明らかな罠
招待状は、まだキランのテーブルの上に置かれていた。
場所。
日付。
時間。
そして一番下には――
**あなたの一番のファンより**
レイモンドはそれを見つめた。
次にキランを見る。
そしてまた招待状を見る。
「罠だ」
キランが頷く。
「明らかにね」
「いや。お前、この罠がどれだけ分かりやすいか本当に理解してないだろ」
「してるよ」
レイモンドが招待状を指差す。
「もうこれ、『親愛なるキランへ。殺したいので、この怪しい場所まで来てください』って書いてあるようなもんだぞ」
マッハがテーブルの隣に浮かぶ。
「認めるのは不本意ですが、レイモンドの評価は正確です」
レイモンドが振り向く。
「なんで認めるのが不本意なんだ?」
「あなたを調子づかせたくありません」
「ありがとうよ」
キランが招待状を手に取る。
「それでも行く」
レイモンドが両手を上げる。
「じゃあ、お前は馬鹿だ」
「たぶんね」
「本気で言ってるんだぞ、キラン」
「僕も本気だよ」
その一言で空気が変わった。
レイモンドが両手を下ろす。
マッハの表情も真剣になる。
キランはもう一度招待状を見る。
「罠だって分かってる」
「だったら、なんで自分から飛び込む?」
「これを送った奴は、もう僕がどこに住んでるか知ってるから」
沈黙。
キランがカードの一番下を軽く叩く。
「考えてみて。僕が行かなかったら、次はどうなる?」
レイモンドは答えない。
「また手紙を送ってくる?」
キランがアパートの玄関へ視線を向ける。
「電話してくる?」
表情が険しくなる。
「ここへ来る?」
マッハがその可能性を検討する。
「残念ながら、その可能性は否定できません」
「でしょ」
キランが招待状を置く。
「それに、今まで僕らが相手にしてきた連中を考えたら……」
ジャリック。
ザイラ。
ベリゼール。
Silverh33ls。
「……今回の相手を甘く見るのは、あまりいい考えじゃないと思う」
レイモンドが眉をひそめる。
「つまり何が言いたい?」
キランの真剣な表情が、ゆっくり笑みに変わる。
「つまり……」
レイモンドが即座に警戒する。
「……作戦がある」
「やめろ」
「それで、君の助けが必要」
レイモンドがキランを見つめる。
一瞬、キランはまた反対されると思った。
だが――
レイモンドは笑った。
「俺がお前の背中を守るのは分かってるだろ」
キランが頷く。
「分かってる」
「何でも言え」
マッハが二人を見比べる。
「キランの過去の行動を考慮すると、その発言には制限を設けることを推奨します」
レイモンドが笑う。
「たぶんな」
翌日――
シトロン・アカデミーは完全にいつも通りだった。
むしろ腹が立つほどに。
キランは授業をした。
生徒たちは、彼に聞こえていないと思いながらひそひそ話をする。
一人は課題を忘れた。
別の一人は、タブレットが謎の力によって自分の課題を削除したと言い張った。
キランはどちらも信じなかった。
授業が終わる頃には、廊下はいつもの混沌に包まれていた。
生徒たちが教室から溢れ出す。
ロッカーが開き、勢いよく閉まる。
あらゆる方向から会話が重なり合う。
キランは、隣に浮かぶマッハとともに人混みを進んだ。
その時――
ミカイラが見えた。
まっすぐこちらへ向かってくる。
キランが笑う。
「完璧なタイミング」
「マッキントッシュ先生!」
突然、一人の生徒が彼女を呼び止めた。
ミカイラが立ち止まると、生徒はタブレットを突き出しながら何かを質問し始める。
キランはそれを見つめた。
「ほぼ完璧なタイミング」
そしてマッハを見る。
「ちょっと質問」
「どうぞ」
「僕の住所を知ってる不気味な知らない奴から、廃墟で会おうって招待されて、それに行くつもりだって、どうやって彼女に伝えればいいと思う?」
マッハは一瞬も迷わなかった。
「正直に」
キランが眉をひそめる。
「もっといい答えを期待してた」
「欺くことは推奨できません」
「怒られたら?」
「その反応が正当であることを理解するべきです」
キランが彼を見つめる。
「感情的に成熟してる時の君って、本当に鬱陶しい」
「私は主に、あなたが何をするべきではないかを観察することで学習しました」
「ひどくない?」
「しかし効果的です」
「ねえ」
キランが顔を上げる。
ようやくミカイラがこちらまで来ていた。
「やあ」
彼女は身を屈め、キランにキスする。
そして身体を離す。
その笑顔がゆっくり消えた。
「何?」
キランが瞬きをする。
「何が?」
「その顔してる」
「どの顔?」
「私に何かをどう伝えようか考えてる時の顔」
キランがマッハを見る。
「僕ってそんなに分かりやすい?」
「うん」
「はい」
二人が同時に答えた。
キランがため息をつく。
「分かったよ」
さっさと終わらせたほうがいい。
「じゃあ、確認するね」
ミカイラは腕を組んで立っていた。
「誰かがあなたのアパートの外に謎の招待状を置いていった」
「うん」
「その人は、あなたがどこに住んでるか知ってる」
「うん」
「誰なのかは分からない」
「その通り」
「何が目的なのかも分からない」
「それもその通り」
「それで、どこかの廃墟で会おうって言われた」
「だいたいそんな感じ」
ミカイラがキランを見つめる。
「それで、行くのね」
キランが弱々しく笑う。
「……うん」
彼女の表情が即座に変わった。
「キラン!」
「分かってる!」
「どう考えても罠でしょ!」
「レイモンドもそう言った」
「レイモンドが正しい!」
「マッハもそう言った」
マッハが頷く。
「彼女も正しいです」
キランが彼を見る。
「君は僕の味方でしょ」
「私の役割は、あなたの判断ミスを肯定することではありません」
ミカイラは二人を無視した。
「少なくとも作戦はあるの?」
キランが少し間を置く。
そして笑った。
「面白いこと聞くね」
ミカイラの目が細くなる。
「キラン」
「実は、それが次に話そうと思ってたこと」
少し彼女へ近づく。
「作戦はある」
ミカイラが待つ。
「それで……」
キランが笑う。
「君の助けが必要なんだ」
ミカイラの表情が和らいだ。
「よかった」
キランが瞬きをする。
「よかった?」
「うん」
彼女は腰に手を当てる。
「だって、私を置いて行かせるつもりはないから」
キランが笑う。
「そう言うと思った」
「じゃあ、話は決まり?」
「完全に」
ミカイラが顔を近づける。
「それと、この作戦が信じられないくらい無茶なことをする内容だったら――」
「“信じられないくらい”の定義は?」
「キラン」
「はい」
彼女がキランの額にキスする。
「これに協力したことを後悔させないでね」
キランがマッハを見る。
マッハがキランを見る。
キランが笑う。
「約束はできない」
ミカイラが即座に振り返る。
「何?」
「何でもない!」
待ち合わせの日がやってきた。
キランは建物を見上げた。
「さて……」
レイモンドが外骨格を装着して隣に立っている。
反対側にはミカイラ。
マッハはMACH-01Aの上に浮かんでいた。
誰一人として、その建物に感心している様子はなかった。
明らかに、何十年も前に全盛期を終えている。
いくつもの窓が割れていた。
入口の上にある古い看板は、文字が判別できないほど色褪せている。
上層階の一部は完全な暗闇。
昼間だというのに、廃墟そのものだった。
レイモンドが腕を組む。
「間違いなく罠だな」
「それはもう確認したでしょ」
「もう一度確認しておきたかった」
キランがミカイラを見る。
彼女は笑っていなかった。
視線は建物に固定されたまま。
キランの笑みも少し消える。
「ねえ」
ミカイラが彼を見る。
「気をつけるから」
「絶対にね」
キランがレイモンドへ向き直る。
「二人とも、作戦は覚えてる?」
レイモンドが頷く。
「外で待機」
「あなたの合図を待つ」とミカイラ。
「それより前に何か聞こえたら?」
レイモンドが笑う。
「突入する」
キランが頷く。
「その通り」
ミカイラが一歩近づく。
「それで、あなたから何の連絡もなかったら?」
キランが少し間を置く。
「その時は……」
ミカイラが眉を上げる。
「……突入して」
「正解」
マッハが入口へ向かって浮かぶ。
「進みましょう。命に関わる可能性のある待ち伏せに遅刻するのは失礼です」
キランが笑う。
「ほらね? だからこいつをそばに置いてるんだ」
最後にもう一度ミカイラを見る。
「準備はいい?」
明らかに、彼女は準備できていなかった。
それでも頷く。
「気をつけて」
キランは安心させるように笑った。
そして入口へ向き直る。
MACH-01Aのエンジンが静かに唸る。
キランとマッハは廃墟へ向かって進んだ。
レイモンドとミカイラはその場に残る。
待つ。
見守る。
合図があれば、いつでも動けるように。
キランは入口をくぐる直前で止まった。
割れた窓を見上げる。
この中のどこかで――
彼の一番のファンが待っている。
キランがため息をつく。
「さて……」
マッハが彼を見る。
「何です?」
キランはそのまま入口をくぐった。
「僕らのストーカーに会いに行こうか」




