第三話 (5)
チャイムの音を聞くと、ヨンヘが立ち上がった。緊張が解け、気付かれないように、音を立てずに深呼吸をする三人。ヨンヘが壁についているモニターのボタンを押す。
「……はい」
『THE ONEの者ですが』
その言葉に驚いて三人が遠目でモニターを見る。そこに写っていたのはマネージャーだった。肩を寄せ合って小声で話す三人。
「매니저님이 왜 여기 있어!?」
「知らないわよ! ホカゼ、あんたマネージャーに変な連絡したんじゃないの!?」
「안 했어! 迷わずここに到着した旨は連絡したけど……」
すると、ヨンヘが躊躇うことなく門を解錠した。しばらくして、今までと同じスーツ姿で仏頂面のマネージャーが玄関のドアから入ってきた。身構える三人。しかし、マネージャーは三人を一瞥するとすぐにヨンヘに向き直り、会話を始めた。
「事務所から報告です。四日前以降、仁川、金浦空港から出発した国際線の搭乗者確認を完了しましたが、キム・イェリンさんの搭乗は認められませんでした。また、現時点までの張り込みにおいても空港に現れたとの報告はありません。彼女はまだ国内にいるものと思われます」
「イェリンオンニ、まだ韓国にいるんですね……」
胸をなでおろすチェソン。しかし、ムウンは険しい表情をしていた。
「正直、今まで入手した情報からオンニが失踪した原因を考えようとすると、いっそ海外に逃げていてくれた方が安心できるような気がするけどね」
「そ、そんな……。そうしたら、もう二度とイェリンオンニと会えなくなっちゃいますよ……」
「それは、そうだけど……」
イェリンが国内にいると知り、それぞれ複雑な思いを巡らせる三人。ヨンヘはしばらく思案したあと口を開いた。
「その報告だけならわざわざ家まで来てもらう必要も無かった気がするけれど、分かったわ。引き続き国際線ターミナルの張り込みを続けなさい。それから、海路で国外に出た可能性もある。空いた人員は……」
「そのことについてなのですが……」
マネージャーはヨンヘの言葉を遮ると、鞄から中型の封筒を取り出した。中に入っているのは紙だけではないようで、それなりの分厚さがある。封筒は既に開封されていた。マネージャーは最初ヨンヘに封筒を渡そうとしたが、何を迷ったのか、ホカゼたち三人の顔を見ると封筒をそのまま机の上に置いた。
「これをどなたにまず渡すべきか、私には判断できませんでした。本日お伺いしたのは先程の件の報告だけでなく、この郵便に関係するだろう方たちがちょうどこちらに集まっていた、というのが主な理由になります」
「あなた、何の話をしているの?」
「端的に申し上げますと、弊社の上層部としてはキム・イェリンさんが国外逃亡を計画しているという考えは一度保留にし、国内捜索に専念すべきではないかと考えているようです」
「……それは今後含めての話ですか?」
ホカゼが質問すると、マネージャーは無表情のまま頷いた。
「当然、未来永劫という保証はありませんが。ただ、数時間前に事務所に届いたその郵便物……。それを見れば彼女が当分国外に出ることはないだろうという事務所の判断に納得していただけるかと思います」
「確認してもいいですか?」
「私のものではないので。宛先は事務所ですが、どうも内容物がお母様宛のものとホカゼさんたち宛のものが混ざっているようですので、四人で確認していただくのが良いかと思います」
「はっきりしない回答ね……国内捜索に専念ってどういうこと? その隙にイェリンが逃げたらどうするつもり?」
ヨンヘが文句を言いながら先ほどまで座っていた席に戻ると、ホカゼに指示を出した。
「確認してちょうだい」
ホカゼが頷くと、まずは封筒を確認する。マネージャーの言うとおり、宛先は事務所、THE ONEのある龍山の住所が書かれていた。
「オンニの字ですね。差出人の欄はオンニの名前だけで住所はない……。チェソニ、消印の情報を教えてくれる?」
「ちょっと待ってください、私も郵便なんてほとんど出さないから……」
ホカゼから封筒を受け取ると、チェソンは封筒に押された消印についてスマートフォン片手に確認した。
「昨日の日付なので、昨日発送したんだと思います。送り元は釜山、ですね……」
「釜山? 昨日オンニは釜山にいたってこと?」
「理由は分からないですけど、そういうことになると思います」
チェソンが封筒をホカゼに返すと、ホカゼはその中に片手を入れた。内容物は一つでは無く、最初に手に触れたものを机の上に置く。
それは、韓国国籍の緑色のパスポートだった。ヨンヘが目を見開いて、表紙をめくる。そこには確かに김예링の名前と顔写真が載っていた。
「イェリンのものに思えるけれど……偽物じゃないでしょうね?」
「念のため、ここにお持ちする前に確認しましたが、偽造されたものではありません。キム・イェリンさんのもので間違いないかと」
「だからマネージャー、国内捜索に専念すべきだって言ったんですね。オンニには今、国外へ行く手段がないから……」
「はい……私ではなく上層部ですが。もちろん偽名でパスポートを作成する裏ルートを利用することも考えられますが、数日でできるようなことではありませんので」
抑揚のないマネージャーの発言を最後まで聞くと、ヨンヘは若干息を荒げながら小刻みに頷いた。
「全員、国内捜索に回しなさい。あの子が何を考えているのか全く分からないけれど、今がチャンスよ。ソウルには一人か二人いれば充分、あとは全員釜山に向かわせてちょうだい!」
「はい、既に手配済です」
大きく動いた局面に感情が追いつかない三人。ムウンが、微動だにしないマネージャーに質問を投げかけた。
「……それにしても、マネージャーの言っていたことが分かりません。パスポートなんて貴重品が届いたなら当然伝える相手はヨンヘさんでしょう? わざわざ私たちがいる場に持ってきた理由は、結局何なんですか?」
「おっしゃる通り。理由は、送られてきたのがパスポートだけではなかったからです。それが明らかにムウンさんたち宛だったために、このような判断となりました」
ホカゼが封筒に入っていた残りを取り出す。一つは二つ折りにされた小さな手紙。もう一つは、三人にとって見覚えのあるものだった。ホカゼが呆然とつぶやく。
「これ、私たちが去年のオンニの誕生日にあげたプレゼント……」
ビーズでできたストラップ。一つ飛ばしにハートのビーズを挟みながら、『YERING UNNIE』と綴られている。よほどこのプレゼントのことを大切に思ってくれていたのか、ホカゼたちがプレゼントした際の拙いナイロン糸の結び目は、イェリン自身の手によって補強されていたようだった。
「イェリンオンニ、どうして……」
涙目のチェソンが机に置かれた手紙を開く。読み上げようとしたが、内容を確認した瞬間に声を上げて泣き始めてしまった。
「貸しなさい!」
真顔を保っているものの、動揺を隠せないムウン。チェソンが握る手紙を取り上げると、震える声で読み上げた。
「一緒にアイドルを目指すことができて幸せでした、キム・イェリン……もう会う機会は無いと思います……」




