ここはもうバランじゃない
屋上への出入口のドアが壁に激突した。
キランは勢いよく中へ飛び込んだ。
速すぎるほどに。
階段室には誰もいない。
彼は止まった。
耳を澄ます。
何も聞こえない。
マッハが下方をスキャンした。
「動きを検知」
「どこ?」
「およそ三階下です」
キランが笑う。
「見つけた」
階段室を一気に降下する。
**ブォン!**
「キラン、注意を――」
**バン!**
銃弾がMACH-01Aに当たり、跳ね返った。
キランが横へ急旋回する。
「向こうにも見つかった!」
下の階のドアからヴェンティックスが姿を現した。
キランが発砲する。
**ピュン! ピュン!**
ヴェンティックスは室内へ消えた。
キランが追う。
二人はオフィスフロアへ飛び込んだ。
建物いっぱいにデスクとパーティションが並んでいる。
銃声を聞いた社員たちは、すでに避難したらしい。
よかった。
これ以上、誰かを巻き込みたくなかった。
ヴェンティックスがデスクの間を移動する。
一瞬、姿が見えた。
発砲。
**ピュン!**
ヴェンティックスが身を伏せる。
プラズマ弾が壁を焦がした。
「逃げるな!」
前方のどこかからヴェンティックスの声が聞こえる。
「追いかけてるのはお前だろ」
「僕の友達を撃ったのは君だ!」
「邪魔しなきゃよかったんだ」
キランの表情が険しくなる。
「答えを間違えたね」
加速する。
突然、パーティションの陰からヴェンティックスが飛び出した。
**ドガッ!**
装甲に覆われた拳がMACH-01Aを殴りつける。
キランはデスクへ突っ込んだ。
**ガシャーン!**
コンピューターと書類が辺りに吹き飛ぶ。
ヴェンティックスが再び攻撃する。
キランは椅子の装甲で防いだ。
**ガン!**
マッハが警告する。
「右!」
キランが旋回する。
ヴェンティックスの次の拳が空を切った。
キランが至近距離から発砲する。
**ピュン!**
ヴェンティックスが身体をひねる。
プラズマ弾が肩の装甲に命中した。
**バキッ!**
装甲の一部が砕け落ちる。
ヴェンティックスがよろめいた。
その下の布地が露出する。
「捕まえた」
「違う」
ヴェンティックスがMACH-01Aを掴んだ。
「捕まえたのは俺だ」
筋肉に力が入る。
キランの目が見開かれた。
「あ――」
**ドガシャーン!**
ヴェンティックスがキランをオフィスの壁へ投げ飛ばした。
壁を突き破り、向こう側の廊下へ叩き込まれる。
「ぐあっ!」
マッハが明滅する。
「構造的損傷を検出」
「僕? それとも椅子?」
「両方です」
「最高」
ヴェンティックスが壁の穴を通ってくる。
キランがキャノンを構える。
ヴェンティックスが武器を構える。
二人が同時に撃つ。
**ドォン!**
戦いは建物そのものを破壊しながら続いた。
四階。
**ガシャーン!**
キランが会議室のドアを突き破る。
ヴェンティックスが追う。
三階。
**ドォン!**
ヴェンティックスが手すりを突き破り、下の階段へ落下する。
キランも降下する。
二階。
**バン!**
ヴェンティックスのケーブルがMACH-01Aに巻きつく。
キランはガラスの仕切りへ引きずり込まれた。
**ガシャァン!**
転がる。
立て直す。
発砲。
ヴェンティックスが装甲板で防ぐ。
**ピュン!**
また装甲の一部が砕けた。
どちらも主導権を握れない。
どちらも相手を仕留められない。
ヴェンティックスには訓練がある。
キランには機動力がある。
ヴェンティックスには力がある。
キランには火力がある。
そしてマッハには――
計算がある。
「左!」
キランが左へ動く。
ヴェンティックスの拳が外れた。
「撃って」
**ピュン!**
ヴェンティックスの胸部装甲に亀裂が走る。
「下!」
キランが高度を落とす。
ケーブルが頭上を通過した。
「今です!」
キランが加速する。
**ドガッ!**
MACH-01Aがヴェンティックスへ真正面から激突した。
二人は別の壁を突き破る。
そのまま無人のオフィスへ転がり込んだ。
先に起き上がったのはヴェンティックスだった。
「それがお前たちの問題だ」
キランが見上げる。
「何?」
ヴェンティックスが彼を掴む。
「お前らは、こういうものを持ってるからって……」
マッハへ視線を向ける。
「……何をしても許されると思ってる」
キランが押し返した。
「お前らって?」
「Ventユーザーだ」
ヴェンティックスが襲いかかる。
キランが防ぐ。
「力を手に入れる」
**バン!**
キランが撃つ。
ヴェンティックスがかわす。
「そして遅かれ早かれ――」
**ドガッ!**
ヴェンティックスがMACH-01Aの側面を殴りつける。
「――それを悪用する」
キランが旋回する。
「それが君の言い訳?」
「俺は十分見てきた」
「ベゼルカー?」
ヴェンティックスが固まった。
ほんの一瞬だけ。
キランは見逃さなかった。
マッハも。
ヴェンティックスが二人へ突進する。
キランがかわす。
「ザイラ?」
**ピュン!**
ヴェンティックスの装甲が砕ける。
「ジャリック?」
**ピュン!**
また一つ、装甲が剥がれ落ちる。
「ノーマン・ノティロ?」
ヴェンティックスが止まった。
キランが見つめる。
「つまり、それだけ?」
彼の周囲を旋回する。
「悪いVentユーザーを何人か見つけて、それで全員有罪だって決めつけたの?」
ヴェンティックスの声が低くなる。
「俺が見つけるのは脅威だ」
「君が見つけてるのは言い訳だ」
ヴェンティックスが殴る。
キランが防ぐ。
「人間は毎日、力を悪用してる!」
キランが押し返す。
「その中にはVentを持ってる人もいる」
発砲。
**ピュン!**
「持ってない人もいる」
ヴェンティックスがよろめく。
「だからって全員が怪物になるわけじゃない!」
マッハが前へ浮かんだ。
「そして、あなたの論理にはもう一つ矛盾があります」
ヴェンティックスが彼を見る。
マッハのアバターは損傷しているものの、安定していた。
「あなたはVentが生きていないと主張しています」
ヴェンティックスのヘルメットがわずかに傾く。
「生きちゃいない」
「それなのに、あなたは私たちを憎んでいる」
静寂。
「あなたは私たちに道徳的責任を負わせている」
マッハがさらに近づく。
「私たちを責める」
ヴェンティックスが武器を構える。
「私たちを狩る」
指が引き金へかかる。
「そして私たちを破壊することに満足感を得ている」
マッハの目が細くなる。
「あなたの言葉より、あなたの行動のほうがVentを人格ある存在として扱っています」
ヴェンティックスが発砲した。
**バン!**
キランがマッハを弾き飛ばす。
銃弾がMACH-01Aに命中した。
「話は終わりだ」
キランが笑う。
「やっと意見が合ったね」
加速する。
**ドガッ!**
ヴェンティックスが支柱へ叩きつけられた。
ヘルメットがコンクリートへ激突する。
**バキッ!**
バイザーに亀裂が走った。
キランが撃つ。
ヴェンティックスが転がってかわす。
**ピュン!**
プラズマ弾が胸部へ命中した。
**バキバキッ!**
装甲が剥がれ落ちる。
ヴェンティックスがキランへ突進する。
キランがかわす。
ヴェンティックスのケーブルが後部スタビライザーを捕らえた。
**グイッ!**
MACH-01Aが回転する。
キランは天井へ激突した。
そして床へ。
ヴェンティックスが飛び降りてくる。
キランが上へ向かって発砲する。
**ピュン!**
弾がヴェンティックスのヘルメットに命中した。
**バキッ!**
フェイスプレートの半分が砕け散る。
ヴェンティックスがよろめいた。
キランは見つめた。
皮膚。
顎。
顔の一部。
装甲の下にいる男。
キランには見覚えがなかった。
だが、その姿を見たことで、ヴェンティックスが何か違って見えた。
危険ではなくなったわけではない。
ただ――
人間だった。
ヴェンティックスが壊れたヘルメットへ触れる。
そしてキランを見た。
「倒れたままでいればよかったんだ」
キランが咳き込む。
「最近、そればっかり言われるよ」
ヴェンティックスが突進する。
キランは加速しようとした。
何も起こらない。
「マッハ!」
「推進出力低下!」
ヴェンティックスが激突する。
**ドガッ!**
キランが床を突き破った。
**ドガシャァァン!**
下の階へ落下する。
MACH-01Aがコンクリートへ激突した。
キランの視界が真っ白になった。
数秒間――
動けなかった。
マッハのアバターが隣で明滅する。
「キラン!」
足音が近づいてくる。
ヴェンティックスが穴から降りてきた。
さらに多くの装甲が剥がれている。
片方の肩は完全に露出していた。
胸部装甲も破片のように垂れ下がっている。
ヘルメットもほとんど機能していない。
ヴェンティックスという殻が、一片ずつ剥がれ落ちていく。
その下から現れていたのはリヴァースだった。
だが、キランはまだその名前を知らない。
ヴェンティックスがMACH-01Aを掴む。
キランは抵抗しようとした。
動かない。
ヴェンティックスが片方のプラズマキャノンを引きちぎった。
**バキッ!**
「やめろ!」
椅子を殴る。
**ドガッ!**
もう一度。
**ドガッ!**
マッハが妨害しようとする。
ヴェンティックスが投影ユニットを払い飛ばした。
マッハが床へ叩きつけられる。
「マッハ!」
ヴェンティックスがMACH-01Aを蹴り、横倒しにする。
キランは荒い息を吐いた。
身体が言うことを聞かない。
ヴェンティックスが彼を見下ろしている。
彼自身の呼吸も今や乱れていた。
砕けたヘルメットの下から血が流れている。
露出した腕には火傷が広がっていた。
だが――
勝ったのは彼だった。
ヴェンティックスがブラスターへ手を伸ばす。
「学校にいればよかったんだ」
キランが見上げる。
ヴェンティックスが武器を構える。
その時――
**カチッ。**
ヴェンティックスが固まった。
壊れたヘルメットの後頭部に、何かが押し当てられている。
ブラスター。
続いて、聞き覚えのある声。
「銃を捨てろ、リヴァース」
ヴェンティックスの目が見開かれた。
キランが彼の向こうを見る。
そこにレイモンドが立っていた。
撃たれた肩にはきつく包帯が巻かれている。
すでに血が染み出していた。
顔は青ざめている。
それでも無事な腕は、微動だにしなかった。
ブラスターがヴェンティックスの頭部へ真っ直ぐ向けられている。
レイモンドは、破壊された装甲の下から露出した顔を見つめた。
その表情を満たしていたのは信じられないという驚き。
そして、その奥にあるもの。
痛み。
「ここはもうバランじゃない」
ヴェンティックスがゆっくりブラスターを下ろした。
「レイモンド」
キランの目が見開かれる。
「知り合いなの?」
レイモンドは目を逸らさない。
「ああ」
ヴェンティックスが苦々しく笑った。
「久しぶりだな」
「死んだと思ってた」
「知ってる」
レイモンドの表情が険しくなる。
「今までどこにいたんだよ?」
リヴァースが彼を見る。
「どこにいたか?」
笑いには一切のユーモアがなかった。
「それがお前の質問か?」
「リヴァース――」
「俺はあの洞窟で一人で目を覚ました」
レイモンドが黙る。
「自力で這い出した」
リヴァースの声が荒くなる。
「身体が動かなくなるまで、あの砂漠を這い続けた」
レイモンドの銃がわずかに下がる。
「人に見つけてもらった」
「村が俺を受け入れてくれた」
「命を救ってくれた」
レイモンドは見つめる。
「そして、ようやく故郷へ戻ってきたら……」
リヴァースの目が険しくなる。
「……俺には帰る場所なんてなかった」
「そんなことない」
「俺は死んでたんだぞ、レイモンド」
「俺たちにとってはな!」
リヴァースが止まった。
レイモンドの声が部屋に響く。
「俺たちはお前が死んだと思ってたんだ!」
「俺を置き去りにした」
「生きてるなんて知らなかった!」
「あの洞窟に俺を置いていった!」
「生きてるって分かってたら、俺は戻った!」
静寂。
リヴァースが彼を見つめる。
レイモンドが一歩近づいた。
「お前なら分かるだろ」
リヴァースは何も言わない。
「俺が戻ったって、お前なら分かってるはずだ」
ほんの一瞬――
リヴァースの表情が変わった。
怒りが弱まった。
ほんのわずかに。
だが十分だった。
レイモンドは気づいた。
「なあ」
声を柔らげる。
「それを置け」
リヴァースが自分のブラスターを見る。
「お前は生き残った」
レイモンドが続ける。
「もう一度チャンスをもらったんだ」
リヴァースは笑いそうになった。
「同じことを言われたよ」
「なら、そのチャンスを使え」
リヴァースが彼を見る。
「もう遅い」
「違う」
「遅いんだ」
「リヴァース――」
「俺は人を殺した」
レイモンドの顎に力が入る。
「狩ったんだ」
リヴァースがマッハを見る。
「殺されて当然の奴もいた」
そしてキランを見る。
「たぶん、そうじゃなかった奴もいる」
再びレイモンドを見る。
「でも、そのたびに……」
呼吸がゆっくりになる。
「……バランが静かになった」
レイモンドの表情が変わった。
リヴァースは疲れ果てているように見えた。
肉体ではない。
もっと古い何かが。
「どうやって戻ればいいのか、もう分からない」
レイモンドが唾を飲み込む。
「戻る必要なんてない」
一拍。
「ただ、やめればいい」
リヴァースはかつての仲間を見つめた。
数秒間――
キランは、本当にやめるのではないかと思った。
だがリヴァースの手がブラスターを強く握った。
レイモンドが気づく。
「やめろ」
リヴァースが振り向き始める。
「リヴァース!」
ブラスターが上がる。
レイモンドが引き金を引いた。
**バン!**
静寂。
リヴァースが止まった。
手から武器が滑り落ちる。
**カラン。**
彼はレイモンドを見た。
怒りはない。
憎しみもない。
ただ――
驚いていた。
そして――
リヴァースが崩れ落ちる。
レイモンドが受け止めた。
しばらくの間、二人の元兵士はそのままでいた。
レイモンドはゆっくりリヴァースを床へ横たえる。
彼を見下ろした。
「スナット……」
声はほとんど聞こえなかった。
リヴァースは二度と動かなかった。
誰も喜ばなかった。
やがてキランは、MACH-01Aをどうにか動ける状態まで起こした。
マッハのアバターも隣で安定する。
レイモンドはリヴァースのそばに残っていた。
キランがゆっくり近づく。
「レイモンド」
返事はない。
キランは隣で止まった。
「……ごめん」
レイモンドが下を見る。
「俺の仲間だった」
キランは何も言わない。
「第816大隊」
レイモンドが自分の腕の記章へ触れる。
「俺たちは、お互いの背中を守るはずだった」
「君は僕の背中を守ってくれた」
レイモンドが彼を見る。
キランが続ける。
「今、ありがとうって言っても、あまり意味はないかもしれないけど」
「意味はある」
マッハが近くへ浮かんだ。
「あなたの介入によって、キランと私、双方の破壊が回避されました」
レイモンドが疲れた笑みを浮かべる。
「まだ“破壊”って言うのか?」
「ヴェンティックスの用語は誤っていました」
それにはレイモンドも小さく笑った。
そして顔をしかめる。
手がすぐに肩へ伸びた。
キランは包帯に新しい血が広がっているのを見た。
「はい、もう決まり」
「俺は大丈夫だ」
「大丈夫じゃない」
キランがさらに近づく。
「今日、文字通り銃で撃たれたんだぞ」
「もっとひどい目に遭ったことがある」
キランが彼を見つめる。
「よし。これで僕と君は、お互いの医療判断を二度と批判できなくなったね」
マッハが即座に振り向く。
「その協定には強く反対します」
レイモンドが笑った。
そしてまた顔をしかめる。
キランが手を差し出した。
「行こう」
レイモンドがその手を見る。
「病院へ連れていく」
「俺は平気だ」
「レイモンド」
「俺は――」
「ドクター・ラクソンとX-Rayに診てもらおう」
レイモンドは最後にもう一度リヴァースを見た。
壊れた装甲。
露出した第816大隊の記章。
何年も前に死んだと誰もが信じていた男。
レイモンドは少しの間、目を閉じた。
そして開く。
「ああ」
キランの手を取る。
「分かった」
数分後――
MACH-01Aが損傷した建物から姿を現した。
エンジンは苦しそうに唸っている。
それでも動いていた。
レイモンドはキランのすぐそばにいる。
マッハも近くに浮かんでいた。
眼下には、シトロン・シティが地平線まで広がっている。
キランがレイモンドを見る。
「準備は?」
レイモンドが頷く。
「行こう」
MACH-01Aのスラスターが輝きを増した。
**ブォン!**
二人は夕暮れの空へ舞い上がった。
その背後では――
ヴェンティックスと名乗った悪夢が、ついに終わりを迎えていた。
だが、その装甲の下にはずっと――
リヴァースがいた。




