第三話 (3)
「でもどうするんですか、ホカゼオンニ? いなくなった後に調べたけど何も見つからなかったって、さっきヨンヘさんが言ってましたけど……」
「それに、もちろん寮の部屋よりは私物は多いだろうけど、それは全てオンニが寮生活を始める前のもの。今回の件と関係があるものが出てくるとは考えづらいんじゃないの?」
二人の意見に頷くホカゼ。
「二人の言うとおり、オンニの居場所やいなくなった理由に関する手がかりが出てくるとは思えない。だってオンニがこの部屋にいたのは、四日前に寮を出てから失踪するまでのたったの数時間だもの。望みがあるとすればそれは何が出てくるか、じゃなくて……何が無くなったか、だと思う」
「なるほどね。この部屋から姿を消したときオンニが何を持ち出したかは確かに大きな手がかりになると思うし、それならヨンヘさんや事務所の人たちが見逃した可能性もある。でも、それこそ私たちには望み薄よ。だって私たちは今日初めてこの部屋に来たんだから、何かがこの部屋から無くなっていたって気付けるわけがない」
「望み薄だけど、やってみるしかないよ。あるべきものがない、その違和感を頑張って見つけよう」
ホカゼの号令で、イェリンの部屋を見回す三人。チェソンは扉とは反対の壁に置かれた机に向かった。机には、寮と同じように写真立てが一つ置かれている。だがその写真は寮に飾られていたような四人の写真ではなかった。ヨンヘとイェリン、母と娘の写真。
「これ、昔のイェリンオンニの写真みたいです! この頃のイェリンオンニは可愛らしいお姫様みたいでお母さんにそっくりですね」」
「ほんと、髪も長いしね。私たちがオンニと出会ったときにはもう髪は短かったし、もしかしたらオンニもまだ事務所に所属していなかった頃の写真じゃない?」
「十年近く前のはずだけど、ヨンヘさんはこの頃から変わってないのね……恐ろしいわ」
「もう引退したっていうのにプロ意識が高すぎます、さすがレジェンドですよ」
ヨンヘの衰えることのない美貌に圧倒されていたムウンだったが、彼女にあまり好印象を持っていないようで吐き捨てるようにつぶやいた。
「でも、机に母親との写真なんか飾る?」
「飾りますよ! 私だって実家では自分の机に家族写真置いてますもん!」
「そんなものかしら……こっちはCDとかね」
ムウンが机の隣の本棚を見ると、手当たり次第にCDを取り出してアーティスト名を確認し始めた。
「オンニ、意外とロックとか好きだったのかしら。一番上は洋楽系でその下は国内バンド。流石に自分の母親のCDは置いてないわね。なんだか安心した」
「무은 언니 너무해! お母さんとの写真くらい机に置きますよ!」
「悪かったわよ、ちょっとケチつけただけじゃない!」
イェリンの部屋で喧嘩を始めようとするムウンとチェソン、それをホカゼが遮った。
「ムウナの言ってること、完全に的外れじゃないかも」
「ホカゼオンニまで!?」
「別にお母さんとの写真を机に置くのが悪いとは言ってないよ! ただ……お母さんとの写真しかない、っていうのは私も気になったから」
チェソンに弁明するホカゼ。その両手には、本棚から取り出した写真アルバムが開かれていた。ページと保護フィルムのあいだに挟まれた、L判の数枚の写真。ホカゼが見ているのは、ヨンヘと、五歳頃のチェソンが旅行先で撮ったらしい写真だった。他のページもパラパラとめくって、二人に見せる。
「父親の写真が一枚も無いのね。言われてみればそもそもこの家、ヨンヘさん以外が住んでいるようには思えない。離婚したのかしら?」
「どうなんでしょう、結婚妊娠報告をしてからの歌手ヨンヘの私生活がどうだったかは分からないですね……」
「関係性がどうなっているかはともかくこのアルバムにお父さんがいないのは事実だし、この頃には既にお父さんと距離ができていたのだと思う。もっと遡ってみれば……」
先ほど取り出したのは二冊目のアルバムだったようで、ホカゼはそれを本棚に戻すともう一つ左にあるアルバムを取り出した。最初のページを開く。左上の一枚目は、少しやつれた様子で病院のベッドに横になっているヨンヘと、まだほとんど目の開いていない赤子の頃のイェリンの写真。出産して間もなく撮られたもののようだった。そしてページの右上には。
「二枚目の写真が、無い……」
ホカゼがつぶやいた通り、右上には写真が入っていなかった。左下には退院時と思われるヨンヘとイェリンの写真。右下には自宅で撮られたイェリンの写真。明らかに四枚の写真があるべきページに、二枚目の写真は存在していなかった。
「でも、写真が入っていたような跡はありますよ」
少し膨らんだ保護フィルムをチェソンが指でなぞる。
「なんだか落花生の殻みたいな形ですけど……」
「本棚に差し込まれていたのに保護フィルムが浮いたままってことは、もしかしたら写真が無くなったのは最近なのかも」
「ホカゼやるわね! 見つけたかもしれないわよ、あんたが言う『この部屋から無くなったもの』を……。消えた二枚目の写真は、あの日オンニが持って行ったのかもしれない」
ムウンの言葉に頷くホカゼ。チェソンの真似をして保護フィルムの膨らみをなぞる。
「楕円が二つ繋がった、たしかに落花生みたいだけど……。オンニの写真アルバムだからオンニの写真であることは間違いないはず」
「一枚目が出産時で三枚目が退院時だから、病院の中での写真でしょうね」
「分かりました! 上側がオンニの頭で、下側の大きな丸はタオルにくるまれている体ですよ!」
「確かに、新生児室で赤ちゃんってそうやって寝かされているわね。病院の新生児用のベッドで寝ているオンニを撮った写真なんだ」
納得するムウン。だが、ホカゼが新たな疑問を投げかけた。
「そもそも、なんでこのページの写真はどれも切り抜かれているんだろう? さっきのアルバムは現像されたままの四角い写真が貼ってあったし、こっちの一冊目のアルバムも最初のページ以外はそうなっているわ」
無くなっている二枚目の写真だけでなく、そのページの写真は残り三枚全てが切り抜かれていた。一枚目はヨンヘとイェリンが横になっているベッドの形に。三枚目も病院の入口付近だけが切り取られていた。上部に病院名が書かれた看板があり、右端にイェリンを抱きかかえるヨンヘが立っている。四枚目も写真の角を切り取って円形に加工されている。
「もしかして、お父さんの存在を消しているとか……」
「ありえるわね。三枚目なんてかなり不自然よ、母親の左腕もほとんど切れちゃってる。この横に父親が立っていたんじゃない?」
「でも、無くなった二枚目はそれだけじゃないような……。一部をただ切り取った他の三枚とは違って、二枚目は赤ちゃんの形に丁寧に切り取られている。お父さんを消したいだけならそこだけ切り取れば良いはずじゃない?」
「確かに……」
ムウンがホカゼからアルバムを引き取る。そのはずみに、アルバムの中から写真の切れ端が床に落ちた。ホカゼが拾うと、四枚目の写真の隅にそれを合わせる。
「この写真を切り抜いたときのゴミだ。気付かなかったけど、アルバムのどこかに貼り付いていたみたい」
「それだけ? 他にも出てくれば何か新しい事実が分かるかも……」
ムウンがアルバムを振ると、もう一枚だけ、先程のものよりも大きな切れ端が落ちる。写っている風景はアルバムに貼られた三枚の写真どれのものでもない。ホカゼがそれを二枚目の写真があった場所に置くと、赤子の形をした保護フィルムの跡の左上にぴったりとハマった。
「二枚目の写真の切れ端が一部だけ残っていたんだ……。写っているのは新生児ベッドだよ。二人の言うとおり、切り抜かれたのはベッドで寝ているオンニだったんだ」
「ここ、何か書いてあります!」
チェソンが指差したのは見つかった切れ端の右側……写真全体としては赤子の頭があった少し左上あたりの位置。ベッドの枠に張り紙がしてあった。チェソンが目を凝らす。
「육……の一文字だけですね。張り紙の残りの部分は右上側の切れ端だったみたいです」
「そっち側は無さそうだね、捨てられちゃったのかな……。でも、ここに書いてあるってことは赤ちゃん……オンニの名前のはず。ユクっていうのは離婚する前のお父さん側の名字なんだろうね」
ホカゼの予想にムウンが言葉を返そうとしたとき、ノックの音がした。




