両親への挨拶
キラン・キリアンはこれまで、武装した犯罪者、殺人アンドロイド、制御不能になった実験技術、さらにはレースの優勝トロフィーをめぐって自分を殺そうとした機械とまで戦ってきた。
しかし、そのどれもが、夕食の席でミカイラ・マッキントッシュから投げかけられた質問への心の準備にはならなかった。
「ねえ、いつになったらあなたのお母さんに会わせてくれるの?」
キランは咀嚼を止めた。
テーブルの向こうでは、ミカイラがまるで塩を取ってほしいと頼んだだけのような顔で、チキンを切り続けていた。
キランは彼女を見つめた。
ミカイラが顔を上げる。
「何?」
キランは食べ物を飲み込んだ。
「ごめん。今、僕の母さんに会いたいって言った?」
「言ったわよ」
「ああ」
彼はグラスに手を伸ばした。
一口飲む。
グラスを置く。
「どうして?」
ミカイラは眉を上げた。
「どうしてあなたのお母さんに会いたいのかって?」
「うん。まさにそういう質問だね」
「だって、あなたのお母さんでしょう、ホットロッド」
「素晴らしい観察力だ」
「それに、あなたは私の彼氏」
「これまた素晴らしい観察力だ」
「私たち、もうそれなりに長く付き合ってるでしょう? そろそろお互いの家族にも、どんな人と付き合っているのか知ってもらっていい頃だと思うの」
キランは考え込んだ。
そしてゆっくり天井を見上げる。
「マッハ?」
テーブル脇の小型ディスプレイに、紫色の輪郭で描かれたマッハのアバターが現れた。
「はい、キラン」
「僕、今、尋問されてる?」
「まだです」
「まだ?」
「会話の進行状況から判断すると、今後さらに複数の質問が予想されます」
ミカイラはフォークをディスプレイへ向けた。
「余計なこと言わないで」
「私は状況を分析しているだけです」
キランはため息をついた。
二人が夕食を楽しんでいたのは、ウォーターフロント近くの静かなレストランだった。数週間前にミカイラが見つけた店で、広い通路、ゆとりのあるテーブル配置、段差のない入口が気に入り、すぐに二人のお気に入りになった。
何より、料理がおいしい。
キランは今夜を心から楽しんでいた。
少なくとも、恋人が家族による審査という可能性を持ち出すまでは。
ミカイラはチキンをもう一口食べた。
「それに、あなたにも私の両親に会ってほしいの」
キランは彼女を見る。
それからマッハ。
再びミカイラ。
「二人とも?」
ミカイラは瞬きをした。
「ええ、キラン。両親ともよ」
「同時に?」
「できればね」
「なるほど」
彼女はフォークを置いた。
「どうしてそんな、警察に出頭しろって言われたみたいな反応をするの?」
キランはMACH-01Aの背もたれに身を預けた。
「だって、恋人の両親に会うって、どう考えても結婚面接みたいなものじゃない?」
ミカイラは笑った。
「そうなの?」
「もちろん。まず職業を聞かれる。次に経済状況。それから娘さんとどういうつもりで付き合っているのか。気づけばタキシードの採寸をされてるんだ」
「ずいぶん急展開ね」
「こういう話の流れは知ってるんだよ」
「映画で?」
「文学で」
「どの文学?」
キランは黙った。
「いろいろな作品」
ミカイラは微笑んだ。
「説得力抜群ね」
マッハのアバターが明るくなる。
「念のため申し上げますが、両親への紹介が必ずしも結婚の直前段階を意味するわけではありません」
「ありがとう、マッハ」
「ただし、恋愛関係がより真剣な段階に達したことを示す行為として解釈される場合は多くあります」
キランはディスプレイを見る。
「後半はいらなかった」
ミカイラは片手で頬杖をついた。
「そんなに嫌なの?」
「何が?」
「私たちの関係が真剣なものになること」
その問いかけは優しかった。
だからこそ、冗談でかわすのが難しかった。
キランは彼女を見た。
ミカイラはもうからかっていなかった。
その表情には、彼がよく知る愛情と率直さ、そして少しの不安が浮かんでいた。
キランはグラスを置いた。
「嫌じゃないよ」
彼女は続きを待った。
キランは微笑んだ。
「もちろん、嫌なわけない」
「じゃあ、どうして爆弾処理を頼まれたみたいな顔をしてるの?」
「爆弾の方が普通は分かりやすいから」
ミカイラは思わず笑った。
キランは続ける。
「君と一緒に過ごす時間が大好きなんだ。君が僕のアパートに来て、おいしいお菓子だけ持っていくところも。僕が採点をサボろうとしていると、なぜか必ず気づくところも。それから、何度抗議してもホットロッドって呼び続けるところも」
「本気で抗議したことなんてないでしょう?」
「そこは重要じゃない」
彼女はテーブル越しに手を伸ばし、キランの手を取った。
キランもその指を優しく握り返す。
「それに、君を愛してる」
ミカイラの笑みが柔らかくなった。
「私も愛してる」
しばらく、二人とも何も言わなかった。
レストランには穏やかなざわめきが満ちていた。食器の触れ合う音、飲み物を運ぶウェイターの足音、窓際でデザートを注文するかどうか相談しているカップルの声。
キランはミカイラの顔を見つめた。
彼女が何を望んでいるのかは分かっていた。
結婚式ではない。
プロポーズでもない。
ただ、二人の関係が密かな時間だけに存在するものではなく、お互いの人生の一部になっていると認めてほしいのだ。
もっともな願いだった。
だからこそ、自分のためらいがもどかしかった。
「分かった」とキランは言った。「ちゃんと話そう」
ミカイラは微笑んだ。
「それだけでいいの」
「ただし、お父さんがショットガンを持ち出したら逃げる権利は確保しておく」
「キラン」
「何? 合理的な予防措置だよ」
「父はショットガンなんて持ってないわ」
「素晴らしい」
「でも園芸道具なら大量に持ってる」
キランは彼女を見た。
ミカイラはにっこり笑う。
マッハが言った。
「お父様とは良好な関係を維持することを推奨します」
「了解」
メインディッシュを食べ終えてから、再びその話題になった。
ミカイラがデザートメニューを眺めていると、キランはずっと気になっていたことを尋ねた。
「もう話したの?」
彼女が顔を上げる。
「何を?」
「僕のこと」
ミカイラはメニューを下ろした。
「もちろん」
キランは頷いた。
「そっか」
少し間が空く。
「具体的には、何て?」
彼女は考えた。
「英語の先生で、面白くて、頑固で、ときどき手に負えない人だって。文学が大好きで、危険なことに首を突っ込む悪い癖があって、私がどれだけ怒っていても笑わせてくれる人だって話したわ」
キランは微笑んだ。
「ずいぶん褒めてくれたんだね」
「省略したこともあるけど」
「例えば?」
「自分が間違ってるって絶対に認めないところ」
「そんなこと一度もないよ」
「ほらね」
キランは小さく笑った。
それから表情を引き締める。
「車椅子のことは?」
ミカイラは頷いた。
「ええ」
「人工呼吸器のことも?」
「ええ、キラン」
彼はテーブルへ目を落とした。
彼女はしばらく様子を見ていた。
「どうしたの?」
「何でもない」
「ホットロッド」
キランはため息をついた。
「ただ確認したかっただけ」
「どうして?」
キランは冗談でごまかそうかと考えた。
使えそうな冗談はいくつもあった。
マッハなら、さらにいくつか提供してくれるだろう。
だが、ミカイラは本気で心配している。
彼女には正直に答えるべきだった。
「英語教師と付き合っているって伝えるのと、電動車椅子と人工呼吸器を使っている英語教師と付き合っているって伝えるのとでは、受け取られ方が違うんだ」
ミカイラは少し眉をひそめた。
「でも、あなたは同じ人でしょう?」
「君にとってはね」
「誰にとってもよ」
キランは彼女を見た。
「そうだったらいいんだけど」
ミカイラはメニューを脇へ置いた。
「そうじゃないと思うの?」
「そうあるべきだとは思う」
彼女は続きを待った。
キランは窓の外へ目を向けた。
ウォーターフロントの灯りが、暗い水面に反射している。遊歩道を歩く人々が、ときおり立ち止まって船を眺めていた。
家族連れが通り過ぎるのを見てから、彼はミカイラへ向き直った。
「世の中には、僕みたいな人間に何ができて、何ができないかについて、ずいぶん面白い考えを持っている人がいるんだ」
「知ってるわ」
「全部は知らないと思う」
ミカイラは答えかけて、口を閉じた。
キランは続ける。
「教師だって言うと、驚く人がいる。教師という仕事がそんなにすごいからじゃない。僕みたいな見た目の人間が仕事を持っているとは思っていなかったからだ」
ミカイラは黙って聞いていた。
「僕が説明したばかりのことを、隣に立っている人へ聞く人もいる。まるで車椅子に乗っていると英語が理解できなくなるみたいに、僕の頭越しに話しかけるんだ」
「ひどいわね」
「腹が立つよ。特に、さっき僕自身が説明したことを聞き直されるとね」
キランは車椅子の姿勢を少し調整した。
「それで、恋愛となるとまた別の話になる」
ミカイラの表情が変わった。
キランはそれに気づいた。
「僕には恋愛なんてできないと思っている人もいる。そもそも恋愛したいと思わないはずだって決めつける人もいる。障害のある男に彼女がいるってだけで、感動的な奇跡みたいに扱われることもあるんだ」
彼は乾いた笑いを漏らした。
「どうやら、誰かに愛されること自体が偉業になったらしい」
ミカイラは再び手を伸ばした。
キランはその手を取った。
「キラン……」
「君の両親に、僕を見た瞬間、娘の男を見る目を疑ってほしくないんだ」
「そんなことしないわ」
キランは眉を上げた。
「本当に?」
彼女は口を開いた。
だが、ためらった。
キランはそれも見逃さなかった。
「何?」とキラン。
ミカイラはため息をついた。
「何でもないわ」
「それ、普段は僕の台詞だよ」
彼女はつないだ手を見た。
「母に、あることを聞かれたの」
キランは待った。
ミカイラは居心地悪そうにしている。
「どんなこと?」
「私たちの将来がどうなるか、ちゃんと考えているのかって」
キランはゆっくり頷いた。
「なるほど」
「それに、将来必要になるかもしれない責任を引き受ける覚悟があるのかって」
彼はミカイラの顔を見た。
「どんな責任?」
ミカイラはためらった。
「あなたと付き合っていたら、いつか私があなたの専属介護者にならなきゃいけなくなるんじゃないかって」
キランは長く息を吐いた。
「ああ」
ミカイラは彼の手を少し強く握った。
「意地悪で言ったわけじゃないの」
「そんなこと言ってないよ」
「ただ私を心配してるの」
「分かってる」
だが、声の調子が変わっていた。
ミカイラはすぐに気づいた。
「キラン」
彼は皿を見た。
「まさに、そういうことを言ってたんだ」
「分かってる」
「僕は、自分の面倒を見る手段もなく君の人生に転がり込んできたとでも思われてるのかな?」
「そんな言い方はしてないわ」
「僕は彼女ができるまで、誰かに生活を管理してもらえる日を待っていたとでも?」
「キラン、お願い」
彼は口を閉じた。
苛立ちは消えていなかったが、自分の口調がきつくなっていたことには気づいた。
ミカイラは手を離した。
怒っているというより、二人の間に少し距離を置くためだった。
キランはため息をついた。
「ごめん」
彼女は首を振る。
「その質問が嫌だった理由は分かるわ」
「本当に?」
「ええ」
キランは彼女を見た。
ミカイラは身を乗り出した。
「私は母に、あなたは自分の生活を持った大人だって説明したの。仕事も住む場所もあって、一緒に働く人たちもいて、必要な介助を受けるための体制もある。私はあなたの看護師になるために付き合っているんじゃなくて、愛しているから付き合っているんだって」
キランの表情が和らいだ。
「ありがとう」
「でも、将来どんなことが必要になるのか、私にはまだ全部は分からないとも言ったわ」
彼は眉をひそめた。
ミカイラは、彼が口を挟む前に続けた。
「それを認めるのが悪いことだとは思わないの」
キランは考えた。
彼女は息を吸った。
「あなたが日常生活で介助を必要としていることは知ってる。人工呼吸器が大切なことも知ってる。私自身は経験したことのない、いろいろな事情があることも分かってる。もし、いつか一緒に暮らすことになったら、そういうことを話し合う必要があるでしょう?」
「もちろん」
「でも、あなたに偏見を持ってると思われるのが怖いからって、そういう現実が存在しないふりはしたくない」
キランは目を落とした。
もっともな意見だった。
認めるのは少し悔しかったが。
ミカイラは続ける。
「私はあなたの生活を理解したいの。支配したいわけじゃない。子供扱いしたいわけでもない。ただ、理解したいだけ」
彼は再び彼女を見た。
「恋人であることと、介護者であることは違うんだ」
「分かってる」
「愛情から手伝うことと、すべての介助を当然のように期待されることも違う」
「それも分かってるわ」
キランは頷いた。
ミカイラは小さく微笑んだ。
「その違いは、母の思い込みからじゃなくて、あなた自身から学びたいの」
キランは思わず笑った。
「その方がよさそうだね」
マッハのアバターが点灯した。
「非常に優れた方法です。直接的な対話は、推測よりも正確な情報をもたらします」
キランはディスプレイを見る。
「いつから恋愛相談員になったの?」
「対人コミュニケーションの分析は可能です」
「ロマンチックな雰囲気を台無しにすることも得意だよね」
「どちらの能力も実証済みです」
ミカイラは笑った。
キランも微笑む。
緊張が和らいだ。
完全にではない。
それでも、十分だった。
二人はデザートを注文した。
ミカイラはチーズケーキ。
キランはチョコレートムース。
しばらくは普通の話をした。
キランが保護者から受け取った、とんでもないメール。
ミカイラの同僚が事務用品の箱を丸ごとなくした話。
週末に映画を観に行く可能性。
キランがようやくくつろぎ始めた頃、ミカイラがまた口を開いた。
「もう一つあるんだけど」
彼はスプーンを口元へ運ぶ途中で止まった。
「ああ、嫌な予感」
ミカイラは笑った。
「その反応、やめてくれない?」
「君が『もう一つ』って言うたびに、僕の夜が複雑になっていくんだ」
「今度は現実的な話よ」
「もっと怖い」
「私の両親の家のこと」
キランはスプーンを下ろした。
「家がどうしたの?」
ミカイラはためらった。
「バリアフリーじゃないかもしれないの」
彼は続きを待った。
「玄関に階段があるの」
「何段?」
「たぶん三段」
キランは頷いた。
「ドアの幅は?」
「けっこう広いわ」
「けっこう?」
「測ったことはないの」
「なるほど」
「それに、一階のトイレはちょっと狭いの」
キランはスプーンを置いた。
ミカイラは彼を見る。
「何?」
「いや。頭の中で、ご両親の家を候補から外してるだけ」
彼女は眉をひそめた。
「もう?」
「玄関に三段の階段があって、トイレも車椅子で使えるか分からないんだろう? あまり期待できないね」
「何とかできるかもしれないじゃない」
「かもね」
「父が手伝ってくれると思うし」
キランは彼女を見る。
「どうやって?」
「分からないけど、例えば誰かがあなたを抱えて中へ運ぶとか」
彼は彼女を見つめた。
ミカイラはすぐにその表情に気づいた。
「何?」
キランはゆっくりナプキンを皿の脇へ置いた。
「僕を抱えて?」
「階段が問題ならって意味よ」
「誰が抱えるの?」
「分からない。父とか、ほかに手伝ってくれる人を呼ぶとか」
キランは瞬きをした。
「僕の車椅子は?」
ミカイラは止まった。
「別に運び込むことになると思う」
「どうやって?」
彼女は眉をひそめた。
「分からないわ」
「安全に移乗させる方法を知ってるの? 僕の身体をどう支えるか、機器を引っ張らないようにするにはどうするか、何かが外れたらどうするか。車椅子そのものは、どうやって階段を上げるの?」
ミカイラの表情が硬くなった。
「ただ解決策を考えようとしただけよ」
「分かってる」
「じゃあ、どうしてそんなひどいことを言ったみたいに責めるの?」
キランは彼女を見た。
「だって、誰かの家へ運び込まれることを、僕の意見も聞かずに簡単に提案してほしくないんだ」
ミカイラは椅子にもたれた。
会話は再び気まずくなっていた。
キランにも分かっていた。
だが、まだ言い終えていなかった。
「ミカイラ、僕の車椅子はスーツケースじゃない。家に入らないからって外に置いておくようなものじゃないんだ」
「そんな意味じゃないわ」
「分かってる。でも、結果的にはそういう提案になってる」
彼女は目をそらした。
キランは少し声を落として続けた。
「それに、初対面の挨拶が、君のお父さんとほかの三人がかりで僕を玄関の階段から持ち上げるところから始まるのは嫌だよ」
ミカイラは額を押さえた。
「分かった」
「分かった?」
「ええ。分かったわ」
彼は待った。
彼女はキランを見た。
「先にあなたへ確認せずに提案したのはよくなかった」
キランは頷いた。
「ありがとう」
「でも、私を馬鹿みたいに感じさせなくても説明できたでしょう?」
その言葉に、キランは不意を突かれた。
口を開く。
そして閉じた。
ミカイラは腕を組んだ。
「あなたと同じ経験がないことは分かってる。これからも間違えることはあると思う。でも、そのたびに尋問みたいになったら、私だって質問するのが怖くなるわ」
キランは目を落とした。
彼女は怒鳴っていなかった。
だからこそ、その言葉は強く響いた。
キランはしばらく考えた。
そして頷く。
「君の言う通りだ」
ミカイラは瞬きをした。
「本当に?」
「そんなに驚かないでよ」
「ごめんなさい。日付を記録しておかなきゃ」
マッハのインジケーターが明るくなる。
「記録を作成できます」
「誰も頼んでない!」
ミカイラは思わず笑った。
キランもかすかに微笑んだ。
それから再び真剣になる。
「ごめん。君は助けようとしてくれたのに、僕はきつく当たった」
「ありがとう」
「でも、一つ理解してほしいことがある」
「聞いてるわ」
「アクセシビリティって、単に僕の身体をドアの向こうへ入れることじゃないんだ。訪問そのものが大がかりな作業や緊急事態にならずに、普通に参加できることなんだよ」
ミカイラは頷いた。
「分かった」
「それに、誰かがその方が楽だと思ったからって、僕に必要な機器から引き離されたくない」
「もちろんよ」
キランは彼女を見た。
「ご両親の家が難しいなら、別の場所で会えばいい」
ミカイラは考えた。
「レストラン?」
「バリアフリーのね」
彼女は微笑んだ。
「ここみたいな?」
キランは周囲を見回した。
広い通路。
段差のない入口。
予約前に確認しておいた、利用可能なバリアフリートイレ。
「まさにここみたいな場所」
ミカイラは頷いた。
「じゃあ、そうしましょう」
キランは微笑んだ。
「ありがとう」
彼女はテーブル越しに手を伸ばした。
今度はキランの方から、その手を取った。
帰り道、キランはさっきの口論について考えていた。
特別に激しい喧嘩だったからではない。
観る映画を決める時の方が、よほど激しく言い合ったこともある。
だが、今回の口論は、二人が無視できない違いを浮き彫りにした。
ミカイラは彼を愛している。
それは分かっていた。
キランも彼女を愛している。
そこにも疑問はない。
しかし、二人は世界の仕組みについて、まったく異なる前提の中で育ってきた。
ミカイラにとって、玄関の三段の階段は不便なものだった。
キランにとっては、建物に入れるかどうかを決める障壁になり得る。
ミカイラにとって、身体的な手助けを申し出ることは自然な思いやりだった。
キランにとって、頼んでもいない手助けは、自分の身体や機器を自分で管理する権利を失うことにつながりかねなかった。
その違いがあるからといって、二人が合わないわけではない。
だが、違いが存在しないふりをしても何も解決しない。
ミカイラはウォーターフロントの遊歩道を進むMACH-01Aの隣を歩いていた。
夜風は涼しく、かすかに潮の香りがした。
しばらく、二人は黙っていた。
やがてミカイラが口を開く。
「一つ聞いてもいい?」
キランは笑った。
「今夜はそこから始まったね」
彼女も笑う。
「あと一つだけ」
「どうぞ」
「前にも、誰かの家族に会って嫌な思いをしたことがあるの?」
キランは水面を見た。
「まったく同じ状況ではないけどね」
「どういうこと?」
彼は考えた。
「ただ遊びに行っただけなのに、誰かの患者だと思われたことはある。目の前で会話しているのに、僕が話を理解できるかどうか聞かれたこともある。一緒にいた人が、僕と時間を過ごしているだけで褒められたことも」
ミカイラは眉をひそめた。
「褒められた?」
「僕と一緒にいてくれるなんて、優しい人だって」
彼女の表情が変わった。
「ああ……」
キランは頷く。
「そういうこと」
二人は遊歩道を進んだ。
自転車が一台、横を通り過ぎる。
少し先では、装飾灯の下でストリートミュージシャンがアコースティックギターを弾いていた。
キランは少し耳を傾けてから、話を続けた。
「僕が恋愛に興味を持つはずがないって決めつける人もいた。僕と付き合う人は、とてつもない犠牲を払っているに違いないと思う人も」
ミカイラは足を止めた。
キランも隣で減速する。
彼女は心から腹を立てているようだった。
「馬鹿げてるわ」
「本当にね」
「あなたは頭がよくて、面白くて、ハンサムで、ときどき魅力的よ」
「ときどき?」
「調子に乗らないで」
キランは笑った。
ミカイラは少しかがみ、自然に目を合わせられる高さになった。
「キラン、私はあなたとの関係を犠牲だなんて思ってない」
「知ってる」
「あなたと付き合っているからって、私が聖人になるわけでもない」
「よかった。だって君、僕のポテトを盗むし」
「おいしいやつだけね」
彼は笑った。
ミカイラは彼の手を取る。
「あなたが、そんな扱いをされることを最初から覚悟しなきゃいけないのが嫌なの」
キランはしばらく彼女を見た。
そして指を優しく握った。
「僕もだよ」
ミカイラはためらった。
「私だって緊張してるのよ」
キランは眉を上げた。
「何に?」
「スザンヌさんに会うこと」
キランは笑った。
「それは緊張して当然だよ」
「真面目に言ってるの」
「僕も真面目だよ」
彼女は微笑んだ。
「もし嫌われたら?」
キランは瞬きをした。
「ミカイラ」
「何?」
「母さんは絶対に君を気に入るよ」
「どうして分かるの?」
「だって、もう君のことを話してあるから」
ミカイラは驚いた。
「本当に?」
「もちろん」
「何て言ったの?」
キランは笑った。
「美人で、面白くて、頭がよくて、頑固で、男を見る目が絶望的に悪いって」
彼女は笑った。
「もう、やめてよ」
「それに、僕が大変だった時、君がそばにいてくれたことも知ってる」
ミカイラの笑みが和らいだ。
キランは続ける。
「でも、君が緊張する理由は分かるよ」
彼女は頷いた。
「あなたにふさわしい人だって思ってもらいたいの」
キランは彼女を見た。
その夜初めて、あることに気づいた。
彼はミカイラの両親にどう評価されるかばかり気にして、彼女自身も不安を抱えていることをほとんど考えていなかった。
彼女も受け入れてもらいたかったのだ。
車椅子を使っているからではない。
医療機器が必要だからでもない。
ただ、自分の愛する人にとって大切な家族だから。
その輪の中に入りたかった。
キランは微笑んだ。
「安心して。母さんはずっと、いつ君に会えるのかって聞いてたから」
ミカイラの目が輝いた。
「本当に?」
「うん」
「よかった!」
「まあね」
彼女の笑みが止まった。
「まあ?」
キランは夜空を見上げた。
「うちの母さんは、想像力がものすごく豊かなんだ」
スザンヌは三回目の呼び出し音で電話に出た。
「キラン! あなた!」
「やあ、母さん」
「体調はどう?」
「元気だよ」
「ちゃんと食べてる?」
「うん」
「寝てる?」
「うん」
「十分に休んでる?」
「母さん」
「母さんって言わないの。心配する権利くらいあるでしょう」
キランはため息をついた。
近くに立っていたミカイラは、微笑みながら聞いていた。
スザンヌは続ける。
「それで、あの素敵な彼女は元気?」
キランはミカイラをちらりと見た。
「実は、そのことで電話したんだ」
一拍。
「あら?」
キランはすぐに言い方を後悔した。
「その声、やめて」
「どんな声?」
「何か計画を立て始めそうな声」
「何も計画してないわよ」
「まだね」
スザンヌは笑った。
「それで、どうしたの?」
キランは息を吸った。
「ミカイラが母さんに会いたいって」
沈黙。
そして——
「まあ!」
キランは目を閉じた。
ミカイラは口元を覆った。
スザンヌは続ける。
「まあ、キラン! 素敵じゃない!」
「母さん——」
「いつ?」
「まだ決めてない」
「どこで?」
「まだ決めてない」
「何を着ればいいかしら?」
「母さん!」
「マドックスが買ってくれた、あの素敵な青いドレスがあるのよ」
「お願いだから、大イベントにしないで」
「何を言ってるの! 息子の恋人に会うなんて大イベントでしょう!」
キランはミカイラを見る。
彼女は明らかに楽しんでいた。
キランは指差した。
「君、全然助けてくれないね」
スザンヌにも聞こえた。
「ミカイラちゃん、そこにいるの?」
キランは固まった。
ミカイラの笑みが広がる。
「うん」と彼は認めた。
「代わって!」
「母さん——」
「キラン」
彼はため息をついた。
そしてスピーカーをオンにした。
「聞こえるよ」
ミカイラは少し身を寄せた。
「こんばんは、キリアンさん」
スザンヌが息を呑んだ。
「まあ、あなた! スザンヌって呼んでちょうだい!」
ミカイラは微笑んだ。
「やっとお話しできて嬉しいです」
「私もよ! キランからあなたのこと、たくさん聞いてるの!」
キランの目が見開かれた。
「母さん」
「本当に素敵な話ばかり!」
「母さん」
「美人で、頭がよくて、聖人みたいに忍耐強いって言ってたわ」
ミカイラはキランを見る。
彼は空を見つめた。
「最後のは内緒だったんだけど」
スザンヌは笑った。
「会えるのが本当に楽しみ!」
「私もです」とミカイラ。
「素敵な予定を立てましょう。ディナーなんてどうかしら!」
「私たちもそう考えていたんです」
「素晴らしい! マドックスも誘えるわね!」
キランは目を閉じた。
「もちろん」
スザンヌは続けた。
「ああ、楽しみだわ。聞きたいことが山ほどあるの!」
キランは呻いた。
「お願いだから尋問しないで」
「そんなことしないわよ!」
「母さん」
「まあ、少しは聞くかもしれないけど」
ミカイラは笑った。
キランにはもう、これが大変なことになると分かっていた。
陽気な大惨事。
だが、大惨事には違いない。
スザンヌはレストランの候補、服装、花を用意すべきかどうかまで話し始めた。
ついにキランが割って入った。
「母さん、ただ顔合わせをするだけだよ。婚約発表じゃないんだから」
スザンヌは止まった。
「もちろんよ、あなた」
「よかった」
「でも、先のことを考えておくのは悪くないでしょう?」
キランは電話を見つめた。
「母さん」
「言ってみただけよ!」
「おやすみ、母さん」
「愛してるわ!」
「僕もだよ」
「ミカイラちゃんにも、会えるのが楽しみだって伝えてね!」
「本人が聞いてるよ」
「素晴らしい!」
キランは通話を切った。
数秒間、二人とも何も言わなかった。
それからミカイラが吹き出した。
キランは彼女を見た。
「何?」
「あなたのお母さん、可愛すぎる!」
「危険人物だよ」
「優しい人じゃない!」
「その二つは両立するんだ」
ミカイラはさらに笑った。
キランは首を振る。
「孫の話を始めるまで待ってごらん」
ミカイラの笑いが止まった。
彼女はキランを見る。
キランも見返した。
長い沈黙。
そしてマッハが口を開いた。
「その話題には、別途話し合いが必要かもしれません」
キランは目を閉じた。
「今夜はやめよう、マッハ」
「了解しました」
その夜遅く、ミカイラは両親に電話した。
キランは帰宅しており、彼女は自分のアパートのソファに座っていた。手には紅茶のカップ。本人が認めたい以上に緊張していた。
電話をかける。
母親が出た。
「ミカイラ、あなた」
「こんばんは、ママ」
「何かあった?」
「何もないわ」
「よかった。今夜はどうだった?」
「すごく楽しかった」
「キランと?」
ミカイラは微笑んだ。
「うん」
母親は少し黙った。
「それはよかったわ」
ミカイラには、その声の調子が分かった。
以前にも聞いたことがある。
はっきりした反対ではない。
どう扱えばいいか分からない話題を、慎重に避けながら歩いているような声だった。
「ママ、ちょっと聞きたいことがあるの」
「もちろんよ」
「ママとパパに、キランを紹介したいの」
一拍。
そして——
「あら」
ミカイラは天井を見上げた。
やっぱり。
母親は続ける。
「まあ、そうね。予定を合わせればできると思うわ」
「よかった」
「うちに来てもらうの?」
「実は、レストランで会えたらと思ってるの」
「どうして家じゃないの?」
ミカイラは息を吸った。
「玄関がバリアフリーじゃないし、一階のトイレも彼の車椅子では使いにくいと思うから」
「あら」
また沈黙。
「誰かが中へ運んであげればいいんじゃない?」
ミカイラは目を閉じた。
皮肉なほど、さっきと同じ話だった。
「ママ、それはだめ」
「私はただ——」
「分かってる。でも、そんなに簡単な話じゃないの。彼をそういう状況に置きたくない」
母親は黙った。
それからため息をつく。
「分かったわ。レストランでいいわよ」
ミカイラは少し肩の力を抜いた。
「ありがとう」
「候補はあるの?」
「二人でよく行く、ウォーターフロントのお店があるの」
「素敵そうね」
背景から別の声が聞こえた。
「何の話をしてるんだ?」
ミカイラは微笑んだ。
「パパ、こんばんは!」
父親の声が近づいてくる。
「やあ、ミカイラ。母さんが夕食の予定を立ててるって言ってたぞ」
「うん。二人にキランを紹介したいの」
「彼氏の?」
「そうよ」
「ようやくだな」
ミカイラは笑った。
母親が小さく不満そうな声を漏らす。
「何だ?」と父親。
「何でもないわ」と母親。
ミカイラには、そのやり取りが目に浮かぶようだった。
父親は続ける。
「どんな男なんだ?」
ミカイラは微笑んだ。
「英語の先生よ」
「ほう。本が好きなんだな」
「ものすごく」
「いいじゃないか。本の話ができる」
「それに、ちょっと変わったユーモアの持ち主なの」
「最高だ。母さんは私の冗談がひどいって言うからな」
「実際ひどいでしょう」と母親。
父親は笑った。
「じゃあ、きっと気が合う」
ミカイラは微笑んだ。
思っていたより順調だった。
だが、そこで母親が再び口を開いた。
「ミカイラ、ちょっと聞いてもいい?」
ミカイラの笑みが少し薄れた。
「いいわよ」
「本当に、よく考えたの?」
父親が黙った。
ミカイラは姿勢を正した。
「何を?」
「あなたたちの関係よ」
「考えてるわ、ママ」
「彼のことを大切に思っているのは分かるわ」
「愛してるの」
また沈黙。
母親は慎重に続けた。
「あなたを幸せにしてくれる人が見つかったことは、本当に嬉しいのよ」
「でも?」
「ただ、こういう関係には、あなたがまだ考えていない難しさもあるかもしれないでしょう」
ミカイラは紅茶を見た。
「どんな関係にも難しさはあるわ」
「もちろん。でも、すべての関係で同じ責任が生じるわけじゃないでしょう」
父親が口を挟んだ。
「少し先走りすぎじゃないか?」
「先走ってなんかいないわ」と母親。「娘が自分の将来を考えているか聞いているだけよ」
ミカイラは息を吸った。
「考えてる」
「それで?」
「キランと一緒に、その未来を築きたいと思ってる」
沈黙。
それから父親が言った。
「まあ、彼の人生の残り全部について話し合う前に、まず本人に会ってみたいな」
ミカイラは微笑んだ。
「ありがとう、パパ」
母親はため息をついた。
「私だって会いたいわ」
「じゃあ、まず会ってみて」とミカイラ。
「そうね」
「それから、ママ?」
「何?」
「お願いだから、彼を何もできない人みたいに扱わないで」
母親は驚いたようだった。
「そんなことしないわよ」
「そうするつもりがないのは分かってる。でも、彼には彼自身の生活があるし、自分のことは自分で決めるの。普通に話してほしいの」
母親はしばらく黙った。
それから答えた。
「分かったわ、あなた」
ミカイラは微笑んだ。
「ありがとう」
父親が咳払いした。
「彼は園芸が好きかな?」
ミカイラは笑った。
「全然分からない」
「よし。最初の質問が決まったな」
母親はため息をつく。
「もう、あなたったら」
「何だ? いい質問じゃないか」
ミカイラはまた笑った。
その夜初めて、希望が持てた。
確信ではない。
それでも、希望だった。
ミカイラから折り返しの電話があった時、キランは自分のアパートにいた。
楽な服に着替え、生徒たちの作文を採点していた。
マッハは文法上の誤りを強調表示して手伝っている。
もっとも、キランはそれを「必要以上に厳しい批評」と呼んでいたが。
「またコンマ・スプライスです」とマッハ。
キランはため息をつく。
「うん、見えてる」
「これで十七回目です」
「ありがとう」
「同じ作文の中で」
「マッハ」
「この生徒は句読法と個人的な確執があるようです」
キランは笑った。
電話が鳴る。
画面にミカイラの名前が表示された。
彼は応答した。
「やあ、美人さん」
「こんばんは、ホットロッド」
「どうだった?」
「けっこうよかったわ」
キランは背もたれに寄りかかった。
「けっこう、の定義を教えて」
「父はあなたに会いたがってる」
「よかった」
「本が好きなの」
「さらによし」
「それと園芸」
キランは瞬きをした。
「園芸?」
「らしいわ」
「なるほど」
「母は少し緊張してる」
キランの笑みが薄れた。
「僕のこと?」
「将来のことよ」
彼は窓へ目を向けた。
「そっか」
「キラン」
「うん?」
「母もあなたに会う気になってる。それが今は大事でしょう?」
彼は考えた。
そして頷いた。
「そうだね」
ミカイラは続ける。
「バリアフリーのお店で会おうって伝えたわ」
「ありがとう」
「それから、大人として普通に接してほしいって言った」
キランはかすかに微笑んだ。
「素晴らしい助言だね」
「あと、あなたが頑固だってことも」
「名誉毀損だ」
「皮肉屋だってことも」
「中傷だ」
「シェイクスピアとの関係が不健全だってことも」
「それはさすがにひどい」
ミカイラは笑った。
キランも微笑んだ。
それから少し静かになる。
「ミカイラ?」
「何?」
「一つ言ってもいい?」
「もちろん」
彼は作文の山を見た。
それからリビングの壁を埋める本棚へ目を向けた。
彼は長い年月をかけて、自分に合った生活を築いてきた。
いつも簡単だったわけではない。
普段以上に計画が必要な日もある。
疲れ果てる日もある。
それでも、それは自分の人生だった。
そして誇りに思っていた。
「バロンとレースする時より、君の両親に会う方が緊張してると思う」
ミカイラは小さく笑った。
「本当に?」
「うん」
「どうして?」
キランは考えた。
「レースで負けても、ただレースに負けるだけだから」
彼は自分の手を見た。
「でも、君の両親が僕を君にふさわしくないって思ったら……」
言葉が途切れた。
ミカイラは黙っていた。
それから口を開いた。
「キラン、それを決めるのは両親じゃないわ」
「分かってる」
「本当に?」
キランはかすかに笑った。
「そう思えるように努力してる」
彼女は続ける。
「両親には意見を持つ権利がある。質問してもいいし、私を心配してもいい。でも、私が誰を愛するかを決める権利はないの」
キランはしばらく目を閉じた。
「それで、僕を愛してる?」
「とてもね」
彼は微笑んだ。
「ひどい冗談を言う僕でも?」
「残念ながら」
「シェイクスピアに夢中な僕でも?」
「不本意ながら」
「この信じられないほどハンサムな顔でも?」
「調子に乗らないで」
キランは笑った。
ミカイラの声が優しくなる。
「あなたを愛してるの、キラン。あなたの全部を」
数秒間、彼は答えなかった。
それから静かに言った。
「僕も愛してる」
近くのディスプレイにマッハのアバターが現れた。
「ご家族との顔合わせを予定に登録しますか?」
キランは下を見た。
「マッハ」
「はい?」
「まさか今の会話、全部聞いてた?」
「私はその場にいました」
「答えになってないよ」
「状況を正確に説明しています」
電話越しにミカイラが笑った。
キランは首を振る。
「分かったよ。みんなの都合が合う日を探さないとね」
「両親に聞いてみる」
「僕も母さんに聞くよ」
一拍。
「もっとも、もうウェディングプランナーを待機させてるかもしれないけど」
ミカイラは笑った。
「楽しみにしてるのよ」
「恐ろしいよ」
「あなたのお母さんでしょう」
「だからこそ」
二人はそれから二十分ほど話した。
予定のこと。
レストランのこと。
スザンヌが大人しくしてくれるかどうか。
ミカイラの父親が夕食中ずっと園芸の話をするかどうか。
そしてやがて、まだ二人ともはっきりとは想像できない未来について。
すべての問題を解決したわけではなかった。
解決したふりもしなかった。
それでも、おやすみを言う頃には、キランの不安は少し軽くなっていた。
翌朝、キランはミカイラからのメッセージで目を覚ました。
ミカイラ:おはよう、ホットロッド! 両親は土曜の夜なら空いてるって。あなたはどう?
キランは予定を確認した。
土曜日は空いている。
返信を打つ。
キラン:大丈夫だよ。レストランを予約しておく。
すぐに別のメッセージが届いた。
ミカイラ:愛してる!
キランは微笑んだ。
キラン:僕も愛してる。
電話を脇へ置いた。
およそ六秒間、すべては平和だった。
その後、別の通知が届いた。
スザンヌからだった。
キランは眉をひそめた。
メッセージを開く。
母さん:おはよう、あなた! 結婚式のテーマカラー、もう決めちゃったわ!
キランは画面を見つめた。
もう一度読む。
三回目。
ゆっくり電話を下ろした。
「マッハ」
「おはようございます、キラン」
「母さんに電話して」
「承知しました。理由を伺っても?」
キランは天井を見た。
「どうやら僕、結婚するらしい」
一拍。
マッハのインジケーターが明るくなる。
「おめでとうございます」
「そういう意味じゃない!」
「バリアフリーの結婚式場を調べ始めましょうか?」
「マッハ!」
「文学をテーマにするのもよいでしょう」
「やめて!」
「式典にシェイクスピアの引用を取り入れることも可能です」
「やめろってば!」
キランは顔を覆った。
スピーカーから、明らかに人工的な笑い声が聞こえた。
彼は手を下ろした。
「楽しんでるね」
「非常に」
キランはもう一度メッセージを見た。
土曜の夜。
一回の夕食。
二人の両親。
心から愛している恋人。
そして、誰もプロポーズしていないのに、すでに結婚式の準備を始めている母親。
彼は殺人ロボットとの戦いを生き延びた。
空中戦も生き延びた。
VRFチャンピオンとのレースも乗り切った。
だが、両親への挨拶は、それらとはまったく別の種類の試練に思えた。
キランは電話を手に取った。
スザンヌへの返信を打ち始める。
キラン:母さん! 僕たちは結婚しないから!
三つの点が現れた。
スザンヌが入力中だ。
キランは待った。
返信が届いた。
母さん:もちろん、まだよね、あなた。だから今は色だけ考えてるのよ。
キランは凝視した。
マッハが口を開いた。
「ラベンダーとロイヤルパープル、どちらがお好みですか?」
キランは頭をのけぞらせた。
「うわあああああああっ!」
そしてシトロン・シティのどこかで、スザンヌ・キリアンは携帯電話を見ながら微笑んでいた。
自分がこの一週間で息子の前に立ちはだかった、最も恐ろしい相手になっているとは、夢にも思わずに。




