誰もいない教室
眼下で街がぼやけていく。
キランがシトロン・シティの空を駆け抜けるたび、ビル群はガラスと鋼鉄の光の筋へと変わっていった。
指定された飛行レーンの間を慎重に縫いながら進み、その何層も下ではホバーカーが行き交っている。
高層ビルの壁面に設置された巨大なデジタル広告が次々と明滅し、広告やニュース映像の光が夕暮れの空を絶えず色鮮やかに染めていた。
生まれて初めて――
キランは完全に一人で飛んでいた。
ギアから指示が飛んでくることもない。
レイモンドがコーヒー片手に待機しながら、救急車についてまったく役に立たない冗談を言ってくることもない。
どこで曲がればいいのか教えてくれる障害物リングもない。
いるのは――
自分とマッハだけ。
強化されたスラスターが機体の下で安定した唸りを上げ、フレーム全体に微かな振動を伝えていた。
バイザーには学校までのナビゲーションマーカーが表示されている。
キランは笑顔を抑えられなかった。
「最高だな」
HUDの隅にマッハの紫色のアイコンが現れた。
『同感です』
キランは高層ビルを回り込むように旋回した。
その左側を、一台のホバーカーがかなり危険な距離で通り過ぎる。
運転手がこちらを凝視していた。
キランは慌てて進路を修正した。
マッハはしばらく黙っていた。
そして――
『まだ二回しか衝突しかけていません』
キランは眉をひそめた。
「“しか”?」
『昨日と比較すれば、大幅な改善です』
キランは少し考えた。
「……それならいいか」
『あなたの基準は驚くほど柔軟になりましたね』
「上達は上達だ」
キランはさらに加速した。
遠くに学校が見えてくる。
個別指導を忘れていたことに気づいて以来、初めて希望が戻ってきた。
もしかしたら――
そこまで遅れていないかもしれない。
もしかしたらクリストファーは残っているかもしれない。
もしかしたら他の生徒たちも、まだ待っているかもしれない。
もしかしたら――
バイザーが音を鳴らした。
ピコン。
右上に時計が拡大表示される。
キランは時刻を確認した。
笑顔が消えた。
「……やば」
マッハは慰めようとすらしなかった。
『二十七分の遅刻です』
「見ればわかる」
『リマインダーを希望したのはあなたです』
「これはいらなかった」
『あなたには、これこそ必要だと思われます』
キランは操作装置を前へ押し込んだ。
スラスターの出力が上がる。
風が轟音を立てる中、彼は学校へ向かって一気に加速した。
◇ ◇ ◇
キャンパスが視界いっぱいに迫った。
キランは降下を開始する。
速い。
たぶん――
速すぎる。
当然、マッハは即座に気づいた。
『減速してください』
「してる!」
『もっと』
「やってるって!」
『依然として危険な速度で降下しています』
「わかってる!」
駐車場が猛烈な勢いで迫ってくる。
キランは操作装置を一気に引いた。
機体は地面からわずか数フィートの位置で水平になり――
そのまま歩道へ激しく着地した。
ドンッ!
キランの身体がサポートシステムに押しつけられる。
スタビライザーが自動で姿勢を修正し、着陸がさらに恥ずかしい結果になるのを防いだ。
数秒間。
キランは完全に静止していた。
最初に口を開いたのはマッハだった。
『着陸完了』
キランは息を吐く。
「ほら」
『技術的には』
「技術的に成功なら成功だ」
『通常、成功した着陸にはもう少し衝撃が少ないものです』
「全部まだくっついてるだろ」
マッハが診断を開始した。
少し間があった。
キランは眉をひそめる。
「……全部まだくっついてるよな?」
『はい』
「なんで今、間を置いた?」
『演出です』
キランはディスプレイを睨んだ。
「ギアと一緒にいすぎだ」
『侮辱と受け取ります』
「そのつもりだよ」
◇ ◇ ◇
キランは学校の正面玄関を猛スピードで通り抜けた。
自動ドアは彼が到着する前に開いた。
おかげで、マッハに一生ネタにされるような新しい思い出を作らずに済んだ。
校内は静かだった。
完全な静寂。
生徒はいない。
教師もいない。
ロッカーが閉まる音もない。
遠くから聞こえる会話もない。
授業の間を急ぐ足音もない。
聞こえるのは、マッハのシステム音と、磨かれた床を進むキランの車輪の小さな音だけ。
胸の奥が沈んだ。
「マッハ……」
『わかっています』
キランは速度を上げた。
職員室の前を通る。
誰もいない。
食堂。
真っ暗。
廊下を一つ。
次の廊下。
さらに次。
どこへ行っても――
同じだった。
何もない。
自分の教室へ続く廊下へ着く頃には、キランはもう何が待っているのかわかっていた。
ただ――
見たくなかった。
教室の扉は開いている。
キランは減速した。
ゆっくり。
本当にゆっくり。
まるで静かに近づけば、中で待っている現実まで変えられるかのように。
入口へ到着する。
そして中を覗いた。
誰もいない。
机はそのまま。
何脚かの椅子が少しだけずれている。
一つの机にはノートが置きっぱなしになっていた。
ホワイトボードには、消しきれなかった文字が薄く残っている。
ここに人がいた証拠。
過去形だった。
“いた”。
“いる”ではない。
“いた”。
キランは教室へ入った。
「クリストファー?」
自分の声が微かに反響する。
返事はない。
もう一度。
「クリス?」
何もない。
個別指導は終わっていた。
クリストファーはいない。
そして――
キランは約束に間に合わなかった。
◇ ◇ ◇
しばらくの間、キランもマッハも何も言わなかった。
飛んでいた時よりも、今の静寂のほうが遥かに重かった。
キランは机の間をゆっくりと進んだ。
前方にある一脚の椅子が、机から引き出されたままになっている。
その横には何枚かの紙。
誰かが座っていた。
誰かが待っていた。
おそらく――
クリストファーも。
何度も時計を確認したのかもしれない。
キランは本当に来るのだろうかと考えていたのかもしれない。
そして最後には――
来ないのだと諦めたのかもしれない。
マッハがようやく口を開いた。
『もしかすると、誰も参加しなかった可能性もあります』
キランは弱々しく笑った。
「そうかもな」
二人とも信じていなかった。
部屋には、人がついさっきまでいた気配が残りすぎている。
生活の痕跡がありすぎた。
誰かは――
ここにいた。
キランは椅子の横で止まった。
クリストファーが個別指導に参加すると決めた理由は一つだけだった。
キランがそこにいると約束したから。
それが条件だった。
『でも、先生もいてくれるなら』
あの言葉を覚えている。
そして自分が何と答えたのかも。
『約束する』
なのに――
忘れた。
その失望は、どんな訓練中の事故よりも痛かった。
壁へ激突した時よりも。
戦闘アリーナで吹き飛ばされた時よりも。
あれらの失敗は、学んでいる途中だったから起きた。
でも今回は違う。
大切なことを忘れたから。
約束を。
「最高だな」
キランは俯いた。
「これでよく教師なんてやってるよ」
マッハのアイコンが暗くなる。
『クリストファーが一度の約束忘れだけで、あなたという人間のすべてを判断するとは思いません』
「そうかもな」
キランは空の椅子を見る。
「でも、俺なら自分をそう判断する」
マッハはすぐには答えなかった。
その沈黙が――
かえって辛かった。
なぜならキラン自身、自分の言葉が正しいと思っていたからだ。
◇ ◇ ◇
突然、廊下から足音が響いた。
速い。
重い。
そして――
聞き覚えがある。
「キラン!」
キランは目を閉じた。
もちろん。
数秒後、レイモンドが入口に姿を現した。
両手を腰に当て、その顔には安堵と苛立ちと――
キランが何をするか最初からわかっていた人間特有の疲労が混ざっていた。
「キラン」
キランは彼を見る。
「何?」
レイモンドは空っぽの教室を見回した。
そしてキランを見る。
「間に合わなかったな」
キランはため息をついた。
「見ればわかる」
レイモンドの苛立ちはすぐに消えた。
教室の中へ入ってくる。
「なあ」
キランは顔を上げない。
「こういうこともある」
「俺にはない」
レイモンドは眉を上げた。
「いや、お前には特にある」
キランはようやく顔を上げた。
「どういう意味だよ」
レイモンドは指を一本ずつ立て始めた。
「先月の職員会議」
「あれは誰も行きたくなかっただろ」
「歯医者の予約」
「最終的には思い出した」
「マッハのメンテナンス」
マッハが即座に割り込んだ。
『三十七回、リマインドしました』
キランが振り向く。
「どっちの味方だよ?」
『正確性です』
レイモンドは続ける。
「それから自分の誕生日ディナー」
「採点してたんだよ」
「採点してて自分の誕生日を忘れたんだぞ」
「ひどい作文だったんだ」
レイモンドはじっと見つめる。
キランは笑わないよう必死に耐えた。
それでも――
小さな笑みが漏れた。
レイモンドは即座に気づいた。
「ほら」
キランは笑顔を消す。
「調子に乗るな」
「乗ってない」
「今から乗るつもりだっただろ」
「たぶん」
キランはもう一度教室を見回した。
笑顔が消える。
レイモンドもそれに気づいた。
「明日謝ればいい」
キランは頷いた。
「うん」
「予定を組み直せ」
「うん」
「たぶん、わかってくれる」
キランはため息をついた。
「そうだといいけど」
レイモンドは機体の背もたれに手を置いた。
「こんなに落ち込めるくらいには、お前はちゃんと気にしてる」
キランは彼を見る。
「それ、慰めになってる?」
「いや」
レイモンドは少し笑った。
「でも次は絶対忘れないだろ」
残念ながら――
その通りだと思った。
◇ ◇ ◇
数分後、二人は学校を出た。
午後は夕暮れへと変わり始め、キャンパス全体が濃い黄金色に染まっている。
レイモンドはキランの横を歩きながらホバーバンへ向かった。
二人とも、ほとんど何も話さない。
キランはまだ個別指導のことを頭の中で繰り返していた。
正確には――
自分が参加しなかった個別指導を。
車へ到着すると、レイモンドが運転席のドアを開いた。
「乗って帰るか?」
キランは乗車用ランプを見る。
そして首を振った。
「いや」
レイモンドは眉をひそめた。
「いいのか?」
「うん」
マッハのアイコンが現れた。
『少し散歩をするべきだと思います』
レイモンドが瞬きをする。
「散歩?」
キランは微かに笑った。
「意味わかるだろ」
「まあな」
レイモンドは少し迷った。
そして頷く。
「わかった」
キランを指差す。
「遅くなるなよ」
キランは反射的に答えた。
「約束はできない」
「キラン」
「たぶん約束できない」
レイモンドはうめいた。
キランは笑った。
空っぽの教室を見つけて以来、初めて。
「そのほうがいい」
「変な空気にするな」
レイモンドはバンへ乗り込んだ。
「家で会おう」
「うん」
車体が浮上する。
その直後、レイモンドが窓を下げた。
「あと、何とも戦うなよ」
キランは彼を見つめる。
「は?」
「アンドロイド禁止」
「戦う予定ないよ」
「犯罪者も禁止」
「レイモンド」
「謎の発光物体も禁止」
「なんで謎の発光物体が出てくるんだよ」
レイモンドは肩をすくめた。
「お前、トラブルを引き寄せるから」
マッハが即座に言った。
『その主張を裏付ける証拠は存在します』
キランは顔をしかめた。
「援護しろよ」
レイモンドはもう一度指差した。
「とにかく五体満足で帰ってこい」
キランは手を振った。
「わかった」
ホバーバンが走り出す。
やがて角を曲がり、見えなくなった。
再び静寂が戻った。
◇ ◇ ◇
キランとマッハは歩道を進み続けた。
目的地はなかった。
キランは、まだ家へ帰りたくなかっただけ。
時には、動いているほうが楽だった。
失望が消えるわけじゃない。
失敗がなかったことになるわけでもない。
それでも――
少なくとも頭の中に、別の何かを追いかけさせることはできる。
通りを一つ。
また一つ。
さらに一つ。
進むにつれて、街の景色が変わっていった。
学校周辺の賑やかな商業地区は、静かな住宅街へ変わった。
住宅街は、やがて古い商業区画へ。
そして――
倉庫。
貨物施設。
廃工場。
人通りが減る。
交通量も少なくなった。
やがてキランは、自分がほとんど知らない工業地区まで来ていることに気づいた。
マッハは遥か前から気づいていた。
『現在地は自宅から約四キロメートルです』
キランは周囲を見る。
「だから?」
『あなたは普段、数ブロック以上の移動で文句を言います』
「考え事してるんだよ」
『考え事の結果、廃倉庫地区まで来ています』
「倉庫が考え事に向いてるのかも」
『その可能性は低いと思われます』
キランは進み続けた。
この辺りの建物は、ギアの工房周辺よりさらに古い。
窓を板で塞がれた建物。
何年も開いていないような錆びついた搬入口。
レンガ壁には、消えかけた会社名が残っている。
その中の一つ。
他と何も変わらない倉庫。
おそらくキランは、そのまま通り過ぎるはずだった。
声が聞こえなければ。
「……四時には来るはずだった」
キランは減速した。
マッハが即座に気づく。
『どうしました?』
キランは片手を上げる。
「聞いて」
二人とも黙った。
半開きになった窓から、別の声が漏れてくる。
「来るはずだった」
さらに別の声。
低い。
鋭い。
明らかに苛立っている。
「なら、どこにいる?」
キランはマッハのディスプレイを見る。
マッハは黙ったまま。
最初の男が緊張した声で答えた。
「来ます」
少し間があった。
「そう願うよ」
この会話だけなら、違法なものとは限らない。
人は毎日、遅れている相手を待つ。
それに腹を立てることだってある。
それでも――
何かがおかしい。
理由は説明できない。
マッハも同じ結論に達したらしい。
『帰宅を続行することを推奨します』
キランはゆっくりマッハを見る。
「お前が?」
『はい』
「戦車を無力化する方法を十七種類も知ってるAIが?」
『その通りです』
「なのに帰れって?」
『それもその通りです』
キランは倉庫を見る。
「じゃあ余計に気になる」
『あなたの好奇心は、過去の統計上、身体的負傷との強い相関関係があります』
「そんなことない」
マッハが小さなリストを表示した。
**《アンドロイド事件》**
**《飛行コース》**
**《戦闘アリーナ》**
キランは顔をしかめた。
「二つは訓練だろ」
『あなたの怪我は、訓練と現実を区別していません』
「……それはそう」
◇ ◇ ◇
また窓から声が聞こえた。
「間違ってないんだろうな」
キランの笑顔が消えた。
今度の声には訛りがあった。
フランス訛り。
「待たされるために、わざわざフランスから飛んできたんじゃない」
三人目が即座に答える。
「もちろんです、ベリゼールさん」
キランは固まった。
マッハのアイコンが明滅する。
『ベリゼール……』
キランは囁いた。
「知ってる?」
『いいえ』
「俺も知らない」
なぜか――
それが余計に不安だった。
マッハが検索を開始する。
キランはゆっくり倉庫へ近づいた。
『キラン』
「何?」
『不審な建物へ接近しています』
「ちょっと近づいてるだけ」
『それを接近と言います』
「聞こえないんだよ」
『それはむしろ好都合かと』
キランは無視した。
半開きの窓は地面から数フィート上にある。
その下へ移動する。
そして機体のスタビライザーを起動した。
マッハがため息をついた。
『これから賢明ではない行動を取ろうとしていますね』
「見るだけ」
『あなたの場合、“見る”の後には大抵“やる”が続きます』
「一回だけ」
『ゼロ回を推奨します』
「一回」
『ゼロ』
キランは静かに機体を上昇させ、窓と同じ高さまで上がった。
中では会話が続いている。
「荷物はもう届いているはずだ」
「到着します」
「買い手は?」
「確認済みです」
少し間があった。
そして――
「EDFDは?」
キランの表情が変わった。
今のは違う。
低い声の男が答える。
「銀行強盗でも追わせておけ」
数人の男が笑った。
キランの鼓動が速くなる。
マッハの公開データ検索には、有益な情報が出なかった。
**《ガストン・ベリゼール》**
**《確認済み公開プロフィールなし》**
キランは眉をひそめた。
「何もない?」
『有力な情報はありません』
また別の声。
「ベリゼールさん、ルネが――」
男は即座に遮った。
「ルネが何と言ったかは知っている」
沈黙。
「妹は心配しすぎなんだ」
マッハが声を落とした。
『ここを離れるべきです』
キランも囁く。
「今?」
『はい』
「何が起きてるのかもわからないのに?」
『その通りです』
しかし――
キランの好奇心はすでに勝っていた。
窓へ顔を近づける。
マッハのアイコンが暗くなった。
『強く反対します』
「了解」
『アンドロイドを攻撃した時もそう言いました』
「今回は違う」
『行動を見る限り、そうは思えません』
キランは窓の隙間から中を覗いた。
そして――
即座に後悔した。
◇ ◇ ◇
倉庫は廃墟ではなかった。
まったく違った。
工業用照明が巨大な内部を照らしている。
貨物コンテナ。
作業ステーション。
車両。
そして――
何十人もの武装した男たち。
キランのバイザーが自動的に物体を識別し始めた。
最初の表示。
**《規制対象プラズマライフル》**
次。
**《軍用エネルギーセル》**
さらに。
**《戦闘ドローン》**
キランの胃が締めつけられた。
床には開いた木箱が並んでいる。
中身は武器。
街のチンピラが持つような武器ではない。
盗まれた拳銃でもない。
軍用装備。
プラズマライフル。
小型キャノン。
爆発物。
照準モジュール。
装甲。
本格的な作戦を実行するには十分すぎる量だった。
黒いタクティカル装備を身につけた男たちがコンテナの間を行き交い、在庫を確認しながら機材を運んでいる。
何人かは堂々と武器を持っていた。
その中心に――
仕立てのいい暗色のスーツを着た男が立っていた。
ガストン・ベリゼール。
錆びた鉄骨と汚れたコンクリートに囲まれた中で、明らかに場違いだった。
完璧に整えられた髪。
高級な服。
余裕のある立ち姿。
自分で武器を持つ必要などない男。
なぜなら――
周囲の全員が代わりに武器を持っているから。
ベリゼールは開いた箱の中身を確認した。
不機嫌そうだった。
「いくつだ?」
技術者が答える。
「稼働可能なのは二十三体です」
「二十三だけ?」
「残りは最終統合が必要です」
ベリゼールの表情が険しくなる。
「四十と聞いていた」
「予定より遅れています」
「なら遅れるな」
技術者は即座に頭を下げた。
「はい」
しかしキランは、ほとんど聞いていなかった。
視線は別の箱へ向いていた。
中に何かがある。
機械部品。
黒い合成装甲。
黄色い光学センサー。
キランは固まった。
脳裏に学校の駐車場が蘇る。
あのアンドロイド。
ゴム加工された外装。
光る瞳。
マッハも類似点を認識した。
『キラン』
「見えてる」
倉庫内の大型モニターには、人型機械のデジタル設計図がゆっくりと回転していた。
キランの胃が沈む。
あの女を襲ったアンドロイドと――
ほとんど同じ。
同じボディ設計。
同じ装甲構造。
同じ光学システム。
ベリゼールがモニターへ振り向く。
「次のロットは?」
「二日後です」
「遅すぎる」
「統合作業に予想以上の時間がかかっています」
「なら急げ」
技術者が躊躇する。
「ですが、コアが不安定で――」
ベリゼールが彼を見つめた。
技術者は即座に続ける。
「……間に合わせます」
「よろしい」
キランは微動だにしなかった。
これは単なる犯罪じゃない。
強盗でもない。
暴走したアンドロイドでもない。
組織的だ。
意図的に行われている。
戦闘用機械。
武器の輸送。
何かを計画している人間たち。
何か――
大きなことを。
マッハが静かに言った。
『EDFDへ通報する必要があります』
今回ばかりは、キランも反論しなかった。
「……ああ」
ゆっくり後退する。
慎重に。
静かに。
本当に――
ゆっくり。
その時。
装甲化されたアームレストが、緩んでいたパイプに触れた。
カンッ。
小さな音。
ほとんど何でもない音。
だが――
倉庫内の会話がすべて止まった。
キランは固まった。
マッハも固まった。
声が聞こえる。
「……今の音は?」
キランの目が見開かれた。
マッハのアイコンが点滅する。
『離脱してください』
窓へ近づいてくる足音。
キランは機体を下げた。
「マッハ」
『飛行システム準備完了』
ガラスの向こうに影が現れる。
キランは後ろへ下がった。
窓が勢いよく開いた。
「おい!」
キランは待たなかった。
スラスター点火。
一気に通りを飛び出す。
背後で怒号が響いた。
「誰だ!?」
「捕まえろ!」
倉庫の搬入口が開き始める。
男たちが次々と外へ飛び出した。
何人もライフルを持っている。
マッハのHUDが即座に対象を強調表示した。
**《複数の敵性対象》**
**《武器検出》**
キランは加速する。
「気分転換どころじゃなくなったな!」
『調査しないよう忠告しました』
「今それ言うな!」
プラズマ弾が肩の横を通過した。
次の一発がすぐ横の壁へ命中する。
ドォン!
レンガが爆発し、通りへ飛び散った。
キランは反射的に身を低くした。
スラスターの光がさらに強くなる。
静かな夕暮れは――
もう消えていた。
人気のなかった工業地区の通りは、一瞬にして戦場と化した。
キランは遠くに見えるシトロン・シティのスカイラインへ向かって疾走する。
その背後では、武装した男たちが倉庫から次々と飛び出していた。
マッハがバイザー上に脱出ルートを表示し始める。
そして――
キランの中に、一つの恐ろしい事実が浮かび上がった。
偶然、数人の犯罪者を見つけたわけじゃない。
巨大な作戦そのものを見つけてしまった。
武器。
アンドロイド。
学校の駐車場一つどころではない場所を脅かせるほどの火力。
ガストン・ベリゼールが何を企んでいるにせよ――
キランは今。
その計画の一部になってしまった。




