メガネは唯一人のために
フラウレイドさんの案内で、リーフェリオン様の執務室に通される。
俺の手には仕事でいつも使っている宝飾用トレイ。
トレイの上には、昨夜できたばかりのメガネが乗せてある。
仕上がりをお客さんが確認するための大きめの丸い鏡は、こちらも店舗から持ってきてしまったものだが、今はフラウレイドさんが持ってくれていた。
部屋に入るとすぐにリーフェリオン様の前にフラウレイドさんが鏡を置く。
俺の生み出した細いシルバーのフレームは、昨夜の試着では横幅もリーフェリオン様の顔にぴったりだった。
そこに、今は『レンズ作製』と『レンズ加工』で完璧に仕上げたレンズが入れてある。
特殊能力の『視力測定』はその人の正確な視力が分かる能力のようだったので、そこから朝でも夜でも辛くない程度に調整して、右に+4.5、左に+5の度を入れている。
調整したとはいえ、これはかなり強い遠視度数だ。
郵便局だとかの店頭に置いてある老眼鏡でいうと、弱が40代用で+1.0~+1.5、中が50代用で+2.0~+2.5、強が60代以上で+3.0~+3.5って感じなんだよな。
つまり、リーフェリオン様の目はこれまで、60代の人よりも深刻な見えづらさの中で、ひたすらに自分の調節機能だけで頑張って物を見続けていたわけだ。
……そりゃ目つきが険しくなるのも当然だよ。
近くを見ようとするたびに、人の何倍も目の毛様体筋を緊張させまくってたわけだからな。
俺は、俺を笑顔(多分本人的には)で迎え入れてくれたリーフェリオン様の座るソファーの傍まで行く。
「失礼します」
告げて、眼鏡のツル部分……テンプルを両手でつまみ上げると、彼の耳の上へ優しくかけた。
正しい位置までメガネを差し込んで、手を離す。
細いシルバーフレームが、彼の淡い金髪と一緒にキラリと輝いた。
うん、この繊細さの多重掛けって感じが最高に儚くて、本当は優しいリーフェリオン様によく似合っている。
「いかがですか?」
俺の言葉に、あちこちを眺めたリーフェリオン様の整った顔が、まるで信じられないという表情に変わる。
「……こんなに、世界が鮮明に見えるなんて……」
ほんの少し震えるリーフェリオン様の声に「トーチカ……」と呼ばれて、俺は「はい」と返事をする。
リーフェリオン様は、いつも険しく皺寄せていた眉を垂らして俺に微笑んだ。
「本当に、ありがとう……」
途端、細めたリーフェリオン様のラベンダー色の瞳から、涙が零れる。
まさか泣く程喜んでもらえるとは思わなかったが、その気持ちは俺にもよく分かる。
そうだよな、『見える』って嬉しいよな。
そんなに喜んでもらえると、俺もなんかこう、……っ、叫び出したくなるくらい、嬉しいよ!
「貴方のおかげで、世界が変わって見えるよ」
リーフェリオン様はそう言うと、柔らかそうなプラチナブロンドをふわりと揺らして微笑んだ。
眉間の皺が抜けたリーフェリオン様の微笑みは、世の中の全ての女子を虜にしてしまいそうなほど美しい。
「喜んでいただけたなら良かったです。これで、頭痛や肩凝りも治まるといいですね」
「頭痛や肩凝りまで……メガネで治るというのか……」
「多少は楽になると思いますよ」
メガネで治るというと語弊があるが、彼の慢性的な頭痛と肩懲りは、おそらく目からきている。
だから、これでかなり楽になると思うんだよな。
本当に、リーフェリオン様の目は今までよく頑張ってたよ。
このメガネで、少しはゆっくりしてくれよな。
これからは、リーフェリオン様がちょうど良く見えるように、俺がちょいちょい調節してやりたい。
しかしそのためには、やっぱり店舗が欲しいよなぁ。
新規のお客さんには初めてのメガネに出会える場で、馴染みのお客さんにはメガネのメンテナンスにすぐに駆け込める場。
視力測定もすぐできて、フレームも展示即売してる、そんな実店舗が構えたい。
俺が飛来したこの異世界には、まだメガネが存在しない。
けど、この世界にも、リーフェリオン様のようにメガネを必要としている人はいる。
それなら眼鏡作製技能士1級の俺が、この世界で初の眼鏡店を構えてメガネを普及させるしかないよな。
俺は、まだ右も左も分からない異世界で、メガネへの溢れる愛を胸に、眼鏡店を開く事を決意する。
「トーチカ……。本当に、こんなに良い物を私がもらってもいいのだろうか」
「もちろんです。それに、そのメガネはリーフェリオン様専用に作りましたので、他の人がかけてもリーフェリオン様と同じ効果は得られないんですよ」
「そうなのか……?」
「はい。これから耳にかける部分をリーフェリオン様の耳の形に合わせて調整しますね。鼻あても、リーフェリオン様の鼻の高さに合わせて調整します」
「なるほど……メガネというのは服と同じでオーダーメイドなのだな」
小さく頷くリーフェリオン様は、眉間の皺と鋭い眼光がなくなると、随分と幼く……いや、年相応に見えた。
25歳って言ってたよな。俺の3つ上なだけだもんな。
「そのメガネはリーフェリオン様だけが心地よくかけていただけるよう、リーフェリオン様に合わせて整えた専用の品なので、リーフェリオン様がかけてくださらないと、意味がないんですよ」
「私だけの、メガネ……」
大人しくメガネの最終調整に協力してくれるリーフェリオン様は、どこかくすぐったそうな顔で小さく微笑んでいる。
うんうん、嬉しくて真顔に戻れないんだな?
そう。メガネというのはそのひとつひとつが、この世で一人だけのためのオーダーメイドだ。
フレームに関しては量産フレームはあるが、そこに入れるレンズは、たとえ度が同じだろうと顔の横幅やPD……瞳孔間距離、つまり左右の黒目の中心間の距離が違えば同じものにはならない。
そこからさらに、その人の耳の形や鼻の高さに合わせてフレームを調整してフィッティングを完璧に仕上げれば、間違いなく、この世に一つだけのメガネとなる。
だからこそ『俺の為だけに生まれた俺のメガネ』っていう存在が、嬉しくて愛しいんだよな。
「ありがとう、トーチカ。私はこのメガネを生涯大切にする」
あー……。
「お気持ちはありがたいんですが、メガネは同じものをずっとかけていれば良い物ではないんです。年に一度……リーフェリオン様はメガネをかけ始めたばかりなので、最初はひと月後、次にそこから三か月後にもできればメガネと視力の確認をさせていただきたいですね」
「そうなのか。定期的なメンテナンスが必要なのだな」
「はい。なので、またひと月後にお時間がいただけると嬉しいです」
「ああ、ぜひ頼みたい」
「はいっ、お任せくださいっ」
俺は自分の胸をドンと叩いて答える。
リーフェリオン様は調子に乗る俺を窘めることなく、眩しそうに見上げて微笑んだ。
その笑顔のあまりの輝きに、俺まで眩しく目を細めてしまう。
美人の睨みは凄かったけど、美人の笑顔もまたすごいな。
他意はないのに、なんだか息が詰まって心臓がバクバクしてしまう。
それから俺は、リーフェリオン様にメガネを正しい位置でかけることの重要性を説いた。
あとレンズを綺麗に保つことの必要性も。
正しい度数とPD(瞳孔間距離)で、フィッティングも良好なメガネが完成したら、次に大事なのは日々のお手入れとかけ方だ!
メガネはかけてりゃいいってもんじゃない。
鼻眼鏡になってたり、汚れたレンズをそのままかけてちゃ正しい矯正効果は得られないんだからな。
こっちは正しい位置でかけた時に最高のパフォーマンスが出せるように作ってるってーのに、電車の中やら喫茶店で、鼻眼鏡のままスマホを眺めるメガネの人の多さよ……。
思わず全員のメガネを上げなおしたくなるからな……?
真面目なリーフェリオン様は、俺の怒り……じゃなくて、熱のこもった指導を真剣に聞いてくれたので、きっとメガネを正しくかけ続けてくれるだろう。




