最終話 (2)
「チェソン、どうしてここに!? それにどうして……」
立ち上がるボラム。そこにチェソンが駆け寄った。
「ボラムオンニ、お父さんは!?」
「どうして私がお父さんと……」
「いいから、お父さんとは会えたんですか!?」
建物の中に響くチェソンの大声。それに圧倒されたボラムは、静かに首を横に振った。
「ま、まだ……お父さんの方は、もうすぐ日本に着くはずなの」
「分かりました、行きましょう」
チェソンがボラムの腕を掴んで出口へと歩き出そうとする。だが、ボラムの足は動かなかった。
「チェソン、待って! お父さんとはこの港で待ち合わせをしているの!」
「待ち合わせ場所を変えるよう伝えてください、スマホの位置情報も切って! 事務所の人たちやヨンヘさんが、ボラムオンニを連れ戻しに今ここに向かっているんです!」
「まさか、お母さんに居場所が分かるわけ……」
チェソンの言っていることが信じられず、笑おうとするボラム。だが、実際にチェソンはこの場にたどり着いているのである。ボラムは黙って頷くと、チェソンに連れられるまま建物を後にした。
タクシーの後部座席に乗り込んだ二人。ボラムが静岡市内、港から離れた適当な場所を指定する。その場所の情報を父親に送ると、スマートフォンの電源を切った。
「お父さんにも、このメッセージを見たら電源を切るよう伝えた」
「良かった……これでさすがにもう、ヨンヘさんたちに見つかることはないはず!」
屈託のない笑顔を浮かべるチェソン。だが、ボラムと目が合うと、口元が歪む。目から大粒の涙が溢れ出す。その様子を見るとボラムは、チェソンを抱き寄せた。
「보고 싶었어요、보람 언니……」
「ごめんね、チェソン……。急にいなくなって本当にごめん。でも、どうやって私の居場所が分かったの? お母さんたちも……」
チェソンは一度ボラムから離れると、両目を拭って鼻をすする。
「ボラムオンニ、私たちが出した動画でお父さんとやりとりしたでしょう? ヨンヘさんたちはそれに気付いて、居場所を逆探知したみたいです」
「そっか……。あのコメント、動画が非公開になったせいで消せなくなったんだよ。そこからバレちゃったんだ……。でもチェソン、あなたたちも逆探知なんてできたの?」
「私たちは違います、ホカゼオンニとムウンオンニが突き止めました! 二人とも、オンニを助けるためにすごく頑張ったんです。今日だって本当は三人で来る予定だったんですけど邪魔が入って、なんとか私だけでもって身代わりになってくれて……」
「そうだったんだ。あの二人が……」
窓の外の景色を眺めるボラム。しばらく海沿いを走っていたタクシーだったが、鉄道沿いを進むにつれいつの間にか海は見えなくなっていた。
「その名前を知っているってことは、きっと私がどうして逃げたのかも知ってるんだよね」
「それも、オンニたちが。でも、本当なんですか? こんなひどいこと……」
ボラムは頷くと、一度小さくため息をついた。
「デビューが決まった日……寮でお母さんに整形しろって言われた。最初は父親似の私の顔では売れないからって言われたけど、本当は違うの。あの人が昔スターだったこと、知ってる?」
「はい、顔を見た瞬間に分かりました」
「さすが、詳しいんだねチェソン。でもあなたの世代の普通の子たちってもう、キム・ヨンヘのことなんて知らないのよ。私を産んですぐに芸能界から消えたから。でも、あの人は諦めていなかった」
車窓に反射する自分の顔を見つめながら、ボラムがつぶやく。
「あの人ね、私を自分そっくりの見た目に改造してデビューさせるつもりだったの。そして自分自身も、血の繋がったかつてのスターとしてTHE ONEから再出発する計画だった」
絶句するチェソン。その脳裏に、あの日ボラムの実家を訪れたときのヨンヘの言葉がよみがえる。
『……女に終わりはないわよ』
「そこまでして……」
「すごい執念だよね。お父さんと連絡を取る中で昔の話を少ししてくれたんだけど、お母さん、仕事が来なくなってから別人のようになってしまったんだって。それが原因で離婚して……私の親権も、無理やりあの人が奪ったようなものだって言ってた。そしてお父さんと一切の連絡を絶ち、私の名前も全く別のものへと変えた。親権を取り返されないために、私のことをお父さんから隠したの」
膝の上で拳を強く握るボラム。
「あの人は私を産んだそのときから、私のことを話題作りの駒としか考えていなかった」
かける言葉が見つからないチェソン。静かに、ボラムの拳に自分の手を重ねる。ボラムの身体は、震えていた。
「私がアイドルを目指したのは、顔も知らないお父さんに私のことを見つけてもらいたかったから。ずっと黙っててごめんね、ひどいよね……三人とも本気でアイドルを目指しているのに私だけこんな理由で……。でも整形の話をされて、それすら分からなくなっちゃったの。何もかも母親に操られていたんじゃないかって。それで私、逃げ出したの……」
「逃げたなんて言わないでください、ボラムオンニは何も間違っていない! それに、今言った理由だけでオンニがアイドルを目指していたなんて、私には思えません。たとえ本当にそうだったとしても……」
チェソンが、ボラムの手を強く握る。
「私たちはオンニと練習生でいれて、幸せでした。オンニと一緒だったからここまで来れた……」
震える声を絞り出す。
「ボラムオンニと、アイドルになりたかった……」
チェソンの言葉を聞いて、ボラムが封じ込めようとしていたキム・イェリンとしての思い出が彼女の中に溢れだした。
四人で初めて顔を合わせた日のこと。三人が尊敬するアイドルや好きな曲の話をするなか、少し離れて愛想笑いをしていたイェリン。しかし、三人は彼女のことを無理やり輪の中へと連れて行った。最年長の自分に甘える妹たち。仕方なく姉として対応するうちに、距離はどんどん縮まっていった。
最初は足並みの揃っていなかった四人が、つらい練習生生活を経てどんどん成長していった。お互いに欠点を指摘し合い、時には意見が合わず衝突した。歌うことも踊ることも、四人だからこそ本気で取り組むことができた。毎日、心がときめいていた。その感情に偽りはなかった。
そしてデビューが決まったとき、自分は真っ先に何を考えていたのだろうか。思い返すボラム。父親にようやく会えるかもと胸を躍らせていただろうか。それとも、母親の期待に応えられると安心していたのだろうか。
小さく、首を横に振る。あのときボラムに見えていたのは……四人でこれから歩むはずの未来だった。
チェソンの手を握り返すボラム。その目から、涙がこぼれた。
「私も、本当にアイドルになりたかったんだ……。私もあなたたちとアイドルになりたかった……」
静かな車内に、二人のすすり泣く声だけが響いていた。




