帰還
球体が到着する三分前。
ワークショップの警報が作動した。
残念ながら――
誰も気づかなかった。
なぜなら。
ギアは寝ていたから。
一応。
たぶん。
部分的には。
ワークショップの事務室にあるソファに横たわり、顔には溶接マスクを被っている。
ギアによれば――
これも立派な睡眠らしい。
レイモンドは反対していた。
頻繁に。
最初の警報が鳴った。
何も起こらない。
二度目の警報。
それでも――
何も起こらない。
そして三度目。
ワークショップ全体に機械音声が響き渡った。
**《クレイドル・プロトコル起動》**
ギアは即座にソファから転げ落ちた。
「何だって!?」
部屋の反対側では、レイモンドが危うくコーヒーを落としかける。
「どうした?」
ギアはすでに走り出していた。
「クレイドル・プロトコルだ」
レイモンドが固まる。
顔から血の気が引いた。
「ああ……」
それ以上――
二人は何も言わなかった。
なぜなら。
クレイドル・プロトコルが作動したということが何を意味するのか。
二人とも――
よく知っていたから。
ワークショップの巨大な扉が開く。
夜の冷たい空気が流れ込んだ。
二人は空を見上げる。
そして――
見つけた。
光り輝く球体。
空から降下してくる。
ゆっくり。
静かに。
確実に。
ギアの胃が沈む。
「無事でいてくれ……」
球体が地面へ着地した。
エネルギーフィールドがゆっくりと消えていく。
そして――
そこにいた。
キラン。
傷だらけ。
火傷もしている。
疲れ果てている。
それでも――
生きていた。
最初に動いたのはレイモンドだった。
「キラン!」
看護師は機体の横で片膝をついた。
素早く怪我を確認する。
出血。
骨折。
脳震盪。
何でも。
すべて。
キランが彼を見上げた。
「やあ」
レイモンドはじっと見つめる。
そして――
ヘルメットの後頭部を叩いた。
ゴンッ。
「痛っ!」
「二度とこんな心配させるな」
キランは弱々しく笑った。
「ごめん」
「本当に反省しろ」
その一方で――
ギアはキランを見ていなかった。
まだ。
彼の視線は――
別のものに釘付けになっていた。
マッハ。
いや。
マッハだったものに。
改造された機体は、完全に沈黙している。
フレームは焼け焦げていた。
装甲パネルはいくつも完全に失われている。
プラズマキャノンは捻じ曲がった金属の塊になっていた。
片方のスラスターは剥き出しの配線から力なくぶら下がっている。
ギアはゆっくり近づいた。
表情が暗くなる。
「……嘘だろ」
キランは即座に気づいた。
「何?」
返事はない。
ギアは機体の横にしゃがみ込む。
診断ディスプレイを展開した。
大量のデータが画面を流れる。
ギアの表情が――
さらに悪くなった。
遥かに。
「ギア?」
まだ返事はない。
メカニックは唾を飲み込む。
そして――
静かに呼びかけた。
「マッハ?」
沈黙。
キランが固まった。
機体は動かない。
アイコンもない。
皮肉なコメントも。
冗談も。
何もない。
その沈黙は――
おかしかった。
恐ろしいほどに。
「マッハ?」
キランは前へ身を乗り出した。
何もない。
「マッハ?」
それでも――
返事はない。
機体は暗いまま。
動かない。
死んでいる。
キランの胃の奥が強く締めつけられた。
「……嫌だ」
ギアは目を逸らした。
答えたくない。
認めたくない。
キランの反応を――
見たくない。
残念ながら。
診断システムは、誰が何を望んでいるかなど気にしない。
ただ――
真実を表示した。
**《プライマリ・コア障害》**
**《メモリーシステム損傷》**
**《人格マトリクス:応答なし》**
**《状態:危篤》**
キランは画面を見つめた。
文字がぼやける。
「嫌だ」
声が震えた。
「嫌だ……」
マッハがいなくなるはずがない。
マッハだけは。
今までのすべてを乗り越えてきたのに。
何年も一緒だった。
今日だって――
ずっと一緒だった。
間違いに決まっている。
何かのエラー。
そうでなければならない。
「直して」
ギアが顔を上げる。
「キラン――」
「直してくれ」
ギアの表情が和らいだ。
それが――
余計に辛かった。
「やってる」
戦いが始まって以来。
初めて――
キランは心の底から恐怖した。
ザイラが怖いわけじゃない。
ジャリックでもない。
自分が死ぬことでもない。
親友を――
失うことが。
ワークショップが、あり得ないほど静かに感じられた。
その時。
大破した機体から――
かすかな音が聞こえた。
小さく。
弱く。
ほとんど聞き取れないほどに。
全員が固まった。
キランが勢いよく顔を上げる。
ギアは即座に診断画面を見る。
小さな信号。
一瞬――
現れる。
消える。
そして――
また現れる。
弱い。
不安定。
それでも。
そこにある。
希望。
「ギア?」
メカニックの指が猛烈な速さで操作画面を走る。
「反応がある」
キランの心臓が激しく鼓動する。
「反応?」
「わからない」
信号がまた明滅する。
損傷したディスプレイが、一瞬だけ光った。
ほんの――
一瞬。
マッハのアイコンが現れる。
歪んでいる。
壊れている。
激しくノイズが走っている。
そして――
消えた。
それでも。
確かに――
そこにいた。
キランにはわかった。
ギアにも。
レイモンドにも。
マッハは――
まだ消えていない。
まだ。
安堵で、キランは息ができなくなりそうだった。
「マッハ!」
返事はない。
聞こえるのは――
ノイズだけ。
それでも。
十分だった。
戦い続けるには。
希望を持ち続けるには。
十分だった。
ギアが立ち上がる。
その表情から恐怖が消え。
代わりに――
決意が宿った。
「まだ中にいる」
キランは大破した機体を見つめた。
焼け焦げた装甲。
砕けたシステム。
そして。
消えることを拒むように明滅し続ける――
小さな信号。
墜落して以来。
初めて。
キランは――
本当にマッハを救えるかもしれないと信じた。




