第五話 (2)
「勘違いって、いったい何を……」
ムウンが困惑の表情を浮かべる。ホカゼは自分の考えをまとめるために目を閉じて一度大きく呼吸をすると、再びムウンを見た。
「ムウナの言うとおりオンニが韓国国内にいて、その居場所をマネージャーたちが突き止めたのだとすれば、明日の朝にはオンニはソウルに連れ戻されてしまう。でも、マネージャーはオンニを連れ戻すのは明日中って言っている。あのマネージャーがそんなに悠長に対応すると思う?」
公開練習生としての動画を投稿した日のマネージャーの行動を思い返すムウンとチェソン。
「マネージャー、私たちのスーツ衣装を持ってくるのも、私が送った動画を確認して修正するのも、とんでもないスピードで対応してくれましたよね……」
「確かに……。でも、じゃあホカゼはどう考えているわけ? マネージャーが夜中のうちに捕まえられないような場所に、オンニは今いるってこと?」
ホカゼが頷く。すると、チェソンが勢いよく手を上げた。
「分かった、済州島だ! 済州島だったらさすがに、夜中のうちに捕まえて朝ソウルに帰ってくるのは無理ですよ!」
「済州島なんかに行ったらそれこそ袋のネズミじゃない、オンニもそこまでバカじゃないわよ! 第一、空港は見張られてるのよ?」
「ふ、船を使ったとか……」
チェソンが苦し紛れにつぶやく。ムウンは頭を抱えると、ホカゼに目を向けた。必死にスマートフォンで何か調べごとをしているホカゼ。
「もう、あんたからもこのバカになんとか言ってやってよ……」
だが、ホカゼはスマートフォンから目を離さないまま首を横に振った。目を見開くムウン。
「호카제、설마……」
「私も船だと思う。それに、済州島にも行ったのかもしれないよ」
顎が外れるほど口を大きく開くムウンと、飛び跳ねるチェソン。
「맞아!? 私の当てずっぽう、当たりました!?」
「う、嘘よねホカゼ!? 本当にオンニが今、済州島にいるなんて思ってないわよね?」
「今はいないと思うよ。でも、経由したんじゃないかな」
完全にチェソンが正しかったわけではないと分かり、胸をなでおろすムウン。だが、謎は未だに残ったままである。
「経由ってどういうこと? ホカゼ、あんた今オンニがどこにいると思っているわけ?」
「決まってるじゃない。済州島以外で、深夜のうちに捕まえに行けない場所……」
調べ物が終わったのか、ホカゼはスマートフォンを持っていた手を下ろすとムウンに目を向けた。
「海外だよ」
全員が無言になる。見つめあうホカゼとムウン。沈黙を破ったのは、ムウンの失笑だった。
「ホカゼあんた、追い詰められて頭おかしくなったんじゃないの……? パスポートはあの日釜山から送られてきた。空港は見張られているから、裏ルートで別のパスポートを手に入れたとしてもオンニが国外へ逃げることはできない、これが大前提でしょ?」
「その大前提が、オンニが仕組んだものだったとしたら?」
「仕組むって、どうやってそんなことを……。パスポート無しで海外に行く方法なんて……」
「一つだけあったんだよ」
混乱するムウンの前に、ホカゼがスマートフォンの画面を見せつける。そこにはクルーズ旅行の案内サイトが表示されていた。
「船って……豪華客船のこと!?」
「そうだよ! 海外に行くクルーズは乗船時にパスポートを提示するだけで、途中寄港時にはたとえそれが入国であってもパスポート不要となることがあるらしいの。それを利用すれば、パスポートが無い状態で海外に逃げることができる」
「つまりボラムオンニは、パスポートを手放すことでお母さんや事務所の捜索を国内に集中させて、自分が海外に逃げたことを悟らせないようにしたってことですか?」
「そう。そして、今そんなことができる船はただ一便……仁川港を出発し、日本の横浜港に向かうこのクルーズだけ」
ムウンがホカゼの手からスマートフォンを奪い取ると、そこに書かれた旅程を半ば放心状態で読み上げた。
「一日目に仁川港から出発、二日目に済州島、三日目に釜山、そのあとクマモト、アマミオシマ、コベ……」
「アマミオオシマにコウベ、ね。でも、このクルーズなら成り立つでしょう? ムウナがさっき言ったとおり、パスポートはあの日……オンニがいなくなったことが判明してから二日後に釜山のポストに投函された。そうでなければならない理由があったんだよ」
「乗船時にパスポートを見せたあと、オンニが国内でパスポートを手放すことができた最後のタイミングが二日後の釜山だったから……」
呆然と天を仰ぐムウン。急に流れ込んできた大量の情報に、チェソンも頭を押さえてクラクラとしている。
「ボラムオンニが、こんな攪乱作戦を使ってくるなんて……気付けるわけがないですよ……」
「気付かれないための作戦だもの。飛行機で国外に逃げればバレていただろうし、国内にいてもいずれ捕まっていた。でもこの作戦が上手く行っていれば、オンニは気付かれることなく日本に逃げられるはずだったんだ。そして国外からお父さんの捜索を続ける予定だった。実際、パスポートを見たヨンヘさんは、ソウルに残った痕跡を追うのをやめて釜山に移動した。そこまではオンニの思惑通りだったんだ。唯一の誤算は、私たちの動画が原因で予定より早くお父さんとコンタクトを取ってしまい、それがきっかけでヨンヘさんや事務所に居場所を特定されてしまったこと……」
うつむくホカゼ。だが、ムウンがその両肩を掴んで無理やり背筋を伸ばした。そして少し悔しそうに笑いながら、ホカゼの背中を強く叩く。
「こんな大発見をしておきながら、なんで落ち込んでるのよ! マネージャーからのメッセージを見る限り、あいつらはまったく焦っていない。オンニはまだ父親と合流していないと知っているんでしょうね。となると、オンニは今も船に乗っている可能性が高い。残る停泊地は明日のシズオカと、最終到着地のヨコハマ。到着地でパスポートを見せないわけにはいかないだろうから、オンニが降りるとしたらこのシズオカね。호카제、너 진짜 미쳤어! 私たち、このたった数分でマネージャーたちに追いついたんだよ!」
ムウンに励まされて力強く頷くホカゼ。スマートフォンをムウンから受け取ると、再び調べ物を始めた。
「あとはヨンヘさんやマネージャーよりも早く静岡にたどり着いて、オンニに危険を知らせるだけ……。マネージャーたちは私たちがオンニの居場所に気付いたことを知らないはずだから、何も考えずに釜山から日本に移動するはず。釜山から静岡に行くとしたら成田経由で成田エクスプレスと東海道新幹線を使うか、それか愛知かもしれない。どちらにせよ静岡にはのぞみが止まらないから所要時間はかなりかかる。一方で私たちは仁川から静岡への直行便があるはず……」
「ムウンオンニ……のぞみって誰ですか……?」
「し、知らないわよ……」
ぶつぶつと独り言を言うホカゼにたじろぐ二人。するとホカゼが勢いよく顔を上げた。二人もそれに合わせて大きくのけぞる。ホカゼは気にすることなく真剣な眼差しをムウンとチェソンに向けた。
「私たちはマネージャーたちよりも先に静岡港へたどり着くことができる! まだ間に合う……日本へ行こう、オンニを助けに!」




