在庫切れ
翌日の午後――
**ガン!**
「痛っ」
キランが顔を上げる。
「レイモンド?」
レイモンドのエクソスーツの下から、くぐもった声が聞こえた。
「大丈夫だ」
キランが見つめる。
「本当に?」
「いや」
マッハが近くへ浮かぶ。
「何があったのです?」
レイモンドが、半分解体されたエクソスーツの下からゆっくり這い出してきた。
レンチを掲げる。
「こいつだ」
キランが眉をひそめる。
「レンチに襲われたの?」
「落ちてきた」
「ああ」
レイモンドが額をさする。
「世界中の整備士が恐れる、古代からの宿敵だ」
作業場の向こうから――
ギアが叫んだ。
「ふざけてないで手を動かせ!」
キランがそちらを見る。
「何もしてないよ!」
「だから言ってんだ!」
キランが見つめる。
マッハが笑う。
「ギアは非常に機嫌が良いようですね」
「ギアに機嫌が良い時なんてないよ」
「聞こえてるぞ!」
キランがマッハへ身を寄せる。
「ほらね?」
ギアのワークショップは、いつもの統制された混沌に満ちていた。
つまり――
何一つ統制されていない。
作業台は工具だらけ。
半開きの箱には部品。
奥のどこかでは溶接トーチが燃えている。
診断画面には警告が点滅していたが、誰も特に気にしていない。
中央のメンテナンス台にはレイモンドのエクソスーツ。
装甲パネルが何枚も外されている。
内部システムが剥き出し。
その隣にギア。
ゴーグルを下ろし。
工具を手に。
不機嫌そうな顔。
つまり――
いつも通り。
レイモンドがスーツを見る。
「どのくらいひどい?」
ギアが唸る。
「場合による」
「何に?」
「動けることに、どれくらいこだわりがある?」
レイモンドが凝視する。
キランが笑った。
レイモンドが彼を見る。
「楽しみすぎだろ」
「だって今回は僕の車椅子じゃないから」
ギアがゆっくりキランを見る。
「余計なこと言うなよ」
キランの笑みが即座に消えた。
「レイモンドのスーツは非常に大切です」
「そうだろうな」
ギアは作業へ戻った。
マッハがメンテナンス台の隣へ浮かぶ。
「推進系の問題は特定できましたか?」
「ああ」
ギアが診断画面を叩く。
「ブースターが摩耗してる」
レイモンドが眉をひそめる。
「交換できる?」
「そのうちな」
レイモンドが眉を上げる。
「そのうち?」
ギアが部品を引き抜く。
「来月」
キランが止まる。
「来月?」
「そう言った」
レイモンドが腕を組む。
「なんで来月なんだ?」
ギアが部品を作業台へ置く。
「この二十四時間で、お前らの誰かが軍用グレードの推進ブースターを製造できるようになったっていうなら話は別だけどな……」
全員が互いを見る。
誰も答えない。
「……できないなら待つ」
キランが眉をひそめる。
「在庫切れ?」
「そう」
「ブースターが?」
ギアが彼を見る。
「いや、キラン」
作業場を示す。
「バナナが」
キランがため息をつく。
「はいはい。ブースターね」
マッハが棚をスキャンする。
「在庫記録でも、異常な品不足が確認できます」
ギアが彼を見る。
「ありがとな、空飛ぶ表計算ソフト」
マッハが笑う。
「どういたしまして」
ギアはスーツへ戻る。
キランはまだ引っかかっていた。
「どうやったらブースターを切らすの?」
ギアが止まる。
ゆっくり。
キランを見る。
「どうやったら……」
間。
「……切らすって?」
キランは即座に自分の失敗を悟った。
ギアが近づいてくる。
「部品が勝手に俺の作業場へ湧いてくると思ってんのか?」
「いや」
「魔法のブースター妖精でもいると思ってんのか?」
「いや」
「目を閉じてお願いしたら、天国から推進システムが降ってくるとでも?」
キランが見つめる。
「たぶん違う」
「たぶん!?」
レイモンドが笑う。
マッハが顔を逸らす。
キランが両手を上げる。
「分かった! 質問が悪かった!」
ギアがレンチを向ける。
「前にもあっただろ」
キランが眉をひそめる。
「いつ?」
ギアが凝視する。
「三年前」
キランが考える。
「……ない」
「六年前」
何も出てこない。
「九年前」
キランがマッハを見る。
マッハが頷く。
「三件とも発生しています」
キランが見つめる。
ギアが両手を上げる。
「ほらな!?」
キランが眉をひそめる。
「覚えてない」
「お前がアホだからだ」
「傷つくなあ」
「事実だ」
マッハが頷く。
キランが彼を見る。
「君は黙ってて」
レイモンドがメンテナンス台の隣へ座る。
「それで今回は何が原因なんだ?」
ギアがため息をつく。
「大量注文」
キランの冗談めいた表情が少し消える。
「何?」
ギアが仕入先の在庫ページを開く。
「シトロン周辺はほとんど空だ」
スクロールする。
「ブースター」
「推進コイル」
「スラストレギュレーター」
「スタビライザー」
「俺が普段注文する高性能モビリティ部品の半分くらいな」
レイモンドが眉をひそめる。
「供給不足?」
「そういうわけじゃない」
ギアが画面を指す。
「メーカーには在庫がある」
「地元の流通業者にはない」
マッハが近づく。
「つまり、在庫はすでに購入されている」
「その通り」
キランが眉をひそめる。
「誰に?」
ギアが肩をすくめる。
「誰でもあり得る」
「そんな大量のブースターを必要とする誰か?」
ギアが目を回す。
「テック企業なんて、こういうことしょっちゅうやってる」
「大量に買う」
「供給を押さえる」
「競合他社を待たせる」
「誰かが艦隊でも作ってるのかもしれない」
「どこかの企業が契約を取ったのかもしれない」
ギアが在庫画面を閉じる。
「金だけ余ってて常識が足りない奴かもしれない」
キランは考え込んだままだった。
ギアが気づく。
「おい、やめろ」
「何が?」
「その顔」
レイモンドがキランを見る。
「探偵の顔」
マッハが頷く。
「間違いありません」
キランが眉をひそめる。
「探偵の顔なんてないって!」
三人が同時に答える。
「ある」
キランが見つめる。
ギアがレンチを向ける。
「考えすぎるな」
「でも――」
「ダメだ」
「誰かが大量に――」
「キラン」
ギアが近づく。
「お前、昨日は殺人ビルに殺されかけたんだぞ」
レイモンドがキランを見る。
「お前、何だって?」
キランが固まる。
マッハがゆっくり後ろへ下がる。
キランが彼を見る。
「レイモンドに言ってなかったの?」
マッハが見つめ返す。
「その会話はあなたの担当でした」
レイモンドがキランを指す。
「殺人ビル?」
「正確にはAIだったんだけど」
「建物を操ってたんだろ!」
「うん」
レイモンドが凝視する。
「じゃあ殺人ビルだ」
キランがため息をつく。
「分かったよ」
ギアがエクソスーツへ戻る。
「とにかく、お前の人生にはもう十分すぎるほど変なことが起きてる」
別の工具を手に取る。
「謎のブースター不足は放っておけ」
キランが仕入先の画面を見る。
そして渋々頷いた。
「分かった」
作業場の扉が開く。
**チーン!**
全員が振り返った。
スザンヌが入ってくる。
笑顔で。
それ自体は珍しくない。
スザンヌはよく笑う。
だが、この笑顔は――
違った。
いつもより大きい。
明るい。
怪しいくらい明るい。
キランが目を細める。
ギアも目を細める。
マッハも。
レイモンドは三人を見た。
それからスザンヌを見る。
「やあ、スザンヌ」
「レイモンド!」
彼女が近づく。
「元気にしてる、あなた?」
レイモンドが笑う。
「元気だよ」
スザンヌが分解されたエクソスーツを見る。
そして――
「あら」
レイモンドも視線を追う。
「大丈夫」
ギアが即座に答える。
「大丈夫じゃない」
レイモンドが見つめる。
「助かるよ」
スザンヌが笑う。
「まあ、ギアに任せておけば安心ね」
ギアが誇らしげに笑う。
「当然」
キランは母親を見つめ続けていた。
スザンヌが気づく。
「何?」
「何でもない」
キランがギアを見る。
ギアがキランを見る。
マッハが二人を見比べる。
スザンヌが眉をひそめる。
「どうしてみんなそんな目で私を見てるの?」
キランが即座に笑う。
「別に」
「何もないぞ」とギア。
マッハが頷く。
「あなたの行動は完全に正常に見えます」
キランとギアがゆっくりマッハを見る。
マッハが眉をひそめる。
「何です?」
スザンヌが腕を組む。
「分かった」
三人を見比べる。
「あなたたち三人、何を企んでるの?」
「何も!」
三人が同時に答えた。
レイモンドが見つめる。
「全然怪しく聞こえなかったぞ」
キランが睨む。
スザンヌが作業台へ近づく。
「Ventballの試合のこと聞いたわ」
キランが止まる。
ギアも。
マッハも。
レイモンドが三人を見る。
「なるほど」
スザンヌが笑う。
「かなりすごい試合だったそうね」
キランがゆっくりギアを見る。
ギアもゆっくりキランを見る。
マッハが囁く。
「興味深い」
スザンヌが眉をひそめる。
「何?」
キランが彼女を見る。
「試合のこと聞いたの?」
「ええ」
「Ventballの?」
スザンヌが笑う。
「昨日、あなたはいくつ試合を見たの?」
キランが見つめる。
「一つ」
「なら、それよ」
彼女が笑う。
「その試合」
ギアが工具を置く。
「いつからVentballに興味持つようになったんだ?」
スザンヌの笑みが揺らいだ。
ほんの少し。
キランは見た。
ギアも見た。
マッハは当然見た。
レイモンドだけ――
見ていなかった。
スザンヌが軽く手を振る。
「別に興味なんてないわよ」
キランが目を細める。
「へえ」
「ただ、みんなが話してたから」
「誰が?」
スザンヌが彼を見る。
「みんなよ」
キランがギアを見る。
ギアが口だけ動かす。
『みんな?』
キランも口だけ動かす。
『みんな』
マッハは無言のやり取りを見ていた。
スザンヌが続ける。
「面白かったって聞いたわ」
キランが肩をすくめる。
「激しかったよ」
スザンヌがため息をつく。
「今でも、よくあなたにあんなスポーツをやらせたと思うわ」
キランが笑う。
「やらせてないよ」
スザンヌが彼を見る。
「何?」
「止めようとしてた」
「してないわ」
ギアが即座に顔を上げる。
「してた」
スザンヌが凝視する。
ギアが笑う。
「確かこう言った――」
芝居がかったように姿勢を正す。
「『絶対にダメ。学校への愛校心のために、私の息子を人間砲弾にするなんて許しません』」
キランが吹き出す。
スザンヌの目が見開かれる。
「そんなこと言ってないわ!」
マッハが答える。
「言いました」
スザンヌが彼を見る。
「あなた、その場にいなかったでしょ」
マッハが笑う。
「キランから何度も聞いています」
「裏切り者」
スザンヌが首を振る。
「まあ……」
笑いを堪えようとする。
「最終的には許したでしょ」
キランが頷く。
「フリート監督が家に来てからね」
「ちゃんと話してくれたから」
「二時間も」
「説得力があったのよ」
「パンフレットまで持ってきた」
スザンヌが笑う。
「準備がよかったのよ」
キランが笑う。
「結局、ホームゲーム全部見に来てたよね」
「心配だったからよ!」
「はいはい」
「本当よ!」
スザンヌが懐かしそうに笑う。
そして――
「でも、認めるわ……」
全員が待つ。
「……面白かった」
沈黙。
キランが見つめる。
ギアも。
マッハも。
レイモンドが周囲を見る。
「何?」
キランがゆっくりスザンヌを指す。
「母さんが」
スザンヌが眉をひそめる。
「私が?」
「今、Ventballを面白いって言った」
「ええ」
ギアが近づく。
「母さんが?」
「そうよ」
「決勝戦に本を持ってきた女が?」
スザンヌの目が見開かれる。
「ハーフタイムだったわ!」
「第三クォーターだった!」
「Ventballにクォーターはないよ」とキラン。
ギアが彼を見る。
「言いたいことは分かるだろ」
スザンヌが腕を組む。
「新しい趣味くらい持ってもいいでしょ」
キランが目を細める。
「できるの?」
スザンヌが凝視する。
「できるわよ」
「突然?」
「ええ」
「その歳で?」
スザンヌの口が開く。
ギアが即座に離れた。
マッハが囁く。
「致命的なミスです」
キランの顔から血の気が引く。
「そういう意味じゃ――」
「その歳で?」
「母さん――」
レイモンドが口を押さえる。
キランが慌てる。
「何十年もVentballを知ってるのにって意味!」
スザンヌが見つめる。
「そうは言わなかったわ」
「言い方が悪かった」
「ものすごくね」
マッハが頷く。
「壊滅的でした」
キランが彼を見る。
「助けなくていい!」
最終的に――
スザンヌは許してくれた。
ほぼ。
彼女がレイモンドへ近づく。
「最近どう?」
「元気だよ」
「ミカイラは?」
キランが振り返る。
「なんでレイモンドに聞くの?」
スザンヌが笑う。
「あなたに聞くと変な空気になるから」
キランが見つめる。
「どうして?」
「私があなたたちの関係について聞いてると思うでしょ」
キランが止まる。
「聞いてるの?」
スザンヌがレイモンドを見る。
「ほら」
レイモンドが笑う。
「ミカイラは元気だよ」
スザンヌが頷く。
「よかった」
彼女がマッハを見る。
「あなたは?」
マッハが笑う。
「正常稼働中です」
スザンヌが眉をひそめる。
「そういうことを聞いたんじゃないわ」
マッハの笑みが柔らかくなる。
「元気です」
「よかった」
彼女がマッハのホログラムへ手を伸ばす。
手は何の抵抗もなく彼の身体を通り抜けた。
それでもスザンヌは、愛情を込めた仕草をやめなかった。
マッハが微笑む。
キランはそれに気づいた。
いつも気づいていた。
スザンヌは一度たりとも、マッハをただの機械として扱ったことがない。
もしかすると、それもH.O.M.E.のことがあれほど気になっている理由の一つなのかもしれない。
キランはその考えを追い払った。
今日はやめよう。
スザンヌがギアを見る。
「ちゃんと食べてる?」
ギアが見つめる。
「食べてる」
「まともなものを?」
「まともの定義は?」
スザンヌがため息をつく。
「自動販売機から出てこない食べ物」
ギアが目を逸らす。
スザンヌが凝視する。
「ギア」
「忙しかったんだよ」
「明日、何か持ってくるわ」
「いいって」
「明日持ってくる」
ギアがため息をつく。
「……分かった」
キランが笑う。
ギアでさえ、戦わないほうがいいと理解している戦いもある。
スザンヌが時間を確認する。
「あっ!」
表情が再び明るくなる。
出た。
あの笑顔。
キランが気づく。
ギアも。
マッハも。
スザンヌがバッグを手に取る。
「もう行かないと」
キランが眉をひそめる。
「どこへ?」
スザンヌが止まる。
「外よ」
ギアがゆっくり振り向く。
「外のどこ?」
スザンヌが見つめる。
「どうして?」
「別に」
キランが不自然なほど無邪気に笑う。
「ちょっと気になっただけ」
スザンヌは二人の息子を見る。
次にマッハ。
そしてレイモンド。
今や四人全員が彼女を見ていた。
レイモンドは、他のみんなが見ているから見ているだけだったが。
スザンヌが目を細める。
「あなたたち変よ」
キランがぎこちなく笑う。
「いつも変でしょ」
「それもそうね」
彼女は扉へ向かう。
そして止まった。
「あっ!」
全員が待つ。
「次の試合、見に行こうと思ってるの」
キランの目が見開かれる。
ギアの手からレンチが落ちる。
**ガン!**
スザンヌが見る。
「大丈夫?」
ギアが凝視する。
「大丈夫」
キランが唾を飲み込む。
「次のVentballの試合?」
スザンヌが笑う。
「ええ」
「シトロン・アカデミーで?」
「普通はそこでやるでしょ」
キランが見つめる。
「なんで?」
スザンヌが眉をひそめる。
「行きたいから」
ギアがキランを見る。
キランがギアを見る。
マッハの表情が深刻になる。
レイモンドがようやく理解した。
「ああ」
キランが即座に彼を見る。
「何?」
レイモンドが首を振る。
「何でもない」
「レイモンド」
「何でもない」
スザンヌが笑う。
「じゃあ、またね」
キランの額へキス。
次にギア。
レイモンドを抱きしめる。
そしてマッハへ手を振った。
「じゃあね、あなた」
「さようなら、スザンヌ」
彼女は扉へ歩いていく。
そして――
ガラスに映った自分の姿を確認した。
髪を整える。
キランの目が見開かれる。
ギアの目も。
マッハの目も。
扉が開く。
スザンヌが出ていった。
**チーン!**
沈黙。
誰も動かない。
キランは扉を見つめる。
ギアも扉を見つめる。
マッハも。
レイモンドが三人を見る。
そして――
キランが囁いた。
「……いやだ」
ギアがゆっくり頷く。
「……いやだ」
マッハが心配そうに見る。
「統計的確率は大幅に上昇しました」
キランが彼を見る。
「言わないで」
マッハは続ける。
「スザンヌが恋愛的な関心を――」
「言うな!」
ギアが両手を上げる。
「知りたくない!」
レイモンドが吹き出す。
キランが彼を指す。
「笑い事じゃないよ!」
「いや、めちゃくちゃ面白い」
キランがギアを見る。
「もし誰かと付き合ってたら?」
ギアが恐怖の表情を浮かべる。
「黙れ」
「もしその人を試合に連れてきたら?」
「やめろ」
「もし手をつないだら?」
ギアが耳を塞ぐ。
「ラララララララ!」
マッハがキランを見る。
「人間は親の恋愛関係に対して、頻繁に非合理的な不快感を示します」
キランが凝視する。
「これは非合理的じゃない」
「非合理的です」
「違う」
「客観的に見ても非合理的です」
キランが扉を指す。
「僕の母さんだよ!」
マッハが頷く。
「承知しています」
ギアが叫ぶ。
「話題を変えろ!」
レイモンドはまだ笑っていた。
ギアがレンチを掴む。
レイモンドは即座に笑うのをやめた。
数分後――
作業場はいつもの状態へ戻った。
ギアが作業。
レイモンドが手伝う。
マッハが診断データを確認。
キランは近くにいた。
母親がデートしているところを想像しないよう必死に努力しながら。
その時、視線が仕入先の画面へ向かう。
ブースター不足。
キランが眉をひそめる。
大量注文。
しかも、とんでもない量。
エーシズを思い出す。
あの動き。
あの速さ。
あの攻撃性。
でも――
違う。
首を振る。
ギアの言う通りだ。
大量に部品を購入する企業なんていくらでもある。
二つを結びつける理由はない。
キランは目を逸らした。
画面に――
流通業者からの通知が表示される。
**高性能ブースターアセンブリ**
**現在の地域在庫:0**
さらにもう一つ。
**再入荷予定:27日後**
キランが再び見る。
マッハが気づく。
「キラン」
「何?」
「考えていますね」
「考えてない」
「考えています」
キランがため息をつく。
「分かったよ」
画面を見つめる。
「ただ、変だなって」
ギアは顔を上げない。
「お前には何でも変に見える」
「だって何でも変なんだよ」
「昨日は建物と戦っただろ」
「だからだよ!」
ギアが呻く。
キランが笑う。
そして――
空になった在庫表示をもう一度だけ見た。
誰かが大量のブースターを買った。
シトロン・シティ全体の供給に影響が出るほどに。
ギアが正しいのかもしれない。
何の意味もないのかもしれない。
だがキランは長年の経験から、一つ学んでいた。
本当に何の意味もないことは――
いつまでも頭から離れないものではない。
一週間後――
シトロン・アカデミーでの練習が終わった。
太陽は街の向こうへ低く沈みかけている。
Ventballアリーナは何時間も前に空になっていた。
パイロッツの選手数人が一緒に帰路についていた。
ジョジョ。
ロキー。
マイケル。
そしてコール。
Ventたちも隣を進む。
ダート。
スウィフト。
ストライク。
ジューク。
ジョジョが肩を伸ばす。
「やっと痛くなくなった」
ロキーが彼を見る。
「あと五分ね」
ジョジョが眉をひそめる。
「なんで?」
ロキーが笑う。
「あなた、プロ級に文句言うから」
マイケルが笑う。
ジョジョが凝視する。
「俺は文句言わない」
ダートが彼を見る。
「練習中に十七回言いました」
ジョジョが指を差す。
「誰もお前に聞いてない」
ダートが笑う。
コールも笑った。
グリッドタウン戦で負けて以来初めて――
ほとんど日常が戻ったように感じられた。
その時――
ジュークが止まる。
コールが気づく。
「どうした?」
ジュークが前を見る。
歩道を四人の人影が塞いでいた。
ホバーチェア。
Vent。
エーシズのカラー。
ジョジョの笑みが消える。
「最悪」
グリッドタウンの選手たちが振り返る。
ビフ。
バイロン。
ピート。
ダイアン。
ドリフト。
ラッシュ。
フューリー。
ブリック。
ビフが笑う。
「おやおや」
コールが前へ出る。
「行こう」
ジョジョが頷く。
「賛成」
通り過ぎようとする。
ピートが車椅子を動かした。
道を塞ぐ。
コールが止まる。
ピートが笑う。
「帰っていいなんて言ってないぞ」
ロキーの表情が険しくなる。
「どいて」
ダイアンが笑う。
「あら」
「パイロッツも生意気になったじゃない」
マイケルが周囲を見る。
近くに人はいる。
多くはない。
だが、いる。
コールは冷静さを保った。
「俺たちはやらない」
ビフが笑う。
「何を?」
「お前らがやろうとしてるくだらないこと全部」
バイロンが笑う。
「挨拶しに来ただけだよ」
ジョジョが肩をさする。
「こんにちは」
背後を指す。
「さようなら」
エーシズは動かない。
ビフがコールを見る。
「四十三対二十一」
コールが歯を食いしばる。
ビフが笑う。
「忘れてないか確認したかっただけだ」
コールが見つめる。
「おめでとう」
ピートが身を乗り出す。
「心がこもってないな」
「こめてないからな」
沈黙。
ドリフトがダートへ近づく。
ダートが後ろへ下がる。
ジョジョの表情が変わる。
「やめろ」
ビフが笑う。
「何を?」
ジョジョが真っ直ぐ彼を見る。
「俺のVentに触るな」
ビフが笑う。
「神経質だな」
ロキーがジョジョの隣へ移動する。
コールがため息をつく。
「お前ら……」
遅かった。
バイロンがマイケルの車椅子へぶつかる。
強くはない。
ほんの少し。
マイケルが下を見る。
そして顔を上げる。
「マジか?」
バイロンが笑う。
「事故だよ」
マイケルがぶつけ返す。
今度は強く。
ラッシュが前へ出る。
ストライクも前へ。
コールの目が見開かれる。
「全員落ち着け」
ピートがコールを突き飛ばす。
ジュークが反応する。
フューリーが動く。
ジョジョが間へ入る。
ビフが押す。
ロキーがビフを掴む。
ダイアンがロキーを掴む。
そして――
すべてが爆発した。
**ドン!**
コールがピートへ激突。
マイケルがバイロンと衝突。
ジョジョがビフへ飛びかかる。
Ventたちも突進する。
ダートがドリフトへぶつかる。
ストライクがラッシュと激突。
スウィフトとブリックが正面衝突。
ジュークがフューリーへ突進する。
周囲から悲鳴。
「おい!」
「やめろ!」
「何やってんだ!?」
歩道はルールのないVentballコートへ変わった。
審判はいない。
ホイッスルもない。
ペナルティもない。
あるのは怒りだけ。
そして今度は――
エーシズは境界線で止まらなかった。
ピートの車椅子が加速。
**ドン!**
コールが後方へ吹き飛ぶ。
ジュークが叫ぶ。
「コール!」
ジョジョがビフへ拳を振る。
ビフがかわす。
ドリフトがダートへ激突。
**ガン!**
ダートが路面へ叩きつけられる。
「おい!」
ジョジョが振り向く。
その一瞬が命取りだった。
ビフが突っ込む。
**ドン!**
ジョジョが倒れる。
ロキーが突進。
ダイアンが正面から迎え撃つ。
**ドン!**
マイケルが助けようとする。
バイロンとピートが彼を囲む。
ストライクが二人との間へ入る。
「下がれ!」
フューリーが横からストライクへ激突。
**ガン!**
ストライクの外装が割れた。
マイケルの目が見開かれる。
「ストライク!」
何かが変わった。
もう挑発ではない。
ライバル同士の争いでもない。
Ventballですらない。
最初にそれを理解したのはコールだった。
「やめろ!」
誰も聞かない。
「やめろ!」
ジョジョのところへ行こうとする。
ビフが押しのける。
その時――
通りにいた誰かが叫んだ。
「警察呼ぶぞ!」
全員が固まった。
さらに多くの人が立ち止まっていた。
スマートフォンが向けられている。
録画されている。
エーシズが周囲を見る。
ビフが悪態をつく。
「行くぞ」
ピートがコールを見る。
「まだ終わってないからな」
コールが唇の血を拭う。
「ああ」
仲間たちを見る。
ジョジョは立ち上がろうとしている。
ロキーは脇腹を押さえていた。
マイケルは損傷したストライクの機体の隣に膝をついている。
コールの表情が険しくなる。
「終わった」
エーシズは加速して去っていった。
パイロッツは追わなかった。
追える状態ではなかった。
一週間で二度目――
グリッドタウンは彼らを打ち負かした。
ただ今回は――
スコアボードなど存在しなかった。




