第二話 (3)
スーツ姿の三人、そしてあの画像のイェリンが横に並んだサムネイル画像。他に動画が投稿されていないアカウントページで、その画像だけが目立っていた。
「チェソニ、いつの間にこんなの作っていたの?」
「제가 아니에요! たぶんマネージャーだと思います」
スマートフォンで事務所の公式SNSを確認するムウン。
「事務所のSNSでも共有されてるわよ! こっちはもういいねがいくつかついてる」
それを聞いたチェソンがもう一度YouTubeを更新した。すると動画の再生回数が二桁に伸びていた。
「もう見てくれてる人がいますよ!」
「私たちも確認しよう」
チェソンは頷くと、動画をクリックした。
無音で真っ黒な画面。そこにフェードインするピアノのSE。事務所が公開する動画では必ず最初に、この音とともに円形のロゴが表示されるのだ。しかし今回SEと同時に現れたのは事務所のロゴではなく、「THE ONE New Idol Project」の白文字。チェソンが即席で作成したものだった。
再び画面が暗転すると、Billlieのenchanted night ~ 白夜が流れ出した。そしてホカゼの全身が映される。フリルやスカートに身を包んだ彼女はまるで蝶のように上品に佇んでいる。稲妻が光るように一瞬画面に現れる『HOKAZE/호카제』の青白い文字。それが消えると、ホカゼの顔が大きく映し出された。
「すごくいい、チェソニ本当にありがとう!」
「私の編集じゃなくて素材がいいんですよ!」
続いて現れたのはムウン。撮影時と比べてゆったりと動く映像は、余裕を感じさせるムウンの動きを更に強化していた。その上からベッタリと現れる『MUEUN/무은』の赤文字。顔のアップ映像に切り替わると、ムウンが燃えるような真っ赤な眼でこちらを見つめている。
「やっぱりスローモーションにして正解だったわね」
「ほんとですよ。感謝してください、ムウンオンニ!」
「……고마워」
画面はチェソンの後ろ姿へと切り替わる。バケツでインクを振りまいたかのように勢いよく現れるビビッドなオレンジの『CHAESEON/채선』、それが消えた瞬間にチェソンの顔が映された。金髪がスローモーションで揺れているのも相まって、まるで直前のシーンから振り向いたような仕上がりになっている。
「すごいよチェソニ! ここまで完成図を計算したうえで撮っていたなんて」
「완전 PRO다……。ダンス以外は負けていないつもりでいたけど、デビューして人前に出始めると化けるかもしれないわね。ホカゼ、私たちもうかうかしていられないわよ」
照れて顔を真っ赤にしているチェソンを置いて、最後のイェリンの場面へと動画は進む。『and YERING/예링』という真っ白な文字、そして彼女の姿が表示された。チェソンが作ったのは全く動きのない静止画だったが、今表示されているのは音楽に共鳴して動く背景、そして徐々にズームインしていくイェリンだった。
「マネージャーさまさま、だね」
ホカゼの言葉に肯定も否定もしないムウン。そのまま画面と音楽がフェードアウトすると、最後に『enchanted night ~ dance cover (suits ver.) coming soon』と表示されて動画は終了した。
「うわー、我ながら最高すぎます! ここから私たちのデビューへの道のり、そしてアイドルとしての物語が始まるんですね! もう動画にいくつかコメントがついてるみたいですけど、さすがにまだイェリンオンニは見てないかな……」
いつの間にか動画の再生回数は数百回を超え、新しいアイドル候補への期待からかコメントも多くついている。コメント欄を開くチェソン。
『새로운 아이돌?』『일하는 아이돌다』『just Brown Eyed Girls rip-off』『마지막 멤버는 왜 그냥 사진? ㅋㅋㅋ』『Currently Yering’s my bias』『언제 데뷔?』『日本人メンバー! ボーカルだったら良いな』
「たくさんコメントくれてますけど、イェリンオンニみたいなコメントは……」
「うん、それになんだか反応に困るコメントもちらほらあるね……。新しいアイドルやコンテンツなんてそういうものなのかな?」
「反応に困るコメントならホカゼ、あんたがダントツよ。コメント欄にスレッドもできてる」
ムウンがチェソンからマウスを奪って一つのコメントをクリックすると、そのコメントとそれに対する返信がいくつか表示された。
『HOKAZE? HOKAJE 아니고?』『일본인이잖아 JE 아니고 ZE 예요』『出た韓国人ザ行発音できない問題www』
そのスレッド以外にもホカゼという名前に対するコメントが散見され、頭を抱えるホカゼ。
『風 라면、바람 라는 이름이 어때?』『호바람? 생각보다 좋은데?ㅋ』『바람이!』
「ええ、私の名前そんなに駄目?」
「どんどん増えてるわよ。『호 바라마!』とか。こっちはもっと名前っぽく進化してる、『보람 보고 싶어』それに対する返信で更に『나도 보고 싶어』……」
「思わぬところで躓きましたね、ホカゼオンニ……」
「わ、話題になることは良いことでしょ! 全然話題にならなかったらオンニにも届かないかもしれないし……。とにかく、第一歩が踏み出せて良かったと思おう!」
立ち上がるホカゼ。ムウンもその後に続いて椅子から腰を上げる。
「そうね。このまま増え続けるコメントを見ていてもキリがないし、今日は帰るわよ。どこかでご飯食べよう」
「待ってくださいオンニたち、最後に今時点での再生回数を……」
PCに背を向けて片付けを始めるホカゼとムウン。チェソンが慌てて再び画面を更新する。表示された最新の状態を見て、チェソンはかすれた声を上げた。
「……え」
「どうしたの、チェソニ?」
二人がチェソンを見る。チェソンは口をパクパクさせながら状況を伝えた。
「私たちの動画が……消えました」
「は? どういうこと、チェソン?」
「だから、無いんです。動画が私たちのアカウントに表示されていません」
もう一度PCの前に駆けつけるホカゼとムウン。チェソンの言うとおり、その画面は八時になる前のまっさらな状態に戻ってしまっていた。
「どういうこと? 何かのバグ?」
「分かりません! まだアカウントのパスワードを教えてもらっていないから、マネージャーに連絡してみないと……」
チェソンが机の上のスマートフォンを手に取ろうとしたまさにその時、それは音を立てて震え始めた。表示されているのはマネージャーの連絡先。チェソンは通話を開始すると、設定をスピーカーモードに変更した。
「ま、マネージャー……動画が……」
『上層部からの命令で取り急ぎ非公開にしました。私の方もまだ理由は把握しておりませんが、確認が取れしだい共有いたします』
悪びれた様子のない謝罪が聞こえると、そのまま通話は切れてしまった。
無言で立ち尽くす三人。ホカゼが呆然とした表情でポケットからメモを取り出す。ダンス動画、衣装、スーツ。それらのアイデアを塗りつぶすかのように上から書かれた油性マジックの『내년』。イェリン自身が握り潰し、無造作に捨てられていたそのメモ用紙は、空調の風で小刻みに揺れていた。




