第五話 (1)
寮の部屋のチャイムが鳴る。ムウンが玄関の扉を開くと、地面に大きなレジ袋が一つ置いてあった。廊下の向こうでエレベーターが開く音がする。その中へ入っていったのは、この数日間彼女たちが唯一顔を合わせている男だった。ムウンは舌打ちをすると、レジ袋を取って部屋の中に戻っていった。
「来てたわよ、夕飯。麻辣湯にジャージャー麺にわかめスープ」
「ありがとう、ムウナ」
床から立ち上がって伸びをするホカゼと、集中して返事をしないチェソン。チェソンは一生懸命テーブルの上に丸いビーズを並べていたところだったが、そこにムウンが勢いよく食事を置いたせいでビーズは床へと転がっていった。
「아 진짜! オンニたち、自分の部屋でご飯食べてくださいよ!」
「何よ、あんたが一人で可哀想だからこっちの部屋に来てあげてるんでしょ!」
「ちょっと二人とも、喧嘩はやめなよ……」
ホカゼが二人のあいだに割って入ると、ムウンは腕を組んでそっぽを向いてしまった。チェソンは頬を膨らませながらビーズを拾い始める。
「仕方ないじゃない! もう四日もここに軟禁されてるのよ、頭おかしくなるわよ!」
「いくらなんでもこんな生活初めてですよ、寮から出ようとしたら部屋に連れ戻されるなんて!」
事務所前でヨンヘたちと言い争ったあと、ホカゼたちは部長に寮へと連れて行かれた。そして、これ以上勝手な行動を取らないよう、寮の入り口に見張りを配置されたのだった。
「미쳤어! もともとそっちがオンニを探せって言ってきたくせに!」
「どうにか抜け出せないのかな?」
「無理ですよ、警察を呼んでもダメだったじゃないですか」
三人がため息をつく。寮に閉じ込められてすぐムウンが『監禁されている』と通報し、警察がやってきたのだが、見張りが彼女たちはアイドルを目指していると伝えると、警察は笑って帰っていってしまった。
「無理はしないでね、食事と睡眠は削りすぎないように、応援してるよ、って。完全に私たちが練習生生活に発狂しているだけだと思われていたよね……」
「似たような案件が今までにもあったんでしょうね……この辺りにある芸能事務所はうちだけじゃないし、もしかしたらうちの練習生でも、通報したのは私たちが初めてじゃなかったのかも」
「こんなことしている場合じゃないのに……。もうオンニがいなくなってから八日。いつオンニが捕まってもおかしくない状況だって言うのに、寮に閉じ込められていたんじゃ何もできない」
スマートフォンでトーク画面を開くムウン。おそらく既に使われていないのであろうボラムのアカウントに対して、三人はメッセージを送り続けていた。当然、返信はない。
「せめて、釜山からは離れていてくれればいいんですけど……」
「それでもいつかは捕まるわよ。今さら新しいパスポートを手に入れたとしても空港は見張られているから脱出のしようがない。オンニはこうなることを予想していなかったのかしら……」
「オンニは整形の話を聞いたその日の夜に姿を消してる、考える時間なんて無かったんだよ。しかも、動画のコメントが見つかるだなんて思っていなかっただろうし……」
頭をかきむしるムウン。
「ああ、もう! 일단 밥 먹자!」
「あ、ちょっと待ってください……」
半ばヤケになりながら食事を取り出そうとするムウンを、チェソンが制止する。ホカゼとムウンがその手元を覗き込むと、ナイロン糸に『E』のビーズを入れるところだった。ムウンが呆れながらつぶやく。
「呑気ね、あんたは。まさか見張りをしているやつも、食事じゃなくてビーズの配達を頼まれるとは思わなかったでしょうよ」
「私はオンニたちみたいに、どうやったらボラムオンニを助けられるかなんて思いつかないから……。それに、オンニの誕生日ももうすぐだし」
チェソンが慎重に糸を結ぶ。結び目がほどけないことを確認すると、満面の笑みを浮かべた。
「できました!」
チェソンが机の上にある『YERING UNNIE』のストラップと、新しく作ったストラップを並べる。配色は異なるが、二つとも形状は同じ。新しいストラップには、星形のビーズを一つ飛ばしで混ぜながら『BORAM UNNIE』とつづられていた。
「いつか……どれだけ先になっても構わないから、いつかボラムオンニに渡せますように」
チェソンが両手を合わせて目を閉じる。その瞬間、三人のスマホが光った。
「マネージャーからだ」
ホカゼが急いで確認する。そこには、明日中にはイェリンを連れて帰ることができるだろう、という内容が書かれていた。焦る気持ちを抑えて深呼吸するホカゼ。
「オンニか、お父さんの居場所がバレたんだ……」
「……皮肉ね。あんたがそれをいつかオンニに渡せるよう祈ったばかりなのに、オンニに会えるかもしれない今、こんなにも嬉しくないなんて」
「当たり前です、私だってそんな形でオンニと再会できても何も嬉しくありません! どうしますか、ボラムオンニに連絡しますか?」
「連絡はしよう。でも、今までのメッセージと同じできっとオンニには届かない。オンニが捕まるのを阻止するためには、私たちも現場に行くしかないよ」
頷くチェソン。だが、ムウンは苛立ちを露わにしながらホカゼに言った。
「でも、現場ってどこよ? マネージャーに聞いても教えてくれるはずがない。今から私たちも釜山に行って、マネージャーたちを尾行でもする?」
「後手に回っても、人数の多い向こうを阻止するのは難しいと思う……。どうにか私たちもオンニの居場所を特定して、マネージャーたちより先にオンニのもとへたどり着かないと」
「特定って、あのコメントのこと? 私たちにそんなことできるわけないし、仮にできたとしても、あいつらですら何日もかかってるのよ? もうあいつらはオンニの居場所へ動き出してる。オンニがこの国のどこに潜んでいようが、明日の朝にはソウルへ連れ戻されてるわよ! 今すぐ別の方法を考えないと!」
ムウンに急かされて焦るホカゼ。時計を見ると、午後七時を回ろうというところだった。この国はホカゼの故郷ほど広くない。ムウンの言うとおりヨンヘたちが既に動き出しているのであれば、夜中のうちにボラムは捕まり、朝にはソウルへ連れ戻されているだろう……。そこまで考えて、ホカゼは先ほどのマネージャーからのメッセージに目を戻した。そして、完全に身体の動きを止めた。沈黙のなか時間が経過していく。
「ホカゼ! 黙ってないで、何か案を出してよ! どうやったらオンニを……」
ムウンがホカゼの肩を揺らす。すると、ホカゼがその手を強く握った。
「ムウナ……。私たち、すごく大きな勘違いをしているのかもしれない……」




