は?」

「該当する時間帯に、四台とも録画が停止しています」

レイモンドは顔を上げた。

「まったく同じ時刻に?」

「三秒以内の差です」

彼は眉をひそめた。

「偶然じゃないな」

マッハは、エリソンが捜査のために入手した警備ネットワークの保守記録を調べた。

「誘拐が行われたと推定される時刻より前に、カメラとの通信が遮断されています」

レイモンドはうなずいた。

「標的に接近する前に、建物の目を潰したんだ」

エリソンは腕を組んだ。

「つまり?」

「警備システムを熟知していたってことだ」

マッハはさらに検索を続けた。

「破損した映像データの一部に、復元可能なフレームが存在します」

粗い映像が表示された。

白い輸送車両が駐車場へ入ってくる。

その横には覆面の人物が歩いており、運転手を業務用入口へ誘導しているようだった。

映像が停止した。

キランは身を乗り出した。

「車両を特定できる?」

「この画像からは困難です。ナンバープレートが隠されています」

レイモンドは覆面の人物を見つめた。

その人物は周囲を警戒しながら車両の近くを移動していた。

動きには、無駄がなかった。

軍隊の撤収作戦を思い出させる。

一瞬、また別の記憶がよみがえった。

リヴァース。

レイモンドは、その考えを押しのけた。

死んだ男とこの事件を結びつける証拠など、何もない。

「犯人は経路を事前に調べていた」

レイモンドは言った。

「ブルックスがいつ到着するか、監視カメラがどこにあるか、どうすれば人目につかずに連れ去れるか。全部把握していたんだ」

エリソンは再現図を見つめた。

「もう一つ、見つかったものがあります」

彼女は二人を保守用の扉へ案内した。

蝶番の近くのコンクリートに、薄い黒い痕跡が残っていた。

マッハが走査した。

「産業用電磁装置の使用によって生じたものと一致する残留物です」

キランは通路の奥を見た。

「この扉はどこにつながっているんですか?」

「商業地区の地下にある、古い保守用トンネルです」

レイモンドが近づいた。

「捜索は?」

「入口付近だけです。トンネルの大半は、何年も前に封鎖されています」

キランとレイモンドは顔を見合わせた。

エリソンはすぐにその意味を理解した。

「私に知らせずに入ろうなんて、考えないでくださいね」

キランは無邪気な笑顔を浮かべた。

「そんなこと、考えてもいませんよ」

マッハが言った。

「その発言の信頼性には、統計的な疑問があります」


二時間後、キランとレイモンドはエリソンの許可を得て、保守用トンネルへ入っていた。

刑事は地上の入口に警察官を配置し、より広範囲の捜索を指揮していた。キランとレイモンドは、最初に立ち入ることのできる区画を調べ、不審なものがあれば報告することになっていた。

トンネルは、忘れ去られた血管のように商業地区の地下へ伸びていた。

コンクリートの壁は湿気で変色していた。

頭上には古い電線管が走っている。

錆びついた保守用レールは、暗闇の中へ消えていた。

MACH-01Aは凹凸のある床をゆっくりと進んだ。

キランはレイモンドを見た。

「居心地がよさそうだね」

レイモンドは懐中電灯を点灯した。

「集中しろ」

「してるよ。主に臭いに」

マッハが通路を走査した。

「最近、機械が通過した痕跡を検出しました」

キランは停止した。

「どんな?」

「車輪の跡です。複数あります。その一部は医療用搬送機器と一致する可能性があります」

レイモンドは埃の中に残る薄い跡のそばにしゃがみ込んだ。

手袋をはめた指でなぞる。

「重いものが運ばれている」

さらに進むと、破れた医療用品の包装材が見つかった。

次に、壊れた拘束具の留め金。

そして、特殊な車椅子部品の製造元の刻印が入った、小さなプラスチック製パネル。

キランはそれを見つめた。

「こんなもの、ここにあるはずがない」

「ああ」

レイモンドは同意した。

マッハが床に残された複数の痕跡を照らした。

「過去四十八時間以内に、車輪のついた物体が複数、この通路を運ばれています」

キランの鼓動が速くなった。

「ナサニエルもここを通ったのかもしれない」

レイモンドは前方の暗闇を見つめた。

「かもしれん」

二人はさらに二十メートル進んだ。

そのとき、背後で何かが作動する音がした。

カチリ。

ガァァン!

天井から補強された鋼鉄製のシャッターが落下した。

キランは振り返った。

「何だ!?」

前方でも別のシャッターが閉じた。

ガラァァン!

通路全体が震えた。

赤い非常灯が点滅し始めた。

マッハのアバターが現れた。

「警備システムが作動しました」

レイモンドは拳銃を抜いた。

「待ち伏せだ」

隠されたスピーカーから、機械的な声が響いた。

【未認可のヴェント技術を検出】

キランは天井を見上げた。

「……冗談じゃないよ」

【封じ込め手順を開始します】

照明が消えた。


数秒間、トンネルは完全な暗闇に包まれた。

やがてMACH-01Aの補助ライトが点灯し、青白い光がコンクリートの壁を照らした。

レイモンドはキランの隣に立ち、拳銃を構えていた。

「マッハ、敵は?」

「東側の保守通路から、複数の反応が接近しています」

暗闇の中から、金属がこすれる音が響いた。

続いて足音。

ゆっくりと。

規則正しく。

五人の装甲兵が影の中から現れた。

彼らは艶のない黒い戦闘服を着用し、厚い装甲板で身を守っていた。ヘルメットには細い青色のバイザーがあり、それぞれが太い電磁コイルを備えた武器を持っていた。

中央の人物は、ほかの者たちより一回り大きかった。

その強化外骨格には幅広い肩部装甲、補強された脚部駆動装置、そして両前腕に円筒形の投射装置が取り付けられていた。

胸部には、金属的な青い記章が刻まれている。

男が一歩前に出た。

「ウルトラヴァイオレット」

キランは相手を観察した。

「もしかして、歓迎委員会?」

男は冗談を無視した。

「識別名、コバルト。ヌリファイアーズ戦術部隊指揮官」

マッハのアバターが明滅した。

「キラン、彼らの装備はヴェントを制圧するために特別に設計されています」

「うん。何だか最近、そういうのばっかりだね」

コバルトは片腕を上げた。

手首から、複数の機械式拘束具が展開された。

「ヴェントの電源を切り、投降しろ」

キランはレイモンドを見た。

「丁寧に断ったら、納得してくれると思う?」

レイモンドは拳銃を握り直した。

「無理だろうな」

キランはコバルトに向き直った。

「ごめん。そういうわけにはいかないんだ」

コバルトのバイザーが明るく輝いた。

「ならば、こちらで停止させる」


最初の電磁攻撃は、警告もなく放たれた。

バヂヂヂッ!

キランはシールドを展開した。

ドォォン!

衝撃でMACH-01Aが後方へ押し戻された。

狭い通路では爆発音が何重にも反響し、天井から埃が降り注いだ。

「マッハ!」

「シールド耐久値、七十六パーセント!」

二人のヌリファイアーズが、左右の壁に沿って前進してきた。

レイモンドは彼らの間にある頭上の電線管へ発砲した。

バンッ!

火花が飛び散った。

二人の襲撃者が一瞬ひるんだ。

「キラン! 左だ!」

キランは車椅子を旋回させた。

運動エネルギー式の拘束ケーブルが飛んできた。

ガシュン!

ケーブルがMACH-01Aの前部装甲に巻きついた。

強力なモーターが作動し、彼を襲撃者の方へ引っ張り始めた。

「本気でやる気?」

キランは磁力式グラップラーを起動した。

シュバッ!

ワイヤーが頭上の支持梁に命中した。

「マッハ、極性反転!」

「実行します!」

磁場が変化した。

MACH-01Aは前方へ引っ張られる代わりに、支持梁へ固定された。

ヌリファイアーの拘束装置が悲鳴を上げる。

そして、ケーブルが切れた。

バチン!

襲撃者がよろめいた。

キランは低出力のプラズマ弾を発射した。

ピュン!

光弾が男の胸部装甲に命中し、壁へ叩きつけた。

「一人目!」

「一時的に無力化しただけです」

マッハが訂正した。

「少しくらい喜ばせてよ!」

コバルトが前進した。

両前腕の投射装置が充電を始める。

レイモンドはその動きを見逃さなかった。

「キラン! そいつは普通の電磁兵器じゃない!」

「じゃあ何なの!?」

「もっと厄介なものだ!」

コバルトが発砲した。

バヂィィィィン!

収束された電磁エネルギーが、キランのシールドに激突した。

紫色の障壁に、蜘蛛の巣のような亀裂が走った。

【シールド耐久値:31%】

【警告――防御フィールド不安定】

キランは息をのんだ。

「なるほど! 確かにもっと厄介だ!」

「シールド破壊用の放電兵器と確認しました」

コバルトはもう片方の腕を上げた。

「お前の技術は見事だ」

キランは目を細めた。

「ありがとう?」

「だが、どんなシステムにも故障点がある」

二つ目の投射装置が発砲した。

キランは横へ加速した。

攻撃は車椅子を外れ、コンクリートの壁に命中した。

ドォォン!

大量の破片が通路へ飛び散った。

レイモンドは支持柱の陰へ飛び込んだ。

「動き続けろ!」

「やってるよ!」

キランはスラスターを起動した。

車椅子が数センチ浮上する。

しかし、警告表示が点滅した。

【天井との間隔が不足】

【飛行経路に障害物】

マッハが緊迫した声で言った。

「この通路では、通常の空中機動が不可能です!」

キランは垂れ下がった配管の下をくぐった。

「だったら低く飛ぶ!」

一人のヌリファイアーが暗闇から飛びかかってきた。

武器から青い電流がほとばしる。

キランは回避した。

しかし、その電流がMACH-01Aの後部安定装置に触れた。

バヂヂッ!

車椅子が激しく傾いた。

「後部制御系統に干渉を検出!」

マッハが警告した。

キランはアームレストを握りしめた。

「補正して!」

「しています!」

AIは残された安定装置へ電力を再配分した。

MACH-01Aは壁に激突する寸前で姿勢を立て直した。

レイモンドが遮蔽物から飛び出した。

バン! バン!

弾丸が襲撃者の武器の装甲部分に命中した。

装置が砕け散る。

ヌリファイアーがひるんだ。

レイモンドは駆け寄り、拳銃の銃把で男を殴った。

ゴッ!

男が倒れ込んだ。

「二人目!」

キランは振り返った。

「数えてるの?」

「やる気が出るんだよ!」

「なるほどね!」


コバルトは、部下たちが後退する様子を見つめていた。

「暗転プロトコルを起動しろ」

残ったヌリファイアーの一人が、手首の操作装置を押した。

トンネルの補助照明が明滅した。

次の瞬間、MACH-01Aのライトまで暗くなった。

キランはまばたきした。

「マッハ?」

「外部からの電磁干渉により、照明およびナビゲーションシステムが影響を受けています」

通路は、ほぼ完全な暗闇に包まれた。

レイモンドの懐中電灯だけが、細い光の帯を作っていた。

コバルトの声がトンネルに響いた。

「お前はセンサーに頼っている」

前方のどこかで、金属製の足音がした。

「推進装置に頼っている」

今度は左側から音がした。

「自分の限界を補うため、機械に頼っている」

キランの表情が険しくなった。

「……言葉には気をつけたほうがいいよ」

コバルトは続けた。

「それを失えば、お前に何が残る?」

キランは暗闇を見つめた。

人生の中で、彼は何度も似たような質問を聞いてきた。

誰かの助けがなければ、何ができるのか。

技術がなければ、何を成し遂げられるのか。

自分の自立を支えるものを取り上げられたら、何が残るのか。

コバルトのような人間は、いつも答えが「何もない」だと思っているらしかった。

キランはかすかに微笑んだ。

「英語教師だよ」

少し間を置いた。

「ものすごく機嫌の悪い英語教師ね」

続いてマッハの声が響いた。

「それに、極めて頼りになる親友もいます」

キランの笑みが広がった。

「そうだね」

一人のヌリファイアーが突進してきた。

レイモンドの懐中電灯がその動きを捉えた。

「三時方向!」

キランは磁力式グラップラーを天井へ発射した。

ガシュン!

ワイヤーが張り詰める。

MACH-01Aは短い弧を描くように横へ移動した。

襲撃者の攻撃が空を切る。

キランはワイヤーを解除し、男の足元へプラズマ弾を撃ち込んだ。

ドォン!

爆発の衝撃で、男がバランスを崩した。

レイモンドが駆け寄り、壁へ押しつけた。

襲撃者は武器を落とした。

「三人目!」

マッハが言った。

「キラン、慣性測定と音響反射を利用して、通路の形状を再構築しました」

「つまり?」

「奴らの照明は必要ありません」

バイザーに、簡略化された三次元地図が表示された。

壁。

支持梁。

配管。

移動する標的。

キランはにやりと笑った。

「さすが、僕のマッハ」

「当然です」

残る二人のヌリファイアーズが前進してきた。

キランは一人目へ向かって加速した。

衝突する寸前、敵の武器の下へ潜り込む。

シュゴォッ!

MACH-01Aが地面すれすれを滑走した。

キランは拘束ケーブルを発射した。

シュバッ!

ワイヤーが男の足首に巻きついた。

襲撃者が転倒した。

二人目が発砲する前に、レイモンドが支持柱の陰から飛び出し、武器を横へ弾いた。

二人は取っ組み合いになった。

ヌリファイアーの強化外骨格は、レイモンドをはるかに上回る腕力を与えていた。

男はレイモンドの肩をつかみ、壁へ叩きつけた。

ドガッ!

レイモンドがうめいた。

キランは振り返った。

「レイモンド!」

「コバルトに集中しろ!」

ヌリファイアーが、レイモンドの胸に武器を向けた。

キランはその指示を無視した。

「マッハ! グラップラー!」

ガシュン!

磁力ワイヤーが武器に吸着した。

キランは後方へ加速した。

武器が男の手から引きちぎられた。

レイモンドはその隙を逃さなかった。

男の腹部へ膝を叩き込み、腕をひねり、地面へ押さえつけた。

ドサッ!

男は抵抗をやめた。

レイモンドは荒い息をつきながら立ち上がった。

「四人目」

キランは倒れた襲撃者を見た。

「最初の一人を入れたら五人だね」

レイモンドは彼を見た。

「数えてなかったんじゃないのか?」

「気が変わったんだ」

重い金属音が、その会話を遮った。

コバルトが暗闇の中から現れた。

「見事だ」

強化外骨格が低い駆動音を立てる。

「だが、それだけでは足りん」


コバルトは両腕を上げた。

電磁投射装置が同時に充電を始める。

マッハの声が鋭くなった。

「キラン、両方の攻撃を直接受ければ、主要システムが停止する可能性があります!」

キランは狭い通路を見回した。

飛ぶ余地はない。

シールドの耐久力も限られている。

安定装置も損傷している。

そして、唯一見えている前方の出口には、重装甲の敵が立ちはだかっていた。

キランはレイモンドを見た。

「奴の後ろにある支持梁、覚えてる?」

レイモンドは頭上を見た。

太い鋼鉄製の補強梁が、天井を横切っていた。

「ああ」

「こっちから注意をそらせる?」

レイモンドは不敵に笑った。

「見てろ」

彼は遮蔽物から姿を現した。

「おい! 青いの!」

コバルトが振り返った。

レイモンドは強化外骨格の肩部装甲へ発砲した。

バン! バン!

弾丸が装甲に当たり、火花を散らした。

コバルトは片方の投射装置を彼へ向けた。

「愚か者め」

キランは加速した。

「マッハ! 磁力ワイヤー!」

ガシュン!

グラップラーが頭上の支持梁に命中した。

「最大張力!」

ワイヤーが張り詰めた。

キランはその力を利用し、損傷した安定装置では不可能な速度でMACH-01Aの進行方向を変えた。

コバルトが発砲した。

バヂヂヂッ!

電磁エネルギーはキランを外れ、天井へ命中した。

コンクリートが砕け散る。

支持梁がきしんだ。

キランはワイヤーを解除した。

「今だ!」

レイモンドは支持柱の陰へ飛び込んだ。

キランは損傷した天井の接合部へ、両方のプラズマキャノンを発射した。

ピュン! ピュン!

ガラァァン!

接合部が引きちぎられた。

頭上の配管の一部が、コバルトへ崩れ落ちた。

ドォォン!

装甲兵はその重量を受けてよろめいた。

強化外骨格の油圧駆動装置が悲鳴を上げながら、姿勢を立て直そうとする。

キランは前進した。

「マッハ! 磁力固定、最大出力!」

MACH-01Aから、コバルトの損傷した装甲へ向けて強力な磁場が放たれた。

指揮官の動きが鈍くなった。

両腕の投射装置が、その力に抗おうとする。

【強化外骨格――機動能力低下】

コバルトがうなった。

「これで俺を止められると思うか?」

キランは青いバイザーをまっすぐ見つめた。

「いや」

彼は微笑んだ。

「少しの間だけでいいんだ」

レイモンドは、倒れたヌリファイアーの拘束装置を拾い上げた。

コバルトの脚へ狙いを定める。

ガシュン!

補強されたケーブルが、強化外骨格の下部に巻きついた。

モーターが作動する。

コバルトはバランスを崩した。

ドガァン!

片膝を地面についた。

キランはすぐに、損傷した肩部の投射装置へ低出力のプラズマ弾を撃ち込んだ。

ピュン!

装置が火花を散らして爆発した。

コバルトが怒号を上げた。

残る投射装置が充電を始める。

マッハがエネルギーの上昇を検出した。

「キラン! 退避してください!」

キランは後退した。

レイモンドも横へ飛び込んだ。

バヂィィィィン!

攻撃がトンネルの壁に命中した。

コンクリートが爆発する。

粉塵が通路を覆った。

それが晴れたとき、コバルトの姿は消えていた。

彼の背後にあった壁には、新たに開いた保守用ハッチが見えていた。

キランは目を見開いた。

「ちょっと、嘘でしょ!」

マッハが開口部を走査した。

「退却経路を確認しました」

レイモンドは慎重に近づいた。

「放っておけ」

キランは振り返った。

「えっ?」

「負傷者がいる。壁は崩れかけている。それに、向こう側に何が待っているかわからん」

キランは暗いハッチを見た。

コバルトを逃がしたことは、悔しかった。

しかし、レイモンドの言うとおりだった。

「……わかった」

マッハは、元の通路を塞いでいる損傷した防護シャッターを調べた。

「キラン、出口をこじ開けられると思います」

「どうやって?」

「相当な機械的乱暴を働く必要があります」

キランは微笑んだ。

「やっと僕の好きな話になってきたね」


シャッターを破るまで、十一分かかった。

レイモンドはヌリファイアーの強化外骨格から損傷した油圧駆動装置を取り外し、マッハはシャッターの施錠機構で最も弱い部分を特定した。

キランは磁力式グラップラーを使って、油圧装置を適切な位置に固定した。

そして、耳をつんざくような金属音とともに、補強された扉が曲がり始めた。

ギギギギギッ!

「もう少しだ!」

レイモンドが叫んだ。

キランは張力を強めた。

バキィッ!

固定ボルトが折れた。

シャッターが外側へ倒れた。

新鮮な空気がトンネルに流れ込んだ。

キランは息を吐いた。

「車の排気ガスの臭いが、こんなにうれしいなんて思わなかったよ」

「あなたの価値基準は、相変わらず心配になります」

マッハが答えた。

二人は元の駐車場に近い保守通路へ出た。

警察官たちが駆け寄ってきた。

レイモンドは手を上げた。

「大丈夫だ!」

キランは損傷した車椅子を見た。

「比較的ね!」

誰かが返事をする前に、トンネル内の隠しスピーカーから雑音が響いた。

女性の声が通路にこだました。

落ち着いている。

抑制が利いている。

まるで普通の会話をしているかのようだった。

『ウルトラヴァイオレット』

キランは停止した。

レイモンドもスピーカーへ顔を向けた。

声は続いた。

『予想以上の成果を見せてくれたな』

キランは目を細めた。

「誰?」

『ヘレナ・ヴェイン司令官だ』

マッハはすぐに録音を開始した。

ヴェインは続けた。

『見事な機転だった。特に、お前のAIは素晴らしい』

キランは天井を見た。

「ありがとう。本人もよく言われてるよ」

『だが、機転だけでは永遠に身を守れない』

スピーカーから短い雑音が流れた。

『純化協定は長い間、政治家や評論家たちが、断固たる行動を必要とする問題について議論するのを許してきた』

レイモンドの表情が険しくなった。

ヴェインの声は、最後まで冷静だった。

『我々はもはや、ヴェントを規制するだけでは満足しない』

キランは背筋が冷たくなるのを感じた。

「じゃあ、何が目的なの?」

少し間があった。

『この街が、ヴェントに依存することを終わらせる』

スピーカーが小さく鳴った。

『残された自由を楽しむがいい、ウルトラヴァイオレット』

通信が切れた。

通路に静寂が戻った。

キランはスピーカーを見つめていた。

レイモンドは拳銃を下ろした。

マッハのアバターが二人の隣に現れた。

「今のは、政治的な声明ではありませんでした」

キランはゆっくりとうなずいた。

「うん」

盗まれた部品。

特殊な兵器。

停止させられた監視カメラ。

ナサニエル・ブルックス。

そして、地下で彼を無力化しようとした覆面の兵士たち。

「もう、デモなんかの話じゃないね」

レイモンドは暗いトンネルへ目を向けた。

「最初から、そうだったのかもしれんな」


ナサニエル・ブルックスは、機械の駆動音で目を覚ました。

数秒間、自分がどこにいるのかわからなかった。

頭上の天井は白かった。

不自然なほど白い。

蛍光灯は半透明のパネルの向こうに埋め込まれ、部屋全体を均一で無機質な光で照らしていた。

空気には、かすかな消毒液の臭いが漂っていた。

彼は身体を動かそうとした。

身体は、普段と同じように動く範囲で反応した。

しかし、何かが足りなかった。

なくてはならないものが。

車椅子。

ナサニエルは顔を横に向けた。

ベッドの隣には、車椅子がなかった。

通信タブレットも。

携帯電話も。

見慣れたものは何一つなかった。

彼は唾を飲み込んだ。

「……誰か?」

無機質な部屋の中で、自分の声が小さく響いた。

「誰かいませんか?」

返事はなかった。

彼は扉へ目を向けた。

内側には、取っ手が見当たらなかった。

上部には細長い観察窓が設けられている。

その向こうには、左右へ伸びる廊下が見えた。

いくつもの扉が並んでいた。

その一つにも、観察窓があった。

窓の向こうには、車椅子に座った女性がいた。

顔は青ざめ、怯えていた。

別の部屋には、医療用ベッドに横たわる高齢の男性がいた。

廊下のさらに奥からは、誰かの泣き声が聞こえていた。

ナサニエルの鼓動が速くなった。

「おい!」

彼は声を張り上げた。

「誰か! 誰か助けてくれ!」

足音が近づいてきた。

観察窓の向こうに、警備員が現れた。

男は黒い制服を着用し、白い腕章をつけていた。

そこには見覚えのある紋章が描かれていた。

円。

縦線。

打ち消された機械の翼。

ナサニエルはすぐに気づいた。

純化協定。

口の中が乾いた。

「ここはどこなんだ?」

警備員は無表情で彼を見た。

「安全管理された評価施設だ」

「評価? 何の話だよ?」

「お前は選ばれた」

ナサニエルは呆然とした。

「何に?」

警備員はタブレットを確認した。

「クリーン・スレート作戦だ」

ナサニエルは全身が冷たくなるのを感じた。

「僕は何もしていない!」

警備員の表情は変わらなかった。

「それは関係ない」

ナサニエルは男の向こうを見た。

ほかの扉。

怯えた女性。

高齢の男性。

そして、無数の部屋が並ぶ長い廊下。

彼は、地下駐車場で起きた事件が、自分だけに降りかかった災難だと思っていた。

強盗。

誘拐。

偶然、自分が標的になってしまった事件。

しかし今、理解した。

ほかにもいる。

おそらく、何十人も。

そして、この建物のどこかでは、彼らが頼って生きている技術を理由に、その人生を調査し、分類し、支配しても構わないと考える人間がいるのだ。

ナサニエルは警備員を見た。

「お願いだ……」

声が震えた。

「僕たちに、何をするつもりなのかだけでも教えてくれ」

警備員は初めて、わずかにためらった。

しかし、何も答えずに観察窓から離れた。

足音が廊下の奥へ消えていく。

ナサニエルは一人残された。

機械の低い駆動音。

遠くから聞こえる、誰かの泣き声。

彼は閉ざされた扉を見つめた。

そして、ゆっくりと、恐ろしい事実を理解し始めた。

自分がどこにいるのか、誰も知らないのだ。

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