第816部隊
**ドォォォォン!**
レイモンドとヴェンティックスの拳が激突した。
衝撃が工房全体を揺らす。
作業台の上に散らばっていた工具がガタガタと震えた。
ひび割れていた天井照明がついに耐えきれず、落下する。
二人とも動かなかった。
レイモンドの外骨格が軋む。
ヴェンティックスの装甲に覆われた拳は、彼の拳と押し合ったままだ。
数秒間――
二人はただ互いを睨み合った。
やがてレイモンドが笑う。
「なるほど」
外骨格のサーボが唸る。
「なかなか力あるじゃねえか」
ヴェンティックスは何も言わない。
レイモンドの笑みが消える。
「相変わらず無口か」
突然、ヴェンティックスが身体を捻った。
レイモンドの手首を掴み、その勢いを逆に利用する。
**ドン!**
レイモンドが作業台へ叩きつけられた。
立て直すより早く――
ヴェンティックスが襲いかかる。
**バン!**
レイモンドが防ぐ。
**バン!**
もう一撃。
再び防御。
ヴェンティックスが蹴る。
レイモンドがその脚を掴んだ。
「捕まえた」
投げ飛ばす。
**ガシャァン!**
ヴェンティックスが積み上げられていた収納コンテナを突き破った。
床に倒れたまま、キランが見ている。
「やっちゃえ、レイモンド!」
隣でマッハがちらつく。
「体力を温存することを推奨します」
「精神的な応援だよ」
「その精神的な応援には相当量の酸素が必要です」
工房の反対側で――
ヴェンティックスが立ち上がった。
また。
キランがうめく。
「こいつ、一回くらい倒れたままでいてくれないの?」
「証拠を見る限り、無理なようです」
レイモンドが突進。
ヴェンティックスも正面から迎え撃つ。
**ドン!**
肩同士が激突した。
レイモンドがヴェンティックスを後方へ押し込む。
ヴェンティックスが足を踏ん張った。
ブーツの下で床が削れる。
レイモンドがさらに力を込める。
ヴェンティックスの動きが止まった。
レイモンドの目がわずかに見開かれる。
その瞬間――
ヴェンティックスがヘルメットをレイモンドの額へ叩き込んだ。
**ガン!**
「ぐあっ!」
レイモンドがよろめく。
ヴェンティックスの拳が顎へ直撃。
**ドン!**
レイモンドが壁へ叩きつけられる。
「レイモンド!」
「平気だ!」
ヴェンティックスが突進する。
レイモンドが両腕を上げる。
**ガシャァン!**
衝撃で背後の壁に亀裂が走った。
レイモンドがヴェンティックスの胴体を抱え込む。
外骨格のモーターが咆哮した。
その身体を完全に床から持ち上げる。
ヴェンティックスがレイモンドの脇腹を殴る。
一発。
二発。
三発。
それでもレイモンドは離さない。
「空を飛ぶのが好きか試してみようぜ」
工房の反対側へ投げ飛ばした。
**ゴォォッ!**
ヴェンティックスがギアの大型機械の一つへ激突。
**ドォォォン!**
金属がひしゃげる。
キランが顔をしかめる。
「ギアに殺される」
マッハが彼を見る。
「その懸念事項は、現在の優先順位ではかなり下がったと思われます」
「ギアがこれ見たら一気に上がるよ」
レイモンドが前へ進む。
ゆっくり。
慎重に。
今度は相手が何者なのか分かっていた。
ヴェンティックスは単に力が強いだけではない。
訓練されている。
すべての動きに目的がある。
無駄な動きがない。
闇雲な攻撃もしない。
レイモンドは以前、こういう戦い方をする人間を見たことがあった。
こういう人間たちと肩を並べて戦ったこともある。
ヴェンティックスが瓦礫から姿を現す。
二人は互いの周囲を回った。
レイモンドが左へフェイント。
ヴェンティックスは反応しない。
レイモンドが右から攻撃。
ヴェンティックスが防ぐ。
即座に反対の拳を繰り出す。
ヴェンティックスが屈んでかわした。
手首からケーブルが発射される。
**シュッ!**
レイモンドの外骨格へ巻きついた。
ヴェンティックスが引く。
レイモンドが前へよろめく。
膝が胸へ叩き込まれる。
**ドン!**
続いて肘。
**バキッ!**
レイモンドがよろめく。
ヴェンティックスが再び攻撃。
レイモンドが拳を掴む。
ヴェンティックスも彼の拳を掴んだ。
再び力比べ。
今度は――
どちらも一歩も譲らない。
キランが見つめる。
「レイモンドと互角だ」
マッハのアバターがちらつく。
「はい」
「レイモンド、外骨格着てるんだけど」
「承知しています」
「質問じゃないよ」
「それも承知しています」
キランが動こうとする。
すぐに全身へ痛みが走った。
「ぐっ……」
マッハが振り向く。
「やめてください」
キランは無視した。
MACH-01Aの操作系を握る。
インターフェースが明滅する。
「頼むよ」
反応なし。
もう一度試す。
**バヂッ!**
一基のスラスターが一瞬だけ咳き込むように噴射。
そして止まった。
マッハが真正面へ浮かぶ。
「キラン」
「何?」
「我々は戦闘に再参加すべきではありません」
キランが見つめる。
「レイモンドが一人であいつと戦ってる」
「現時点でレイモンドは、我々よりはるかに善戦しています」
「思い出させてくれてありがとう」
「侮辱の意図はありません」
キランが戦いを見る。
**ドン!**
レイモンドの一撃が決まる。
ヴェンティックスも一撃を返す。
**バン!**
レイモンドがよろめく。
だが立て直した。
キランは再び操作系を試す。
「まだ少しくらい動けるかも」
「先ほどの戦術は失敗しました」
「今は情報が増えた」
「彼が極めて危険だという情報です」
「役に立つね」
「キラン」
マッハが声を低くする。
「MACH-01Aは深刻な損傷を受けています。私自身のシステムも依然として不安定です」
アバターが一瞬崩れた。
顔にノイズが走る。
「再び戦闘へ参加することは推奨できません」
キランはレイモンドを見る。
ヴェンティックスが彼を別の作業台へ叩きつけた。
**ガシャァン!**
レイモンドは頭があった場所へブーツが振り下ろされる直前、転がって回避する。
キランが操作系を強く握る。
「一人で戦わせられない」
「あなたを戦わせないために、彼はここへ来たのです」
「うん」
キランの視線はレイモンドから離れない。
「でも今度は、僕のせいで彼が危険な目に遭ってる」
ヴェンティックスのケーブルがレイモンドの脚へ巻きつく。
**グイッ!**
レイモンドが床へ倒れた。
ヴェンティックスが突進。
レイモンドは仰向けになる。
外骨格の脚部ピストンが圧縮される。
そして――
蹴った。
**ドン!**
ヴェンティックスが後方へ吹き飛ぶ。
空中で身体を捻り、激しく着地。
レイモンドが無理やり立ち上がる。
「来い!」
ヴェンティックスが再び突進。
レイモンドは待つ。
近づく。
さらに近づく。
そして――
横へ踏み出す。
ヴェンティックスを捕らえ――
肩から鋼鉄製の支柱へ叩きつけた。
**ガシャァァァン!**
何かが裂けた。
ヴェンティックスの装甲の一部が部屋の反対側へ飛ぶ。
**ガン!**
ヴェンティックスが即座に後方へ跳んだ。
レイモンドが止まる。
キランも止まる。
マッハのスキャンが、新たに露出した部分へ集中した。
ヴェンティックスの上腕が剥き出しになっている。
筋肉質。
傷跡だらけ。
だが、レイモンドの目を奪ったのは傷ではなかった。
刺青だった。
ヴェンティックスの三角筋の一部を軍の徽章が覆っている。
レイモンドが凝視する。
戦いが始まって以来、初めて――
その表情が完全に変わった。
キランも気づく。
「レイモンド?」
ヴェンティックスが自分の腕を見る。
露出していることに気づいた。
その瞬間――
**ピュン!**
プラズマ弾が直撃。
ヴェンティックスがよろめく。
**ピュン!**
もう一発が同じ露出部分へ命中した。
「ぐあっ!」
キランが弱々しく笑う。
「サプライズ」
マッハが彼を見る。
「再び戦闘へ参加しないよう忠告しました」
「無視した」
「いつも通りですね」
キランがもう一発撃つ。
ヴェンティックスが動く。
**ピュン!**
プラズマが露出した腕をかすめる。
皮膚に軽い火傷が広がった。
重傷には程遠い。
だが痛みはある。
意思表示には十分。
そして――
さらに重要なのは――
状況を変えるには十分だった。
ヴェンティックスがレイモンドを見る。
次にキラン。
そしてマッハ。
ヘルメットがわずかに工房の出口へ向く。
レイモンドは即座に察した。
「おい、待て」
突進する。
「逃がさねえぞ」
ヴェンティックスがケーブルを発射。
レイモンドがかわす。
だが狙いは彼ではなかった。
吊り下げられたエンジンへ巻きつく。
**グイッ!**
エンジンが落下。
**ガシャァン!**
数百キロはある機械が二人の間へ叩きつけられ、レイモンドが後方へ跳ぶ。
顔を上げた時には――
ヴェンティックスはすでに動いていた。
「おい!」
レイモンドが瓦礫を乗り越える。
出口へ到着。
何もない。
ヴェンティックスは消えていた。
沈黙。
本物の静寂。
キランは数秒待った。
そして――
「行った?」
レイモンドは外を見つめたまま答える。
「ああ」
キランがMACH-01Aへ身体を預ける。
「ああ、よかった……」
マッハのアバターも隣へ降りる。
「同感です」
レイモンドが戻ってくる。
外骨格はへこみと傷だらけだった。
キランが彼を見る。
「大丈夫?」
レイモンドが頷く。
「お前は?」
キランがMACH-01Aを見る。
一枚のパネルが落ちた。
**ガン!**
「絶好調」
マッハが見つめる。
「キラン」
「生きてる」
「そちらのほうが正確です」
レイモンドが工房を見回す。
「俺が来る前に何があったんだ?」
キランがヴェンティックスの逃げたドアを指差す。
「あれがあった」
マッハが続ける。
「彼の発言から、契約によって行動していることが示唆されます」
レイモンドが眉をひそめる。
「殺し屋か」
「そう考えてる」
キランが痛そうに身体を動かす。
「個人的な恨みはない、ただの仕事だって言ってた」
レイモンドの表情が険しくなる。
「サヴァントが送り込んだと思ってるのか」
キランがマッハを見る。
マッハもキランを見る。
「他に誰がいる?」
レイモンドも反論できなかった。
その時、キランが思い出す。
「あの刺青」
レイモンドが黙った。
キランが彼を見る。
「見たんだよね」
「ああ」
「どこか見覚えがあった」
レイモンドは自分の腕を見る。
服の一部をめくり上げる。
自分の刺青を露出させた。
キランの目が見開かれる。
デザイン。
構造。
徽章。
同じだった。
損傷と、一瞬しか見えなかったせいで完全に一致しているとは言えない――
だが、十分だった。
「何なの?」
レイモンドが刺青を見つめる。
「第816大隊」
キランが眉をひそめる。
「第816?」
「俺が昔所属してた大隊だ」
損傷したマッハのアバターがレイモンドへ焦点を合わせる。
「つまり、襲撃者はあなたと同じ大隊に所属していた可能性がある、と?」
「俺たちの徽章を身につけてたって言ってるだけだ」
レイモンドが腕を下ろす。
「分かってるのはそれだけだ」
キランが破壊された入口を見る。
「じゃあ、知り合い?」
「かもしれない」
「安心した」
「安心するな」
レイモンドが首を振る。
「第816大隊には、何年もの間に何百人もの兵士が出入りしてた」
「じゃあ誰でもあり得る」
「まあ、そういうことだ」
キランがため息をつく。
「最高」
レイモンドは出口を見つめる。
その表情にはまだ不安が残っていた。
「元軍人なら、傭兵になったのも納得できる」
マッハが首を傾げる。
「説明を」
「軍を辞めた人間には、いろんな技能が残る」
レイモンドが自分のこめかみを指で叩く。
「戦闘訓練。武器の扱い。追跡。監視」
ヴェンティックスが残した惨状を見回す。
「辞めたあとに適切なコネさえ作れば、そういう技能で大金を稼げる」
キランにとって、まったく嬉しくない情報だった。
「つまり、元兵士でプロの殺し屋になった男がいて……」
「可能性はある」
「……Ventを殺すのが得意で……」
「そう見えるな」
「……サヴァントが僕を殺すために雇った可能性が高い」
レイモンドが頷く。
「俺もそう考えてる」
キランが背もたれへ身体を預ける。
「ミカイラのところに泊まればよかった」
マッハが彼を見る。
「結果論では、その通りです」
「ありがとう」
レイモンドの表情は真剣なままだった。
「もしあいつが本当にプロなら……」
キランを真っすぐ見る。
「……俺が思ってた以上に、お前は危険な状況にいる」
その時――
工房のドアが開いた。
三人が一斉に振り向く。
ギアが入ってきた。
両腕は完全に塞がっている。
交換部品の箱が腰から顎のあたりまで積み上げられていた。
「よし、新しいレギュレーターと交換用カップリング、それから――」
ギアが止まる。
沈黙。
その目がゆっくり工房の中を移動する。
破壊された棚。
粉々の作業台。
壊れた油圧リフト。
損傷したクレーン。
切断された修理用アーム。
床の真ん中に転がるエンジン。
焦げた壁。
粉砕された機械。
そして――
キランを見る。
キランが引きつった笑顔を浮かべる。
「やあ」
ギアの指から力が抜ける。
**ドサッ!**
すべての箱が床へ落ちた。
ギアは惨状を見る。
次にキラン。
そしてもう一度、惨状。
その顔が絶望に歪む。
「キラン!」
キランが顔をしかめる。
「何か言う前に――」
「何したの!?」




