第四話 (1)
その後マネージャーは、釜山での対応についてヨンヘと確認すると、魂が抜けたような三人を寮へと連れて帰った。三人はその晩一言も発することなく眠りにつき、翌朝になってもチェソンの部屋で、ただ呆然と昨日送られてきたストラップと手紙を眺めていた。
チェソンの机の上のデジタル時計は今日が十一月五日だと教えている。イェリンと最後に会った日から五日が経過していた。
「……今年の誕生日も、もうすぐなのに」
壁際で座り込んでいたチェソンがストラップを蛍光灯にかざしながらつぶやく。イェリンにこのプレゼントを渡したのは十一月十七日、もうすぐ一年が経とうとしていた……。
*
「왔어、언니 왔어! 준비해 빠리!」
廊下を確認していたムウンが部屋の扉を閉めると、三人はパーティークラッカーを手にして玄関の前に並んだ。完全な沈黙。聞こえるのは廊下を歩く足音のみ。それは徐々に大きくなると、三人がいる部屋の前で止まった。クラッカーの紐を握る手に力が入る。
だが、扉は開かない。不思議に思ったホカゼがドアスコープを覗いた瞬間、悲鳴を上げてひっくり返る。慌ててムウンも覗くと、廊下に立つイェリンと目が合った。魚眼レンズで歪んだ彼女の顔は勝ち誇ったように笑っている。
「何か企んでるのは分かってるわよ! 私の誕生日にあなたたちが何もしないわけがないもの!」
「그러면、그냥 받아 주세요!」
大声で文句を言うムウン。ホカゼもチェソンも、そうだそうだと加勢する。イェリンはわざとらしくため息をつくと、ドアノブに手をかけた。
「仕方ないわね、この妹たちは……」
扉が開く。イェリンの顔を見た瞬間、玄関にいた三人はまったく同じタイミングでクラッカーを破裂させた。目をつぶって肩をすくめるイェリン。
「예링 언니、생일 축하해〜!」
「あー、ありがとう! 分かっててもびっくりするね、これ……」
「もう、オンニの勘が鋭すぎるせいでサプライズが台無しですよ!」
「仕方ないでしょホカゼ。だってチェソンが朝から『オンニ、今日はジム行かないんですか?』『オンニたまには配達じゃなくて外でご飯食べたほうが良いですよ』って私を外に出そうとうるさいんだもの! 素直に出ていってあげただけ感謝してほしいわ」
「まったく、さりげなくやれって言ったでしょ、ワン・チェソン!」
「私なりにさりげなくやったんですよ〜!」
部屋の中に逃げ込むチェソンをムウンが追いかける。それに続いてホカゼとイェリンも部屋へと入っていった。イェリンが壁を見回す。一面、様々な色や形の風船で飾り付けされていた。
「すごい、この短時間でよくここまで……」
「ご飯も、今日はごちそうですよ!」
部屋の中央に置かれた折りたたみ机をホカゼが指さすと、そこにはピザ、フライドチキン、チゲ、刺身と、およそ考えつくありったけの料理が並んでいた。今日、今までで一番の大声を出すイェリン。
「嘘! どうやって先生のOKもらったのよ!?」
「ムウナが言い負かしました、ホールケーキも許可が出たんですよ!」
「ふん、私にかかればこれくらい朝飯前よ。でもオンニ、これ今日中に食べられなかった分は先生に没収されますからね」
「절대 안돼、다 먹어야지」
三人が、腕をまくって座るイェリンを見て笑う。最後に三人が目を合わせる。チェソンがどこからともなく手のひら大の箱を取り出すと、静かにイェリンの前に置いた。赤いリボンで結ばれた、白い箱。
「はい、誕生日プレゼントです。一人ひとりからもあるんですけど、まずは皆で選んだものから!」
「そんなに用意してくれたの? なんだろう……」
イェリンがリボンをほどいて箱の中身を取り出す。イェリンが口を開くのを待ちきれず、チェソンが紹介した。
「じゃーん、イェリンオンニストラップ! 三人で作ったオリジナルですよ!」
「あ、ほんとだ! 私の名前のビーズ!」
イェリンがストラップを掲げると、それはジャラジャラと音を立てて揺れた。それを見てため息をつくムウン。
「私は、オンニが自分で使うものに『オンニ』って入れるのはおかしいって言ったんですけど」
「ムウンオンニしつこい、私たちからのプレゼントって分かって良いじゃないですか! オンニの誕生日にもちゃんとムウンオンニストラップを作ってあげますから!」
「絶対要らない! オンニも、ダサいと思ったら捨てちゃっていいですから!」
「そんなことしないですよね、イェリンオンニ!?」
二人の掛け合いを見て笑っていたイェリンが、目元を拭う。ホカゼが横に座った。
「……언니、울고 있어요? 왜요?」
「ごめん。私、名前の入ったプレゼントなんかもらうの初めてで、なんか嬉しくて……。絶対捨てない、大切に使うよ」
「ええ、今までもらったことなかったんですか!? なおさら、こんな安っぽいストラップにしたのを後悔しちゃうじゃない……」
「そんなこと言わないでくださいよ、ムウンオンニ!」
チェソンはムウンに対して文句を言うと、イェリンに勢いよく抱きついた。
「イェリンオンニ任せてください、来年もプレゼントは名入れのものにします! 今年よりも、もっと凄いプレゼントをあげますから!」
三人がイェリンを囲んで身を寄せ合う。さっそく自分のスマートフォンにストラップをつけたイェリンは、幸せそうに何度も頷いた。
「고마워、얘들아……」
蛍光灯の光を色とりどりのビーズが反射させる。それを見つめるイェリンの眼も、七色に揺らめいていた。
*
「今年は去年以上に豪華にお祝いするつもりだったのに……。もう会えないなんて絶対に許せない」
イェリンから送られてきた手紙を睨みつけるムウン。チェソンが彼女をたしなめた。
「無理に連れ戻すべきじゃないんですよ。もう何もするべきじゃない。昨日のヨンヘさん、整形の話をしているときとか明らかにおかしかった。きっとオンニは、私たちにはどうしようもないことで苦しんでいる。今はとにかく無事でいてくれたら……」
チェソンの言葉を聞いて、ムウンが大きく息を吐いた。
アイドルを目指す練習生が突然いなくなるというのは、決して珍しいことではない。事務所からの突然の戦力外通告。厳しいトレーニングや生活の制限に対する忍耐の限界。誰よりも慕っていた先輩が、必死に切磋琢磨し続けてきた同期が挨拶もなく姿を消しては、残りの人生で二度と会うことはない。そんな辛い別れを、いま世界で活躍するアイドルたちも経験してきている。
自分たちにもその順番が回ってきた、ただそれだけのことなのかもしれない。三人ともその事実を受け入れようとしていた。
膝に顔をうずめて、すすり泣くチェソン。ホカゼが静かに彼女の横に座る。言葉をかけようと、その背中に手を伸ばす。
しかしその手がチェソンに触れる前、ホカゼのスマートフォンが光った。確認するとそれは、釜山もしくはその周辺でキム・イェリンが向かう可能性のある場所はどこか、と聞くマネージャーからのメッセージだった。ホカゼはゆっくりと深呼吸をすると、震える手でスマートフォンの画面を消した。
「何もしないなんて、そんなのダメだよ」
力のこもっていないムウンの目が、ゆっくりとホカゼを見つめる。
「ホカゼあんた、こんな状況でまだオンニを探す気?」
「私たちが探すのをやめたところで、ヨンヘさんや事務所は諦めない。パスポートが無い以上、オンニは当面海外に逃げられない……きっといつかは見つかってしまう。オンニがいなくなった理由が本当にヨンヘさんなのだとしたら、最悪の事態はきっと、オンニと二度と会えないことなんかじゃないよ」
ホカゼの言葉を聞いて、ムウンが歯を食いしばった。うつむいているチェソンの両手をホカゼが強く握る。
「チェソニ、泣かないで。顔を上げて。無事でいてくれたらなんて、そんなこと言ってちゃダメだよ。オンニの苦しみはまだ終わっていない……オンニの味方をしてあげられるのは私たちだけなんだよ」
チェソンがホカゼを見る。ホカゼがその頬をつたう涙を拭った。
「でも、何がイェリンオンニの助けになるのかすら……」
ムウンが舌打ちをすると、ゆっくりと立ち上がる。
「それを見つけるんでしょ。あんたの言うとおり、昨日のあの母親は様子がおかしかった。明らかに何かを隠していた。オンニの居場所も消えた理由もあの母親の目的も何一つ不明のままだけど、それが分かりさえすればオンニを助ける方法にたどり着けるかもしれない」
ホカゼがチェソンを支えながら立つ。そしてムウンに対して頷くと、力強く言葉を紡いだ。
「突き止めよう……真実を」




