5
for your…がステージに出た瞬間、三人が受けた拍手や歓声とは比にならない大きさの盛り上がりが聞こえてくる。少し落ち込んだ三人だったが、そもそも自分たちは前座のアイドル練習生、向こうはメジャーデビュー間際の本命バンドである。気持ちを切り替えて楽屋の扉を開くと、大学生くらいの男がドヒョンの荷物を漁っていた。
「ちょっとあんた何してんのよ!」
ムウンが怒鳴ると男は変な叫び声をあげてひっくり返った。上着は着ていないがスーツ姿。そして背後の机にはナッツやフライドポテトなどのおつまみと、キンパなどが並んでいる。
「食事……あんた、バーテンダー見習い?」
「そ、そうだよ。俺はただ、いつもの飯を届けにきただけで、盗みとか怪しいことは何もしてねえぞ!」
「なんで盗みのことを知ってんのよ!」
「え、知ってる!? なんの話!?」
「今自分で盗みって言ったんじゃない! 荷物を漁っていたことからも明らか、前回もあんたの犯行としか思えないわ! 前座の出演者が帰ってくるタイミングにもかかわらず呑気に現場をうろついているとはこのど素人が! あんな大胆な窃盗がバレなかったからって調子に乗って今日もやってやろうってわけ? そうは行かないわ、私たちが来た時点であんたの負け! 早く白状してギターを返しなさい!」
「ちょっと待て、ギターってなんのことだよ!?」
ラッパーのごとくまくし立てて、今にもバーテンダー見習いを現行犯逮捕しそうな勢いのムウン。彼女を押さえつけながらホカゼが事情を説明した。全てを聞いたバーテンダー見習いは首を何度も横に振る。
「いやいや、断じて俺じゃない! 確かにあの日もこうやって飯を運んできたけど、それだけだ。ギターも何も盗んでなんかいない!」
「何か、あなたの無実を証明する方法はありますか?」
「証明って……俺はいつも通りここに飯を置いてバーカウンターに戻っただけだよ。バーテンの先輩に聞けば俺がいつもと同じ時間に戻ってきたことが分かるはずだ。ライブハウス内に盗んだギターを隠すような場所はないし、そもそもいつも帰りは最寄り駅まで先輩と同じ地下鉄に乗って帰っているから、俺がギターなんか持っていなかったことは先輩に聞けば一発だよ」
「チェソニ、悪いけどバーカウンターに行ってバーテンダーさんに今の話確認してきてくれる?」
「네、알겠습니다!」
張り切って楽屋を出ると、バーテンダー見習いが通ったであろう道を逆走して客席最後方に飛び出したチェソン。観客たちはfor your…の激しい演奏を思い思いに聞いている。バーカウンター付近でCassビールを飲んでいた一人がチェソンに気付いて近づいてきた。
「お、さっきのアイドル候補! 一曲目意外といい曲だったよ!」
「감사합니다〜! 私の大好きな先輩アイドルの曲なんです! THE ONEの公式YouTubeアカウントに私たちがカラオケでカバーしてる動画も上がってるから、よかったら見てください〜!」
「おー、デビューしたら頑張ってな!」
「はい!」
これは見てくれなさそうだな、と思いつつバーカウンターの前に立つチェソン。バーテンダーはいつもの癖で注文を聞こうとしたが、目の前にいるのが客ではないことに気付いた。
「ああ、さっきの前座の子! なかなか盛り上がってたね、俺はてっきり大ブーイングされると思ってたんだけど」
「私も思ってました! お客さんがいい人たちで良かったです!」
「素直な子だね、一杯奢るよ。未成年だよね? for yourは客席で見てるのかい?」
「あ、じゃあオレンジジュースで! ……って、違うんです! 聞きたいことがあって、前回のfor yourのライブの時、見習いの人はどうしてましたか?」
そのままチェソンは、ギターの件を全てバーテンダーに話した。
「そんなことがあったのか……どうも今日のfor yourのステージは寂しいなと思っていたんだが、言われてみればあのギターが無かったんだな。でも、あいつの言い分は正しいよ。前回も食事を持っていったあとはいつも通りすぐに帰ってきたし、あいつの言うとおり帰りも一緒だったからどこかでギターを回収することもできなかっただろう」
そう言うとバーテンダーはチェソンに、グラスに入ったオレンジジュースを差し出した。
「どうぞ。あ、でも、あいつは無実だと思うけど好きなだけ尋問していいよ。for yourのライブはお客さんが熱中するから、俺一人いればバーは回るんだ」
「ありがとうございます! うーん、じゃあやっぱりオーナーさんが怪しいのかな……」
「いやあ、うちのオーナーがそんなことをするとは思えないんだがなあ……。まあオーナーには言わないでおくから、ドヒョンたちのためにも早く解決してやってくれ。あのギターの元の持ち主は今のメンバーたちとすごく仲が良かったんだ。for yourを脱退した理由は知らないが、ドヒョンたちにとっては形見みたいなものだろうからね」
「分かりました、必ず解決します……내 언니들이가!」
バーテンダーに頭を下げると、チェソンは楽屋に戻った。そこでは椅子に座らされたバーテンダー見習いと、その肩を強めに押さえつけているムウンの姿があった。
「戻りました! 確認しましたけど、その人はギターを盗んでいなさそうです」
「なんだ、そうなの……って、あんた何でドリンクもらってきてんの!」
「ごめんなさい、オンニたちの分もらうの忘れてました!」
「そうじゃなくて! まあいいわ、てっきりこいつが犯人だと思ったんだけど……オーナーがギター泥棒でバイトが出演者の荷物漁るって、このライブハウスは軽犯罪者の巣窟なわけ?」
「ムウナ、この人の無実が分かったからってオーナーが犯人である決定的な証拠が見つかったわけではないわ。振り出しに戻っただけよ」
「分かってる。でもそれなら、聞きたいことがあるの……ギターは盗んでいないけど出演者の荷物は漁っていたバーテンダー見習いさん? あの日あんたが楽屋に来た時、ギターはあったのかしら?」
ムウンがバーテンダー見習いの顔を覗き込む。未だに自分が疑われているような気がしてならない男は、必死に当時の状況を思い出した。
「ええと……いや、ギターは無かったよ。ケースもドヒョンさんのギターの分しか無かった」
ホカゼが楽屋を見回すと、確かに今日もドヒョンのギターケースだけが開いたまま壁に立てかけられている。
「見習いさんが来た時にはもうギターは無かった……その時、何か気付いたことはありませんでしたか? いつもと違ったこととか見つけたものがあれば」
「み、見つけたもの……いやあ、別に無かったと思うけど……? 」
明らかに目が泳いでいるのを見て、ムウンがその肩を強く押さえつける。
「やっぱり盗んだんでしょ!」
「盗んでないって! さっき俺のアリバイ証明されただろ!」
「じゃああの日見つけたものを素直に白状しなさい! さもないと犯人として突き出すわよ!」
「突き出されても俺ギター盗んでないから返せねえよ……そ、そうだ! 引き出し! あそこの引き出しが開いてた!」
化粧台の引き出しを指さすバーテンダー見習い。今日は閉まっているが、特に鍵のようなものはついていない。
「食事のトレーを持ってたから引き出しが開いていたのに気付かなくて、腰をぶつけたんだ! 開けっぱなしにしたの誰だよ、って思いながら閉めたのを覚えてる」
ホカゼが引き出しを開くと、小さなカードケースが一つ入っていた。
「楽器店の名刺がたくさん入ってる。向かいのビルのお店の名刺は無いみたいだけど……このカードケースに見覚えは?」
「ああ、カードケースはあの日も入っていたよ。中の名刺は……たぶん、オーナーが知り合いの楽器店だ。顔広いんだよ、あの人。出演者が楽器のメンテナンスで困っていたらおすすめの楽器店を紹介してる」
「어때요、언니? 物的証拠になりそうですか?」
「ううん、これじゃ盗まれた証拠には……。でも、ここに名刺があるお店を一件ずつ回れば、盗まれたギターが売られているかもしれない」
「大変だけど、それもアリね。ギターが盗品と分かれば楽器店側から犯人の情報を得られるだろうし、そもそも依頼人的にはギターが帰ってくればOKな気もするし。よし、ここにある楽器店全部回ってこい、왕채선!」
チェソンに名刺の束を押し付けるムウン。チェソンは目と口を限界まで広げると、体の前で両手をバタバタと振り回した。
「えええ、今から!? 鐘路の楽器店の名刺なんかもありますけど!?」
「ムウナ、あんまりチェソニをいじめない! 第一、ギターを売る時に敢えてここにある楽器店を避けた可能性だってある。何も見つからなければ楽器店を回る必要も出てくるけれど、今日はここで他の証拠を探そう」
「良かった〜、호카제 언니 사랑해〜!」
ホカゼに抱きつくチェソンと、まだ何か隠しているのではないかとバーテンダー見習いを睨みつけるムウン。その時ステージの方から、数曲歌い終わったドヒョンの声がスピーカー越しに漏れ聞こえてきた。
「……ありがとう。実は次やる曲は新曲なんだけど、俺たちには珍しくバラードなんだ。好みに合うかは分からないけど、自分のことだと思って聞いてほしい……『돌려줘』」




