痣
翌朝――
一時間目が始まる前から、キランは何かがおかしいことに気づいていた。
生徒の一人が隠れようとしていた。
下手に。
ものすごく下手に。
キランは教室の前で授業ノートを確認しながら、生徒たちが入ってくるのを眺めていた。
マッハは窓の近くに浮かんでいる。
ほとんどの生徒はいつも通りだった。
疲れている。
気が散っている。
半分眠っている。
その時――
キランはジョジョを見つけた。
後ろの扉から入ってくる。
フードをかぶり。
顔を伏せ。
できるだけ素早く自分の席へ向かっていた。
キランの目が細くなる。
「ジョジョ」
ジョジョが固まった。
ゆっくり――
本当にゆっくり――
教室の前を見る。
「はい?」
キランが見つめる。
ジョジョも見つめ返す。
キランの表情が真顔になる。
「顔、どうしたの?」
ジョジョは即座に目の下の痣へ触れた。
「何の痣ですか?」
キランが瞬きをする。
マッハがゆっくり振り向く。
ジョジョは自分の失敗に気づいた。
「いや……」
手を下ろす。
「……この痣?」
キランが見つめる。
「そう」
ジョジョは笑おうとした。
「Ventballです」
キランの目が細くなる。
「Ventballの練習?」
「はい」
マッハが近くへ浮かぶ。
キランが彼を見る。
マッハのセンサーが静かにジョジョを分析する。
そして――
「その負傷は、通常の練習中の衝突によるものとは一致しません」
ジョジョがマッハを見る。
キランがわずかに笑う。
「たまには役に立つんだ」
マッハが傷ついたような顔をする。
ジョジョが扉のほうを見る。
キランは見逃さなかった。
「それで、ダートはどうしたの?」
ジョジョの表情が変わる。
教室の外には、損傷したVentの姿が見えていた。
ダートの外装は動ける程度には修理されていたが、片側にはまだ傷が残っている。
一枚のパネルは仮設プレートに交換されていた。
ジョジョが肩をすくめる。
「練習です」
キランが背もたれへ身体を預ける。
「荒い練習だったんだね」
「はい」
「ものすごく荒い」
「はい」
キランがゆっくり頷く。
「分かった」
ジョジョが安心する。
約三秒間。
その時――
「授業のあと残って」
ジョジョの顔が落ちる。
「え?」
「残って」
「キリアン先生――」
「あとで」
キランは授業ノートへ戻った。
ジョジョがため息をつく。
「……はい、先生」
マッハが笑う。
キランが彼を見る。
「何?」
「非常に威厳のある言い方でした」
キランが笑う。
「練習してるんだ」
授業が終わった。
生徒たちは消えていく。
ジョジョも一緒に消えようとした。
キランは見ていた。
「ジョジョ」
ジョジョは扉を半分出たところで止まった。
キランが空いている机を指す。
「座って」
ジョジョがため息をつく。
振り返る。
ダートも後ろから入ってきた。
マッハはキランの近くに残る。
教室に誰もいなくなると――
キランはジョジョを見る。
「さて」
ジョジョは目を合わせない。
キランが待つ。
何も言わない。
「何があったの?」
「何も」
キランが眉を上げる。
「痣がある」
ジョジョは黙っている。
「ダートも壊れてる」
ダートが床を見る。
「それに昨日は非接触練習の日だった」
ジョジョがゆっくり顔を上げる。
「なんで知ってるんです?」
キランが笑う。
「昔やってたから」
ジョジョは聞いたことを即座に後悔した。
キランが続ける。
「もう一回」
ジョジョがため息をつく。
「くだらないことです」
キランは待つ。
ジョジョがダートを見る。
そしてようやく――
「練習のあと、エーシズの何人かと会いました」
キランの表情が変わる。
「誰?」
「ビフ」
「バイロン」
「ピート」
「ダイアン」
キランが顎に力を入れる。
「それで?」
ジョジョがためらう。
キランにはもう分かっていた。
「喧嘩?」
ジョジョが俯く。
「……はい」
キランが目を閉じる。
マッハが眉をひそめる。
「どちらが始めたのです?」
ジョジョは居心地悪そうにする。
「複雑なんです」
キランが頷く。
「それ、大体みんなって意味だよね」
ジョジョは否定しなかった。
「あいつらが悪口を言ってきて」
「うん」
「それからバイロンがマイケルにぶつかって」
「それで?」
「マイケルがぶつかり返した」
キランがため息をつく。
ジョジョが続ける。
「それからピートがコールを押して」
「そのあと全員、話し合いなんて必要ないって結論に達した」
ジョジョが弱々しく笑う。
「だいたいそんな感じです」
キランが見つめる。
「ジョジョ」
笑みが消える。
「そういうことしちゃダメだ」
「あいつらが始めたんです」
「関係ない」
ジョジョの表情が険しくなる。
「なんで?」
「君たちは、あいつらよりまともだから」
ジョジョが目を逸らす。
キランが少し近づく。
「君は学校のチームに所属してる」
「シトロン・アカデミーを代表してるんだ」
「それに、それを抜きにしても――」
ジョジョを指す。
「――自分の行動には自分で責任を持たなきゃいけない」
ジョジョが歯を食いしばる。
「あいつらは好き放題やってる」
キランは遮らない。
「試合では俺たちをボコボコにする」
「必要以上に強くぶつかってくる」
「悪口を言う」
「俺たちのVentにも手を出す」
声が大きくなる。
「それなのに誰も何もしない」
キランは聞いていた。
ジョジョが続ける。
「じゃあ俺たちはどうすればいいんです?」
「黙って立ってろって?」
「ずっと好き勝手にやらせるんですか?」
ダートがようやく口を開く。
「彼らは僕たちを尊重していません」
マッハがダートを見る。
キランは二人を見る。
そして――
「違う」
ジョジョが眉をひそめる。
キランが続ける。
「黙って好き勝手にやらせる必要はない」
ジョジョの表情が少し変わる。
「でも……」
キランが指を一本上げる。
「……だからって、あいつらと同じになる必要もない」
沈黙。
ジョジョは納得していない。
キランには、その理由が分かった。
レクソールを思い出す。
ブリッツ。
試合。
怪我。
怒りに任せてやり返すことが、正しいように感じられたあの頃。
「僕もまったく同じところにいたことがある」
ジョジョが彼を見る。
キランの表情が暗くなる。
「信じて」
「殴り返すのは、五秒くらいは気持ちいい」
「そのあとは?」
ジョジョが待つ。
キランがため息をつく。
「みんな痣だらけになる」
「みんな怒る」
「何も解決しない」
マッハが頷く。
「正確な要約です」
ジョジョがダートを見る。
そしてキランへ戻る。
「じゃあ、これからどうなるんです?」
キランがわずかに笑う。
「これから?」
扉を見る。
「ロイド監督に会いに行く」
ジョジョの目が見開かれる。
「嫌です」
「行くよ」
「キリアン先生」
「ほら」
「監督に殺されます」
キランが振り返る。
「文字通りじゃないよ」
ジョジョが見つめる。
キランがためらう。
「……たぶん」
マッハが彼を見る。
「安心感のある言葉ですね」
ロイド監督のオフィスは、中にいる失望したティーンエイジャーの人数に対して狭すぎた。
コール。
ジョジョ。
ロキー。
マイケル。
そして彼らのVent。
ジューク。
ダート。
スウィフト。
ストライク。
キランは壁の近くにいた。
マッハはその隣。
ロイド監督は机の向こうに座っている。
沈黙。
ものすごく静か。
誰もその静けさを気に入らなかった。
ようやく――
ロイドが口を開く。
「で」
選手たちは待つ。
「お前ら、路上で喧嘩したんだな」
ジョジョが俯く。
ロイドが続ける。
「グリッドタウンと」
コールがため息をつく。
「はい、監督」
「スポーツ用の装備を使って」
誰も答えない。
ロイドが椅子にもたれる。
「素晴らしい」
マイケルが口を開く。
「あいつらが始め――」
ロイドが手を上げる。
「ダメだ」
マイケルが止まる。
「どっちが始めたかなんて関係ない」
ロキーが眉をひそめる。
「でも――」
「ダメだ」
ロイドがチームを指す。
「問題の決着はコートでつけろ」
「このライバル関係が存在していいのは、そこだけだ」
ジョジョがキランを見る。
キランはさりげなく視線で伝える。
*やめとけ。*
ジョジョは無視した。
「どうやって?」
ロイドが見つめる。
ジョジョが続ける。
「あいつらがコートの外にまで持ち出してくるのに、どうやってコートの中だけにしろっていうんです?」
沈黙。
コールがロイドを見る。
ジョジョはさらに続ける。
「試合をするたび、あいつらは許されるギリギリまで何でもやる」
「それで試合の外じゃもっとひどい」
ダートが付け加える。
「彼らは同じルールに従っていません」
ロイドの表情が険しくなる。
「路上で殴り合っていいなんてルールもない」
ジョジョが見つめる。
キランが前へ出る。
「ロイドの言う通りだ」
ジョジョが彼を見る。
キランが続ける。
「でも、ジョジョにも正しいところがある」
ロイドが眉を上げる。
キランが選手たちを見る。
「エーシズはエスカレートしてる」
コールが頷く。
「誰も止めないって分かってるんです」
ロイドが額を押さえる。
「最高だな」
キランがわずかに笑う。
「いい知らせ?」
ロイドが見つめる。
「お前と俺で何とかする」
選手たちが二人を見る。
ジョジョが眉をひそめる。
「どうやって?」
キランがロイドを見る。
ロイドにはもう意味が分かっていた。
「レクソールと話す」
キランの表情が即座に曇る。
ジョジョが気づく。
「嬉しそうじゃないですね」
「作文を採点してるほうがマシ」
マッハが彼を見る。
「驚くべき発言です」
キランが頷く。
「だからこそだよ」
ロイドがチームを見る。
「それまでは……」
声が強くなる。
「……公式試合以外では、エーシズに関わるな」
「分かったか?」
最初にコールが頷く。
「はい、監督」
他のみんなも続く。
「はい、監督」
ロイドが指を差す。
「何か言われたら?」
ジョジョがため息をつく。
「立ち去る」
「ぶつかられたら?」
「立ち去る」
「Ventを侮辱されたら?」
ジョジョがダートを見る。
そして戻る。
「立ち去る」
ロイドが頷く。
「よし」
ロキーが呟く。
「ダサい」
キランには聞こえた。
「停学もダサいよ」
ロキーが頷く。
「それはそう」
その後――
キランとマッハは廊下を進んでいた。
ロイド監督も隣を歩く。
ロイドは疲れ果てていた。
「選手だった頃が恋しい」
キランが笑う。
「本気?」
「ティーンエイジャーの監督のほうが大変だ」
マッハが頷く。
「妥当な評価と思われます」
キランがロイドを見る。
「本当にレクソールと話したい?」
「嫌だ」
「よかった」
「僕だけかと思った」
ロイドがため息をつく。
「でも誰かがやらなきゃならない」
キランが頷く。
その時、背後からレイモンドの声。
「だったら援軍が必要だな」
三人が振り返る。
レイモンドが近くに立っていた。
キランが眉をひそめる。
「いつからいたの?」
「十分前から」
ロイドが彼を見る。
「ハリソンか?」
レイモンドが頷く。
「レイモンド」
二人が握手する。
ロイドが笑う。
「キランから聞いてる」
レイモンドがキランを見る。
「いい話?」
キランがためらう。
レイモンドが見つめる。
「キラン」
「だいたい」
レイモンドがため息をつく。
ロイドが笑った。
キランがレイモンドを見る。
「手伝ってくれるの?」
「ああ」
レイモンドが腕を組む。
「グリッドタウンは俺の地元だ」
キランは思い出した。
レイモンドが続ける。
「これが地域同士の問題になりそうなら、全員が馬鹿なことをしないように手伝えるかもしれない」
マッハがキランを見る。
「野心的な目標ですね」
キランが笑う。
「かなりね」
数日後――
グリッドタウンは、シトロン・アカデミー周辺とはまるで違っていた。
建物は古い。
密集している。
アパート群の間には工場や修理工場が広がる。
看板の塗装は色褪せていた。
道路の中には、何度も補修されすぎて元の舗装がほとんど見えないものまである。
キランはロイドの隣を進む。
レイモンドも一緒に歩いていた。
マッハは近くに浮かんでいる。
キランが周囲を見る。
「久しぶり?」
レイモンドが頷く。
「久しぶりすぎる」
その表情には懐かしさがあった。
そして同時に――
居心地の悪さも。
前方に――
グリッドタウン高校のVentball体育館が見えてくる。
キランが眉をひそめる。
「さあ、来た」
マッハが笑う。
「宿命のライバル」
「嬉しそうに言わないで」
「単なる観察です」
「嬉しそうだよ」
「多少は楽しみかもしれません」
キランがため息をつく。
中では――
エーシズが練習していた。
激しく。
ものすごく激しく。
ビフが障害物コースを全力疾走し、ドリフトが並走する。
トリクシーはボールコントロールを練習。
スピアがその隣を動く。
ペリーとシールドは補強されたブロッキングパッドへ何度も体当たりしている。
ピートとフューリーは衝突訓練。
ロイとラフハウスは全速力でゴールへ突進する。
レクソールはコートの端に立っていた。
ブリッツが隣にいる。
「もう一回!」
チームが位置へ戻る。
「もっと速く!」
繰り返す。
「もう一回!」
キランが見つめる。
ロイドが眉をひそめる。
レイモンドは黙って見ていた。
マッハが囁く。
「激しいですね」
キランが頷く。
「レクソールは昔から、負けたら死ぬみたいな練習をしてた」
レイモンドが彼を見る。
「それが問題なのかもな」
ようやくレクソールが彼らに気づく。
口からホイッスルが落ちる。
笑みが浮かんだ。
「これはこれは」
キランがため息をつく。
「出たよ」
レクソールがこちらへ歩いてくる。
ブリッツもついてくる。
「遊びに来るとは思わなかったな」
ロイドが腕を組む。
「遊びじゃない」
レクソールが笑う。
「だろうな」
キランを見る。
「キリアン」
「レクソール」
そしてレイモンドを見る。
レクソールの表情が変わった。
じっと観察する。
「この辺の出身だな」
レイモンドが眉を上げる。
「感心すればいいのか?」
レクソールが笑う。
「いや」
さらによく見る。
「ハリソン」
レイモンドの笑みが消える。
「俺を覚えてるのか?」
「ここから出ていった奴のことは、みんな覚えてる」
その言葉には妙な重みがあった。
キランは気づいた。
レイモンドの表情が険しくなる。
ロイドが割って入る。
「お前の選手たちのことで来た」
レクソールが彼を見る。
「何だ?」
「練習後、うちの四人を襲った」
レクソールが笑う。
キランの目が細くなる。
「面白い?」
「ティーンエイジャーは喧嘩する」
ロイドが見つめる。
「お前の選手がストライクを壊した」
レクソールが肩をすくめる。
「なら直せ」
キランが前へ出る。
「それが答え?」
レクソールが振り向く。
「お前なら何て答える?」
キランが見つめる。
「選手に少しは規律を教えろ」
レクソールが笑う。
「泣き言を言ってる暇があるなら……」
ロイドを指す。
「……自分のチームをもっと鍛えろ」
ロイドが顎に力を入れる。
レクソールが続ける。
「パイロッツは軟弱だ」
「監督も軟弱」
「どうやら卒業生までまだ軟弱らしい」
キランが笑う。
「すごいな」
レクソールが眉をひそめる。
「何が?」
「何年経っても……」
キランが少し近づく。
「……学生時代とまったく同じで、冷酷なんだね」
レクソールの笑みが消える。
ブリッツの目が細くなる。
レクソールの声色が変わる。
「冷酷?」
「そう」
「俺が子供が怪我するのを楽しんでると思うのか?」
キランは答えない。
レクソールがコートを示す。
「見ろ」
全員が見る。
エーシズは練習を続けている。
レクソールの表情が意外なほど真剣になる。
「Ventballしかない奴らもいるんだ」
キランが眉をひそめる。
「どういう意味?」
レクソールが近づく。
「グリッドタウンを見ろ」
レイモンドはもう見ていた。
レクソールが続ける。
「こいつらに、どれだけのチャンスがあると思う?」
「大学のスカウトがこの地区に押し寄せるわけじゃない」
「企業だって外で列を作って待ってるわけじゃない」
「ほとんどの人間は、アスリートを見る前に車椅子を見る」
ロイを指す。
「Ventballは違う」
キランの表情がわずかに柔らかくなる。
レクソールが続ける。
「コートの上じゃ……」
声が強くなる。
「……こいつらは患者じゃない」
「慈善の対象でもない」
「感動物語の主人公でもない」
「アスリートだ」
レイモンドがゆっくり頷く。
その部分だけは――
理解できた。
レクソールが彼を見る。
「分かるだろ」
レイモンドの表情が再び険しくなる。
「何が?」
「扉を閉ざされるってことが」
レクソールが彼を眺める。
「お前はグリッドタウンを出た」
「軍に入った」
その笑みが嫌味なものへ変わる。
「でも面白いことにな」
レイモンドはもう嫌な予感がしていた。
「俺の記憶が正しければ……」
レクソールがホバーチェアを見る。
「……軍は車椅子利用者を採用しない」
キランの表情が変わる。
ロイドがレイモンドを見る。
レクソールが続ける。
「三位一体計画以来な」
「つまり、みんなが説教する『正しい道』ってやつも……」
肩をすくめる。
「……こいつらには開かれてないってことだ」
レイモンドは何も言わない。
珍しく――
答えがなかった。
レクソールはそれに気づく。
笑みが戻る。
「だと思った」
キランがレイモンドを見る。
庇いたかった。
だがレイモンドは小さく首を振る。
放っておけ。
その時――
エーシズの一人が近づいてきた。
ヴィン。
スポイラーがすぐ後ろについている。
ヴィンがレクソールへ身を寄せる。
「監督」
レクソールが彼を見る。
ヴィンが何かを囁く。
キランには聞こえないほど小さな声。
レクソールの表情が変わった。
ブリッツがヴィンを見る。
そして他の三人を見る。
何か重要なこと。
とても重要なこと。
キランは気づいた。
マッハも。
レイモンドは当然気づいた。
レクソールが即座に離れる。
「話は終わりだ」
ロイドが眉をひそめる。
「終わってない」
レクソールが笑う。
「いや、終わった」
コートへ戻り始める。
そして止まった。
「ああ」
振り返る。
「金曜にな」
ロイドの表情が暗くなる。
レクソールが笑う。
「それまでチームをバラバラにされないよう気をつけろ」
そして歩いていった。
ブリッツも続く。
外では――
キラン。
マッハ。
ロイド。
レイモンド。
四人全員が駐車場近くで立ち止まった。
最初にロイドが口を開く。
「うまくいったな」
キランがため息をつく。
「予想よりは」
レイモンドは体育館を振り返っていた。
「あのガキ、何を言った?」
マッハが頷く。
「レクソールの態度は即座に変化しました」
キランが建物を見る。
「僕も気づいた」
ロイドが眉をひそめる。
「気に入らない」
「僕も」
レイモンドが腕を組む。
「なら調べろ」
キランが彼を見る。
「どうやって?」
レイモンドが笑う。
「空飛ぶ車椅子があるだろ」
マッハが笑う。
キランはすぐ理解した。
「嫌だ」
レイモンドが見つめる。
キランがため息をつく。
「……分かったよ」
ロイドが瞬きをする。
「何の話だ?」
キランが彼を見る。
「何でもない」
マッハが訂正する。
「不法侵入の可能性です」
キランが凝視する。
「マッハ!」
ロイドの目が見開かれる。
「学校に侵入するなよ」
キランが笑う。
「侵入はしない」
マッハが頷く。
「窓から中を見るだけです」
ロイドが見つめる。
レイモンドが笑う。
「厳密にはな」
ロイドが額を押さえる。
「お前らを巻き込んだことを後悔してる」
夜がグリッドタウンを覆った。
Ventball体育館にはほとんど人が残っていない。
大半の照明も消えていた。
キランは建物の裏側に浮かんでいた。
マッハが隣にいる。
「なんでこんなことしてるんだっけ?」
マッハが答える。
「好奇心です」
「そうだった」
キランが一つ目の窓へ近づく。
暗い。
次。
倉庫。
次。
誰もいない廊下。
その時――
マッハが止まる。
「キラン」
「何?」
指を差す。
明かり。
整備区画の近くにある窓。
キランはゆっくり近づいた。
二人は窓枠の下に身を隠す。
そして――
中が見えるぎりぎりまで上昇する。
キランの目が見開かれた。
レクソールがエーシズのホバーチェアの一台の横に立っている。
ブリッツが近くに浮かんでいた。
車椅子のサイドパネルは外されている。
内部には――
追加の推進ユニット。
標準装備ではない。
まったく違う。
キランが見つめる。
マッハがスキャンする。
「キラン」
「分かってる」
マッハの目が見開かれる。
「あれは高性能ブースターアセンブリです」
キランは即座にギアの言葉を思い出した。
*大量注文。*
*地域在庫:ゼロ。*
中では――
レクソールが操作系を指している。
選手の一人へ説明する。
「直線でだけ使え」
選手が頷く。
「審判にバレない?」
「頭を使えばな」
レクソールがブースターを叩く。
「短時間だけだ」
「異常出力として記録されるほど長く使うな」
キランの表情が険しくなる。
マッハが囁く。
「不正行為です」
キランが頷く。
レクソールが続ける。
「これならパイロッツはついてこられない」
笑う。
「誰にも無理だ」
キランはゆっくり窓の下へ降りた。
マッハも続く。
数秒間――
どちらも何も言わない。
そしてキランが囁く。
「これで分かった」
マッハの表情は険しいままだった。
キランは街を見る。
そして遠くにあるギアのワークショップの方向へ。
「戻ろう」
スラスターを起動する。
マッハも続く。
二人は夜の闇へ消えていった。
その背後では――
エーシズが金曜日の試合へ向けて準備を続けていた。
そして初めて――
キランは、なぜシトロン・シティ中のブースターが在庫切れになっていたのかを完全に理解した。




