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そしてライブ当日。三人は会場のあるホンデにやってきていた。地下鉄の駅を出ると、大通りの両側に巨大なショッピングモールが並んでいる。
「オンニ、あっち行きましょう! 最近すっごく大きなKPOPのグッズショップができたんですよ!」
「바보! 私たちが今日行くのはこっち」
ムウンがチェソンの手を無理やり引いて、人通りの少ない方へと進んでいく。大通りに背を向け、さらにその先の歩行者天国を抜けるとホンデの雰囲気は一変する。大衆向けの店構えが続く駅前とは対を為す、サブカルやニッチという言葉が似合う小規模店舗がごった返すエリアだ。建物の高さは低いのだが、なぜかまだ日は高いのに薄暗い印象を受ける。
「普段はこっちの方って来ないんだけど……意外と観光客の人が多いんだね」
たむろしている外国人たちを見て少し緊張している様子のホカゼ。それを見た男たちがナンパしようと英語で話しかけてきたが、ムウンが韓国語をまくし立てて追い返した。
「고、고마워 무은아……」
「역시 언니는 래퍼다……」
「どうってことないわよ。韓国人ナンパするなら韓国語くらい覚えろって話よ」
「でも私知ってるよ、最近ムウナがこっそり日本語の勉強してるの」
「え〜なにそれ可愛すぎる! オンニ、分からないことがあったらいつでも聞いてくださいね!」
「うるさい! そもそも日本語の質問があったら同部屋の日本人に聞くわよ!」
笑うホカゼとチェソン。寮で一人だけ別部屋のチェソンが寂しい寂しいと騒いでいるうちに、目的地にたどり着いた。いつの間にか飲み屋やバーが並ぶエリアに入っていたようで、まだ昼の今はどの店も開いておらず周囲はひっそりとしていた。
「ここだね」
四階建ての古びたビル、その脇にある地下へと続く階段。ライブハウスの名前が書かれたネオンサインの置き看板が、電源が入っていない状態で階段の入り口を塞いでいる。
「これをどかして入ればいいんですか? 言われた集合時間にはまだちょっと早いですけど」
「잠시만、왕채선! 関係者用の裏口があるはず」
ビルの裏側に回ると、ライブハウスの楽屋へと続く重そうな引き戸があった。ムウンが回してみたが、扉はびくともしない。インターホンなど、中にいる人と連絡が取れる手段も無いようだった。
「来るの早すぎたかな……どうしよう」
辺りを見回すホカゼの目に、向かいのビルの三階のウィンドウサインが飛び込んできた。
「홍대 중고 기타 앤드 리페어……」
「まさかホカゼ、オーナーが盗んだ直後にあの店に売りに行ったと思ってる? いくらなんでも大胆すぎるでしょ」
「でも、ライブハウス内でギターは見つからなかった。ライブが始まる時にギターを預かってライブが終わるまでには帰ってこなければならないのだから、近場で隠すか処理するかしたはずだよ。どうせ今はライブハウスに入れないんだし、念のため現物が売られていないか確認してみよう」
向かいのビルの階段を登り、三階に辿り着く。小さな建物で、このフロアは目的のギターショップとそのバックヤードしかないようだった。扉を開けると、客が来たことを知らせる電子音が店内に鳴り響いた。店内には客どころか店員すらいない。
「オンニ、このお店ほんとに開いてるんですか? 勝手に入って良かったんですかね?」
すると、バックヤードから店長と思わしき中年男性が顔を出した。しかしやってきた客が三人組の仲良しガールズであることを確認すると、冷やかしだと判断したのか挨拶もせずにまたバックヤードに引っ込んでしまった。
「お店はやっている……みたい。盗まれたギターが無いことだけ確認して早く出ましょう」
明らかに居心地が悪そうなホカゼが壁にかかっているギターを眺める。こう見ると漆黒のギターというのは少ない。やはり多いのは薄い茶色に濃い茶色。ミント色のギターなんかもいくつかあり可愛いもの好きのホカゼは手に取ってみたかったが、怒られるのが嫌なのでやめておく。一方ムウンは、ギターが弾けるアイドルなんてのもかっこいいかもしれない、と勝手にギターを構えてみたりしていた。
入り口からお互い反対周りに店を半周し、レジの近くで出くわしたホカゼとムウン。目が合うと、二人して首を振った。
「없네……」
「そりゃそうでしょ、流石に……」
「あった!」
入り口の方から聞こえてきたチェソンの叫びに、二人が急いで駆けつける。
「기타 찾았어!?」
「기타 아니고、이거!」
チェソンが指差しているのは、入り口のドアに貼られたA4サイズのポスターだった。今日の日付と『for your…』『신비한 여자 아이돌 후보 등장!?』という言葉、そして会場名と開始時間が見たこともない禍々しいフォントで書かれている。
「これ、私たちのことですよね!? 凄すぎる、写真撮らなきゃ!」
「바보! それにしてもこの遠回しの言い方……グループ名がないとこうなるのね……」
「でも急に決まったライブなのにチラシを作ってくれるなんてすごいね。ギター探しもだけど今日のライブ、気を引き締めて行かなきゃね」
頷くムウンとチェソン。そのとき、三人が見つめていた入り口の扉が開いて一人の男が店に入ってきた。入り口にたむろしている三人にたじろぐ男。無意識にチェソンたちの目線を追うと、ポスターを見て呟いた。
「for your、今日もやるのか」
その言葉を聞いてチェソンが食いついた。
「お兄さん、for yourさんのファンですか!? 実は今日このライブに私たちも出るんですよ! ほらここ、アイドル候補って私たちのことなんです!」
「え? ああ、そう……」
「for yourファンの人たちでも楽しめるような曲を用意したんで絶対来てくださいね! 絶対ですよ!」
詰め寄るチェソン。男は「じ、時間があったら」と歯切れの悪い言葉を残し、そのまま来た道を戻っていってしまった。
「ワン・チェソン……今の人、あんたがぐいぐい話しかけてくるから絶対ビビっちゃったわよ」
「あれは来てくれなさそうだね……」
「そ、そんな……죄송해요…」
結局何の収穫も無かった三人がライブハウス裏口に戻ると、数分後にドヒョンたちがビルの角を曲がって現れた。それぞれの楽器を背負ったドヒョンとベーシストに、ドラマーは両手に丸型のソフトケースを抱えている。ホムズらの姿を見つけると、ドヒョンは小走りで近づいてきた。
「すまない、待たせたか。こいつらがバンド仲間だ」
「ギターの件で手伝ってくれるんだってね。今日はよろしく」
「いえ、こちらこそライブよろしくお願いします」
ホカゼが頭を下げる。ドヒョンは少し声のボリュームを落として話を続けた。
「すぐ、例のオーナーが来て楽屋に入れてくれるから。くれぐれもギターの話はしないでくれよ」
ホムズら三人が頷いたそのとき、扉が開いて頭の禿げた六十代くらいの男が現れた。ヨレヨレのTシャツを着ているが背筋は伸びていてまだまだ現役という風貌である。
「おう、来てるな。君たちがfor yourの前座で出るっていう謎の新人で……あれ、あとはいつものメンバーだけか?」
「ええ、俺たち三人だけですけど……何かありました?」
「いやいや、何でもない! まあ言えない話があるのはこっちも分かってるさ。入ってくれ! お嬢ちゃんたち、楽屋は一つだからこの男どもと同じになるが勘弁してくれよ!」
「ここのライブハウスは更衣室もないからな……君たちが着替えている間は俺たちは外に出てるよ」
「は、はい!」
オーナーの「言えない話」、という言葉に引っかかったムウンが追及しようとするが、ホカゼがすんでのところでムウンの口をふさいだ。不服そうなムウンを含めた七人は、ライブハウスの裏へと続く階段を下っていった。




