銀の弾丸
シトロン・シティの夕空を、サイレンが切り裂いた。
**ウゥー! ウゥー!**
数台のC.C.P.D.巡回艇が高層ビルの間を猛スピードで駆け抜け、空中レーンを走っていたホバーカーたちが慌てて道を空ける。
その先には――
銀色の閃光。
その車両は細長く、車高も低い。
まるで昔ながらのホットロッドを、そのまま未来へ引きずり込んだような姿だった。
クローム仕上げの車体が街のネオンを反射し、後部のツイン推進ユニットが轟音を上げる。
**ゴォォォォッ!**
二台の通勤用輸送艇の間を一気にすり抜けた。
警察が追う。
辛うじて。
アダムは巡回艇の操縦桿を強く握った。
「曲がるぞ!」
隣ではパトロールが腹立たしいほど冷静だった。
「見えています」
「だったら先に言え!」
アダムが操縦桿を勢いよく倒す。
巡回艇が急旋回――
その瞬間、紫色の閃光が隣へ降りてきた。
アダムが横を見る。
その表情が即座に曇った。
「駄目だ」
MACH-01Aに乗ったキランが笑う。
「やあ」
「駄目だ」
マッハがキランの隣に浮かぶ。
「こんばんは、ヘンリー巡査」
「絶対に駄目だ」
キランが眉をひそめる。
「何が?」
アダムが二人を指差す。
「首を突っ込むな!」
「何もしてないよ」
「警察のカーチェイスのど真ん中を飛んでるだろ!」
「偶然だよ」
マッハがキランを見る。
「その発言は虚偽です」
キランがため息をつく。
「ありがとう」
銀色の車両が突然加速した。
**ゴォォォォォッ!**
アダムがスロットルを前へ押し込む。
キランも同じく加速。
マッハが逃走するホットロッドをスキャンする。
「現在速度、時速300キロメートルを超過」
キランが眉を上げる。
「速いね」
「その通りです」
一台の警察巡回艇が遅れ始める。
続いてもう一台。
アダムも必死に食らいつくが、ダッシュボードに警告灯が次々と点灯した。
パトロールが下を見る。
「エンジン温度、危険域」
アダムが歯を食いしばる。
「頼むぞ……」
銀色の車両がさらに加速。
今度こそ――
アダムは追えなかった。
「キリアン!」
キランが振り返る。
「馬鹿なことするなよ!」
キランが笑う。
「約束はできない!」
アダムが呻く。
「あいつ大嫌いだ」
やがて警察のサイレンすら、キランの後方へ消えていった。
追跡を続けられるのはMACH-01Aだけ。
それすら――
ぎりぎりだった。
銀の弾丸はさらに距離を広げていく。
キランが前傾姿勢になる。
「マッハ、あとどれくらい速度出せる?」
「現在の推進出力は、ほぼ限界です」
キランは小さくなっていく車両を見つめる。
「じゃあ、マッハ速度を起動」
マッハがため息をつく。
「そう言うと思っていました」
MACH-01Aの各部パネルが動く。
追加スラスターが展開。
エネルギーが車椅子全体を駆け巡る。
「マッハ速度、起動」
**ドォォォン!**
すべてが一瞬でぼやけた。
建物が光の線へと引き伸ばされる。
交通車両が色彩の帯へ変わる。
MACH-01Aが爆発的に加速し、キランの身体がシートへ強く押しつけられた。
「うおおっ!」
「叫ぶのはお控えください」
「楽しんでるんだよ!」
わずか数秒後――
銀の弾丸が目の前にいた。
「捕まえた」
キランのプラズマキャノンが展開する。
**キィィィン!**
発射。
**ピュン! ピュン!**
光弾が銀色の車体へ命中――
そして弾かれた。
**キィン!**
一発がこちらへ跳ね返ってくる。
「スナット!」
キランが横へロール。
反射された光弾がMACH-01Aのすぐ脇を通過した。
マッハが車両をスキャンする。
「外装装甲には、プラズマエネルギーを反射する能力があるようです」
「それじゃ駄目か」
キランが加速する。
「撃つのが駄目なら……」
マッハは即座にキランの意図を理解した。
「駄目です」
「……昔ながらの方法でいこう」
「キラン――」
キランが銀の弾丸の真横へ並ぶ。
そして固まった。
「何だこれ?」
運転手はいた。
だが――
実体のある人間ではなかった。
運転席に座っていたのは、ホログラムの少年。
見た目は12歳ほど。
滑らかな銀色のレーシングスーツを着ている。
髪は大げさなほど尖っており、全身を包む淡い光のせいで、まるでビデオゲームの中からそのまま飛び出してきたようだった。
その頭上には、ゲーマータグが浮かんでいる。
**Silverh33ls**
キランが見つめる。
「子供?」
マッハがスキャン。
「ホログラム・アバターです」
Silverh33lsが振り向く。
キランが並走しているのを見て、目を見開いた。
「スナット!」
そして笑う。
「銀の弾丸についてこられる奴なんていない!」
キランが瞬く。
「今、12歳くらいの子に煽られた?」
「そのようですね」
Silverh33lsが操縦桿を勢いよく切る。
「待っ――」
**ドン!**
銀の弾丸がMACH-01Aへ激突した。
キランが弾き飛ばされる。
「スナァァァット!」
空と高層ビルが何度も入れ替わる。
バイザーいっぱいに警告表示が現れた。
**スタビライザー故障**
キランが必死に操縦する。
「マッハ!」
「姿勢修正を試みています!」
その時――
キランの視界いっぱいに建物が広がった。
「あ」
**ガシャァァァン!**
オフィスの中を埃が漂っていた。
会議用テーブルは横へ吹き飛ばされている。
書類が宙を舞う。
恐怖に固まった数人の社員が、壁に新しくできたキラン型の穴を見つめていた。
キランがゆっくり目を開ける。
MACH-01Aは建物の中へ半分突っ込んだ状態で引っかかっていた。
周囲を見る。
「えーっと……」
一人の社員は、まだコーヒーカップを握ったままだった。
キランがぎこちなく笑う。
「ごめんなさい」
そして――
「マッハ?」
火花が散る。
マッハのアバターがちらつきながら現れた。
上下逆さまで。
キランが見つめる。
マッハがゆっくり正しい向きへ回転する。
「私は子供が嫌いです」
キランが笑う。
「無事なんだね」
「正常に稼働しています」
キランが壁の穴から外を見る。
銀の弾丸は消えていた。
「最高」
マッハが頷く。
「逃しました」
「それにアダムに笑われる」
「ほぼ確実でしょう」
キランが呻いた。
その後――
ギアはMACH-01Aを見つめていた。
損傷した装甲。
曲がったスタビライザー。
側面に走る巨大な擦り傷。
そしてキランを見る。
「これ、直したばっかりだぞ」
キランが弱々しく笑う。
「面白い話があってね」
「いい」
ギアが修理台を指差す。
「停めろ」
キランは素直に従った。
ギアが損傷したサイドパネルを開く間、キランとマッハは何が起きたのか説明した。
銀の弾丸。
あり得ない速度。
プラズマを反射する装甲。
そして最後に――
Silverh33ls。
ギアの手が止まる。
「ホログラムの12歳?」
「推定ですが」とマッハ。
「そいつが実物のホバークラフトを運転してた?」
「はい」
ギアがキランを見る。
「レクソールとの試合で、頭を相当強く打ったんじゃないか?」
キランがため息をつく。
「そう言うと思った」
「本気で言ってる」
「僕も本気」
キランが背もたれへ身体を預ける。
「完全にあり得ない話でもないよ」
ギアが眉を上げる。
「VRプログラムなら、アバターを仮想空間に送り込めるものはもうある。遠隔操作用のインターフェースだってある」
「まあな」
「変なのは、Silverh33lsがただ画面に映ってたわけじゃないってこと」
キランが眉をひそめる。
「現実の物体と相互作用してた」
マッハが頷く。
「これまで遭遇した技術の中で最も近いものは、DJ Kre8の構築物でしょう」
ギアは即座に理解した。
「ナオミ」
「でも彼女じゃあり得ない」とキラン。「今はゲートロック刑務所で服役中だから」
マッハが付け加える。
「Ventへのアクセスもありません」
ギアが損傷した車椅子へ視線を戻す。
「つまり、ホログラムのガキが破壊不能のホットロッドを運転してて……」
「だいたいそんな感じ」
「……そいつが何者なのか、まったく分からない」
キランが少し間を置く。
「それも、だいたいそんな感じ」
ギアが笑う。
「頑張れよ」
キランとマッハがワークショップを出る頃には、シトロン・シティはすっかり夜に包まれていた。
結局、本当の答えは何一つ得られなかった。
正体不明。
居場所不明。
技術の仕組みも不明。
分かっているのは、たった一つの名前だけ。
**Silverh33ls**
キランは光り輝く街のスカイラインを見つめた。
何百万人もの人々のどこかに――
あのアバターを操っている人物がいる。
マッハが隣に浮かぶ。
「これからどうします?」
キランは少し考えた。
そしてため息をつく。
「家に帰る」
「珍しく賢明な判断ですね」
「慣れないでね」
マッハが笑う。
二人は夜の交通の中へ消えていった。
そしてシトロン・シティの別の場所では――
銀色の閃光が闇の中を駆け抜けていた。




