もう一試合
路地は完璧だった。
残念なことに。
キランとしては、レクソールがここを一目見て、自分たちがどれほど馬鹿なことをしようとしているのか気づいてくれることを期待していた。
だが――
二つの廃倉庫の間に、長い舗装路が伸びていた。
車の往来なし。
歩行者なし。
障害物なし。
両端には色褪せた荷積みスペースまであり、まるでゴールゾーンのようだった。
レクソールが周囲を見る。
そして笑った。
「ここでいい」
キランがため息をつく。
「もちろんそうなるよね」
マッハが隣に浮かぶ。
「正式に異議を申し立てたいと思います」
キランが見る。
「受理しました」
「強く反対します」
「それも受理しました」
「無謀だと考えます」
「了解」
「子供じみています」
「了解」
「潜在的に危険です」
「マッハ」
マッハが見つめる。
キランがかすかに笑う。
「了解」
向こうでは――
ブリッツが笑った。
「相変わらず口うるさいな」
マッハの表情が険しくなる。
「私は有益な助言を提供しています」
ブリッツが笑う。
「口うるさい」
マッハが睨む。
キランが身を寄せる。
「やめとけ」
「私は何も言っていません」
「言おうとしてただろ」
「複数の返答を検討していました」
「そのまま検討だけしてて」
レクソールが路地の一端へ向かう。
キランは反対側へ。
マッハがキランの隣。
ブリッツがレクソールの隣。
二人の古いライバルが、即席のコート越しに向かい合う。
観客なし。
スコアボードなし。
審判なし。
チームメイトなし。
二人だけ。
まさにレクソールが望んでいた形だった。
キランが彼を見る。
「ルール」
レクソールが笑う。
「ルールが必要なのか?」
「Ventballだよ」
「やり方くらい二人とも知ってるだろ」
「君には復習が必要みたいだからね」
レクソールの笑みが消える。
キランが続ける。
「12点先取」
レクソールが頷く。
「いいだろ」
「スローは1点」
「キックは2点」
「ランは3点」
レクソールがキランを見る。
「ヴェンターは?」
キランが笑う。
「僕ら二人ともヴェンターだ」
レクソールの笑みが戻る。
「4点」
「4点」
マッハが二人を見る。
「身体接触については?」
レクソールが笑う。
「フルコンタクト」
キランは即座に首を振る。
「合法な接触だけ」
レクソールが目を回す。
「それで夜ぐっすり眠れるならな」
キランが睨む。
「合法な接触」
レクソールがため息をつく。
「分かったよ」
マッハが少し近づく。
「武器は禁止です」
ブリッツが眉をひそめる。
「誰も武器なんて言ってないだろ」
マッハが見つめる。
「考えていましたね」
ブリッツが笑う。
「かもな」
キランが二体のVentを指す。
「武器は禁止」
レクソールが頷く。
「武器は禁止」
マッハがキランを見る。
「では残る問題は、誰が審判を務めるかです」
全員が黙った。
キランがレクソールを見る。
レクソールがキランを見る。
そして二人同時にマッハを見る。
マッハの目が見開かれた。
「嫌です」
キランが笑う。
「頼むよ」
「嫌です」
「公平だろ」
「私はあなたの親友です」
キランがブリッツを指す。
「あいつはレクソールのVentだ」
ブリッツが眉をひそめる。
「俺は審判なんかしないぞ」
マッハが見る。
「頼んでいません」
ブリッツが睨む。
マッハが笑う。
キランが小声で言う。
「ナイス」
マッハがため息をつく。
「分かりました」
中央へ移動する。
「私が審判を務めます」
レクソールが笑う。
「始めようぜ」
マッハがホログラムのボールを投影する。
キランが見つめる。
「待って」
マッハが笑う。
「何です?」
「ホログラム使うの?」
「Ventballを持ってくるのを忘れましたから」
キランがレクソールを見る。
レクソールもキランを見る。
二人とも何も言わない。
マッハが凝視する。
「あなた方はVentballで勝負すると決めておきながら……」
間。
「……ボールを持っていないのですか」
キランが眉をひそめる。
「勢いで決めちゃったから」
マッハがゆっくりブリッツを見る。
ブリッツが肩をすくめる。
「人間だからな」
マッハがため息をつく。
「まったくです」
ソリッドライトによるシミュレーションを生成する。
ボールが路面へ落ちた。
**ドン。**
キランが瞬く。
「そんなことできたの?」
マッハが笑う。
「私には多くの可能性があります」
キランが見つめる。
「いつから?」
「ゲーム開始です」
「マッハ」
「位置についてください」
キランがため息をつく。
レクソールが笑う。
二人が並ぶ。
マッハが上空に浮かぶ。
「12点先取」
キランを見る。
次にレクソール。
「開始」
ボールが射出される。
**シュン!**
二人が動く。
レクソールが先に到達。
ボールを掴む。
キランが加速。
レクソールが方向転換。
キランが距離を詰める。
レクソールが投げる。
**シュン!**
ホログラムのボールが荷積みラインを越えた。
マッハが即座に宣言する。
「1ポイント」
ホログラムのスコアボードが現れる。
**キラン 0**
**レクソール 1**
レクソールが笑う。
「遅いな」
キランがスコアボードを見る。
そしてマッハを見る。
「スコアボードまで作ったの?」
「適切かと思いまして」
「いいね」
レクソールが目を回す。
「集中しろ」
キランが笑う。
「はいはい」
二回目。
キランがキャッチ。
レクソールが突進。
キランが左へ。
レクソールも追う。
キランが止まる。
レクソールも止まる。
キランが笑う。
レクソールが眉をひそめる。
その瞬間、キランが蹴った。
**ドン!**
ボールがレクソールの頭上を飛ぶ。
そのままラインを越える。
マッハが宣言。
「2ポイント」
**キラン 2**
**レクソール 1**
キランが笑う。
「遅いね」
レクソールの表情が引きつる。
ブリッツが笑う。
レクソールが見る。
「どっちの味方だ?」
ブリッツは即座に真顔になった。
「お前」
「ならそう振る舞え」
試合は続いた。
速く。
激しく。
身体をぶつけ合いながら。
まさにキランの記憶通りだった。
レクソールがランで得点。
3ポイント。
**2 ― 4**
キランがスローで返す。
**3 ― 4**
レクソールがキック。
**3 ― 6**
キランがラン。
**6 ― 6**
マッハは注意深く見守っていた。
キランは笑っていた。
本当に笑っていた。
勝っているからではない。
復讐したいからでもない。
ただ――
ほんの数分間だけ――
二人はまた十代に戻っていた。
どちらが上かを必死に証明しようとする、二人のヴェンター。
エーシズはいない。
パイロッツもいない。
昔の怪我も。
ブースターも。
ただVentballだけ。
レクソールも同じものを感じているようだった。
キランがボールを取る。
レクソールが突進。
**ドン!**
二台の車椅子が激突する。
キランが回転。
立て直す。
レクソールが笑う。
「まだやれるじゃねえか!」
キランが加速。
「君もね!」
レクソールがブロック。
キランが彼の横へボールを投げる。
そして跳ね返ってきたボールを自分でキャッチ。
レクソールの目が見開かれる。
「何だと――」
キランが蹴る。
**ドン!**
ゴール。
マッハが笑う。
「2ポイント」
**キラン 8**
**レクソール 6**
レクソールが見つめる。
「練習してたのか?」
キランが笑う。
「僕は高校の英語教師だよ」
「答えになってねえ」
「その通り」
次のポゼッション。
レクソールがボールを取る。
キランが中央を塞ぐ。
レクソールが右。
キランも合わせる。
左。
キランも合わせる。
レクソールが笑う。
そして――
**シュッ!**
キランの目が見開かれる。
レクソールが突然加速した。
ずっと速く。
速すぎる。
キランを一気に抜き去る。
ゴールゾーンを越えた。
マッハの表情が変わる。
「4ポイント」
スコアボードが更新される。
**キラン 8**
**レクソール 10**
キランが止まった。
レクソールを見つめる。
レクソールが振り返る。
笑っている。
キランの視線が車椅子へ落ちる。
そして――
後部推進システム。
かすかな光が消えた。
マッハが近づく。
「キラン」
「見えた」
レクソールが肩をすくめる。
「何だ?」
キランが睨む。
「ブースター使っただろ」
レクソールが笑う。
「だから?」
「だから?」
キランが近づく。
「僕とまともに試合することすらできないの?」
レクソールの笑みが消える。
「武器は禁止って言っただけだろ」
「違法ブースターは不正だ」
「リーグ戦じゃねえ」
「それでもVentballだ」
レクソールが肩をすくめる。
「速さは速さだ」
キランが見つめる。
まただ。
また同じ。
同じ考え方。
同じ言い訳。
勝つためなら何でも。
バレなければ何でも。
厳密には。
キランがため息をつく。
「僕、本当に楽しい試合になるかもって思ってた」
レクソールが困惑する。
「楽しいだろ」
「違う」
キランが首を振る。
「楽しかったんだ」
レクソールが見つめる。
キランが続ける。
「ほんの少しだけ、君と試合するのが好きだった理由を思い出した」
レクソールが笑う。
「俺に勝つのが好きだったんだろ」
「うん」
キランがかすかに笑う。
「君は僕に勝とうとするのが好きだった」
レクソールの表情が変わる。
キランが続ける。
「だから僕らはライバルだった」
「他のくだらないスナットじゃない」
「試合そのものだ」
珍しく――
レクソールはすぐに言い返さなかった。
キランがブースターを見る。
「それすら、君は僕にくれなかった」
レクソールが歯を食いしばる。
「ついてこられないのが怖いのか?」
キランが笑う。
「いや」
元の位置へ戻る。
「僕がついてこられないと思われてることに、がっかりしてるんだ」
マッハが見る。
「キラン」
キランはレクソールから目を離さない。
「使わせて」
マッハが見つめる。
「何です?」
レクソールが笑う。
キランが繰り返す。
「ブースター、使わせていいよ」
マッハが近づく。
「圧倒的な速度差が生じます」
「分かってる」
「キラン――」
「分かってるよ」
キランが笑う。
「でも、僕が速くなる必要はない」
レクソールが眉をひそめる。
キランが操作部を握る。
「僕のほうが上手ければいい」
マッハは渋々試合を再開した。
**8 ― 10**
レクソールはあと2点。
キランはあと4点。
ボールが射出される。
レクソールが加速。
ブースター。
**シュッ!**
キランは追わない。
マッハが気づく。
レクソールがボールを掴む。
振り向く。
キランは中央付近に残っている。
レクソールが眉をひそめる。
「何してる?」
キランが笑う。
「プレーしてる」
レクソールが突進。
キランは待つ。
レクソールがさらに加速。
マッハの目が細くなる。
理解した。
キランはパイロッツから学んだのだ。
スピードそのものを利用する。
レクソールが迫る。
キランがわずかに右へ。
レクソールが修正。
キランが左へ。
また修正。
ブースターは噴射し続ける。
この速度では、小さな修正が巨大な動きになる。
レクソールの制御が崩れ始める。
ブリッツが叫ぶ。
「減速しろ!」
レクソールは無視。
キランが笑う。
そして動く。
レクソールも追う。
攻めすぎた。
**シュッ!**
キランが止まる。
レクソールが通り過ぎる。
「スナット!」
キランが振り返る。
ボールが無防備。
掴む。
レクソールが旋回。
キランの前には誰もいない。
マッハが叫ぶ。
「行け!」
キランが加速。
レクソールが追う。
キランが中間地点を越える。
レクソールが迫る。
速い。
速すぎる。
キランが振り返る。
そして笑う。
ランは狙わなかった。
投げる。
レクソールの目が見開かれる。
ボールが倉庫の壁に当たる。
**ガン!**
跳ね返ってキランへ。
レクソールがボールへ向く。
キランが蹴る。
**ドン!**
ボールがゴールゾーンを突き抜ける。
マッハの目が見開かれる。
「2ポイント!」
**キラン 10**
**レクソール 10**
同点。
レクソールが見つめる。
キランが笑う。
「ゲームポイント」
二人が中央へ戻る。
マッハがボールを生成。
ブリッツがレクソールの隣に浮かぶ。
「突っ込みすぎるな」
レクソールが睨む。
「分かってる」
「怒っている」
「分かってる」
「お前は怒ると判断力が低下する」
レクソールが睨む。
ブリッツが少し黙る。
「もう喋らない」
キランがマッハを見る。
「何か励ましの言葉は?」
マッハが考える。
「負けないようにしてください」
キランが見つめる。
「それだけ?」
「簡潔かと思いまして」
キランが笑う。
「分かったよ」
マッハがボールを持ち上げる。
最後のポゼッション。
次に得点した者が――
勝つ。
マッハが二人を見る。
「準備は?」
キランが頷く。
レクソールも頷く。
ボールが射出される。
**シュン!**
二人が加速。
同時に到達。
**ドン!**
車椅子同士が激突する。
ボールが跳ねる。
キランが手を伸ばす。
レクソールがその手を払う。
キランが向きを変える。
レクソールがボールを掴む。
ブースター起動。
**シュッ!**
キランが追う。
レクソールが引き離す。
ブリッツが叫ぶ。
「行け!」
マッハがキランを見る。
「速すぎます!」
キランも分かっていた。
追いつけない。
レクソールがゴールゾーンへ迫る。
4ポイント。
勝利。
キランの目が細くなる。
そして――
追うのをやめた。
マッハの目が見開かれる。
「キラン?」
レクソールが振り返る。
止まったキランを見る。
そして笑う。
「ついに諦めたか?」
キランは壁を見る。
次にレクソール。
計算する。
プラズマキャノンを一門持ち上げた。
マッハの表情が凍る。
「キラン」
レクソールの目が見開かれる。
「武器は禁止って言っただろ!」
キランが撃つ。
レクソールではない。
**バシュッ!**
プラズマ弾が路地の上にある古い金属看板へ命中。
**ガァン!**
看板が外れる。
落下。
レクソールの目が見開かれる。
「何だと!?」
急旋回。
**シュッ!**
ブースター付きの車椅子が横へ飛ぶ。
まさにキランの狙い通り。
レクソールはゴールゾーンを外した。
ボールが手から飛ぶ。
キランが加速。
キャッチ。
レクソールが振り返る。
「お前、ズルしただろ!」
キランが笑う。
「君を撃ってない!」
「それでも反則だろ!」
マッハが叫ぶ。
「認めます」
レクソールがマッハを見る。
「そりゃお前は認めるだろ!」
キランがセンターを越える。
レクソールが追う。
キランがゴールゾーンを見る。
投げればいい。
1ポイント。
それで十分。
ボールを構える。
レクソールが加速。
キランが笑う。
そして――
ボールを下ろした。
マッハが眉をひそめる。
「キラン?」
レクソールが迫る。
キランが加速。
ゴールゾーンへ一直線。
マッハの目が見開かれる。
「ランを狙うのですか?」
キランが笑う。
「4ポイント」
レクソールが叫ぶ。
「1点でいいだろ!」
「分かってる!」
レクソールがブースターを噴射。
**シュゥゥゥッ!**
距離を詰める。
キランのスラスターが唸る。
荷積みゾーンが迫る。
20フィート。
15。
10。
レクソールがキランに追いつく。
二台の車椅子が激突。
**ドン!**
キランが呻く。
レクソールが押す。
キランも押し返す。
残り5フィート。
4。
3。
レクソールが叫ぶ。
キランも叫ぶ。
マッハが叫ぶ。
「行け!」
キランがスラスターを全開。
**ドン!**
一気に前へ飛び出す。
ラインを越えた。
そのほんの一瞬後にレクソールも続く。
沈黙。
キランが止まる。
レクソールも止まる。
二人がマッハを見る。
マッハは仮想リプレイを確認する。
そして――
笑った。
「4ポイント」
スコアボードが変わる。
**キラン 14**
**レクソール 10**
キランが両腕を上げる。
「よし!」
マッハも歓声を上げる。
レクソールは呆然。
ブリッツは何も言わない。
キランが笑う。
ほんの一瞬――
また16歳に戻ったような気がした。
レクソールがスコアボードを見る。
次にキラン。
そして――
笑った。
キランの笑いがゆっくり止まる。
レクソールが首を振る。
「このスナット野郎」
キランが笑う。
「まだやれるでしょ」
レクソールがさらに笑う。
「ああ」
キランを見る。
「まだやれるな」
何年ぶりだろう。
レクソールの表情に憎しみがなかった。
ただ――
ライバルとしての感情だけ。
キランが笑う。
「いい試合だった」
レクソールがためらう。
そして手を差し出した。
キランがその手を見る。
そして握る。
「いい試合だった」
マッハがブリッツを見る。
ブリッツもマッハを見る。
マッハが手を差し出す。
ブリッツが見つめる。
「俺たちホログラムだぞ」
マッハが眉をひそめる。
「象徴です」
ブリッツがため息をつく。
手を差し出す。
二人の投影された手は、そのまま互いをすり抜けた。
マッハが笑う。
ブリッツが目を回す。
その後――
キランとマッハはシトロン・シティへ向けて飛んでいた。
アドレナリンも徐々に引いていく。
それでもキランは笑顔を止められなかった。
マッハが気づく。
「楽しかったのですね」
「いや」
マッハが見つめる。
キランの笑みがさらに広がる。
「……まあ、ちょっと」
「Ventballの試合中にプラズマキャノンを発射しました」
「戦術的にね」
「対戦相手の目の前へ看板を落としました」
「戦術的に」
「ルールの抜け穴を利用しました」
キランが見る。
「レクソールから学んだ」
マッハが笑う。
キランはグリッドタウンの方向を振り返った。
何年もの間――
レクソールのことを思い出す時は、いつも最悪の瞬間ばかりだった。
血みどろになった試合。
怪我。
怒り。
今夜の出来事が、それらを消すわけではない。
消すべきでもない。
だが――
もしかしたら。
ほんの少しだけ――
それだけがレクソールとの思い出でなくてもいいのかもしれない。
キランは前を見る。
その時――
マッハの表情が変わった。
「キラン」
「何?」
「ギアからメッセージを受信しました」
キランの笑みが消える。
「何かあった?」
マッハが表示する。
**ワークショップへ来い。**
そして――
二通目。
**今すぐ。**
キランが見つめる。
「こういうのって絶対ろくなことじゃないよね」
進路を変えた。
ギアのワークショップ。
20分後。
キランが全速力で入ってくる。
「ギア?」
「こっち!」
声を追う。
レイモンドはすでにいた。
ギアはメインコンピューターの横に立っている。
その表情は――
真剣。
かなり真剣だった。
キランが止まる。
「何があった?」
ギアがマッハを見る。
「あのブースター、覚えてるか?」
キランの表情が変わる。
「エーシズの?」
「違う」
ギアが画面を指す。
「在庫不足のほう」
キランが近づく。
購入記録がディスプレイいっぱいに表示されていた。
マッハがスキャンする。
「これはどこで入手したのですか?」
ギアがかすかに笑う。
「知り合いがいる」
キランが見つめる。
「合法的な知り合い?」
ギアが見る。
「知り合いがいる」
キランがため息をつく。
「分かった」
ギアが購入記録を指す。
「誰かが、この地域の在庫をほぼ全部買った」
レイモンドが腕を組む。
「グリッドタウンか?」
ギアが首を振る。
「俺もそう思ってた」
注文記録を拡大する。
「でも違った」
キランが読む。
購入者の身元は隠されていた。
企業名なし。
学校名なし。
政府契約でもない。
ただ――
**個人購入者**
キランが眉をひそめる。
「匿名?」
「ほぼな」
ギアが別の欄をタップする。
「支払いは複数のペーパーカンパニー口座を経由してる」
マッハの表情が険しくなる。
「スポーツ用品の購入としては異常です」
「かなりな」
キランがギアを見る。
「どれくらい買ったの?」
ギアが合計数を表示する。
キランの目が見開かれる。
レイモンドも凝視する。
「これだけあれば……」
マッハが計算する。
「……およそ47基の高出力モビリティシステムに相当します」
沈黙。
キランが数字を見る。
47。
エーシズに47台もの車椅子はない。
まったく足りない。
キランがゆっくり言う。
「じゃあ、在庫不足を起こしたのはレクソールじゃない」
ギアが首を振る。
「違う」
「恩恵は受けた」
「全部消える前に何基か買ったのかもしれない」
「でも残りを買ったのは別の誰かだ」
キランが画面を見つめる。
「誰?」
ギアがテーブルにもたれる。
「それが問題だ」
マッハが購入データを調べる。
そして――
止まった。
「興味深いですね」
キランが見る。
「何?」
マッハが小さなメタデータ項目を拡大する。
配送承認コード。
ほとんど消去されていた。
だが一部分だけ残っている。
**MADX――**
キランが凝視する。
ギアも。
レイモンドも。
マッハがゆっくりキランを見る。
キランの顔が引きつった。
「嘘だろ」
レイモンドが眉をひそめる。
「何?」
キランはアリーナを思い出す。
スザンヌ。
笑顔。
そして隣に座っていた――
ニコラス・マドックス。
ギアが囁く。
「冗談だろ……」
キランは画面を見つめる。
**MADX――**
マッハが慎重に言う。
「偶然である可能性もあります」
キランは答えない。
レイモンドが頷く。
「何の略かなんて分からないからな」
キランは見つめ続ける。
そうかもしれない。
そうであってほしい。
そうでなければ――
謎の大量購入。
ブースター不足。
そしてニコラス・マドックス。
そのすべてが――
つながっている可能性がある。
そして自分の母親は、ついさっきその男とデートしていた。
キランはゆっくり目を閉じた。
「スナット」




