翌朝
キランは規則正しい電子音で目を覚ました。
**ピッ。**
**ピッ。**
**ピッ。**
目を開ける。
白い天井。
医療機器。
病室。
キランはうめいた。
「スナット」
「おはようございます」
キランが顔を向ける。
近くにマッハのアバターが浮かんでいた。
いや――
その残骸、と言ったほうが近い。
数秒おきに姿がちらつき、身体には細いノイズの線が走っている。
キランが眉をひそめる。
「ひどい顔してるね」
マッハが彼を見つめる。
「あなたは感電したうえ、産業用ロボットアームに何度も殴打され、意識を失いました」
一瞬の間。
「それで、ひどいのは*私*ですか?」
「会話のきっかけだよ」
マッハの姿がちらつく。
キランは身体を起こそうとした。
その瞬間、全身に痛みが走る。
「痛っ――!」
「やめておくことを推奨します」
「言うの遅いよ」
ドアが開いた。
ミカイラが入ってくる。
目を覚ましているキランを見て、彼女は立ち止まった。
その顔に安堵が広がる。
そして――
怒り。
キランは気づいた。
「あ、まずい」
ミカイラがベッドへ近づく。
「ええ。まずいわね」
「怒る前に――」
「明らかな罠に自分から入っていった」
「正確には飛んで――」
「キラン」
「ごめん」
ミカイラは彼をじっと見つめた。
やがて、その表情が和らぐ。
彼女は身を屈め、キランを傷つけないよう慎重に抱きしめた。
キランも冗談をやめた。
彼女を抱き返す。
数秒間、二人とも何も言わなかった。
「怖かった」
ミカイラが囁く。
キランは目を閉じた。
「分かってる」
彼女が身体を離す。
「私の目の前で気を失ったのよ」
「ごめん」
今度は――
本心だった。
ミカイラがマッハを見る。
「あなたも壊れてるじゃない」
「放電によって、複数の投影システムおよび処理システムが損傷しました」
キランが眉をひそめる。
「どれくらいひどい?」
「修復可能です」
「よかった」
ミカイラが腕を組む。
「レイモンドがもうマッハをギアのところへ連れていったわ」
キランが顔をしかめる。
「ギアに殺される」
「順番待ちね」
数時間後――
キランは退院した。
痣だらけ。
全身が痛む。
疲労困憊。
それでも生きていた。
そして当然――
最初に向かったのはギアの工房だった。
ドアを開けた瞬間――
中のどこかからギアの叫び声が飛んできた。
「ダメ!」
キランが立ち止まる。
「まだ何も言ってないけど」
「言わなくても分かる!」
ギアがMACH-01Aの後ろから姿を現した。
キランは思わず顔をしかめる。
彼の車椅子はひどい有様だった。
装甲パネルが何枚も取り外されている。
片側から配線が垂れ下がっている。
推進システムの一部は真っ黒に焼け焦げていた。
近くにはレイモンドが立っている。
ギアがキランを指差す。
「私の仕事に何か恨みでもあるの?」
「ないよ」
「だって私がこれを直すたびに――」
ギアが作業台を叩く。
「――あんたはすぐに新しくて独創的な壊し方を見つけてくるじゃない!」
キランがマッハを見る。
「一応言っておくけど、今回は僕のせいじゃないよ」
レイモンドが笑う。
「自分からあの建物に入っただろ」
キランが彼を見る。
「どっちの味方?」
「お前」
「そうは見えないけど」
マッハが損傷したMACH-01Aのほうへ浮かんでいく。
ギアはちらつくアバターを見る。
「それと、あんたも逃げられると思わないでよ」
マッハが止まる。
「私は意思に反して拘束されていました」
「産業用機械に拘束されてる状態で、キランにマッハ速度を使わせたでしょ」
「成功しました」
ギアが見つめる。
マッハも見つめ返す。
「……ほぼ」
ギアがうめいた。
ひと通り文句を言い終えると――
空気が変わった。
レイモンドが作業台にもたれる。
「それで」
キランを見る。
「ようやく黒幕が分かったわけだ」
キランが頷く。
「サヴァント」
その名前が工房の空気に重く残る。
ミカイラが眉をひそめる。
「ジャリックとザイラが自分のために働いてたって認めたの?」
「正確には、自分のために働いてたとは言ってない」
キランは思い返した。
「二人のことを“供給者”って呼んでた」
マッハが頷く。
「さらに、二人が排除されたことで自身の事業に悪影響が出たと述べていました」
レイモンドが腕を組む。
「となるとSilverh33lsもか」
「オムニ・ワールドも」とキランが付け加える。
「ブースターも」
ミカイラが眉をひそめる。
「どこまでつながってるの?」
キランは黙った。
それこそが問題だった。
昨日より答えは増えた。
だが、その答えによってさらに多くの疑問が生まれてしまった。
「分からない」
キランはMACH-01Aを見る。
「でも、大事なことが一つ分かった」
レイモンドが続きを待つ。
「サヴァントは、どこかの部屋に座って犯罪者を送り込んでるだけの男じゃない」
キランはフォースフィールドを思い出した。
ロボットアーム。
電撃。
そして、自分が必死にもがく姿を冷静に眺めていたあの男を。
「本人も危険だ」
マッハが頷く。
「極めて危険です」
ミカイラが心配そうな顔をする。
「それに、あなたの家も知られてる」
沈黙。
キランの表情が険しくなる。
「うん」
その事実は何も変わっていなかった。
むしろ――
今ではさらに重大な意味を持っている。
レイモンドが一歩前へ出る。
「だったら、一人で家に帰るな」
キランが彼を見る。
「本気で言ってる」
レイモンドが自分を指差す。
「お前自身、俺の助けが必要だって言っただろ」
それからミカイラを指す。
「こいつもどう見ても離れる気はない」
ミカイラが頷く。
「その通り」
マッハが手を上げる。
「私もです」
キランは皆を見回した。
ゆっくりと笑みが浮かぶ。
「何?」
ミカイラが尋ねる。
「何でもない」
キランが人とのつながりを得るためにAIへ頼っている――
サヴァントはそんなことを言っていた。
だが、一つだけ。
とんでもなく間違っていた。
キランは一人ではない。
まったく。
その日の夕方――
シトロン・シティの反対側では――
暗いオフィスをクラシック音楽が満たしていた。
サヴァントは、破壊されたロボットアームの残骸のそばに立っている。
誰かが部屋を片づけていた。
ほとんどは。
戦いの傷跡までは消えていない。
サヴァントは机の上を指でなぞる。
そして、レコードプレーヤーのそばで止まった。
針が溝の中を滑らかに進んでいる。
**ザザザザ……**
サヴァントは割れた窓の向こうを見つめた。
キランには驚かされた。
マッハにも驚かされた。
そして彼らの仲間には――
間違いなく驚かされた。
失敗だった。
彼は失敗を嫌う。
それでも――
心配する理由はない。
キラン・キリアンは、最初の対面を生き延びただけだ。
次がある。
サヴァントは静かにレコードから針を持ち上げた。
音楽が止まる。
そしてオフィスは静寂に包まれた。




