↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
20/202

テック・サージェリー

ワークショップは――

救急治療室へと変わっていた。

ただし。

医師も。

看護師もいない。

代わりにいるのは――

メカニック。

溶接トーチ。

診断スキャナー。

そして。

命を繋ぎ止めようとしている――

一台の大破した機体。

ギアは、もう一時間近く座っていなかった。

一つの作業台から次の作業台へ。

休むことなく動き続ける。

診断。

損傷した部品の交換。

システムチェック。

また診断。

そして――

診断システムそのものの診断。

どうやら。

本当にそういう作業があるらしい。

キランも――

その場から動いていなかった。

レイモンドは何度も休ませようとした。

何度も。

その試みは――

見事なまでに失敗した。

「俺はここにいる」

「キラン」

「ここにいる」

「怪我してるんだぞ」

「それでもここにいる」

レイモンドはため息をついた。

「……わかったよ」

◇ ◇ ◇

ワークショップの照明は暗く落とされていた。

建物のほとんどが静まり返っている。

他のメカニックたちは、とっくに帰宅していた。

残っているのは――

三人だけ。

キラン。

レイモンド。

ギア。

そして。

大破した機体のどこかに――

マッハ。

たぶん。

そうであってほしい。

ギアは新たな診断結果を見つめていた。

その表情は――

決して希望を感じさせるものではない。

それがキランを不安にさせた。

かなり。

「……どれくらい酷い?」

ギアはすぐには答えなかった。

そのこと自体が――

さらに不安だった。

ようやく。

「酷い」

キランは頷く。

「その『酷い』って、どれくらい?」

ギアは目を擦った。

「人格マトリクスは生き残った」

キランの全身に安堵が広がった。

しかし。

ギアは続けた。

「メモリーコアは駄目だった」

安堵は――

一瞬で消えた。

「あ……」

キランはギアを見つめた。

理解しようとして。

同時に――

理解したくなくて。

どちらもうまくいかなかった。

「それって……どういう意味?」

ギアが複数のホログラム画面を展開する。

空中がデータで埋め尽くされた。

切断された経路。

破損したファイル。

壊れた記憶領域。

メモリーの一部は――

完全に黒く表示されていた。

破壊。

消失。

もう――

そこには何もない。

「オーバーロードでコアが損傷した」

ギアは表示を指差す。

「機体そのものは残った」

「システムも残った」

「人格も残った」

キランは眉をひそめる。

「でも?」

ギアは息を吐いた。

「記憶は別の場所に保存されてる」

沈黙。

長い――

沈黙。

キランは画面を見つめたまま尋ねる。

「……どれくらい?」

ギアが躊躇した。

その反応だけで。

キランには十分だった。

多すぎる。

あまりにも――

多すぎる。

レイモンドが静かに近づく。

「修復できるのか?」

ギアは答えない。

すぐには。

ただ診断結果を見続ける。

探している。

希望を。

何かを。

膨大なデータのどこかに――

奇跡が残っていないか。

そして。

ようやく。

「……たぶん」

キランが即座に顔を上げる。

「たぶん?」

「まだわからない」

安心できる答えではなかった。

少しも。

それでも。

「無理」よりは――

遥かに良かった。

◇ ◇ ◇

何時間も過ぎた。

誰も眠らない。

眠ろうとすらしなかった。

ワークショップは、コンピューター画面と修理機器の光だけに照らされている。

外では。

シトロン・シティが少しずつ静かになっていく。

夜が深まる。

世界は――

いつも通り進んでいく。

だが。

ワークショップの中だけは――

時間が止まっているようだった。

その時。

ピッ。

モニターが鳴った。

全員が顔を上げる。

もう一度。

ピッ。

そして。

また。

ピッ。

ディスプレイが明滅した。

一つの信号が現れる。

弱い。

小さい。

それでも――

本物。

キランは即座に近づいた。

「ギア」

「見えてる」

信号が強くなる。

ほんの少し。

それでも――

十分だった。

一台のディスプレイが点灯する。

画面いっぱいにノイズが走った。

そして――

歪んだ顔が現れた。

マッハ。

少なくとも。

その一部。

アイコンが激しく明滅する。

画像の一部が消える。

現れる。

また消える。

まるで――

古いテレビが必死にチャンネルを探しているように。

それでも。

間違いない。

マッハだった。

「マッハ!」

アイコンが瞬きをする。

一度。

二度。

そして――

ついに。

声が聞こえた。

壊れた。

弱い。

辛うじて聞き取れるほどの声。

『……キラン?』

キランは笑いそうになった。

泣きそうにもなった。

おそらく――

両方。

「マッハ」

ヴェントはキランを見る。

困惑していた。

ものすごく。

『なぜ泣いているのですか?』

「泣いてない」

『泣いているように見えます』

「完全に泣いてる」

マッハは少し考えた。

そして。

頷く。

『妥当ですね』

ワークショップが――

静かになった。

悲しいからではない。

怖いからでもない。

ただ。

今夜初めて。

全員が――

ようやく息をつくことができたから。

マッハは生きている。

損傷している。

壊れている。

辛うじて機能している。

それでも。

生きている。

◇ ◇ ◇

マッハはワークショップを見回した。

修理機器。

大破した自分の機体。

ギア。

レイモンド。

そして最後に――

キラン。

沈黙。

長い。

あまりにも――

長い沈黙。

そして。

『何があったのですか?』

キランが固まった。

ギアも。

レイモンドも。

ギアはゆっくりと診断画面へ視線を戻す。

損傷したメモリーコア。

破損データの報告。

消失した記憶領域。

そして突然。

全員が――

同じことに気づいた。

マッハは生き残った。

だが。

別の何かは――

生き残れなかったのかもしれない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。