オムニ・ワールド
翌日の午後――
キランは教員ラウンジでミカイラの向かいに座り、学食が寛大にも「パスタ」と呼んでいる何かをフォークでつついていた。
一本の麺を持ち上げる。
濡れたロープの切れ端のように、フォークからだらりと垂れ下がった。
キランが眉をひそめる。
「これ、食べ物だと思う?」
ミカイラは昼食から顔も上げなかった。
「もう半分食べてるでしょ」
「質問の答えになってないよ」
「なってるようなものじゃない?」
キランは渋々それを口に入れた。
ミカイラが笑う。
「それで……」
キランは即座に察した。
「嫌だ」
「まだ質問すらしてないけど」
「昨日のこと聞くんでしょ」
「建物は元気?」
キランが見つめる。
ミカイラが吹き出した。
「嫌い」
「嘘」
「残念ながらね」
彼女がテーブル越しに身を乗り出し、キランの頬にキスする。
キランが笑う。
「よし。ちょっとだけ嫌いじゃなくなった」
「本当にオフィスへ突っ込んだの?」
「Silverh33lsにオフィスへ突っ込まされたんだよ」
「シルバーヒールズ?」
キランがため息をつく。
「Eの代わりに3が二つ」
「でしょうね」
マッハが隣に現れる。
「Silver-H-three-three-L-Sです」
ミカイラが見つめる。
「もっとひどい」
「でしょ!」とキラン。
その時――
廊下から大きな歓声が上がった。
「うおお!」
「行け! 行け!」
「登れ!」
キランがドアを見る。
「今度は何?」
数人の生徒たちが、ベンチに座る少女を囲んでいた。
シエラ。
目には滑らかなデザインのバイザーを装着し、両手を何もない空間の中で動かしている。
「左!」
「違う、反対の左!」
「やってるって!」
生徒たちが笑う。
キランとミカイラが近づいた。
「何やってるの?」
一人の生徒が振り向く。
「オムニ・ワールド」
キランが眉をひそめる。
「オムニ・ワールドって?」
シエラがバイザーを持ち上げる。
「新しいVRゲーム」
キランの興味が即座に消えた。
「ああ」
だがシエラが続ける。
「まだベータ版なんだけど、自分のアバターで現実世界に干渉できるの」
キランが止まった。
マッハも止まった。
二人はゆっくり互いを見る。
キランがシエラへ向き直る。
「もう一回言って」
シエラが笑う。
「自分のアバターで現実世界に干渉できる」
キランが近づく。
「見せて」
彼女が再びバイザーを下ろす。
その上に小さなディスプレイが投影された。
画面には――
シエラのデジタルアバターが、巨大な雪山を登っていた。
アバターの周囲で風が吹き荒れる。
崖には雪がこびりついている。
遥か眼下には広大な谷。
キランが眉をひそめる。
「そこ、どこ?」
「セレニティの郊外」
キランが彼女を見る。
「つまり、そのアバターが本当にそこにいるってこと?」
「うん」
シエラが腕を上へ伸ばす。
アバターも同じ動きをする。
シエラが引く。
アバターが登る。
キランの表情が変わった。
マッハがプログラムをスキャンする。
「興味深いですね」
ミカイラがキランを見る。
「その顔、知ってる」
「どの顔?」
「また何かを自分の問題にしようとしてる顔」
キランは無視した。
「これ、どこで手に入れたの?」
シエラがバイザーを上げる。
「ネット」
「普通にダウンロードできるの?」
「うん。ベータ版は無料」
キランとマッハがもう一度顔を見合わせる。
ミカイラがため息をつく。
「今夜の予定、なくなったね」
キランが笑う。
「たぶん」
その夜――
キランは自宅の寝室でコンピューターの前に座っていた。
マッハが肩越しに浮かぶ。
レイモンドも近くに座っていた。
キランが入力する。
**OMNI-WORLD**
検索。
いくつもの結果が表示された。
一番上には公式ページ。
キランがクリックする。
ウェブサイトが開く。
そして――
それだけだった。
キランが見つめる。
黒い画面。
銀色のロゴ。
**OMNI-WORLD**
他には何もない。
レイモンドが眉をひそめる。
「怪しいな」
「それか、ウェブデザインが壊滅的」
マッハがページをスキャンする。
「運営元を特定できる情報がほとんどありません」
キランがスクロールする。
会社の住所なし。
開発者のプロフィールなし。
技術仕様なし。
この技術がどう動いているのかという説明すらない。
「誰が作ってるの?」
マッハが検索する。
「記載なし」
「会社は?」
「記載なし」
「連絡先?」
「記載なし」
キランが背もたれにもたれる。
「普通だね」
レイモンドが笑う。
「完全にな」
キランはさらに調べた。
やがて――
ページの一番下近くに、小さなリンクを見つけた。
ほとんど隠されている。
**あなたがずっと望んでいた人生を**
キランが見つめる。
レイモンドが身を乗り出す。
「不穏だな」
「だよね?」
「ポッドの中で目を覚ます直前に聞かされそうな言葉だ」
マッハが考える。
「その評価は不必要なほどディストピア的です」
キランが画面を指差す。
「これ見てよ」
マッハが見る。
「……若干ディストピア的ですね」
「でしょ」
キランがクリックする。
読み込みマークが現れた。
一度。
二度。
そして――
**ご注文ありがとうございます。**
キランが固まった。
レイモンドが眉をひそめる。
「何?」
さらに一行が表示される。
**3~5営業日以内にお届けします。**
沈黙。
キランがゆっくりレイモンドを見る。
レイモンドもキランを見る。
二人がマッハを見る。
マッハは画面を見つめていた。
キランが指差す。
「何か注文した?」
「いいえ」
レイモンドが両手を上げる。
「俺を見るな」
キランが画面へ戻る。
「住所すら入力してないよ」
マッハがページ内部を検索する。
「カートなし」
「支払い情報なし」
「配送フォームなし」
「注文履歴なし」
キランが眉をひそめる。
「じゃあ、僕ら何を注文したの?」
「不明です」
さらに30分ほど調べ続けた。
何も出ない。
役に立つ名前もない。
Silverh33lsにつながる手がかりもない。
奇妙な注文確認についての説明すらない。
キランはようやく背もたれにもたれた。
「行き止まり」
レイモンドが立ち上がる。
「じゃあ、残る手は?」
キランが窓の外に広がる街を見る。
「昔ながらの方法で見つける」
レイモンドが笑う。
「そう言うと思ったよ」
しばらくして――
レイモンドの外骨格が身体を包んでロックされた。
**ガチャン。**
キランもMACH-01Aに身体を収める。
マッハが隣に現れた。
レイモンドがキランを見る。
「で、作戦は?」
キランが笑う。
「目立つ銀色のホットロッドを探す」
「何百万人もいる街で?」
「うん」
レイモンドがため息をつく。
「素晴らしい作戦だ」
二人は一時間近く探し回った。
ダウンタウン。
娯楽地区。
上層交通レーン。
シトロン工業地区。
何もない。
銀の弾丸も。
Silverh33lsも。
キランがこの作戦そのものを考え直し始めた、その時――
かすかな音が届いた。
**ウゥー……ウゥー……**
キランが止まる。
レイモンドが彼を見る。
マッハが遠くのサイレンへ振り向く。
そして――
二つの建物の間を、銀色の閃光が駆け抜けた。
キランが笑う。
「見つけた」
その後ろから数台のC.C.P.D.巡回艇が現れる。
また追跡だ。
レイモンドがスラスターを起動する。
「行くか?」
キランが首を振る。
「いや」
マッハが驚いた顔をする。
「行かないのですか?」
「前回追いかけた時、僕はオフィスビルの一部になったからね」
「説得力のある理由です」
キランはビル群の間へ消えていく銀の弾丸を見つめた。
「今回は……」
車椅子が前へ傾く。
「……尾行する」
**ゴォッ!**
キランが加速。
レイモンドが続く。
そして遥か前方では――
Silverh33lsが夕空を駆け抜けていた。




