戦闘プロトコル
翌朝は、恐怖とともに始まった。
純粋な。
混じり気のない。
恐怖。
キランは訓練施設へ入った瞬間、ここへ来ることになった人生の選択すべてを後悔した。
施設内部は巨大だった。
鋼鉄製の壁に囲まれた、大規模な戦闘アリーナ。
戦場を見下ろす位置には、観察用の窓が並んでいる。
天井付近には標的用ドローンが浮遊していた。
そして――
ほぼすべての壁や床に、焼け焦げた跡が残っている。
どう考えても、いい兆候ではない。
「なんで焦げ跡だらけなんだ?」
ギアがタブレットから顔を上げた。
「テスト」
「何の?」
「いろいろ」
キランは焦げ跡を指差した。
「それ答えになってないだろ」
「答えるつもりなかったし」
◇ ◇ ◇
アリーナの中央には、数体の人型ロボットが立っていた。
微動だにしない。
音も立てない。
ただ――
待っている。
キランは数えた。
一体。
二体。
三体。
四体。
五体。
多すぎる。
「あれが訓練用ロボット?」
「そう」
「なんか攻撃的に見えるんだけど」
「まだ起動してないよ」
“まだ”という言葉が、まったく安心材料にならなかった。
マッハのアイコンが現れる。
『強化装甲を検出しました』
キランは眉をひそめた。
「それ、まずい?」
『非常に』
「……そっか」
◇ ◇ ◇
ギアは観察ブースへ入った。
その隣にはレイモンド。
当然のように――
手にはコーヒー。
スピーカーからノイズが鳴った。
『よし』
キランは顔を上げた。
「目的は?」
『生き残ること』
沈黙。
キランは瞬きをした。
「……それが目的?」
『そう』
「他には?」
『ない』
「ただ生き残ればいい?」
『その通り』
キランはマッハを見る。
マッハもキランを見る。
どちらも、この状況が気に入らなかった。
ロボットが起動した。
赤い瞳が一斉に輝く。
機械関節が固定される。
腕部装甲が展開し、中から武器が現れた。
キランは即座に手を挙げた。
「質問があります」
『却下』
「まだ何も聞いてないだろ!」
『聞かなくてもわかる』
◇ ◇ ◇
最初の攻撃は、何の警告もなく飛んできた。
ドォン!
衝撃波がマッハを直撃した。
キランには反応する暇すらなかった。
機体が後方へ吹き飛ばされる。
世界が一瞬でぼやけた。
そして――
ガシャァン!
壁がキランを止めた。
非常に効果的に。
キランはそのまま床へずり落ちた。
両肩に痛みが走る。
「いったぁぁぁ……」
マッハのアイコンが明滅する。
『損傷状況は?』
「精神的に傷ついた」
『理解できます』
観察窓の向こうでは、ギアが満足そうに頷いていた。
『よし』
キランは彼を睨んだ。
「よし!?」
『生きてる』
「そこだけ見るの!?」
『そう』
レイモンドは片手で顔を覆った。
「お前のところの従業員が辞める理由、なんとなくわかってきた」
「辞めてない」
「絶対辞めてる」
◇ ◇ ◇
キランは再び前進した。
ロボットたちも動き出す。
武器がチャージされる。
照準システムが起動する。
今度こそ、キランは準備していた。
少なくとも――
さっきよりは。
「マッハ!」
『武器システム、オンライン』
隠されていた装甲パネルが開く。
プラズマキャノンが姿を現した。
砲身にエネルギーが集まっていく。
キランはニヤリと笑った。
「これは絶対カッコいいぞ」
キャノンが発射された。
ズォン!
光弾は――
すべてのロボットの横を見事に通り過ぎた。
遠くの壁が爆発した。
沈黙。
キランはゆっくりとマッハを見る。
マッハもゆっくりとキランを見る。
『今のは私ではありません』
「絶対お前だろ」
『照準ソフトウェアの責任です』
「お前が照準ソフトウェアだろ!」
『……素晴らしい指摘です』
◇ ◇ ◇
ロボットたちが反撃を開始した。
レーザーがアリーナを縦横無尽に走る。
キランは加速した。
左へ回避。
右へ旋回。
上空へブースト。
そして初めて――
すべてが噛み合い始めた。
動き。
タイミング。
反応。
自分が上達しているのがわかる。
アリーナは、もう不可能な場所には感じなかった。
何とかなる。
危険ではある。
だが――
何とかなる。
その時、一体のロボットが爆発した。
キランは瞬きをした。
「一体やったぞ!」
マッハの声にも、本物の興奮が混じっていた。
『やりました!』
さらに一体が倒れる。
そしてもう一体。
自信が一気に湧き上がった。
「ほら!」
キランは笑った。
「いけるじゃん!」
その直後。
レーザーがマッハの後部を直撃した。
ボンッ!
火花が飛び散る。
武器システムが一斉に停止した。
沈黙。
キランの笑顔が消える。
「……マッハ?」
少し間があった。
『……はい?』
「なんで全部止まった?」
『非常に良い質問です』
残ったロボットたちは、こちらへ向かって進み続けている。
一歩。
二歩。
三歩。
武器の光がさらに強くなった。
マッハが診断を開始する。
アイコンが即座に顔をしかめた。
『原因を特定しました』
「直せる?」
『いずれは』
キランの目が大きくなる。
「いずれ!?」
『武器システムへの接続が切断されています』
「どれくらいかかる?」
マッハは少し間を置いた。
『数秒です』
「永遠じゃん!」
『そうでもありません』
「殺人ロボットに狙われてる時は永遠なんだよ!」
『……確かに』
◇ ◇ ◇
ロボットたちが二人を取り囲んだ。
武器がチャージされる。
照準ロック。
キランは操作装置を強く握った。
額を汗が流れ落ちる。
バイザーに次々と警告が表示された。
突然――
アリーナが遥かに狭く感じられた。
遥かにうるさい。
そして――
遥かに危険だった。
「マッハ」
『作業中です』
「マッハ」
『作業中です』
「マッハ!」
『再起動しています!』
ロボットたちが狙いを定めた。
レーザーが眩しく輝く。
キランは唾を飲み込んだ。
「そろそろ頼むぞ……」
ロボットが一斉に発射した。
そして、まさにその瞬間――
マッハが復旧した。
『今です!』
機体全体が眩い光を放った。
膨大なエネルギーが一気に解放される。
ドォォォォォン!!
衝撃波がアリーナ全体を飲み込んだ。
ロボットたちが四方八方へ吹き飛ばされる。
金属がねじ曲がる。
装甲が砕ける。
武器が爆発する。
戦場全体が、青白いエネルギーの奔流に呑み込まれた。
そして――
静寂。
完全な静寂。
煙がゆっくりとアリーナを漂っている。
床には、破壊されたロボットの残骸が散乱していた。
キランは見つめた。
マッハも見つめた。
全員が見つめた。
「……なんてこった」
今回ばかりは――
誰も異論を唱えなかった。




