第三話 (1)
翌日、動画が非公開にされた理由の詳細についてマネージャーから連絡は来なかった。イェリンについて調べるあてもなく、動画を再度上げることもできずただ待つことしかできなかったホカゼたち。マネージャーが、上層部からだというメッセージを送ってきたのは、さらにその翌日だった。寮のチェソンの部屋に集まっていた三人がスマートフォン一台に顔を寄せ合う。
「まず、事務所としてキム・イェリンの今後の対応が不明であるため、顔は映すな。名前とシルエットだけに変更しろ、だそうです。マネージャーがもう、一昨日のイェリンオンニの素材でシルエット動画を作って送ってくれています」
「言ってることは理にかなっている気もするけど……」
「だったら最初から言えっての!」
「それから衣装のスーツ。まだデビューもしていない新人女性タレントには時期尚早、コンセプトとして不適切であると考える……これ、またイチから撮り直しですね……」
「そんなことまで口出してくるなら、あの掛け持ちマネージャー以外にもちゃんと人員割り当てなさいよ!」
声を荒げるムウン。それに対してホカゼは冷静だった。
「でも、その二つさえ変更すればまた動画を出していいってことだよね? 一昨日はてっきり、公開練習生としての活動自体にストップがかかったのかと思ったから」
ホカゼがイェリンのメモに大きく書かれた『내년』の文字を見つめる。あの夜動画が見られなくなった瞬間、イェリンがこのメモを捨てたのは事務所と何かあったからなのではないかと考えた三人。イェリンだけが知る闇に未だ自分たちが囚われているような気分になり、結局何も食べる気が起きず寮に直帰したのだった。
「それはそうですけど、やっぱり後出しはずるいですよ。あんなに見てもらえたのに」
チェソンが、マネージャーから共有されたアカウントの管理画面を開く。マネージャーは動画を削除ではなく非公開対応のみとしており、二日前の夜にあの動画が千回以上再生された事実はしっかりと残っていた。
「次の動画は見てくれないかも……」
「弱音を吐くな、ワン・チェソン! 本当にムカつくけど、どうせやり直すなら前回の再生回数は超えるわよ。コンセプトはどうする?」
「スーツが駄目なのは新人として不適切って言われたけど、要は大人っぽいとかかっこいいコンセプトがだめってことなのかな?」
「意味不明すぎる、私たちがやってるのはKPOPよ? って、ここで意地張ってもまた動画消されるだけか……。素直に可愛い系で行く? 女の子らしく」
皮肉たっぷりに提案するムウン。
「同じかっこいいでも、ストリート系だったらアリなんじゃない? 年相応だと思ってもらえるかも」
「좋은데요? 완전 무은 언니 스타일이다」
「それなら事務所も文句ないでしょ、しかも私の私服で全員分まかなえそう。良いんじゃない?」
頷くホカゼとチェソンを見て、立ち上がろうとするムウン。
「よし、そうと決まったら早速……」
「あ、待って! 動画を撮り直す前にもう一つ決めたいことがあるんだけど……」
勢いよく切り出したホカゼに、ムウンとチェソンが注目する。しかし、何か恥ずかしがっているのか、ホカゼは言葉を続けようとしない。
「なんですか? ホカゼオンニ」
「いや、その……」
「何よ、早く言いなさいよ。今日の夜にまた動画を上げるなら時間は無いのよ?」
二人の催促に頷くホカゼ。
「実は、芸名にしようかと思ってて……」
ムウンとチェソンは、ひっくり返って素っ頓狂な声を上げた。
「決めたいことって、そんなことですか!?」
「あんたねえ、イェリンオンニ見つけないといけないのにそんなこと言ってる場合!? 本当にデビューするってタイミングでまた考えればいいじゃない!」
「そんなことって、大事なことじゃない! デビュー前とはいえ公開練習生として活動すればその名前で覚えられるわけだし。一昨日の動画でもいろいろ言われていたし、わざわざ動画を撮り直すならこのタイミングで変えようかと……」
一瞬ホカゼが何の話をしているのか理解できなかった二人だったが、思い出したチェソンが非公開になった動画のコメント欄を開く。確かにホカゼの言うとおり、彼女の名前が話題になっていた。
「韓国にはざじずぜぞが無いから、私の名前をうまく覚えてもらえないかもと思って……。実際、二人もオンニも、私と会ったばかりの頃はずっとホカジェって呼んでたでしょ?」
「確かに、昔はホカジェオンニって呼んでましたね……言われるたびに訂正されるからだんだん気をつけるようになりましたけど」
「なんなら私、今でもたまに間違えてるかも……」
「でしょう? 間違えられると何気にモヤモヤするの。あなたたちは言えば直してくれたけど、ファンができて、その人たちに指摘するわけにもいかないじゃない」
納得しかける二人。ムウンが動画についたコメントをタップした。
「じゃあ何、あんたほんとにホ・バラムだのホ・ボラムだのに改名するわけ?」
「バラムは日本語の『風』をただ訳しただけだし、ホ・ボラムは語呂が悪くないですか?」
「コメントで提案されていた名前に変えるって決めたわけじゃないよ! ただ、芸名を考えたいなって思ったの。案はまだ無いんだけど……」
「案が無いって、それじゃいつまで経っても動画撮れないじゃない!」
「オンニたち、今喧嘩しても……」
「喧嘩じゃないよチェソニ! だって名前だよ!? 一度その名前で活動を始めたら、よほどのことが無い限り変えることはできないんだよ、ちゃんと考えさせてほしい」
「そんな悠長なこと言って動画撮るのを延期していたらオンニが……」
少しずつ大きくなっていたムウンの声が急に止まる。
「オンニが……」
同じ言葉を繰り返すと、ホカゼの手からイェリンのメモを奪い取った。公開練習生の活動案を書いた、消えかかった文字の上。大きく殴り書きされた『내년』の文字を見て小さな声でつぶやいた。
「もしかしたらオンニも、変えようとしていたのかも」
「え?」
「一生懸命考えてくれた活動内容を、オンニは来年に延期するつもりでいた。ずっと理由が分からなかったけど、もしかしたらオンニも活動を開始する前に変えるつもりだったのかも……」
「芸名をつけたかったってことですか?」
チェソンの質問に答えられないムウン。すると、先ほどまでムウンと言い合っていたはずのホカゼがムウンの手を握った。
「そうだよ。きっとそう、ムウナ凄いよ! チェソニ、イェリンオンニが変えるつもりだったのはたぶん名前じゃない。変えるのは……」
ホカゼが、イェリンの薬が入っている缶から診療カードの束を取り出した。そしてその中から一枚の紙を引き抜く。それは、美容外科の名刺だった。ムウンが頷く。
「容姿、ね……。ダウンタイムのこととかを考えると、内容によっては確かに今年いっぱいの活動が難しくなる」
「それに、この病院だけ診療カードじゃなくて名刺が入っていたことにも説明がつく。これから行く予定だったのだから」
「連絡してみよう。オンニのことが何か分かるかもしれない」
ムウンがスマートフォンを取り出すと、名刺に書かれた電話番号にかける。数回コールが鳴ったのち、女性の受付員と思わしき声が美容外科の名前を告げた。ムウンは電話をスピーカーモードに変えると、丁寧に用件を切り出した。
「芸能事務所THE ONEのヨ・ムウンです。弊社所属のキム・イェリンについてお伺いしたいことがあり、ご連絡しました。そちらとやり取りしていたことがあると思うのですが……」
『キム・イェリン様、ですか』
しばらくの無音ののち、再び声が聞こえる。
『ああ、もともと昨日整形手術の予約が入っていましたがキャンセルされていますね。再度のご予約でしょうか? 確実にご来院可能な日時が決まった段階で予約していただければと思いますが……』
本当にイェリンが整形手術をする予定だったことが分かり、ホカゼとムウンは顔を見合わせる。
「そうなんですね、いえ、本人ではないので予約ではないのですが……。あの、キム・イェリンは予約をキャンセルする時に何か言っていましたか?」
『特に、都合がつかなくなった、としか伺っておりません。そもそも予約をされたのもキャンセルされたのも、キム・イェリン様ご本人ではなくお母様ですよ?』
凍りつく三人。ムウンは礼を言って電話を切ると、再びメモを見つめた。困惑した表情でチェソンが言う。
「イェリンオンニのお母さんがどうしてそんなことを……?」
「理由は分からない。けど、これで時系列ははっきりしたわね。オンニは三日前の朝、実家に帰る前に母親と寮に向かい、そこで母親から整形の予約を取ったことを告げられた。そのせいで公開練習生の活動を延期する必要があると悟ったオンニはこのメモに『내년』と書き足した。でも、どういう心境の変化かは分からないけどメモを捨ててしまう。そして実家から失踪、母親は整形の予約を取り消した……」
「もしかしたら、事務所が私たちの動画からオンニの顔を消せって言ったのも関係があるのかもしれない」
「なんにせよ、こんなことがあった理由が分からない以上、動画を撮るのはいったん様子を見たほうが良さそうね」
ムウンの言葉に頷くホカゼとチェソン。
「でも、ムウンのおかげで一つ新しい手がかりが見つかったよ。私たちはオンニのお母さんから話を聞かないといけない……。行ってみよう、イェリンオンニの実家へ」




