決着はコートで
ギアのワークショップは、珍しく混み合っていた。
キランは中央付近にいた。
マッハがその隣に浮かぶ。
レイモンドは作業台の一つにもたれている。
ロイド監督は行ったり来たりしていた。
そしてギアは――
四人に自分の作業場を事実上の陰謀対策本部にされながらも、必死に仕事を続けようとしていた。
キランが昨夜見たものを説明し終える。
そして――
沈黙。
ロイドが見つめる。
「ブースター?」
キランが頷く。
「追加のブースター」
マッハが体育館の窓越しに取得したスキャンを投影する。
ホログラム画像が現れた。
エーシズのホバーチェア。
外されたサイドパネル。
その内部には、追加の推進システムが詰め込まれている。
ギアの手が止まった。
ゆっくり――
振り返る。
「それ」
キランが見る。
「うん?」
ギアが近づく。
表情が変わった。
「俺が入荷待ちしてるのと同じクラスのブースターだ」
レイモンドが眉をひそめる。
「在庫切れのやつか?」
「ああ」
ギアが画像を調べる。
「高性能推進アセンブリ」
拡大する。
「最高クラス」
「高い」
「めちゃくちゃ高い」
ロイドが見る。
「どれくらい?」
ギアが金額を伝える。
ロイドの顔が引きつった。
レイモンドが口笛を吹く。
キランが見つめる。
「なるほど」
再びホログラムを見る。
「じゃあ、グリッドタウンはどうやってチーム全員分を買えたんだ?」
誰も答えなかった。
全員、同じことを分かっていたからだ。
グリッドタウンは、決して金が余っている地域ではない。
ロイドが腕を組む。
「うちの装備予算だって、整備費を払うので精いっぱいだ」
レイモンドが頷く。
「それでもシトロン・アカデミーだからな」
キランがギアを見る。
「地域の在庫を空にするほど買ったら、いくらかかる?」
ギアが考える。
「相当だ」
「相当って?」
「高校のスポーツ部が、たまたま手に入れられるような額じゃない」
キランの表情が暗くなる。
マッハが彼を見る。
「誰かが提供したと考えているのですね」
「分からない」
キランはホログラムを見つめる。
「でも誰かが、あのブースターを買った」
ギアが肩をすくめる。
「まだ無関係の可能性もある」
キランが見る。
ギアが手を上げる。
「本気で言ってる」
「レクソールが地域外の仕入先を見つけたのかもしれない」
「誰かが寄付したのかもしれない」
「ブースター不足とグリッドタウンがつながってるのかもしれない」
キランを指す。
「でも、まだ分からない」
キランがため息をつく。
「分かった」
ロイドが額を押さえる。
「出どころが何であれ……」
画像を見る。
「……金曜の試合はできない」
全員が彼を見る。
ロイドが続ける。
「規定外の改造をしてるならな」
マッハが頷く。
「競技前には装備検査を通過する必要があります」
キランがロイドを見る。
「報告しないと」
ロイドはすぐには答えなかった。
そして――
「ああ」
ため息。
「教育委員会」
「リーグ運営」
「全部にな」
キランが頷く。
「それが一番公平だ」
ロイドはホログラムを見る。
その顔に居心地の悪そうな表情が浮かんだ。
キランが気づく。
「何?」
ロイドが彼を見る。
「何でもない」
キランが見つめる。
「ロイド」
監督がため息をつく。
「なんか、昔と同じ感じがしてきた」
キランの表情が変わる。
マッハが静かになる。
レイモンドが二人を見る。
「何が?」
ロイドとキランが視線を交わす。
昔から知っている者同士の視線。
二人とも思い出したくない、何年分もの記憶がそこにはあった。
キランが目を伏せる。
「レクソール」
レイモンドが眉をひそめる。
「あいつが何だ?」
ロイドがキランを見る。
キランは答えない。
レイモンドが見つめる。
「分かった」
腕を組む。
「お前ら、毎回それやるよな」
キランが顔を上げる。
「何を?」
「Ventball時代の話になるたび、誰かの葬式の話でもされたみたいな顔する」
マッハの表情が変わる。
ギアは静かに作業へ戻った。
レイモンドはそれにも気づいた。
「今度はギアまで聞いてないふりしてる」
ギアは顔を上げない。
「仕事してる」
「はいはい」
レイモンドがキランを見る。
「レクソールは昔のライバルだって言ってたよな」
「うん」
「汚いプレーをしてたとも」
キランが頷く。
「でも、それだけじゃない」
キランがため息をつく。
「大体いつも、続きがあるんだよ」
何年も前――
シトロン・アカデミーのVentballアリーナは、観客の歓声で揺れていた。
十代のキランはセンターコートにいた。
マッハが隣に浮かんでいる。
二人とも、今とはまるで違っていた。
キランの車椅子はもっと流線型。
もっと軽い。
完全にスピードだけを追求した設計。
マッハのアバターも、今より若々しい姿をしていた。
その向こうには――
レクソール。
ブリッツ。
スコアボードには――
**パイロッツ 27**
**エーシズ 27**
残り三十秒。
サイドラインからマーカス・フリート監督が叫ぶ。
「キラン!」
キランが振り向く。
フリートが指を差す。
「4点を狙え!」
キランの目が見開かれる。
そして――
笑った。
「マッハ?」
マッハがニヤリとする。
「やりましょう」
ホイッスルが鳴る。
**ピーーーッ!**
パイロッツが動く。
キランがボールを受け取る。
即座に――
エーシズが彼を包囲する。
一人が車椅子の左側へ激突。
**ドン!**
キランが回転する。
マッハが叫ぶ。
「左!」
キランが姿勢を立て直す。
別の選手が突っ込んでくる。
キランが加速。
すり抜ける。
観客が沸く。
「行け!」
「行け!」
「行け!」
キランがセンターコートを越える。
レクソールが待っていた。
ブリッツが隣にいる。
レクソールが笑う。
キランはその笑みを知っていた。
「ぶつけてくる」
マッハも同意する。
「間違いありません」
キランが操作部を握り締める。
「じゃあ外させよう」
レクソールが突進する。
キランが左へフェイント。
次に右。
レクソールがそのまま通り過ぎる。
キランが笑う。
「じゃあね!」
ゴールゾーンへ突っ込む。
その時――
悲鳴。
キランが振り返る。
チームメイトの一人が倒れていた。
激しく。
あまりにも激しく。
グリッドタウンのブレイカーが、その選手のそばに立っていた。
キランが止まる。
「おい!」
マッハの目が見開かれる。
「キラン!」
背後からレクソール。
**ガン!**
キランの車椅子が激しく回転する。
ボールが飛んでいく。
コートの壁へ激突。
**ドン!**
観客が息を呑む。
ホイッスルが鳴り響く。
**ピーーーッ!**
キランにはほとんど聞こえなかった。
倒れたチームメイトを見る。
動いていない。
「マッハ」
マッハの顔から血の気が引いていた。
「キラン……」
医療チームがコートへ駆け込む。
フリート監督も続く。
試合は止まった。
アリーナ全体が異様なほど静かになる。
キランがゆっくり近づく。
チームメイトのVentは、そのそばに残っていた。
損傷している。
車輪機構の一つが曲がっている。
外装も割れていた。
キランが見つめる。
レクソールが横を通り過ぎる。
キランが彼を見る。
「お前がやった」
レクソールが止まる。
「違う」
表情は冷たい。
「俺のブレイカーがやった」
キランが歯を食いしばる。
「お前が命令したんだろ」
レクソールが肩をすくめる。
「証明しろよ」
ブリッツが笑う。
キランの手が操作部を強く握る。
マッハが近づく。
「キラン」
レクソールが身を乗り出す。
「何だ?」
「泣き言でも言うのか?」
キランが向かっていこうとする。
フリート監督が車椅子の後ろを掴んだ。
「やめろ」
キランが振り向く。
「監督――」
「ダメだ」
フリートの声は強かった。
「ここじゃない」
キランがレクソールを見る。
レクソールは笑っていた。
そして――
担架がキランのチームメイトを運んでいく。
キランは、その姿がアリーナから消えるまで見ていた。
試合は再開された。
もう誰もスコアなど気にしていなかった。
キランも。
ロイドも。
フリートも。
試合が終わる頃には――
完全な血みどろの戦いになっていた。
一撃ごとに激しくなる。
衝突の一つ一つが個人的な恨みへ変わる。
エーシズは弱い部分を狙った。
車椅子。
肩。
腕。
ルール上、どうにか言い訳できる場所なら何でも。
パイロッツもやり返した。
審判は制御を失った。
ライバル関係はスポーツではなくなった。
復讐になった。
そして終了のブザーが鳴った時――
誰一人として喜ばなかった。
現在。
ギアのワークショップ。
レイモンドが見つめる。
「その選手はどうなった?」
キランが俯く。
「ひどい怪我だった。二度とVentballには戻らなかった」
沈黙。
ロイドが腕を組んで立っている。
「今でも音を覚えてる」
キランが彼を見る。
ロイドの目は遠くを見ていた。
「床に叩きつけられた時の音」
マッハは黙っている。
レイモンドがキランを見る。
「それでレクソールは?」
キランが口元を引き締める。
「合法だったって言い張った」
ロイドが苦々しく笑う。
「厳密には、な」
またその言葉。
いつも「厳密には」だった。
レイモンドがゆっくり頷く。
「だからあいつが嫌いなのか」
キランが顔を上げる。
「違う」
レイモンドが眉をひそめる。
キランが続ける。
「僕が嫌いなのは、あいつが周りの人間から引き出すものだ」
改造されたエーシズの車椅子のホログラムを見る。
「レクソールは、ただ荒いプレーをするだけじゃない」
「レクソールに勝つ唯一の方法は、自分もレクソールと同じ人間になることだって、周りに思わせるんだ」
ロイドが頷く。
「俺たちもそうなった」
マッハがキランを見る。
「そして最近、駐車場でもそうなりかけました」
キランは答えなかった。
マッハが正しいと分かっていた。
レイモンドがブースターのスキャンをもう一度見る。
「今度は不正までしてるわけか」
キランの表情が険しくなる。
「そう見えるね」
翌日の午後――
パイロッツはロッカールームに集まっていた。
誰も話さない。
ロイド監督が前に立っている。
キランはその隣。
マッハも近くにいた。
チームはすでに、何かがおかしいと察していた。
コールがロイドを見る。
「監督?」
ロイドがため息をつく。
「あるものを見つけた」
ブースターの画像を表示する。
選手たちが見つめる。
ジョジョの目が見開かれる。
「嘘だろ」
ロキーが身を乗り出す。
「あいつら、これを追加したの?」
ロイドが頷く。
「無許可のブースターだ」
マイケルが首を振る。
「じゃあ前の試合も不正してたってこと?」
「可能性はある」
キランが付け加える。
「でも証拠があるのは、今装備されているってことだけだ」
コールが画像を見つめる。
「どうなるんです?」
ロイドが答える。
「報告する」
沈黙。
「教育委員会」
「リーグ運営」
「装備委員会」
ジョジョが背もたれへ身体を預ける。
「じゃあ金曜は中止ですね」
「おそらくな」
誰も答えなかった。
パイロッツの選手たちが互いを見る。
キランは気づいた。
一人がコールを見る。
コールがロキーを見る。
ロキーがマイケルを見る。
言葉はない。
だが、何かが伝わった。
ロイドも気づく。
「何だ?」
コールが顔を上げる。
「監督……」
ロイドの表情が即座に怪しくなる。
「何だ?」
「待ってもらえませんか?」
キランが眉をひそめる。
「何を?」
「報告するのを」
ロイドが凝視する。
「ダメだ」
コールが身を乗り出す。
「金曜が終わるまででいいんです」
「ダメだ」
ジョジョも加わる。
「お願いします」
ロイドが全員を見る。
「お前ら全員、頭がおかしくなったのか?」
ロキーが腕を組む。
「試合したいんです」
キランが見つめる。
「相手が不正してるって分かってるのに?」
「はい」
キランが首を振る。
「なんで?」
マイケルが答える。
「だって、やらなかったら……」
一度止まる。
「……あいつらに二回負けることになる」
ロイドの表情が険しくなる。
「それは意地だ」
コールが首を振る。
「違います」
ロイドが見つめる。
コールが続ける。
「あいつらはシーズン中ずっと俺たちを押さえつけてきた」
「コートでも」
「コートの外でも」
「俺たちを弱いと思ってる」
ジョジョが加える。
「それで、あいつらのほうが強いからって試合を中止したら……」
首を振る。
「……あいつらは絶対そう言います」
キランが眉をひそめる。
「自分たちの意地を証明するために、怪我する危険を冒そうとしてるんだよ」
コールが彼を見る。
「違います」
「このゲームはあいつらのものじゃないって証明したいんです」
沈黙。
コールが続ける。
「あいつらに勝ちたい」
「ブースター込みで」
「汚いプレー込みで」
「全部込みで」
ロキーが頷く。
「それから報告する」
ロイドが呆れて笑う。
「それでマシになると思ってるのか?」
マイケルが彼を見る。
「監督」
声が柔らかくなる。
「強いところを見せたいんじゃないんです」
「押されっぱなしになりたくないんです」
キランが見つめる。
その言葉が頭に残った。
*押されっぱなしになりたくない。*
ジョジョを思い出す。
路上での乱闘。
痣。
そしてレクソール。
何年も前。
あの試合。
キランがロイドを見る。
ロイドも見返す。
二人とも、この案が気に入らなかった。
だが――
キランには理解できた。
それこそが問題だった。
キランがゆっくり口を開く。
「もしやるなら……」
選手たちが彼を見る。
「……相手のやり方で戦わないこと」
コールが眉をひそめる。
キランが続ける。
「自分たちのVentballをやる」
「報復は禁止」
「仕返しの体当たりもなし」
「誰かを傷つけようとするのもなし」
ジョジョが頷く。
キランが全員を見る。
「Ventballで勝つんだ」
「それ以外は何もしない」
沈黙。
そしてコールが手を差し出す。
「約束します」
キランがロイドを見る。
ロイドが額を押さえる。
「お前ら全員嫌いだ」
チームが笑う。
ロイドがため息をつく。
「分かった」
部屋が一気に沸いた。
選手たちが歓声を上げる。
ロイドが即座に声を張り上げる。
「喜んでいいとは言ってないぞ!」
誰も聞いていない。
キランが笑う。
マッハが彼を見る。
「自分が何を後押ししたか理解していますね」
キランがため息をつく。
「うん」
「極めて危険なスポーツイベントです」
「うん」
「違法な推進強化装置を使用する相手との試合です」
「うん」
マッハが笑う。
「競技が恋しいのですね」
キランが興奮するチームを見る。
そして――
ゆっくり笑みが浮かぶ。
「……ちょっとだけね」
その夜――
ロイド監督は誰もいないコートに一人で立っていた。
キランが隣へ進む。
アリーナの照明は薄暗い。
観客はいない。
歓声もない。
昔のチームメイト二人だけ。
ロイドはゴールゾーンを見つめる。
「俺たち、間違ってると思うか?」
キランが考える。
「たぶん」
ロイドが笑う。
「役に立つな」
キランが笑う。
「あの子たちには必要なんだよ」
「なんで?」
キランはセンターコートのパイロッツのロゴを見る。
「だって今レクソールを報告したら……」
一度止まる。
「……ずっと考えることになる」
ロイドが頷く。
「それでも勝てたんじゃないかって」
「うん」
ロイドがため息をつく。
「マーカスなら俺たちを殺してたな」
キランが笑う。
「君のお父さんなら賛成してたよ」
ロイドが彼を見る。
「俺たちを殺したあとでな」
「間違いなく」
二人が笑う。
そしてロイドが真剣になる。
「作戦が必要だ」
キランがコートを見る。
レクソールにはスピードがある。
ブースター。
攻撃性。
パイロッツでは追いつけない。
力でも勝てない。
なら――
やらなければいい。
キランに笑みが戻る。
「もっと速くさせよう」
ロイドが眉をひそめる。
「何?」
キランが彼を見る。
「ブースターを使わせるんだ」
ロイドが見つめる。
キランが続ける。
「追い込む」
「追わせる」
「突っ込ませる」
「そして止まりきれなくなったら……」
ロイドの目が見開かれる。
ゆっくり笑みが浮かぶ。
「……ファウルする」
キランが頷く。
「何度も」
「何度も」
「何度も」
ロイドが誰もいないコートを見る。
すべてのピースがつながった。
「相手のスピードを逆に利用する」
キランがニヤリとする。
「その通り」
ロイドが笑う。
「性格悪いな」
キランが傷ついたような顔をする。
「戦略だよ」
ロイドが見つめる。
キランが笑う。
「ゲーム開始だ」




