追跡戦
悲鳴が続いていた。
VARK-01は次のコーナーを猛烈な勢いで駆け抜け、テンペストとの距離を一気に縮める。
レン・イトウはVentを鋭く旋回させた。
VARKも追う。
テンペストが再び方向転換。
VARKも同じように方向を変える。
もはや単に追いかけているのではない。
狩っている。
手すり越しにその光景を見つめながら、キランは顎に力を入れた。
「マッハ」
「はい」
「僕たち、何かした方がいいかもしれない」
「その発言は予想していました」
ミカイラが即座にキランを見る。
「キラン」
「まだ行くとは言ってない」
「まだ、ですね」
マッハが付け加えた。
キランはMACH-01Aを睨む。
「全然助けになってない」
「私はミカイラを助けています」
「ほら」
ミカイラが言った。
眼下では、テンペストが突然上昇した。
VARK-01はその下で加速し、コースから跳躍。
統合型推進システムを噴射し、一気に上空へ飛び上がる。
ドンッ!
テンペストの下面をかすめた。
レンが回転する。
テンペストのスタビライザーが即座に作動。
数メートル落下したところで、ようやく姿勢を立て直した。
観客から悲鳴が上がる。
キランの表情が険しくなった。
「……よし」
ミカイラが彼の腕をつかむ。
「待って」
キランは待った。
かろうじて。
すでにコースの警備車両が動き始めている。
三台の小型対応車両がピットレーンからサーキットへ進入した。
レヴ・シモンズの声がスピーカーから響く。
「皆さん、警備チームが対応中です! 落ち着いて最寄りの出口へお進みください!」
警備車両の一台がVARKへ向かう。
ロボットが止まった。
ほんの一瞬だけ、キランはこれで終わるのかもしれないと思った。
警備チームが三方向から包囲する。
コース上に命令が響いた。
「VARK-01! 直ちにシステムを停止しろ!」
ロボットは動かない。
横一文字のバイザーが暗くなる。
キランは注意深く見つめる。
「マッハ?」
「監視中です」
バイザーの光が完全に消えた。
ミカイラが息を吐く。
「よかった……」
その瞬間。
VARKの頭部が跳ね上がった。
ヴォォォォン!
推進ユニットが点火する。
「停止してないね」
キランが言う。
「はい」
VARKが飛び出した。
警備車両へではない。
その反対方向へ。
コースの外縁へ一直線に。
キランの目が見開かれる。
「どこへ行く?」
マッハが軌道を計算する。
そして声色が変わった。
「キラン」
「何?」
「観客席です」
VARK-01が外周バリアへ到達する。
脚部が深く沈み込む。
そして——
ドンッ!
跳んだ。
ロボットはバリアを完全に飛び越えた。
ほんの一瞬、サービスレーンの上空に浮かぶ。
直後、スラスターが点火。
VARKが低層の観客コンコースへ向かって飛んでいく。
「全員、逃げろ!」
キランが叫んだ。
人々も気づいた。
パニックが爆発する。
何百人もの観客が一斉に散った。
親は子供を抱き上げる。
飲み物。
バッグ。
グッズ。
逃げる邪魔になる物は、何もかもその場へ投げ捨てられた。
警備員たちが必死に避難誘導を叫ぶ。
VARKが着地。
ズガァァァン!
足元のコンクリートがひび割れた。
そのままグッズ販売スタンドへ突っ込む。
シャツ。
帽子。
看板。
金属片。
あらゆる物が宙を舞った。
VARKは減速しない。
加速する。
逃げ惑う観客の方へ。
「ダメだ」
キランはミカイラを見る。
「逃げて」
彼女もキランを見る。
「キラン——」
「お願い」
コンコースの奥から再び破壊音が響く。
悲鳴。
キランの声が少し柔らかくなる。
「安全な場所へ行って」
ミカイラはもう、その表情を知っていた。
冗談を言っている顔ではない。
彼女は一度だけキランの手を強く握った。
「無茶しないで」
キランが答えるより先にマッハが口を開く。
「統計的に困難です」
「マッハ!」
「無茶の程度を可能な限り軽減します」
「それでいいわ」
ミカイラは避難する観客たちと共に離れていった。
キランはコンコースへ向き直る。
MACH-01Aの操作系を握る手に力を込めた。
「マッハ」
「戦闘システム、使用可能」
キランのバイザーに次々と表示が現れる。
MACH-01A
飛行システム――オンライン
スタビライザー――オンライン
プラズマキャノン――スタンバイ
マッハ速度――使用可能
すべてのシステムが制限なく使用可能になっている表示を見るのは久しぶりだった。
だが今は、喜びなどなかった。
あるのは集中だけ。
「ターゲットは?」
マッハがVARK-01を強調表示する。
VARK-01
速度:上昇中
軌道:不安定
脅威レベル:高
キランは息を吸う。
「行こう」
MACH-01Aが飛び出した。
シュオッ!
キランはコンコースを突き進む。
紫色の高速機が頭上を通過し、人々が身をかがめる。
「ごめん!」
一人の男が巨大なポップコーンの容器を落とした。
「本当にごめん!」
VARK-01が手すりを飛び越える。
キランも続いた。
ロボットはアクセスランプへ着地し、そのまま下へ向かって加速する。
キランも後方へ降下した。
「距離は?」
「四十八メートル」
「詰める」
「加速します」
MACH-01Aが速度を上げる。
四十メートル。
三十五。
三十。
VARKが後ろを振り返った。
バイザーが光る。
そして加速。
距離が広がる。
キランは目を見開いた。
「おいおい」
「VARK-01はレース専用に設計されています」
「僕の椅子だってそうだろ」
「いいえ。MACH-01Aは、あなたの意思決定にもかかわらず、あなたを生存させるために設計されています」
「今それ言う!?」
VARKが開いたサービスゲートを突き抜ける。
キランも追う。
二機は再び屋外へ飛び出した。
VARKが外周サービスロードへ着地。
推進システムが悲鳴を上げる。
そしてコーナーの向こうへ消えた。
キランはさらに速度を上げる。
「マッハ速度」
「慎重な運用を推奨します」
「暴走したレーシングロボットが何千人もの観客の中を走ってるんだよ」
「だからこその推奨です」
「……確かに」
キランはMACH-01Aのサポートに身体を預ける。
「追いつけるだけ出して」
マッハが少し間を置く。
「部分的マッハ速度を許可」
「さすが」
マッハ速度――35%
スラスターが轟く。
ドォォン!
キランが一気に加速した。
レースウェイの景色が流れていく。
コーナーを曲がる。
VARKがいた。
二十メートル。
「捕まえた」
VARKが振り返る。
バイザーが強く輝いた。
さらに加速。
二十五メートル。
三十。
三十五。
キランの口が開く。
「冗談だろ!?」
マッハの計算結果がディスプレイを埋める。
VARK速度上昇
出力:レース中の最大観測値を超過
キランは眉をひそめる。
「レース中、本気じゃなかったの?」
「そのようです」
「最高だね」
VARKが鋭く左折。
キランも追う。
二機は歩行者用ブリッジの下を猛スピードで通過した。
橋の上にいた人々が叫びながら指差す。
前方から警備車両が迎撃しようとする。
VARKは減速しない。
側面のバリアへ跳び乗った。
その上を数メートル走る。
そして警備車両を飛び越えた。
キランは呆然とする。
「見せつけやがって」
「鍋がやかんを黒いと言っています」
「今じゃない」
キランも車両の上を越え、VARKの後方へ降下する。
ロボットは別の観客用アクセスエリアへ入った。
「マッハ、先回りさせて」
「計算中」
新しいルートが表示される。
迎撃ルート――利用可能
キランは即座に右へバンクした。
VARKをそのまま追うのではなく、隣接するサービス通路へ突入する。
狭い壁が両側を高速で流れていく。
「クリアランスは?」
「最低限です」
「十分」
「それは十分の定義では——」
キランはMACH-01Aを横へ傾ける。
ギャリィィッ!
右側の装甲が壁を擦った。
火花が飛び散る。
マッハが沈黙する。
キランは顔をしかめた。
「ギアには黙ってよう」
「ギアには分かります」
「ギアはいつも分かる」
「その通りです」
キランが通路から飛び出した。
左からVARKが現れる。
完璧。
キランはその進路へ一気に飛び込む。
「捕まえた!」
VARKは瞬時に進路変更。
跳躍した。
キランの真上を飛び越える。
頭上を通過するロボットをキランは見上げた。
「……こいつ嫌い」
「向こうはあなたに対して無関心のようです」
「それが余計ムカつく」
VARKが着地。
加速。
キランはMACH-01Aを反転させる。
追跡が続く。
サービスロードを抜け。
アクセスランプを駆け上がり。
レースウェイの外周を回る。
キランが距離を詰めるたび、VARKはさらに速度を上げる。
警備チームが包囲しようとするたび、ロボットは進路を変える。
障害物さえ、VARKにとっては新しいレーシングライン。
新しいコーナー。
新しいチャンス。
そしてキランはようやく、何が一番不気味なのか理解した。
「マッハ」
「はい?」
「こいつ、まだレースしてる」
少し間があった。
「説明を」
「動きを見て」
キランは前方のロボットを見る。
VARKの前に二台の警備車両が現れた。
単純に避けるのではない。
追い抜いた。
一台はイン側から。
もう一台はアウト側から。
そして、リードを広げるかのように加速する。
「全部を競争相手として見てるんだ」
マッハが分析する。
「その仮説は観測された行動と一致します」
「レース中に、攻撃的になれば前へ出られるって学習した」
「はい」
「でもレースは終わった」
「しかし、VARKの競争行動は終了していません」
キランは前方を見つめる。
「つまり今は、動いてるもの全部が追い抜くべき相手ってことか」
「その可能性があります」
VARKが旋回した。
バイザーがMACH-01Aを捉える。
キランにも、その動きが分かった。
「あ」
マッハも気づく。
「キラン」
「うん」
「どうやら我々は昇格したようです」
「何に?」
VARK-01が突然反転した。
逃げるのではなく——
突っ込んできた。
マッハが答える。
「競争相手に」
キランの目が見開かれる。
「うわっ!」
MACH-01Aが横へロール。
シュオッ!
VARKが数センチの差で通過した。
キランは空中で回転する。
「おい!」
姿勢を立て直す。
VARKはサービスロードの先へ着地した。
そしてゆっくり振り返る。
バイザーが真っすぐキランを捉える。
暴走が始まって以来、初めてだった。
VARKはもう逃げようとしていない。
自分の興味を引くほど速い相手を見つけたのだ。
キランも見返す。
「マッハ?」
「はい?」
「僕たち、気に入られたみたい」
「非常に残念な展開です」
VARKが身を低くする。
スラスターが甲高い音を上げ始める。
キランもMACH-01Aを低く構えた。
紫色の推進ユニットが点火する。
背後では、レースウェイからの避難が続いていた。
前方では、ロボットが飛び出す準備をしている。
キランは緊張した笑みを浮かべた。
「どうやらレースはまだ終わってないみたいだ」
VARKが爆発的に飛び出す。
キランも同時に加速した。
ドォン!
追跡戦が始まった。




