第一話 (2)
部長が退室した直後、先生の指示で打ち合わせはお開きとなった。当初予定していたデビューについての詳細を一切決めることなく、マネージャーの運転で寮まで帰ってきた三人。誰も車の中で言葉を発することはなかった。
無言のまま、彼女たちの部屋がある階までたどり着く。三人でチェソンとイェリンの部屋の前に立ち、チェソンが解錠した。扉を開けるが、部屋の中は暗いままだった。
「私が部屋を出たときのまま……だと思います」
チェソンが二人に伝える。部屋の中に入った三人は扉が閉まった音を聞くと、その場に座り込んだ。ムウンが赤く染めた髪をかきむしる。
「オンニ、一体どこに……何かトラブルに巻き込まれたのか、あの仏頂面が言う通りオンニが自分でいなくなったのか……。ホカゼ、あんたどう思う?」
「詳細は何も分からないけれど、少なくともオンニはお母さんに何も言うことなく、それも真夜中に外出したわけでしょう。そう思うと……」
「オンニが家出したって言うわけ? やっとデビューが決まったこのタイミングで」
「分からないよ! じゃあムウナはオンニの外出をどう説明するの?」
「それは……」
口をつぐむムウン。チェソンがぼそりと呟いた。
「デビューが決まって、一周回ってブルーに入っちゃったんですかね、イェリンオンニ……。それで家出しちゃったのかな……」
先ほどの自分たちの様子を思い返すホカゼとムウン。あとの二人を待っていた時間、確かに彼女たちもデビューに向けての不安感を募らせていた。しかし、自分たちの知るキム・イェリンがそんなことでアイドルの道を諦めるだろうか。
「事件事故にしては直前の行動が不可解、自発的だとしても動機が不確か。こんなこと考えても埒が明かないわよ」
「そうね、ムウナ。今はとにかく、トラブルに巻き込まれていないことを願うしかない。自発的な失踪だと仮定したうえで、私たちにできることはオンニがなぜいなくなったのか、そしてどこへ行ったのか、その手がかりを集めること。まずは……この部屋から」
ホカゼが立ち上がると、二人もそれに続いた。そして色んなものが散らかっている部屋を見る。ホカゼとムウンは無言でチェソンを見つめた。
「わ、分かってます、すぐ片付けます!」
「서둘러! ほとんどあんたのでしょ! いつも私たちの部屋で集まっていたからあんまりこの部屋に来たことは無かったけど、イェリンオンニが寮に私物をほとんど持ってきていなかったことは知ってるわ」
「なにかヒントになるものが見つかるかな……」
チェソンが床に散らばる所持品を自分の机に放り投げている間に、イェリンの机の捜索を始めるホカゼとムウン。机上には文房具が数個と、写真立てが一つのみ。温かみのある木製のスタンドには、広大な川の流れを背景に撮られた四人の写真が収められていた。写真の左側に大きくイェリンが写り、中央、少し下がった位置にムウン、右側にホカゼとチェソンが写っている。イェリンのスマートフォンで撮られたもののようだった。わざわざ印刷したということはイェリンにとって大切な写真なのだろうが、いつ撮られたものなのか思い出せない二人。そこに写る四人は全員スポーティーな格好で、汗をかいていた。写真でも爆笑していることが伝わってくるイェリン、ホカゼ、チェソン。彼女たちは真ん中に立つムウンの存在をアピールしていた。
「야 무은아。なんでこの写真のあなた、あっかんべーしてるの?」
「知らないわよ! だいたいこれいつの写真?」
首を傾げる二人。その様子が気になったチェソンは片付けを中断すると、二人の後ろから写真を覗いて答えを教えた。
「これ、去年の年末に撮った写真ですよ! ムウンオンニの連帯責任ランニング!」
「あー!」
大きな声で叫んで両手を合わせるホカゼ。一方ムウンも何か嫌なことを思い出したのか、うつむいている。
「ムウナが体重の週目標を達成できなくて、チームみんなで漢江沿いをひたすら走らされた日の記念写真ね!」
「言わなくていい、もう私も分かったから!」
「あの日のムウンオンニすごかったですよね。爆走しながら事務所の方角に暴言吐きまくってて、肺活量どうなってるんだって私たち怖かったですもん」
「ムウナがラッパーとして覚醒した日でもあるよね。今までの人生で一度も聞いたことがない悪口が次から次に出てくるんだから」
「仕方ないでしょ、あんな目標を達成できるわけないのよ! 社員も一回ダイエットしてみろって今でも思ってるわよ」
「まあまあ、最近はそんなこともなくなったじゃない」
「アイドルが痩せすぎってネットで炎上してるからね! 練習生の健康よりSNSの炎上、うちの事務所の感覚は狂ってるのよ!」
ムウンの事務所叩きが数カ月ぶりに盛り上がり始めたので、急いで新しい話題を探すチェソン。
「そうそう! この写真、実は裏に……」
チェソンが枠から写真を取り出して裏返す。裏面には、『랩으로 인정하게 한다 - 여무은』という文章が書かれていた。油性マジックと思われる手書きの文字。ホカゼが目を真ん丸にしてムウンを見るが、ムウンは全力で首を横に振った。
「私じゃないわよ! 私の字でもサインでもない! ていうかワン・チェソン、これが面白いものってどういうことよ!」
「言葉選びを間違えました、ごめんなさい! これ、書いたのはイェリンオンニです。でもイェリンオンニ、これは紛れもなくあの日のムウンオンニの名言だって言ってましたよ?」
チェソンがイェリンから聞いた言葉を振り返る。
「ムウンがあの日体重オーバーしちゃうのは測る前から分かってた、だってあの子の目標値だけ嫌がらせみたいな数字だったもの。だから私、どうやって体重計を偽装するかあの子のために一生懸命考えてたのよ。でもムウンが、達成できなかった事実は正々堂々受け入れるって言うから、私感動しちゃってさ……まあそのせいで私たちも普段の倍以上走らされる羽目になったんだけど。それ以来、練習でズルしたくなったりサボりたくなったときは、ムウンのこの言葉を読むようにしてるの……」
イェリンがしたというその話について聞き、満更でもない表情をするムウン。
「まあ、よく読んだら良い文章じゃない……我ながら」
「そうだよ。ズルしたり嘘ついたりせず、パフォーマンスの実力で認めさせる……最高にかっこいいよ」
ホカゼが明るい表情でムウンを褒める。それからすぐに真剣な眼差しへと変わった。
「それに、これで確信した。オンニはデビューが不安になったって理由だけで逃げ出したりなんかしない……何か別の理由があって、今は姿を消しているんだ。突き止めよう、私たちで」
頷くムウンとチェソン。
「……って、あんたは片付けの続きをしなさい!」
「네!」
チェソンが自分のエリアへと戻っていく。ホカゼは他の手がかりを探すため、ごめんなさい、と呟くと引き出しを開けた。




