ウイニングラン
VARK-01がフィニッシュラインを通過してから数秒間、キランは何も言わなかった。
ミカイラも同じだった。
マッハでさえ、少し考える時間が必要だったらしい。
巨大ディスプレイには、まだレース結果が表示されている。
1位――VARK-01
2位――バロン・テニモス&ヴェロシティ
3位――ダンディ・デイ&ブレイクアウェイ
周囲の観客席では、怒りと困惑と口論が入り混じったざわめきが広がっていた。
ようやくキランが沈黙を破る。
「いやあ……」
ミカイラが彼を見る。
「いやあ?」
「もうちょっと頭のいいこと言おうと思ったんだけど」
「それで?」
「何も出てこない」
「私も」
マッハのインジケーターが脈打つ。
「私はいくつか指摘できます」
キランが下を見る。
「だろうね」
「VARK-01はレース中、四回の重大な接触事故を起こした、あるいはその原因となっています。そのうち二回は、他の競技者がレーシングラインを外れる結果となりました」
「それが丁寧な言い方?」
「はい」
「じゃあ、丁寧じゃない言い方は?」
マッハが少し間を置く。
「クソ野郎のような走り方でした」
キランはゆっくりMACH-01Aを見下ろした。
ミカイラが吹き出す。
「マッハ!」
「入手可能な証拠に合わせて表現を調整しました」
「よし」
キランが言う。
「今のはちょっと誇らしい」
三人は何千人もの観客と共に出口へ向かい始めた。
背後では、レース後の騒ぎがまだ続いている。
コーススタッフがバロンとヴェロシティを取り囲んでいた。
レッドシフトのクラッシュを受け、医療スタッフはまだディーコン・ゼルマンを診ている。
マーラ・ヴォスはアフターバーンの隣に立ち、運営スタッフへ激しく身振りしながら抗議していた。
セバスチャン・ロッキードの姿は、怒り狂ったレーサーたちの近くにはなかった。
キランは驚かなかった。
ミカイラがコースを振り返る。
「私が一番気になるのは、どんどんひどくなっていったこと」
キランは頷く。
「最初はただ攻撃的だった」
「それから他の選手をラインから追い出すようになった」
「次は実際にぶつけ始めた」
「最後には、わざとバロンとヴェロシティをコースから弾き出した」
マッハが付け加える。
「その変化は数値としても確認できます」
キランが下を見る。
「どういう意味?」
「レースが進むにつれ、VARK-01が許容する衝突リスクが上昇しています。序盤の追い越しでは接触回避を優先していました。しかし後半になると接触を許容し、最終的には接触そのものを戦術として利用しています」
ミカイラが眉をひそめる。
「つまり、ぶつかれば勝てるって学習したってこと?」
「その可能性があります」
キランはその答えが気に入らなかった。
「レーシングロボットに覚えさせたい教訓じゃないな」
「はい」
三人はメインコンコースへ出た。
そこはレース前とはまるで違う雰囲気になっていた。
レース前は誰もが興奮していた。
今では、ほぼすべての会話がVARKの話だった。
「失格にするべきだろ」
「バロンが勝ってた!」
「レッドシフトに何したか見ただろ?」
「VRFは結果を取り消すべきだ」
「俺はすげえと思ったけど」
「お前、あれをすげえと思ったのか?」
「あんなもん出場禁止にしろよ」
キランは周囲を見回す。
「セバスチャンは、みんなに自分のロボットの話をしてほしかったんだろうね」
ミカイラはため息をつく。
「目的達成ね」
その時——
「これは犯罪です!」
キランが止まった。
聞き覚えのある声だった。
「……ああ、来た」
小柄な怒りの塊が人混みを突き進んでくる。
シバ。
その数歩後ろを父親がついてきていた。
もうかなり長い間、同じ怒りの演説を聞かされ続けている男の顔をしている。
シバはキランの真正面で止まった。
「見ましたか!?」
キランは彼女を見つめる。
「いや。レース中ずっと目を閉じてた」
「キリアン先生!」
「はいはい、シバ。見たよ」
「あのロボット、インチキしました!」
近くにいた何人かが振り返る。
父親が追いついた。
「室内の声で」
「外です!」
「厳密にはコンコースだ」
「じゃあコンコースの声で話してます!」
父親はため息をついた。
キランは口元を押さえる。
ミカイラはすでに笑っていた。
シバはコースの方向を指差す。
「バロンが勝ってたんです!」
「そうね」
ミカイラが言う。
「ヴェロシティは完璧なラインを走ってた!」
「それも正しい」
「最終セクターのためにエネルギーを温存してたんです!」
キランが頷く。
「それは僕も気づいた」
シバが止まった。
怒りが一瞬だけ消える。
「気づいたんですか?」
「うん」
ほんの少し笑顔になる。
だが、すぐに自分が怒っていたことを思い出した。
「なのに、あの歩くトースターが二人をコースから弾き飛ばしたんですよ!」
キランは耐えられなかった。
笑い出す。
「歩くトースター?」
「Ventすらいないじゃないですか!」
マッハが口を挟む。
「厳密には、VARKの統合型自律システムが従来のパイロットとVentの関係を代替しています」
シバがMACH-01Aを見る。
「裏切り者」
「私は支持していません」
「支持してるみたいな言い方でした」
「技術的な説明をしただけです」
「今はいいです、マッハ!」
マッハのインジケーターがわずかに暗くなる。
「了解しました」
キランが下を見る。
「すごい。マッハを黙らせた」
「一時的にです」
シバは腕を組む。
「絶対失格にするべきです」
父親が彼女の肩に手を置く。
「運営が何が起きたか確認するよ」
「確認する必要ありません。私が確認しました」
「お前は十二歳だ」
「でも正しいです」
父親は数秒、娘を見つめた。
「……その二つは両立するな」
「でしょ!」
ミカイラが笑う。
「お父さん、好き」
「私もです」
「ありがとう」
父親が答えた。
シバはキランを指差す。
「あと、先生がダンディ・デイの勝利を予想してたことも忘れてませんからね」
「厳密にはダンディは三位だった」
「勝ってないじゃないですか!」
「僕の予想が正しいとは言ってない」
マッハが付け加える。
「意図的にシバを挑発するための予想でした」
シバは目を細める。
「覚えてます」
父親がシバを出口へ向かって軽く押し始める。
「ほら、専門家さん。マドックス・コーポレーションに宣戦布告する前に何か食べよう」
「約束はできません」
シバは振り返る。
「キリアン先生!」
「何?」
「本当はバロンが勝ってましたからね!」
キランは笑った。
「今回は認めるよ」
シバが両拳を上げる。
「よし!」
父親は首を振りながら、娘と一緒に人混みの中へ消えていった。
ミカイラは二人が去っていくのを眺める。
「かわいいわね」
「怖いよ」
「両方でもいいでしょ」
マッハが付け加える。
「よくあることです」
三人は再び出口へ向かう。
キランは一日の熱気が少しずつ冷めていくのを感じていた。
身体的にではない。
気分の問題だ。
楽しい午後として始まったはずなのに、ずいぶん妙なことになった。
それでも——
デートではあった。
一応。
ミカイラがキランの手を握る。
「殺人トースターはともかく、楽しかった」
キランは笑った。
「僕も」
マッハが割り込む。
「VARK-01が殺人を目的としている事実は確認されていません」
「ありがとう、弁護士マッハ」
「私は単に——」
その時。
レースウェイの奥から音が響いた。
ブオオオオオオオッ!
キランが止まる。
ミカイラも止まった。
周囲の人々も振り返る。
さらに別の音。
もっと大きい。
機械が悲鳴を上げるような甲高い音。
キィィィィィィィィィ――!
そしてレヴ・シモンズの声がスピーカーから流れた。
だが今度は——
何かがおかしかった。
「えー……レースファンの皆さん。現在、レース後のイベントに少々遅れが発生しております」
キランは眉をひそめる。
「レース後?」
マッハのインジケーターが明るくなる。
「コース上で何かが発生しています」
ミカイラが最寄りの観戦スペースを見る。
「何?」
他の観客たちと一緒に、三人は手すりの方へ向かった。
最初に到着したのはキランだった。
眼下を見る。
そして固まった。
VARK-01がまだ走っている。
ウイニングランではない。
ピットへ戻っているわけでもない。
走っている。
速い。
あまりにも速い。
遠くのコーナーを一瞬で駆け抜ける。
ブオッ!
キランは目を細める。
「なんで止まってない?」
マッハが即座に分析を始める。
「不明です」
コース上では、まだ何人かのレーサーがピットへ戻ろうとしていた。
ブルワークが外側のレーンをゆっくり進んでいる。
コメットがその後ろ。
さらに前方にはテンペスト。
そこへVARK-01が猛烈な速度で迫ってきた。
ギャヴィン・ルークが後ろを見る。
ブルワークが横へ避ける。
VARKも同じ方向へ動いた。
キランの胃が沈む。
「待て」
ブルワークがさらに離れる。
VARKも追う。
「ギャヴィン……」
ミカイラが呟く。
ロボットが加速した。
ドンッ!
VARK-01が肩からブルワークへ激突する。
重量級のレーシングVentが大きく横へ揺れた。
観客が息を呑む。
「何やってるんだ!?」
キランは手すりを握る。
ブルワークが姿勢を立て直す。
VARK-01が旋回した。
そして——
戻ってくる。
マッハが言う。
「加速しています」
「レース終わってるのに?」
「はい」
「なんで?」
「分かりません」
VARKが再びブルワークへ激突した。
ガシャァン!
今度はギャヴィンとブルワークがバリアへ叩きつけられる。
観客から悲鳴が上がった。
レヴ・シモンズの声がスピーカーから炸裂する。
「レース管制! 下で何が起きてるんだ!?」
コメットが加速して逃げる。
VARKの頭部がその方向へ向いた。
サンドラ・ヴェイルが振り返る。
「まさか……」
ミカイラの顔から血の気が引く。
VARK-01がコメットを追って飛び出した。
もうレースではない。
上げるべき順位は存在しない。
フィニッシュラインもない。
トロフィーもない。
勝つべきものなど、何も残っていない。
それなのに——
攻撃している。
「マッハ」
「見えています」
コメットが急旋回。
VARKも追う。
ロボットはさらに速くなっていた。
中央ディスプレイが突然切り替わる。
その場でお待ちください
そして——
最寄りの出口へお進みください
その直後——
表示そのものが消えた。
「安心できる対応だね」
キランが呟く。
観客たちが騒ぎ始めた。
それまで秩序を保っていた出口への流れが崩れる。
コースから離れようと走り出す者。
スマートフォンを取り出す者。
子供を抱き寄せる親。
警備員たちも大声で避難誘導を始める。
コース上では——
ドンッ!
VARKがコメットへ激突した。
サンドラがスピンする。
ミカイラがキランの腕をつかんだ。
「キラン」
彼の表情は変わっていた。
マッハも気づく。
「いけません」
「まだ何も言ってない」
「その顔をしました」
「どの顔?」
「以前、ミカイラが指摘した顔です」
ミカイラはコースを見つめた。
「違う。今のは別の顔」
キランは旋回するVARK-01を見つめる。
顔のないヘルメットを横切るバイザーが、不気味な光を放っていた。
次の標的を捉える。
テンペスト。
レン・イトウも気づいた。
テンペストが加速する。
VARKが追う。
キランの目が細くなる。
「マッハ」
「はい」
「あれは勝利を祝ってるんじゃない」
「はい」
「混乱してるわけでもない」
「その可能性は低いでしょう」
「レースを終わらせようとしてるわけでもない」
「違います」
眼下でVARK-01が一気に加速する。
さらに速く。
さらに攻撃的に。
さらに凶暴に。
また衝突音がレースウェイに響き渡った。
ドォン!
観客が悲鳴を上げる。
キランはただ見つめていた。
ロボットは勝った。
レースは終わった。
それなのに——
VARK-01は、まだ勝とうとしていた。




