家に残った子
その沈黙が、キラン・キリアンには気になって仕方がなかった。
夜のアパートに訪れる、いつもの静けさとは違う。テレビを消し、窓の向こうからシトロンシティの交通音がかすかに聞こえてくるような時間を、キランはむしろ好んでいた。
一日中、生徒たちにシェイクスピアの面白さを説明した後なら、なおさらだった。生徒たちの関心を、スマートフォンで流行している話題から古典文学へ向けさせるのは、なかなか骨の折れる仕事なのだ。
しかし、今の沈黙は違った。
普段なら、黙っていることが苦手な人物から生まれた沈黙だった。
ギアだ。
この三日間、キランは何度も年上のきょうだいに連絡を取っていた。
だが、会話はいつも同じようなものだった。
何度か呼び出し音が鳴ってから、ギアが電話に出る。
キランが近況を尋ねる。
ギアは忙しいと答える。
キランが冗談を言う。
ギアは笑ったような声を出す。
そして通話が終わる。
あまりにも事務的な会話になってしまったため、キランは間違えてカスタマーサービスに電話しているのではないかと疑い始めていた。
コミュニケーターの画面を見つめる。
最後に送ったメッセージが表示されていた。
キラン:『ねえ! 今夜、一緒に夕飯でもどう? 僕がおごるよ』
ギア:『無理。仕事』
キラン:『じゃあ明日は?』
ギア:『たぶん忙しい』
キラン:『もしかして僕のこと避けてる?』
最後のメッセージには、まだ返事がなかった。
キランはため息をついた。
「うん。実に安心できるね」
机の隣に、小さな紫色のホログラムが現れた。
パイロットヘルメットを模したマッハのアバターが、淡い光とともに姿を形作る。
「ギアが意図的に君を避けている確率を計算しようか?」
キランはマッハを見た。
「できれば遠慮したいな」
「素晴らしい。すでに計算済みだからね」
「マッハ」
「九十四パーセントだ」
キランはうめいた。
「ありがとう。すっごく慰められたよ」
「私は感情的な慰めではなく、正確な情報を提供することを目指している」
「最近はどっちも見事に失敗してるけどね」
「君の感謝の気持ちが痛いほど伝わってくるよ」
キランはコミュニケーターを置いた。
その夜はずっと生徒の作文を採点していたが、キーボードの隣に積まれた答案用紙はほとんど減っていなかった。
『マクベス』に対する生徒の解釈を読もうとしても、頭に浮かぶのはあの古い合格通知のことばかりだった。
ノースブリッジ工科大学。
ギアは国内有数の名門工科大学に合格していた。
しかも奨学金付きで。
それなのに、キランは何も知らなかった。
「マッハ?」
「何だい?」
「ギアが家に残ったのって、僕のせいだと思う?」
マッハのアバターがこちらを向いた。
「その質問をどう解釈するかによるね」
キランはMACH-01Aの操作装置に視線を落とした。
「言いたいことはわかるだろ?」
「君の身体的な介助の必要性が、ギアの進学辞退に影響したかどうかを尋ねているのだろう」
キランは頷いた。
マッハは少し間を置いた。
「ギアが考慮した事情の一つではあったかもしれない。しかし、それは君に責任があるという意味ではない」
キランは眉をひそめた。
「どうしてそう言い切れるの?」
「君は子供だったからだ」
「でも、実際に起きたことは変わらないよ」
「その通り。ただし、誰がその状況に責任を持つべきだったかは別の問題だ」
キランはマッハを見た。
「君の家族には支援が必要だった。それは現実的な事情であって、道徳的な過失ではない。父親が責任を放棄し、母親が一人で過大な負担を抱え、ギアがその穴を埋めなければならないと感じた」
キランは黙っていた。
「その状況は、ギアに不当な重荷を背負わせた。君が存在していたことが原因ではない」
キランはヘッドレストに頭を預けた。
「ギアが僕のためにしてくれたことばかり考えちゃうんだ」
「ならば、罪悪感ではなく感謝をもって思い出すべきだ」
「言うのは簡単だよ」
「価値のあることは、たいてい実行するほうが難しい」
キランはかすかに微笑んだ。
マッハが少し近づいた。
「ギアは君を愛している。しかし、誰かを愛しているからといって、苛立ちや疲労、不満を一度も感じなかったことにはならない」
キランは天井を見つめた。
「それが怖いんだよ」
翌日の午後、キランはもう待つのをやめることにした。
MACH-01Aが工業地区へ降下し、紫色の装甲が日光を反射した。
倉庫の間を飛行しながら高度を下げる。
眼下ではトラックが荷積み場を行き来し、作業員たちが狭い道路を横断していた。
通りの突き当たりに、見慣れたギアの工房が現れた。
キランは入口へ向かった。
「これって、やっぱり悪い考えかな?」
「ほぼ間違いなくね」とマッハ。
「素晴らしい」
「ただし、会話を避け続けることも同じくらい非生産的だと思われる」
「今週聞いた中で、一番励まされる言葉だよ」
「記念すべき瞬間として記録しておこう」
キランは工房に入った。
機械油と熱せられた金属の匂いが漂っていた。
そこに、ギアがいつも飲み忘れるコーヒーの、かすかな焦げ臭さが混じっている。
修理台には分解途中のホバーバイクが置かれ、近くのテーブルにはエンジンの外装がいくつも並んでいた。
診断画面には、長いエラー一覧が表示されている。
ギアは制御モジュールの内部を覗き込んでいた。
「ギアの工房へようこそ! 変な音がするなら、どんな音か説明してくれ! 燃えてるなら外に出してくれ!」
顔を上げずに叫んだ。
キランは思わず微笑んだ。
「変な音がして、しかも燃えてる場合は?」
「特別料金だ。高くつくぞ」
ギアが顔を上げた。
表情が変わった。
「あ」
キランは眉を上げた。
「僕も会えて嬉しいよ」
「よう」
ギアは制御モジュールへ向き直った。
「来るとは聞いてなかった」
「そうだろうね」
「今日は忙しいんだ」
「最近、毎日忙しいみたいだね」
ギアはコネクターを締め直した。
「自営業ってそういうもんだろ」
キランは近づいた。
「ギア」
「待って。このコントローラー、調子が悪いんだ」
「ギア」
「本当にちょっとだけ」
キランは、ギアがケーブルを一本抜き、調べてから、まったく同じ場所に差し直すのを見ていた。
「今の、接続間違ってなかったよ」
ギアの手が止まった。
「何?」
「抜いて、また同じところに差しただけだよ」
「故障診断だ」
「時間稼ぎでしょ」
ギアは工具を置いた。
「キラン、修理を待ってる客が三人いるんだ」
「それで僕には、話してくれないきょうだいが一人いる」
二人の視線がぶつかった。
ギアは反論しそうになったが、結局ため息をついた。
「わかったよ」
丸椅子を引き寄せた。
「話せ」
キランは作業台の隣に位置を調整した。
「こんな状態を続けたくないんだ」
「どんな状態?」
「何もなかったふりをすること」
ギアは額をこすった。
「何も問題ないって」
「だったら、どうして僕を避けてるの?」
「避けてない」
「ギア」
ギアは目をそらした。
キランは待った。
やがて、ギアが息を吐いた。
「あの手紙について、また聞かれるってわかってたからだよ」
キランは頷いた。
「うん。聞きに来た」
「昔のことだって言っただろ」
「聞いたよ」
「じゃあ、どうしてまた話すんだ?」
「だって、何も教えてくれなかったから」
ギアは作業台にもたれた。
「キラン、お前は子供だったんだ」
「ギアだってそうだったでしょ」
その言葉に、ギアは黙った。
キランは続けた。
「まだ十代だった。あんなにすごい機会があったのに、どういうわけか諦めなきゃいけないと思ったんだ」
ギアは腕を組んだ。
「そんなに単純な話じゃない」
「だったら、わかるように話してよ」
ギアは床を見つめた。
しばらく、換気装置の音だけが響いていた。
やがて口を開いた。
「母さんは疲れ切ってた」
キランは黙って聞いた。
「残業して、医療費や光熱費や食費を何とかやりくりしてた。夕飯を食べる気力も残ってない日だってあった」
「覚えてるよ」
「お前が覚えてるのは、その一部だ」
ギアは顔を上げた。
「お前が寝たと思った後、母さんがキッチンで泣いてたことは知らないだろ。払えない金を催促する電話が何度も来てたことも」
キランの表情が和らいだ。
「ギア……」
「それに、お前には介助が必要だった。何もかもじゃないけど、誰かがそばにいなきゃいけない場面はあった。外部の支援だって、いつでも十分に利用できたわけじゃない」
キランは目を伏せた。
ギアはそれに気づいた。
「やめろ」
「何を?」
「その顔」
「ただ聞いてるだけだよ」
「自分を責めてるだろ」
キランはためらった。
「……少しはね」
ギアは苛立ったようにため息をついた。
「だから話したくなかったんだ」
キランは顔を上げた。
「隠しておけばよかったってこと?」
「お前がどうにもできなかったことで、罪悪感を持たせる必要なんてないと思ったんだよ」
「でも、知ることはできたじゃないか!」
「知って、どうするつもりだった?」
キランは口を開いた。
しかし、答えが出てこなかった。
ギアは工房を指さした。
「お前は子供だったんだ、キラン。請求書を払うことも、代わりの介助者を手配することもできなかった。母さんの勤務時間だって変えられなかっただろ」
「ギアだって子供だったじゃないか!」
ギアは黙った。
キランの声が大きくなった。
「そんなこと、ギアが全部やらなくてもよかったはずだよ!」
「わかってる!」
「だったら、どうして自分の仕事みたいに背負ったの?」
「誰かがやらなきゃいけなかったからだ!」
その声が金属の壁に反響した。
キランはギアを見つめた。
ギアは歯を食いしばり、顔を背けた。
「誰かが、ちゃんと物事を回さなきゃいけなかったんだよ」
キランは少し時間を置いてから、再び口を開いた。
「ギア自身がやりたかったことは?」
ギアは乾いた笑いを漏らした。
「それがどうした?」
「ノースブリッジ。勉強。将来の夢」
「今だって将来はあるだろ。お前が乗ってるその機械だって、俺の最高傑作の一つだ」
キランはMACH-01Aを見た。
「わかってる。僕だってギアを誇りに思ってるよ」
「じゃあ何が問題なんだ?」
「ちゃんと選べるべきだったってことだよ」
ギアはキランを見た。
「選べなかったと思ってるのか?」
「父さんが出ていったせいで、選べないと思い込んだんじゃないの?」
その名前が、二人の間に重く落ちた。
ギアは修理台へ向き直った。
「あいつの話はするな」
「どうして? 今こうなってる原因は父さんでしょ」
「お前は全部知ってるわけじゃない」
「だったら教えてよ!」
ギアは作業台の縁を強く握った。
キランの声が和らいだ。
「お願いだから」
ギアは散らばった工具を見つめていた。
そして、ゆっくり口を開いた。
「十六歳の時、友達がキャンプに行ったのを覚えてるか?」
キランは眉をひそめた。
「あんまり」
「マーサー湖で三日間。みんな何週間も前から楽しみにしてたんだ」
「それで?」
「母さんに急な連続勤務が入って、来る予定だった介助者もキャンセルになった」
キランの表情が変わった。
「だから家に残ったんだね」
「ああ」
ギアは小さなワッシャーを手に取り、指先で転がした。
「みんなには、キャンプなんて好きじゃないって言った」
「本当は?」
「行きたかった」
かすかに微笑んだ。
「荷物だって詰めてたんだ」
キランは黙って見つめた。
ギアは続けた。
「ほかにもあった。誕生日会、学校の行事、何か月も準備してたロボット競技会」
ワッシャーを置いた。
「どこかに誘われると、返事をする前に、母さんが俺抜きで大丈夫かどうか考えるようになってた」
キランは黙っていた。
「それで、時々……」
ギアは言葉を止めた。
肩に力が入った。
「時々、腹が立ったんだ」
「父さんに?」
「全部にだよ」
ギアは唾を飲み込んだ。
「請求書にも、壊れる機械にも、家のことを気にせず友達と遊びに行ける連中にも」
声が低くなった。
「それに、キラン……お前の介助をしなきゃいけないことにも、腹が立つ時があった」
その言葉を境に、二人の間の空気が変わった。
ギアはすぐに顔を上げた。
「お前が悪いって意味じゃない! そうじゃなくて――」
キランの表情は動かなかった。
ギアは慌てて続けた。
「お前を手伝うのが嫌だったわけじゃない。お前を嫌いになったことなんてない。でも、疲れ切ってて、次の日も早起きしなきゃいけなくて、それでもまだやることがあって……」
額に手を当てた。
「スナット……」
キランが静かに言った。
「手伝わなくて済めばいいのにって、思ったんだね」
ギアは目を閉じた。
「……時々な」
その告白は、ほとんど聞こえないほど小さかった。
何年も避けてきた言葉だった。
口にしてしまえば、一時的な苛立ちが、取り返しのつかない裏切りに変わってしまうような気がしていた。
キランは工房の入口へ目を向けた。
ギアは、次に何を言われるのか怖くてたまらなかった。
「家に残ったこと、後悔してる?」
あまりに静かな質問だったので、ギアは聞き逃しそうになった。
「何?」
「ノースブリッジに行かなかったこと、後悔してる?」
ギアは少し考えた。
「別の人生だったらどうなってたかな、とは思うよ」
「そういうことじゃない」
ギアはため息をついた。
「キラン……」
「僕たちと一緒にいることを選んだの、後悔してる?」
ギアの表情が引き締まった。
「してない」
キランは納得していないようだった。
ギアは近づいた。
「よく聞け。俺はお前を愛してる。ずっとそうだった。それを後悔したことはない」
「じゃあ、何を後悔してるの?」
「選ばなきゃいけないと思ってたことだよ」
キランは何も言わなかった。
ギアは分解途中のホバーバイクを見た。
「俺はお前のきょうだいでいたかった。一緒に変なものを作って、お前のくだらない冗談に文句を言って、俺の食べ物を勝手に食うなって怒ってさ」
「食べ物なんて盗んでないよ」
「絶対に盗んでた」
キランはかすかに微笑んだ。
ギアは続けた。
「電気が止まらないかとか、母さんがちゃんと眠れてるかとか、そんなことを十代の頃から心配したくなかったんだ」
息を吸った。
「お前を手伝うことが問題だったんじゃない。何に対しても断っちゃいけないと思うような立場に置かれたことが問題だったんだ」
キランは目を伏せた。
ギアは作業台にもたれた。
「父さんが出ていったことで、全部がもっと悪くなった。あいつが憎くて、絶対に同じ人間にはならないって決めたんだ」
自分の手を見下ろした。
「大学に行くために家を出ることも、お前たちを捨てるのと同じだって思い込んでた」
キランは顔を上げた。
「でも、同じじゃないよ」
「今ならわかる」
「大学に行ったって、僕たちを愛することはできたでしょ」
「ああ」
「何か方法を見つけられたかもしれない」
「そうかもな」
ギアの声には、その日の仕事とは関係のない深い疲労がにじんでいた。
「あの頃は、そんなふうに考えられなかったんだ」
キランは少し考えた。
そして言った。
「僕にも話してほしかった」
ギアは彼を見た。
「お前は子供だった」
「もう子供じゃないよ」
「わかってる」
「本当に?」
その質問に、ギアは不意を突かれた。
キランは続けた。
「だって、時々そう思えないんだ」
ギアは眉をひそめた。
「どういう意味だ?」
「今でも、何でもギアが直してくれなきゃいけなかった頃の子供として、僕を見てる気がする」
「それは違うだろ」
「そうかもしれない。でも、ギアがつらい時はいつも隠すんだ。困ってても忙しいって言うし、何かあったのか聞いても、心配するなって答える」
ギアは目をそらした。
キランは少し近づいた。
「ずっと誰かの世話をしてきたから、今度は誰かがギアを支えようとしても、どうすればいいかわからないんじゃない?」
ギアの表情が険しくなった。
「お前に世話してもらう必要はない」
「必要だなんて言ってないよ」
「じゃあ何が言いたいんだ?」
「僕だって、ギアの力になりたいってこと」
あまりにも単純な言葉だった。
それなのに、ギアはすぐに返事ができなかった。
キランは彼らを見つめた。
「ギアは僕のきょうだいだよ。従業員でも、専属メカニックでも、車椅子を動かし続けるためだけにいる人でもない」
紫色の装甲に目を向けた。
「MACH-01Aは大好きだよ。一緒に作り上げてきたものも。でも、たとえギアが僕のために何一つ作ってくれなかったとしても、大好きなことは変わらない」
ギアは彼を見つめた。
一瞬、表情が和らいだ。
しかし、すぐに目をそらした。
「わかってる」
キランは首を振った。
「本当にわかってるのかな」
ギアは作業台へ向き直った。
指先でドライバーをつかんだが、近くには締め直す必要のあるネジなどなかった。
「言いたいことはありがたいけど、これじゃ何も解決しない」
キランは眉をひそめた。
「どうして?」
「お前は全部よくしようとしてる。でも、そんな簡単にはいかないんだ」
「全部解決しようとしてるわけじゃないよ」
「じゃあ何をしてるんだ?」
「ギアのことを理解しようとしてるんだ!」
ギアはドライバーを置いた。
「じゃあ、おめでとう。俺の子供時代が大変だったってわかったな。もうこの話は終わりでいいか?」
キランは皮肉に顔を曇らせた。
「そんな言い方しなくてもいいでしょ」
ギアは苦々しく笑った。
「今日は何を言っても駄目らしいな」
「ギア――」
「じゃあ、何て言えばいいんだよ?」
キランは彼らを見つめた。
「間違った選択をしたって? ノースブリッジに行くべきだったって? 変えられないことに十五年間腹を立ててたって?」
「何でも一人で抱え込むのをやめてほしいんだ!」
ギアの顔がこわばった。
「俺を壊れた機械みたいに扱うのもやめてくれ!」
その言葉は、二人が思っていた以上に深く突き刺さった。
キランは黙った。
ギアはすぐに後悔した。
床に目を落とす。
「スナット……」
キランは息を吸った。
「本当に、僕がそうしてると思う?」
ギアは首を振った。
「違う」
「じゃあ、どうしてそんなこと言うの?」
「腹が立ってるからだよ、キラン!」
声がわずかに震えた。
「父さんにも、自分にも、古い手紙を見ただけで馬鹿な十代の頃に戻ったみたいになることにも!」
両手を作業台についた。
「この気持ちをどうすればいいのか、わからないんだ」
キランは彼らを見つめた。
近づこうかと思った。
しかし、やめた。
ギアの肩には力が入り、金属の台に置かれた手は小さく震えていた。
今は慰めを受け入れられる状態ではない。
少なくとも、まだ。
「わかった」とキランは静かに言った。
ギアは顔を上げた。
「わかった?」
「今、全部話さなくてもいいよ」
ギアは息を吐いた。
「助かる」
キランはためらった。
「でも、最後に一つだけ言ってもいい?」
ギアは目を閉じた。
「キラン……」
「お願い」
ギアは渋々頷いた。
キランは真正面から彼らを見た。
「僕とは関係のない夢を持ったって、よかったんだよ」
ギアの表情が変わった。
キランは続けた。
「それは今だって同じだよ」
一瞬、ギアは何かを言おうとした。
唇が開く。
しかし、言葉は出てこなかった。
やがて背を向けた。
「少し一人にしてくれ」
キランはゆっくり頷いた。
「わかった」
「本気で言ってるんだ」
「うん」
ギアは目をこすった。
「これ以上、後悔するようなことを言いたくない」
キランは唾を飲み込んだ。
「わかったよ」
操作装置を調整した。
MACH-01Aの推進システムが静かに起動する。
入口で、キランは立ち止まった。
「ギア?」
彼らは振り向かなかった。
「何だ?」
「大好きだよ」
長い沈黙があった。
やがてギアが答えた。
「俺もだよ、坊主」
キランは小さく微笑んだ。
「まだ坊主って呼ぶんだね」
「昔からの癖だ」
キランは頷いた。
「またね」
扉が開いた。
MACH-01Aが午後の日差しの中へ消えていった。
ギアはエンジン音が聞こえなくなるまで耳を澄ませた。
そして丸椅子に腰を下ろした。
手からドライバーが滑り落ちる。
カラン!
拾おうとはしなかった。
その夜、キランはアパートの窓際にいた。
シトロンシティの明かりが地平線まで広がり、ガラス張りの高層ビルや高架交通路に反射していた。
MACH-01Aは充電位置にあり、推進システムは停止していた。
夕食にはほとんど手をつけていない。
マッハが隣に浮かんでいた。
「今日はずいぶん静かだね」
キランはかすかに微笑んだ。
「いつも僕がお喋りすぎるって文句言うくせに。喜んだら?」
「君の過剰な会話のほうが、この沈黙より好ましい」
キランは街を見た。
「今日、ギアがあることを話してくれたんだ」
マッハは待った。
「昔、僕の介助をしなきゃいけないことが嫌になる時もあったって」
ホログラムは静かに浮かんでいた。
キランは唾を飲み込んだ。
「大変だったのは知ってた。でも、実際に聞くと……」
首を振った。
「うまく言えないけど、つらいよ」
「それは理解できる」
キランはマッハを見た。
「非合理的だって言わないの?」
「言わない」
「珍しいね」
マッハが少し近づいた。
「二つのことは同時に真実であり得る。ギアは君を深く愛している。そして、自分たちに過大な負担を強いた状況に不満を抱いていた」
キランは考え込んだ。
「昔、ギアが僕を手伝ってくれた時のことばかり思い出すんだ。そのうち何回、別の場所にいたいと思ってたんだろうって」
「そう思っていた時もあっただろうね」
キランは目を伏せた。
マッハは続けた。
「しかし、それによってギアの愛情や行動の価値が失われるわけではない。君を負担そのものと見なしていたという意味でもない」
キランはため息をついた。
「その二つをどうやって分けて考えればいいのかわからない」
「介助を必要とすることと、介助の責任を過度に背負わされることは、異なる経験だと認識することから始めればいい」
キランはマッハを見た。
「ギアには自分の人生を生きる権利があった。君には必要な支援を受ける権利があった。その二つが対立するべきではなかったんだ」
キランはしばらく黙っていた。
そして頷いた。
「……うん」
窓の外へ目を向ける。
「もっと早く話してほしかったな」
「ギア自身、ようやく話し方を学び始めたところなのかもしれない」
キランは寂しそうに微笑んだ。
「そうかもね」
街の反対側では、ギアが一人で工房に残っていた。
最後の客が修理済みの車両を引き取ってから、すでに数時間が経っていた。
天井の照明は落とされ、作業台のランプだけが室内を照らしている。
目の前には未完成のエンジンが置かれていた。
しかし、もう一時間近く触れていなかった。
コミュニケーターは冷めたコーヒーの隣にあった。
新しいメッセージはない。
ギアはそれを手に取った。
キランの連絡先を開いた。
そして、また置いた。
不満を打ち明けた時の弟の表情が頭から離れなかった。
感情を押し殺したような顔。
家に残ったことを後悔しているのかと尋ねた声。
ギアは丸椅子にもたれた。
「やってくれたな……」
声が誰もいない工房に響いた。
「実に見事な話し合いだったよ」
額をこすった。
キランに理解してほしかった。
ところが、十五年分のつらい記憶を一度に渡して、どう受け止めればいいか自分で考えろと言ってしまったようなものだった。
それは不公平だったかもしれない。
しかし、いつかは避けられないことだったのかもしれない。
長い間、ギアは黙っていることが優しさだと思っていた。
合格通知を隠した。
失望を仕事の中に埋めた。
気まずい会話は冗談でごまかした。
そしてキランが何かあったのかと尋ねるたびに、何でもないと答えてきた。
今、その真実が少しずつ表に出ようとしている。
ギアは、それによって二人の関係がどう変わってしまうのか怖かった。
ノースブリッジの手紙をしまった引き出しを見た。
合格通知を受け取った時の喜びは、今でも覚えている。
しかし今夜、それ以上に心を離れない記憶があった。
工房の入口にいたキラン。
僕とは関係のない夢を持ったって、よかったんだよ。
ギアは目を閉じた。
十五年間、自分の最大の責任は、家族が二度と見捨てられないようにすることだと信じていた。
だが、キランをつらい真実から守ろうとするあまり、弟が自分の本当の姿を知る機会まで奪っていたのかもしれない。
ただのエンジニアではない。
いつも答えを持っている、頼れるきょうだいでもない。
怖くて、寂しくて、時には腹を立てていた一人の人間。
誰かに責任を引き受けてほしいと願っていた人間。
ギアはコミュニケーターを手に取った。
親指がキランの名前の上で止まった。
謝りたかった。
あの不満は、弟への愛情が薄れたことを意味しないのだと説明したかった。
どれほど苛立つ日があったとしても、二人で笑い合った年月や、夜遅くまで語り合った時間、くだらない発明品を作った思い出が消えるわけではないと伝えたかった。
しかし、今電話をかければ、また口論になるのではないかと怖かった。
結局、コミュニケーターを置いた。
「……明日だ」
小さくつぶやいた。
明日になれば話せるという確信はなかった。
それでも、いつ話せるかわからないと認めるよりは、そう約束するほうが楽だった。
深夜近く、キランはようやく眠る準備を始めた。
マッハがアパートの照明を落とした。
「いつもの夜間設定を起動しようか?」
「うん。ありがとう」
部屋は穏やかな暗さに包まれ、必要な医療機器だけが、いつものように静かな作動音を立て続けていた。
キランは最後にもう一度コミュニケーターを見た。
ギアからの連絡はない。
メッセージを送ろうかと考えた。
しかし、あの言葉を思い出した。
少し一人にしてくれ。
キランはコミュニケーターを置いた。
「おやすみ、マッハ」
「おやすみ、キラン」
シトロンシティの反対側では、ギアもまだ起きていた。
作業台のランプの下に座り、修理する気力のなくなったエンジンを見つめていた。
二人とも、次に何を言えばいいのかわからなかった。
二人とも、あの話し合いが別の形で終わっていればよかったと思っていた。
そして二人とも、大切な関係が何か変わってしまったのではないかと恐れていた。
しかし、怒りと痛みの奥には、一つの真実が残っていた。
キランは、自分のためにギアが夢を諦めることなど望んでいなかった。
そしてギアは、愛されていることを理由に、キランが罪悪感を抱くことなど望んでいなかった。
ただ、その気持ちをどう伝えればいいのか、二人ともまだ知らなかった。
今は、まだ。




