↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
18/202

クレイドル・プロトコル起動

街が迫ってくる。

速い。

あまりにも――

速すぎる。

キランの周囲で風が絶叫していた。

スーツが激しくはためく。

損傷した装甲の破片が次々と剥がれ、暗闇の中へ消えていく。

大破したマッハの機体からは火花が尾を引いていた。

シトロン・シティの夜景が回転する。

地面が近づく。

さらに。

さらに。

そして――

初めて。

キランは、自分がどれほど小さな存在なのかを本当の意味で理解した。

訓練コースじゃない。

戦闘ロボットもいない。

練習用アリーナでもない。

やり直しもない。

あるのは――

重力だけ。

そして今。

勝っているのは重力だった。

「マッハ」

声は辛うじて口から出た。

ほとんどは風にかき消される。

『はい?』

損傷したスピーカーから、ヴェントの声が途切れ途切れに聞こえる。

「俺たち……死ぬな」

短い沈黙。

そして――

『統計的に申し上げますと――』

キランは呻いた。

「マッハ」

『すみません』

また沈黙。

『はい』

『死にます』

ディスプレイが警告で埋め尽くされる。

**《スラスター:オフライン》**

**《兵器システム:大破》**

**《姿勢制御:機能停止》**

**《機体構造:致命的損傷》**

キランは操作装置を叩いた。

反応なし。

もう一度。

それでも――

何も起こらない。

機体は完全に沈黙していた。

ただの壊れた機械となって。

空から落下していく。

街がさらに迫る。

距離が恐ろしい速度で消えていく。

「マッハ」

『はい?』

「何か考えは?」

沈黙。

さらに――

沈黙。

そして。

『実は……』

キランが瞬きをする。

「何?」

たった一つの通知が表示された。

一つのメッセージ。

一つのコマンド。

最後に残された――

たった一つの選択肢。

**《クレイドル・プロトコル:使用可能》**

キランはそれを見つめた。

そして――

笑った。

面白かったからではない。

自分が忘れていたことが――

信じられなかったから。

「ギア」

『ギア』

「ギア!」

マッハも即座に理解した。

『マイクです』

「マイク!」

緊急システム。

あの馬鹿げた名前。

命を救うシールド。

ギアが何時間もかけて説明していたもの。

キランが何時間もかけて馬鹿にしていたもの。

今となっては――

人類史上最高の発明に思えた。

街がさらに近づく。

百階分。

九十。

八十。

七十。

近すぎる。

速すぎる。

「マッハ」

『準備完了』

キランは唾を飲み込んだ。

そして――

命令を叫んだ。

「クレイドル・プロトコル、起動!」

ほんの一瞬。

何も起きなかった。

キランの心臓が止まりそうになる。

「嘘だろ」

その時。

マイクが光った。

機体から一つのパルスが放たれる。

エネルギーが爆発的に広がった。

世界のすべてが――

眩い青い光の球体に包まれた。

シールドが瞬時に展開する。

完璧な球体がキランとマッハを包み込む。

その表面をエネルギーが流れていく。

内部には無数のデータが走る。

すべての警告が消えた。

すべてのシステムが停止する。

そして――

静かになった。

穏やかに。

安全に。

暴風が消えた。

パニックも。

恐怖も。

消えていく。

戦いが始まって以来。

初めて――

キランは呼吸することができた。

光り輝く障壁の向こうを見る。

眼下にはまだ街がある。

まだ――

近づいている。

だが今は。

遥かにゆっくりだった。

球体が優しく進路を調整する。

隠されていた区画から小型スラスターが展開した。

自動誘導システムが起動する。

クレイドル・プロトコルは――

ただキランを守っているだけではなかった。

彼を。

家へ連れて帰ろうとしていた。

「これ……」

キランが笑う。

「本当にすごいな」

マッハのアイコンが現れる。

『同意します』

少し間を置いて。

『ギアに謝るべきですね』

「嫌だ」

『キラン』

「絶対に嫌だ」

◇ ◇ ◇

遥か上空。

ザイラとジャリックが減速した。

追跡は――

終わった。

二人は街へゆっくりと降下していく光の球体を見つめる。

ジャリックが瞬きをした。

「あれ何だ?」

ブレイズが肩をすくめる。

『知らね』

ブリザードのスキャナーが即座に起動する。

大量のデータが空中へ展開された。

『緊急脱出システムを検出』

ザイラが息を吐いた。

その表情に――

ほんの一瞬。

安堵が浮かぶ。

「よかった……」

ジャリックは残念そうだった。

「ちぇっ」

ザイラが弟を見る。

「何?」

「死んだと思ったのに」

沈黙。

長い――

沈黙。

ブレイズでさえ気まずそうな顔をした。

『そういうこと普通に言うなよ』

「なんで?」

『なんかヤバいから』

ジャリックは少し考える。

そして――

頷いた。

「確かに」

◇ ◇ ◇

球体はシトロン・シティの中を漂っていく。

高層ビルの横を通り。

交通網の上を越え。

光り輝く巨大な広告看板の間を抜けて。

ゆっくり。

安全に。

確実に。

ギアのワークショップへ向かって。

キランは背もたれへ身体を預けた。

ようやく――

疲労が一気に押し寄せてくる。

身体が痛い。

頭も痛い。

存在そのものが――

痛い。

それでも。

生きていた。

あらゆる理屈に反して。

あらゆる確率に反して。

あらゆる常識に反して。

キランは――

生きていた。

そして。

大破したマッハの内部。

その奥深くで――

最後の警告が表示された。

キランには見えない警告。

そして――

マッハ自身も。

見たくなかった警告。

**《プライマリ・コア損傷を検出》**

**《システム停止まで残り僅か》**

ヴェントは――

そのメッセージを黙って見つめた。

キランと出会って以来。

初めて。

マッハは――

恐怖を感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。