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練習生探偵ホムズ  作者: オカザキ
맏언니(マドンニ)のキセキ
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第四話 (3)

「……여기다(ここだ)」


 イェリンの処方薬を手にしたホカゼが、目の前の産婦人科医院の看板を見て頷いた。イェリンのアルバムで見た二十三年前の写真では少し規模の大きな産婦人科、くらいの印象だったが、現在の外観はそこから大きく変化していた。宮廷のような巨大な建造物。入口の脇にはマーライオンを模した噴水があり、自動ドア越しに見える一階内部にはシャンデリアが吊られてある。

 入り口の前にシルバーの高級車が止まり、見計らったかのように院内から白衣の医師やスーツ姿の男たちが現れ、車の横に一列で並ぶ。運転手が後部座席の扉を開けると、医師たちが深々と頭を下げた。車から出てきた中年女性を取り囲むように一行は病院へと入っていった。


「ホームページに載っていたとおりすごく立派な病院ですね、ホテルみたい……」

「金の臭いしかしないうさんくさいところね……VIP御用達、私たち庶民はお呼びじゃないって感じ。いかにもあの母親が気に入りそうな雰囲気だわ」

「ムウナ、今はヨンヘさんを悪く言うようなことはやめて。病院側から話を聞き出すためにはこの作戦しかないって話したじゃない。あなたにかかってるんだよ」

「分かってるわよ。キム・ヨンヘさん、キム・ヨンヘさん……」


 顔を歪めながらヨンヘの名前を連呼するムウン。今日は彼女が普段好んで着ているカジュアルファッションではなく、シックな服装に身を包んでいた。黒で統一された膝上丈のタイトワンピースとロングブーツ。そして誰もが知るブランドロゴが光り輝く小さな手提げかばん。トレードマークの赤髪までもスプレーで綺麗に黒く染まっていた。その姿を見て、チェソンが改めてつぶやいた。


「ムウンオンニ、素敵です。どこからどう見ても裕福な家庭のお嬢様です」

「普段の私が育ちが悪いみたいな言い方はやめなさいよ! 仕方ないでしょ、これくらいしないとこんな病院入れたもんじゃないわよ」


 ムウンは一度大きく深呼吸すると、コンパクトミラーで真っ赤な口紅の状態を確認する。大きなサングラスを下げてホカゼとチェソンの顔を見た。


「じゃあ、行ってくるから」

「무은 언니 화이팅(ムウンオンニ頑張って)!」

「気を付けてね」


 ホカゼがムウンに、写真の切れ端と処方薬の封筒を手渡した。ムウンはそれらを鞄に入れると、一人で病院へと入っていく。彼女の姿が見えなくなるまで、二人は祈るようにその背中を見つめていた。



 受付の前にやってきたムウンは、わざとらしく咳払いをした。事務スタッフの女性が笑顔でムウンを見上げる。


「初診でいらっしゃいますか?」

「ええ」


 横柄な態度で返事をするムウン。


「ご予約時のお名前をお伺いできますでしょうか?」

「ヨ・ムウンよ。でも予約なんてしてないわ」

「大変申し訳ありません。当院完全予約制となっておりまして、本日は……」


 ムウンがゆっくりと後ろを振り向く。通常の病院では考えられない、広々としたロビー。一人掛けの高級ソファが多く配置されているが、診察を待つ患者の姿は数えるほどしかいなかった。その全員が一流品に身を包んでいる。

 ムウンは再び前を向くと、受付の机の上で両手を組んだ。


「ほとんどいないじゃない。少しくらいだったら待てるわよ」

「当院では患者様お一人お一人にしっかり時間をかけさせていただいております。またお仕事柄、予約時間になって来られる方も多くいらっしゃいます。ですので、ロビーに患者様がいらっしゃらないからといって予約されていない方をお通しするわけにはまいりません。大変申し訳ありませんがご予約いただき、再度のご来院をお願いいたします」


 頭を下げる事務スタッフ。するとムウンは、サングラスを外してため息をついた。


「어떡하지(どうしようかしら)……」


 出口を案内しようとする事務スタッフ。しかし喋り始める前に、ムウンが次の言葉を発した。


「私、キム・イェリンさんの紹介で来たのだけれど」

「キム・イェリン様のご紹介ですか……」


 心当たりがなかったのか、受付のノートPCにその名前を打ち込む。それを見るとムウンは、次の名前を畳み掛けた。


「そうよ。あのキム・ヨンヘさんの娘、と言ったほうが伝わるかしら」


 事務スタッフの手が止まる。同時に顔に貼り付いていた笑顔も影を潜めた。


「失礼ながら、どういったご関係でいらっしゃいますか?」

「イェリンさんとは所属している芸能事務所が同じなのよ。お母様にもずいぶんお世話になっているわ。芸能事務所『THE ONE』、電話していただいても結構だけれど」

「……いえ、大変失礼いたしました。ヨンヘ様のご紹介ということであれば、すぐ診察できるよう調整させていただきます。あちらのソファ席で少々お待ちいただけますでしょうか?」

「あら、助かるわ……流石ヨンヘさんが勧めるだけのことはあるわね。そうだ、担当の先生もイェリンさんと同じ方にしていただけるかしら?」

「承知しました、ご対応させていただきます」


 ムウンは受付から少し離れたソファ席に座ると、周りに聞こえないように小さな声でひとりごちた。


「勘が当たったわ。流石あの女、うちの事務所にもオンニを探す件でずいぶん口を出しているようだけど、この病院でも相当クレーマーなんじゃないの?」


 スマートフォンを取り出すと、ホカゼとチェソン、三人のグループトーク画面にメッセージを送る。


『일 단계 성공 완료(第一段階成功)』


 すぐに二人から送られてくる喜びのスタンプ。続けてホカゼから、大きなトラブルを起こさないように、と注意のメッセージが送られてきた。鼻で笑うムウン。


「날 누구라고 생각해(私を誰だと思ってるの)?」


 サングラス越しに受付を見ると、静かだが、明らかにスタッフたちが慌ただしく動いているのが分かった。PCで予約状況を確認しているスタッフ、内線でやり取りしているスタッフ。


「……オンニのためとはいえ、流石の私でも悪いことをしている気持ちになるわ。こんなことあの二人には無理ね、そもそも人から話を聞き出すことが私くらいしかできないだろうけど」


 しばらくして、先ほどまでムウンと応対していたスタッフが小走りでやってくると、ムウンの前で両膝をついた。笑顔を浮かべているが、額には少し汗が滲んでいる。


「ヨ・ムウン様、大変お待たせいたしました。イェリン様の担当医師が診察いたします。もともとの予約の方もいらっしゃいますので短時間にはなってしまいますが……」

「問題ないわ」

「ご案内いたしますのでこちらへ」


 エレベーターへと案内されたムウン。上のフロアに移動すると、そこは通常の病院に近い、白を基調とした内装になっていた。廊下の両側に引き戸が並んでいる。各部屋の中には医師や患者がいるようだが、防音対策がしてあるらしくその話し声は全く聞こえない。エレベーターから少し離れた診察室の扉をスタッフがノックすると、中から男の声がした。


「どうぞ、お入りください」


 引き戸を開け、ムウンを中へと促すスタッフ。ムウンは小さく息を吐くと、診察室へと入っていった。

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