もう逃げない
もう逃げない
電源の切れた診断モニターに映る自分へ、そう呟いた。
髪は相変わらず乱れていたし、作業着にはしわが寄っている。頬についた小さな油汚れも、拭き忘れたままだった。
それでも、手は震えていなかった。
目も痛くない。
そして工房を見渡しても、未完成の修理品が今にも攻め込んでくる軍隊のようには見えなかった。
ただの仕事だ。
一つずつ片づけていけばいい仕事。
ギアはバッグを作業台に置き、朝の診断プログラムを起動した。
何台もの機械が低い音を立てて動き始める。
その時、コミュニケーターにメッセージが届いた。
おはよう、ギア! 今日、ドローンの修理をねじ込めないかな? 明日どうしても必要なんだ。
ギアは画面を見つめた。
親指がキーボードの上で止まる。
昨日までなら、予定を確認する前に引き受けていただろう。
しかし今日は、まず予約表を開いた。
空き時間は一つもなかった。
ギアは返信を打った。
今日は予約でいっぱいです。点検できるのは、早くても木曜の午後になります。
送信する。
そして待った。
何も爆発しなかった。
しばらくして、客から返事が届いた。
木曜で大丈夫! ありがとう!
ギアは瞬きをした。
「……こいつはスナットだな」
コミュニケーターを置き、コーヒーを一口飲む。
もしかすると、キランの言うとおりだったのかもしれない。
それは実に不愉快な考えだった。
本人には絶対に知られないようにしよう。
ノースブリッジ工科大学から届いた古い封筒は、今もギアの机の上に置かれていた。
昨夜、一度家に持ち帰り、今朝また工房へ持ってきたのだ。
何年も前に期限が切れた入学許可を、今さら受け入れようとしているわけではない。
あの機会は、もう過ぎ去っていた。
それでも、その手紙は忘れかけていた何かを思い出させてくれた。
かつてギアは、緊急事態とは何の関係もない理由で、機械を作りたいと思っていた。
危険な環境を探査する機械。
人間が安全に立ち入れない場所で活動できる機械。
まだ誰も想像していない問題を解決する機械。
ギアは補助モニターで、ある大学のウェブサイトを開いた。
工学系の大学院課程が表示される。
入学条件を読み込む。
次に、別の課程。
さらに、研究者向けの奨学金制度。
その多くは、ギアが正式には取得していない学位や資格を必要としていた。
実務知識だけなら、資格を持つ技術者の半数を赤面させられる自信があるというのに。
「……面倒な話だな」
それでも、ページをブックマークした。
小さな一歩。
それだけでいい。
その時、メインの診断画面に通知が表示された。
MACH-01A ― 遠隔システム状態報告
ギアは眉をひそめた。
キランの飛行型車椅子は、暗号化された診断接続が有効な間、定期的に整備情報を工房へ送信する仕組みになっていた。
普段なら、報告に問題はない。
しかし今日は、一つの数値が目に留まった。
左舷スタビライザー応答遅延:0.18秒
ギアは画面へ身を乗り出した。
「……これは新しいな」
過去一週間の記録を開く。
高出力機動の際、同じ遅延が断続的に発生していた。
ただし、機体側の緊急警告を作動させるほど長くは続いていない。
問題のスタビライザーは、主推進装置が推力を変化させた際に、MACH-01Aの姿勢を水平に保つための装置だった。
百分の数秒など、たいしたことがないように聞こえるかもしれない。
しかし、キランが普段飛んでいる速度では、そのわずかな時間が命取りになりかねない。
ギアは波形を確認した。
制御命令は正常なタイミングで届いている。
反応が遅れているのは、スタビライザーのほうだ。
つまり、制御装置と駆動機構、あるいは電源系統のどこかに問題がある。
「スナット……」
ギアはキランへメッセージを送った。
今日、推進系統の診断をするよ。左舷スタビライザーの様子がおかしい。今すぐ危険ってほどじゃないけど、確認するまで高速飛行は禁止。
一分後、返信が届いた。
昼食前に戦闘機三機とレースする予定だったけど、わかったよ。
ギアは呆れたように目を回した。
午後三時に工房。冗談じゃなくて、本気だからね。
了解、ボス。
続けて、もう一通。
マッハが、ギアは過保護だって言ってる。
さらに、もう一通。
マッハはそんなこと言ってないって。
ギアは笑った。
しかし、入口の呼び出し音が鳴ると、その笑顔は消えた。
監視モニターへ目を向ける。
そこに立っていたのは、ダニエル・キリアンだった。
ギアは、工房が閉まっているふりをしようかと考えた。
照明はついている。
入口の看板には、はっきりと営業中と書かれている。
しかもダニエルは、監視カメラをまっすぐ見つめていた。
「……さりげなさの欠片もないな」
ギアはインターホンを起動した。
「何の用?」
ダニエルは姿勢を正した。
「こんにちは、ギア」
「質問の答えになってない」
「少し話ができないかと思って」
「もう話しただろ」
「わかっている」
ギアは、彼がためらう様子を見ていた。
「頼む。数分だけでいい」
断ることもできた。
しかし、昨夜キランが言った言葉を思い出した。
自分で選んでいいんだ。
ギアは扉の制御装置を押した。
「五分だけ」
ダニエルは慎重に入ってきた。
木炭色のジャケットを着て、薄い革製の書類ケースを持っていた。
天井から吊り下げられた機械を眺めながら、工房の内部を見渡す。
「すごい場所だな」
「残り四分五十秒」
ダニエルは振り向いた。
「ああ、そうだったな」
彼は近くの作業台へ歩み寄った。
「最近、母さんと話したんだ」
ギアは腕を組んだ。
「聞いてるよ」
ダニエルは頷いた。
「結婚生活は完全に終わっていると、はっきり言われた。そのことは理解している」
「なら、よかった」
「考え直してほしいと頼みに来たわけじゃない」
「じゃあ、何?」
ダニエルは手元の書類ケースを見た。
「ノースブリッジのことを考えていた」
ギアの表情が硬くなった。
「やめて」
「最後まで聞いてくれないか」
「ダニエル」
自分の名前で呼ばれた彼は、わずかに身をこわばらせた。
ギアは謝らなかった。
ダニエルはケースを開いた。
「家の事情で入学を辞退したことは知っている。そして、そういう選択をしなければならないと思わせた原因の一つが、私が家を出たことだったというのもわかっている」
ギアは何も言わなかった。
「過去は変えられない」とダニエルは続けた。「だが、今からでも教育を受ける手助けはできるかもしれない」
何枚かの書類を取り出す。
「学費や社会人向けの課程、工学系の大学について調べてみた。ノースブリッジでも、別の学校でもいい。もし進学したいなら、費用は私が出したい」
ギアは彼を見つめた。
一瞬、聞き間違えたのかと思った。
そして笑った。
短く、鋭い笑いだった。
「本気で言ってるの?」
「ああ」
「ここまで来て、お金を渡そうって?」
「お金だけじゃない。機会を――」
「機会?」
ギアは作業台から離れた。
ダニエルは慎重に頷いた。
「かつて望んでいたことを、もう一度目指せるように」
ギアは書類を見た。
それから、彼を見た。
「それがどれだけ失礼なことか、わかってる?」
ダニエルの表情が曇った。
「そんなつもりじゃ――」
「もちろん、そんなつもりじゃないよね」
ギアの声が大きくなった。
「いつだってそうだ。家族を捨てるつもりなんてなかった。母さんが倒れそうになるまで働くことも望んでなかった。自分が十代のほとんどを、家族を支えるために費やすことも、そんなつもりじゃなかった」
「ギア……」
「それで今度は、小切手帳を持って現れれば全部直せると思ったわけ?」
ダニエルは書類ケースを下ろした。
「いや」
「じゃあ、何をしてるの?」
彼はためらった。
「助けたかったんだ」
ギアは苦々しく笑った。
「十五年遅いよ」
ギアが作業台のそばを歩き回る間、ダニエルは黙っていた。
「あの頃、何が欲しかったかわかる?」
彼は首を振った。
「誰かに、行っていいって言ってほしかったんだ」
ギアは古い大学の封筒を指さした。
「『何とかするから大丈夫。お前が全部背負わなくていいんだ』って、誰かに言ってほしかった」
声が強張る。
「でも、あんたはいなかった」
ダニエルは床を見た。
「母さんが精いっぱい頑張ってることは知ってた。だから、欲しいものを頼まなくなったんだ」
ギアは腕をきつく組んだ。
「子供が背負うべきじゃない責任を考えて、いろんな選択をした。それなのに今さら学費の見積もりを持ってきて、失ったものが大学生活だけだったみたいに扱うんだね」
ダニエルは顔を上げた。
「そのとおりだ」
ギアは足を止めた。
彼は続けた。
「自分が奪ってしまったものを、どうすれば返せるのかわからない。だから、代わりに何を与えられるかばかり考えていた」
「失った時間は戻らないよ」
「わかっている」
「自分にも戻らない」
ダニエルは頷いた。
「わかっている」
ギアは彼を見つめた。
今度ばかりは、言い訳をしていなかった。
それがかえって腹立たしかった。
ダニエルは書類ケースを作業台に置いた。
「お金で、あるべきだった父親になれるわけじゃない。それは理解している」
「本当に?」
「少しずつ、理解し始めている」
ギアは顔を背けた。
ダニエルは静かに続けた。
「学費を払うことなら、何か一つ役に立てると思った。だが、勝手に計画を立てて持ってくる前に、まずお前がそれを望んでいるか聞くべきだった」
ギアはゆっくり息を吐いた。
「そうだよ。聞くべきだった」
その時、入口の呼び出し音が鳴った。
二人は振り向いた。
ギアは監視モニターを見た。
キランだ。
よりによって。
「スナット……」
「ギアー! お気に入りの患者が到着したよ!」
入口から入ってきたMACH-01Aに乗ったキランの声が、工房に響いた。
隣にはマッハのホログラムが浮かんでいる。
「訂正しよう。最も整備費用のかかる厄介な機体が到着した」
「誰も聞いてないよ」
「正確な情報に対して、最近よく返される言葉だね」
キランは笑った。
しかし、ダニエルに気づくと、その笑顔が消えた。
「あ……」
ダニエルは姿勢を正した。
「こんにちは、キラン」
「父さん」
ギアは額をさすった。
「長い午後になりそうだ」
キランは二人を交互に見た。
「何か邪魔しちゃった?」
「した」とギア。
「いや」とダニエル。
ほぼ同時だった。
マッハのアバターが首を傾げた。
「見事な家族間の連携だ」
キランはため息をついた。
「わかった。誰かが家具を投げ始める前に、僕がここへ来た理由を片づけてもいい?」
ギアは弟を見た。
「スタビライザーだね」
「そのとおり」
キランはダニエルを見た。
「ほかの話は後でできるから」
ダニエルは頷いた。
「もちろんだ」
ギアはしばらく弟を見つめた。
それからMACH-01Aへ近づいた。
「さて。今度はこの空飛ぶ棺桶が、どんな故障を起こしたのか見てみようか」
キランはにやりと笑った。
「もう、僕に会いたかったんだね」
「調子に乗るなよ」
診断用プラットフォームは、工房の中央に設置されていた。
強化された床の周囲には格納式の安全柵があり、天井には拘束用アンカーが取り付けられている。
さらに、実際に飛行しなくても推進出力を測定できるセンサー群が備わっていた。
ギアはMACH-01Aを所定の位置へ誘導した。
「いいか、キラン。まずは低出力でスタビライザーを動かす」
「了解」
「マッハ、飛行制御ログへの直接アクセスを許可して」
「許可した」
ギアは診断インターフェースを接続した。
モニターにMACH-01Aの三次元モデルが表示される。
ほとんどのシステムは緑色だった。
しかし、一つのスタビライザー表示だけが黄色く点滅していた。
左舷スタビライザー ― 応答のばらつきを検出
ギアは眉をひそめた。
「妙だな」
キランは画面を見た。
「どう妙なの?」
「制御装置は正しい命令を送ってる。でも、駆動機構の反応が一定じゃない」
マッハがデータを解析した。
「スタビライザーの電源回路に、断続的な電圧変動を検出した」
ギアは頷いた。
「コネクターの緩みかもしれない。電圧調整器の故障かもしれないね」
「壮大な陰謀かもしれない」とキラン。
「単にお前が使いすぎたのかもしれない」
「まさか。僕はとっても優しい操縦者だよ」
マッハが乾いた電子音を発した。
「君の言う『優しい』という言葉の定義は、科学的に大いに議論の余地がある」
ダニエルは安全柵の向こうから様子を見守っていた。
検査が始まってから、ほとんど何も話していない。
ギアは天井の拘束装置を作動させた。
四本の強化ケーブルが降下し、MACH-01Aの車体に設けられた固定箇所へ接続された。
「何かあった時に、動きを制限するためのものだよ」とギアが説明した。
キランは頭上を見た。
「心強いね」
「そのための装置だから」
ギアは接続を二度確認した。
それから制御コンソールの後ろへ移動した。
「マッハ、マッハスピードと武装システムをロックして」
「確認した」
「キラン、指示するまで操縦入力は中立にしておいて」
「了解、ボス」
「推進試験開始。出力十五パーセント」
双発の推進装置が低く唸った。
MACH-01Aがプラットフォームから数センチ浮き上がる。
システム安定
ギアは数値を確認した。
「二十パーセント」
唸りが大きくなる。
「二十五」
機体は水平を保っていた。
その時、黄色の表示が点滅した。
ギアは身を乗り出した。
「そのまま」
車体に短い振動が走った。
キランは眉をひそめた。
「今、揺れた」
マッハが即座に答えた。
「左舷スタビライザーの応答が0.31秒遅延した」
ギアは停止操作に手を伸ばした。
「よし、ここまで。降ろすよ」
命令を入力した。
試験終了要求を受信
ほんの一瞬、何も起こらなかった。
次の瞬間、左舷スタビライザーが激しく跳ねた。
警告
姿勢制御異常
MACH-01Aが左へ傾いた。
キランは肘掛けをつかんだ。
「ギア?」
ギアの目が見開かれた。
「マッハ、推進装置を停止!」
「命令を送信した!」
主推進装置の回転数が下がり始める。
しかし、損傷したスタビライザーに突然、大きな電流が流れ込んだ。
駆動機構が限界まで動く。
バンッ!
MACH-01Aが横へ跳ねた。
拘束ケーブルの一本がぴんと張る。
もう一本がプラットフォームの縁にぶつかった。
車体が頭上の機械へ向かって回転した。
「スナットォッ!」
重大なスタビライザー故障
緊急姿勢補正作動中
キランのバイザーを赤い警告表示が埋め尽くした。
「マッハ!」
「故障した回路の切り離しを試みている!」
機体が後方へ傾く。
胸部の拘束ハーネスが強く張るのを、キランは感じた。
二メートルも離れていない場所に、巨大な機械アームが吊り下げられている。
ギアは緊急停止スイッチを叩いた。
主推進装置停止
メインスラスターが沈黙した。
しかし、スタビライザーの独立した電源回路には、まだ電力が供給されていた。
損傷した電圧調整器が、制御システムの遮断命令を上回る勢いで駆動機構へ電流を送り続けている。
スタビライザーが再び跳ねた。
MACH-01Aが拘束ケーブルに引っ張られながら、大きく揺れた。
ガァンッ!
後部装甲が吊り下げ式の支持金具に衝突する。
キランは顔をしかめた。
「今の音、絶対に修理代が高いやつだ!」
「集中して、キラン!」とギアが叫んだ。
「してるよ!」
マッハは緊急用フォースフィールドを展開した。
紫色の障壁が車体を包み、周囲の機械との衝突を和らげる。
しかし、その障壁は拘束された機体が何度も衝突する状況を想定したものではなかった。
シールド残量:68%
ギアは診断画面を見た。
電圧調整器は、もはやソフトウェアの命令に応答していない。
物理的に電源を切り離す必要があった。
今すぐに。
「マッハ、スタビライザーの補助電源を切れる?」
「ソフトウェアによる遮断は失敗。電圧調整器のスイッチング素子が、導通したまま故障している可能性が高い」
ギアは悪態をついた。
スタビライザーがまた動く。
機体が支持金具へ向かって振られた。
シールド残量:49%
キランは歯を食いしばった。
「ギア、どうする?」
「手動遮断!」
ギアは非常用工具の収納棚へ振り向いた。
そして、ダニエルを見た。
彼は壁際で、完全に動きを止めていた。
ダニエルには警報が聞こえていた。
紫色の車椅子が拘束ケーブルに引っ張られ、激しく揺れているのも見えていた。
キランがマッハを呼ぶ声も聞こえる。
しかし、恐ろしいほど長く感じられた一瞬、彼は工房に立っていなかった。
十五年前に戻っていた。
狭い寝室。
警報を鳴らす医療モニター。
幼い息子のもとへ駆け寄るスザンヌ。
誰かがダニエルに、必要な器具を取ってくるよう指示していた。
しかし、手が動かなかった。
あの時の恐怖を覚えている。
何もできない無力感。
自分が何かすれば、かえって事態を悪化させるという確信。
そして、一歩後ずさりしたことも。
スザンヌに任せてしまったことも。
その後、自分はこういう生活には向いていないのだと、自分自身に言い聞かせたことも。
今、同じ恐怖が胸の奥から湧き上がってきた。
視線が出口へ向かう。
何をすればいいかわからない。
考えるより先に、そんな言葉が浮かんだ。
邪魔になるだけだ。
一歩、後ろへ下がった。
「ダニエル!」
ギアの声が警報を切り裂いた。
ダニエルはびくりとした。
「な、何だ!?」
「非常用工具の棚! 赤い取っ手! 今すぐ!」
ダニエルは壁を見た。
一瞬、動けなかった。
その時、キランが見えた。
息子は意識を保っていた。
話していた。
状況を制御しようとしていた。
そしてダニエルは、自分がまた誰かに責任を任せようとしていることに気づいた。
再び。
拳を握りしめた。
そして、収納棚へ駆け出した。
「赤い取っ手!」とギアが叫ぶ。「一番下の収納部分!」
ダニエルは扉を勢いよく開いた。
中には非常用工具、防護手袋、そして絶縁処理された重い遮断レバーが入っていた。
彼はレバーをつかんだ。
「これか!?」
「そう!」
ギアは試験台を指さした。
「左舷の点検パネルの下に、手動遮断装置がある!」
ダニエルは車体を見た。
まだ揺れている。
「どこだ!?」
キランの声が外部スピーカーから響いた。
「父さん! 後部スタビライザーの近くに、黄色と黒のパネルがある!」
ダニエルはプラットフォームへ急いだ。
フォースフィールドが点滅した。
シールド残量:31%
マッハの声は冷静だった。
「警告。補助電源回路には、まだ電圧がかかっている。露出した導電部分には触れないでくれ」
ダニエルは足を止めた。
ギアがコンソールから叫んだ。
「絶縁レバーを使って! 外装には触らない!」
ダニエルは頷いた。
「わかった!」
左舷側へ近づく。
MACH-01Aが跳ねた。
ダニエルは反射的に身を引いた。
「スタビライザーには近づかないで!」とキラン。「パネルはその下!」
ダニエルはプラットフォームの脇にしゃがんだ。
黄色と黒の点検パネルを見つける。
手を震わせながら開いた。
内部には、奥まった位置に機械式の遮断スイッチがあった。
「見つけた!」
「遮断レバーを差し込んで!」とギア。「それから、ロックされるまで時計回りに回して!」
ダニエルは工具を差し込んだ。
しかし、動かない。
「固くて動かない!」
ギアはモニターを確認した。
「駆動機構の負荷がかかってる。マッハ、二秒だけスタビライザーを中立位置に固定できる?」
「試みる」
スタビライザーが震えた。
そして停止した。
一時的な駆動機構固定:2.0秒
「今!」とギアが叫んだ。
ダニエルはレバーを回した。
ガコンッ!
機械式の留め具が噛み合った。
スタビライザーの補助電源回路が切り離される。
警報音が変わった。
補助電源遮断完了
制御不能な駆動を停止
スタビライザーが沈黙した。
MACH-01Aは拘束ケーブルに引かれてもう一度揺れた。
そして、静止した。
ギアはプラットフォームの機械式降下装置を作動させた。
ゆっくりと、車体が下がっていく。
着地用の支持装置が床に触れた。
ドン。
静寂。
数秒間、誰も動かなかった。
やがてキランが息を吐いた。
「……いやあ」
マッハのアバターが隣で点滅した。
「極めて不愉快な体験だった」
キランはギアを見た。
「ねえ、今の全部、録画してある?」
ギアは彼を見つめた。
「本気で言ってる?」
「僕の迫真の演技は、記録に残す価値があると思うんだ」
「キラン!」
「わかった、わかった。今のはタイミングが悪かった」
ダニエルは壁にもたれかかった。
顔は青ざめていた。
手には、まだ絶縁レバーが握られていた。
ギアはすぐにMACH-01Aへ駆け寄った。
「キラン、怪我は?」
「たぶん大丈夫」
「それじゃ答えになってない」
「プライドにはかなり深刻な損傷を受けたけど」
「キラン」
彼はため息をついた。
「うん。痛いところはないよ。ハーネスもちゃんと支えてくれたし、呼吸も大丈夫」
マッハが迅速なシステム評価を実施した。
「キランの監視対象となっている生理学的数値は、通常範囲内にある。重大な衝撃による負傷も検出されていない。今後、何らかの症状が現れた場合は医療機関での確認を推奨する」
ギアは拘束ハーネスを確認し、車体の姿勢を点検した。
「違和感は?」
「ないよ」
「頭痛は? めまいは?」
「ギア、大丈夫だって」
彼らは弟を見た。
キランの表情が和らいだ。
「本当に」
ギアはようやく息を吐いた。
それから損傷したスタビライザーを見た。
「あの電圧調整器は引っこ抜いて、太陽に投げ込んでやる」
「妥当な判断だね」とマッハが答えた。
ダニエルが慎重に近づいた。
「キランは……大丈夫なのか?」
ギアは振り向いた。
「大丈夫」
ダニエルはキランを見た。
「すまなかった」
キランは眉をひそめた。
「何が?」
「動けなくなってしまった」
すぐには誰も答えなかった。
ダニエルは目を伏せた。
「警報が鳴った時、頭が真っ白になった。危うく逃げるところだった」
ギアは腕を組んだ。
「でも、逃げなかった」
ダニエルは彼らを見た。
「ああ」
キランは父親をじっと見た。
「怖がることと、逃げることは同じじゃないよ」
ダニエルは唾を飲み込んだ。
「もっと早く動くべきだった」
「そうかもしれないね」
キランは非常用工具の棚を見た。
「でも、ギアに指示された時、ちゃんと聞いたでしょ」
ダニエルは頷いた。
「言われたとおりに動いた。ギアに言い返したり、自分が仕切ろうとしたりしなかった」
キランは少し間を置いた。
「それが助けになったんだ」
ダニエルは息子を見た。
「本当に怖かった」
「うん」とキラン。「気づいてたよ」
かすかな笑みが浮かぶ。
「実は僕も怖かったんだけどね」
ダニエルは震えるように笑った。
ギアは二人を交互に見た。
そして口を開いた。
「今のことで、勘違いしないでよ」
ダニエルは振り向いた。
「緊急事態に対応してくれた。それは助かったし、感謝してる」
ギアの表情は真剣なままだった。
「でも、十五年が消えるわけじゃない」
ダニエルは頷いた。
「わかっている」
「これで突然、全部元どおりになるわけでもない」
「わかっている」
「それに、これでヒーローになったわけでもない」
ダニエルはキランを見た。
それからギアへ向き直った。
「ヒーローになろうとしたわけじゃない」
ギアは彼を見つめた。
少なくとも、その言葉は信じられた。
損傷したスタビライザーは固定され、試験台は停止した。
MACH-01Aには、一時的な飛行禁止措置が取られた。
キランは引き続き車椅子に乗っていた。地上での移動には独立した走行システムを使用できるため、そちらは安全に動作していた。
ただし、故障した電圧調整器、駆動機構、関連する配線を点検・交換するまでは、ギアが飛行を許可するつもりはなかった。
ダニエルは入口の近くに立っていた。
帰るべきかどうか、迷っているようだった。
ギアは、革製の書類ケースがまだ作業台にあることに気づいた。
それを手に取る。
「これだけど」
ダニエルは見た。
「学費の話か」
「そう」
ギアはケースを差し出した。
「受け取らないよ」
ダニエルは頷いた。
「わかった」
「今日だけじゃない。これからも受け取らないかもしれない」
「それでも構わない」
ギアはためらった。
ダニエルは続けた。
「一つだけ知っておいてほしい。この申し出には、何の条件もない」
ギアは眉をひそめた。
「どういう意味?」
「私を許す必要はない。会いに来る必要も、電話をする必要もない。家族が元に戻ったふりをする必要もない」
彼は少し間を置いた。
「もし進学したいと思って、経済的な支援が役に立つなら、その申し出は変わらない。私から何も受け取りたくないなら、その意思を尊重する」
ギアはケースを見た。
「学校に戻りたくないって決めたら?」
「戻らなくていい」
ギアは顔を上げた。
ダニエルは小さく、悲しそうに微笑んだ。
「お前の人生だから」
ギアは黙っていた。
たった三つの単純な言葉だった。
それなのに、ずっと昔に聞きたかった言葉そのものだった。
ダニエルも、それに気づいたようだった。
「もっと早く、そう言うべきだった」
ギアは顔を背けた。
「……そうだね」
彼は考え直してほしいとは頼まなかった。
善意だったと主張することもしなかった。
学校についてどれほど熱心に調べたかを、説明し始めることもなかった。
ただ、答えを受け入れた。
ギアはケースをテーブルへ戻した。
「これから何をしたいのか、考えてみる」
ダニエルは頷いた。
「それで十分だ」
その後まもなく、ダニエルは帰ることになった。
去る前に、キランへ近づいた。
「無事でよかった」
キランはかすかに微笑んだ。
「僕もだよ。この身体、結構気に入ってるからね」
ダニエルは小さく笑った。
「身体を大切にな」
「努力するよ」
抱擁はなかった。
感動的な宣言もなかった。
まだ互いとの話し方を学んでいる途中の二人が、短い言葉を交わしただけだった。
ダニエルはギアへ向き直った。
「じゃあ、また」
ギアは頷いた。
「……うん」
工房の扉が彼の背後で閉まった。
しばらく、きょうだいは何も言わなかった。
やがてキランが損傷した推進装置を見た。
「さて」
ギアはため息をついた。
「さて」
「どれくらいひどい?」
ギアは診断画面を確認した。
「しばらく飛行禁止になるくらいには」
キランは大げさに息を呑んだ。
「そんなことできないよ!」
「作ったのは自分だ。できるに決まってる」
「マッハ! これは権力の乱用だって言ってやって!」
マッハのホログラムがキランの隣に現れた。
「ギアの判断は技術的に正しい」
「裏切り者!」
「生存することは、私の主要な運用上の希望の一つだからね」
ギアは笑った。
キランは不満そうな顔をした。
「信じられない。二人ともひどいよ」
ギアは目を回した。
「落ち着けって。また飛べるようにしてあげるから」
「いつ?」
「安全になったら」
「もう少し具体的に言ってくれない?」
「修理が終わったら」
「全然具体的じゃない!」
「じゃあ、聞くなよ」
キランはにやりと笑った。
それからしばらく、二人は損傷した部品を一緒に調べた。
ギアが電圧調整器の故障について説明する。
キランが質問する。
マッハが技術的なデータを提供し、時々二人の説明を訂正する。
懐かしい感じがした。
心地よかった。
完璧ではない。
それでも、心地よかった。
その後、キランがマッハと損傷報告書を確認している間、ギアは作業台へ戻った。
ダニエルの書類ケースは、置いた場所にそのまま残っていた。
その隣に、小さなカードがあった。
ギアは手に取った。
裏面には、ダニエルの電話番号が書かれていた。
その下には短いメッセージがあった。
何か実際に手助けが必要になったら、電話してほしい。理由を説明する必要はない。
ギアは二度読んだ。
そして机に置いた。
その単純さが、どこか腹立たしかった。
許してほしいという懇願もない。
罪悪感を抱かせようとする言葉もない。
自分がどれほど変わったかを語る宣言もない。
ただの申し出だった。
ギアはキランを見た。
弟は、一時的な飛行禁止措置が自分の市民的自由の侵害に当たるかどうか、マッハと議論していた。
もちろん、マッハが勝っていた。
ギアはかすかに微笑んだ。
それからカードへ視線を戻した。
まだダニエルを信頼してはいなかった。
少なくとも、完全には。
これからも信頼できないかもしれない。
彼がいなかった年月は、確かに存在した。
自分が諦めたものも、確かにあった。
父親のいない家庭で育った痛みは、部品を交換したり、学費を払ったりするだけで修理できるものではなかった。
ギアは誰よりも、それを知っていた。
しかし、もう一つわかっていることがあった。
警報が鳴った時、ダニエルは怖がっていた。
恐怖で動けなくなるほどに。
それでも今回は、逃げなかった。
ギアはカードを作業台の下の引き出しへしまった。
古いノースブリッジの手紙の隣ではない。
まだ、そこには置かなかった。
ただ、いつか必要になった時に見つけられる場所へ。
それから診断用プラットフォームへ戻った。
「さて、キラン。この厄介な代物を分解しようか」
キランは微笑んだ。
「僕も愛してるよ、ギア」
「スナット、お前」
マッハのアバターが点滅した。
「ようやく、通常の家族間コミュニケーションに戻ったようだね」
ギアは笑った。
工房には再び、工具と機械の音、そしてキランのひどい冗談が響き始めた。
その中でギアは、かつては考えることさえできなかった問いを、心の中で思い浮かべていた。
人は、本当に変われるのだろうか。
もしかしたら。
しかし、変わることと、許すことは同じではない。
変化の始まりを目撃したからといって、すぐに許す準備ができるわけではなかった。
今は、やるべき仕事がある。
自分の未来を犠牲にしなければならない仕事ではない。
家族全員を一人で支えなければならない仕事でもない。
ただ、壊れた機械が一台。
家まで帰るための足が必要な弟が一人。
そして、いつの日か、自分が背負ってきた重荷の一部を、誰かに任せられるようになるかもしれないという可能性。
それだけだった。




