第二話 (1)
「だからこれは、ただの公開練習生の活動じゃないんですよ!」
スマートフォンを握ったムウンが声を荒げる。
「動画を通して、連絡が通じないオンニに私たちのやる気を届けるんですよ。オンニの帰りを待ってるって……四人でデビューするんだって! まだオンニのこと何も分かってないんですよね? いつ何がどうなるかも分からないのに、事務所内の確認がどうとか待っていられると思いますか? 思わないですよね!?」
三人は場所を事務所のスタジオへと移していた。いくつか部屋があるなかで、ここはデスクトップPCが一台と、カメラなどの機材が揃っている撮影用のスタジオ。ムウンはその扉の近くで壁に向かって、電話先のマネージャーと戦っているのだった。
部屋の反対側、机に座ってイェリンのメモを見ていたホカゼとチェソンだったが、唖然とした顔でムウンを見つめる。
「너무 무서운데요、무은 언니……」
「相手がいるぶん、あの日の漢江とは迫力が違うね……」
「相手って、今日会ったばかりのマネージャーですよね? これから長い付き合いになるのに、いきなりあんなにつっかかって大丈夫なんですか……?」
「仕方ないよ。オンニが何を考えているのか分からない以上、部長が言っていたとおり海外へ行ってしまう可能性もある。そうなったらオンニと会うのは絶望的。ムウンの言うように動画を公開するなら一刻も早くすべきだと思う」
「でも、もし本当に海外に行っちゃうくらいイェリンオンニがアイドルから逃げたいんだとして、ホカゼオンニはそれでも連れ戻すべきだと思いますか?」
「それは……」
チェソンの鋭い質問にホカゼは一瞬言葉に詰まる。
「理由次第、だと思う。オンニが本当にアイドルを諦めるつもりなのに無理やり連れ戻すのは良くない、それは分かってるよ。でも、オンニが少しでもまだアイドルになりたいと思っているのなら、私は一緒にやりたい。ムウンだってそう思ってるから、ああやって必死にマネージャーを説得してる。チェソニはどう?」
「私だって! アイドルになりたいのにいなくなっちゃったんだとしたら私には全然理由が思いつかないけど……。でも私も、オンニたち三人とデビューしたいからここまで頑張ってきたんです!」
「ありがとうチェソニ、嬉しい」
チェソンの頭を撫でるホカゼ。チェソンは嬉しそうに笑った。
「とはいえ今日の動画公開にOKが出たとしても、今からダンスを練習して人に見せられる完成度まで持っていけるわけがない。今日できるレベルの動画というと……私たちの紹介動画くらいかしら」
「どんな紹介動画にしますか? 私たちには宣材写真すらないから、この場で全部撮らないといけないですよね?」
「そうだね、衣装も用意しなきゃだし……」
ホカゼがイェリンのメモに目を落とした。そこに書かれたアイデアの中には、衣装の案もいくつか書かれている。その先頭に書かれたものをホカゼは指差した。
「スーツ、どう? 一番最初に書いてあるってことはオンニがやりたかったコンセプトなんだと思う。それが決まればダンスを撮る曲も選びやすくなるし」
「좋아요!」
頷くチェソン。すると、よりいっそう大きくなったムウンの声が聞こえてきた。
「分かりました、そっちで用意できないなら動画の編集もこっちでやります! 先輩たちの昔の動画を真似して作りますから! それなら今日動画出していいですよね? だから事務所は何も……」
ムウンが電話を切り上げようとしていることを察知すると、ホカゼが急いで駆けつけた。ムウンの目の前で、無言でイェリンのメモを指さす。怪訝そうな顔をしていたムウンだったが、ホカゼの言いたいことを理解するとマネージャーに伝えた。
「スーツの衣装だけ! 事務所のストックにありますよね? それだけ用意してくれたら、あとは私たちで全部やりますから! はい、じゃあよろしくお願いします!」
電話を切るムウン。ホカゼが感謝を伝えようとするとムウンが一気に怒りをぶちまけた。ひっくり返るホカゼ。
「何よあの女! マネージャーって私たちをサポートするのが仕事なんじゃないの? 別にルールがあるわけでもないのに事務所がどうこう慣例がどうこうってずっと同じことを繰り返してさ、AIなんじゃないの!? だいたい今日の打ち合わせでも一言も喋ってなかったし、オンニを見つけなきゃという気持ちがあるわけ? そうだ、よくよく考えたら私たちは事務所に言われたからオンニを探してるのにその一環である活動に対して事務所側が文句言ってくるってどういう了見よ!」
「ま、まあまあ……とにかく許可はおりて衣装も用意してもらえるんだよね? 流石だよムウナ、ありがとう」
「당연하지! 動画の編集もやらなきゃいけなくなっちゃったけど……。で、どうするの?」
「ダンスの動画を今日中に出すのは難しいよ、今日は取り敢えず私たちの紹介動画を撮ろう。スーツを着てダンス動画の予告みたいな感じにするのはどうかな?」
「なるほど、そのまま次の動画に繋げるわけね」
ホカゼの持っているメモをムウンが取る。スーツという単語を見て鼻を鳴らした。
「それにしても、オンニもなかなか策士ね。私たち四人のなかでスーツが一番似合うのはオンニだろうから。この曲のリストだって男性アイドル楽曲が多いし、公開練習生としての第一印象は完全にオンニに有利なように操作するつもりでいたんだわ」
「ムウナ、邪推しない!」
「邪推じゃないわよ、これを書いているときのオンニは本気でアイドルとして活躍することを考えていたんだな、って思っただけ! 良いわ、オンニを見つけるためよ。全力で乗ってやろうじゃない」
ムウンが曲のリストの中から一曲を選び、ホカゼに指を差して見せる。
「Billlie 선배님のenchanted night。これならスーツもばっちり似合うんじゃない?」
「そうだね、前にオンニ含めて練習したこともあるから一日あれば満足いくレベルまで持っていけるんじゃないかな」
「よし、ワン・チェソン! 今日の紹介動画のコンセプトと明日のダンス動画はこの曲で行くから! カメラの準備よろしく!」
「네!」
いつも事務所に提出しているダンス練習動画と同じように、ビデオカメラを設置するチェソン。ホカゼとムウンは部屋に設置されている照明の操作機との格闘を始めた。
「普段は蛍光灯でしか撮っていなかったから全然分からないね……」
「やるしかないでしょ。取り敢えずこれを動かしたらライトがつくから良い塩梅に……」
二十分弱四苦八苦して、なんとかこれで撮影できるだろう……という状態までセッティングが完成したその時、扉が開いた。スーツを何着も右腕にかけたマネージャーが、石のような表情で部屋に入ってくる。
「衣装、持ってきました」
「매니저님、감사합니다!」
受け取るホカゼ。数えると、マネージャーが持ってきたスーツは計四着だった。付箋でそれぞれの名前が書かれている。
「皆さんの身長合わせて持ってきたので混同しないように。特にチェソンさんの衣装。一回り小さいのでホカゼさんたちが着るのは難しいと思います」
「イェリンオンニの分まで、ちゃんと持ってきてくれたんですね」
「もし彼女が今帰ってきて、この動画に参加することになったときに衣装がないと困るでしょう。まあ、そんなに早く連れ戻すことができるとは思えませんが。先ほどムウンさんと話したとおり、本件は事務所側の人員に動く余裕が無いので全てあなたたちの裁量となります。が……」
三人が用意した撮影機材と照明の様子を一瞥すると、マネージャーは早足でビデオカメラの方へと向かっていった。
「照明がかなり暗いですが、このまま撮影するのですか? まさかカメラの設定を普段の練習動画撮影用の状態にしていませんよね?」
「し、してます……」
弱々しく呟くチェソン。マネージャーは彼女を見ることすらせず、カメラの調整を始めた。
「蛍光灯のもとで撮るのとはわけが違います、これでは確実に顔が映りません。本来カメラもこんなものを使うべきではありませんが仕方ないでしょう。設定は保存しておくので、後は録画ボタン以外触らないように」
調整を終えると、そのまま出口へと向かうマネージャー。
「動画が完成したら送ってください。最低限のチェックは行い、私の方であなたたちのアカウントに公開します」
「私たちのアカウント?」
「はい。先ほどムウンさんと電話で話しているあいだに作成しておきましたので、後ほど共有いたします。では、私は他の仕事がありますので」
マネージャーは挨拶をする間も与えずに部屋から出ていった。ムウンが小声で吐き捨てる。
「……感じ悪」
「でも、おかげで動画撮れそうだよ。時間もないし、とにかくやってみよう!」




